正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

カテゴリ: インタビュー・対談

 広野ゆい氏(NPO法人発達障害をもつ大人の会代表)インタビュー第2弾の3回目です。

 ここでは、日常出くわす、どこかに分類しきれない発達障害者らしい人たちとマネジメントのルールの世界の「困った!」について、広野さんにお伺いしました。
 広野さんとしても当事者の会の運営の中でこうした現象に出会うことは珍しくないようで、ひじょうに率直に答えていただきました。


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

ききて:正田佐与




広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答

3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答


■管理職研修と発達障害


正田:今、承認マネジメント協会では管理職に対する「承認」を中心とした研修をご提供する中で、「発達障害」という言葉をはっきり使って部下の特性を知ったうえでマネジメントする、ということを言っています。あくまで管理職まではそういう視点をもっておいていただきたい、ご本人に告知するかどうかは別として、ということですけれど。

広野:是非!やっていただきたいです。この言葉が普通にならないといけない。

正田:そうですよね。一昨年の聞き取りで、私の実感値としては働く人の1割前後が発達障害かそれに近い、仕事上の指示出しに配慮の要る人、という感触を持っています。だからどの職場にも1人はいると考えていいだろうと。ただあるビジネスパーソンの友人は「そんなものじゃない、4−5人に1人はいる」と言います。

広野:私の基準では、最低限6割の人を発達障害にしたいです。6割になると、マジョリティの側じゃないですか。障害ではない可能性が出てくるでしょう。
「凸凹が大きいよね」「小さいよね」
「まあみんなそういうものだよね」
 みんながそうだということを気づいてない。お互いの凸凹を受け入れて認め合ってやっていく。

正田:完璧な人なんていないですよね。自分でどこまでそれを認めるか、ですね。

広野:やっぱり自分で認めないと。「私はこういう人で」と言えないと。自分で受け入れて、「実はこうなんです」と言えることによって周りもそれを助けてくれる。自分で自分を認めるってすごく大事です。
 「対人コミュニケーション」も大事ですが「対自コミュニケーション」ですよね。そこができてやっと「対人コミュニケーション」だろうなと思います。


■ASDの人の固定観念と性バイアス

正田:お時間もだいぶ迫ってきましたが。ASDの人たちの固定観念の問題についてはいかがですか。私はどうも、この人たちがかなり強固な既成観念というか固定観念をお持ちで、とりわけ「女性」に関してそれが出やすいように感じるんですけれど。

広野:地位の高い女性への違和感。これはありますね。

正田:あ、そうですか。やっぱり。

広野:「こうでなければならない」という気持ちが、「女の人は家を守る、男の人が働く」という固定観念はありますね。それが差別である、という認識がないんです。やっぱりそれはありますね。
 それは、私はつくられたものだと思うんです。というのは昔の人は家にお母さんがいた、家で仕事をしていた。家で畑の仕事をして、着物も作って、働いていたんです。専業主婦で家のことしかしていない、というのは多分、高度成長のときからでしょう。

正田:起源をたどると明治大正のころからサラリーマンができて、職住分離になって、専業主婦ができて。ただ日本は高度成長の時代にそれを続けてしまったんですね。ほかの先進国がそれをやめた時期に。


■ADHDは薬で改善されるか

正田:ADHD治療薬のコンサータやストラテラは、ADHDの症状が良くなるんですか。

広野:そうですね、私は両方のみました。コンサータをのむことによって、自分の苦手なことに対して何とか集中してこなすことができます。ストラテラは、すごく効くという感じではないんですがパフォーマンスを底上げしてくれます。疲れてしまって途中からミスが続出するということがあるときに少しそれがましになる。ADHDのある人にはある程度有効かなと思います。ただ薬で頑張りすぎようとすることになると、それは正しくない。

正田:そうなんですか。

広野:際限なく頑張ってしまうために薬をのむのであれば、それは正しい使い方ではないんです。本当に困っているときに使うならいいですけれど。
例えば私だったら、1人では困ってしまうような難しいことがあってそれでもやらなければいけないときに、ちょっと薬の力を借ります。そうじゃなければ人に頼めれば頼みます。これらをのんでずっとずっと頑張り続けるということになると、それは本来のこの薬の使い方とは違うと思います。
 ただすっごい多動な方は、これをのむことによって落ち着きやすいんです。苦労しても落ち着かない人に落ち着いてもらうためにのんでもらう。普通の人はこれをのむと違う効き方をするらしいです。多動なADHDの方はこれをのむことによって落ち着く。

正田:例えばミスが多い方などは、こういう薬をのむとどうなるんですか。

広野:ミスの原因が何かによりますね。どんなことでミスをしてしまうのか。例えばLDみたいなものが関わっているようなミスであれば、あんまりこの薬で改善することがないんですけれども、例えば先ほどのあっちこっちに物を置き忘れてそれを本人も忘れちゃうというようなことであれば、もしかしたらこの薬で効くかもしれない。

正田:そうなんですか。それは朗報だと思います。

広野:ただ、劇的には効かないんです。少しましにはなります。じゃあ普通の人みたいに出来るようになるかというと、そこまでは難しい。許容範囲にはなるかもしれない。
 また、二次障害で鬱がある場合には鬱の治療も合わせてしないといけないです。


■告知はどんな言い方が有効?


正田:また別のご質問で、ミスの多い方に対して上司は
「障害なのでは?」
とご本人に言えずに困っている。言うと気分を害するのではないか、と。

広野:自分でミスしたくないのにどうしてもミスしてしまうようだったら、「そういうのに効く薬があるらしいよ」と言ってみたらどうですか。

正田:薬をのむということは、その前提として診断を受けなければいけないですね。

広野:そうですね、そこはあえて言わない。
 本人さんがそれを問題だと思っていて何とかしたいと思っていたときに、「あ、そういうことだったら病院に行こうかな」となるかもしれない。
 ADHDは子供の頃からずっとなので、そういうことがある人はもっと前から困ったり悩んだりしてるはずなんですよ。それを何とか解決する方法があるということは本人にとってプラスになります。
 こちらの資料に「障害を告知されてどんな気持ちになったか」というグラフがありますが、ADHDの人の場合は「ほっとした」が6割ぐらいいます。

正田:そうなんですか。これは興味ぶかい資料ですね。
 しかし、病院に診断を受けに行くというのは既にそこに心が開かれているという状態なのではないですか。
「この人には言っても無理」と周囲に思われている人はこの中に入っていないのでは。

広野:ええ。でもそれは言ってみないと分からないですよ。言ったら必ずその人は絶望的になるのかどうか。
 絶望的になったり困惑する人というのは、ASDの人に多いです。ADHDの人は基本、喜びます(笑) だって、「努力不足だ」とか「なんでお前だけできないんだ、みんなできているのに」と散々言われて傷ついてきているのに。
「それはあなたのせいじゃないんです、努力不足だとか怠け者だからできないんじゃないんです」
と言われたら、
「あ、そうなんだ!」
と普通、ほっとすると思います。
 だからADHDの人だとほっとする。ASDの人は絶望するかもしれない。中には喜ぶ人もいます、免罪符をもらったような感じで。「アスペルガーだからこれが出来ません、あれが出来ません」と言い始める。「なぜならこの本に書いてありますから」逆に迷惑だったりするんですけれど(笑)
 うちの当事者の会にも会社の人に言われて「え〜、何それ」と思って来た、という人が結構いるんですよ。来たら来たでわ〜っと盛り上がってほっとして帰って行きますよね。
 そういう人は「こういうところがあるから行ってみたら」というぐらいの感じで言ってあげたらいいと思います。診断をもらってない人も結構来ています。それで当事者の人たちと話して薬をのむことが有効だと思えば病院に行けばいいし、「診断なんか受けたら一生発達障害になってしまう」と思えば行かなければいいし。
 告知する時の言い方のコツとしては、
「○×ができないから発達障害じゃないか」
という言い方を避けることですね。
「自分の知り合いにADHDの人がいるけれど似ているよね」
「言ってることとかやってることとか、結構似ている気がする」と。
 あるいは、同じ職場にADHDの人がいて、
「自分は発達障害だけど、君もそうじゃないか?」
と言われた、とか。よりソフトな感じで遠まわしに言うとしたらそういう感じですね。

正田:実際に言われて納得して自覚につながった人たちの体験からくるものですから、貴重ですね。

広野:そのほか上司から「ミスが多すぎる。このままだと居続けるのが難しいから、対処方法を考えるから医者に行って来い」と言われた、というケースも最近は少なくないのですが。
 立場的に利害関係がそんなにない人から言ってもらえるほうがいいかもしれません。

正田:知り合いのASD気味の人は、言われてちょっとショックを受けていた感じでした。自分で「自分も発達障害なんじゃないか」と言っているのも、言葉の裏に「これまで発達障害の人を見下していたけれど、その中に自分も入っちゃうんじゃないか」というのがあるような気がします。

広野:だから、みんな発達障害なんです。気づいてるか気づいてないか、という話で。
 そういう風な意識に変えていきたいですね。それを言われたからショックを受けるということ自体が残念です。
凸凹があったからといってマイナスではないと思います。
ただ「知らない」ことはマイナスです。知らないがゆえに、出来ないのに出来ると思って扱われたりみなされたりすることがものすごくマイナスです。
そういう特性があるということ自体はマイナスではありません。でもそれを知った時点で修正していかないといけないとか、色んな傷をメンテナンスしていかないといけないといけないんですが、それを知らないと始まらないですね。知ってほしいです。

(正田注:とはいいながら職場での「告知」の問題はやはり難しいことのようです。
 ひょうご発達障害支援センター・和田俊宏センター長によると、同センターに会社の上司や産業医に連れられてきた当事者の人はひどく機嫌がわるく、診断を勧めようにも取り着く島もなかったといいます。
「診断を勧める前に『あなたはこの仕事ができていない』ということを伝える段階が大事。そこをしっかりやってほしい」と和田センター長は言われます。また診断を勧める以前に職場でできる工夫をしてほしい、とも。
 逆に本人が希望してセンターに相談に来られたケースではまったく問題なく診断も受けられたそうです。
 職場での告知、成功例もあるとはいいながらまだまだ慎重に行わないといけなさそうです。
 なお今20-25歳の人を境に赤ちゃんの頃からの保健指導のスタンスが変わり、発達障害の有無のスクリーニングをするようになっています。子供の頃に診断を受けたか、否かの境目がその年齢で、それより上の人たちは自覚のないまま大人になった人が多い、すなわち「職場での告知」が問題になりやすい、といえます)


■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

正田:最後、自己判断で変なことをやってしまう人というのは。
 仕事でお出会いする方にそのタイプの方が多くて結構苦労しました。上司部下関係ではないので注意したり叱責したりというのはできないんです。

広野:自分が自己判断でやってしまっているということを認識していないということですよね。
本人さんは自己判断でやってしまっていることを気づいているんでしょうか。

正田:たまにご本人の若い頃の同僚から話を聴けて、若い頃からそういう傾向があった、とわかることがあります。
それがコーチングの研修を受けた経験者も多くて、「自分で判断するのは、いいことだ」と思ってしまってるんです。「君はどうしたい?」というノリで。

広野:ああなるほど…。「それはダメだよ」と誰かに言ってもらわないと。

正田:多分上司の方が言いにくい雰囲気もあると思います。

広野:この冊子(「発達凸凹活用マニュアル2」発達凸凹サポート共同事業体発行)の26ページ、「報連相の1」は自己判断の失敗なんです。これの原因は、(ADHDの人の)興味の偏りですね。自分で「これは報告したい、これは報告しない」と決めてしまっている。
 あとは、「自分のやり方で仕事をしたい」気持ちが強い。人に教えを乞うとそれが変わっちゃったりするので、イヤなんです。
 自分の裁量でやってもいいかどうかの判断がまずできない。仕事というのは基本、自分の裁量、判断でやってはいけないことがほとんどですよね。

正田:なるほど、基本はそうですね。
 「任せる」「権限移譲」ということも一方で大事ですけれども、それはある程度経験を積んで判断力があると評価された人、という前提だと思うんです。
 その関連で何度も痛い思いをしまして、例えばわたしが「このやり方でやってください」と指定したことを、間に入った人が書いてあるのを無視して「そうでないやり方でやっていいです」と言ってしまう。その指定したやり方でないとまずいことが起きる、とわかっていたわけですが、見事にそのまずいことが起きました。

広野:それはADHDの入っている人かもしれませんね。その場合は、「こういう風にしてください」と言われたことを、「あ、めんどくさいな」「適当でいいや」と思ったらそうしてしまう。自分にとって興味のないことはスルーしてもいいと思ってるんです。
 そこは相当言わないとダメですね。怒るぐらいでいいんです。「これをちゃんとやってくれないと何の意味もないんだ!こんなにお金かけてやってるのに、何なんですか!」と。

正田:そこまではいかないけれど割ときっぱり言いました。するとその人は「正田さんが怒った、怖い」と周りじゅうにメールを書きまくったんです。

広野:それでいいと思います。私は当事者サロンで人の領域に踏み込むことをしたりとか、ちょっとナンパ的なことをしたりした人にはきつく言うんです。すると向こうは「ゆいさんが怖い」と周りに触れ回るんですけれど、私はそれでいいと思っているんです。「いけないことは、いけない」ときっぱり言わないといけない。でないとそれでいいと思われてしまいますから。
 
正田:ハードな体験をされますねえ(笑)

広野:言われたその人はショックを受けたから悪口を触れ回るようなことをしていると思うんですけど、やっぱり「してはいけないことは、いけない」とラインを守らないといけないですから。でないとADHDの人は適当でいいと思っちゃうんです、興味がないことに関しては。

正田:今のお話は、会社組織でもだれが言っていることが正しいのか、だれが間違ったことをしたのか、見極めることが非常にむずかしく、そして大事なところですねえ。
発達障害の人が入っている職場で、「何が正しいのか分からなくなった、オレが間違ったことを言ってるんだろうか」と頭を抱えているマネジャーもよく見るんです。仕事としての本筋が分からなくなっちゃう。それは何が起きているか正確にみる目を持たないといけないですね。
今日は大変勉強になりました。広野さん、お忙しい中、ありがとうございました。このあとの講演がんばってくださいね。



あとがき:

 いつものことながら、1つ1つかみしめるように丁寧に答えてくださった広野さんでした。
 急速な人口減少の中、発達障害を含む障害のある人も戦力化していかなければならない要請があります。
 ただ実際にやっていくには細かい人間理解が要り、またそれと網の目のような職場のルールとを継ぎ合せる作業が必要そうです。
 その作業の全貌は2回のインタビューを経てもまだ「見えた」とは言えませんが、読者のかたが今抱えておられる難題にすこしでもヒントになれば幸いです。
なお何度も書きますように「承認」習得後の管理職の方にとっては、こうした多様な人間理解に基づくマネジメントの作業というのは段違いに「らく」になります。
 最後に広野さん、インタビュー起こしが遅くなり申し訳ありませんでした!
 こころよく修正に応じてくださり、ありがとうございました。
 



広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp

 広野ゆい氏(NPO法人発達障害をもつ大人の会代表)インタビュー第2弾の2回目です。

 ここでは、ふだん正田が行わせていただいている管理職研修とは異なり、キャリアコンサルタントでもある広野氏のみた「今の若者観」があり、そこで必要と思われる再教育とは、というお話を中心にうかがいました。


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

ききて:正田佐与



広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答

2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か


正田:先日いただいた冊子(「発達障がいと発達凸凹はちがう?」NPO法人発達障害をもつ大人の会発行)のチェックリストを皆さんにやってもらった時、気づきますか?

広野:気づかない時もあります。

正田:自己愛傾向の人は気づかないということはないですか。

広野:時と場合によります。多分、タイプがあるんですよ。
 アスペルガーの傾向の人で、一方的な関わりしかできなくて、自分の枠の評価でしか世界を観れないタイプの人だと、自己認知が難しい。自分を客観視することが能力的に難しい。そういう場合は、チェックリストをやってもらっても周りからみたその人とご本人がみたその人が食い違うんです。自分が「できる」と思っていることが、「いやいや、できないでしょ」と周りは思っている(笑)

正田:うん、うん。それがあるんですね。
 アスペルガーの場合は、そうなんですか。ADHD系の愛想のいい人だとどうですか。

広野:あ、それだったらチェックリストできるかもしれません。自分が何となくしんどいと抱え込んでいることの正体はこれだったんだ、と気づくと、変わる可能性があるかな。
 ただ、あまり良くない状況にいる人だと、気づくことによってストレスがかかりますね。
 余裕のない人は気づくこと自体拒否しますね。チェックリストをやらせようとしただけで怒ってしまったり。やっている間にものすごく機嫌が悪くなってしまう人というのは、それを受け入れるような状態にないんです。
 ものすごく人の意見を受け入れない一方的な人に見えるけれども、本人は「いっぱいいっぱい」で、周りを考える気力もない人かもしれません。
 その人にもよりますが、一般にはチェックリストは性格チェックのようなもので楽しくできる。
 例えば「発達障害のことを理解したい」という支援者の方がチェックリストのワークに参加してくださったときは、最後に出た感想は「自分のことがわかってすごく良かった」と言われるんです、みなさん。発達障害のことを分かりたくて来たけれど、そうじゃなく自分の凸凹とか元々の特性をみることができて、これは多分みんながやったらいいもの。
 困った人に気づいてもらうということもあるんですけれども、それだけではない。
 例えば苦手なことを無理に頑張ると、普通の人でもすごいエネルギーを使いますよね。

正田:使いますよね。

広野:そうなんです。
 これは元々こっちの分野の人じゃなかったのかな、とわかって、そこまで無理しなくてもいいんだと思えて。「こういう(オールラウンドの)人にならなきゃいけない」と思っていたのが、「もともとそういうタイプの人じゃないんだ」と気づくことによって、本来の自分の在り方に気づくことによって、無理なくできることを仕事にする、と変えていくことができる。

正田:本来の自分の在り方。ここの捉え方が難しいですねえ。遺伝的に可塑性のある範囲の自分、可塑性の「ない」ところまでは無理しない自分、でしょうか。ちょっと間違えると、自分甘やかしワードになってしまいそうな気がします、「本来の自分」というのは。

広野:自己理解を深めて、無駄なエネルギーを使わないで自分の能力をしっかり発揮できる、ということですね。
 みんながそのように「自分の在り方」を捉え直すその中でなお困った人が浮かび上がったときに「あ、もしかして(発達障害)」となるといいのかな、と。
 チェックリストだけであれば2−3時間あればできます。それに、では日常の扱い方はどう、メンタルヘルスはどう、という話が入るともっと長くなります。

正田:「承認研修」を受けていただいた受講生さんの中で「うちの部下は、もしかして」というお話がチラホラ出ますので、そういう場合はその研修をぜひお願いします。


■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知


広野:会社を対象にした職場環境の改善をテーマにした研修で、若手の離職率改善を狙いにして、それでみんなにチェックリストをやってもらおうという企画があります。発達障害という言葉を出すと会社側が拒否されるので、その言葉を使わずにこれをやってもらうにはどうしたらいいか。
 当事者の間ではずっとこういうことをやってきました。
 管理職研修はやったことがないので緊張しますね。

正田:管理職研修は、長年やってきましたので「承認」から入ると一番いい効果が出ることはわかっています。いろんな場面がありますから注意したり叱責したりするにしても、すべてのコミュニケーションの基盤になりやすいです。発達障害の人を部下に持った場合でも、「承認」は基本の考え方や心の構えとして持っておいたほうがいいものです。また上司自身にとっても幸福感が高く、ものを考える枠が広がったりしていい効果があるようです。
逆に「承認」の話を若い人にしてしまうと、承認欲求の暴走が起きやすいので、経営者から管理職までが共有しているといいことだと思います。若い人の承認欲求はそんなに煽らないほうがいいのだと思います。上司から自然と貰えるのは別ですけれど。

広野:そうですよね。
 若い人のはどちらかというと「自分を受け入れる」自分の弱みを認めて受け入れることが自分のありのままを受け入れることの第1歩です。
 昔は集まったら飛び回って遊んでいましたけれど、今の若い子って集まってみんなでゲームしているじゃないですか。それでは集団で遊んでいることにならないですよね。

正田:去年の夏「妖怪ウォッチ」にしばらくはまりまして、子供が小さいころのポケモンなんかと一緒だなと思いながらやってたんですけど、草むらに入るのでも本物の草むらに入るのとゲームの草むらに入るのでは全然違いますよね。

広野:そう。それにずうっとお母さんの監視下に置かれてますよね。

正田:わたしも四半世紀前、子供を育てたときそう思いました、その当時からそうでした。

広野:ずうっとお母さんの顔色を窺っている。そこから解放されて「じゃあ僕はどうしたんだ」とか「ちょっと悪いことをしてみよう」「ばれなきゃいいよね」とか、ザリガニを叩きつけて殺してみたりとか、その段階があるわけですよね。小っちゃいときみんなやっていたと思うんですけど。
 今の子はそういうことができないですよね。ちょっとケンカするとお母さんが飛んできて。

正田:はいはい。口出しまくるというのは良くないですね、お母さん方がお茶しながら子供をみていて、ちょっとモメたら割って入って。確かにそういう雰囲気があります。
 広野さんは子供時代は自由にお育ちになったんですか。

