暴力の人類史下


 前記事に引き続き『暴力の人類史』(上)(下)(スティーブン・ビンカ―、青土社、2015年1月、原題'THE BETTER ANGELS OF OUR NATURE')を読んでいます。

 今日はその後半、下巻の「第8章 内なる悪魔」と「第9章 善なる天使」をじっくりと。いよいよ進化心理学者、認知科学者である著者ピンカーの本領発揮の、非常に読みごたえのあるところです。


 ですが、面白すぎてはしょれるところが少ない。ざくっとしたロジックの筋を追うことも大事ですがわたし的には脳科学の細かい知識のほうにも目が行きます。
 なのでこの記事は「続きを読む」を活用しようと思います。「ざくっとしたロジック」を表のウインドウで、細部の知識を「続きをよむ」で。


 「第8章 内なる悪魔」は、わたしたちを暴力的・攻撃的にさせる脳機能を扱います。これには5つのカテゴリーがあります。すなわち:

1.プレデーション(捕食):最も単純な種類の暴力で、ある目的のための手段として力を行使する。探索系によって設定される食欲や性欲や野心などを追い求めるために暴力が配備され、背外側前頭前皮質を格好の象徴とする脳内の知的な部分すべてによって暴力が誘導される。

2.ドミナンス(支配、優位性):ライバルよりも自らが優位に立とうとする衝動的欲求のこと。この欲求は、テストステロンを燃料とする支配系やオス間攻撃系と結びつくこともある。ただし、この欲求がオスだけのものというわけではなく、また個人間だけでなく集団間でも優位をめぐって争いをする。

3.リベンジ(報復、復讐):受けた危害を同じように返そうとする衝動的欲求のこと。直接的な主動力となるのは怒り系だが、その目的のために探索系を引き込むこともある。

4.サディズム:傷つけることそのものを喜びとする。

5.イデオロギー:あるイデオロギーを心から信じている人びとは、さまざまな動機を1本の教義に織りなし、そこに他人を引き込んで、破壊的な目標を遂げさせる。


 これに対してわたしたちを善たらしめる脳のはたらきがあり、これを「第9章 善なる天使」で取り上げます:

1.共感:「共感は過大評価されてきた」とピンカーは言います。

2.セルフコントロール

3.最近の生物学的進化?

4.道徳とタブー

5.理性

 このうちピンカーがもっとも期待と信頼を寄せるのは最後の「理性」です。「理性」は「セルフコントロール」や「道徳」と連携して「平和化効果」をもたらすといいます。
 加えて、人類のIQは20世紀初め以来、向上している(フリン効果)。自分の目の前のものだけでなく、より抽象的なものを理解し目の前にないものも推論できるようになり、この推論能力の向上が、「理性の平和化効果」と結びついて、20世紀後半の暴力減少や権利革命(人種、女性、子ども、動物など)をもたらしたのだろう、とピンカーはみています。

 本来凶暴なチンパンジーに近い人類が環境や文化や後天的努力によって長い平和を維持している。凄いことですね。


 大雑把にこれが『暴力の人類史』下巻の筋です。


 ところで、この原著の出版は2011年。この本には、最近のIS(イスラム帝国)の勃興やそれへの先進国の若者の参集はふくまれていません。

 また、「トランプ大統領」の誕生とそれを支えたアメリカの分断、それにネットデマの拡散や「PC(ポリティカル・コレクトネス)」への反動について、ピンカーはなんと言うだろう。という興味もそそられます。

 
 大統領選はるか前に書かれたこの本の中のひとつのヒントとして、ここには「統合的複雑性」という概念が出てきました。政治演説の洗練度を、「統合的複雑性」の概念によって測れる、といいます。

 たとえば「統合的複雑性」の低い文章は、「絶対に」「つねに」「間違いなく」「確実に」「完全に」「永遠に」「明白に」「疑いの余地なく」「まぎれもなく」といった単語を使います。
 文章の統合的複雑性は、それを作成した人の知能と相関関係にあり、特にアメリカ大統領において顕著だといいます。統合的複雑性があまり高くない言語を使う人は、フラストレーションに対して暴力で反応したり、戦争ゲームに参戦する機会が高いとも。

 そして、指導者の演説の統合的複雑性が低下すると、そのあと戦争が起きることが実証されているそうです。



 さあ、わたしたちが生きているのは「平和化から暴力化への揺り戻し」のプロセスなのでしょうか。
 それではお待ちかね、「続き」ページでの詳しいバージョンです。太字化・下線は正田がおこなっています。



第8章 内なる悪魔
 

●私たちの大半は、基本的に暴力を振るうようにできている。人生で最も暴力的な段階は青年期ではなく、「魔の2歳児」のころである(by心理学者リチャード・トレングレイ)。「子どもはどうやって攻撃しないことを学習するのか」と問うべき。

●頻度が低く衝撃度が高い出来事であるほど、それに対して意識的になるように人間の心は設計されているという(by人類学者ドナルド・サイモンズ)。

●人びとが暴力エンターテインメントに普遍的に快楽を感じてしまうのは、心が暴力行為に関する情報を切実に求めているからではないかと考えられる。

「フォワードパニック」(=ランベージ」、猛烈な興奮状態で暴れまわること)
 攻撃的な連合が、えんえんと不安と恐怖を感じ続けていると、ふと無防備な瞬間の敵をとらえたときに、それまでの恐怖が怒りに転じて、爆発したように凶暴になる。もはや制御が利かないらしい怒りに駆り立てられて、敵を意識不明になるまで殴り倒し、相手が男であれば責めさいなんで手足をもぎ取り、女であればレイプし、その財産を破壊する、もっとも醜悪なかたちの暴力だ。

【モラリゼーションギャップ】
●加害者、被害者、第三者の目から見た有害な行為の説明におけるズレ。
 モラリゼーションギャップは、自己奉仕バイアスというもっと大きな現象の一部だ。人は自分をよく見せようとする。有能だとか強力だとか、望ましい、力量がある、善良、正直、寛大、利他的etc.  自分を肯定的に見てもらおうとする心理学的衝動は、20世紀の社会心理学の主要な発見の1つだ。

――ですよね。

「認知的不協和」:人は自分の行動をコントロールしているという印象を保持するために、自分が操作されてやったことについての評価を変える。

「レイク・ウォビゴン効果」:望ましい能力や特性の面で、大多数の人が自分を平均以上に評価していることをいう。


【怒り回路】
●脳内の多くの系と同じく、攻撃性を制御する回路も階層構造に組織されている。基本動作中の筋肉を制御するサブルーチン(プログラム中の一単位)は、脊髄の上方に位置する後脳のなかに収められている。しかし、それを作動させる情動状態、すなわち怒り回路などは、さらに上の中脳前脳に分布している。

●怒り回路は、脳の下のほうにある3つの主要な構造をつなぐ経路である。中脳には水道周囲灰白質という環状の組織がある。この「灰白質」というのは文字どおり灰白色の物質だからで(神経細胞がごちゃごちゃと集まったもので、出力繊維を包んで絶縁体の働きをする白い鞘がない)、「水道周囲」というのは、脊髄から脳内の大きな空洞まで中枢神経系の全長にわたって伸びる体液の管、すなわち水道を取り囲んでいることを意味する。

水道周囲灰白質には、怒りの近く運動成分を制御する回路が収められている。この回路に、痛みや平衡や飢えや血圧や心拍や温度や音声(とくに仲間のラットの甲高い鳴き声)を記録する脳の部位からの情報がインプットされる。それらの情報はすべてラットを興奮させ、いらだたせ、怒らせることができる。

●そしてこの回路から、情報が運動プログラムにアウトプットされると、ラットは突進したり、蹴ったり、噛みついたりすることになる。暴力の生物学における最も古い発見の1つは、痛みやフラストレーションと攻撃性のつながりである。動物はショックを与えられたり、餌の入手手段を取り上げられたりすると、一番近くにいる仲間の動物を攻撃し、もし生きているターゲットが手近にいなければ、無生物の物体に噛みついたりするのである。

●水道周囲灰白質は部分的に、視床下部の制御下にある。視床下部というのは、動物の情動状態や、動機づけ状態や、食欲や喉の渇きや性欲などの生理状態を調節する神経核の集まりである。視床下部は、血流の温度、圧力、化学的性質を監視しており、その下には下垂体があって、そこから血流に押し出されたホルモンが、副腎からのアドレナリンの放出と、性腺からのテストステロンとエストロゲンの放出を調節する役割の一端を担う。


【探索系】
●捕食に関わっている回路は、神経科学者のヤーク・パンクセップが「探索系」と呼んでいる系の一部である。探索系の主要部分は、中脳の一部から脳の中央部の繊維束(内側前脳束)を経由して外側視床下部にいたり、そこから上に伸びて、いわゆる爬虫類脳の主要部をなす腹側線条体につながる。線条体は多数の平行な新経路でできていて(そのため細い縞のように見える)、大脳半球に深く埋め込まれ、前頭葉と密につながっている。

●この探索系が発見されたのは、心理学者のジェームズ・オールズとピーター・ミルナーがラットの脳の中央に電極を埋め込んで、その電極をスキナー箱のなかのレバーに連結させたところ、ラットが自分の脳を刺激するために疲れきるまでレバーを押しつづけることがわかったときだった。彼らは最初、脳の快楽中枢を見つけたと思ったのだが、今日の神経科学者は、この系の根底にあるのは実際の快楽というよりも、欲求や渇望のほうだろうと考えている

●探索系は配線だけでつなげられているのではない。化学物質も重要な働きを担っている。この系にある神経細胞は、ドーパミンという神経伝達物質を使って互いに信号を送っている。コカインやアンフェタミンなど、ドーパミンをもっと豊富に生じさせる薬物を摂取すると、動物は気分が高揚するが、反対にドーパミンを減らす抗精神病薬などの薬物を摂取すると、動物は無感情になる。
(腹側線条体のなかにも、エンドルフィンなどの体内麻薬に相当する別種の神経伝達物質に反応する回路があるが、これらの回路は予期される報酬を渇望することよりも、得られた報酬を楽しむことに深く関係している)
 探索系は、押すと餌がもらえるかもしれないレバーへのアクセスのような、動物が追及すべき目標を特定する。もっと自然に近い状況にあると、探索系は肉食動物に狩りをする動機を与える。


【恐怖系】
●「怒り系」と同様に、「恐怖系」も中脳水道周囲灰白質から視床下部を経由して扁桃体へといたる回路でできている。ラットの場合で言うなら敵の脇腹を狙って蹴ったりかみついたりするのではなく、頭上めがけて飛びかかっていくような攻撃は守りの攻撃で、根底に恐怖感がある。

恐怖回路と怒り回路は別個のもので、各器官のそれぞれで別の神経核をつないでいるが、物理的に近接しているために相互作用しやすくなっている。軽い恐怖は、身動きできなくなったり逃げ出したりといった行動を誘発するが、とてつもない恐怖は別の刺激と結びついて、怒り狂っての自己防衛攻撃を誘発することがある。人間におけるフォワードパニックやランページにも、同じような恐怖系から怒り系への移行が関係しているのかもしれない。


【支配系】
●パンクセップは、暴力を誘発できる哺乳類の脳内の4番目の動機づけ系も特定している。彼はそれを「オス間攻撃系」や「支配系」と呼んでいる。恐怖系や怒り系と同様に、この系も中脳水道周囲灰白質から視床下部を経由して扁桃体にいたりその過程でまた別の3つの神経核をつないでいる。これらの神経核はそれぞれテストステロンの受容体をもっている。
 パンクセップによれば、「ほぼすべての哺乳類において、オスという性別は強引な態度をとるようにできているため、通常、オスの性衝動と攻撃性はいっしょに働く。実際、この2つの傾向は中枢神経軸のすべてで絡みあっており、現状の限られた知識でわかっているかぎり、この種の攻撃性の回路は怒り回路や探索回路のすぐそばにあって、おそらくはそれらと強く相互作用している」。



 人間の脳では、ラットと同様に怒り回路や恐怖回路や支配回路が収められている器官、すなわち扁桃体、視床下部、水道周囲灰白質(人間では中脳の内部にあって、灰白質の内側を脳脊髄の中心管が走っている)があり、線条体も目立つ。このドーパミンを燃料とする器官は、その腹側部が脳全体に探索目標を定めさせる働きをしている。
 しかし、ラットにおいてはこれらの構造が脳の大部分を占めていたのに対し、人間の脳内では、大きく膨らんだ大脳にそれらの構造がくるまれている。大きすぎる大脳皮質は、頭蓋骨の内部に収まるように、丸めた新聞紙の塊のごとくしわくちゃになっている。大脳のかなりの部分は前頭葉で占められており、この図で見ると、後頭部に向かって4分の3近くまで広がっている。神経解剖学の見地から言えば、ホモサピエンスにおいては怒りや恐怖や渇望といった原始的な衝動が、慎重さやモラリゼーションやセルフコントロールといった大脳の抑制力と張り合っているに違いない


【熟考によって暴力を調節する部位】
眼窩前頭皮質。情動調節に関係している領域で、1848年、技師フィネアス・ゲージが事故で左側の眼窩前頭皮質と腹内側前頭前皮質を尊重する怪我を負った。この結果ゲージは移り気、不敬、衝動的、強情なまでに我を通す、気まぐれで煮えきらない、たくさんのアイデアを出しては破棄する、などの人格変化を起こした。

眼窩皮質は、扁桃体や視床下部など、情動に関連する脳の部位と強く結びついている。眼窩皮質に集まっている神経細胞はドーパミンを神経伝達物質として使い、線条体にある探索系とつながっている。

●眼窩皮質の隣には「島」と呼ばれる孤立した皮質があって、その最前部がシルビウス裂の下からかろうじて顔を出している。島皮質の残りの部分はシルビウス裂の奥に広がっているが、前頭葉と側頭葉の弁蓋部に覆われて見えない。この島皮質は、私たちの身体的な直感を記録する。たとえば胃が膨張した感覚や、むかつき、温かみ、膀胱の充満、心臓の激しい鼓動といった、体内状態を示すさまざまな感覚だ。脳は「血が沸きたたされる」だとか「彼の行動には吐き気がする」といった比喩を文字通りに受け取っている。

●眼球の裏にある眼窩皮質と、内部に面した腹内側皮質は、前述したように隣接していて、それぞれがどういう働きをしているかを区別するのは容易ではない。そのため、神経科学者はしばしば両方をひとまとめにして扱う。どちらかといえば、眼窩皮質のほうは(これが島の隣に位置していて、内臓からのインプットを得られることにふさわしく)ある経験が快か不快かを確定することに関わりが深いと見られ、腹内側皮質のほうは(これが脳の正中線に沿った、探索回路の広がっている位置にあることにふさわしく)自分が望んでいるものを得て、望んでいないものを回避しているかどうかを確定することに関わりが深いと見られる。この区別がそのまま道徳の領域にも持ち越され、被害に対する感情的な反応と、その被害についての判断や熟考という違いにあらわれるのかもしれない。しかし、その境界線はやはり曖昧だ。そこで私は引き続き、この脳の両方の部位を指すのに「眼窩皮質」という用語を使っていくことにしたい。

