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 『電通事件――なぜ死ぬまで働かなければならないのか』(北健一、旬報社、2017年2月1日)。昨年秋発覚した、入社1年目(当時)だった高橋まつりさんの過労自殺にまつわるタイムリーな本。

 結論からいうと、この本で分かったこと、分からなかったことがあった。


 分かったことから先に。

●「鬼十則」に長時間労働の推奨は見当たらない。しかし、時代はめぐり若者の気質も変わる。大学教授によると、「うちの大学でも、できる学生ほどまじめで、レールから外れることへの強迫観念が強い。それまで『ノーと言っちゃいけない』『意見を言っちゃいけない』と育てられてきましたから」。まじめで従順なサラリーマンが増えた電通で、「鬼十則」はたぶん、制定当時とはかなり違った読まれ方をしたのではないか。

●高橋まつりさんの過労自死は、2016年9月30日、三田労基署が労災認定。10月14日には東京労働局が電通本社を抜き打ちで調査。さらに11月7日の家宅捜索では88人の労働基準監督官が電通本社と3支社に踏み込んだ。

●12月28日、法人としての電通と幹部社員の労働基準法違反(違法な長時間労働)の疑いで書類送検。この日の送検は一部の容疑に絞ったもので、捜査は今(17年1月)も継続中。

●高橋さんは2015年4月電通に入社、インターネット広告を扱うデジタルアカウント部に配属される。「主な業務は、ネット広告のデータを集計・分析してレポートを作成し顧客企業に改善点などを提案して実行すること」(川人弁護士)。

●10月の本採用から忙しくなり、10月から11月初めにかけて長時間過重労働が続いた。
 高橋さんのツイッターやLINEなどによると
「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」(10月13日)
「もう4時だ 体が震えるよ……しぬ もう無理そう。つかれた」(10月21日)
 10月25日の週には、日曜日の午後7時半に出社し、水曜日午前0時42分まで会社にいた。その水曜日も、朝9時半に再び出社。

●残業時間を少なく見せる方法。
「中抜き」。たとえば実際に退社したのは22時でも、20時から22時までは仕事をしていなかったことにする。
「私事在館」。自己啓発や忘れ物など私的な理由で会社にいたとウソの申告。

●2016年12月28日、電通は労基法違反の疑いで書類送検されたのを受け初めての記者会見、石井直社長が辞任を表明。そこで2015年4月以降「三六協定違反ゼロ」に取り組んだ結果、過少申告が急増したことを認めた。

●パワハラの風土。元電通マンの証言によれば、残業が月200時間を超え、会議中ウトウトすると「体調の管理、できてねえのか」と叱責される。上司に殴られ頸椎損傷のケガ。軍隊組織で新人は1番下。いじめて使い倒す。

●有名な社内行事「富士登山」。7月に社員が富士山に登り、山頂郵便局から得意先に暑中見舞いのはがきを出す。関連会社も含め400人ほどの社員が登り、走らせる。

●ネット広告時代への対応の遅れ。
 既存マスコミの広告の落ち込みをネット広告で代替しようと躍起だがそれがうまくいっていない。
「マネジメント層にデジタル・リテラシーが低すぎて」(=ネット広告の実務が上司にはよくわからない)
 IT、システムの仕事は、年長の役員、管理職には技術が乏しく、仕事のイメージと納期と価格だけ上で決めてきて、実際の作業は20代、30代に回し、上司が配慮しきれずに過重な責任を負わされる。

●「高橋さんの上司は、『間に合わないぞ』『頑張れ』と叱咤するばかりで、実際の仕事の進め方に即したアドバイスができなかったんじゃないでしょうか」(立教大・砂川教授)

●テレビ、新聞など既存メディアへの広告と違い、デジタル広告は終わりがない。表示回数、クリック数などで効果が細かく測定され、その結果次第で、どう掲載するかを変えることができる。「できる」ということは際限がない。

●ネット広告部門は高橋さんが亡くなる前に無理がきていた。2016円9月、ネット広告での不正請求が発覚。

2015年10月、高橋さんの部署は人員が14人から6人に減らされ、高橋さんはそれまで担当していた保険会社に加え、証券会社も担当させられ仕事量がぐっと増えた。予定通り売り上げが上がらなかったから投入する人数を減らすことで「部門採算」の黒字化を図ったのか?

長時間労働の背景に「クライアント・ファースト(お客様第一)」。所定外労働(残業)が発生する理由を企業側に聞くと、「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」が多い。とりわけ情報通信業では「顧客(消費者)からの不規則な…」が65.0%とダントツ。顧客のありとあらゆる注文や要望、時にはわがままに振り回されて働き過ぎが発生する。

●自発的な働き過ぎ。クリエイティブ部門では、いくら時間をかけても、作品の完成度はキリがない。TVは24時間放送、新聞もネット展開と、24時間365日「オン」が続きかねない状況が出現した。