広野:うちは共働きだったんです。静岡県のすごい田舎で、私も放置されてたんです。全然、親に監視されていたということがないんです。
 父が多動で、休みのたびに「キャンプだ!!」と連れて行かれて、私は家で大人しくしていたいタイプだったのですごく疲れました。
 朝も弱いのに朝の4時ごろから起こされて「マラソンだ!!」
 それをやらされたけれど、朝は今でもダメなんです(笑)これは訓練じゃないんです。

正田:へえ〜。広野さんぐらいの世代の人たちだと、早期教育育ちの人も多いじゃないですか。

広野:ええ、ええ。

正田:それとは全然違う育ち方でしたね。

広野:全然違いますね。うちの田舎には塾というものはなくて、高校受験で塾に行っているという人もあんまりいなかったです。大学受験もそう。塾に行かないで自分で勉強している人が多かった。
 今の子たちの、あんなにびっちりコマを作られて朝9時から夜10時11時まで塾に行っているというのは、人として育っていく時間がないですよね。そんなで大人になって、「はい、今から大人になりました、はい自分でやって」というのは可哀想ですよ。
 素直に作られたプログラムをこなす能力は高いかもしれないですけれど、社会に出て色んなことを自分で考えて決めていくとか選んでいくことがたくさんあるのに、しなきゃいけないことすら気づかないとか。
 まあ、就職活動ぐらいからわかりますけどね。そのあたりから差が出てきますね。

正田:知り合いの大学の先生がプロジェクト型の授業をやっていて、限界集落、過疎化した集落に行って農業をやって再生させるというプログラムを、地元のNPOと連携しながらやっています。そこは学生さんも伸びているし能力も高いそうです。
 ただ、その大学の先生は元は銀行の支店長さんで、バリバリのビジネスマンなんです。みていて、「これと同じ事ができる人は大学の先生にはいないだろうな」と(笑)

広野:そういうことは必要だと思いますね。
 いい大学を出ていてお仕事が上手くできるかというと中々難しいですし、今の若い人の離職率の高さにある程度関わっているだろうなと思います。

正田:若い方で、ある程度いいほうの大学を出た方とお話したときの反応が、「これはASDが入っているからこういう反応なんだろうか、それとも入ってないけどこうなんだろうか」と思うことがあります。感情の応答がないとか、機械的だとか。

広野:あります、あります。本来は持っていたはずのその人の能力を(育つ過程で)無くなった状態で今ここに来ている、みたいな。「次の指示はなんでしょうか」という感じの人。
 その人たち自身が「自分で考えてやってもいいんだ」と気づいてもらう。そういう人たちって、基本的に自分自身を認めることができていない。自分という人間を感覚的に分かっていない。世間的にみるとこういう人になるために生きている。親の理想のために生きている。「自分」じゃないんです。そうすると「自分」が基本なんだよ、というのをやらなきゃいけない。
 それが若手の社員さんに通用するか、というのはこれからではあるんですが。
 単純に面白いな、とは思ってもらえると思います。自分が本来どういう人間なのか、認める。

正田:ただ、そういったものは就職前のキャリアコンサルティングの中でやっているかもしれません、それでかえって頭でっかちになっているかもしれません。

広野:それとこれとは全然視点が違います。性格診断、刷り込まれたもの。
 刷り込まれたものというのは本来の自分ではないんです。「こうなりたい自分」が「そうでなければならないと思っている自分」。
 そこを分かってもらうためにもうちょっと掘り下げて、元々の特性というところから見てもらわないといけない。
 でないと全然自分の特性と合わない職業を選んでしまうんですよ。

正田:はあ、例えば?

広野:例えば、「金融機関に就職できるのがすごい」と一般的に思われていると、計算が苦手であったとか銀行と合わない特性があっても銀行ばかり受けてしまう。周りからも勧められる。そうすると入ってから失敗しますね。
 本人がその仕事をみて「面白そうだな」と思ったからといっても、本人がイメージしている内容と実際入ったときの内容が違うんです。ほぼ違うんです。
 まあ、イメージしていたのと実際にやってみたら違うというのは別の仕事でもよくある話です。


■適性のない仕事についていたら


正田:今いるお仕事が自分に合ってないと分かったら、どうしたらいいんですか?

広野:思っていたのはこうだけれど、実際はこんなものなんだな、というところからスタートしたほうがいいと思います。でも「こうに違いない」と思っていてそれと違うと失望するというのは、土台がないからなんです。こういう(思い込みの)枠があって、その枠に現実がはまらなかったら不安でしょうがないんです。

正田:ある程度大きい会社だとその中に色んな部署があって、営業かもしれないし総務かもしれないし製造かもしれない。どこに行くか自分で決められるわけではない、という場合は?

広野:研修期間は、まあまあ研修なのでお勉強としてできてしまうとして、そのあとどこかに配属されると、何か「違った」というのが出てきますね。
「会社の理念がすばらしいと思ったから入りました!」となっても、現場がみんな理念に基づいて動いているか。実際入ったら色んな話が出てくると、「思っていたのとは違う」と思ってやる気を失ってしまう。
 その状態を受け入れて対応していく力というのがないと、お仕事って難しいと思います。
 それを何とかしようと思ったら、本人にしっかり見通しをつけてもらうとか、見通しを説明してあげるとか。
 そこができないでいると、仕事ができるできないに関わらずどんどん本人さんのモチベーションが下がっていって、それにさらに場の空気が読めないということが加わったりすると、もうそこにいること自体に意味が感じられなくなって辞める、ということになると思います。
 完全にその業務ができないで辞めるのであれば、合わない仕事についちゃったかなと思うんですけど、そこで「でも頑張ってみよう」と思えるかどうかというのは、その人が本来持っているエネルギーとか本人自身の適応能力によりますね。
 そこで自分を客観視できて「自分はこういう風に頑張っていこう」という見通しがつけば、やっていけると思います。
 上の人に認めてもらって、フォローしてもらって、客観視と見通しの力をつけていかないと、なかなか今の若い人たちは難しいのかな、と思います。
 
正田:本当に今、大人世代は若い人の難しさがわかっていないところがありますね。本当に難しいです。
 今の若い人は(大学卒業の)22歳まで自分を鍛える経験をしてこなかったですよね。

広野:大学で本当にいい先生に出会って真剣に何かに取り組むという経験をしている人としてない人ではまったく違う。教育の問題だろうなと思います。
 教育がうまくいってないことの責任を会社がとらなあかんのか?と。

正田:そうですね。根源的なところだろうと思います。


■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ


正田:強みの概念を割と使うんですけれど、あれも程度問題ですね。
 先日もご相談いただいた話題で、すごくミスの多い人がいる。愛想はすごくいい、社交性がある。どうもADHD傾向があるのではないかと思うが、前の部署ではそのミスが多いということは全然言わないでこちらの部署に異動させてきた。恐らく、ミスが多いという事実を言ってしまったらどこも受け取ってくれないから、伏せていた。ずっと前の前の部署からそれを繰り返してきているだろうと。
 上司の方はその人の社交性の部分を何とか生かしたいので、今は事務仕事をしているけれど対お客様のサービス中心の仕事に回そうかと考えておられます。
 しかしそれも正解かどうか分からないんです。私から言ったのは、
「私は最近そういった、社交的だけれどミスが多い人に仕事で会ったんですが、対お客様の場面で『えっ、そんなことやっちゃうか』と開いた口がふさがらないようなことがあったんです。お客様に迷惑がかかる場面だったんです」
と。
「社交性が高いのを活かすといっても限界はあると思います。強みを活かすといいと言われてますが綺麗ごとの部分がありますよね。程度問題ですよね」と。

広野:私がやる強み弱みというのは、どちらかというと「凸凹」の「凹」のほうなんです。
 自分を受容するってどういうことか。強みを認識することではなくて、弱みを受け入れるということです。弱みを受け入れて初めて強みを発揮できる。
 弱みを隠したり弱みで迷惑をかけている状態で強みを発揮できるか、というと無理なんです。
 弱みを自分で認識して受け入れて、そこをカバーしてもらえるようなシステムがあったり問題にならないような仕事をさせてもらって、初めて能力というのは活かせるんです。
 弱みを隠したり必死で自分だけで克服しようと思ったりしているとダメなんです。
 私も数字に弱いのに秘書をやったりFPをやったりしましたが、ダメでしたもの(笑)やればやるほどドツボになる。最終的に鬱になって辞めました。
 そういうことではなくて、「これはできないんだ」ということを諦めて受け容れて、それをどうやってカバーしてもらえるか考えると、私ができないことをいとも簡単にできてしまう人がいるわけです。じゃあその人と一緒に仕事をして、お互いに出来ることをフォローしあってやっていけば、すごくいい成果が出る、とやっとわかってきたんです。

正田:それは実際に体験されておっしゃるとすごい重みがありますよね。綺麗ごとで言っていると入ってこないけれど。

広野:鬱で死ぬ思いをしてきたんで(笑)
 そこは、「強み」って言いますけれども、ですねえ。強みの殻でがっちり弱みの部分を隠している状態でも、それは能力を活かすことにはつながらない。総合的に会社に貢献するとか成果を出すということを考えると、そこは出来る出来ないを受け入れてほかの人と協力してやるということですね。

正田:友人にも「発達障害かな?」という人がいて当事者の会に一緒にいってみよう、と誘ったんですが来なかったですね。

広野:働いている人がちょっと会社で集まれるようなコミュニティというか場を作りたいなと。その方がそういう方は来やすいかもしれないですね。

正田:それはいいかもしれません。
 その人は「自分も発達障害なんじゃないか」と何度も言っているんです。私からみると多少考え方が硬くて、例えば「Iメッセージ」が言えない。「安心しました」「嬉しくなりました」とかを、言うべきときに言えない。



■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


広野:そうなんだ。Iメッセージは、訓練ですけどね。私もかなり頑張りました。

正田:あ、そうなんですか。以前は言えなかったんですか。

広野:言えなかったですね、昔。
 まず結婚後DVを受けているときに、DVを受けていると知らなかったんです。

正田:なんで知らなかったんですか。

広野:例えば言われることが、
「お前は専業主婦でなんで1日片付けすらできないんだ」
「何やってるんだ」
「こんな家に帰ってくるオレの気持ちになってみろ」
とずーっと言われるんです。確かにそうなんです、それは事実なんです。普通の人はできることなのに私はできない。発達障害とわかる前は、私の努力不足だと。
 ただ、ADHDだと分かったのにまだ言ってくる。「これはでも脳機能の障害で」と私が説明しても、
「それは言い訳だ」
「お前はそういう言い訳をして自分のやるべきことをしていない」
とまた、畳みかけるように。
 それは正論を言っているように聞こえるけれども暴力なんだ、と初めて気づいたんです。

正田:サディズムが入っているかもしれないですね。

広野:そうなんです。
 会社でも彼はすごく頑張っていたらしいので、多分はけ口なんです。ずっとはけ口でいてほしいじゃないですか。でも私はずっとはけ口ではいたくない。そこでずれが生じてきました。
「私には確かにできないけれども、こういう風にしてくれればこういう風にできます、だからお願いします」
と言ってもダメ。だんだんキレて、暴れるようになってきました。
 で、「ああもう無理だなあ」と。
 私は元に戻りたくなかった、元に戻って大人しくしていたらずっと結婚生活が続いたかもしれないですけど。それはイヤでしたね。
 (ADHDという)理由があると分かったときに自分が不当な目に遭っているとわかって、じゃあそうでない関わり方って何だろう、とそこで勉強しました。
 それでアサーションを勉強し始めました。

正田:ああ、そこでIメッセージに出会われたわけですね。

広野:はい。同じ言い方をするのでも、「あなたはこうだ、ああだ」と言うよりも「私はこういう風に感じました」「こういう風に思いました」と伝えたほうが全然印象が変わるんです。言いたい、けれど相手を傷つけたくない。そういう伝え方を相当頑張ってできるようになったんです。
 それって、言い換えじゃないですか。頭の中で「変換」するんです。変換して出す、という訓練。
 1回それが上手くいくと気持ちいいんです。「ああ、これが『自分もOKで相手もOK』のやりとりなんだ」と実感すると。

正田:それは大変興味深いです。広野さんにとって、感情を表す言葉を見つけるというのはどんなことだったんでしょう。苦痛ではなかったんですか。

広野:DVを受けたときに自助グループに入ったんですが、「自分もOKで相手もOK」という関わり方が「ある」ということすら知らなかったんですよ。それでアサーションを勉強しないといけないかな、と思ったんです。
ところが、最初アサーションが失敗していまして、最初私はそこにぽんと受けに行ったんですけど、ものすごいトラウマになるほどきつかったんです。

正田:ああ、アサーションのやり方によってはきついといいますね。

広野:それが何故かと考えたときに、「自分を表現する」「自分を主張する」のがアサーションですよね。でも私には「自分」がなかったんです。自分の感情とか、本当はどうしたいというところがないんです。「ない」状態でそれをトレーニングしちゃったから、もう疲れてしまって、DVのフラッシュバックが起きて。
そのあと「フォーカシング」という手法に出会いました。自分の気持ちに焦点を当てて表現するというものです。たまたまカルチャーセンターで「自分の心の声を聴く」みたいなタイトルでやっていました。
まずリラックスを学び、心理学の基本的な講義もあり、その中で自分が今感じていることを感じ、表現する練習をします。
例えば
「胸のあたりに硬い感じがある。石のような」
「背中にすごく重〜い物が載っている」
それが究極何なのかは、分かっても言わなくてもいいし、それに対して自分はどういう言葉をかけてあげたらいいか。それに対して名前をつけてそれに対して自分で語りかける、ということをやる。それをしていると、「自分がどうしたいのか」という「感覚」が出てくる。
そういう「感じる」トレーニングを始めたんです。
そうすると、「そういうことをされたら、イヤだ」ということが分かってきました。

正田:イヤだって感じなかったんですか。可哀想…!

広野:そうなんです。全部が。
まあ、ひどいこと言われても当然な人間だと思っていたし、そのことに対してNOと言ってはいけないんだ、という感覚でした。そこを変えていくことができました。

正田:ラッキーでしたねえ。

広野:すると今度は、発達障害の人がアサーションを学んでいくにはどうしたらいいかを考えて「発達障害のためのアサーショントレーニング」というのを自分で作ったんです。
 健康な人向けのプログラムでそのまま上手くいけばいいですけれど、アサーションの歴史を辿っていくと、精神疾患のある人が自分を表現してそれによって回復していくというのが一番最初にあったようなんです。だから「健康な人」というところから少し引いて、自分自身が何なのかわからないような状態の人から出発して心理教育をして、そこまで持っていけるようなプログラムじゃないと。発達障害の人はそうじゃないと私が最初そうだったようにバタバタ倒れるだろうな、と。

正田:それはとても正しいと思いますね。
 以前にフェイスブックのお友達がシェアされた記事によると、ASDの人に向けてスキルトレーニングを先にやってはいけない。ASDの人にとっては感情の発露、感情の表現がまず最初に必要なのだと。

広野:あとは、何かをできないからといって人格とか価値が否定されるものではない、「人権」というところから入る。そこを知らないと、「自分みたいな人間は生きていないほうがいいんだ」と思っていたりします。そこまでやらないと、アサーションが目指すような「お互いがOKな関係作り」というのは難しいと思います。
 根幹にある自己否定感から、自分の存在に対する不安感を認めてあげてそこから改善していかないと、その上にある「強み」と一見思われるプライドの鎧のほうが無くならないんです。
 そこは通常の普通の人に対するプログラムでは、対応が難しいと思います。

正田:今、広野さんとお話していてすごく風通しのいい人だなとかお話していて楽しい人だな、と感じるんですが。

広野:だからむしろガッチガチに固まって何にもできていない人の気持ちもすごくよくわかるんです。でもそれを変えることができると思える、自分が体験しているから。
自分のダメだった経験が活かされるわけじゃないですか。それがすごく有難い。本当に辛かったんですけど、「あれがあったから、今これができる」と思えるんです。
皆さんに楽しくお仕事してもらいたいですね。



広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp


 広野ゆい氏(NPO法人発達障害をもつ大人の会代表)に2回目のインタビューをさせていただきました。


 発達障害をもつ人とマネジメントの問題、実はだれにもひじょうに身近な問題でありながら、まだ答えはありません。発達障害者を支援する側の人の守備範囲は「就労」にとどまっている感じです。その先は、仕事の場を預かる(経営者を含む)マネジャーたちにゆだねられています。

 
 今回は、昨年10月に行ったインタビュー(同11月8日ブログ掲載)よりさらに細かいところの現実に起こっているちぐはぐさとそれに対するノウハウについて、少し突っ込んだことをお伺いしました。


 広野さんが当事者の会を運営しながら培ってこられたノウハウ、実際の企業の中に点在するノウハウを突き合わせて現場の方にいくらかでもヒントになれば、と願います。

 

広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

ききて:正田佐与



広野ゆいさんプロフィール

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NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC) 代表
子供時代から、遅刻、片付けができない、周りに合わせられないなどの特性があり、忘れ物の女王、遅刻の帝王などと呼ばれながら学生時代を過す。専業主婦であった28歳でうつ病、31歳のときADHDと診断される。2002年に大人の発達障害のグループ関西ほっとサロン、2008年4月に「発達障害をもつ大人の会」を立上げる。現在は発達障害当事者の立場でキャリアカウンセリング、教師や専門職向けの講演、成人当事者向けの片付け・金銭管理セミナー等も行っている。
S47年生まれ。青山学院大学卒。ICDSキャリアコンサルタント。2級FP技能士。
NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)HP http://www.adhd-west.net/


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う

■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない


正田:引き続きよろしくお願いします。
 今年12月から施行される改正労働安全衛生法で従業員50人以上の企業でメンタルヘルスチェックが義務化されますが、まだ「発達障害」の視点はそこに盛り込まれていないですね。
 2013年の暮れぐらいの「問題社員さんセミナー」の時点では、個々の表面的な問題行動とそれへの対応法は話されたんですがその背景にあるであろう発達障害やスマホ依存といったところまでは触れなかったんです。

広野:そうなんですねえ。メンタルヘルス(への配慮)が義務化されていくと、こういう人たち(発達障害やスマホ依存)の扱いをどうするか、というところの責任を問われてくると思います。そこをどう上手く扱っていくか。そういう意味では、意識が進んできたかな、と思います。

正田:そうですね。

広野:その新しいメンタルヘルス法の中にも「発達障害」の要素はないようです。何かが起きないようにストレスのチェックをすることが必要だ、ということまでは言っているんですが、それがなんでそうなるのか、という原因のところまでは行けてないです。
 やっと、これまでは産業医さんや精神科の先生でも全然「発達障害」の人を診れない人がほとんどだったんですが、メンヘル法の成立でそのへんが変わってくるかもしれません。
 フォローできる人材が少なすぎるということもありますし、基準がしっかりできてない。原因はそのへんじゃないかな、という気がします。

正田:不思議ですね、例えば正社員を辞めないでも雇用できる仕組みの必要性を提言される弁護士の先生もいらっしゃるようですが、「発達障害」ということは言われなかったんですか。

広野:やっぱり精神障害という括りですね。一回鬱になってリワークしてきた社員について、前みたいに働けなかったり心理的な負担が大きくなってしまうタイプの方などを想定してお話をされていたみたいです。
障害者雇用促進法に精神障害の人は盛り込まれてますが、雇用が義務化されるのは2018年からです。
それに鬱の人が精神障碍者として手帳をとるかというと、鬱になったからといってみんなが手帳をとるわけではないので、また別の問題が出てくるんです。
 手帳をとらないけれども、普通の人のように働けない人たちがいます。一つの事情としては発達障害のような背景があるでしょうが、何らかの精神疾患というだけでそういう状態になる方もいらっしゃる。
 その中で発達障害はまだ(注目されていない)ですね。

正田:精神障害の方のリワークの問題全体の中で発達障害かどうかという背景情報はまだ重視されていないのですね。

広野:(精神疾患の方は)戻るのに何年もかかるんです。一回脳が破壊されているので、仕事自体には半年―1年で復帰できるかもしれないですけれど、元のパフォーマンスになるというのは4−5年かかる。そうなると皆さんのようにバリバリ働くということは難しくなる。そして無理したらまた鬱に戻ってしまう。結局はそれで上手くいかないというケースが多いんじゃないかと思います。
 ですから、回復する前に回復したかのように周りが扱うとまた発症してしまう。リワークするとき、戻ったときがゴールではなくてそこから後が新たなスタートになります。しかしそこが多分できてない。
 ベースに発達障害があると、またもう1つ難しくなります。やっぱり「仕事が出来ない(業務能力が低い)」というのがありますので。


■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか


正田:障碍者を多く雇用している企業で、意外に「軍隊式」という例があります。

広野:そうですね、結局は厳しくやれば何とかなるという発想ですね。

正田:ですね。

広野:東京のIT企業の特例子会社でも「軍隊式」をすすめている方がいて、予備自衛官をされているようでした。

正田:私、日本の製造業がなんであんなに「軍隊式」なんだろう、大声で命令するような指示の出し方をするんだろう、と考えるんです。ものづくりに就職する人に発達障害率が高くて、そういう人に適したコミュニケーションだ、と思ってやっているところがあるんじゃないか。