●眼窩皮質のインプットーー体内感覚、欲求対象、情動刺激、および皮質の他の部分からの感覚や記憶など――は、眼窩皮質に日々の情動の調整器としての機能をはたさせる。怒りや温かみや恐怖や嫌悪といった内臓的な感覚がその本人の目標と結びあわされ、調整信号が計算されて、もともと信号を発した情動構造に送り返される。同時に信号は、冷静な熟考と遂行管理を行う上層の皮質領域にも送られる。この神経解剖学的に推察されるフローチャートは、心理学者が診療所や実験室で見ているものと非常によく合致する。

●反社会性パーソナリティ障害をもち、暴力的傾向のある人びとの脳をスキャンすると、眼窩皮質の領域が収縮していて代謝が不活性であること、そして扁桃体など、情動に関わる脳のほかの部分も同様であることがわかった(by 心理学者エイドリアン・レインら)。ある実験で、レインは衝動殺人犯の脳を、予謀殺人犯の脳を比較してみたところ、衝動殺人犯のほうだけに眼窩皮質の機能不全が見られ、脳のこの部分によってなされるセルフコントロールが暴力の主要な抑制力となっていることを示唆していた。

●眼窩皮質にはほかにも役割がある。眼窩皮質に損傷を負ったサルは集団内の優劣順位にすんなりと収まることができず、必要以上にケンカをするようになる。そして眼窩皮質に損傷のある人間がやはり社会的な非礼に無神経であるのも、偶然の一致ではない。

●このように人間の脳内において、眼窩皮質は(隣にある腹内側皮質とともに)セルフコントロール、他人への共感、規範や慣習への敏感な配慮といった、自分のなかの劇場を和らげる心的機能のいくつかに関わっている。

●とはいえ、眼窩皮質は大脳のなかでもかなり原始的な部分だ。そこへのインプットは比喩的な意味でも文字どおりの意味でも、腹の底(=内臓)からなされる。もっと知的に、熟考によって暴力を調節する役割は、脳のほかの部分が負っている。


【熟考によって暴力を調節する部位】
側頭頭頂接合部のはたらき。心理学者のリアン・ヤングとレベッカ・サックスは、実験参加者にfMRI(機能的磁気共鳴画像法)スキャナーのなかで故意による危害と事故による危害の話を読んでもらった。すると、加害者の心理状態に照らして加害者を無罪と判断する能力は、脳内の側頭葉と頭頂葉の接合部に依存していることがわかった(実際にこの研究で発火したのは大脳の右半球)。側頭頭頂接合部は、さまざまな情報が交差する十字路に位置しており、自分の体位についての知覚情報や、他人の体と行動についての知覚情報もここを経由する。サックスはこれより前に、メンタライジング、直観心理学、心の理論などと呼ばれる心理機能、すなわち他者の考えや欲求を理解することのできる能力には、この側頭頭頂接合部の領域が必要であることを明らかにしていた

背外側前頭前皮質のはたらき。認知神経科学者のジョナサン・コーエンらとの共同研究をしている哲学者のジョシュア・グリーンは、赤ん坊を窒息死させたりトロッコの前に男を突飛ばしたりすっることへの本能的な拒否反応が扁桃体と眼窩皮質から来ているのに対し、最大多数の命を救おうとする功利主義的な思考は、背外側前頭前皮質という前頭葉の一領域で計算されることを明らかにしている。背外側前頭前皮質は、知的で抽象的な問題解決に最も深くかかわっている脳領域で、たとえば知能検査の問題を解くときは、この領域が発火する。

●地下室で泣き声をあげる赤ん坊の事例を考えるときに、人間の脳内では眼窩皮質も背外側皮質も発火する(前者は赤ん坊を窒息死させることの恐ろしさに反応し、後者は救われる命と失われる命の計算をする)が、それらとあわせて脳の3番目の領域が、相反するインパルスの処理をする。それが脳の内壁に位置する前帯状皮質である。赤ん坊を窒息させても問題ないと推論する人は、背外側皮質の活性化がより激しいことがわかっている。

●側頭頭頂接合部と背外側前頭前皮質は、ともに進化の過程で大きく発達した部分で、これがあるからこそ私たちは冷静な計算を行って、それによりある種の暴力を正当化できるようにもなる。その計算の結果に対する私たちの心理的葛藤――赤ん坊を窒息死させることを暴力行為と見なすべきか、はたまた、暴力を予防する行為とみなすべきか――は、骨の髄まで理知的な大脳の領域が、決して内なる悪魔でも善なる天使でもないことを示している。これらは暴力を促進することも抑止することもできる認知ツールであって、このあと見るように、どちらの力も人間特有の暴力の形式にたっぷりと関与しているのである。

――なるほど、「側頭頭頂接合部」を邪悪なことに使おうと思えばできるのですね。




プレデ―ション(捕食)

●プレデーション(捕食)という暴力の加害者は、憎しみや怒りなどの破壊的な動機をいっさい持っていない。捕食的な暴力は、単なる目標のための手段なので、人間の目標と同じくらいたくさんの種類がある。典型的な例は文字通りの捕食、つまり食べ物や気晴らしを得るための狩りである。防衛や先制としての――やられる前にやる――暴力も、やはり道具的な暴力の一形態である。

●男性人口における精神病質者(サイコパス)の割合は、おおよそ1%から3%というところである。たいていの場合、人間を食い物にしようとする誘惑は感情的な抑制や認知的な抑制によって阻止されるが、サイコパスにおいてはそうした抑制が欠如している。これらの人びとは、子どものころから嘘つきのいじめっ子で、共感や良心の呵責を覚える能力がなさそうに見え、暴力犯罪者の20%から30%を占め、重大犯罪の半数の犯人となっている。

●精神病質者の脳内では、異常の兆候がほかに何も見えなかったとしても、社会的情動を調節する脳の領域、とりわけ扁桃体と眼窩前頭皮質だけが、収縮していたり敏感でなかったりする。病気や事故でこの領域に損傷を負ったあとに精神病質の兆候があらわれてくる場合もあるが、この症状は部分的には遺伝性でもある。

●捕食的な暴力を犯す心理は、手段と目的のつながりを推論できる能力が人間にあること、そして人間の道徳的な抑制の機能がすべての生き物に対して自動的に作動するわけではないということに、根本的な原因がある。

●捕食的な暴力が実際に行われる経緯には、2つの心理的な動因がある。
1.対象者(被害者)が防衛的な手段で対抗してくると捕食者の心理は、実務的なものから嫌悪や怒りに転じる
   ⇒リベンジ、報復のスパイラル
    相手の攻撃を過大評価、自分の攻撃を過小評価
2.自己奉仕バイアスの亜類型である肯定的幻想(ポジティブイリュージョン)
   人は自分の健康状態や、リーダー適性、知能、専門能力、スポーツ能力、経営技能を過大評価する
   理由:交渉戦術としてのはったり?

●生物人類学者のリチャード・ランガムは、バーバラ・タックマンの『愚かな行軍――トロイ戦争からベトナム戦争まで』(邦訳『愚行の世界史――トロイアからベトナムまで』)とロバート・トリヴァースの自己欺瞞説から示唆を得て、軍事的な無能さはデータの不備や戦略の誤りというよりも、過度な自信が問題となっている場合がほとんどだと述べている。

●政治学者のドミニク・ジョンソンは著書の『過信と戦争:肯定的幻想のもたらす破壊と栄光』において、ランガムの仮説が正しかったことを証明した。交戦寸前の指揮官たちがしていた予測を調べてみると、彼らは非現実的なほど楽観的で、その時点で得られていた情報と矛盾することを言っていたのである

●政治学者のカレン・アルターは、イラク戦争がはじまる前に行った分析で、ブッシュ政権の意思決定プロセスが異常なほど閉鎖的であったことを明らかにしていた。集団思考によくある現象そのままの実例として、開戦前の政策チームは自分たちが誤りを犯すはずはなく、道徳的にも正しいと信じていて、その見方に反する評価をすべて拒絶し、コンセンサスを強要し、内々の疑念を自ら検閲して抑え込んだ



ドミナンス(支配、優位性)

●優位争いに賭けられている直接的な商品は情報である。

●優位争いは、ときには致命的な衝突にまでエスカレートすることもあるが、たいていの場合は(人間においても動物においても)誇示行動だけで収まる。対戦者はそれぞれ自分の強さをひけらかし、自分の武器を振りまわし、瀬戸際政策の見せびらかしをするが、どちらかが引いた時点で争いは終わる。

優位争いは、侮辱によって火がつくことがあるが、とくに名誉の文化や、公式の決闘を決めている文化においては、その傾向が強い。侮辱は身体的な怪我や窃盗と同様に見なされて、暴力的な復讐への衝動を駆り立てる。
(これがドミナンスの心理を、次項で扱うリベンジの心理に溶け込ませる)


●2人の男性のあいだでの口論が暴力にエスカレートする可能性は見物人の存在によって2倍に増えることもわかっている。

●個人の価値観を男女別に調べたところ、男性は職業上の地位に、ほかのどんな人生の喜びに対してよりも圧倒的な価値を見出していることがわかった。

ドミナンスは、パンクセップが「オス間攻撃」と呼ぶ系を働かせる。女性にもこの系はあるが、少なくともこの回路の一部、すなわち視索前野―前視床下部の神経核は、男性のほうが女性より倍も大きい。また、この系には全体にテストステロンの受容体が存在しているが、男性の血流にはテストステロンが女性の約5倍から10倍多く含まれている。視床下部は下垂体を調節するところで、その下垂体は睾丸や副腎にさらなるテストステロンの産出を指示するホルモンを分泌することができる。

●テストステロンは男性を一律に攻撃的にすることはない。しかし、ドミナンスへの挑戦に向けて男性を準備させる。

●暴力の原因が自尊心の低さにあるという見方は誤り。バウマイスターが明らかにしているとおり、暴力は、自尊心がありすぎることによる問題なのであり、とりわけ分不相応にあるときが問題なのだ

●米国精神医学会が出版している「精神障害の診断と統計マニュアル」(DSM)では、自己愛性パーソナリティ障害は「誇大性、賞賛されたい欲求、共感の欠如を特徴とする広範な様式」と定義されている。自己愛(ナルシシズム)というのもあいまいなカテゴリーで、部分的には精神病質(「他人の権利を尊重せずに、侵害することを特徴とする広範な様式」)や境界性パーソナリティ障害(「気分が不安定、白か黒かの思考様式、対人関係や自己イメージやアイデンティティや行動が混乱していて不安定」)と重なり合う。しかし、自己愛の核をなす3つの症状――誇大性、賞賛されたい欲求、共感の欠如――は暴君にぴったり適合する。

集団ドミナンス。個人のアイデンティティの一部分は、その人が加わっている集団のアイデンティティと融合している。人びとの心のうちには集団の占める一区画があって、その区画は個人が占める一区画とまったく同じように、新年や欲望や賞賛すべき特質をすべて備えている。
 スポーツチームや政党など、別の集団と競い合っている集団に忠誠心をもっていると、優位を得ようとする私たちの本能が集団に代わって働きはじめる。
 
●自分のグループをひいきする傾向は、生涯の早いうちからあらわれる。おそらくこれは学習されるものでなく、生得的なものに違いない。発達心理学者が明らかにしてきたように、就学前の児童はリベラルな親をぞっとさせるほど人種差別的な意識をはっきりと示すし、赤ん坊でさえ、人種が同じでアクセントも同じ人間と交流するほうを好むのである。

――なるほどです。だから、「ヘイトスピーチ」「某大統領(候補)の差別発言」などは、生まれてからわれわれが教育によって築いてきた「差別はいけない」という思考を「初期化」してしまう働きがあるわけですね。


●人はみな程度の差こそあれ「社会的ドミナンス」という動機を抱いているという説がある(by心理学者ジム・シダニウス&フェリシア・プラット)。もっと直感的な言葉で言えば、これは部族主義である。もろもろの社会集団が階層構造に組織され、そのなかで自分の所属する集団が他の集団より優位に立つのを欲する心理のことだ。
 シダニウスとプラットによれば、社会的ドミナンス志向が強いほど、人びとの意見や価値観は、愛国心、人種主義、運命論、カルマ、カースト、国家の命運、軍国主義、犯罪に対する厳罰主義、現存する権威と不平等の保守といったものに傾いていく。逆に社会的ドミナンス志向が薄いほど、人道主義、社会主義、フェミニズム、普遍的権利、政治的進歩主義、およびキリスト教聖書の平等主義と平和主義といった考え方があらわれてくる。

●偏見を最も鮮明に映し出すものの1つは発話であることがわかっている。人は、自分の聞き慣れないアクセントで話す人を信用しないのである(by心理学者G・リチャード・タッカー&ウォレス・ランバート、および後年のキャサリン・キンズラーの研究)。

●ナルシシズムがナショナリズムと結びつくと、政治学者が「ルサンチマン」(「怨念」を意味するフランス語)と呼ぶ致死的な現象が生じる。自分の国や文明は歴史的に上に立つ権利があって、にもかかわらず現在の地位が低いのは、内外の敵の悪意によるものとしか思われない、と固く信じてしまうのである。ルサンチマンは、ナルシシストが抱きがちな、ドミナンスを邪魔されたという感情―屈辱、妬み、怒り―をかきたてる。

●歴史家のリア・グリーンフィールドとダニエル・チロットらは、20世紀初頭の大規模な戦争とジェノサイドの原因が、ドイツとロシアのルサンチマンにあると指摘している。
 現代においても、ロシアとイスラム世界がやはり自分たちの偉大さを不当に貶められている状況に怒りをため込んでいるとみることができる。そしてそうした感情は、平和にとって無視できない脅威なのだ。

●一方、それとは別の方向に進んでいるのが、ヨーロッパのオランダやスウェーデンやデンマークのような国で、これらの国は18世紀の時点で優位争いのゲームから降りており、たとえ地味ではあっても実体のしっかりした成功を収めること、たとえばがっちりお金を稼いで、国民に快適な生活を送らせてやることなどに自尊心をつないできた。威容を誇ることを最初から目指していないカナダやシンガポールやニュージーランドのような国とともに、これらの国のプライドは、決して小さくないとはいえ、実際に達成した業績相応のものであり、国家間関係の分野でも、これらの国はトラブルを起こさない。

――できればそうありたいものですが…だめでしょうか。


●複数の民族集団が血を流さずに共存できるかどうかを決める要素
1.重要な緩和剤:
 他の集団を攻撃する困った危険人物を、その人物の属する集団が捕らえ、処罰すること。そうすれば1対1の犯罪とみなされ、集団対集団の戦争行為とはみなされずにすむ。
2.イデオロギー:
(イスラエルのシオニズムのようなもの)⇒事態を泥沼化させる

●今日の平和的な国の多くは、国民から部族主義的な心理を取り除くことによって、国民国家の再定義を果たす試みを続けている。政府はもはや自分たちの国を、特定民族集団の魂の叫びの結晶とは定義しておらず、ある一続きの土地にたまたま住むようになっていた人と集団をすべて包含する協定のようなものだととらえている。

●女性が主導権を握っていたら世界はもっと平和だったか?―条件付きイエス。
・男女平等に肯定的な回答者のほうが、アラブ・イスラエル紛争に対する非暴力的な解決にも肯定的だった。
・女性に権利を与えている社会ほど、問題を起こすのが大好きな根無し草の若い男性の集団とともに終焉を迎えるような結果になりにくい。
・生物学上と歴史上、ほかのすべての条件が同じなら、女性がより影響力を持っている世界ほど、戦争がより少ない世界になるはずである。