●投入した労力を請求に載せられず、「一式いくら」のように決まる商慣行。受発注と制作のルールがない。

●今50代、60代の経営層、マネジメント層が、高度成長期やバブル期の成功体験のまま、今でも会社を運営している、そこに無理がきている。

●安倍首相「働き方改革」の本音。2016年10月19日、「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」(第2回)の冒頭あいさつ。
「働き方改革は、安倍政権にとって最重要課題の1つです。なぜ最重要課題化と言えば、日本は人口が減少していくわけですが、その中でも成長していかなければ、伸びていく社会保障費に対応できない。そのためには生産性をあげていかなければいけない、という側面があります。働き方改革を進めていくことで生産性の向上に結びついていくと同時に、それぞれの人々にとってより豊かな人生にも結び付いていくのではないか」

●2016年9月21日、ニューヨークでの金融・ビジネス関係者との対話では、
「この問題は、社会問題である前に、経済問題です。我々は労働参加率を上昇させなければなりません。賃金を上昇させなければなりません。そして、労働生産性を向上させなければなりません。『働き方改革』が生産性を改善するための最良の手段だと信じています」

●「世界で一番企業が活躍しやすい国」という企業ファーストの政策目標と、「働き方改革」という一見働き手に寄った施策とは、どういう関係にあるのか。

●「残業代ゼロ法案」(労基法改正案)の2つの眼目:
・労働基準法の労働時間規制が適用されなくなる「高度プロフェッショナル」と呼ばれる働き手を作ること
・企画業務型裁量労働制を営業社員などに広げること

●「残業代ゼロ」の先例は学校教育現場。東京都内で2012年度の小中学校の「定年以外の理由での退職者」のうち10.5%(14人)が在職死、13年度は14.4%(20人)が在職死。

●OECDが2013年に実施した「国際教員指導環境調査」(TALIS)でも、教員の週労働時間の平均が38.3時間なのに対し、日本は53,9%と突出している。

●週60時間という過労死ラインを超えて働いている教員は小学校で72,9%、中学校で86,9%。

●文部科学省によれば、2015年度に病気で休職した公立学校の教員は7954人で、そのうち5009人(62,9%)がうつ病など精神疾患が理由だった。

●経団連の意向。日本を代表する大企業の多くが「過労死ライン」を超える三六協定(特別条項)を結んでいる。特別条項のある大企業の1か月の残業の上限は、過労死ラインの80時間超が25%、100時間超も7%もある。三六協定の上限が長い企業は実際の残業時間も長くなる傾向にある。

●インターバル規制についても、経団連はまだ前向きとはいいがたい。

●操業短縮の波。ロイヤルホスト、マクドナルド、吉野家など外食産業での24時間営業の中止。イオンの営業時間短縮、三越伊勢丹ホールディングスン1月2日休業など。背景には深刻な人手不足。

●中小企業でも改善の動き。親会社の要求を満たすと社員に負担がかかるため、完全下請け部門を廃止したところも。

●コンビニ店主のユニオン設立の動き。2014〜15年、本部に団体交渉応諾を命じられる(係争中)。

●2015年12月8日、ワタミ過労死裁判和解。


 抜き書きは以上です。この問題の「おさらい」になりました。

 さて、分かったことも多々あったのだがとうとう分からなかったことは、亡くなった高橋まつりさんの上司とは、どういう人物だったのか。実は知りたかった。この本ではとうとう顔が見えなかった。どういう人物だったのだろう。何歳ぐらいだったのだろう。

 
 この本で訴えている「長時間労働につながる顧客を切る」というのは、実は過去の受講生さんに例がある。現関西国際大学経営学科長の松本茂樹さんが、2005〜6年、銀行支店長時代にそれをやっている。松本さんは「残業バスター」という目安箱のような箱を備え付け、残業につながる要因を行員に入れてもらった。そうして残業要因を特定し、それが顧客だとわかると自ら客先に乗り込んで改善を求め、改善してくれない顧客は「切る」ということもした。

 松本さんはこれに限らず恐ろしく先進的なマネジメントをやっているのだが、手前味噌だが一支店長の判断でそれができたのは、前提に「承認」で業績が上がっていたからできたのだ。

 
 そして、「人員削減」の話があった。高橋さんの部署は14人から6人に削減された、という話。
 ちょうど、最近ある鬱休職した友人の話を聴くなかでこの「人員削減」の話が出ていたのではっとなった。その友人は、3人でやっていた仕事をいつの間にか1人でやらされていて、それに対する配慮もねぎらいもない上司に失望して鬱になっていた。

 人をたんなる数字でみている、とも言えるが――、
 わたしなどは、やはり「承認欠如」の話に思えてならない。「行動承認」をするマネジャーであれば、人間を「活動する肉体」としてみるはずなのだ。そして3人でこなしていた仕事を1人でできるわけがない、ぐらいのことは想像できるはずだ。そして万一、部下がそんなめにあっていたら、ねぎらい労わらないわけがない。

 だから、以前「長時間労働以外にパワハラがあり、それは尊厳の軽視であり、すなわち承認の不在である」のようなことを言ったが、長時間労働自体もまた「承認欠如、承認の不在」の問題とも読み替えられるだろう。

 この本の帯には著名経営者や学者の「人命軽視」ととれる「長時間労働擁護」の言葉が並んでいて、本の中身を読む前にこれらの言葉と人名を読んである種、慄然となった。一時期は時代のヒーローと目された経営者たちではないか。わたしたちはある時代の価値観と訣別しなければならないのだ。