広野:そうですね。

正田:それが正しいというわけじゃないですよ。

広野:それよりはどちらかというと、沢山の人を一度に一律に動かして成果を上げるというのが多分軍隊式なんですよね。
 それがあてはまる人ばかりではなくて、発達障害の特性によってはそこ(軍隊式)からは外れてしまう。そうするとどうしてもそれに当てはまる人を選別されるし、枠にはまろうと無理をすれば不適応状態になってしまう人もいると思います。
 逆行している、と思いますね。これからもっと多様性を尊重したり、グローバルな会社を作っていかなきゃいけないときに。一律で、厳しく枠をつくってそこに当てはめていくというのは。軍隊式は一時的には成果が出るとしても、完全に逆行していると思います。

正田:私が想像したのは、「構造化」というのがありますね。自閉症やそのスペクトラムの人に対する手法で、明確なルールを提示してあげて混乱しないようにする。それが一部の発達障害の方にある程度有効だ、と思うと、どんどんそれが広まってしまったんじゃないか。

広野:そうですね…、確かにルールがあるということですごく安定するという側面はあるんです。あくまでも視覚的な認知の弱さを支援するためのもので、変化に対応できない部分はそれで対応できるんですけれども。
 でもそれをやればどんどん普通に近づくかというとそれはちょっと違う(笑)

正田:ストレスフルな環境に置いたら適応できなくなりますね。

広野:成果を上げられている工場が、ツールを決めて例えばカラーテープでしっかり囲ったりとか、みんなが使う道具は場所を決めてしっかり枠を決めて色分けしたりとか、そういうことをしているところが成果を出しているというのがあります。
 それは決して自閉症の人のためにやっているわけじゃないんです。みんながやりやすいように、と作ったルールなんです。誰にとってもその辺は、そうなんじゃないかと思います。

正田:その風景はよく見ます。きれいに色分けしたり、作業場と通路の床をテープで区切ったりしていますね。

広野:ああそうなんですか。やっぱりそこがきっちりしていると皆さんもやりやすいでしょうね。
 それはむしろ、「一律」というのが色んなレベルの人に対応できる。
 でも「軍隊式」というのは、そうではない。このレベルに到達させるための枠組み、みたいな。

正田:うん、うん。

広野:外れる人には優しくないですよね。

正田:ものづくりの場合、品質だけは譲れないというところがあるので、でないと「タカタのエアバッグ」のような問題が起きてしまいますから。そこをまずクリアしてくれる方をまず採用したうえで、おっしゃるような配慮をする、という感じになりますね。

広野:そうですね。
 基本、問われてくるのは作業スピードであったり、作業内容的なもの。そういう意味では「一律」でないと逆に製品にならないですから、必要なことかなとは思いますね。


■5Sに「発達障害」の視点を入れると

正田:「5S」は発達障害が関わりやすい場面で、「全員一律にこうしよう」とすると中にはその通りいかない人が出てきますね。
ある工場では、社員さんの中に、手に持った工具などをあちこちに置き忘れちゃう人がいるんだそうです。いくら言っても毎日のようにどこかに置き忘れる。
 そこで、「これは発達障害のケースかもしれない」と思って、
「ご本人さんの努力を求めるよりも、ほかの方が気付いたら元に戻してあげるという形でちょっとやってみていただけませんか?」
と、わたしから言ったんです。
 すると、
「それは違うと思う」
と言われました、社長さんが。
 えっと思ったんですが、その置忘れの人は結構職位が高い人なんです。課長さん。全体としては仕事ができる人だと周りに評価されているけれど、その工具を置き忘れることだけは無くせないと。
 前回のインタビューの中でお話いただいた、「その仕事の本筋の仕事ができている人」というケースだと思うんです。
 朝礼で置忘れの件数をみんなの前で指摘して、それでその人が自分で頭をかいて戻しに行く、毎日そんなことを繰り返しているんだそうです。
「あ、なるほどな、職位の高い人だったらそれでいいか」
と思いました。

広野:うん、うん。そうですね。

正田:その後また社長さんにおききしましたら、加工して作ったあとの製品がその置忘れの彼の現場では機械の周りに散らばるんだそうです。それを、自分で工夫して周りを壁で囲ったりして散らばらないようにしたので、散らばりが改善していると。ああ優秀な人なんだなあと。

広野:うんうん。
 そうですね、結構賢い人は自分で環境を整えたりシステム化したり、というのが出来るんです。それはその人自身が地位が高かったら許されるかもしれないですね。勝手にパーティションを作ったりするのは、下っ端の立場でやると怒られそうですが(笑)
 逆に、そういうことはその人に率先してやってもらったらいいですね。それをみて「ああ、そういうふうにしていいんだ」「許されるんだ」という空気ができます。

正田:そうですね。

広野:やっぱり本人さんがが気づいて改善してもらうためには、周りもそれを「責めない」という空気が大事です。責めないで「あ、これ出来てないね」と指摘だけすれば、「あ、直さなきゃ」と頑張って直すようになるんです。否定されたり叱責されたりすると、それが人格的な攻撃になっちゃう。するとエネルギーがどんどん無くなってしまう。対処ができなくなるんです。

正田:うん、うん。

広野:指摘はどんどんしてあげて欲しいんですけど、そこに人格否定的な要素を入れないというのは大事です。
 そういう人もいる、という理解ですね。基本的に、それがその人の「素」なんですよね。「素」を否定されるって非常につらい(笑) 「素」がそうなんだと認めたうえで、仕事上の支障が出るようだったら、何とか本人もカバーするということで補う、みんなも補う。それはその人だけじゃなく、ほかの人のそういう出来ないこともカバーしようという空気ですね。そういうものが出来るかどうか。
 だから、その人だけが許されちゃダメなんです。似たような別の人も許されないといけない。
 偏りが強い人でも弱い人でも適用できるような改善システムを職場全体で作る。「この人はできないからやらなくていい」「でもみんなはやらなきゃいけない」ということにすると、(自閉症)スペクトラムの中間の人がやりにくくなりますね。
 そうではなくて一番大変なこの人が出来るシステムをみんなに適用することで、みんながやりやすくなるように。
 そういう事例は実際にあるんです。
 例えば、情報伝達の仕方を口頭だけではなく、決まった事柄をメールにしてみんなに回すということを徹底した会社があるんです。そうすることでほかの人も抜けがなくなって全体が環境改善できた、という事例です。
 ですからその人だけを、ということではなくみんなが、ということが大事なのかな、と。

正田:なるほど。
 置忘れが時々ある、という方が、逆に自分の強いことを活かしてほかの方の苦手なことを補ってあげれればベストですね。意外に自然にそういう形になっているかもしれないですね。




■全体の質低下を防ぐには


正田:ただ、発達障害のある方の抱える困難が一様ではないですから、その困難に合わせてみんなのシステムを変える、ということができるかどうかはケースバイケースかもしれないと思います。
 もう1つ別のケースがあります。これは困っているケース。
 これもものづくりなんですけど、休憩時間を不規則にとってしまう人がいます。仕事の手は早いんですけれども、勝手に休憩をとってしまう。午前1回、午後1回の決められた休憩時間以外の時に、屋上にタバコを吸いに行ってしまう。集中力が長く続かないようです。
 その人が親分クラスなので、子分がゾロゾロついて行ってしまう。会社の半分くらいがタバコを吸いに行く。上司は「こんなところをお客さんに見られたら大変だ!」と人々をかき集めて職場に戻している。そこへ不満が出て「なんで彼だけが仕方ないんだ」「なんであの人だけが」という話になる。

広野:そうですよね。
 それは本人にちゃんと事情を説明してわかるかどうかですよね。
 そんなふうにみんなが(タバコを吸いに)行ってしまうと、お客さんが来たときに休憩時間でもないのに誰もいない、これは客観的にまずい、ということを一緒に考えてもらったら。
 
正田:おっしゃるようなトークを上司がしてみたら、本人は「会社には勤めてやっているんだ」という口のきき方なんだそうです。

広野:そしたら、ついて行っちゃうほかの人にも問題がありますね。「この人はこういう考えだけれどもほかの人も同じ考えなの?」と。
 その人が社長だったらしょうがないかもしれない。社長ではないんですから、勤務態度ということでいうと、マイナスですよね。勤務態度でマイナス評価になる、損をする、ということで考えてもらって「休み時間ではないから、行きません」って本当は言ってもらわないといけないですよね。
 結局は長い物に巻かれるとか、正しい正しくないよりもそっちについておいた方が楽だ、とか。そういう流れがあるわけですよね。
 そこは、特性の問題ではないですよね。意識の問題かもしれない。

正田:現実にあります。1人の「自覚してない発達障害」らしい人がその職場の空気を作って、周囲の人を巻き込んでしまい仕事全体の質が低下するという問題。
 そうすると、「その人は障害だからあなたがたとは違うんだ」というレッテル貼りが必要になってくるんでしょうか?

広野:その人だけが許されるより、許されないほうがいいんです。それは会社として認められないと。それでもやるんだったら勝手にやりなさい、だけど評価は下がりますよ、と。
 それが分かった上でそれを本人も選択するのであれば、それは別の問題で。

正田:それは巻き込まれて一緒に問題行動をとってしまう周囲の健常な人に対して、ということですね。

広野:そこはビッシリキッチリ、やったらいいと思います。

正田:その人にだけ認めるというのはやらないほうがいいということですか。

広野:やらないほうがいいと思います。
 それはダメなんだけれど、マイナスになると分かっていてそれでもやるのならどうぞ、という。給与が下がってもいいのなら、仕方ない。

正田:その本人は工場でもリーダー、係長級ですけど、リーダーから外した、というところまできいています。

広野:そうですよね。ついていく人も、そういうふうになるよ、という話じゃないですか。



(正田注:1つ前の項目とこの項目で二通りの考え方が出てきました。
「当事者が許されるならほかの人も許されるような当事者の困難を基準にしたシステムを作る」

「当事者にだけ許すべきではない」
と。
 これが、常日頃考える
「当事者の抱える困難と仕事のルールをどう整合するか?」
「仕事の質の低下をどう防止するか?」
という難題のひとつです。
 時折、「すべての指示をメールで視覚的にわかるように発信するようにした」といった、整合の成功例はありますが、そのやりかたが「つかえる」場合とそうでない場合があるのです。非常にケースバイケースの判断になり、だれがそれを判断するのか、という問題も出てきそうです。結局5-10名程度の中小企業なら社長さんが感度のいい人であればすべての人に大きな不満の出ないやり方が自然と編み出される、という感じでしょうか。
 そう言っているうちに平成28年4月には「障害者差別禁止指針」と「合理的配慮指針」が試行されます)


■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


正田:発達障害の人の昇進昇格についてのケースをご存知ですか。

広野:自分より下の人とか同じ立場の人にはものすごく嫌なヤツ、という人だと昇進はしますね。

正田:嫌な社会だなあ(笑)

広野:上の人に気に入られるという要素が大きいですね。同じタイプの上司の人に気に入られるとか。何かで爆発的な成果を出して評価されることによってとんとん拍子で行ってしまうとか。そういうことで昇進してしまうことは珍しくないですね。

正田:上司は何を思って昇進させるんでしょうか(笑)

広野:今の企業さんをみていると、「気に入る」とか「気に入らない」だと思うんです。成果を挙げていて、気に入るかどうか。のような気がします。
 そこで特性的なものをみてバランスをとったり、自分と似たタイプの人ばかり引き上げるのではなくて、会社にとってどんな人材が必要かまで考えて昇進させないといけないですね。
 結局、人の見方が分からない。数値化は色々とされているとは思うんですけれど。その状況で成果が上げられるとして、では別の状況では成果は上げられるか。「これができるから、こっちもできるだろう」という考え方で人事をしてしまうと、ちょっときついですね。

正田:昇進昇格に絡めた嫉妬、という問題についてお尋ねします。
特例子会社さんで、発達障害の非常勤の人を常勤に昇進させたいが、周りの人がどう思うかわからないというご相談がありました。
 同僚の中からある人を昇進させるとき、「なんであの人だけが?」という反応がすごく強く出る可能性がある。どうも、発達障害の方には定型発達者以上に「不公平感」という感情が強く働きやすいんじゃないか、と。

広野:昇進させることは、逆にいいと思うんです。その人が常勤になれば、ほかの人もなれる可能性がある。
 その人だけが特別で、あとの人はまずなれないだろうとなると困りますけれど。

正田:仕事の能力は今いちなんだけれど、「不公平感」の問題で主張する傾向は強い、という方が2.3いらっしゃるみたいなんです。

広野:なるほど。ではその方々は、「仕事はできない」ということは自覚されてないんですか。

正田:能力について監督者から正確なフィードバックはしているはずなんですけど、単純作業で入力の仕事をしてもらってミスを指摘して、という。

広野:なるほど。その優秀な人は常勤になると、周りの面倒をみるというお仕事自体は増えますよね。

正田:そうです。

広野:周りの面倒をみるという部分があるからこの人は昇進できたんだと。「それをやるためにはこういうことやこういうことが出来なきゃいけないから、やっぱりそれが出来る人じゃないと常勤の立場にはなれないんだよ」という説明があれば、納得するかもしれないですね。
まったく同じ仕事をしていて1人だけ昇進させたら、不満が出ると思います。
 でも、不満を言う人には言わせておいたらいい、という気もしますが。何をやっても不満は出ますから。

正田:そうですね。
 ほかの職場で、かなり自己愛の傾向がある発達障害、と思われる方が課長に昇進しているケースがありました。上司はご本人の能力が足りないことや現実ばなれして自己評価が高いことはよく分かっているけれど、昇進意欲はとても高い人なので、昇進させれば「地位が人を作る」で本人も満足して能力も向上するか、と昇進させたそうです。
 結果的には能力が足りないのは同じで、周囲から「なんであの人が」と不満の種になっているという。

広野:そうですね、その昇進は間違った解釈かもしれないですね。多分永遠に「もっと、もっと」と欲が湧くタイプだと思うので。
 それよりも、自分の目指すところと実際とズレがあるということを分かってもらえるような教育が必要ですね。気づいてもらう自己認知の力を高めてもらうことが必要。



(正田注:あとでも出ますが、やはり「あなたはこの仕事のこの部分ができていない」という正確なフィードバックがすべての基本のようです。そこができて初めて昇任昇格の話もできますね)


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp

年末から引き続き、昨年11月に「承認」「傾聴」「質問」の全3回の研修を企画・アテンドいただいた関西の某経済団体の研修担当者・Nさん(30代後半、男性)のインタビューをお送りします。


 全4回の最終回。恐らく今後最大の難関であろう「2人目以降の講師はつくれるのか」などを中心に・・・。



****

柔道有段・凄腕担当者がみた「12年1位」の研修とは(4)―未来への想像力、幸せを願う気持ち


■嫉妬のマネジメント、「認められてない」感覚
■2人目以降の講師はつくれるのか
■ネット情報提供へもリスペクトを
■未来への想像力、幸せを願う気持ち


■嫉妬のマネジメント、「認められてない」感覚…



正田:Nさんに変なご質問をお伺いしてみたくなったんですけど、ご担当者の方は「嫉妬」ってなさらないのでしょうか?わたしが受講生さんに「超接近戦」で接して、宿題にも細やかにコメント書いて、というのをご覧になって、「ぼくもあんなふうに接してほしい」っていう「嫉妬」をお感じにならないのかなあと。これ、しょってるかもしれないんですけどこれまで経験したご担当者さんとの「悩ましい関係」の中にどうも「嫉妬」の要素があったような気がして、あえてお伺いしてみたいんですけど。


Nさん:そうなんですか。嫉妬がいかにして起こりうるのかを考えたのですが、ちょっと想像がつきません。アテンドしてる時は、そんな心の余裕はあまりないのではと思うのですが、世の中には、いろんな方がおられるんですね。


正田:変なご質問してすみません。そういうことが意外に多い気がしています。
 Nさんはお仕事のミッションとか「本筋」の感覚がはっきりされていらっしゃいますよね。世の中そうでない方も残念ながらいらっしゃるので…。そういう方には、研修の中でわたしがお見せする「愛」の要素は「目の毒」なんだろうと思います。


Nさん:先生ご苦労されますね。


正田:色んな種類の苦労がありますよ。
 難しかったなあと思うケースでは…。昔、うちの地元の経済団体さんでセミナーをやらしてもらったことがありました。雇用調整助成金なんとかセミナーというので、市場環境でレイオフかなんかしてる休眠状態の従業員さんに、遊ばしておくのはもったいないから勉強させなさいという趣旨のセミナーで、受講料無料。それの場合は参加する人のモチベーションが低いというのは最初から分かっていたんです。それで「正田さんしんどい思いさせるかもしれませんよ」ってそこの経済団体の上の方の人に言われて。講師をしましたけれど、案の定こう(突っ伏してる)だったし、告知もこういう研修だと分からせるような告知をしていないから、まったく事前に内容が分からないまま、5Sセミナーの次のコマにこれ(承認研修)を受けた、という感じです。


Nさん:はいはいはい。


正田:寝ますよね。


Nさん:固定観念としてそういう状況があって、ましてや本人さんがそういう休眠の状態、来ただけでナイスファイトですよね。またそこに当てがわれたというか、お招きした先生は大変ですよね。生徒にやる気ないのに。


正田:5Sセミナーの先生はやっぱり職場の色んなビフォーアフターの写真を入れながらお話をされたので、そちらのほうが具体的で分かるんですよ。人に対してどうするこうする、の話よりは。それの後だった、というのもかなり損しただろうと。


Nさん:それは休眠されてる社員さんですよね。何らかの原因があってお休みされてる方ですよね。ということは、そもそも認めてくれる人がいないという状況の方。「いい話やけれどそれホンマの現実社会であったらいいなあ」という先入観があるのかもしれないですね。


正田:そうですね、あまりにも究極の「認めてもらってない」セミナーだったかもしれないですね。
 そのセミナーに限らず、何でも「お前ダメだから行って来い」という送り出し方をされたら、「認められてない」マイナスの状態から出発して「承認」のお勉強ができるかというと、普通できないですね。選抜の段階でよく出る問題です。


Nさん:ホンマに、大変やったと思います。
 だから、管理職から変えていかなあかんというのは本当。下からボトムアップというのは、なかなか難しい。
それをしてもらえる働きかけが、コンサルティングでも研修でもどこにどうやって生まれているのか。本当に先生のされているところしかないと思うんです。
 僕の考えでは、今後信頼できる賛同者の方が沢山増えて、「ホワイト上司マップ」みたいなものが出来て、就活の人の役に立つといいのかも。そういうことも普及活動のお役に立つという気がします。「ホワイト上司マップ」という名前がいいのかどうか分からないですけど(笑)。


正田:企業じゃなくて、人ですよね。


Nさん:そうです、企業単位だと結局色んな人がいるから。先生は人にピンポイントで、その人を変える、という取り組みをされていますよね。ホワイト企業の中にもクラッシャー上司がいるという可能性は大いにあるわけだから。


正田:ありますね、ありますね。


Nさん:僕はそういうやり方ってどこにもないことだし、やる価値があるのではないかと思います。最初にお話させてもらった時申しましたように、社会問題の解決になるのではないかと思いますし。
 みなさん、「上司を変えることが大事や」と気づいている人は多いんです。でもそれを具体的にどうするの?というところに関しては、具体的な手法というのはあまり聞いたことがないですね。
 だからこの「承認」は重要な意味を持ってくる。
 みなさん知らないから。先生が長いことやって来られていることも。
 でも、本(『行動承認』)もこれだけ認知されていますんで、時間の問題かもしれないですけど。
(この後2015年1月、パブラボ社での絶版が決定。このあとの展開はどうなるんでしょうか…)


■2人目以降の講師はつくれるのか


Nさん:会社の仕事でもそうですけど、仕事でお客さんに喜んでもらえる人が「仕事できる」って評価してくれるところって中々少なくて、そういうこと以外の要因が出世の要因としてあると思います。仕事ができるという判断とは別に人間が勝手に序列をつけたがるということがすごく気になってまして、何を基準にそれを判断するの?と。


正田:公正な判断基準がない、ということは今、あらゆるところでききますね。長い間それに対する処方箋がなかった。


Nさん:先生はご自分でそうやって事業をされていると、判断するのは全部お客さんですよね。自分がやったことがダイレクトに反応として返ってくる。そういう中で色々な経験もされながら、やめることなく継続して前に進まれている。
 僕らが言うのは簡単だと思うんですよね。でも先生は見せへんところで大変な努力があって、自分を律してされていると思います。
 努力の天才ですよね、多分。


正田:この仕事は確かに若さだけではでけへんですね。「計算して落とす」というところはどうしても必要です。


Nさん:やっぱりそれってホンマに大きな仕事じゃないですか。


正田:大きな仕事だけれども、多分仕事が軌道に乗ったとしても収入は僅かだと思いますね。かつ、最近色々あって、落語家さんみたいに内弟子修業、徒弟制度のようなものがやっぱり必要だとしみじみ思いました。
 結構フェイスブックのお友達も何人か「それ徒弟制度だよね」「必要だよね」「うちの業界にもあるよ」と色々書いてくださって。


