「アドラー心理学批判」のまとめとして、現在アドラーの言葉として出回っている「有害フレーズ」を一覧にしてみました。


アドラー心理学批判:発言の捏造ver2


※2017年1月31日、「トラウマ」の項を更新しました。
 
 いかがでしょうか。

 今のところわたしはアドラーの著作を全部読んだわけではなく、『個人心理学講義』と『人生の意味の心理学』それに『子どものライフスタイル』『子どもの教育』しか読んでないので、「中間報告」のようなものです。上記のフレーズが他のアドラーの著書のどこかに絶対ないとは言えないです。それは「STAP細胞が絶対にない」ということが難しいのと一緒です。ただし、代表的な著作には出ていないし、それらの文章のトーンから考えてもほかの著書に出てくるとは考えにくい。仮に出たとしても偶発的な、文脈依存のもので、アドラーの主たる主張とはいいがたいものだろう、ということですね。

 (まあもし、「いや、アドラーは言っている」というのであれば、何という著作の何頁にあるかまできちんと言ってください)


 それで、こういう捏造は果たして許されるか?ということを考えてみたいと思います。


 わたしたちは日頃、孔子の言葉、アリストテレスの言葉、マザー・テレサの言葉…に触れることがありますが、ここまで極端に捏造された言葉をきかされているだろうか?

 まさか、中間の人がここまで勝手なアレンジを加えた言葉を「アドラーの言葉」としてきかされるとは、思っていないんじゃないでしょうか。しかも有害なことを。

 原著を読んだ限りではアドラーは、ところどころ見立ての間違いがあるとはいえ良心的な常識的なカウンセラーです。「逆張り」などはしていません。時々「過剰」を憂慮していたにすぎません。しかも彼自身は、誰かの言葉を借りて言うということもほとんどしていません。けっして「逆張り大好きで権威ずきのおっさん」などではありません。そこまで悪ノリして暴走するタイプの人ではありません。


 「逆張り大好きで権威ずきのおっさん」は、主に、岸見一郎氏です。

 岸見一郎氏のWikiはこちらですが――

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E8%A6%8B%E4%B8%80%E9%83%8E

 まあ大学の非常勤講師を務めながら売れない頃からずっとアドラーの著作を訳してきたわけですね。わが国のアドラーの翻訳書はほとんど岸見氏の手になると思っていいぐらいです。

 しかもアドラー以外の心理学書はほとんど読んでない、というのも変わった方ですねえ、というかんじですが。そこまでアドラーがすきだったんですね。そのコダワリの強さは、あれっぽいですね。

 たしかにアドラーは同時代のフロイトやユングに比べてもまっとうな気がしますが、それでも現代のちょっと知識のある人からみれば間違いがたくさんあります。「トラウマを乗り越えよう」というのも、良心的な言葉ではありますが、重度のトラウマを負った人からみれば有害フレーズです。

 だから過去の遺物としてみるぶんにはいいんですけれどね。
 どういうわけか近年スポットライトが当たってしまい、そしておそらく、ヘーゲルの時代の哲学者よろしく、人生のあらゆる局面について発言していますから、「偉人」あつかいして「語録」あつかいするには都合がよかったんですね。
 しかし、過去のどの偉人と比べても発言を捏造されていますよ。


 よくわかりませんが『嫌われる勇気』のときに、なんでもダイヤモンド社の敏腕編集者がついていろんな提案をしたそうですが、そのときに今どきの「承認欲求バッシング」を入れこもうとか、「ほめない叱らない」を強いトーンで入れようとか、が入ってきた可能性があります。
 そのとき、売れたい一心の岸見氏がそれに乗っかったのかなと。

 ほんとうに良心的な専門家なら、「いや、アドラー自身はそこまでのことは言っていません。アドラーの言葉として言うのはやめてください」と言うと思います。でも「今が売れるチャンス!」と思ったら、乗っかるかもしれません。


 そのあたりはわたしは事実関係を良く知らないんですけどね。

 それにしても一連の「承認欲求バッシング」の書籍の中でも、「承認欲求を否定せよ」は、もっとも過激な、そして有害なフレーズです。他の本はおおむね、承認欲求ゆえに問題行動をとる人の例を挙げて嘆いてみせているだけなのです。承認欲求は人間の基本欲求なので、否定すれば簡単に鬱になってしまいます。もう既に鬱になりかけの人も多いかもしれません。

 「承認欲求バッシング」自体が、気に食わない優等生を袋叩きにする「いじめ」のような現象だったのですが、その中でも「承認欲求を否定せよ」とは、いじめグループの中の一番ヘタレの弱虫君が一番悪質なことをやってしまうというようなおもむきがあります。


 一般人のわれわれが知っておくべきことは、アドラーの言葉として出回っているものにはかなり「捏造」でかつ「有害」なものがあるので、聞き流しておくのが賢明だ、ということです。