●20世紀半ばから終わり、ドミナンスの概念と価値観の衰退
1.マルクス兄弟がおちょくったような非公式化プロセス「吾輩はカモである」
2.女性の職場進出に伴い、男性のドミナンスを冷めた目で見る
3.コスモポリタニズム
   他国の誇張された名誉の文化を見て、自分のそれを見つめ直す
4.生物化学の進歩
   「テストステロン」「つつきの順位」「優劣順位」「アルファオス」などの認知度が高まる
   ⇒優位争いを相対化、矮小化
   冷静さ ⇔「栄えある」「誉れ高い」
   客観化

――このあたりですね、わたしがこの本を今だからこそ、じっくり読みたかったわけは。
「トランプ現象」やそれ以前からの分断化、ヘイトスピーチ、ネットデマとそれに伴う攻撃性、などは、上記に挙げた20世紀後半のこの趨勢にたいする「反動」のようにもみえます。ドミナンスの再興。
 もう少しあとのほうで「ブーメラン効果」(心理学で、正反対の心理状態に振れる現象)というのも出てきますが、21世紀初めのある時点から、「反ドミナンスと抑制」に対する反動が大衆レベルで起こってきて、アカデミズムやジャーナリズムがそれを見逃してきた、ということかもしれません。



リベンジ

●復讐の衝動は暴力の大きな要因である。流血に対する流血の復讐は、全世界の文化の95%で明白に是認されており、部族間抗争があるところでは、つねにこれが主要な動機の1つとなっている。全世界の殺人の10%から20%はリベンジによるものであり、この動機は学校での銃乱射事件や私的な爆破事件においてもかなりの割合を占める。そして個人ではなく集団に向けられた場合、リベンジは都市暴動やテロ攻撃や対テロ反撃や戦争の主要な動機となる。

●リベンジは、まさに文字どおりの衝動である。リベンジの神経生物学的機構は、中脳の視床下部から扁桃体への経路にある「怒り回路」から始まる。傷つけられたり苛立ったりしている動物は、この回路の働きによって、最も身近にいる犯人らしきものに食ってかかる。人間の場合、脳内のどこから発した情報でもこの系に送り込まれるが、側頭頭頂接合部からの情報は、与えられた損傷が故意によるものなのか偶然によるものなのかを教えてくれる。そのあと怒り回路は島皮質を活性化させ、痛みや嫌悪や怒りの感覚を生じさせる。(他人にごまかされたと感じると、島の部分が発火することを思い出そう)いずれも愉快な感覚ではないので、動物はそれらを感じると、怒り回路の電気刺激を切ってしまうことがわかっている。

「復讐は甘い」
 不誠実な相手を罰する選択肢を取るかどうかを熟考しているときの参加者の脳をスキャンしてみると、線条体の一部(探索系の中核部分)が活性化していることがわかった。つまり、ニコチンやコカインやチョコレートを欲するときに発火するのと同じ領域が発火していたのである。リベンジは、まさに甘いのだ。
 線条体が激しく活動していればいるほど、その人は悪徳受託者に罰を与えたがっていた。

●参加者が罰を与えるために対価を支払うことを選ばなかった場合、その人の脳内では、眼窩前頭皮質と前頭前皮質腹内側部が発火していた。一般にこの脳領域は、さまざまな一連行動のもたらす喜びと苦しみを秤にかけるところで、この場合では、リベンジが完了したときの満足度と費用対効果の点から検討しているものと思われる。

●リベンジのもつ機能…抑止力。
囚人のジレンマの発明:協力するか裏切るか、20世紀の最も優れたアイデア。
これのくり返し型の総当たり戦を実際に企画してやってみた(by政治学者ロバート・アクセルロッド)ところ、最初の勝者となったのは「しっぺ返し」戦略だった。最初の一手では協力し、パートナーも協力してくれたら次からも協力を続けるが、パートナーが裏切ったら自分も裏切る。復讐は「よい人」が搾取されるのを予防するという意味で、協力に必要なものなのである。

●しっぺ返し戦略の特徴とは:ゝい里いい發痢先手でつねに協力する¬晴。予測可能であるJ麌的。ご架董2い改めることを許す。
「寛容型しっぺ返し」誤解や間違いによる裏切りがあり得る雑音だらけの世界では、「しっぺ返し」よりこちらが優秀。ランダムに裏切り者に許しを与え、また協力を再開する。
「改悛型しっぺ返し」許しを無条件でなく、差別的に与える。集団の中に「つねに裏切り」の戦略をとる精神病質者がいるときはこちらが優秀。

――おもしろい。読んでいると組織人が「承認」をするのはこの「しっぺ返し戦略」をとっているのではないか(つまり、第一手では友好的に振る舞い、相手が悪ければ報復する)というふうにも思えた。寛容型であれば「是々非々よりも少し肯定的」という点で現実のマネジャーの承認により近いかもしれない。また「改悛型」も、たしかに組織の中に異常人格の人がいるなら、持っておいてもわるくない。


●リベンジが抑止力として機能できるのは、報復者が報復するであろうことが広く知られていて、なおかつその報復者に、たとえコストがかかろうと必ずや報復を実行する意思がある場合だけだ。
 司法の世界では、これは懲罰の一般抑止機能に当たる。懲罰を広く一般に知らしめることによって、第三者に恐怖心を与え、犯罪を起こさせないようにしようという考えである。
 一般人にとってこの一般抑止機能に相当するのは、他人のいいようにはされない人物だという評判を広めることだ。

●リベンジが抑止機能として進化したのなら、なぜそれが現実の世界でこんなにも頻繁に行使されるのか?復讐の連鎖がつねに存在し、報復に次ぐ報復が止まないのは、どういうわけなのか?
 ――モラリゼーションギャップ
  人は自分が与えた損害を正当化して忘れやすい反面、
  自分が受けた損害については根拠のない言語道断の行為だと思いやすい。

●過剰な復讐の予測因子…市民の社会規範
 公共財ゲーム(各プレーヤーが出しあったお金を2倍にして再分配するゲーム)をしたところ、一部の国では多くのプレーヤーが、けちな仲間を罰するのではなく公共の利益のために気前よく投資する仲間を罰していた。(そのうちに貢献しようとする人は誰もいなくなり、全員が損害を被った)(彼らは自分が最初にけちな行為で罰せられたので、自分を罰した利他的なプレーヤーに報復した)
 このゲームにおいて、罰せられたけちなプレーヤーが改悛を示したのは
 アメリカ、オーストラリア、中国、および西欧諸国
 罰せられたプレーヤーが恨みを感じて仕返しに出たのは
 ロシア、ウクライナ、ギリシャ、サウジアラビア、オマーン
…世界銀行の査定する各国の「法治」レベルに対応。法の支配がしっかりと及んでいる国の人びとに比べ、そうでない国の人びとは破壊的なまでに復讐心を示した

●社会学者は市民規範が一国の「社会資本」の大部分を占めていると考えており、国の繁栄にとってはそれこそが物的資源よりも重要であると見なされている。


許しの心理(リベンジを止めるもの)by 心理学者マイケル・マッカロー
1.自分が自然に共感を覚えられる範囲に加害者が入っているとき
2.自分と加害者との関係が切ろうにも切れないほど大事なとき
3.加害者が無害になったことを確信できたとき

●謝罪。
 自分が悪いことをしたのだと認め、被害者の苦しみに同情し、損害賠償でもって被害を相殺し、自分の信頼性を賭けて二度と同じことを繰り返さないと保証する。
 被害者側は加害者の本心を見透かして、ふたたび害をなそうとする意図が完全になくなっていることを確認する必要がある。この生まれ変わった無害さを実践する装置は、恥じらいや罪悪感や気まずさといった内省的な感情である

●霊長類では、劣位のオスが優位のオスをなだめたいときは這いつくばって視線をそらし、自分の体の無防備な部分を相手にさらけだす。人間の場合はこれにあたるジェスチャーが、縮こまる、ぺこぺこする、ひれ伏す、といったものになる。

――土下座って霊長類もやるんですね

●さらに私たち人間は、目につきやすい体の部位の支配権を自律神経―血流や筋緊張や腺活性を制御する無意識の回路―に譲り渡すという策もとる。赤面する、口ごもる、涙を流すといった現象で証明された謝罪は、冷淡で平静で落ち着いた謝罪よりもよほど信頼をもって受けとめられるのだ。涙や赤面がとりわけ効果的なのは、これらが内面の感情であるだけでなく外面にあらわれるものであるゆえに、共有知識を生み出し、加害者の自己欺瞞をゆるさないからだ。

●いまや多くの共同体は、当事者同士の話し合いによって解決を試みる「修復的司法」のプログラムを用意して、それで刑事裁判を補ったり、場合によっては刑事裁判に代わって全面的にそちらを採用したりするようになっている。家族や友人も交えて加害者と被害者が同席し、座の取りまとめ役があいだに立って、被害者には苦しみや怒りを表明する機会を与え、加害者には心からの悔恨と損害賠償の申し出を伝える機会を与えるのだ。少なくとも一部の悔い改めた加害者は、これによってまっとうな態度を示すことができるし、被害者もある程度の満足ができ、係争そのものも、なかなか進まない刑事司法制度の手続きに煩わされないですむ。

●ここ20年の国の指導者の大量の謝罪
――史上初めて国の指導者たちが、歴史的真実や国際的和解という究極の目標を、国の無謬性や清廉潔白さといった利己的な主張よりも上位に置いた。
・1984年、日本の昭和天皇は訪日していた韓国大統領に謝罪ととれる発言
・以後数十年、他の日本の指導者からいっそう積極的な謝罪
・ドイツ、ホロコーストについて謝罪
・アメリカ、日系アメリカ人強制収容について謝罪
・ソ連、ポーランド人捕虜殺害について謝罪
・イギリス アイルランド人、インド人、マオリ人に対して謝罪
・ヴァチカン 宗教戦争、ユダヤ人迫害、奴隷貿易、女性の抑圧について謝罪

●国際紛争の和解 by 社会学者ウィリアム・ロングとピーター・ブレック
 和解に関して
 ×感情的なジェスチャーはほとんど影響力なし
 ○成功のカギは、いかにコストの高い信号を発信するか
 和平へ向けての斬新で自発的でリスキーで無防備で、かつ取り消すことのできない手を打つことにより、こちらからは二度と戦争を再開しないという安心を敵に与える。

●内戦の和解
 融和的なジェスチャーは、内戦においては功を奏しやすい。
 和解の共通項:
 ○一連の和解の儀式において 象徴的で不完全な裁きがなされていること
 ×完全な裁きがなされていること⇒報復の願望をかきたてる
 ×裁きがまったくなされないこと

和解成功の要因
1.最初から最後まで妥協なく真実を語り、自分の及ぼした危害を認める
  告白する側は、それによって恥辱や罪悪感、そして潔白の主張という大きな道徳的武器を一方的に解除させられるという、感情的につらい犠牲を払う
2.人びとの社会的アイデンティティを明確に書き換える
  虐げられた人が社会を運営する責任者に、軍人は元反逆者の護衛に
3.不完全な裁き
  与える罰でさえ、流血に対する流血ではなく、加害者の評判や名声や特権に対して打撃を与えるかたちにする
4.交戦していた両陣営は一連の言葉と非言語ジェスチャーによって、新しい関係の確立のために努力するつもりであることを互いに伝え合わなくてはならない



サディズム

●サディズムの動機の種類
1.道具的な暴力から発展して出現するもの
 脅威として、情報を引き出す手段としての拷問
 「第三級(サード・ディグリー)」、「適度の身体的圧力」「強化尋問」
 しかし拷問者はつい我を忘れてやりすぎる
2.犯罪者への処罰や宗教的な処罰
 しかし抑止が目的であればもっと穏やかで確実な罰によって達せられる
3.娯楽そのものが動機のもの
 古代ローマのコロセウムでの見世物
4.ランページ(暴力騒ぎ)に付随して生じる非道な拷問、身体切断、フォワードパニック現象、ポグロムやジェノサイド、警官の蛮行、部族間抗争
5.シリアルキラー(連続殺人魔)

●サディズムが発達する2つの条件
  ‖梢佑苦しむのを楽しみにする動機⇒淦力の排除
 人間の本性には最初から、他人の苦しみに満足を覚える動機が少なくとも4つある
(1)生き物の傷つきやすさに病的に魅入られること
  例バッタの足もぎ、死の窃視症
  究極的には、これは生物界、すなわち私たち自身の身の安全も含めたすべてを支配したいという動機?
(2)ドミナンス
  他人の不幸を喜ぶ気持ち「シャーデンフロイデ」
  参加者たちの線条体(願望や好みを生じさせる探索回路の一部)は光り輝いていた
(3)リベンジ
(4)性的なサディズム
  男性のほうがより激烈な性別で、女性のほうがより選別的な性別であることの副産物?
  性的傾向に関する回路と攻撃性に関する回路は辺縁系のなかで絡みあっていて、そのどちらもがテストステロンに反応する。


サディズムを抑制する安全装置(ブレーキ)
1.共感
2.文化的タブー
3.他人を傷つけることに対する本能的な嫌悪
  ほとんどの霊長類は仲間の悲鳴に嫌悪感を覚える
  (倫理的なやましさからではなく、仲間をのたうちまわらせるのを怖がる。
  外部になんらかの脅威があって仲間が警告を発している?)