Nさん:冗談抜きで研修って、先生のあれを真似できるかというと、しゃべる言葉を憶えて順番も憶えて、なんて誰もできないし、それを何年かかけてというのはかなりみんな苦労すると思います。大事な根本的なところに流れているものを理解するのが。


正田:うーん、どこにOKのラインを設けるかですよねえ。
 わたしはこれまで「もう(承認を)教えてもいいですよ」ってほかの人に言って、痛い目に遭ってきたので、以前の失敗の同じ轍を踏みたくないとは強く思ってるんです。でもじゃあ内弟子修業というのはどういう風にやるのが正しいんだろう、というのはわたし自身分かってないんです。多分落語家さんがやるみたいに「おい『時そば』しゃべってみろ」って言って(笑)「今のじゃ伝わらんな」とか(笑)


Nさん:ですよね(笑)
 それだけ熱心に学び取るというのはどれだけ大変か。「感じ取る」だけでも大変。


正田:どういう人が「第2の講師」の候補になるでしょうね…。その人のこの社会に対する夢のようなものをお持ちになっていたとしたら。「夢」という言葉は曖昧で本当は嫌いなんですけど、こうあって欲しいという望みをそこに載せられるようなものだったら、一緒にやってもらえるんじゃないかと、わたしはちょっと儚く望んでいるんです。
 ただ、設立から6年経った今、NPOのままではそれはできないな、と思っています。NPOという名前をきいただけで、会員さんもON、OFFの感覚でいうとOFFの感覚でみなさん来られてしまう。するとこちらの「最高の仕事をしてご提供したい」という気持ちがそがれてしまう。
 そういうのはその人自身の感覚をいくら改革しようとしても、奥さんとか周りの人の感覚までは変えられないので、永遠に不可能なんだろうと思います。


Nさん:わかります。


正田:わたしは「最高の」という言葉を人を傷つけるために使いたくない。だからそこに人を駆り立てることはあまり出来ないんです。ただ、わたし自身が最高の仕事を提示し続けることで皆さんに何かを感じてほしい。「これに近いレベルのものを自分も提供する側になろう」とみなさんに思ってほしいと思ってやってきました。でもそれは「NPOの会員さん」には通じないんだな、と。



■ネット情報提供にもリスペクトを


Nさん: 僕はもう半年ぐらいメルマガとかブログを見させていただいてるので、初めから知っていたようなつもりになっちゃうんですけど、先生のブログの記事で「(相手の発言に対して)これってわたしが書いたことだよね」と感じるという、実際おありだと思いますけれど、ああいう錯覚が出ると思うんです。あの仕組みはなんでああなのかな?と。
 聞いたことあること、イコール自分が発見したこと、みたいな錯覚に陥ることがあるようですよね。それって失礼な話ですよね。


正田:ああ、わたしの「出典明記主義」はその意味もちょっと入ってるかもしれないです。武田建氏が発見したこと、太田肇氏が発見したこと、彼らの膨大な読書とか勉強から見つけてきたことで、そのプロセスにリスペクトを持たなかったらわたしは人に伝える資格ない、と思っていますね。
 そして本音を言うと、わたしのブログに書いていることも、わたしの読書と経験、観察を丁寧に照合した結果生まれてきたもので、ほかの人がまだだれも言ってないことも随分書いているのだから、もう少しリスペクトしてもらえないのかな、というのもあります。


Nさん:はいはい。
 それこそ先生が発明したことを「自分は元から知っていた」と勘違いしたとしたら、すごい傲慢じゃないですか。それをよくよく考えんと。
 僕が「一」から身に着けたものじゃない。先生が長い時間かけて発見されたことを学ばせていただいているわけですから。僕は一瞬勘違いして「できるかも」「やってみたい」と思ったんですけど。


正田:難しいところですね。みなさんが最初の一歩、職場で実践する時には、その「できるかも」「やってみたい」という気持ちの高ぶりのようなものが必要だから。
Nさんみたいに、「自分が勘違いしてるかも」という内省をする方は、むしろ珍しいんです。
わたしはずっと低姿勢でNPOの「仲間」に対してきて、
「みなさんがいてくださるから」
「みなさんが一緒にやってくださるから」
と、自分の受けた恩恵を主に言ってくると、みなさんその言葉の通り受け取っちゃう。


Nさん:「その奥を感じろよ」という話ですね。


正田:ある程度は仕方がないのかな、とも思って目をつぶってきた部分がありました。今回、「それじゃダメなんだ」としみじみ思ったわけですが。
 でも、今度は「じゃあわたしにとって本当に『仲間』と呼べる人なんて本当に誰なんだろう」と思ってしまったんです。
 Nさんは今度貴団体でご自身で主催してシンポジウムをされるということで、頼もしい。その経験をいつかうちの団体にも還元してくださいますように。


Nさん:修行します(笑)


■未来への想像力、幸せを願う気持ち


正田:わたしは一つの研修を実現するのに交渉に次ぐ交渉を重ねてやっと(実現する)、なんですけど、実現したときの「一般職の人たちを含めてどれだけ幸せになるか」というのが見えてなかったら、辛気臭い交渉なんかしないですよ。


Nさん:そりゃそうです、うん(笑) そこがなければね。


正田:それは本当に、ブログにも書いたけれどちょっとした未来に対する想像力だったり、幸せを願う気持ちだったり、それらが強くなかったらできないんです。


Nさん:そこまでやって本当に喜びにつながっていきますからね。


正田:これ(承認研修)は演劇でも音楽でも絵画でもない。それらも素晴らしいけれどまったくそれとは違う力のあるものなんです。


Nさん:それはそうですよね。
 時代が一番望んでいることですよね。一番足りてない。
 いつもこれとは違うことで誤魔化す、というと言葉は悪いけれど、突飛なインパクトの強いものでカンフル剤的に紛らわすということをしますけれど。肝心なことは何も変わっていない。そこへ行くと「承認」は凄いなあと。


正田:そうですよね。
 これからも大事にやっていかせていただきたいと思います。
 こうやって深いレベルのご理解をくださった心温かいNさんとご一緒にお仕事できたことは、本当に貴重な経験でした。ありがとうございました。
(了)
 

****


 全4回の連載はこれで終了です。いかがでしたか?

 少なくとも今生きている世代の人は生まれてから出会ったことがないであろう研修が「承認研修」です。

 是非次の担い手の方が出て来ていただきたい。
 そのためにもこうして真摯に味方になって発言してくださる方が出るのは得難いことです。

 一昨年より去年、去年より今年、少しでも前進していると感じられますように―。


 そして貴重なお話をいただいたとともに、4回にわたり休日を潰してインタビュー起こし原稿の校正をしてくださいましたNさん、本当にありがとうございました!


 このところ阿修羅のように闘っていた正田も「ほっこり」させていただきました・・・。


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Nさんに「仁王像」になってください、とお願いしました。

しかし中にいるのが阿修羅みたいな女でしかも最近ちょっと品位が。。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
 

 年末から引き続き、昨年11月に「承認」「傾聴」「質問」の全3回の研修を企画・アテンドいただいた関西の某経済団体の研修担当者・Nさん(30代後半、男性)のインタビューをお送りします。

 後にも先にもこの人はわたしが出会った中で最高のご担当者さんだったろうなあ〜、と思います。企画・事前告知・当日アテンド・宿題督促 すべての面において。

 全4回の第3回、今回は「スライド」「指示出し」「適正人数」など研修の細かいコダワリに着眼していただきました。


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柔道有段・凄腕担当者がみた「12年1位」の研修とは(3)―言葉の強さがわかった!


■スライドづくりの要諦「疲れさせないこと」
■実習で「指示出しの強さがわかった」
■実習と講義のバランスは
■宿題はやる意義があるのか
■「現業のマネジャーさんで助かりました」(正田)―場の空気は男っぽいか、女っぽいか
■人見知り研修講師の努力
■沢山受講させてあげたいけれど…適正人数のジレンマ




■スライドづくりの要諦「疲れないこと」


Nさん:スライドは、字が大きくて大事なところを書いていただいてますね。
 ポイントの高いところは大きな字にして分かりやすくしていただいてる。また肝心な説明は文字数をとってしっかり分かるように書いていただいてますので、すごく疲れにくい。


正田:疲れにくい。


Nさん:見ていて疲れないです。見やすい、ということです。


正田:そういう物差しって初めてききました。


Nさん:僕も経験少ないですけれど、テキストでも文字をダーッと羅列してあるのもあれば、表とかグラフ中心のテキストもあります。ちょっと分量が多いとか圧迫感を感じるようなのがあるんですけれど、その中では、先生のは簡潔ですよね。
 字も、小さいと疲れますよね。集中すればするほど疲れる。でも先生のは大きいし。僕はあまり目が良くないので。


正田:うん、みなさんそうですよね。


Nさん:ポイントを押さえてもらっているので、余計なことがないんです。教科書的に物事を追うと疲れますよね。でも見やすいようにスライドを作ってくれてるから、見やすいし言われていることもゆっくり聴ける。字を追うことに集中してしまうと、人の話が聴けなくなる。


正田:そうなんですね。
 えへへ。ささやかな自慢をしますとね。前、わたしビジネススクールに1か月半だけ行って退学しちゃったんです。ハーバード大MBA系の教育をすると銘打って、コンサルタントもよく行くところです。
 そこの入試を通って入って入学式の予備会合のようなものがあり、そこで20人ぐらいの新入生全員が、スライドを使って自己紹介とか入学の目的をプレゼンしたんです。
 全員終わったときに「だれの説明とスライドが一番わかりやすかったか?」先生が問いかけたときにみなさん「正田さん!」と言ってくれました。
 そこのビジネススクールは大学院だけじゃなく単科履修のシステムもあって、入学前にその単科をとっていた人は、その学校流のスライドづくりが分かっていたわけです。図形や矢印の組み合わせだけで説明する、という。コンサルタントさんのスライドってそういうの多いですよね。みなさんそれをやっていたんです。
 わたしのスライドもその図形や矢印もところどころありますけれど、それよりは普通の箇条書きを大きい字で書いてあげたほうが、自分にとっては分かりやすい(笑)。箇条書きのスライドを多めにして、一部だけ写真を使って、という構成にしたところ「一番分かりやすかった」と言っていただいた。
 コンサル業界の「図形で示す」というのをそんなにいいと思ってないんです。ずうっと図形と矢印で示す、それだけでロジックを追えるかというと、人間追えないんです。図形や矢印でロジックを示したつもりでも、読み取れないですよね。作る側の独りよがりになりやすいと思います。


Nさん:短時間であの距離でぱっと図形を見たときに、筋を追えるかというと、追えないですよね。
そうなんです、僕ら普通の人にとっては、理解するためには結論はやっぱり先生の話を聴くことだと思います。先生の話を聴いて理解する以外ない。資料をもらった時は「帰って何回も読み返して理解しよう」というつもりになるけれど、あとで読み返さないですもんね。
 教科書的に全部書いてあるとそれで満足しちゃうけれど理解はしていないんです。それに対して大事なところだけ箇条書きにしてあると、その場で理解できるし再現できますね。
 先生の資料をもらって、それだけ見たら講師を真似できると思うかもしれないけれど、そこへ行くまでの解説は口でしっかり説明してもらえないとできない。
 いい話を持って帰ってチェックポイントとしては「あの表」があって、チェックポイントとして活用すればできるけど「あの表」単独で人に教えることはできない。そういうことまで上手く考えてはるなーと思って(笑)


正田:それは手の内隠してるわけでも意地悪しているわけでもないんです。細かく書き込んでも読み取れないだろうと思うんですよね。


Nさん:なるほど、なるほど。そういう細かいところの配慮が面白いんですよね。すごいなー、と。
 意地悪だとかは全然思わなかったですよ。
 やっぱりそう思ったら皆さん、真剣に聴くでしょう。1回しかチャンスないから。後々考えても後の祭りなんですよね。
 だから「こういう研修は聴き逃したら損ですよ」と言ってあげるといいんですね。


正田:おっしゃったことは本当に大事なことで、「なんでこの『研修』という形が生き残っているのか」という話ですよね。
 スライドや手元資料の視覚的手掛かりと、加えて解説をしてくれる先生が音声で意味を送り込んでくれる。それが両方あって「わかる」ということになる。


Nさん:大事なことは今もやっぱり大事だ、ということですよね。
 先生の資料は、やたらボリュームがあってだらだら長くて、という資料ではないですし話もそれに沿って展開してくださいますから、追いやすいですよね。


正田:そうですか、ありがとうございます。


Nさん:録音は当然禁止ですけれど、録音を残したとしてあとで見て復習しようと思ってできるかといったら、できないですよね。それは甘えになるから、しないほうがいい。


正田:そうですね。そこまで考えたことなかったですけれど。


Nさん:話の筋を追いやすい。自分の現在地がわかるように構成してくださってるので、少々聴き逃したとしても追っかけられる。僕も2時間や3時間の研修で「ああ聴き逃した」というのがよくあって自己反省するんですけれど。


正田:ありますよね。わたしの研修でも実は途中でこっくりこっくりされてる方は必ずいらっしゃって、それはこちらからは必ずわかります。皆さんお疲れでもあるし集中力が続く限界もあるから見ないふりをしてるんですけれど。少々そういう瞬間があっても後から慌てて追っかければ追いつけるように、というのも思いますね。


Nさん:内容を落とし込むフロー(流れ)がはっきりしているので、追いやすい。また、先生は話があまりあっちこっち行かないですしね。
 もし皆さんが露骨にこう机に突っ伏してたりしたら、「この研修早よ終われ」と思ってるサインじゃないですか。でもスライドの方をみてるか、資料を1ページ1ページめくるかされているので、ああ集中してるなあ、話を追っかけてるなあと感じます。


■実習で「指示出しの言葉の強さがわかった」


Nさん:実習は全部やりやすかったです。でもいきなり「はい始めて!」って言われるのが(笑)


正田:あ、それ言ってました?どこだろう。


Nさん:みなさんが最初のほうであまり分かってないときがあるんですよ。あれびっくりしました。でも皆さんあれで顔見合わせて紅くなって、紅潮されて。目が覚めるなあという感じ。


正田:ああ、一番最初の実習ですね。2人1組で「あなたの強みは?」という。わたしも緊張していて変な言い方しちゃったかも(笑)


Nさん:ちゃうんですよ、いいんですよ。この前の「傾聴」の時もそうでしたけれど分かってる人と分かってない人といてて、「はい、始めますね〜」と言われると、「えっ、こんな風に始めるのいきなり!?」と(笑) 悪いんじゃなくてどんなワークでも最初そうなんですけれど。
 全体には和やかな感じで進みますから、皆さん真摯でちょっと恥ずかしそうな(笑)、いい感じですよね。押しつけ感というのは全然ないです。
やっぱりその瞬間急に脳が動くじゃないですか。あれをやればやるほど皆さんいい顔になっていきますよね。


正田:いい顔、そうでしたねえ。
 押しつけがましいか、そうでないか。実習の指示出しに関して、今回また受講生さんからいいフィードバックをいただきました。宿題の中でAさん(仮名)が言われていたことで、「言葉の強さがわかった」。多分、指示出しをするときの最適な語気の強さがわかった、ということではないかな、と思います。彼、立ち話できいたところによると実は過去に部下を潰しまくっていたそうです(笑)
 宿題へのコメントとしてわたしからお答えしたのが、
「この研修は実は指示命令のかたまりなんです」
と。
「はい、2人1組になってください。こういうお話をしてください。ではどうぞ!」
って、指示命令のオンパレードなんです、実は。
 ああいうのは、Nさんはどう思われました?


Nさん:やっぱり声のトーンとか口調が影響してくると思いますね。同じことをしていても、声のトーンによって全然違うと思います。男の人が、かつ横柄な人がやるのとは、やっぱり受け取る側の感じ方が違うと思います。
 同じことでも指示命令された時に受け入れられるときと受け入れられないときがあるじゃないですか。声のトーン、口調に優しさを持っているかどうかの違いだと思うんです。


正田:おっしゃる通り、そうだと思いますね。
 余談ですけれど「指示命令」については別のところで最近ご質問されたことがありました。
 新任のマネジャーで、「自分は人に指示することが苦手だけれどどうしたらいいですか」
 それにはまじめにお答えしました。
「わたしも『指令性(Commander)』という、指示命令する資質が低いんです。ワークショップのリーダーとしては不利な性格です。ワークショップリーダーは、シャキシャキ場を仕切れたほうがいいので。
 で非常に悩んだ結果、辛うじて今のスタイルにたどり着いています。まずは、相手にして欲しいことは『…してください』という語尾で、はっきり言う。『…してくださったらいいな〜と思います』みたいな相手が訳わからないような曖昧な言い方はしない。「これは指示出しなんだ」とわかるように、また「自分は指示出しをしてるんだ」と自覚を込めて言う。
 ただしその『してください』の語尾の中に優しさとかリスペクトを込めて。要は、これも承認の一形態ですよ、という気持ちを込めて。
 それで何とか研修中は皆さんが動いてくださるので、ありがたいです」
と。まあ多分うちの経理のYさんも言われると思いますけど、ふだんの会話もそんな感じですね。


■実習と講義のバランスは

Nさん:実習に対して講義の量が多いか、少ないか。
 量が多いという感覚にはならないですね、内容が面白いので。講義の中にもあるじゃないですか。「脳は貪欲なまでに成長を求める臓器である」と。聴けば聴くほどもっと奥がどうなっているのか知りたくなります。


正田:そうですか、良かったです。
 「承認研修」は意外と実習より講義の部分が多いんです。


Nさん:一番大変ですよね。初回で初見の人とやる、緊張感があって。
 でも話の内容が面白いんですよ。なんぼでも聴きたくなります。脳科学、遺伝子学まで考えてる研修ってほかにないじゃないですか。響きだけじゃなくて実証されてるじゃないですか。
 脳の話でも遺伝子の話でもみんな何となくわかる。オオッと食いついてみたじゃないですか、MRIの画像とか。あれも若い子らより自分らミドルのほうが何故仕事の頭の回りが速いのか、「すっ」と合点がゆきます。講義が長いからといって空気がだれることはなかったですね。
 量が多いかというと、説明の仕方が丁寧なので、これくらいの量が必要でしょう。4時間が長いという感覚はなかったですね。


正田:どなたかアンケートで言われてましたね、「あっという間でした」って。
 そういえば初回のときのアンケートで、「次回も期待しています」だったか「楽しみにしています」か、書いてくださったそうですね。


Nさん:はい、はい。
 実習は、内容を体感するためには絶対必要でしょう。マストでしょう、どう考えても。皆さん楽しそうにやってますよね。


■宿題はやる意義があるのか

Nさん:宿題。これは非常に大事やと思います。ものすごい緊張感が伴います。
 無理やりっていうことは良くないんですけど、何らかの適度なプレッシャーをかけるものがなければ、本気にならないですよね。


正田:ですよね。


Nさん:誰でも仕事は忙しいから、まじめに1から10までやれっていう宿題だったら、それは難しいと思いますけど。すごくシンプルな大事なことを上手く説明してくださって。
 面白いのが、「承認」ってやってみて初めて分かるじゃないですか。「照れくさい」って書いて返ってくるのが一番面白くって。そこを感じてほしいですね。


正田:うん、うん(笑)


Nさん:上司と部下ってそう分かり合えるものじゃないから、何もしない状態ではストレスを感じ合ってると思います。
 (承認を)言った瞬間って照れくさいけれど、相手が変わりますよね。それを先生から言われるだけじゃなく、受講生さんご本人が職場で感じるじゃないですか。そして自分も「らく」なんです。「どう思われてるのかな」と普段は思っているのが、「こうやったら仕事してくれるのか」と。
 自分でそれがわかる。最初の一歩をやっていただくところが一番難しいんで、宿題は受講生の方からしたらイヤかもしれないですけど大事な一歩。「恥ずかしいけど、やってみよう」と(笑)
 頭で分かるだけじゃなくて、自分自身が体で感じてみる。どう変化するか確かめてみる。確かめてみたときに「どう思う?」というのが一番大事。それ以上強制はしませんけれど、その初歩のところをやっていても効果は実感できる。
 コメントの仕方も、先生優しいですね。案外大人でもああやって返ってきたら嬉しいですよ。普段ルーティンでみなさん報連相の受け答えとかしてますもんね。
 コメントもね、皆さん気恥ずかしいと思うんですよ。子供みたいに。


正田:(笑)


Nさん:それでも認められたら嬉しい。「もっとやってみようか」となるのが人間ですよね。例外もあるでしょうけれど、普通はそうなりますよね。
 適度にプレッシャーかけて「やる」ように持って行って、やったら思い切り認めてあげて。この展開がすごいですよね。
 「宿題めんどくさい」という話が(事例セミナーで)出たそうじゃないですか。


