下り坂でおかしなことばかり起こる時代だが、ちょっといいこともありました。
 このところ別件でお世話になっている山口大学医学部講師の林田直樹先生とフェイスブックメッセージでやりとりさせていただきました。

 林田先生は、先ごろ拙著『行動承認』を読んでくださり、非常に好意的に受け取ってくださった方です。


 どんなやりとりだったかというと…。

私:「手前味噌ですが行動承認をやり始めた人は細胞レベルで変わる感じなんです。脳発達も起きていそうです。いつか、理系の研究者さんがこの現象に興味を持って研究してくださらないかなと思ってるんです。」


林田先生:「『行動承認をやり始めた人は細胞レベルで変わる感じ。脳発達も起きていそう』とのことですが、僕はそれは十分あると思います。すごくざっくり言うと前頭葉で起きる変化がメインだと思いますが、シナプスが新しくできる、組み変わる、ということは間違いなく起きていると思います。

脳の活性化部位を調べる機器は、安くても1億円くらいするので、やはり先生の著書が改めて売れてくれれば、興味を持つ人はいるんじゃないかと思います。

 細胞における遺伝子発現も変化が起きていると思いますが、ヒトが対象だとサンプルが取れないのでそれが残念ですけど (^^;、血中を流れる多くの因子の中で、数個は優位に変動しているのではないかな、と想像します。」


 このあと、林田先生は医療系の研究室におけるマネジメント(主に教授の資質による)についても話してくださいましたが、ここでは省略。正義感高く教育者気質で、かつ科学者でもある林田先生に、『行動承認』は思いのほかヒットしていただけたようです。

 林田先生は分子生物学・アンチエイジングの専門家です。
 もちろんまだちゃんと実験してエビデンスをとって、という段階の話ではありませんけれども、専門家の方からこういうコメントをいただけた、というのは、わたしには大きかったのでした。

 年来、理系の研究機関に共同研究のお願いをして、断られてきました。今年初めも、実はある研究機関にちょっと期待をもって真剣にお願いして、ある程度の段階まで検討していただいたらしいのですが、断られました。そのときは結構落ち込みました。

 理系の研究機関に何を調べてほしかったのかというと、「行動承認」で受け手の側、すなわち上司部下で言えば部下側、親子関係で言えば子供さんの側が伸びるというのは、もうわかっているのです。火をみるより明らかなのです。

 そうではなくて、行為者の側、すなわち上司や親御さんの側が、
・頭が良くなって思考能力が高まり、
・幸福感が高まり、
・また若返りとか、細胞レベルの変化が起きているのではないか?
というのが、わたしが年来感じていることです。そちらを検証してほしかったのです。

 なぜそちらを検証してほしいかというと、そちらは「研修を受けて、行為者になる」側です。従来は行為者のメリットではなく、部下側のメリットが語られてきました。

「こうしてあげると、部下は喜びますよね」
「部下は伸びますよね」

「…すると、業績が伸びてあなたの評価も高くなりますね」

 「あなた」にメリットが返ってくるのが随分先の話です。
 その時までは、通常の仕事だけでシンドイのに「承認」という、新たなタスクが課せられてよけい忙しくなるだけです。

 まあ、そこまで損得勘定一本やりでものを考える人ばかりでもないだろうと思うけれども。当面のメリットが少ないかのようだったのです。

 実は、そうではない。上司にもとても大きなご利益があるのだ。

 それが、自身の幸福感であったり、脳発達であったり、アンチエイジングであったりします。

 これらは、勝手な妄想で言っているわけではなくて、数年前から

「承認の世界の上司たちは非常に『あたまがいい』。現実的に物事を考え、さっと整理し、決断する。それはもともとそういう人だから承認を習得するのか、それとも承認の習得と実践であたまのはたらきが良くなるのか」という意味のことをブログに書いてきております。

 どうもこの人たちにはあまりパーソナルコーチングをやってあげる必要もなくなる。だからわたしは儲からないけれど、彼らがどんどん決断して問題解決をしていくのを折にふれきかせてもらうのは喜ばしいことでした。


 「あたまがいい」のは、脳発達の関連として、脳の白質の体積(特に林田先生のおっしゃるように前頭葉付近)が前後でどうなったかをみることもできるでしょう。他人の自分にはない強みを認めるということは、その強みを追体験するということでもあります。自然と、自分に本来なかった強みを不完全ながらも取り込むようになっている可能性があり、脳の可動域がそれだけ広がります。

(これは世間でいう「度量の広い人」になる、と言い換えられるかもしれません。しかしだからと言って、小保方氏の不正行為を許すわけではありませんヨ)

 また、海馬や扁桃体の変化もあるかもしれないです。海馬は、細胞の増加が起こることがわかっている領域でワーキングメモリに関連しますが、「行動承認」を日常的に行うことは、その人のワーキングメモリを鍛える働きがあるだろうと推測されます。そのことがその人の決断の速さにもつながっている可能性があります。

 扁桃体は恐れに関連する領域ですが、過去に瞑想に関する報告で、瞑想を一定期間行った人は扁桃体の密度が減っている、すなわち恐れが減っているというのをみたことがあります。わたしは、承認の世界の人にもそのような、むだな不安感の軽減が起きているのではないかと思っていて、それもまた決断スピードの速さにつながっているように思えます。