サディズムのブレーキの回避路(サディズムを可能ならしめる)
 精神病質は、サディズムに対する抑制が生涯にわたって利かなくなっている状態。
  苦悩のサインを感知する扁桃体と眼窩皮質での反応が鈍い。
  他人の利害に対する同情も明らかに欠如。

●統治機関の残酷な尋問や懲罰:看守の中に突出してサディスティックな人物
 サディズムは「獲得嗜好」(後天的に獲得される嗜好) 
 看守たちは自分の仕事をだんだんと楽しむようになる

●ブーメラン効果。
 感情は色覚と同様、対立する回路のバランスにより平衡を保つ by心理学者リチャード・ソロモン説
 恐怖VS安心 幸福感VS絶望感 飢餓感VS飽満感
 感情そのものよりも、その感情の反動のほうが強烈に感じられる
 ex.バンジージャンプ、恐怖⇒高揚感⇒幸福感

●サディズムも被害者を傷つけたことへの嫌悪感、不快感
  ⇒活気を取り戻すような反対の感情が出てくる
    ⇒高揚感を得るため、より強い刺激へ(対抗プロセス説、byバウマイスター)
 Cf.「無害なマゾヒズム」by心理学者ポール・ロジン
   激辛のチリペッパー、サウナ、スカイダイビング etc.
   嫌悪と克服のプロセス



イデオロギー

――この項目は、わたしにとっては近年の「アドラー心理学」の広がりを考えるうえで助けになります。

●イデオロギーの心理:
 認知面で、私たちは手段と目的の因果関係を長々と推論することができる。それにより、望ましい目的をかなえるための手段としてなら不快なことでも実行する気になれる。なぜなら私たちにはドミナンスやリベンジへの衝動があり、他の集団を本質によって――とくに悪魔や害虫として――ひとまとめにする習慣があり、同情の範囲を自在に伸び縮みさせる能力があり、さらに、自分の知恵と善性を誇張する自己奉仕バイアスまで働かせているからだ。

●有害なイデオロギーがどうして少数のナルシシストたちから全人口に広まって、そのイデオロギーの構想を進んで実現する気にさせられるのか?
人は自分がどう行動するかの手がかりを、ほかの人びとから得る(ミルグラム実験)
・人が平素の自分らしからぬ無情な行動をするのには、仮想上、ある集団より優位にあることを定義づけされている集団のなかに放り込みさえすればいい(ジンバルドーのスタンフォード大監獄実験)
・2000年代のミルグラム実験を擬した実験では、指示に従わなかった参加者の数が1960年代の倍近くにのぼった(17.5%に対して30%。非暴力化の成果か?)
・残虐行為に加担させるために、従わなければ罰すると脅す必要はない。人は順応や服従を道徳的に正当化することさえある。美徳として称賛する。


●集団の思考の病理。
1.分極化:似たような考えの人を集めて討論させると考えが似てきてさらに極端になる。
2.鈍化(=「集団思考」 by 心理学者アーヴィング・ジャニス):
      集団はそのリーダーに、彼の聞きたがっていることを言う傾向がある
3.集団間の敵意
      意見の合わない人と1対1だったら礼儀正しく会話できる。しかし6対6だったら激しく対立する
      各人の集団内で認められたいという思いと、別集団の考えより自分たちの考えを優勢にしたいという
      思いが、各人の分別ある判断を上回ってしまう。


「多元的無知」、「沈黙の螺旋」、「アビリーン・パラドックス」
 ほかの全員がそれを気に入っているだろうと誤って思っているために、自分が遺憾に思うような慣習や意見を是認してしまうこと
 ex.大学生の大酒を飲んでのどんちゃん騒ぎ
   ソロモン・アッシュの実験  6人のサクラが誤答した後の被験者は、4分の3がサクラと同じ誤答をした

●多元的無知をより強固にするもの:他人への強制  by社会学者マイケル・メイシ―
 たとえ不合理な信念でも、自分以外の全員がそれを認めているのだろうと思うと自分でもそれを認めてしまうだけでなく、それを認めない人間を罰してしまう。(自分以外の全員はその信念が強制されることを望んでいるのだと誤って思い込んでいるから)
「誤った順応と誤った強制が互いを補強し、悪循環を生んで、個人的には誰も受け入れないようなイデオロギーに集団の全員を巻き込んでしまう」(メイシー)

●ある信念を受けつけていない人が、なぜその信念を公然と認めない異端者を罰するのだろうか。メイシーらの考えでは、それは自分の偽りのなさを証明するためだという。つまり、自分は便宜上その党是をよしとしているわけではなく、心からそれを信じているのだということを、ほかの強制者に対して示したいわけなのだ。そうすることで、その人は仲間から罰せられるのを避けられる。しかしその仲間たちも、真相では、もしそうしなかったら自分が罰せられるという恐怖から異端者を罰しているだけなのかもしれない。

●コンピュータシミュレーションの結果、
 不人気な規範はある一部の社会的つながりにおいては定着できるが、全面的には定着できないことが分かった。本心からの信者が集団全体のいたるところに散らばっていて、全員が全員と接触できる場合には、その集団は不人気な信念に乗っ取られにくい。しかし、本心からの信者がある一定の領域に固まっている場合には、彼らが懐疑的な隣人たちに規範を強制できるので、隣人たちは自分の周囲での順守度の高さを過大評価して、自分が制裁の対象にならないことを証明しようとするあまり、隣人のそのまた隣人にも規範を強制するようになる
⇒誤った順守と誤った強制のカスケードの発端に
⇒社会全体に蔓延していく

●ワインの試飲とアラン・ソーカルのでたらめ論文の評価の実験 byメイシー
結果:人は自分以外の全員がそう思っているのだと信じ込んでいるときには、自分が思ってもいないことを是認するだけでなく、それを是認しない他人を誤って非難することさえある。

――(岸見)アドラー心理学の現状は、たぶんそういうことなのだろうと思います


●イデオロギーによって普通の人びとがなぜ残虐行為を犯せるのか?
 ――モラリゼーションギャップ(自己正当化、道徳的見解の隔たり。本記事続き部分の冒頭参照
 加害者は常に自分を弁護する戦略一式を取り揃えている
 人はよそからの圧力に負け、他人の動機のために自分が加えさせられた危害についても正当化する。
 「認知的不協和の低減」というプロセス(自己欺瞞)
婉曲語法
 ex.虐殺=「沸騰」「攪拌」「過剰」「革命の力の行き過ぎた継続」「付随的被害(コラテラルダメージ)」「民族浄化」
漸進主義
 人は、非道な行為に一気に飛び込んだりは決してしなくても、ほんの少しずつなら、いつしかそこにはまり込んでしまう
責任のすり替えや分散
距離をとること
 ミルグラム実験で同じ部屋にすると与えるショックの最大限量は3分の1に減った
 参加者自ら被害者の手を取って電極版に当てさせると半分以下に減った
被害者の価値を落とす
 悪魔扱いしたり、人間扱いしない
 後付けで、外からの操作で他人を傷つけた場合、その人の見方をあとから変えて、その人の価値を落としてしまうことがある。
 (ショックを与えた人の半数が被害者を非難した)
・その他のギミック:
 被害を最小限に査定する、被害を相対化する、課題のせいにする

●イデオロギーに治療法はない。イデオロギーは、私たちに賢さを与えている多くの認知機能から発するものだからだ。私たちは、長々とした抽象的な因果関係の連鎖を思い描ける。他人から知識を吸収できる。必要な時は世の中の規範に従うことで、行動を他人と協調させられる。チームで力をあわせ、自分一人では達成できないような偉業でも達成させられる。具体的な詳細にこだわらないで抽象的なものを楽しめる。一つの行動を多義的にとらえ、その手段と目的、目標と副産物についてもいろいろに解釈できる。
 危険なイデオロギーは、これらの能力が有毒な組み合わせに陥ったときに噴出する。無限の善は、悪魔の集団や人間でないものの集団を除去することによって獲得される、と誰かが説を立てる。それを信じた少数の人々が結束し、信じない人を罰することによって、その考えを広めていく。多くの人々が感化され、あるいは威嚇されて、その考えを是認する。懐疑派は黙らされ、隔離される。そして自己奉仕的な正当化が、良識を働かせれば当然認められないはずの計画を人びとに実行させる。

●イデオロギー汚染への1つのワクチン:開かれた社会
 人と考えが自由に移動できるようになっていて、異なる見解を表明しても罰せられることがない。現代の国際的な民主社会はジェノサイドやイデオロギーがらみの内戦に比較的冒されにくい。

●20世紀後半は、心理学の時代。心理学的なレンズを通して人間の営為を見ることは、もはや一般的な慣習になっている。
2つの視点
1.自分の体験したそのままに見る頭蓋骨の中の視点
2.自分の経験したことは進化した脳内のパターンからなっていて、そこには錯覚も欺瞞も含まれるとわきまえている科学者の視点。



●以上5つの「内なる悪魔」にはそれぞれ固有の設計特性がある。






第8章 内なる悪魔

 私たちを暴力から遠ざけるように導く心理学的機能が、時とともに関与を増してきたことが、暴力の減少に寄与しているのだ。

 私たちの善なる天使を説明するには、それがどうして私たちを暴力から遠ざけるのかだけでなく、なぜそれがたびたび遠ざけるのに失敗するのかを示さなくてはならない。
それがどのようにして関与を増してきたのかだけでなく、その全面的な関与をなぜ歴史がこんなにも長く待たなければならなかったのかを示さなくてはならない。


共感

●「共感」はもてはやされすぎてきた byピンカー
ex. 『共感の時代へ』フランス・ドゥ・ヴァール他

●「共感(エンパシー)」という語は約100歳。オクスフォード英語辞典に1904年の用例。
 由来はドイツ語のEinfuhlung(アインフュールング、感情移入)
 1940年代、使用頻度が急激に上がる。急速な広まり
 もとは、摩天楼を見て、すっくと立った自分を想像する 「投射」
 「心の筋肉で感じたり動いたりする」
 現在、いくつかの意味がある。
・「投射」「視点取得」
・「読心」「心の理論」「メンタライジング」「共感の正確さ」
 ある人の思考や感情を、その人の表情や行動や状況から推察する能力
1.考えを読むこと(これが機能していないのが自閉症)
2.感情を読むこと(これが機能をしていないのが精神病質)
・他人が苦しんでいるのを見て自分も苦痛を感じる
・感情の伝染性:多くのエンパシー信奉者がこれを人間の幸福に最も関係すると見る

●私たちが最も重んじているエンパシーの意味は
 同情的関心、同情(シンパシー)
 伝染との違い:吠える犬におびえた子供を守ってやる VS 一緒になっておびえる
 自分が苦しみを代理経験できない出産中の女性や、レイプされた女性や、がんの苦しみにある患者に同情を寄せる

――たしかに、「吠える犬に一緒になっておびえる」ようでは、小さな子供を守ってやることはできませんね。でもそういう種類の「感情的影響のされやすさ」を持っているから自分は優しい人だ、と思っている人は確かにいるなあ。

●1992年、「ミラーニューロン」の発見 by神経科学者 ジャコモ・リゾラッティ
 サル(アカゲザル)が自分でレーズンをつかんだときも、人間がレーズンをつかむのを見ているだけのときも、あるニューロンが同じように発火した。
 Cf.神経画像実験で、人が自分で動いたときと、他人が動くのを見たときの両方で発火する領域が、頭頂葉と下前頭葉に見られた。
 しかし、予想外だったわけでもない。動詞の一人称と三人称を使うのだから。
(しかし、ミラーニューロンフィーバーが起こる)


●ミラーニューロン説の問題点:
・アカゲザルはお世辞にも高潔とはいえない種で、共感はしない、模倣もしない。
・ミラーニューロンが見つかっている脳の領域が、神経画像研究によれば、同情的関心という意味での教官とはほとんど関係のない領域である。
 ミラーニューロンが人間の能力を独自に説明できるなどという大それた主張はほとんど受け入れられていないし、ミラーニューロンの活動をシンパシーの感情と同一視しているような科学者は皆無に等しい。

●同情的関心と道徳的に関連する意味での「共感」は、ミラーニューロンの自動的な反射作用とは違うものなのだ。共感はオン・オフを切り替えることが可能である上に、他人の機嫌が悪い時は自分の機嫌がよく、他人が機嫌よくしているときは自分の機嫌が悪いといった、いわば逆共感を持つことさえ可能である。

●共感が、伝染、模倣、代理感情、ミラーニューロンということであるならば、その共感を通じてよりよい世界を築くという考えには難点がある。その共感では、私たちが求めるような共感、すなわち他人の幸せを気遣う同情的関心は、誘発できないだろうということだ。

●代理的な感情は本人の共感以外の信念によって弱められたり強められたりする。
 治療のための他人の苦痛を見ているとき、治療が効くときかされていると代理苦痛は弱まる。
 (痛みに)共感しているときの脳の活性化部位
1.島皮質の一部:腹の底からの感情が表れる
2.扁桃体:恐怖や苦しみといった刺激に反応する
3.前内側帯状皮質:大脳半球の内壁に沿って走る細長い皮質。苦痛の動機面に関連する、つまり文字通りの痛みを感じるのではなく、それを止めようとする強い欲求を感知する。

●こうした情け深い脳についての研究から浮かび上がってきた全体像は、共感ニューロンを備えた共感センターのようなものはどこにもなく、あるのは他者の苦境とその他者と自身との関係を知覚者がどう解釈するかに依存する、活性化と調節の複雑なパターンだというものである。


●共感の総合図解。
側頭葉上部の側頭頭頂接合部とその近くの裂溝が、他者の身体的状態と心的状態を査定する。
・背側前頭前皮質とその近くの前頭極(前頭葉の先端)が、その状況の特性と、その状況における他者の全体的な目標を計算する。
・眼窩皮質と腹内側皮質がそれらの計算結果を統合し、進化的にもっと古く、もっと感情的な脳部位の反応を調節する。
・扁桃体は、近くの側頭極(側頭葉の先端)からの解釈と連携して、恐怖や苦痛といった刺激に反応する。
・島は、嫌悪や怒りや代理苦痛を記録する。
・帯状皮質は、脳の様々な系が緊急のシグナル――矛盾する反応を求める回路から送られたシグナルや、身体的あるいは感情的苦痛を記録したシグナルなど――に応じて制御を切り替えるのを補助する。



●ミラーニューロン説にとって残念なことに、
 ミラーニューロンが最も豊富な脳領域、たとえば運動を計画する前頭葉の部位(シルビウス裂の上の最後部)や、身体感覚を記録する頭頂葉の部位などは、ほとんどこの図に含まれていないのだ。例外は、誰の体がどこにあるかを追跡する頭頂葉の部位ぐらいである。


●オキシトシンの話。
 思いやりの意味での共感に最も近い脳組織は、皮質の一部分でもなければ皮質下の一器官でもなく、ホルモンの配管系。
 オキシトシン(子宮収縮ホルモン)は、視床下部によって生成される小さな分子で、扁桃体や線条体を含む脳の情動系に働きかけるとともに、下垂体から放出されて血流に入り、そこから全身に作用を及ぼすこともできる。
 オキシトシンの本来の進化的機能は、出産、授乳、子育てなど、母性に関する要素を作動させることだった。しかし、このホルモンには別の生き物に接近することの恐怖を低減させる能力があったため、進化の歴史を経るうちに、別の形の親密さを促進するのにもつかわれるようになった。たとえば性的興奮、一夫一妻の種における異性間の絆の形成、夫婦愛や友愛、親戚間以外での同情や信頼などである。これらの理由から、オキシトシンはしばしば抱擁ホルモンと呼ばれる。人間のさまざまな形の親密さに再利用されているこのホルモンは、母親による世話こそが今日の人間にみられる様々な同情の進化的前駆なのではないかというバトソンの考えを裏付けるものである。

――オキシトシンの登場です。非常にいろいろと示唆的です:
1.「別の生き物に接近する恐怖を低減させる」
  ⇒イコール 性差別や人種差別を低減させることもできるのではないか?
2.「母親による世話こそが…」
  ⇒ヘーゲル、ホネットらの指摘「承認の原型は母親によるケア」と通じる。
   母親による世話は「愛」の原型であり、承認のすべての基礎となる

●「可愛らしさ」
 同情の輪の核心は、私たちが自分の子供に対して感じる慈しみ。
 トリガーは、幼い子供の顔の構造。
 動物行動学者のコンラート・ローレンツは1950年に、未成熟な動物に特有の寸法を持っている存在は、見る人に優しい気持ちを呼び起こさせる、と書いている。


罪悪感と共感は密接な関係にある byロイ・バウマイスター、アーリーン・スティルウェル、トッド・ヘザートン
 共感の強い人は罪悪感の強い人でもある(とくに女性は、どちらの感情も秀でている)
 共感されやすい人は、罪悪感を持たれやすい人でもある。
 人々が罪悪感を覚えたことを記憶している出来事は、93%が家族、友人、恋人に関するもので、ただの知り合いや見知らぬ他人に関するものは、わずか7%に過ぎない。
 同情と罪悪感は、共同的な輪の内側で作用する。
 
