今日の記事は単なるデータ整理、ノートのようなものです。
 
 時々、出版社のかたがこのブログを訪問してこられて、「むずかしすぎる」と言って帰られるそうです。

 でも、「オキシトシン」についての記事もそうですけど、あんなに長々と読書日記を書いて、本に書くのはそのうちのほんの1−2行ですよ。自分があいまいな記憶に基づいていい加減な「捏造」をするのが嫌なので、覚え書きとして長々とブログ記事を書くんです。


 さて、以前から日本人における「承認」の有効性を言うときに「セロトニントランスポーター遺伝子(5-HTT遺伝子)」のスニッブのことを書いていました。

 「日本人は不安遺伝子を持っている人が多い」

 これ自体にもいろいろ注釈をつけないといけないのですが、最近では脳科学者の中野信子氏があちこちで同じことを言われているようです。

 
 で、気になりだしたのがこれの「分布」のこと。

 こうした研究は1990年代後半から盛んに出だしたのですが、それのもともとの論文に当たれていません。二次資料、二次情報ばかりです。

 で、ずうずうしく研究者の先生にお願いして「サイエンス」の論文を取り寄せていただきました。


 'Association of Anxiety-Related Traits with a Polymorphism in the Serotonin Transporter Gene Regulatory Region'
 筆頭著者はKlaus-Peter Lesch,* となっています。独ワルツブルグ大学の人。

 
 ここでは、2つの実験の被験者計505人のうち、

SS  95人 18.8%
LS 247人 48.9%
LL 163人 32.2%

となっています。
ちなみにSSとSL、Sが1つでもある人は不安感の高い「損害回避気質(harm-avoidance)」に関連づけられるとされています。SSの人は「とても不安」と言われます。

2つの実験の被験者とは、いずれもNIHが募集したものでアメリカ在住の人です。詳しくいうと、
(1)221人。男性93%女性7%。非ヒスパニック系白人79.1%、アジア/太平洋諸島出身者10.0%、ヒスパニック/ラテン4.1%、アフリカ系アメリカ人4.1%、その他2.7%。

(2)284人。男性92%女性8%。非ヒスパニック系白人93.6%、ヒスパニック/ラテン5.3%、アフリカ系アメリカ人0.7%、ネイティブアメリカン/アラスカン0.4%、その他0.4%。

 ・・・てなことをずらずら書くのは、以前「アメリカ人と日本人の分布の違いが云々」という話をしていたときに、「アメリカ人というのは人種は何か。アングロサクソンのことではないか」というご質問を受けたからです。答えは、アメリカ全人口の人種分布に近づけたような母集団だったということです。


 これに対して日本人に関してこのセロトニントランスポーター遺伝子多型をみた実験とは。
 アメリカ人の場合ほど母集団が大きくありません。

 中村敏昭らによる「アメリカン・ジャーナル・オブ・メディカル・ジェネティクス」に1997年掲載された論文の被験者数は女子学生ばかり173人で、

SS 118人 68.2%
LS  52人 30.1%
LL   3人 1.7%


でした。ネット上に流布している分布の数字は、ほとんどは出典が付されていませんが、この中村論文です。

だからよくこの種の知見を紹介するときに「日本人とアメリカ人500人ずつで調査」などというのは間違いだと思います。




 この当時(2000年前後くらい)は人種による遺伝子スニッブの分布の違いがホットな話題だったんですね。
 今もこれらの説は立ち消えになったわけではなく、例えばこちらの論文などに続いています。


「遺伝子と社会・文化環境との相互作用:最近の知見とそのインプリケーション」

>>http://www2.kobe-u.ac.jp/~ishiik/gxc.pdf

 これなどを読むと、「セロトニントランスポーター遺伝子」の多型と「オキシトシン受容体遺伝子」の多型(後者はオキシトシンの活性に関わる)が、それぞれ集団主義と、サポートの求めやすさに関わると言っています。

 ちなみにわが日本人をはじめとするアジア人は、セロトニンもオキシトシンも低く調節される多型の人が多いので、不安感が高く集団主義的になり、また信頼感が低くて相互サポートを求めにくい文化だ、といえます。

 欧米の個人主義というのは、実は高オキシトシンで相互信頼、相互サポートが期待できる基盤に支えられてるんですね。日本人は下手に個人主義をまねしないほうがいいと思います。


 今日はオチのないトリビアばかりの記事でした。


(23:15頃数字の間違いに気づいて修正させていただきました)