正田:ああ、某パネリストの方ね。


Nさん:男はそういう「めんどくさい」という心理があるんですけど、でもめんどくさいと思いながらやってみたら部下が喜んだ、というまさかの展開じゃないですか。やってない人からしたら、めんどくさく見えるんですよ。仕事してほしい一心なので。
 現場の人から見たら意思疎通の改善に役立つきっかけ作りになってます。いきなり大きなことをやらせるわけじゃない、恥ずかしいひと言を出させる。すごくいい刺激になっていて、やっている意味あるんじゃないかな。
 だからこそシリーズ研修の形でやる意味もある。「明日また研修や、いこかー」だけで参加するのでは、あまり身にはつかないんじゃないか。こういう研修に宿題はあって全然いいと思います。
「恥ずかしいけど、やってみよう」
 宿題って大体「重たい」ものじゃないですか。でもやると返ってくる反応が面白くて、面白いとなったらなんぼでもやってくれるじゃないですか。やってみて経過観察して「あ、面白い」と思うからさらにもっと応用してみようかな、と思う。
 そこって自分自身が興味が湧いて、ワクワクしている状態じゃないですか。そういう状態になっているって、有難いことですよね。
 結果的にその人が「気恥ずかしい」のを乗り越えても、効果を実感できるような仕組みづくりをしていただいてますので、いい意味で分からざるを得ない。背中を押してくれる感覚はあると思いますね。
 やった人にしか分からない喜び、面白味。
 僕らも「宿題」って想像していたのとちょっとイメージが違ったんですが。


正田:ああ、そうですか。


Nさん:やっぱり宿題というのは「課題」という硬いイメージで、どう受け取られるかとヒヤヒヤしていました。そう思われたら中身も形骸化してしまうし、たとえ形骸化したとしても宿題を出していただいたことに感謝しようとは思ってましたけれど、蓋を開けたら皆さんやってくれたので、すごく有難いなーと。そこにすっごい意味があったなーと感じております。


正田:Nさんがあの中に入ってくださったお蔭です。


■「現業のマネジャーさんで助かりました」(正田)ー場の空気は男っぽいか、女っぽいか


Nさん:かなり男っぽいんじゃないですか。


正田:性格は男っぽいと思いますよ。「C」(主導型)だし。


Nさん:男らしい。表現が難しいですよね。
 あのね、敵意むきだしの強さじゃなくて、先生ご自身がリスペクトのスタンスでやっておられるんで、上からマウンティングするようなムードは全然ないし、まじめに、―それこそ「真摯」だと思うんです。
 これも「淡々と」というのとも違うんですよね。抑揚もついてるし。やっぱり表現が難しいなあ。
 やっぱり「向き合う」という姿勢がある。ナアナアで済ますという雰囲気を見せない。そこが一番大きいですよね。
 研修講師の先生を「優しい」「厳しい」と一言で表現できるか、というのも微妙なんですけれど、学びの場として一番適切で合っているというんでしょうか。
 やっぱり大人やから、得られるものを得てやっていきたい、それは子供以上に強いと思います。講師の先生がそれに応えれる力量があるかというと難しいと思います。
 先生はそれに応えられる以上の研鑽もされています。何を質疑されても動揺しない。「それはそうですねー」と言いながら真摯に向き合う姿勢をみせる。本当の余裕というのをお持ちになっているから、相手に警戒させない。真摯に講義していただいているから、受講生の方からみたら嫌みなくしかも論理的に教えてもらえるから、気持ちよく学べるのだと思います。
 柔軟というんでしょうか、色んな環境、職種の方が来られますが、柔らかく対応されますね。
 僕ブログだけみたらガチンコ勝負ばっかりの人かなーと。


正田:ハハハ。


Nさん:実際研修になるとそんなことないんですね、フワッと大きい感じがしますね。


正田:小さいですよ、小さいですよ(笑) 


Nさん:心では怒ってはるのかなーと思いますけどね。


正田:いやいやいや、貴団体のセミナーでは怒る場面ってなかったですよ。有難いことに製造とか建設とかの現業のほうのマネジャーの方が多かったので、すっと入っていけたと思います。あれで変な本読んで勉強して頭でっかちになっていると難しいところがあるんですけど(笑) 現業の方はむしろ、ゴツイようでも「行動承認」をすっと分かっていただけるところがありますね。
 怒る時もたまにありますよ、あんまりひどいときは。最近はないですけどね。


Nさん:上手くまとめきれてないんですけど、やっぱり相手を人間としてリスペクトする姿勢がおありだから。コミットしているというのも違うなあ、とにかく色んなことを教えていただけるんで、脳が喜ぶ。
 やっぱり「本人さんのため」を考えてやってくださるのを感じます。寄せ付けないとか、威圧感はない、ここまで「接近戦」でやってくれていても。そう感じさせないような配慮をしてくださっているからすごいな、と思います。
 強引でも断定的なところもないですよね。
 「空想的」というところもないです。現実から遊離しているかどうか、ということですよね。


■人見知り研修講師の努力


Nさん:先生は「親密性」がおありでしたっけ。


正田:そうです、「個別化」「親密性」とあります。


Nさん:「親密性」ああこれか、とわかりました。先生が受講者の方と1人1人挨拶しに行って、名刺交換して名前を憶えはるじゃないですか。あの感じって、ささっと(自然に)行かはるんで、壁を作らないんだなあ、と。これが「親密性」か、と。
 やっぱり最初はちょっと緊張しはるじゃないですか。でも初日だったけど初めての感じがしなかったんですね。あ、良かった、と思って。僕、「どうやってつなげようか」とドキドキしてましたもん。
 でも知らん間に名前とか憶えはって、発表とかのときも名前で呼ばれるじゃないですか。「あれー?半年ぐらいやってたっけ」という感じで。


正田:ああ、席順を紙に書いてたんですよね。


Nさん:あれが自然に、人懐こくじゃないですけど、壁を作らずしかも真摯に上手くコミュニケーションをとってはりましたね。


正田:そういう風に見ていただいてたんですか。ありがとうございます。
 そうなんです、「親密性」は何回やっても1位とか2位に必ずあるので、もう本当に生まれつきの固有のものだと思うんです。
 研修講師には本当は不向きな資質なんです。内向的で人見知りが激しくて、人前で話すのにものすごく体の緊張が強くて。
 なんだけど研修前にああやってちょこっとお話したり名刺交換したりすると多少和らげられる。
 本来は1対1で今日のように、「この1人の人とずーっと話していたい」というのが本来のわたしなんです。


Nさん:なるほど、なるほど。


正田:それが相手が30人になっちゃうとものすごく苦しい。今年はそれでも(30人規模のセミナーを)随分やらされましたけど、できればやりたくない。気力体力の限界を感じます。また受講生さんも目が届かなくてご不満だろうと思います。
 今回みたいに20人以内に収めていただくと1対1の延長線上で、20人ぐらいまでは何とか広げられるんです。
 全部の人の人生を愛しく思って、「この人はこういう風に40年生きてきたんだなあ」と一々思いながら話すのがわたしなんです。


Nさん:なるほど。
 強いか弱いか、というのは難しいところですね。弱くもなければ強くもない。強さ弱さということでは表現しきれない。
 温かみはありますね。


正田:多分、ブログできついことばかり書いているので心配されたと思うんですけど。
 ブログで文句垂れまくってるのはですね、わたしは基本ニコニコしてるし、セミナーも穏やかに進めば本当はそれが一番良いんですが、ただこのニコニコしてる「承認」の人間をみたときに、わざと挑発して怒らせてきたいとか、色んな人がいらっしゃるんですよ。そのとき、もしその人が事前にブログを見ていたらブログでいきなり一発かまされる、みたいな。「こういうことはあたしは嫌いだよ」とか「心の中ではこういう風に毒舌で思ってるよ」ということを分かっていただくと。「あ、この人にこういうことはしてはいけないんだな」と(笑)


Nさん:やっと分かりました。僕それが分かってませんでした。


正田:いやいやいや、Nさんは一線越えたりとかなさらないじゃないですか。すごくそのことに感謝しています。
 よく、変な親しみを持って一線越える方がいらっしゃってそれで疲れてますけど。


Nさん:やっぱりそれ(牽制)はしとかんとね。優しさの受け取り方を間違えることがありますからね。


正田:沢山いらっしゃいます。


Nさん:ナメてかかるとかね。


正田:基本人は好きなんですけどね。


■沢山受講させてあげたいけれど…適正人数のジレンマ 

正田:20人より30人がイヤ、というのは、人って「自分が30分の1だ」と思うとそれだけで「承認されてない」と感じてイヤなんだろうと思います。


Nさん:あ、なるほどね。
 当初、30人で告知していたので、本当に申し訳なかったです。でも申込み殺到したんです。


正田:え、申込み締切後も来てたんですか。


Nさん:来たんです。で、お断りしたんです。僕、目標設定をしようと思って当初は30人に設定してたんです。インパクトというか、それぐらいにしていたらそれぐらいの規模で(申し込みが)来るかなと思って。
 断るのがかたじけないな、と思って。
 でも、若手向けの研修で30人の研修をやった時、やっぱり居眠りが出たんです。
 一方で10何人の研修のときに「少ないなー」と上に言われたんですけど、10何人ぐらいやったら声も届くし、満足度とか納得度が高かったんです。なので少人数だとインパクトは弱くなるけど、アンケートとか結果、もろもろを考えたら、10何人ぐらいが一番いいです。
 一度、12人で製造の研修をしたときに「ああやっぱりこのぐらいが一番ええなー」と思いました。


正田:そうでしょう、うちの協会主催の講座は12人限定ですもん。


Nさん:ホンマですね。これぐらいじゃないと声が届かないな、と。
 それとその研修の場合は、部屋が「縦長」だったんです。今回の先生の研修で使っている部屋も、実は前面があれと逆で、僕がアテンドでいつも座っている端の辺が前面で、縦長だったんです。でも声が聞こえない。これでは4列目ぐらいの人から寝るな、と思いました。
 それを今回会場を「横長」にして使ってみると、その方が断然圧迫感がなかったです。
 そして前でデモンストレーションされるということだったので、ホテルの人が「あ、分かりました考えときます」と言ってくれはって、ああいう風にアレンジしてくれました。
 先生ご苦労が多いですね。


正田:いえいえ、お蔭様で横長で良かったです。
 今年夏の某所での研修が、縦長のお部屋で30人来られて、縦長のこちら側(右側)の席が壁にぴたっとくっついて、こちら側に通路がないんですよ。だからこの奥の席の人は本当に狭い空間に押し込められるような感じで、それが30人分縦長に続いていて。
 これはねえ、大人にとってはかなり苦しい配置だったと思います。


Nさん:聴いてるだけでもちょっと苦しくなってきました(笑)


正田:これ、2時間限定の研修だったらそれで良かったかもしれないですけど、1日研修だったんです。可哀想やったなあと思って。


Nさん:そこは一番判断に苦しむところですけど、応募は殺到しましたからね。やっぱりそれだけ意義のあるセミナーに関しては、人は「受けたい」と思う。募集する側としては「受けさせてあげたい」と思う、それが邪魔をする。
 本当に受講生さんのことを考えたら、少人数で受講させてあげたいですよね。
 (大人数だと)まず空気がしんどい。先生のおっしゃってたことは間違ってなかったなあと。


正田:ありがとうございます、分かっていただけて。
 ああいうときの(人数に関する)押し問答も、「うるっさいこと言うなあコイツ」と思う人もいてるし(笑)


Nさん:うるさいことないですよね。ただ「断る」というのが気楽にできればいいですけど、切なくてね(笑) かたじけない。
「初日来れないけれど残りの日程参加したい」というお問い合わせもいただきました。上の人にもプレッシャー掛けられてね。


正田:辛いですね…。でも初日来ないと、2日目以降もう話が合わないでしょう。


Nさん:まあね(笑)でもその気持ちが嬉しかったです。そこまでして受けたいと思う内容だったんですよ。あの告知の文面を見ただけでも思うんですよね。
 だからそういう人に受けさせてあげたかったなあと。


正田:皆さん本当に聴く姿勢で、取りに来る姿勢で。


Nさん:大人でしたね。


正田:さすが、貴団体の会員さん。

(第4回に続く)


※これまでのインタビューはこちらです

◇柔道有段・凄腕担当者がみた「12年1位」の研修とは
(1)論理性、背筋の伸びる瞬間、ナルシシズム
http://c-c-a.blog.jp/archives/51903851.html
■なぜ、僕が「この研修」にたどり着いたのか
■出典明記主義について
■論理的であることの価値
■背筋が伸びた、独特の話し方
■ナルシシズムと経営者の受講生と
■専門用語、敬語
■アクションについて
■とことん突き進むのはすごいエネルギー


(2)これは闘いなんやなあ!

http://c-c-a.blog.jp/archives/51904145.html 
■知識を詰め込むのか、現場を良くするのか
■傾聴ワークの優しい気づき
■「型で教える」ことの意味
■教えるとは「フォルダを作る」こと―「教えない教育」との決別
■これは闘いなんやなあ!
■社内研修と経済団体主催と自主勉強会、意識の差
■末永い真実とリスペクトの教育を



追記

 昨年末、「『行動承認』が日本総研・藻谷浩介氏の『今年の3冊』に選ばれました」とアナウンスした時、
「今年、僕がすごいものに出会ったと思ったのは、本当だったんですね」
感慨深げに言われたNさんでした…。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表の広野ゆいさんに2回目のインタビューをさせていただきました。

 前回のインタビュー後に再度湧いてきたたくさんの疑問を広野さんにぶつけてみたところ、前回同様誠実に淡々とお答えいただきました。感謝。今回は2時間になりました。


 例によって録音起こしには当分時間がかかりそうなので私的にハイライトと思うところのみ簡単にご紹介します:


 ●ASDの人特有の固定観念の強さは、性差別にもつながりやすい。性的役割分担の思い込み。

―わたしも経験上このタイプの人はよほど自覚していない限り、差別感情全般が強いようにおもう。一人の人が性差別も中国人差別も、またある職種の人を極端に見上げて丁寧な敬語を使う傾向も同時にもっていたのをみたことがある。また一部の人は、「差別はいけないことだ」と学習すると、いかなる場合でも杓子定規に「公平」を守ろうとするそうだ―


 ●ADHD傾向があると仕事上勝手な判断で変なことをやってしまうことがある。自分の興味のないことは勝手に省略していい、と思う。そういう人は厳しく叱ってよい。叱ると恨んできて悪口を触れまわることがあるが仕方ない。(注:管理者にとっては嫌な話だけどこういうことを共有するだけで「らく」になる人はいっぱいいるだろうな)DDACさん発行の当事者向け小冊子(マニュアル)には、「仕事は基本、勝手な判断でやってはいけないものだと心得よ」的な記述がある。
 
―またそういう人はなまじ「コーチング」をかじっているせいで、「あなたはどうしたい?」が正解だと、つまり仕事は勝手な判断でやっていいものだと思い込んでいるケースがある。そして上の人は「権限移譲」という名のええかっこしいで見過ごしていたりする。どんどん仕事の現場から「プロ」が減っている―

 ●ミスの多い、やはりADHD傾向の人。コンサータやストラテラなどのADHD治療薬で多少は改善するが完全にはなくならない。

 ●発達障害の診断を受けたときの本人の感情は、「ほっとした」が大半。とりわけADHDの人は小さいころから失敗しているため、診断を勧められるとかえって喜ぶかもしれない。ただしASDの人は中には告げられて絶望してしまうことがある(本人の差別感情のためか?)

 ●Iメッセージは訓練次第で発達障害の人にもできる。広野さん自身は「フォーカシング」という手法で身体感覚を言語化することを訓練した。そして「発達障害の人のためのアサーション」を独自に開発した。


 ●広野さん自身は「全体の6割の人が発達障害」と思っている。みんなが自分の欠点を認め、補いあえる社会になるのが理想。


・・・

 
 考えたくない、できればふたをしたいような嫌なことが、「発達障害」というものさしを持っていると理解できることがある。また対策も見えてくることがある。

 「ミスが多い」「勝手なことをやってしまう」という理由で組織の中でたらい回しに異動させられている人。前の部署の上司は、その異動理由を申し送りしない。言ったら行く先の部署が受け取ってくれないから。

 ふたをしたままだと本人のメンタルヘルスの問題につながることもあるし、また周囲の定型発達の人が振り回されてメンタルヘルスの問題が出てしまうことがある。


 正田も信じられないような嫌なことを経験してきたのを、割としつこく1つ1つ覚えているのだが、ちゃんと覚えていると「発達障害」という物差しを得てつながってくることが多い。


 けっして悪意ではないかもしれない、しかし本人は「自覚していないから他人に迷惑をかける」という罪はあるのだ。


 そして、「なんだそんなこと、ハハッ」と(アンガーマネジメント式に?)流すことばかりが解なわけではない。ただある程度「本番」ではこらえて流すスキルも必要だ。そればかりやっていると心労で身体をこわしてしまうけれど。
 これは心の声。


 

100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、今年11月に「承認」「傾聴」「質問」の全3回の研修を企画・アテンドいただいた関西の某経済団体の研修担当者・Nさん(30代後半、男性)のインタビューをお送りします。

 後にも先にもこの人はわたしが出会った中で最高のご担当者さんだったろうなあ〜、と思います。企画・事前告知・当日アテンド・宿題督促 すべての面において。

 全4回(たぶん)の第2回、今回は「教える」「型で教える」ことに関する、不肖正田が思索し実践し続けそしてNさんが見出した「真実」について語っていただきます。


****


柔道有段・凄腕担当者がみた「12年1位」の研修とは(2)―これは闘いなんやなあ!


■知識を詰め込むのか、現場を良くするのか
■傾聴ワークの優しい気づき
■「型で教える」ことの意味
■教えるとは「フォルダを作る」こと―「教えない教育」との決別
■これは闘いなんやなあ!
■社内研修と経済団体主催と自主勉強会、意識の差
■末永い真実とリスペクトの教育を






■知識を詰め込むのか、現場を良くするのか


正田:Nさんの担当者としての思いとしてどうなのか伺ってみたいことがありました。経営者管理者さんにこういうものをお教えするということは、彼らが部下のもとに戻って実践して、それでやっと部下がモチベーションが上がって、というようにワンクッション入ってるじゃないですか。そのワンクッション入っているものを目の前でみているというのはどんなお気持ちなのかな、という。
 例えば若手従業員さん対象のセミナーだったら、元気になる若手さんが目の前にいるわけでしょう。それと比べると。


Nさん:そこが一番の大切なテーマでして、実際に現場に戻って、行動変容につなげていただきたい、そうでなければ、何も変わらないので、そういう気持ちを理解していただける講師の先生を探し続けてました。
 そして、やっと理解していただける人にあったなと思えたのが正田先生だったんです。
 これは先生にお話したことなかったですが、色々自分なりに探して、最初のうちは、理解してもらえる方に、まったく出会えませんでした。実際、最後の結果まで追うことなどできないんだから…みたいな。一度や二度ではなかったんです。ズブのど素人が、初めての仕事で熱くなってるでみたいに、鼻で笑われることが幾度もありました(笑)でも、そこで終わってたら、なにも変わらへんやんと思いました。少なくても、来ていただいた管理者の方の心に残る研修ができたなら、変革を起こしていただけるのではないかと思い先生にお願いいたしました。
 変革を起こしてもらうためには、まず受講者の方にとって後々も思い出しやすく、残る研修でなければなりません。実際、正田先生の研修を拝見して、一つ一つ論理的に落とし込んでいき、その背景や成り立ちまで説明いただけるので、やはり、その時の納得感とか理解度も高いと思いますし、後々、学んだことが活かしやすいなと思いました。やはり、そこが大切なことだと思うんです。
 それから、今回の研修が満足感が高いと感じたのは、皆さんの筆記してる時の集中力。後々使えるかもしれないと思うから、一生懸命書いていただけていたのかなと感じています。ああいう時の様子で、なんとなくその日の納得感とか理解度が分かるような気がします。
 もちろん、今回は、最高の受講者様にも恵まれましたが、そういう真摯に受講していただける方だからこそ、もし、満足感が低ければ、厳しい態度も出ていたかもしれません。先生と受講者様には、集中を切らさず、取り組んでいただいていますので、本当に感謝しております。

正田:「満足度」というのも人によって捉え方が違って、よく人事担当者の方にあるのは、テンポが速くて次々新しい話題に切り替えてセミナーをやると、「いっぱい習えた」という満足度が高いみたいなんです。その人たちにとって。

Nさん:なるほど。
 ただ、今回の研修のような企業の変革とか課題解決というテーマであれば、やはりテーマを深掘りして理解してやっていく方が、結果的に定着ということを考えるといいなと拝見してて改めて思いました。


正田:やっぱり、「それであなたはできるようになりましたか?」という話なんですね。


Nさん:満足度というか、密度が違うんです。密度。
 若手従業員さん向け研修では、みんなこう(机に伏せて昼寝)してます。たまに役立つことがあるとびくっと起きるんです。