双方が対等的に釣り合っている交換的な関係、つまり知人や隣人、同僚、提携者、顧客、サービスプロバイダーなどを相手にするような関係では、同情も罪悪感も感じられにくい。
 この交換関係は、公平という規範によって管理される関係で、そこに伴う感情は、正真正銘の同情というより誠意である。もしそこで傷つけたり傷つけられたりといったことが起こったら、私たちは堂々と罰金や払い戻しなどの補償について交渉し、被害を正そうとすることができる。そして、もしそれがかなわなければ、相手から遠ざかったり相手を悪者にしたりして、自分の不快を軽減する。(=ビジネスライクな埋め合わせ交渉)
※共同関係ではこのようなビジネスライクな交渉はタブー、共同関係を切るという選択肢。共同関係を修復しようと思ったら、同情や罪悪感や許しの感情を接着剤にする。

「共感―利他主義」説 by 心理学者デニス・クレプス
2つの仮説
「同情」の意味に基づいたもの
 私たちの感情レパートリーの中には他人の幸せが自分にとって重要な状態が含まれており、その状態が私たちに、隠れた動機が何もなくても他人を助けようとする動機を与える、という仮説。これは生物学的な利他主義とも両立する。
「投射」と「視点取得」の意味の共感に基づいたもの
 その人になり切った自分を想像したり、その人から見た世界がどのように見えるのかを想像したりすることが、その人への同情状態を誘発する。
 ジャーナリズム、伝記、フィクション、歴史その他代理経験のテクノロジーを使うこともできる

「スリーパー効果」
 説得についての研究の分野で言われる、遅れての効果。
 人は、自分では認めたくない方向に意識を変えさせられるような情報にさらされると、望まない影響力が働いていることに気づいて、意識的にそれを打ち消す。しかし後日、警戒が緩むと、心の変化がおのずと表に現れてくる。

●人が強く嫌う傾向にある見知らぬ他人の場合でさえ、(実験の場合は挑発された殺人犯)視点取得をしながらその人の話を聞いていると、その人に対する同情も、その人に代表される集合に対する同情も心底から広がって、しかも話を聞いた直後だけでなく、長きにわたって持続するということなのだ。


●フィクションを読むことの有効性:
 共感を拡大して人道主義的な進歩を推進する
 by歴史学者リン・ハント、哲学者マーサ・ヌスバウム、心理学者レイモンド・マー、キース・オートリー

●上の項目には反論もある。
・フィクションを読むことで同じぐらい容易に「シャーデンフロイデ」(他人の不幸を喜ぶ気持ち)も育まれるだろう
 by文学研究者スザンヌ・キーン他
・恩着せがましいステレオタイプの「他人」を永続させる
・現実には存在していないかわいそうな被害者に同情的な関心を向けさせ、実在の人間をないがしろにしてしまう

共感の暗黒面。
1.共感と公平性のトレードオフ  (福祉を転覆させる可能性がある)
 ex. 1人の少女に共感するあまり、治療の順番を狂わせる
    政治指導者や政府職員の縁者びいき
2.人々の利益をあまねく考えるには共感は偏狭すぎる
  可愛さ、見かけの良さ、親戚関係や友人関係、類似性、共同意識に誘われる
  視点取得によって拡大できるが、その増分は小さく、短命

●共感の輪を拡大するという理想は、私たち1人1人が地球上の全員の苦しみを感じなければいけないということではない。共感をそこまで薄く伸ばそうとするのは、感情の燃えつきと思いやり疲れを招くだけだ。

●共感の輪よりも権利の輪
 自分たちから遠いもの、共通点がないものもすべて含めて、ほかの生き物が傷つけられたり搾取されたりすることがないように、積極的に取り計らってやるようになったのだ。

●見過ごされてきた集団のメンバーへの関心を初めて出現した要因として、共感は確かに歴史的に貢献してきた。しかし、その出現だけでは十分ではない。
 だが、後の理性の項で見るように、共感の固有の限界を打破するには抽象的な道徳議論も必要だ。究極の目標は、政治と規範が第2の天性となって、共感が不要のものになることと考えるべきだろう。
 愛と同じく、実際には決して「共感こそがすべて(All you need is empathy)」ではない。




セルフコントロール

●セルフコントロールの功績:
 ヨーロッパにおいて中世から現代までの間に殺人が30分の1に減少!
 「名誉の文化」(侮辱に食ってかかることで尊敬を得る)から「尊厳の文化」(自分の衝動を抑制することで尊敬を得る)



●セルフコントロールが合理的である場合とは:
 現在の楽しみを優先し、長期的には自分に害を与える行動をすること(未来を割り引く)
 現代の世界において自制の欠如と思われるもののほとんどは、国家以前の時代の不確かな世界において祖先の神経系に組み込まれた割引率を、今でも私たちが使っていることに原因があるのかもしれない。

●多くの実験で、2つの報酬が遠くにある場合、生物は早く得られる小さな報酬よりも遅く得られる大きな報酬を選び取る。
(例、1週間後の10ドルか、1週間と1日後に11ドルかなら後者を選ぶ)
 しかし、その2つの報酬の近いほうがすぐそこにあったとすると、セルフコントロールは崩れて、小さくても早く得られる報酬のほうを優先する(近視眼的割引
(例、明日の11ドルより今日の10ドル)


●双曲割引をするのだという説明。
 近視眼的割引が頭蓋内の2つの系――すぐに得られる報酬のための系と、遠い未来に得られるか、または完全に仮定の報酬のための系――のあいだのやり取りから生じているという心理学理論と一致する。

「ホットな系」(即座の満足に対する欲求)
  と「クールな系」(待とうとする我慢強さ) by心理学者ウォルター・ミシェル、ジャネット・メトカーフ
 =大脳辺縁系と前頭葉
 辺縁系には、怒りと恐怖と支配の回路が含まれており、これらは中脳から視床下部を通って扁桃体に達している。
 辺縁系にはドーパミン主導の探索回路も走っていて、こちらは中脳から視床下部を通じて線条体に達する。
 どちらも前頭葉の眼窩皮質などの部位と相互接続しているが、前頭葉はすでにみた通り、辺縁系の情動回路の活動を調節することが出来るとともに、それらの回路と行動制御のあいだに入ることができる。

●近視眼的割引のパラドックスが、キリギリスの辺縁系とアリの前頭葉のあいだのギブ・アンド・テイクとして説明できるのかどうかを調べてみた。
 参加者の目の前に即座の満足が得られる可能性がぶら下がっている選択は、線条体と内側眼窩皮質を発火させた。
 一方、もっと冷静で認知的な計算に関わる前頭葉の部位である背外側前頭前皮質は、すべての選択で発火していた。
 参加者の外側前頭前皮質が辺縁領域より活性化しているとき、その参加者は後で得られる大きな報酬のために我慢していた。
 一方、辺縁領域が外側前頭前皮質と同じぐらい、、またはより強く活性化しているとき、その参加者は、すぐに得られる小さな報酬の誘惑に屈していたのである



●前頭葉は、多くの部位からなる大きな構造で、何種類ものセルフコントロールを遂行している。
 頭頂葉と接する最後尾の縁は一次運動野と呼ばれ、筋肉を制御する働きを持つ。
 そのすぐ前にあるのが運動前野で、運動指令をもつと複雑なプログラムに構成する。ちなみにミラーニューロンが初めて発見されたのが、この領域である。
 その前にあるのが前頭前皮質で、このなかに、すでに何度も出てきた背外側領域と眼窩/腹内側領域、各半球の先端に位置する前頭極が含まれている。
 前頭極は、ときに「前頭葉の前頭葉」とも呼ばれ、背外側前頭前皮質とあわせて、すぐに得られる小さな報酬よりもあとで得られる大きな報酬が選ばれるときに活性化する

●前頭葉を損傷した患者は、刺激に突き動かされると言われている。彼らの前に食べ物を置くと、彼らはすぐにそれを口に持っていく。彼らをシャワー室に連れていくと、呼ばれるまでずっと出てこない。行動を刺激の制御から解放するには、すなわち人を自らの目標や計画のために行動させるには、前頭葉が無傷であることが不可欠なのである。

●前頭葉の異なる部分による異なるセルフコントロール
・情動主導のセルフコントロール
 眼窩皮質を損傷した患者は衝動的で、無責任で、気が散りやすい。社会性に欠け、ときに暴力的。
 ――患者が情動シグナルを感知できないため不安を感じない。by神経科学者アントニオ・ダマシオ
・規則主導のセルフコントロール
 前頭葉の外側の部分と最前の部分
 ――人間の進化の過程で最も拡大した脳部位の1つ
・背外側皮質:二つ遅れての報酬同士の選択、トロッコのジレンマ、合理的な損得勘定
・前頭極:指令系統のいっそう高いところに位置する。生きていくうえでの競合する欲求に柔軟に折り合いをつけられる。


●私たちが複数の課題をいっぺんにこなすとき、新しい問題を探るとき、中断から回復するとき、夢想と現実世界とのスイッチを切り替えるときに、関わってくるのが前頭極だ。

――マネジャーは前頭極を酷使しているかもしれない。

●前頭葉の機能を分類すると、最後尾の部分(眼窩皮質)は刺激に反応し、
 外側前頭前皮質は文脈に反応し、
 前頭極はエピソードに反応する。

――ひょっとしたら私がマネジャーを説得するのにエピソードを多用するのは、彼らの前頭極に訴えかけたいからだろうか。

 
暴力は辺縁系からの衝動と前頭葉からの制御との不均衡から生じる by神経科学者エイドリアン・レイン
 妻を殴る夫のサンプルを抽出し、スキャナーに入れ、彼らが「怒り」や「憎しみ」や「恐怖」や「不安」といった負の感情を表す言葉が印刷された紙を見て、その言葉が何色で印刷されているかだけを答えたところを撮影する(このような注意力の試験をストループ課題という)。このサンプルは色を答えるのに時間がかかったが、それはおそらく彼らの背景にある怒りが原因で、それらの言葉が喚起する負の感情に過敏になっためと推測された。そして、言葉の意味に注意をそらされずに文字を見ることのできた通常の人びとの脳と比べると、
妻を殴る夫たちの辺縁系構造は(島と線条体も含めて)活性化が激しく、背外側前頭前皮質は活性化が弱くなっていた。このことから、衝動的な攻撃者の脳内では、辺縁系からの攻撃的な衝動が強く、前頭葉の働きによる自制が弱いのだと推測できるかもしれない。


●セルフコントロールについての様々な知見(ここは「意志力」の本とかぶります)
・マシュマロテスト:得点の高い子は適応能力が高い、SATで高得点、中途退学をしない
・バウマイスターらのセルフコントロールテスト
 高得点者は、成績がよく、摂食障害が少なく、あまり酒を飲まず、心因性の持病を持たず、うつ、不安、恐怖症、被害妄想を持たず、高い自尊心、実直、家族との関係がよい、友人関係が安定してい後悔するようなセックスをしない、「発散」や「ガス抜き」の必要をあまり感じない
・セルフコントロールの弱い人は、暴力行為を犯しやすい。
・自制力は年齢とともに向上する
(前頭前皮質の配線は30歳未満ではまだ完全でなく、とくに外側太最上部は最も発達が遅い)
青年期は、興奮探求という動機が激しく上下する時期でもある。探索回路の活動によって生じるこの動機は、18歳でピークに達する。
 さらに青年期には、テストステロンの働きによって生じるオス間競争傾向も上昇する。
そのために10代後半や20代初めの若者は、前頭葉が発達してきているにもかかわらず、それまで以上に暴力的になることがある。

●セルフコントロールの特性は幼少期から始まっているのだろうか?
 ―YES、かなりの確率で遺伝する
セルフコントロールは知能と部分的に相関関係にあり(約0.23の係数)、この2つの特性は、働き方こそ違うが、脳の同じ部位に依存している。知能そのものは犯罪と大いに相関関係にある。
・ADHDは最も遺伝性の高い人格特性の1つ。

「セルフコントロールは身体的な努力である」
 筋肉と同様疲弊する
 ……「自我消耗」の実験 byバウマイスター
これまでの考察
1.人為的にセルフコントロールが弱められると、衝動的な性行為や暴力に向かう傾向が強くなる
2.セルフコントロールの弱さと、幼少期の行儀の悪さ、自堕落な行動、犯罪とのあいだには、どの個人においても相関関係がある
3.神経画像研究では、前頭葉の活動とセルフコントロールとのあいだに相関関係があると示されている
4.神経画像研究では、衝動的な暴力と前頭葉の機能不全のあいだには相関関係があると示されている

セルフコントロールを人為的に増強させる方法:
1.望ましい未来のために未来の自分にハンデを負わせる
・空腹の状態で買い物をしない
・あまり欲しくないときにブラウニーやたばこやアルコールを処分する
・目覚まし時計を遠くにおいて二度寝できないようにする
・給料を天引きして貯蓄する
・スティック・ドットコムにお金を預ける
2.心理的なもの。気を散らす、他のものをイメージする(心象の置き換え)
 侮辱に対しては……自分の評判への壊滅的な打撃と認識せずに、効果のない示威、あるいは侮辱した当人の未成熟さの反映と認識する
3.環境の安定度や自分がどれだけ長生きできるかの予想が未来を割り引く度合い(無謀さ)を左右する
byマーティン・デイリーとマーゴ・ウィルソン
 もし明日が来ないなら、あるいは周囲の世界がめちゃくちゃすぎて節約した分を取り返せそうな確信が全くないなら、明日のために節約しても間に合わない。平均寿命が短いところほど暴力犯罪の発生率が高い。
4.栄養摂取、節制、健康を向上させる
 前頭葉は、代謝のための要求が非常に大きい組織でできた分厚い塊で、ブドウ糖などの栄養分を並外れて必要とする。
5.意志力を増強するエクササイズとは?
 ――皮質と辺縁系のあいだの神経接続が鍛錬によって強化される可能性
バウマイスターのセルフコントロール訓練
・食べたものをすべて記録する・身体運動や金銭管理や学習技能のプログラムに参加する・歯磨きやマウス操作のような日常業務を利き手でないほうの手で行う・悪い言葉を使ってはならず完全な文章でしゃべる
 数週間後、自我消耗課題をやってみると点数が良くなっていた
 実生活でも自制が強まった(タバコの本数が減った、アルコールが減った、ジャンクフードをあまり食べなくなった、お金を以前より使わなくなった、等)
6.時代の流行
 例、1960年代、自制を緩めることが礼賛された
    自分の思うことをしろ、感情をさらけ出せ、気持ちがいいなら我慢するな

●セルフコントロールの社会規模での指標:
1.利子率 
 人が消費を現在から未来に延期させるのにどれだけの補償を求めているか
 イギリスでの殺人件数が大幅に低下した数百年間に(1170〜2000)、実質的な利子率も10%以上から2%前後まで低下した
2.長期指向と短期指向 byオランダの社会学者ヘールト・ホフステード
 「長期指向の社会は、将来的に報いを得ることを目指したプラグマティックな美徳、とくに節約や忍耐や、変わりやすい環境への適応をはぐくむ。
 短期指向の社会は、過去と現在に関連する美徳、たとえば国の誇り、伝統への敬意、、『面目』の維持、社会的義務の履行などをはぐくむ。」
3.放縦か抑制 by同上
 「放縦とは、人生を満喫し、楽しみを得ることに関連した、人間の基本的かつ自然な欲求を比較的自由に満たすことを許す社会のことをいう。
 抑制とは、要望を満たすことを控えさせ、厳密な社会規範によって規制する社会のことをいう。」



最近の生物学的進化?