 岸見氏の暴走ぶりというのは、例えば過去に講演で

「反抗期などというものはない」

と発言。

 詳細はこちらの記事参照

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927076.html


 このあとすぐ某週刊誌で、思春期の子どもの脳についての特集があり、ちゃんと「反抗期はある」と実証されているわけですが。
 またアドラーも、思春期の子ども特有の逸脱行為について書いており、決して「反抗期はない」などと思っていたようにはとれません。


 またその後わたし自身が聴講した講演では、「自分の息子」をしきりに例として挙げながら「ほめない叱らない」論をぶっていたので、私が切れて反対質問をしたのでした。

>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933511.html

 岸見氏の息子さんは、のちに京大に入って哲学者になられたのだそうで、自慢の息子なのだろうと思います。講演では、この息子さんがプラレールか何かを上手に組みあげたので、ほめたところ嬉しそうな顔をせず、「お父さん僕は当然できることをしただけだよ」と言ったという。その例を挙げて、「ほめることは対等の関係ではないんだ。上から目線だ。ありがとうと言わなければならない」と、いうのでした。

 これは「行動承認」の側から当然、反論があります。息子さんはIQの高い、言語能力の高いお子さんだったのであろう。また「ツンデレ」だったのであろう。あくまで息子さんの個体差の問題で、一般的にはお子さんは大人からほめられれば喜びます。また、「ツンデレ」を回避したければ、「行動承認―Iメッセージ」を使っておけば問題はありません。

 この講演では、3時間の講演と質疑の間に「うちの息子」の例が10回ぐらい出てきたのではないだろうか。息子自慢に終始した講演だったのでした。

 べつの例としては、お母さんのカウンセリングの50分間、一緒に入って静かに過ごした4歳か5歳の子供に、お母さんが「静かにしていてえらかったね」と言った。それが良くないと、岸見氏は言います。
「えらかったね。これを大人相手には言いますか?対等な関係だったら言えないことを子供に言ってはいけません。『静かにしてくれてありがとう』と言うのが正しいのです」
 しかし、岸見氏はそれを直接このお母さんに伝えたわけではないようでした。講演でカゲ口として言うのでした。
 わたしがきいていて、このケースでえらかったね」と言うのは、何も間違っていません。だって、4-5歳の子どもさんですよ?

 
 しかし、岸見氏の講演はこんな話が満載なのでした。300人ぐらいの善男善女ふうの人たちがこういう話をかしこまってきいているのでした。

 今から日本には「ほめられない子供」があふれることになります。やれやれ。この責任、どうとるのでしょう。製造物責任じゃないですか。


<シリーズ・アドラー心理学批判>

●「勇気づけ」についての副作用情報。。(2014年12月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51903598.html

●褒めない・叱らないは正しくない!「逆張りロジック」に正しく反論する知性を磨こう―『嫌われる勇気』著者講演会 (2015年12月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927076.html

●「自己認識には事実のフィードバックが大事」「思考的盲目が心配」―宮崎照行さんのメッセージ(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51927143.html

●「子どもさんは大いにほめてください。そして叱ってください」―正田、アドラー心理学セミナーで吠えるの記 (2016年1月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933511.html

●「誰もが活躍できる社会」とは「承認社会」―NYさんからのメッセージ (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933591.html

●「勇気を持って指摘されたからこそ、いずれ考えを改める」―永井博之さんからのメール (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51933656.html

●『行動承認』Kindle化に向けて(4)メディアの考える怠惰なお客様と「行為者」の乖離、王道とパチモンの「大衆的人気」(2016年5月)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940842.html

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940920.html

●NHKおはよう日本 アドラー心理学特集を批判する(2)友人たちの反応 (同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940923.html

●『行動承認』Kindle化に向けて(5)行為者の脳発達と細胞レベルの変化の可能性――林田直樹先生との対話より(同)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51940962.html

●アドラー心理学批判 「承認欲求否定」「ほめない叱らない」はどこから来るか―「共同体感覚」との関連において―アドラー『個人心理学講義』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941070.html

●アドラー心理学批判・友人からのお便り「幼稚さ、ナルシシズム亢進、成熟拒否」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941137.html

●アドラー心理学批判 「トラウマ否定」「承認欲求否定」起源はみつけたが誤読と捏造だった―『人生の意味の心理学』をよむ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941143.html

●アドラー心理学批判 アドラーの罪:発達障害者向けのお説教と批判封じ
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941204.html

●アドラー心理学批判 まとめ:「承認欲求を否定せよ」「トラウマは存在しない」有害フレーズの捏造と岸見氏の罪
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941255.html

●アドラー心理学批判 まとめの補足:正確な言葉は「人生のすべては認められたいという努力によって支配されている」、「ほめない叱らない」はアドラー信者組織分派の過激派の言説?
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51941508.html