正田:アハハ。

Nさん:成り立ちを説明している箇所もあるんですけど、深く理解して説明している人と、理論だけ理解して説明している人とではやっぱり違うんです。前者の人だったら、こう(前のめりに)なります。
 それがなかったらお昼寝タイムです。口開けて寝てます。
 若手向けセミナーは、参加者は最初の時30人ぐらいおったんです。後々ワーク(実習)を入れたんです。その子たちが課題解決のプロジェクトを考える考え方。そのワークをしたときはすごく満足度が高かった。授業の乗りも「自分の向上につながるかもしれない」と前のめりになるんですけど、最初は営業職向けでも講義だけだったんです。そしたら昼からは後ろ3列がこう(突っ伏せ)ですね。午前中それだけ一生懸命聴いてくれてたんです。やんちゃな感じの子が多かったですけど。
 ゆったりなのと単調と違うじゃないですか。「ゆったり」は穏やかなんですけど、穏やかな中にリズムがあり、笑いがあり、考える時間があるから楽しい時間になるじゃないですか。学校の授業と同じですよね、特に大学ですよね。僕専攻は経済学だったですけど、統計学とかどんないいこと言ってくれてても寝てました(笑)
 それと一緒で、上げるところとか落としどころとか、知っている先生はやっぱり違う。単調な講義でしたら、短時間集中詰め込みですよね。

 だから比較にならない。大事にしようと思うポイントがそもそも違うと思うので。

 正田先生は際立っています。やっぱり結果にコミットされているじゃないですか。骨太の研修ですよね、一言でいうと。自分自身「受けて立つぞ!」という人はあんまり見たことがない。
 先生の研修はアクションのインパクトも強いし、それに対するみんなの反応、返りのアクションが大きいので、講義として締まってきます。密度も濃い研修になると思います。
 ですので次回ラスト3回目、すごく期待しているんです。もう空気も完全に馴染んでますので。

正田:ありがとうございます。

Nさん:最初のときの緊張感の中であれだけ密度の濃い研修をしていただいたというのが、やっぱり一番大きいです。
 3回目で「人はここまでこう動く」ということを自分で目の当たりにして、それを自分で言葉にすることによって「正田先生の研修はこういう効果が出ますよ」という言葉に力が入ってくるかな、と思う。最初は警戒もされていたと思いますが、どういう形で受講者の心に入って行って、こういう風に変わっていきましたということをお伝えしたいなと思います。(3回目までみられてここはいかがでしたか?)
 それを伝えたらみなさん分かってくださると思うんですよね。「ああそうなのか」と。


■傾聴ワークの優しい気づき


正田:そういえば、2回目のあのワーク(傾聴の実習のこと。「傾聴8本ノック」と銘打って8通りの聴き方の実習をしてもらう、非常にハードな実習)はいかがでしたか。ハラハラされたんじゃないかと心配でしたが。

Nさん:あれね、ハラハラするというのはいい意味やったんです。
 一番感じたのが、「これ(悪い聴き方)やられる側になったらイヤでしょ?」という。「それあんたらやってんねんで(笑)」。言いませんけど(笑)

正田:ハハハ(笑)そうそう。「みなさんは決してこんなことないと思いますが」と言いながら(笑)

Nさん:そう。あれが先生、お上手なんですよ。
「気づかせる」ってそういうことじゃないですか。反感を買う人って、そこで言っちゃうんですよ。悪くないんだけど「気づかせてやろう」というのが相手を抑えつける形でやると、そこで反発が起こるんです。
 「そんなことないですよねえ」と、敬意があると、「よく考えたらオレもあるなあ」(笑)あえて責めないわけじゃないですか。そこがやっぱりお上手ですね。

正田:それはね、研修講師のずるいところで、上司部下関係だったらもっとストレートに言わないと上司の責任としてあかん場合もあるだろうなと。やっぱり講師は基本「業者」ですよね(笑)「業者の立場で言えるところは基本ここまでかなあ」というところで抑えて、皆さんが考えてくださったら、と期待するんですよね。

Nさん:絶対そうですよね。ホンマに難しいところだと思います。
 例えば心から「お前ら変えてやるわ」という講師の方がおられたとして上手くいくかな、という。仮にその講師の方に圧倒的な威圧感があって、受講者が怖くて「変えなならん」と思って変えたとしても、それがストレスになって八つ当たりされてる方いますよ、多分。

正田:うんうん、そうですよね(笑)

Nさん:正田先生はそこまで読み切って配慮されて。あれが僕もみていて一番言っていただきたかったことだった。
「みなさんはないと思いますけどね」
「いやオレ、あるって」(笑)
 でも正直、いかつい人同士のペアのところは、「大丈夫かな」「怖いな」と思いました。びびってましたよ。

正田:あの「C(主導型)」のペアの方々ね(笑)

Nさん:でもみなさん大人の対応をしてくれて、理解してくれて、良かったです。
 
 みなさんに一番忘れて欲しくないと思ったのは、そこですね。
「やられたら、イヤでしょ」
 言うこときかんヤツおんねんって言う前に、自分もこういう態度をとってるからそうなってるところも多少はあるでしょ。そこに気づいてもらえたら…、ということです。
 その優しい気づきの与え方、その演出がエクセレントですよね。

正田:ありがとうございます、そこまで見ていただいて。有難いなあ。

Nさん:僕、楽しみたいんですよね。賢い人の考え方、思考法、メカニズム、観点がすごく面白くて。「は〜こういうこと考えてるのか」と思ったり、遊びじゃないけど一番興味のあるところです。

正田:Nさんは戦略性さんですもんね。

Nさん:面白いんです。その人がどういう戦略をもって「聴かせてやろう」と思ってるか、考えた跡が面白い。
 そしてみていて考えるんです。「どんなことあったんかなあ」「どうやってああいうことに行き着いたんかなあ」と。背景とかに思いを馳せるのが好きなんです。頭の中で勝手に盛り上がるタイプです。

正田:Nさんのその頭の配線ね。わたしも多分この業界の中では考えてるほうだと自負してるんですけれど、その考えた道筋をかなり正確に追ってきてくださってますよね。でもNさんはこの業界歴そんなに長い方じゃないじゃないですか。すごいなこの方、わたし12年かけて考えたことを、って。

Nさん:追っかけて楽しんでるだけですけどね(笑)ひょっとしたら誰よりも興味持ってるかもしれないです。面白いなーと思って。
 すっごく考えて作り込まれる方ってすごいな、と思っています。尊敬以外ないです。


■「型で教える」ことの意味


Nさん:すいません、しゃべりすぎました。
 「型で教える」はどんな印象か。
 これはね、大事なことだと思うんです。
 「型」が堅苦しいと感じるか、役に立つか、ということで言うと、「型」の意味が違うと思うんです。
 「自分が考えてきたことがすべてなんだ、これ以外は消してしまえ!」という威圧的な雰囲気があるかないか、です。あった瞬間、「型で教える」という印象はものすごく悪いものになる。

正田:ああ、それを是非きかせてください。

Nさん:「型にはめる」ということでしょうか。
 例えば僕、柔道をしてたんですけれど、技に入るのでも何ステップかありましてね。例えば引いて、回転して、投げる。
 それがなくて人がやってるのを見て「お前やれよ」と言われても、できるわけがない。
 先生が仰っている「行動理論」はすごく大事だと思います。行動理論がすごいと思うのは、僕なんか不器用ですから、順序を追って理解したいんです。一発でできたらだれも苦労しないです。まれに天才はそれをやっちゃいますけど。僕らみたいな凡人は「なんでこうなるのか」を教えてもらいたいんです。

正田:わたしもそれはありますよ。前どこかに書いたかもしれないけれど、お料理で「サシスセソの順番に調味料を入れるのよ」と言われると、「なんでサシスセソの順なん?分子レベルでどうなるん?」とそこまで教えてくれないとイヤだという(笑)

Nさん:そこまで理解したものがあった上で、何回も反復を繰り返して、ということが必要ですよね。
 立ち帰るための「型」が欲しいんです。間違ったところを修正するために、一番大切な基本のところは、やっぱり教えて欲しい。幹になるところを。
 それを教えてくれる正田先生の研修は、やっぱり僕は役に立つと思っています。これはやはり、聴いた人でないとわからないと思います。
 堅苦しく感じないかというと、オレがオレがと、教えるより自己顕示欲とかのほうに気持ちがシフトしてしまっている印象を与えてしまうと、これは「型にはめる」ということになる。堅苦しくてだれも聴くに堪えない、という状況になると思います。正田先生のはそれとは全く異質のものであると思います。

正田:ああやっぱりそこなんだ。よく、そこまで言ってくださいました。
 わたしがナルシシズムにものすごく神経をとがらしているのは、自分が「型で教える」というやり方をしているからだと思いました、今。

Nさん:なるほど。

正田:あのね、「型」に戻っていただくというのは本当に必要なことなので、あえて「必要悪」というか、自分でもマンネリズムなんじゃないかと思いながらお教えしているんです。ただ、それを教えているわたしの口調の中にひと粒でもナルシシズムが混じってはいけないのだろう、と。なんでか分からないんですけど以前からそういう気がするんです。

Nさん:受けている方からしたら印象論としてさっき僕が言ったようなことですね。
 正田先生の場合は、役に立つために「型」で教えているわけですから。
 例えば研修で「型」を持って帰れるということは、プレゼントを持って帰れる、武器を持って帰れるわけですね。
 だけど堅苦しいだけの「型」にはめられたら、気分も悪い、そんなん役に立つか!という話です。なおかつプレゼントがないというイメージになってしまいますから。
 だから「型で教える」ということも、そこにリスペクトということが流れていて、使えるものを提供していただいてるんで、これは役に立つんだ、と。

正田:実は「例の表」つまり「承認の種類」の表ですね。よくあるのは、あれを社内でコピーして配布して「これできるようになれよ」って言っちゃう、という。そうしたくなるのはすごく分かるんです。わたしもその立場になったらしたくなるだろうと思います。
 でも恐らく、あの表だけ単独で「これできるようになれよ」と言われたって、言われた人はできないだろうと思います。それは恐らく表とともに解説があって、その解説が人間的な温かさやリスペクトを伴うもので、かつナルシシズムを厳密に排除したものでないと。それがあって初めてあの表が生きたものとして心に入ってくるんだろうと思います。

Nさん:多分そうやと思います。


■教えるとは「フォルダを作る」こと―「教えない教育」との決別


Nさん:教えるということに確信を持っているか、覚悟を持っているか。
 これはもう、完璧に確信も覚悟も持たれていると思います。

正田:ほかの先生方がされているかどうか分からないけれど、「わたしはこれを本当に知っていると言えるんだろうか?」とすごく自問自答します。アホだって思われそうですけど。

Nさん:すごく謙虚だと思います。

正田:だから、例えばマズローの何々というのに言及するときは必ず原典の『人間性の心理学』、分厚い本はPDF化してiPadに入れてすぐ読めるようにしていますし、とにかく「自分は知っていると言えるのか」というのは、つねに内省はしますね。

Nさん:自信と覚悟ってまったく違うなあと思います。「オレの言ってるのは正しい!」「間違いない!」っていうのと、一歩踏み込むのは一緒じゃないですか。間違ったときに折れるか折れないかの違いだと思います。依怙地になるのか、言ってることがいいのか悪いのかきく耳を持ちますよ、という姿勢か。
 それが、「知っていると言えるのか」と愚直に突き詰める姿勢になると思います。
 自信って、「オレやってるし」「間違いないんだオレは」(笑)それとはまったく違うから、1回1回「正しいのかどうか」と確認しながら、きく耳をもつ。そこは全然違いますよね。
 そこまでおやりになっているので、確信をお持ちになるのは当然です。

正田:もう一つうちの業界のわるいところ。「教えない教育」とか「教えない人材育成」とか、ここ2−3年「教えない」というのが流行りの言葉なんです。
 90年代かな、学校教育の世界にも結構あったんです。「教えない教育」ブームが。気づかせるとか、ワークの作業だけやって気づいてもらうとか。
 わたしがこの業界に入ったときもそれは流行ってたんですけど、迷ったすえに「いや、違うだろ」「やっぱり教えなあかんだろ」と、スタンスを決めた時期があったんです。
 そのスタンスを決めた少し後のタイミングで、ある脳科学者さんの講演を聴きました。それは京都のATRのそんなに一般に有名じゃない方ですけれど、その方によると
「教えるというのは、学んだ人の頭にフォルダを作ってあげる作業だ」と。

Nさん:名言ですね。

正田:わたしも名言だなと思いました。フォルダに明確にラベルを貼ってあって「これは何々のフォルダ」とわかる状態になっているということが、学んだ人がそれをまたいつでも引き出せる、ということなんだと。

Nさん:すごいですね。

正田:そして、「気づかせる」ということに頼っていると、その綺麗な形のフォルダが作られない、と。ああ確かにその通りだ、と思いました。

Nさん:ホンマに思いました。
 教えるテーマによりけりだと思います。人を伸ばす、創造力を伸ばす、成長させる、という研修であれば、そのための時間も必要だし、創造させてもらえるような空気づくりも必要です。
 しかしこと、今先生にやっていただいている研修の内容というのは、「世の中が出来なかったから、ほっといたから組織がこうなったんでしょ」ということなので。この先ほっといて変わるぐらいならそもそも研修の元になった課題が要らないわけですけど、絶対必要です。
 基本がないと。土台のないところにきれいな家を建てても倒れるじゃないですか。みんなが上に立派な家を建てようとしてる感じがありますけれど。土台、スポーツや柔道でもそうですけど、基本が一番大事で、時々あかん時にきちんと戻るベースって大事。その一番肝心なところを教えてもらうことが大事。そして一番最初に時間をかけて教えてもらった方が、確実に結果として出る、と。その部分は時間がかかります。

 よく言うじゃないですか、今どきの子らは何でもかんでもサービスとして提供してもらっているから、してくれるものだと思っている、と。そういう角度でみたらそう。
でも僕がみていてあの子らの強みって何かというと、今どきの子って意外と、そういう考え方の基本を教えてもらってるから出来てる。色んなことをよく知っている。
 成り立ちの基本を知っているがゆえに、好きなことについては突き詰めて応用もきく。そのへんは、僕らの年代よりもあの子らのほうが全然すごいと思います。それは成り立ちを知っているからなんです。
 何を言いたいのかというと、やっぱりある程度最初の基本のときに大事なこと、「型」、成り立ち、を教えてもらったほうが、明らかに速く正確に大事なことを身につけていける。そのためには、正田先生がされているような研修の考え方はものすごく大事です。そこに意識を持てば、ね。
 研修時間(を短縮すること)だけにみんな意識が行っているわけです。でも組織を結果的に変わらせようと思えば、あの最初の「承認」の4時間を真剣にやったほうが、あとあと時間かからずして改善ができると思う。ここを慌ててやって結局時間がかかる、上手くいけば時間がかかる、悪ければ何も変わらない、時間も労力もムダやった、みんなが悪口言う。そんなことするぐらいだったら、やっぱり時間をかけて落とし込むべきですね。結果が欲しければそうすべき。
 そういうことですよね。先生が「時間をかけてやらなければならない」と仰るのは。

正田:その通りです。


■意外と大きい、「講師紹介」の影響力


Nさん:僕らの同じ立場の人(研修担当者)に、多分言っても分からないと思うんですよ。そこまでの気持ちが多分ない。

正田:(笑)

Nさん:先生、セミナー前に集客を気にしてはったでしょう。僕も集客は気になります。色んな仕事を並行してやっていますし。
 でも今、何が大事なのか。必要な、求められている研修とは何なのか。
 結果的には、告知開始数日で満席になりましたからね。
 先生の方も仕事を選別されて、「これは受けてやってあげないといけないなあ」という研修であれば、お互いが密度の濃い仕事ができるんじゃないか。僕ら担当とも話が出来るんじゃないか。
 今、先生も『行動承認』の本を出版されて、反応としては非常にニーズが高くて、それだけ望んでいる声があるわけですね。私どもの団体のようなところとお仕事をされると、温度差をお感じになっていらだちも多分あるでしょう。


正田:温度差は…、Nさんも多分団体の中でご苦労されたと思います。


Nさん:僕は「わがこと」というか、自分自身が好きやったから。ほかの研修でもそうですけど。やっぱり興味があった、結果にコミットしたかった。
 でも大抵の担当の人は、どう思ってるでしょうね(笑)僕、そういう人の心は変えられへんし。僕みたいな不器用なことをしてる人、あんまりいないですよね、この業界に(笑)


正田:よくぞ、Nさんはここまで、やる前から確信を持ってくださったと思って。本当に感謝申し上げたいです。ご担当者さんでそんなふうに「やる前からの確信」を持てる方は少ないです。持てるだけで才能やと思います。


Nさん:いいものだと思ってますので。もっともっとやってほしい、伝えてほしい。
 僕、争いごとはあまり好きじゃないですけど、こんないいことやってる先生がひどいことされたら怒りたくもなるだろうと思います。見ていて心配になるときもあります。
 今からの時代はそういう愚直にやっていることを、もっと骨太にアピールされたら、本当に人の心が動くと思います。
やっぱり人、動きましたもん。
宿題でも時間ギリギリにぱぱっと書いて送ってくれたのでも僕はいいと思ってたんです。時間を割いて送ってくれたことだけで満足しようと。


正田:宿題については、細かく声かけしてくださって本当にありがとうございます。
 わたしも自社主催の研修だったらあれを直でやることもあるわけですけれど、Nさんが真ん中に入ってあんなに丁寧に細やかに、相手の方が気持ちよくきけるように声かけされたので、「強制された」「無理強いされた」という意識なくみなさんおやりになれたと思います。
 細やかさのリレーでしたね。


Nさん:いやいや。先生もそういう感じでおやりになってたので。
 そこは流れ作業になりやすいところだと思います。言われるのもイヤやし。
 メールって、言葉が難しいじゃないですか。友達に「頑張れよ」と言っても、それが重くなったり、「これ以上頑張れるか」という話になります。それぐらい友達であってもメール言葉って難しい。
 ましてや知らない人に、こちらが優しい言い方をしたつもりで書いてもそう受け取らないことがある。忙しい時だったら「ちっ、なんやねん」となって次回来たときも気分が悪かったりする。
 だからホンマ、メール送るの怖かったんです。
 でもみなさん急かしのメールが来たから、「あ、出さないと」と思ったと思うんですけど、そこの急かしを入れる緊張感ですね、やっぱり気を遣う。
 でも(実際に承認を)したら、やっぱり喜ばしい結果が出るじゃないですか。
「結果が出るから喜ばしいんですよ」
というのは、やるまでわからへんですよね。それを口で言って分からせるのはなかなか難しい。
 そういうことに感化される担当者の方から順に輪が広がってほしい。
 いきなり「わっ」と広がるのは難しいと思います。
 僕も、お話していて楽しい。偉い、すごいことやと思っていますし。
 どんな気持ちで聴いているかわからへんのにちゃんと結果が返ってきて。今回来られた方はゴリゴリ系の方もおられたですけれど(笑)大人やったですね。
 おききしたかったんですけど、過去の受講者の人って何文句言ってきたんですか。何を角立ててたんですか。


正田:それはちょっと技術的な問題もあって一番当初は、わたし自身も下手だったところもあるけれど。
 主催者さんによる「講師紹介」の場への影響というのも、こういう研修の場合すごく大きいです。こちらからご担当者さんに「こういう講師紹介をして」と言ってないと、すごく変な形で紹介されてしまったこともあるし。
 また、講師紹介が「ない」というのも、参加者からしたら「この講師は自分で『12年1位マネジャー』と実績を誇っているけれど、主催者はそれを信じてないんだ」というイメージになるので、スタートから減点になってしまいますね。


Nさん:ハハハ。
 僕も講師紹介のとき、グダグダだったじゃないですか。


正田:そんなことないですよ。思いがすごい入っていて。
 緊張していても思いが入っているというのは聴かれる方はわかると思うんです。


Nさん:僕の卑怯なところです(笑)。


正田:あと発達障害のところで書いたんですけど、脳の仕組みがもともと「承認」とは真逆の方向にとんがってる方がどうしてもいらして、そういう方はこれを学ぶと苦痛なんだと思うんです。負荷が高すぎるんだと思うんです。そういう方が研修にとんでもない変なクレームをつけてきた、というのも過去にはあったと思います。


■これは闘いなんやなあ!


Nさん:その負荷をかける気持ち、勇気。それがすごいと思います。みなさん手間暇かかりすぎてそんなアプローチしないですよ。


正田:ありがとうございます、「勇気」って言っていただいて。ちょっと「勇気」大事にしているものなんです。


Nさん:僕ら一般人のファンが凄いなあと思うのはそこですね。効率を考えたらそんなことできない。


正田:「気づかせる」というのに頼っていたらできないです、負荷をかけるというのは。


Nさん:あえて泥水かぶる覚悟で進まれているから、1人でされていたらイラつくわなあ、と(笑)。心配ばっかりしてたんです。


正田:ご心配お掛けしたと思います。担当者さんも下手したら泥かぶるようなことなので、これは。
「泥かぶる」というのを言っていただいたのも良かった。玉砕の覚悟で真っ向対決するんです。


Nさん:面白いですね。ケンカですからね、ある意味(笑)。


正田:ですね、リンクの上の死闘をみているような感覚でしょうね。


Nさん:「本気で向き合う」というのをよく言うじゃないですか。そこなんだと思いますね。学校の先生でも「本気で向き合ってガチンコで行かないと分かり合えない」とかよく言うじゃないですか。
 論理的に表面的に綺麗にまとめることもできるんでしょうけれど、先生はドロドロの対決をされてきてるわけでしょう。
 ウルトラマン好きやった、みたいな話もされてたじゃないですか。面白い人やなー、と思って。


正田:多分ベースにそれはあるんだと思います(笑)。受講生さん決して怪獣じゃないんですけど(笑)


Nさん:僕らもハラハラしてるんですけど、まあ面白いんですけど。


正田:Nさんみたいに「これは闘いなんやな」と読み取ってくださっている方もいるし、ご担当者さんで全然そこが分からないで、「先生ニコニコして話してるだけやな」「あれやったら僕もできるな」と思う方もいるし。なまじ論理的な順を追った教材とか「例の表」も手元にあるし。
 

Nさん:僕、ムリです。マジでこれ、闘いやなと思いました。
 僕はこの仕事(研修)に入った当初、お師匠さんがいて生徒がいて、学びにくるものだと思ってたんです。学びの場だと。そこから何か持って帰るものだろう、それが大人だろう、と思ってたんですけど、そうじゃない。大人じゃない、人間の生々しさが出ますよね。


正田:そうでしたか。今回の3回の研修もそうでした?