●暴力の減少の一因は最近の生物学的進化にあると言えるか否か。


●進化心理学における標準的な仮定:
 認知と感情の総目録という意味での「人間の本姓」は、過去1万年のあいだずっと一定であり、社会間の行動の違いはすべて環境要因による。(最近になって人間の様々な集団が融合してみると、異なる集団の人間のあいだに質的な固有の違いなど何もなかった)


●しかし生物学的進化の速さは多くの要因に依存する
・選択圧の強さ(2種類の変種が残せる子の数にどれだけの差があるか)
・集団の人口動態
・変化を果たすのに必要な遺伝子の数
 したがって直近の数千年あるいは数百年のあいだに、人間集団がある程度の生物学的進化を経験した可能性は決して排除できない。

自然選択の指紋を探す試み……人類遺伝学の最もエキサイティングな研究活動の1つ。
「今日のヒトゲノムに存在すると考えられる強い選択的事象の数は、たった10年ほど前に想像されていた数よりずっと多い。
……ゲノムのおよそ8%が正の選択の影響を受けており、さらに大きな割合が、もう少し穏やかな選択圧の対象となっていた可能性がある。」by遺伝学者ジョシュア・エイキー
 選択された遺伝子の多くは神経系の機能に関連するもので、認知や情動に影響を及ぼしている可能性がある。
 選択のパターンが集団によって違う。

暴力傾向にはかなりの遺伝的要素がある
 遺伝性係数0.38~0.70。
 家庭要因は存在しないぐらいに小さかった。他の環境要因、例えば近隣地域、サブカルチャー、特異な個人的経験、は疑いなく影響力を持っている。

自然選択の具体的経路
1.自己家畜化と幼形保有  by リチャード・ランガム
 通常、動物の家畜化はその動物の発生過程を遅滞させ、幼児の特徴を成体になっても保持させることで達成させる(幼形保有、幼形成熟〈ネオテニー〉
 頭蓋や顔が子供っぽく、外見上の性差が小さく、遊び好きで、攻撃性が弱い。
 旧石器時代の人間の化石にも幼形保有をうかがわせる変化がみられる。
2.脳構造
 背外側前頭前皮質を含めた大脳皮質における灰白質分布、それに前頭皮質とその他の脳領域をつなげている白質の分布にきわめて遺伝性が高い。(セルフコントロールを実行する前頭葉回路)
 →直近の自然選択にかかった可能性が高い
3.オキシトン
 オキシトシン・バソプレッシン系における単純な遺伝子変化が、共感や雌雄間の絆の形成や攻撃性の抑制に甚大な影響を及ぼせる可能性。
 アメリカハタネズミにバソプレッシン(男性の脳内で働くオキシトシンによく似たホルモン)の受容体を作る遺伝子を挿入すると一夫一妻になった!
4.テストステロン
 ドミナンスを得ようとすることに対する人間の反応は、ある程度まで、血流に放出されるテストステロンの量と、脳内にあるテストステロン受容体の分布によって決まる。(テストステロン受容体をつくる遺伝子には個人差があるので、テストステロン濃度が一定でも、ある人の脳内では別の人の脳内でよりもテストステロンの効果が大きくなることがある。)
 有罪宣告されたレイプ犯や殺人犯のサンプルにはテストステロンの感受性の高い受容体をコードする遺伝子を持つ人が平均以上に多い。
5.神経伝達物質
 ある神経細胞から放出されて、微小な隙間に拡散したあと、別の神経細胞の表面にある受容体に連結し、その活動を変化させることによって神経細胞の発火パターンを脳全体に広がらせる。
 主要な種類の1つはカテコールアミン
(ドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリン〈ノルアドレナリンとも呼ばれる〉)
 カテコールアミンは脳のいくつかの動機系と情動系で使われ、その濃度はそうした酵素の1つが「モノアミン酸化酵素A(略称MAO-A)」
 MAO-Aはカテコールアミンの分解を助けて、脳内にカテコールアミンが蓄積されるのを阻止する。もしそれらの神経伝達物質が大量に蓄積されてしまったら、生物は脅威に対して異常に活発になって、攻撃的な行為に出やすくなると考えられる。

●MAO-Aと人間の暴力性
 MAO-A遺伝子を持てない突然変異の人は突発的な攻撃性を表しやすかった。
 MAO-A遺伝子の活性が低い人は反社会性パーソナリティ障害の率が高い。暴力行為、暴力犯罪の有罪率、怒った顔や怖がっている顔に対して強い反応を示す扁桃体と弱い反応を示す眼窩皮質。
 MAO-A遺伝子の活性の低さは、ストレスと結びつくと攻撃性となって表れやすい。

●「活性の低いMAO-A遺伝子が暴力の誘因なのだと考えるより、活性の高いMAO-A遺伝子が暴力の抑制因なのだと考えるべき」by モフィットとカスピ

●このほか
・ドーパミン受容体(DRD2)の密度に影響を及ぼす遺伝子
・過剰なドーパミンをシナプスから吸い取って、それがもともと放出された神経細胞に返送するドーパミン輸送体(DATI)をつくる遺伝子
なども非行と関連があり、自然選択のターゲットになる。

●暴力の減少に進化的変化が存在する確かな証拠は?
1.ニュージーランド・マオリ人 「ハカ」のダンス等 戦士の文化
 2005年、活性の低いMAO-A遺伝子を持つマオリ人の割合は70%と報告(ヨーロッパ人の子孫では40%)
 「戦士の遺伝子」?現代のマオリ人社会でも病理高い
 ただしこの説にはかなり異論があり危うい(中国人で低活性MAO-A遺伝子 55%)
2.「イギリス人は遺伝子学的に資本主義者」説(by 経済学者グレゴリー・クラーク『施しよさらば』)
 1250年ごろから「商人の国」になり裕福な平民が子孫を残せるように。
 倹約、勤勉、自制、辛抱強い未来の割引、暴力回避などブルジョワ的な形質が大勢を占める  
 ……この説も異論多出で危うい

●以上のように、最近の生物学的進化が起こった可能性はあるが確かな証拠は一つもない。
 一方、平和への変化の進み具合は急で、年単位や十年単位で展開し、とても自然選択では説明しきれない。
 とくに劇的なのは、1990年代のアメリカの犯罪の激減気に殺人率が半分近くにまで低下したことだ(年間7%減)
 したがって文化的、社会的インプットが私たちの善なる天使(セルフコントロールや共感など)の設定を調整でき、従って私たちの暴力傾向をコントロールできることは疑いの余地がない(あえて生物学的進化を持ってこなくても暴力の減少を説明できる)



道徳とタブー


●人間の道徳感覚は、どんな残虐行為にも言い訳を持たせられる。一方、たとえば啓蒙主義の様々な人道主義革命や近年の権利革命のように、記念碑的な進歩を実現させることもできる。

●道徳感覚が暴力の減少に果たす役割を理解するうえで多くの心理学的な謎:
1.さまざまな時代のさまざまな文化に属する人間が、本人にとっては「道徳的」だが、一般の道徳基準に照らせば到底認めがたい目標に突き動かされるのはどうしてなのか。
2.どうして道徳は全般的に、苦しみを減らす方向に働かず、しばしば苦しみを増やしてしまうのか。
3.道徳感覚はどうしてこんなにも棲み分けができるのか。実直な市民が自分の妻や子を殴ったり、リベラルな民主政体が奴隷制や植民地への圧政を実行したり、ナチスドイツが動物をこの上なく親切に扱ったりできるのはなぜなのか。
4.道徳はなぜよきにつけ悪しきにつけ、行為だけでなく思考にまで及んで、タブーというパラドックスを生み出すのか。
5.最大の謎。何が変わったのか。人間の道徳感覚にどの程度の自由があればこそ、歴史を経るうちに暴力が減少方向に進んでこられたのだろうか



●道徳感覚とは。
 哲学(とくに規範倫理学)の主題である道徳そのものと、心理学の主題である人間の道徳感覚とを区別しておこう。後者は、人が何をもって道徳的だと「経験」するのかという心理過程の問題

●道徳感覚と他のものの違い
1.ある行動についての特有の思考モードであって、ある行動に対する単なる回避ではない
 例、「殺人は悪いことだ」(不道徳だろう)VS「カリフラワーが大嫌い」(単に不愉快だから)
2.道徳感覚で「不道徳」と判断された行為への非難が普遍化される
 例、殺人や拷問やレイプは不道徳なことだ⇒そうした行為を犯す人をすべて非難する
3.道徳感覚で判断された信念がすぐに実行可能とされている
4.道徳感覚で「違反」と判断された行為は処罰に値するとされる
5.多くの道徳的信念が、世の中一般に広まっている規範やタブーとして働いている
 (正当性を具体的に明言したり擁護したりすることのできる原理原則としてではなく)
 例、心理学者ローレンス・コールバーグの提唱した道徳性発達の6段階
    最初の段階:子供が罰を回避しようとする
    第2,3段階:良い子であるための規範の順守
            社会の安定を維持するための慣例の保持
             (多くの人はここから先に進めない)

「道徳の無言化(moral dumbfounding)」 by心理学者ジョナサン・ハイト
 道徳規範を言葉で説明するのがいかに難しいか
 人はしばしば、ある行為が不道徳だと直感的に判断するが、それではなぜその行為が不道徳なのかを説明しようとすると、答えに詰まって、しばしば理由を考えつけない。

●世界の道徳規範の分類
三部制 by 人類学者 リチャード・シュウェーダーの倫理体系
1.「自主性」の倫理
 現代西洋社会にみられる倫理体系。社会は個人で成り立っていることを前提として、道徳の目的はその個人に自分の選択を行使させ、個人を危害から守ることであると見なす。
2.「共同体」の倫理
 部族や氏族や家族や機関や組合など、さまざまなかたちの連合の集まりが社会であると見なされるため、ここでの道徳は、義務や尊敬や忠誠や相互依存とイコールになる。
3.「神性」の倫理
 世界は神の精髄(エッセンス)からできていて、その一部分が身体に宿っているのだという前提のもと、道徳の目的はこの例を劣化や汚染から守ることだと見なされる。この神の倫理が根底にあるときに、ある種のものは道徳的に嫌悪され、純潔と禁欲が価値あることとして守られる。

●ジョナサン・ハイトの「道徳基盤」
 シュウェーダーの「共同体の倫理」⇒「内集団忠誠」と「権威/尊敬」に二分
            「自主性の倫理」⇒「公正/互恵」と「危害/温情」に二分
            「神の倫理」⇒「純粋性/神聖性」とよぶ

人類学者アラン・フィスクの人間関係モデル
1.「共同的分かち合い」(共同)…「内集団忠誠」と「純粋性/神聖性」の組み合わせ
  オキシトシン系で実行される、母親の世話、血縁選択、相互扶助からの進化
2.「権威序列」
  上位者は下位者を服従させる一方、ノブレス・オブリージュ的な義務を果たす
  霊長類の優劣順位制から進化したもの、テストステロン感知回路で実行される
3.「平等対等」
  公平感と直感的な経済感覚の基盤
4.「市場値付け」(「合理合法」)

●日常的な善悪を黄金律や定言命法で定義している社会は1つもなく、すべての社会では、いずれかのカテゴリを尊重するか侵害するかが道徳の決め手となっている。

●フィスクの「市場値付け」の概念補足
 通貨、価格、地代、給料、手当、利子、クレジット、デリバティブなど現代経済を動かしているもののシステム。
 読み書き能力や計算能力や、近年の情報テクノロジーに依存する。
 マックス・ヴェーバーの「合法的支配」にインスピレーションを得た。
 公的な社会機構と結びつけられる、民主主義、
 したがって「合理合法」と呼ぶのが妥当 byピンカー


●タブーの心理。
 現行の規範にたいする違反があったときの人びとの反応。
・なんらかの人間関係モデルに違反をする人がいれば、その違反者は寄生虫や詐欺師のように見なされ、道徳観からくる怒りの標的にされる。
・ある人間関係モデルが取り仕切るものとされている資源に別の人間関係モデルを適用する人(誤適用)には:
 反応として 困惑、当惑、迷惑、衝撃、不快、怒り
 どのモデルがどのモデルに置き換えられたのか、資源の性質が何かによって違ってくる
 「神聖視されている資源に対してはタブーの心理が働くだろう」by心理学者フィリップ・テトロック
 神聖視される資源は、通常、原初的なモデルである「共同」と「権威」によって取しきられ、それをもっと進んだモデルである「平等対等」や「市場値付け」で扱うとタブーの反応が喚起される。
 例、「あなたの子供を売ってくれないか」(「共同的分かち合い」⇒「市場値付け」)
    「友人や配偶者や国を裏切ったら報酬をやろう」

●もし無礼な提案を突きつけられたとき、即座に怒って拒否しないようなら、その人は親たるもの、配偶者たるもの、国民たるもののあるべき姿を理解していないという、恐ろしい真実を暴露することになるのだ。そしてその理解は、神聖な価値は原初的な関係モデルで扱うべきという文化的規範を心身に吸収していてこそ得られるのである

●3種類のトレードオフ byテトロック
1.「ルーティン」のトレードオフ  例、友人VS友人 ある車VS別の車
2.「タブー」のトレードオフ
 あるモデルにおける神聖な価値を、別のモデルにおける神聖な価値と戦わせる。
 例、友人や愛する人や身体器官や自分自身を物々交換や現金交換で売り払う
3.「悲劇」のトレードオフ 神聖な価値同士を互いに戦わせる
 例、2人の子供の命のどちらをとるか 移植を待つ2人の患者のどちらを優先するか

●人間関係モデル 時代や文化による違い
 例、婚姻関係 時代による違い
   「権威」(夫が妻に対する)
   ⇒1970s「平等対等」
    ⇒現代の多く「共同的分かち合い」一部は「合理合法」
 文化による違い
 例、殺人・被害者の親族による報復が避けられない(平等対等)
      ・贖罪金による埋め合わせで済む(市場値付け)
      ・国家によって罰される(権威序列)
 政治的イデオロギーによる違い
 ・ファシズム、封建主義、神権政治:「共同的分かち合い」と「権威序列」を基盤にする
 ・共産主義:資源の「共同的分かち合い」、生産手段の「平等対等」
 ・ポピュリズム的社会主義:生活必需品に「平等対等」を充てる
 ・自由市場主義者(リバタリアン):「市場値付け」に基づいてすべての資源を交渉に任せる
 ・リベラル:危害を阻止し、公正を助長するのが道徳と考えている
  (シュウェーダーの「自主性」、フィスクの「平等対等」)
 ・保守:「内集団忠誠」、「純粋性/神聖性」、「権威/尊敬」ほか5つの道徳基盤のすべてに等しく価値を置いている


●ユーモアと風刺の効果。
 ある行為を罪深いと思うより、むしろ馬鹿らしいと思うように感受性が変化
 ⇒道徳的進歩

●ユーモアは、別の枠組みに切り替えさえすれば解決されるであろう場違いなものを、受け手につきつけることによって成り立つ。その別の枠組みでは、ジョークの対象とされたものは高尚なものでなく、尊厳を持ってもいないのだ。