(「瞑想」についてはひところ流行りで盛んに研究ネタにされ、エビデンスが出ましたが、そういう「ノリ」というのが研究の世界にもあるらしいんですよね。私は瞑想のエビデンスをみるたびに「これと同じことが承認でも起きているのではないか?しかも承認のほうがドロップアウトが少ないし部下も伸びるというメリットがいっぱいある」と思っていました)

 
 「幸福感」については、このブログでおなじみの「オキシトシン」の値を「行動承認」前後で測ればわりあい簡単にできるでしょう。


 もし、林田先生が言われるように「細胞における遺伝子発現」というものがみられるとしたら、大変におもしろいのですが、ヒトではとることが不可能なんでしょうか…。残念。


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 きのう批判した「アドラー心理学」とのからみで言いますと、

 「アドラー心理学」で、「人に認められなくてもいい」とか「期待に応える必要はない」と言ってもらった人は、「心がらくになる」んだそうです。それがご利益なんだそうです。

 で、どういう現象かなあ?と思っていたのですが、そういう人はもともと強迫観念傾向のようなものがあって、

「認められなければならない」
「期待に応えなければならない」

という観念でがんじがらめになっていた。
 それがうまいこと解消された。
 ということではないかと思います。

 TVに映ったサンプルの人たちをみると、「自我」「最上思考」らしい人たちです。

 しかし、そういう人がそんなに多いんでしょうか?

 
 なんどもいうようにアドラーの生没年は1870〜1937。フロイトと同世代。

 この当時の精神分析とか心理学というのは、病的な人をいかに治すか、というのがテーマでした。

 
 だから、ゴールがすごく低いところにあるんです。
 「悩みがあった→悩みがなくなった(プラマイゼロの地点に戻った)」
というのがゴールなんです。

 「行動承認」のように、

「部下がすごい勢いで成長し、有能・優秀な人になり、
自分も部下も幸福感が高く、
問題解決能力が高くなり、
部門全体の業績もがんと上がる」

というようなことは、想定していません。

(あるいは最悪、「同業者はバタバタ倒産しているが、わが社だけは生き残りご同業の分を取り込んでいる」とかね)


 わるくいうと、「志が低い」といいますか。

 やれることのレベルが全然違うんです。たぶん、脳発達などは全然起こらないと思います。


「人に認められなくてもいい」

 これは、上司いわば強者の側が努力しないことがわかっている場合の、部下いわば弱者の側の「あきらめの思想」のようにもきこえます。
 そういう立場の人にとっては、アドラー心理学の源流であるニーチェ思想の「ニヒリズム」が耳に快く響くんです。



 そこでまた余談ですが、

 わたしは、上司側が変わらない限り、というか努力しない限り状況はよい方にはいかないことが分かっているので、「上司を教育する」ことが何よりも大事と考え、それだけをやってきました。

 そのぶん、お仕事をさせていただける機会は少なかったといえます。

 教育研修市場というのは、部下すなわち弱者の側を教育するほうの商品で溢れ、そちらの売り買いがメインです。

 わたしも、営業して回っているとよくきかれます。「若手のほうの教育はされないんですか?」と。

「いえ、しません。上司のかたの教育をしたほうが、効果がはるかに長持ちし、御社にとってメリットが大きいですから」

 質問者をがっかりさせることは承知で、わたしはそう言います。



 「アドラー心理学」のように、諦めてる部下を対象に本を売ったり教育したりしていれば、どんなにか楽でしょうね。儲けやすいでしょうね。

 でもそれは、事態を悪化させるだけなのです。
 「気が楽になった」は、単なる気休めです。過食になっている人に「食べなくても死なないんだよ」と言っているようなものです。


<シリーズ・アドラー心理学批判>

●「勇気づけ」についての副作用情報。。(2014年12月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51903598.html

●褒めない・叱らないは正しくない!「逆張りロジック」に正しく反論する知性を磨こう―『嫌われる勇気』著者講演会 (2015年12月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927076.html

●「自己認識には事実のフィードバックが大事」「思考的盲目が心配」―宮崎照行さんのメッセージ(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927143.html

●「子どもさんは大いにほめてください。そして叱ってください」―正田、アドラー心理学セミナーで吠えるの記 (2016年1月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933511.html

●「誰もが活躍できる社会」とは「承認社会」―NYさんからのメッセージ (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933591.html

●「勇気を持って指摘されたからこそ、いずれ考えを改める」―永井博之さんからのメール (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933656.html

●『行動承認』Kindle化に向けて(4)メディアの考える怠惰なお客様と「行為者」の乖離、王道とパチモンの「大衆的人気」(2016年5月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940842.html

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940920.html

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する(2)友人たちの反応 (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940923.html

●『行動承認』Kindle化に向けて(5)行為者の脳発達と細胞レベルの変化の可能性――林田直樹先生との対話より(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940962.html

●アドラー心理学批判 「承認欲求否定」「ほめない叱らない」はどこから来るか―「共同体感覚」との関連において―アドラー『個人心理学講義』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941070.html

●アドラー心理学批判・友人からのお便り「幼稚さ、ナルシシズム亢進、成熟拒否」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941137.html

●アドラー心理学批判 「トラウマ否定」「承認欲求否定」起源はみつけたが誤読と捏造だった―『人生の意味の心理学』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941143.html

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html

●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html