Nさん:いや。今回の人たちは、僕からみてすごい大人の対応をしていただいたと思いました。学びに来た、理解しようとして来てくれたと思いました。
 受講生が若ければ若いほど色々いるじゃないですか。会社から派遣されてきて、嫌々でも来て座っていきなり寝る人もいない。ただ、せっかくだから何か持って帰ろうと思っても、お話されるポイントがずれてたり、かゆいところまで届かなかったり、というときに人間、集中力が続かない。すると態度にもそういうのが出るし、生々しいのも出るし。
 聴いているうちに先生のお話いいなあと思っても、現実はそんな甘いものじゃない。そうなったときにどうするかというのが、やっぱり真価を問われるかなあ。
 僕ら担当も後ろで聴いていると、ドーンと疲れますもん。気を遣って。


■社内研修と経済団体主催と自主勉強会、意識の差


Nさん:先生も前でしゃべられてて緊張されるのは僕らの比じゃないと思いますけれども、最初の頃どうでしたか。

正田:最初の頃はこうして講師を依頼していただくということがなかったので、ひたすら自分で非営利で主催して来てもらって、という。ですから最初からそういう気持ちのある人が受講生で来てますよね。そこで鍛えてもらったから、良かったのかな。

Nさん:ああ、はいはい。
 お伺いしたかったのは、学ぶ姿勢というもの。僕、最初はセミナーって一緒だと思ってたんです。学びに来るんやろ、聴きに来るんやろ、と。しかし違うんですよね。
 その学ぶ姿勢の差ってお感じになりますか。うちの団体主催のセミナーに来られる方と、そういう自主勉強会の方と。

正田:3段階あって、貴団体主催のセミナーだと真剣さで言うと中間ぐらいだと思います。うちの協会主催のセミナーに自分のポケットマネーで来られる方というのはさらに一段階真剣で。
 一番真剣じゃないのは社内の主催の研修。慣れ親しんだ人同士で2人1組のワークをやって、「はい今からパートナーと話してください」と言ってもなんかだらっとした感じでやられたりします。
 そして主催している人事の人に対するリスペクトもないものだから、「また変なの連れてきた」と思いながら参加するわけじゃないですか(笑)

Nさん:なるほどですね。社内研修って本当に難しいんですね。

正田:昔はというか初期の頃はそれをやらせてもらえなかった。全く採用されなかったから、逆に自主勉か経済団体さん主催セミナーか、そういう比較的真剣さの度合いが高いところでやらせてもらったので、それで「真剣にガチ勝負する」というスタンスが身についたのかもしれないです。もし社内研修ばかり最初からやっていたら、「かわす」研修講師のやり方になっていたかもしれないです。なんか予定調和で、「なーんちゃって、チャンチャン」っていう感じ。

Nさん:それそれ。予定調和ですね、はいはい。
 先生は絶対その予定調和がないですね。合理精神で、最後の着地点がイヤでも以前とは変わりますね。
 僕、先生のブログを最初読んでいて「怖いなあ」と思いましたけれど、でもある意味優しさなんだと思いました。ダイレクトに書かれているところもありますけど、でも考えさせる。

正田:12年もこういうことをやっていると、ときどき何のためにやってるか分からなくなっちゃうんですけど、結局は現場の人がものすごくいい状態で仕事して、スピード感も持ってぱっぱやり上げてお家帰って子供さんの面倒をみて、という循環を作っていい社会を作れるのがやっぱりわたし的には一番嬉しい。
 その結果をつくるためにはどこかとケンカすることも厭わない。別にわたしは傷ついてもいい。

Nさん:この心意気がいいです(笑)

正田:すみません、ハラハラさせちゃって(笑)
 Nさんは、その作業を横でみてくださる方もどういう品質でサポートすべきなのか、ということを身をもって示してくださった方ですね。事前告知のやり方、研修当日のアテンドの仕方、宿題急かしの総務の方とのメールのやりとりなど、どういうレベルの仕事をしなければならない、というのは分かってくださる方。そういう方と初めてお出会いしました。

Nさん:いえいえ、恐れ多いです。


■末永い真実とリスペクトの教育を


Nさん:今度、組織を変えてどういうところを目指されるんですか。

正田:いいご質問をありがとうございます。基本、こういう研修業なんです。
 名称からは「コーチ」という名前が消えます。コーチングの従来品にわたしは満足していないんだと思います。従来品のイメージをつけられると、わたしたちの提示したいレベルとは違うものになってしまう。
内容としては「企業内コーチング」、あるいは「承認マネジメント」です。武田建氏のことはリスペクトしているから、プログラムの中ではコーチングという言葉は使おうと思います。団体名からは外します。
 わたしは「公益性」「非営利」ということは好きなんです。武田建氏から「コーチの非営利精神」ということも教わりました。そのときに「商業主義のビジネスコーチングとわたしのやりたいことは確かに違うな」とも思ったんです。本気で相手に役に立つために、と考えたら、ビジネスコーチングの流れにも乗れないし普通の商業教育の流れにも乗れない、と。それで公益法人という形がいいんだと思います。


Nさん:さすがですね、自信をもった内容ですもんね。


正田: 「12年、1位マネジャー輩出」さらに昨2013年度だけでも(業績向上)事例を8つも作ってしまってますから、これは再現性のある真実の教育なんだという実感があったんです。


Nさん:1年で8事例ってすごいですよね。確かに、確かに。もっと誇ってもおかしくないです。
 だから企業が一斉にこっちの方向に動かない理由が僕には分からない。だって一番欲しいことじゃないですか。従業員にやって欲しいことをやってもらえなかったわけですもんね。エンジンの中にガソリンが空の状態で空回しで走っているわけですからね。


正田:いい表現ですね(笑)


Nさん:いや本当に。エンジン、焼けてるじゃないですか。
 人の心が動いて身体も動く、一番大事なところを突いておられますからね。
 「承認」じゃなくて「褒める」の場合、褒めたら一瞬だけ「ワーッ」となりますけれど、人によってコントロールしてくるような褒め方もあるし、疑わしいですよね。変に褒められるのはイヤですよね。
 それでも、エンジンが焼け付いてる人間からしたら有難いんですけどね。
 もっと前の、自分が頑張ってることを認めてくれたら、圧倒的に沁みますよね。「上がる」んじゃなくて「沁みる」んです。


正田:いい言葉だなあ。そうですよね。


Nさん:この違いを理解して欲しいですね。
 (「承認」のエビデンスを無視しようとする人は)目を凝らしてみてますか。目をそむけてるんですから、そりゃそうでしょ、という話です。
 僕だって認めてもらえたらもっと仕事できるのに、と思います。僕がここに可能性を感じたのは、こうしてもらったら間違いなく人は伸びる!本当に幸せになる!と思ったから。
 先生にご依頼して、今宿題などで結果が出始めているのをみると、やっぱりそうだ、と思います。
 頭が凝り固まった人たちからしたらあり得ない結果にみえると思うんですけれど。
「半沢直樹」で最後土下座させたじゃないですか。「ウワアア」ってなったじゃないですか。あの状況でしょうね(笑)大事なことだと分かってるのに、認めたくない。
 自分のことだと分かって痛い部分をいじられて反発しているのだと思います。
 先生がまずすごいのはそこに、反発を恐れずにガーッと食い込んでいくところだと思います。その上でグッとこらえて、変わってくれるところまで待とうという気持ちですよね。普通の人はそこまで出来ないです。そして納得させるための努力を惜しまれてませんもんね。
 下の人からしたら、「これが実際現場にあったらどう思う?」「やっぱり仕事頑張る」となりますよね。大事なのは間違いない。その大事なことをしんみりと、しっとりと、ズシンと、伝えている。そこによどみがない。
 みんなは「ない」って諦めてますからね。


正田:そうですよね、諦めてますよね。


Nさん:諦めさせるようなムードを作ってます。今までの歴史が。


正田:歴史的なところで言うと、ある世代の人、言ってしまうと団塊世代に特徴的に極端に人格の悪い人がいた。それは個人差がありますけれど、わたしの周囲の人では「あの世代がガンだった」という人が多いです。ナルシシズムとか悪意とか、組織がそれのせいで歪んだ状態になった。
 そのあとの流れとして、まず「コーチング」というのがブームになって、それの成功から火がついて心理学とかコミュニケーションの新しい流派が入れ替わり立ち替わりブームになったわけですね。ある時期はほめる研修の流行、そして今年、2014年はアドラー心理学。
 結局やったとしてもその時ちょっと嬉しいだけで、すぐ元に戻ってしまう。そういうものが繰り返し流行って廃れてきたわけです。それを繰り返してきているので、みなさん諦めていると思うんですよね。新しく流行ってきても「絶対ウソだろ」みたいに。
 『行動承認』がああやってジワジワとまだ失速しないで売れているところをみると、「こういう本物が欲しかったんだ」という人は沢山いらっしゃるんじゃないかな、と思うんです。


Nさん:ああやっていい本を出されて突き抜けられれば、人からイヤなことも言われにくくなると思います。「承認教育」浸透させたいですね。


正田:現実には、「この教育」が正しければ正しいほど反発してとんでもないことを言う人はいまだにいるので、永遠にそれはなくならないのだろうと思いますけどね。正しさの代償なのだろうと思います。
 でも傲慢な言い方なんですけれど、「この教育」はガリバーになっていかないといけないと思います。日本人の現状からしたら。

(第二部了)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 今年11月、3回にわたる「承認」「傾聴」「質問」研修を企画・アテンドいただいた関西の某経済団体勤務のNさん(30代後半、男性)。


 柔道有段者というごつい身体と、そこからは想像もつかない優しい心配りと語彙の豊富さと、また研修というものをみる目の厳しさと。

 
 Nさんの動体視力を活かした、「承認研修」が「12年、1位マネジャーを作り出してきた」秘密を語っていただきました!

 今回は全4回の連載(たぶん)の第1回を掲載いたします。


****

柔道有段者がみた「12年1位」の研修とは(1)
―論理性、背筋の伸びる瞬間、ナルシシズム―


■なぜ、僕が「この研修」にたどり着いたのか
■出典明記主義について
■論理的であることの価値
■背筋が伸びた、独特の話し方
■ナルシシズムと経営者の受講生と
■専門用語、敬語
■アクションについて
■とことん突き進むのはすごいエネルギー






■なぜ、僕が「この研修」にたどり着いたのか

Nさん:担当者として研修にアテンドしながらもったいないなあと思うことがあります。
セミナーを何のために聴きにくるかというところで、「サービスしてくれるもんや」と思っている。確かにそうなのかもしれませんが、自分が拒絶した態度になると、受け取ることもできないし、提供しようとしてくれている講師の先生も力を出し切れない状態になります。それをどうお考えになるのか、私などは気になっています。
 正田先生もおっしゃるリスペクト。リスペクトということを軽くとらえる方もいらっしゃいますが、あくまで礼儀ですよね。基本。
「親しき中にも礼儀あり」という言葉があるぐらいで、当然見ず知らずの方には。
「オレはそんなん変えられへん」というのはお客さんだからあるのは分かりますけれども、何かを購入することと何かを教えていただく、学ぶ、ということは少し違うと思いますね。「損得」とか「お客さん」という意識を捨てたうえでまず自分が学びに来たいんですよね、ということを意識していただくことが願いですね。主催者側としては。

 私は第三者的に見ていますので、そういう空気感があると伝わります。そういうことがないように、というのは苦心しているところです。


正田:Nさんは今のお仕事(経済団体研修担当)を今年5月からおやりになっているということで、それからすぐの段階で6月に当協会に連絡をとってくださったんですね。どういうきっかけでご依頼いただいたんでしょうか。


Nさん:それはちょっと長いお話になります。
 私は今の仕事の前に1年間ほど大阪で仕事をしていたんです。大企業の人材関連会社でやはりコーディネーターみたいなことをしていました。
 何かのときにこういう人の役に立つ仕事をしたいと思っていたんですが、その当時は今と少し違っていたんです。何かをして喜ばれて認められたいという気持ちが自分にすごく強かった、誰よりも強かった。というより目立ちたい、目立ちたがりのところが俄然出ていたんです。
 それで何やねんこのモヤモヤした気持ちは、と思ってネットで調べたときに「承認欲求」という言葉を初めて知りました。去年のことです。
 さらに色々調べるうちに、自分はやっぱり認められたかったんやなあ、何かをしてあげるより返して欲しかったんやなあ、と気がつきました。それですごく苦しくなって。なかなかそんな簡単に認めてもらえるということはないじゃないですか。それを無理やり引き出してもそんなに嬉しくないし。
 そして「諦めたら楽になる」みたいなことも色々見たりして、自分で自分を満足させる方法もないんかな、とも思ったんですけど答えが出ないまま次の仕事に移ったんです。
 そして今の仕事になったときに「新人の離職」という課題解決のためにこの「承認欲求」の問題を解決できれば、と思いました。それで調べてたどり着いたのが先生のホームページだったんです。そこに可能性を感じてお電話させていただきました。

 だから今回は皆さんのためになんていうことじゃなくて、私自身が解決したかった。私なんかがムズムズ考えていることが解決するなら、普通の人なんかもっと伸びていくだろう。かつ、前任の人は全然やっていなかったので、やってみたらどんな反応が起こるだろう、とこの研修は私の今年一番の楽しみでした。
 言葉は軽いかもしれませんが「尊敬」します。何に尊敬するかということですけれど、そこまで費やされた時間とか努力。
 だれでも結果をみるはずなんですけど、結果が出てるのに文句言う人って何なんかな、と思いますけれど、そうじゃなくてどれだけ時間をかけて、時間だけじゃなくてやってきたか。それはやっぱりすごいと思います。ぼくは出来ないからなんですよ。自分が出来ないことをそこまでやり切った人はやっぱりすごいなあと思います。
 それだけすごい人にお願いするのだからやっぱりそこは「敬意」を僕ら担当は持ったほうが、中身も充実してくるだろうし大事なことではないか、と思います。


正田:Nさんは本当に担当者としてポイントポイントをきっちりおやりになってくださっています。逆にそうでない担当者の方も少なからずおられるので、仕事の品質として気になっていますが。
(注:このくだりは2014年12月直近の担当者の方のことではありません。くれぐれもみなさまお気になさいませんよう…)
 NPOを団体として改組していく予定です。品質の訴求をしっかりしていく。これだけの高品質のものをご提供しているから、盗用はしないでください。社内で1年でやりきれないような人数がいる場合には2年計画、3年計画でこういう研修計画を組むように考えていただきたい。
 Nさんにお願いしたいのは、担当者として横で研修をみていただいていますので、ほかの業者さんも並行でみられている中で講師としての正田はどうなのか、研修としてどういう価値があるのか、というのを語っていただけますでしょうか。


Nさん:はい、了解しました。


正田:若手従業員さん向けの研修を並行しておやりになっているとのことでしたが、経営者・管理者向けにはほかには?

Nさん:経営者向けのは今年1回やりました。ほかの研修を担当されていた先生もどちらかというとマネジメントを専門にされている方もいらしたので、そことの比較になりますが、私が感じた正田先生の良さをお伝えしたいと思います。

正田:よろしくお願いいたします。


■出典明記主義について


Nさん:正田先生は研修資料に必ず出典を明記されますね。
 受講者のメリットとして、根拠のもとを知ることで、しっかり裏づけられたことから導き出されたものであることを理解できますので、納得感、安心感につながると感じました。人間は、興味を持つと、理解を深めるために掘り下げたくなるものです。しっかりと現場で活用するためには、考えて理解して、自分を納得させる必要がありますので、学んだことを定着させたいその時に、原典に素早くアクセスできるようにしてもらえていると、セミナーで聞いたことも、後々そういうことなのだと理解を深めていけると思いますし、しっかりと腑におちるようなインプットが可能になると思います。また、忙しいマネジャー様方にとっても素早くアクセスできるように配慮がなされているわけですので、理解を深めたい方にとって、とてもありがたいことなのではないかと思います。


正田:では、仮に出典が書いてなかったら、受講生さんにとってはどんな印象になったんでしょう。

Nさん:知らない人に対しては人間、警戒しますよね。言ってることがすごく良くても警戒する。「ホンマかよ」と思う。だからまずは安心感。言ってることが腑に落ちたとして、「この先生の言ってたこといいなあ」と思って後日もう1回調べ直そうとしたときに、深い学習をしようとしたときに困ると思います。そこで忘れ去ってしまう、ゼロに戻ってしまう可能性があると思う、調べる先がなかったら。
 こうした出典明記主義を打ち出していただいていることは、「定着」ということに関してすごく有難い配慮だなと思います。

 
正田:ありがとうございます。
 ちなみに少し補足させていただきますと、最近私がよその心理学系の研修に行って勉強させていただいたところ、資料に出典はほとんど書いてなくて。「転載厳禁」は書いてあるんですけれども。一番最後に「出典:○○協会プログラム」と、まあそこの認定講師の方なんですけど。そして研修中に時々講師から「これは私が言ってるんじゃなくて心理学で言われていることです」という言葉が入る。
 そうすると、「心理学でも色々あるけどどこの心理学?」と、私などはなるんです。私だけではなく人事部の人で似たような心理学系の研修をいっぱい受けている人もいらっしゃる。今はやりのアドラー心理学もあるし私のやっているような行動理論もあるし認知行動療法もある。「どこの系統の先生が言ってるの?」「どこをあなたは選んでるの?」という。
 そこまで言ってあげないと、ある程度詳しい人には不親切になっちゃうんです。心理学の中でも「これ」を選んでやっています、と。


Nさん:面白い研修であればあるほど、「どこから来ている」というのは必ずあとから見ますよね。それで「ああなるほど」となって、活かしていこうと思うんですよね。
 一番残念なのはあとで調べたくてもどこで調べたらいいのか分からなくなること。それで多分、結果が分かれてくると思います。
 そういうことで先生のように見えない配慮をいただいていると、受講者の人はそれが当たり前と思いますけれど、非常にありがたい配慮ですね。


■論理的であることの価値


Nさん:論理的だとなぜ分かりやすいのか。
 これは、テクニックか、その行動の成り立ちまで理解するのか、は大きな違いがあると思います。
大半の人は、早くテクニックを知りたい、早く答えを知りたいという思考回路になっておられると思います。
 ここまで順序立てて、ステップバイステップでやれば、チェンジ(変化)していきますよ、という説明ですね。細かくステップを刻んでいただいている。
 自分があとあと実際の現場でやろうとしたときに、順を追っていけるじゃないですか。講義を聴いているときも、ここからここ(遠く)へ跳ぶよりも、細かくステップを刻んでもらった方が、何というか味わいながら、理解しながら、進んでいけるじゃないですか。「この順序」を論理的に説明していただけるほうが、非常にわかりやすいです。
 ぼくらのように頭の回転がちょっと遅い人間であればあるほど、こうやって説明してくれるほうがありがたい。「懇切丁寧」という言葉が当たるかなと思います。

 それとそれが「見えない」ように配慮されているということが一番ありがたいですね。
 「これやったってんねんで(こうしてやってるんだよ)」というのがわかると誰でも聴きたくなくなりますよね。「いけ好かん」という感じ。
 でも、「こうして成り立ってるんですよ」と言ってもらえると、認めざるを得ない感じ。どうしても認めたくない人はいるでしょうけど。
 この研修のように、ここまで説明してくれてそれでも入らないというのであれば、それは私も仕方ない、と思いますね。「理解したい」という人にとってはこの上ない配慮。

 どういうときに論理的だと感じるか。
 一番最初に大事なことを説明していただいたうえで、そのうえで解説を必ずつけていただいている。
 その解説も、一方向だけじゃなくて、脳科学的なこととか遺伝子学的なこと、神経経済学的なこと、すべて色んな角度からみていただいてますよね。
 例えば一方向のことって、先生「騙し絵」のお話をよくされますけれど、見方によって全然違うじゃないですか。大体人間って一方向でものを見ていると思いますけれど、こう見ている人にとってはこちら側の側面は見えないじゃないですか。
 でも「こっちから見てもこうだし、こっちから見てもこうですよ」と説明してくれてる時が、一番論理的だなあと思います。それはなかなか出来ることじゃない。
 よそでこの研修を2時間で依頼されて困られる、というお話がありましたね。僕は半日でも足りないと思っています。1日研修で2日間とか、みっちり落とし込んでやっていくのがすごくいいなあと思います。4時間では詰め込みすぎのように感じます。1日間余裕をもってやっていただいた方が後々いいのではと思いました。
 元々今の仕事に僕が入ったときは、「忙しいんで2時間で凝縮してしゃべってくれ」というのがセオリーだったので、そういうものかと思っていたんです。でも、先日のセミナーでのアンケートでは皆さん希望の時間数に「半日」に○をしていましたよね。
 もし、上辺だけとかの面白くないセミナーだったら、この回答が1時間とか2時間になってしまうんですよ。「長い」という感想になるんですよ。