●政治的な意図や道徳的な意図を持ったユーモア
 ある人間関係モデルを突きつめると、受け手自身も心のどこかで馬鹿らしいと認識している結果が生じうることを見せつける。


●道徳感覚が暴力を許可するとき。
 人間は必ずしも、人間関係モデルのいずれかに準じて互いと関わっているわけではない。どの人間関係モデルにも属さない状態を 空白関係 もしくは 非社交的関係 という。
 どの関係モデルにも属さない人間は非人間化され、人間の本性の根本的な特徴を持たないものとみなされて、生命のない物体のように扱われる。
 ⇒さまざまな種類の暴力を許すことになる。

「共同的分かち合い」が第2の種類の非人間化を招きうる byニック・ハスラム(フィスクの共同研究者)
 理性や個性や自制や道徳や文化など、一般に人間独自のものとされる特徴を部外者には認めまいとする、いわば動物的(アニマリスティック)な非人間扱い
 冷淡に扱われたり無視されるというより嫌悪や蔑みをもって扱われる
 したがって「共同的分かち合い」は実はコワイ。
 
●「権威序列」は無礼な態度、反抗的な態度、不服従、反逆、不敬、異端、冒涜などに対して暴力的な罰を与えるのを良しとする。
 「権威序列」が「共同的分かち合い」と結びつくと、集団による集団への暴力が正当化され、帝国主義的な侵略や、好戦的愛国主義からの侵略、下位カーストや植民地や奴隷の隷属化などがすべて認められるようになる

●「平等対等」は、互恵共存を促す、多少は視点取得を促す
 一方、しっぺ返し的な報復に合理的根拠を与える

●「合理合法」 市場経済の利益追求で、他人の身体や財産の搾取につながる
 一方で「最大多数の最大幸福」を計算したり合法的な警察力や軍事力の量を増やしたりすることにより暴力を減らせる。

●暴力減少を促した道徳感覚の歴史的変化とは:
 「共同的分かち合い」⇒「権威序列」⇒「平等対等」⇒「市場値付け」 byテトロック
 共同的、権威主義的価値観から離れ、平等、公平、自主、法的権利に基づく価値観へ

●リベラル派は「内集団忠誠」「純粋性/神聖性」「権威/尊敬」に重きを置いていない。「危害/温情」と「公正/互恵」にのみ関心
 保守は上記5つのすべてに関心。by ハイト
 
●暴力の緩和につながる理由:
1.共同的な考え方が部族主義や好戦的愛国主義を、そして権威主義が政府による抑圧を正当化しうる
2.道徳感覚の適用範囲を狭くすると、合法的な処罰の対象となる違反行為の範囲も狭くなる
道徳感覚の無効化:不敬や同性愛や麻薬使用や売春のような、多くの人が直感的に正しくないと思う行為を許容するようになること

●「合理合法」への指向 もまた一つの平和化への道
 刑罰が粗野な報復欲から脱却して、一定基準のもとに調整された抑止策へと再設計された。
 国際的な挑発に対して報復攻撃で応じるのではなく、経済制裁や封じ込め政策で応じる

●タブーの心理を平和に役立てる研究 by人類学者スコット・アトラン ら
 和平交渉は理論上、「市場値付け」の枠組みで行われる
 ただし 神聖性とタブーの心理が 合理的な和平プランをめちゃくちゃにすることがある。
 例、神聖な場所に対する主権、昔の残虐行為への謝罪

●イスラエル・パレスチナ問題の当事者を対象に
1.「二国間解決策」イスラエル側がヨルダン川西岸地区とガザ地区の99%から退去するが、パレスチナ人難民の受け入れはしなくてよい
 ⇒受け入れられず、絶対主義者は怒りと嫌悪をあらわにし、必要とあらば暴力に訴えてでも反対する。
2.上記案に現金での補償をプラス、平和に暮らせる保証をプラス
 ⇒絶対主義者でない人びとは反対姿勢をいくらか軟化
 絶対主義者はさらに怒り、嫌悪して、すぐにでも暴力に訴えようとした。
 (タブーのトレードオフを強制的に熟慮させられる結果になったため
3.上記案を補強するため、敵による純粋に象徴的な宣言を付加
 双方が自分たちの神聖な価値の1つを互いに譲る
 ⇒絶対主義者も怒りや嫌悪を和らげて、暴力も辞さないという考えをひっこめる

●まとめ。
 解決のためには、論争者たちを合理的行為者と見なさず、道徳主義的行為者と見なして、和平合意の象徴的な枠組みを操作するべき。
 神聖性とタブーの心理をきちんと統御して合理的な目標に向け直せば、真に道徳的と呼べる結果が生まれるだろう。


●道徳的直感の働く領域の変化を起こした外生的な原因は?
1.地理的、社会的な流動性
 本人の才能、野心、運しだいで移動できる開かれた社会
 ⇒共同体、権威序列の失墜
 さまざまな個人が交じりあい、職業的・社会的チームの一員として協力するようになる
 ⇒純粋性志向が希薄に
★リベラルな大統領候補に投票する地域(いわゆるブルーカウンティ)は海岸線や主要な水路に沿って寄り集まっている!(過去に人とアイデアが最も交じりあいやすいところだった)
2.客観的な歴史研究:最良の解毒剤
 「共同」「権威序列」は自集団を永遠不変のものとみなし、普遍の至高性と純粋性を誇りにする
 世襲の階級に階層化されている文明や神話や伝説や聖人列伝を好む反面、歴史や社会学や自然科学、伝記や実写的な肖像画、そして平等な教育に対しては抑圧的であった。by人類学者ドナルド・ブラウン
 1960年代以降、多くの民主社会が、歴史修正主義によって自国の浅いルーツを掘り起こされ、先人の下劣な悪行を明るみに出されて深い衝撃を受けた。リベラル派と保守派はいまだに学校のカリキュラムや博物館の展示をめぐって各地で論争を続けている。
3.フィクションも、受け手の道徳感覚を軌道修正する一助となれる。
 例、ハックルベリー・フィンの冒険



理 性

●理性の形勢不利。
 このところ理性はどうも分が悪い。大衆文化は未曽有の馬鹿らしさの極致に向かいつつあるし、アメリカの政治演説はもはや「底辺への競争」になってきた。いまの私たちは、科学的創造説や、でたらめなニューエイジ論、9・11陰謀説、霊能者への相談電話、そして息を吹き返した宗教的原理主義が跋扈する時代に生きている。
・多くの評論家は理性が過大評価されていると言い続けてきた。
「2つの大戦とホロコーストは、啓蒙主義時代以来、西洋がひたすら科学と理性を育ててきた末の有毒な果実だった」
・多くの心理学者は、人間は自らの感情によって導かれるという。理性のささやかな力は、その自分の直感を追って合理化するためだけにあるのだという。
・行動経済学者は、人間行動がいかに合理的行為者説からかけ離れているかを大喜びで示してみせ、その研究を宣伝するジャーナリストは、ことあるごとに合理的行為者説を叩いてまわる。


●反証:
◎大統領の知能と実績の相関。 by心理学者 ディーン・サイモントン
 ジョージ・ブッシュ 歴代大統領の中で3番目に低い
             新しい経験に対する柔軟性は100点満点中0.0で最下位。
◎大統領の知能指数と、在任中の戦死者数は係数マイナス0.45の逆比例関係
 知能指数が1ポイント上がるごとに戦死者は13,440人ずつ少なくなる
◎ホロコーストは啓蒙主義の所産ではない。20世紀はジェノサイドが悪いことと見なされた世紀。
 ナチのイデオロギーは19世紀の反啓蒙主義の所産で、疑似科学。
直感の過大評価は、ハイトのいう「道徳の無言化」を誇大解釈したもの。
 直感によって何らかの意思決定が導かれることがあったとしても、その直感自体が、それ以前になされた道徳的推論の遺産でないとは言い切れない。


●理性がどのように働くと暴力発生率の減少につながるか?(理性の平和化効果)
1.不合理の化けの皮をはがす
・神は生贄を求める・魔女は魔法をかける・異端者は地獄へ行く
・ユダヤ人は井戸を汚染する・動物は感覚を持たない・王には神権がある
2.セルフコントロールと連携する
 理性と自己制御は個人のなかで統計学的に相関関係にある
 脳内におけるそれぞれの心理学的基盤は連携している
 アフリカ系アメリカ人にたいする白人の直感的拒否反応(IATなど)を乗り越えて著しい意識の変化があらわれている
 ⇒偏見を乗り越えてより適正な判断ができる
3.道徳感覚と相互作用する
 「共同的分かち合い」は二分法(「直観生物学」の認知方法) ある個人が神聖な集団に属しているか否か
 「権威序列」は順序尺度を用い、優劣階層の直線的な序列で判断する
     直観物理学を認知装置とする
 「平等対等」は間隔尺度で測られ、比較すべきものを一列に並べ、数えて等分し、天秤にかける
 「市場値付け/合理合法」は「プロポーショナリティ」(比例、均整、釣りあい)
     分数、百分率、累乗法など、直感によらない数学のツールが必要。 
     読み書き能力や計算能力といった認知強化技能に依存している。
  プロポーショナリティの感覚は暴力減少に重要。
  しっぺ返しは自己奉仕バイアスのためにさまざまな過剰暴力を生む。
  度を越した残虐な罰、激しい体罰、戦争での破壊的な報復攻撃
  ⇒刑事罰の修正、体罰の加減、消極的抵抗、限定的な攻撃
4.再解釈
 理性は暴力そのものを1つの心理カテゴリーとして抽象し、戦いから解決すべき問題として解釈し直すことができる
 グロティウス、ホッブズ、カントほか近代思想家は、戦争をゲーム理論の問題、すなわち先を見越しての制度化された取り決めとして分析. 
 カントの3本柱(民主化と貿易と国際共同体)が戦争の発生率を下げた
 キューバ危機ではケネディとフルシチョフが意識的に戦争を罠と解釈し直し、危機を緩和した。


「理性は感情の奴隷に過ぎず、また、そうであるべきだ」(ヒューム)
 (合理的であることは目的のための手段に過ぎず、目的は思惟者の情念に依存する)

●合理的であることが当人に暴力の減少を望ませるよう仕向けるには?
 条件1.理性を働かせる当人が、自らの幸せを考えること
 条件2.同じく当人が、自らの幸せに影響を与える別の行為者たちとの共同体に属して、
     その全員が互いにメッセージを交換でき、互いの理性的な言い分を理解できている。

●論理は「あなた」と「私」を識別できない。
 したがって、なぜ自分を傷つけるべきでないかを推論する理性に訴えて
 誰かを説得しようとした途端、あなたは誰をも傷つけないことを普遍の目標として
 誓約せざるを得なくなる。

 私たちの認知機能の推論システムは、別の命題の帰結である命題まで受け入れるようになる。
 ――体系性(システマシティ)、言語と推論の基礎にある神経系の複合的な力。
 種のメンバー同士がこの力を持ち、その力を発揮する機会を十分にもてれば、遅かれ早かれ、
 非暴力をはじめとする相互配慮による互恵に気づくことになり、それをさらに広く
 適用しようとするようになる。

「輪の拡大」の理論 by ピーター・シンガー
 シンガーの考えでは、倫理的な輪を外に向かって広げるのは、心優しい共感よりも、
 頭の固い理性なのである。

フリン効果 by 哲学者ジェームズ・フリンが1980年代初めに発見
 過去数十年間、知能検査の平均スコアは上がり続けている。
 世界30ヵ国で確認、10年ごとに平均IQ3ポイントほど上昇。
 もっとも増分が大きいのは、抽象的な推論を引き出す項目。
  Cf.語彙や数学に関するサブ検査の結果は上昇が最も小さい

「一般知能(ジェネラル・インテリジェンス)」 gと呼ばれる、
  知能測定科学の最重要発見と言われることも多い
 一般知能は、きわめて遺伝性が高く、家庭環境にはたいてい影響されない
 一般知能は、いくつかの神経構造と神経機能の測定値、たとえば情報処理の速さ、脳全体の大きさ、大脳皮質の灰白質の厚さ、皮質のある領域と別の領域をつないでいる灰白質の無欠性などとも相関関係にある。

フリン効果は環境由来。(自然選択ではない)
 10年単位、年単位で測れる。おそらく人びとの認知環境によるもの。
 フリン効果は一般知能の向上ではない。
 抽象的な推論に関するサブ検査で良い成績をとるのに必要な能力だけが向上した

「近代科学以降の(ポストサイエンティフィック)」思考 (byフリン)
 自分の属する小さな世界に限定された偏狭な知識から切り離されたところに自分を置いて、
 純粋に仮定的な世界での仮定条件から、その意味するところを考える能力。
 (「科学の眼鏡」を介して世界を見る傾向)

 要因
1.学校教育(長期化と内容の変化)
   朗唱や知識教育から 比率、合計、複数の偶然性、基本的経済学
2.会社や専門的な職場
3.余暇 読書、チェスやチェッカーなどのゲーム
4.抽象概念の日常語への浸透
   普通の人びとが「経済」のことをお天気のように話すようになったのはせいぜいここ
   40年ほどのこと。
   以前なら「時代が厳しいせい」「ユダヤ人のせい」「黒人のせい」「富農のせい」

●理性の平和化効果と、フリン効果の2つを結びあわせてみよう。
 まず、理性の力が高められる――とくに、直接的な経験だけにとらわれず、狭い視野から脱却して、抽象的、普遍的な用語で自分の考えを組み立てる能力が増す――ことにより、暴力の回避も含めて、より道徳的な行動ができるようになるという考えは、いくつかの根拠から正しいと判断できる。
 そして20世紀のあいだに、人びとの推論能力――とりわけ、直接的な経験だけにとらわれず、狭い視野から脱却して、抽象的な用語でものを考える能力――は着実に高まってきた。

 ということは、この2つの考えを結びつけると、これまで例証されてきた20世紀後半の暴力減少と権利革命がある程度まで説明できることになるのだろうか?道徳的なフリン効果がありうるのだろうか?
 これは決して奇矯な考えではない。フリン効果で最も高まる認知技能は、直接経験の具体的な詳細を抽象化することであり、それはまさしく他人の視点を取得するときに、そして道徳的配慮の輪を拡大するときに働かせなくてはならない技能である。

●近代科学以前の具体的な思考様式にとらわれていると、仮定の世界に入り込み、その世界での帰結を考えてみることを拒む。
 仮定の世界でものを考えることは、自らの部族主義的、人種差別的な考え方を相対化し、自分が道徳的に行動しているかどうかを再考できる1つの方法。

●比例の考え方は、刑罰を科すときや軍事行動を起こすときなど、暴力の使用を適正に調整するにあたって必須となる要素。

「認知欲求」(頭脳の挑戦を楽しむ特性)が高い人ほど、刑事司法に対する処罰意識が低い。
 by 心理学者マイケル・サージェント


●フリン効果そのもののサニティチェック:
 現代人は本当に過去の人より賢いのか?⇒合格している
1.この数十年の知的ルネサンス(科学とテクノロジーの面での)
   宇宙論、素粒子物理学、地質学、遺伝学、分子生物学、進化生物学、
   神経科学の飛躍的な進歩。
   wwwの驚異にアクセスする小さな装置。
   宗教とは無関係の数々の奇跡
   歴史家なら、いまの私たちがとんでもない知能の時代に生きている事実を
   見落とすはずがない。
   この60年間の道徳の進歩、「長い平和」、権利革命
2.過去の人たちは本当に道徳遅滞だったのか?――YES
   ”進歩的な”大統領たちの誤った考え
   (ネイティブアメリカン、黒人、日本人に対して)
   セオドア・ルーズヴェルト、ウッドロー・ウィルソン、フランクリン・ルーズヴェルト
   ウィンストン・チャーチル若き日の発言 大英帝国内の異民族、インド人に対して
   立法者たち、知的な作家たち
   道徳的な推論となると、知的障害に陥ってしまう
   (ジェノサイド的というような一般大衆への蔑み、ファシズム、ナチズム、
   スターリニズムの支持)

●1960年代初め、子どもだった著者ピンカーと妹に母が教えてくれたこと
  「悪い白人もいれば善い白人もいるように、悪い黒人もいれば善い黒人もいるの。
  だから肌の色を見ただけで、その人が善いとか悪いとかは言えないのよ」
  「たしかに、あの人たちのすることは私たちから見るとおかしいわよ。でも、私たちの
  することもあの人たちから見るとおかしいの」
 今日の子どもたちはこうした認知の飛躍をするよう奨励されてきて、そうして得られた理解が第二の天性となってきたということである。

●問1.推論能力が高い人ほど協力的で、道徳の輪が広く、暴力を好まない傾向が強いというのは本当か。
問2.各構成員の推論能力が高い社会ほど暴力につながりにくい政策を採用するとは本当か。
考えるための前提:
・推論能力は一般知能そのものではなくその一部。
・フリン効果は集団全体を底上げしているのであり、知識人の作用ではない。

推論能力と平和を好む価値観のあいだをつなぐ7つのリンク。
1.知能と暴力犯罪
   社会経済的な地位などの変数が一定であれば、
賢い人ほど暴力犯罪を起こしにくく、暴力犯罪の被害者にもなりにくい。
2.知能と協力
   知能と囚人のジレンマの実験:
   賢いトラック運転手ほど最初の一手で協力する確率が高かった。
   賢いトラック運転手ほど協力には協力で、裏切りには裏切りで応じる確率が高かった。
   SATの平均点が高い学校ほど、そこの学生は協力を選んでいる
   したがって社会が賢くなればなるほど、その社会はますます協力的になる。
3.知能とリベラリズム
知能は古典的自由主義と相関関係にある
    (それ自体が、理性そのものに内在する視点互換性の帰結だから)
  ・2つの膨大なデータセットの分析から、知能が回答者の政治的リベラリズムと
   相関関係にあることがわかった。by 心理学者サトシ・カナザワ
  ・知能は古典的自由主義の姿勢とたんに相関関係にあるというだけでなく、
   因果関係にあることが示唆された。 by 心理学者イアン・ディアリら
   10歳時のIQによって、30歳時点での意識が反人種差別、社会的リベラル、女性就労賛成か
   どうか予測される。
   賢い10歳児ほど、成長してから投票に行く確率が高く、古典的自由主義に投票する確率が
   高い。
4.知能と経済リテラシー
   賢い人ほど、経済学者のような考え方をする傾向がある。
      by 経済学者ブライアン・カプラン
   彼らは移民や自由市場や自由貿易に肯定的で、保護貿易主義や雇用創出政策や
   政府の実業界への介入には肯定的でない。
   経済学者のような考え方をするということは、古典的リベラリズムからの穏やかな通商説、
   すなわちプラスサム交換の報いと広範な協力ネットワークの連鎖的利益を売り物にする
   考えを受け入れるということ。

5.教育と知的習熟と民主主義
   教育は民主主義を生み出す(因果関係)といえるのか?
   心理学者ハイナー・リンダーマンの研究:交差的時間差相関という技法
   ――過去の一時期における教育と知的能力は、直近の民主主義と法治をまぎれもなく
   予測できていた

   (対照的に、過去の一時期における裕福度は現在の民主主義のレベルを予測しては
   いなかった。
   ※なお、学校教育が知的能力と相関関係にある場合に限り、民主主義の予測能力がある
6.教育と内戦
   教育が充実しているほど平和を志向する
   政治学者クレイトン・ザインの研究
   各国の教育レベルを示す4つの指標が、1年後にその国が内戦に巻き込まれる確率を下げている。
   学校教育の平和化効果
(人々を賢くさせる以外)
   ・政府に対する国民の信頼を高める
   ・山賊行為や部族抗争ではなく仕事に活用できる技能を授ける
   ・路上でぶらぶらせず、民兵軍にも近づかせない。
7.政治演説の洗練
   「統合的複雑性」という変数によって文章の知的レベルを測れる

●政治演説の洗練 続き
 「統合的複雑性」の低い文章に含まれる単語:
   「絶対に」「つねに」「間違いなく」「確実に」「完全に」「永遠に」「明白に」
   「議論の余地なく」「疑いなく」「まぎれもなく」
 「統合的複雑性」がある程度ある文章に含まれる単語:
   「たいてい」「ほぼ」「しかし」「とはいえ」「おそらく」
 「統合的複雑性」が高い文章:二通りの視点を認めている
 「統合的複雑性」がさらに高い文章:
    それらの関係を高次の原理や体系に照らしながら説明している
 文章の統合的複雑性は、それを作成した人間の知能と相関関係にある。
 とくにアメリカ大統領において顕著。
 統合的複雑性があまり高くない言語を用いる人々は、フラストレーションに対して
 暴力で反応したり、戦争ゲームに参戦したりする確率が高い。


指導者の演説の統合的複雑性が低下すると、そのあとに戦争が起こることが分かった。
  by 心理学者フィリップ・テトロックとピーター・スードフェルド
 20世紀初期から後期までの間に政治演説の統合的複雑性は上昇していた。
  by 政治学者ジェームズ・ローズノーとマイケル・フェーゲン

●ただしディベートは例外。討論会でのアメリカ大統領候補の言説を採点すると、1992年から2008年までの間に洗練度は低下しており、とくに経済に関する発言の質は1984年から急速に落ちはじめていた。
  by 心理学者ウィリアム・ゴートンとジェイニー・ディールス
 ――TV討論は有権者のなかでも最も事情に疎い、最も関心の薄い層に向けて行われるから。

●なぜ「善なる天使」の最後に「理性」をもってきたか?
 ――暴力を減らすのに最大の希望を与えてくれるから。
 共感、セルフコントロール、道徳感覚は、あまりにも適用範囲が限定されている。
 理性はどこまでも伸びられる複合的な体系。
 理性は新しい考えを無限に生み出せるエンジンなのである。
ひとたびこれが、基本的な利己主義と他人との意思疎通能力とともにプログラムされると、それ自体の論理に後押しされて、いずれしかるべきときに、理性は制限ない数の他人の利益を尊重できているようになる。過去の推論の欠点をつねにチェックして、それに応じて自らを更新し、改良していけるのも理性である。そして、あなたがもしこの論に欠陥を見つけたなら、あなたにそれを指摘させ、別の論を擁護させるのも理性なのである。

●『道徳感情論』(アダム・スミス)からの引用
 何よりも強い自己愛の衝動にこのように対抗できるものは、人間愛の穏やかな力ではなく、自然が人間の心にともした事前の弱弱しい火花でもない。このような場合に働くのは、もっと強い力であり、もっと強制的な動機である。それは理性であり、原理であり、良心であり、胸のなかの居住者であり、自らの内側にいる人であり、私たちの行いを裁定する偉大な審判者である。その彼が、私たちが他人の幸福に影響を及ぼすような行動をしそうになるたびに、こう告げるのである。私たちは大勢の人間のうちの1人にすぎず、その誰と比べても、自分の方が上であるということはいかなる点においてもなく、にもかかわらず、そのように恥知らずに、そのように無分別に、自分を他人より優先させるのであれば、そのとき私たちは、怒りや憎しみや呪いの正当な対象となるであろうと。私たちが、そして私たちに関係するすべてのものが、本当は卑小な存在であるということを教えてくれるのは彼だけである。そして自然と出てしまう自己愛の偽りのあらわれを正してくれるのは、この公平な観察者の目だけなのだということも。彼は私たちに示してくれる。寛大であることの美しさと、不公平であることの醜さを。自分の最大の利益をもっと大きな他人の利益のために投げ出すことの美しさと、自分ができるだけいい思いをするために他人にどんな小さな危害でも加えようとすることの醜さを。



第10章 天使の翼に乗って


●暴力減少を推進してきたものとは?
 i.e.「平和化のプロセス」「文明化のプロセス」「人道主義革命」「長い平和」「新しい平和」「権利革命」のすべてに通底するもの
 プレデーション、ドミナンス、リベンジ、サディズム、イデオロギーのいずれかがセルフコントロール、共感、道徳、理性のいずれかに打ち負かされてきた過程。

暴力減少にさほど役立たなかったもの
・兵器と軍縮
  テクノロジー決定論はあまり正しくない(核でさえも決定的でない)
・資源と力
  資源決定論 例、ベトナム戦争タングステン説
  暴力との関係は薄い(男性は裕福であろうと貧乏であろうと、みなつねに女性と地位と
  ドミナンスをめぐって争うのだと、進化心理学は教えている)
・豊かさ
  富と暴力の錯綜した関係
  人道主義革命のかなり後に産業革命が起こり豊かになった。20世紀前半でリンチは激減したが
  景気の変動とは関係なかった。
  20世紀アメリカの殺人発生率は繁栄の尺度とほとんど相関しない。
  アジアの一部の裕福な国において、DVや子どもへの体罰への寛容度が比較的高い。
  ただし、経済規模が底辺にある国ではその国の1人当たりGDPが1000ドルを切ると
  暴力的な市民運動によって国が引き裂かれる確率が上がる。
  極貧は内戦に関連しているが、ジェノサイドとは関連していない。
・宗教
  宗教は大筋で暴力を正当化する役割をはたしてきた。
  ただし歴史上の特定の時期に起こった特定の宗教運動は、たしかに暴力に対抗する役割を
  果たした。
  例、クエーカー教徒、19Cのリベラルなプロテスタント、アフリカ系アメリカ人の教会、
  おおむね宗教は人道主義革命の大きな流れに乗って改革をしてきた。

●世界を平和な方向に推し進めてきた5つの展開
 1.リヴァイアサン 2.穏やかな通商  3.女性化  4.輪の拡大
 5.理性のエスカレーター

●もちろん、共感と理性とを区別するのは必ずしも容易ではない。それは心と頭とを区別することに等しい。しかし共感の及ぶ範囲には限度があって、自分に似た人や自分に近い人ばかりに向けられがちだ。したがって共感は、それがあまねくいきわたるように理性によって後押しされる必要がある。それによって政策や規範に変化がもたらされ、世界中で実際に暴力が減るようになるのだ。
 それらの変化の範疇には、法律で暴力行為を禁じることだけでなく、暴力の誘惑を減らすための制度を設計することも含まれる。
 そうした小うるさい仕掛けの1つが民主的な政府であり、カント的な戦争防止装置であり、発展途上世界での和解運動であり、1990年代の犯罪防止改革と文明化攻勢であり、牽制戦術や制裁戦術など、国家指導者にもっと多くの選択肢を――すなわち第一次世界大戦を呼び起こしたチキンゲームでもなく、第二次世界大戦を呼び起こした宥和政策でもない選択肢を――与えることを目的とした慎重な交戦戦術なのである。

●人間の営為に理性を適用することには有益な結果がついてくる。歴史のさまざまな時点において、人身供犠、魔女狩り、血の中傷、異端審問、特定民族のスケープゴート化といった迷信的な殺人は、それらの行為の基盤となっていた仮定上の事実が、もっと知的に洗練された大衆の精査によって崩れるとともに、いずれも消えていった。奴隷制、独裁制、拷問、宗教迫害、動物虐待、児童虐待、女性への暴力、浅はかな戦争、同性愛者の迫害などに関して慎重に推論されたすえ、それらに反対すると決められた信念は、ただの戯言ではなく、その議論に関心を向けて改革を断行した人びとは機関の決断に入り込んでいった。

●コスモポリタン的な流れが多様な人びとを討論に向かわせるとき、言論の自由がその討論を好きなところに行かせるとき、そして歴史上の失敗した実験があらためて光にかざされるとき、価値体系は古典的ヒューマニズムの方向へ進化することを数々の証拠が示すだろう。

●島社会を見てみるといい。外の世界から入ってくる考えに飢えていて、政府と聖職者による報道弾圧で言論統制されている島社会は、最も頑固に人道主義に抵抗し、自分たちの部族主義的、権威主義的、宗教的なイデオロギーに執着する社会でもある。

●自分たちは重要な存在であるという肥大した感覚だけが、平和主義者のジレンマから逃れたいという人間の願望を、宇宙の大いなる目的に転化してしまう。しかし、その願望は、必ずしも物理的でないこの世の不慮の事態を引き出してしまうようなものであり、ゆえにいわゆる発明の母、つまり白砂糖やセントラルヒーティングのようなものを発明させるもとになった願望とは別物だ。
 平和主義者のジレンマの気も狂わんばかりの構造は、現実の抽象的な特徴である。その最も包括的な解決策である視点の互換性も同様で、これはキリスト教の黄金律だけでなく、ほかの多くの倫理体系にもあった同じような道徳律――「他人にしてもらいたいと思うことをせよ」――のすべての背後にある原理なのである。私たちの認知プロセスは、歴史を通じて、ちょうど論理の法則や幾何学の法則と格闘してきたように、現実のこれらの側面と格闘してきたのだ。

●人間の本性は、進化も放置したように、平和主義者のジレンマの表の左上のマスに私たちを収め、ありがたい平和を享受させるなどという難題には立ち向かってくれない。がめつさ、恐怖、支配欲、煩悩などの動機が、つねに私たちを攻撃に引き寄せる。くり返し型のゲームなら、攻撃の主要な回避手段、すなわちしっぺ返しによる報復の脅威が協力をもたらす可能性もあるが、それも実際には自己奉仕バイアスによって狙いを狂わされ、たいていの場合は安定した抑止力として働く代わりに、私たちを果てしない争いの連鎖に引きずり込む。

●しかし一方で、人間の本性には共感やセルフコントロールなど、なんとか平和のマスにもぐりこもうとする動機も含まれている。言語のようなコミュニケーション手段もある。さらに人間の本性には、際限のない組み合わせ論的な推論のシステムも備わっている。この推論システムは、討論の試練にさらされて磨かれていくうちに、そして、そこから生まれたものが読み書き能力やさまざまなかたちでの文化的記憶を通じて蓄積されていくうちに、平和のマスがますます魅力的になるように報酬構造を変える方法を考え出せるようになる。その作戦のなかでもとりわけ重要なのが、超合理性でもって、現実のもう1つの抽象的な特徴を頼みとすることだ。すなわち視点の互換性である。
 私たちの偏狭な視点は決して特別なものではない。私たちは互いの視点を取れるはずだから、それが敵同士のそれぞれの報酬を溶け合わせ、ジレンマを弱らせていくのである。
(了)