正田:そういう回答もあるんですか。


Nさん:あるんです。そうなっちゃうんです。
 これは、ご依頼するこちら側もその内容に応じた時間配分でお願いできてなかったために上辺だけの内容になってしまった、という場合もあります。そうなると主催者側の判断ミスですね。

 
正田:それは内容は本当は半日でお願いしても良かったのに、1−2時間でお願いしちゃったから受講生も「1−2時間でいい」と思っちゃう、ということかしら。


Nさん:僕は基本そういう形でお願いしないんですけど、たまに圧力に負けて(笑)1−2時間でお願いしたときに、物事の成り立ちって話しているうちに1時間2時間すぐ経っちゃうじゃないですか。ましてや論理的にしゃべってもらおうと思ったら、2時間だけで最初の論理だけで終わっちゃう。で何も質疑はできない、ということが起こっちゃう。
 ですので、こういう論理的な研修は、1日研修が基本になってくるかと思います。意志がある人に1日研修というのが一番効果が上がる。論理的に多角的に検証して、そしてステップバイステップで。


正田:人って、できれば論理的に納得したいですよね。
 私はこの仕事に入る前に医薬翻訳者というのをしていましたので、臨床試験の論文の書き方などは「門前の小僧習わぬ経をよむ」という感じで親しんでいたんです。それで論文がどういう成り立ちで出来ていて、ものごとを証明するにはどういう手続きをするか、ということには馴染みがありました。
 この研修はそこまで厳密な手続きをしているわけではないんですけど、人が新しい物事について他人から言われたときに「できれば論理的に納得したい」と思う気持ちは、そういう仕事を経験したからよくわかるかな、と思うんです。


Nさん:納得感を持ちたい、理解させてほしいというのが受け手側の気持ちですよね。そこまで落とし込んでくれたら、わかるでしょ。というお話ですよね。


正田:あと、仰っていた「正しいけどでも聴きたくない」という気持ちもやはりすごく大事で、論理と感情ですよね。「これ正しいよね」と「これ好き」と、両方感じていただくにはどうしたらいいのか。
 やっぱり正しくても「立て板に水」とまくし立てていては正しさは通じないと思いますね。だから時間枠、時間数というのは必要。
 じゅんじゅんと、時間をかけて1つのことを落とし込んで、また少し置いて次のことを落とし込んで。その「じゅんじゅんと(諄々と、順々と)」という感覚は大事だと思うんです。


Nさん:まったくその通りだと思います。ど素人の受け手からしたら有難いことです。
 セミナーにあまり期待していない、という方も中にはいらっしゃるかもしれませんけれども、こういう論理的なセミナーを一度受けることによってあなたの考え方が変わるかもしれませんよ、と言いたいです。


■背筋が伸びた、独特の話し方


Nさん:先生にお伺いしたかったことがありました。
今年9月に神戸での「価値観セミナー」に出席させていただきました。あの時と今回の「承認」「傾聴」「質問」研修の時は、スピードが違いますね。
 価値観セミナーの時はものすごく「内観」させていただくセミナーだったでしょう。「間」をしっかり取って、一段階ゆっくりでしたけれど、今回はスピード感というかリズム感がすごくいい感じで進んで、そして止まるときに「ぱん」と止まって。


正田:あ、それ見ていただきましたか。ありがとうございます。


Nさん:そう、あの「間」のタイミングなんですけど、息が上がる前にぱっと次へ行く、いい感じなんです。あれは人間の呼吸の間隔を測ってるじゃないかと思うぐらい。あの「間」のタイミングは先生独自でおとりになってるんですか。


正田:よく分からないです…。2008年の夏、ある倫理学の先生がうちのセミナーを見て、「正田先生『間』の取り方が上手いですね」と言ってくださったんです。それで初めて、「『間』を取る」ということを自分がやっているということに気がつきました。


Nさん:「間」を取りすぎると間延びするじゃないですか。あの「間」はすごく考える。ちょっと「間」を取ってバッとまた入るので、すごく面白かった。
 「間」の取り方のポイントを知りたかったんですけど、無意識にされているということですね。


正田:あそこですね、「このセミナーがここで終わったらどうなりますか?」という。


Nさん:はい。いやそれ以外にも色々な場面で。


正田:ああ、そうですか。


Nさん:今おっしゃったところも急激に受講者の方に「覚悟」を持ってもらう。
 僕は3か所、受講者の方が「ビッ」と「変わった」印象があったと思います。最初のときに「結果にコミットします」というお話をされていたじゃないですか。
「この内容を実践していただきましたら、必ず成果が出ますということだけは最初にお伝えさせていただきたいと思います」
と。


正田:言いましたっけ(笑)


Nさん:言われました。あの瞬間受講者の方の背筋が「ビッ」と伸びたのがわかったんです。セミナーによっては受け手が「何ええかっこしやがって」で終わるかもしれないですけれど、あれを言うか言わないかで全然違います。皆さんの気持ちが「入った」のがわかりました。「そこに責任を持って私やりますよ」ということは、やっぱり聴かなあかんな、と人間思うので。あそこはやっぱり凄いな、かっこいいなと思いました。
 自信がある話を人間、聴きたいじゃないですか。ああいう方々(経営者・管理者)って、自信のない声を聴くだけで100からゼロになる。
 ああいうことを言ったのを僕は聴いたことがない。それぐらい真摯にやってますよ、だから聴いてくださいね、というのはあるべきだと思います。


正田:今、「真摯」という言葉を言っていただきましたね。
 ずっと考え続けてるんです。「真摯」ってどういうことなんだろう。人間が脳をどういう風に使うことを「真摯」と言うんだろう。
 やっぱり「真摯」な人とそうでない人では能力が全然違うんですよね。100%かそれに近いぐらいそこにコミットしている人というのは、ものすごい力を出してすごいことをおやりになれる。「ふんふ〜ん」ってこう斜に構えちゃっている人は、それに比べたら20%、30%しか力を出せない。


Nさん:おっしゃる通りだと思います。
 お互いがそういう姿勢で向き合うために一番「がっ」という瞬間ですね、音が聞こえましたね(笑)かっこいいなと思いました。あれを言い切るってかっこいいです。


正田:そうですか(笑)


Nさん:次にびっくりしたのが、武田コーチングの話をしたときに「いいぞ!」っていう、あそこでみんなびっくりしましたね(笑)


正田:あ、そうですか(笑) あそこはちょっと発声が違ったかもしれないですね。


Nさん:あれがいいんだと思います。ここ一番というところに抑揚をつけて。わかりやすく説明されてるなと思っていると、ここ一番で「バッ」と超える。あの演出がおもしろい。
 人間、集中すればするほど疲れるじゃないですか、集中してないわけじゃなくて。だから時折「踊り場」じゃないですけど場面がガラッと切り替わるところがあると有難い。
 声のトーンは、腹式呼吸されてますね。最初「すごい声通るなー」と思いました。


正田:価値観セミナーの時はそうでもなかったでしょう。


Nさん:優しい感じでしたね。ゆっくり語りかけるように話されてたので、そういう感じでスタートされるかなと思ったら今回は「ぱーん」と入られた。


正田:個別化さんなので、相手が誰かによって発声法自体変えてます。これも近年になって自分はそういうことを無意識にやっていると気がつきました。
 差別しているみたいですけれど、相手が経営者さんだと腹式呼吸になるというのもあります。それくらい仕事にコミットしてはるな、責任とか覚悟を引き受けている人だな、そう思ったとき発声が変わったりします。


Nさん:経営者になればなるほど「圧」がすごいじゃないですか(笑)。それに打ち勝とうと思えばあれぐらい腹式呼吸で声を出さないと。甲高い声じゃなくウワッと「下から」声を出す。
 優しくしゃべっておられるけれどすごく声に力がある。それと「間」の取り方、抑揚。あれが考えさせますね。


■ナルシシズムと経営者の受講生と


Nさん:ナルシスティックなところは全然ないです。


正田:どうですか、色々な先生をみられていて「この人はナルシスティックだな」と思うことはありますか。


Nさん:めっちゃいい人ですけど、それ(ナルシシズム)で失敗しているという場面はみましたね。
 「上から」行こうとした人がいて。大学の先生だったですが。
 最初に「ほら、出来てないでしょ」と気づきを与えようとしたんです。それがもう大失敗で、「どんより」してホテルさんが気を利かせてBGM入ったぐらいで(笑)


正田:それは経験の長い方ですか。


Nさん:どうかなあ、いい方で、優しいんです。あんまり怒らなくて。お話が上手な方ですよね。だけど業界特有の、人をばかにするというか、自信があって「教えてあげてる」というスタンスで「ほらできなかったでしょー」「大丈夫ですか」とやるので、こちらはナルシスティックに感じますし受講者からしたらちょっと受け容れがたい。
 今年それが一番どきっとした瞬間ですね。


正田:うちの業界の一部の人が、強い相手向けに自分の優位を示そうとすることがある、要はマウンティングですよね。


Nさん:そう、やっぱりマウンティングやったと思います。最初にマウンティングして聴く態勢をつくらせて、という意図だったかもしれないですけど最初のそこで失敗して、あとは並行線ですよね、入ってこなかった。
 正田先生はそういうところがなくて、元々「リスペクト」。受講者に敬意を払ってお話いただいてますよね。


正田:経営者さんの受講者さんは、色んな人がいますが全体的に言うと、Nさんもそうですが柔道で組む相手の力量をかなり正確に測っている方々だと思うんです。

 
Nさん:ああ、なるほど。


正田:それは前に立った瞬間からわたしも見抜かれてるんだと思うんです。
 わたし自身はちっぽけな人間で経営者でもない、ただの女性研修講師なんですけれども、でもその存在を尽くして一生懸命やります、真摯にあなたと向き合います、というのをお見せするのが一番かなと思っていまして。


Nさん:本来そういうものじゃないですか。真摯に学びましょう、私が経験してきたことをお話します、それに対して敬意を払って聴きます、というのが。
 うちの団体でしていただく方はおおむねそういう感じなので有難いことだなと思っています。
 受け取る人それぞれでナルシスティックだとお感じになる方はいるかもしれませんが、先生は底流に「リスペクト」をお持ちになっているので、そういうところはありません。偉そうぶるということもないです。
 だからこそ人は話を聴くし、深く理解する人はかなり深く理解します。


正田:本当に今回の宿題はみなさん理解が深かったですねー。


Nさん:ありがとうございます。僕ドキドキして、「怖い怖い」「出してくれんのかよ」と思って。


正田:提出してくださったのが十何人で、その中に「これまではこんな深い理解に基づく宿題は十何人に1人ぐらいだ」という方が何人もいらしたので。このグループは凄い!と思いました。


Nさん:最初の話に戻るんですけど、論理的に説明していただいたので、受講者の方も理解して現場で活用しやすかったのだと思います。順を追って説明をされ、経過観察もされていたので、その論理性が宿題にもいい影響を与え、現場でのアクションにつながった。正田研修の大きな特徴だと思います。やはりそこに結果としてつながりますね。


■専門用語、敬語


Nさん:難しい言葉は、なかったですね。難しい言葉を使おうとする人はナルシスティックですよね。
 私もね、コンプレックス強い人は横文字を使いたくなるんですよね(笑)あるんですあるんです。
 受講生にもずっと敬語を使っていただいていますね。マウンティングするタイプの先生だと、マウンティングした後敬語でないぞんざいな言葉遣いになることもあるんですが、正田先生はずっと敬語を使ってくださってます。
 ただ、私自身はは「敬語使ってもらっているかどうかとかそんなん気にするな!勉強せえ!」と受講者に対しては思いますけれど(笑)


正田:いやいや、会社でその立場になったら気になられることだと思います。
 自分が職位も高い、年齢も経験値も高い。こちらがちょっとでも「なめた」態度をとったら、「お前ごときになめられる俺ちゃうわ!」となるだろうと思います。


Nさん:今回もそういう立場の方、いらっしゃいましたもんね。ぼくも見ていて「この人良く見てるなあ」と(笑)

正田:かぶりつきで受講していただいて(笑)怖いぐらい。

Nさん:やってることにはすごい理解をしていただいていましたね。あの人があそこまで理解ていただいて宿題も出していただいたということは、ほかの人も多分理解してくれていたと思います。一番「大丈夫かなあ」と思ったところですが(笑)

正田:いやいや、ありがたいです。


■アクションについて


Nさん:先程も申しましたが、あのアクションのところではビシッと背筋が伸びますね。


正田:ああいうアクションだということは予想されてましたか。


Nさん:全然。まったく想像がつかなかったので、ワクワクしていました。
 優しすぎるということもなく、ホンマに大人の雰囲気、大人の学びの場やなあと思いました。


正田:よろしければ、どうしてそうつながるんですか(笑)


Nさん:一般にセミナーでは一番大事なことは何かということに頭が向かず、マウンティングとか、損得を気にしたりとか、ほかのちっぽけなところに気が行っていることがあるような気がするんです。最初は「学びに行こう」としていても、マウンティングするセミナーに出会ってしまったり、真摯に来れば来るほど「なんやねん」となりますよね。そんな「子供か!」みたいな小さなところでうまくいかなくなることが多いですけれど。


正田:本当にそうなんです。Nさんはよくおわかりですね。


Nさん:それをクリアしていこうと思ったら、リスペクトする気持ちを忘れず最後まで持ち続けてやる、というのが本当の大人だと思います。それが真摯だといえると思います。


正田:今おっしゃった、「それでもリスペクト」という感覚ですね、「何があってもリスペクト」。


Nさん:それがあってやっと小さいことに気が向かず、学びに集中できると思うんですね。
 向き合って、その先のこれを待っている人たちのことまで考えてやる。心意気というか信念というか。それを持っておられるのを感じるから、「大人」と感じるんだと思います。
そこは商売でやってるんじゃないなと。
 研修業界の人たちも、色んな不本意なことがあるから自己防衛で「ビジネスや」と言っておられるのが大半なんじゃないかと思います。教えようと思ってもうまくいかないことが色々ある。傷つくことは人間イヤですから、自己防衛で「ビジネスとして割り切ってるんです」と言っている気がします。そうじゃないと耐えれないんじゃないか。
 それをグッとこらえて突き進んでいく、愚直にそれをされている方というのは「大人やなあ」と思うし「強いなあ」と思う。


正田:そこを見てくださってありがとうございます。
 「愚直」って健さんみたいな言葉で嬉しいなあ、光栄だなあ。


■とことん突き進むのはすごいエネルギー


Nさん:男の人って、カッコよさを追求したいと思うんです。承認欲求も強いし(笑)
 そっちにこだわるので、本質的なことを忘れてしまいがちになる。(承認研修のような)そこまでケアしようと思ったら相当の根性が要る、エネルギーも要ることですから。
 それをやれるというのはやっぱり女性の方は強いな、と思います。
 物事をはっきり言い切れるじゃないですか、女性のほうが。そこは男のほうが弱いかな。


正田:その「自己防衛」のことも気がついていただいてありがとうございます。
 立ち回り先で最近よく言われるんです。「『承認』というのはほかの先生も言っておられましたよ」「ほかの先生の話の中でも聞いたことありますよ」って。
 もうけっこう流通しているらしいんです。言葉としては。
 でも、「じゃあその先生はあなたが実際にやれるところまで教えてくれましたか?」と、心の中で思います。
 生徒さんが「できる」ところまで、とことん突き進んで教えるのは、傷つくのが怖いとかイヤだとか思っていたらできないんです。
 「承認研修」のときは、「これをやれるかどうかがあなたがたのすべてよ!」という感じで、「腰の引けない」トーンでお伝えするから出来るようになるんだろうと。
 論理的というのはそれの手段なんです。最終的にはこちらの「腰の引けない」姿勢なんだろうと思うんです。
「この人が、結構コモンセンスもあって論理的にものを考えることもできるこの人が、ここまで言うんだから多分そうなんだろう」
とみなさんに思っていただけるような。
 その「腰の引けない姿勢」というところが見えないと、初めて習った人が「自分もこれを教えられる」という勘違いが出やすいだろうと思います。


Nさん:なるほど(笑)


正田:でもこれを実際にやろうとしたら物凄いエネルギーが要るんです。終わったらダーッと疲れますね。


Nさん:そうでしょうね。
 それだけ凄い仕事をやっていただくという前提でご依頼するのと、それがわかってないご依頼とでは、来ていただく先生のやる気にも大きく影響するでしょうね。
 やっぱり先生のご努力に敬意を払って、覚悟を決めた上でやってくれるという担当者がどれだけいるかでしょうね。
 何に本当に目を向けなければならないかということですね。上辺だけをみて仕事をしていることが多いので、良心的な先生方はご苦労されてると思います。
 先生のどこに敬意を払ってご依頼するか。そのポイントが明確になると、これまでのセミナーというもの全般が変わってくると思います。
 いい先生、名前が売れている先生を招んだら、お客さんは集まるかもしれませんけれど、後味の悪い、気持ち悪いのが残ったりする。それでいいの?という話です。
 セミナーでもない研修でもない、もっと違うネーミングがないかなと思います。「覚悟」とかもキャッチ―だからみなさん使うじゃないですか。
 そんなこんなで届いてほしい人に届かなくて、悶々としますね。解決するのはとても難しい。
 正田先生が今度組織を改組してそのあたりをしっかり訴求していかれると伺い、なるほどなと思います。是非やっていただきたいと思います。


(第一部了)


―第二部以降は今後順次掲載させていただきます―

 研修終了から10日ほど経った今週初め、「承認の宿題」の「一覧表」を「みなさんにご転送ください」とNさんに送らせていただきました。
 受講者21名中17名が提出、それも大変レベルの高い実践ばかり。
 このインタビューへのご恩返しがちょっとだけできたかな、と思うわたしです。

 みなさまもご覧になって「おおっ」と思ってくださいますように(*^-^*)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆい氏へのインタビュー 第3回(最終回)です。

 実際に「発達凸凹」の部下がいたらマネジャーはどうしたらいいの?マネジャー側が「凸凹」だった場合には?
 誰もが気になる疑問に広野さんが真摯に答えてくれました。


広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)



広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どう付き合う?」

3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら?

正田:これは是非お伺いしたいと思っていたんですが、あるマネジャーが自覚してない発達障害あるいは凸凹をお持ちの方を部下に持った。非常に仕事上支障が出ている。感情的にもこじれてしまっている。この場合マネジャーには何ができるんでしょう。

広野:まず、マネジャーの方がどうしたいか。その人に対して何ができると考えられるか。ですよね。「あいつ困るから自分のところから別のところに入れてくれ」という人もいると思うんです。

正田:多分よくあるんです。

広野:そうですよね。
 「何とか(自分のところで)したい」という場合には、やっぱり環境設定ですね。本人が自覚していなくてもできる対処というのは、ちょっとはあるんです。伝え方であったり、その人のミスを減らすようなシステムを全体で作っていくとか。そういう風に周りを少しずつ変えていくというのが、出来る範囲で出来ることの1つ。
 それで上手くいったときに本人がそれでちょっと「ゆるむ」とか、上手くいくことが多くなるということで、ちょっと上がってきたぐらいが本人に自分の特性について自覚をもってもらうタイミングなんです。一番最悪の時というのはほとんど何も受け入れないです。そこの時点でその人のメンターができる誰かを作るとか。マネジャーがそんなに信頼関係を結べるかというと、難しいことも多いと思うので、できればちょっと離れた人がメンターとしてその人と関わるということができれば、そこが突破口になります。

正田:家族で言えば親戚のおじさんおばさんみたいな存在ですね。

広野:そうです。隣の部署の仲のいい人とか、前の部署の自分のことをわかってくれた人とか、直で評価される関係ではなく、ちょっと離れたところの人に本人が何を困ってるのか、何にこだわってるのか、とかを拾い出せる人がいると、そこはアプローチがし易いかなと思います。本人がなんでそれにこだわってるのか、なんでそういう風になっちゃうのか、また本人が自分のことをどう思ってるのか、そういうことをどこかで情報が入ってくれば、対処の方法が見つかる可能性はあると思うんです。
ですから、直で何かできるというよりも、周りからやっていくという感じでしょうか。
直でやればやるほどお互いストレスが溜まると思います。

正田:そうでしょうねえ。

広野:「同じ部屋にその人がいるだけで全然何もできなくなる」っていう人が結構います。
余計こじれちゃう。

正田:はい、はい。

広野:そこは、(直属のマネジャーは)遠いところから見てやっていくと。
 あとは、抱え込まないことでしょうか。そこだけで困っているとすごくストレスが大きいですよね。その問題をみんなで共有して、「みんなで何とかしよう」という感じに持っていけるとまだいいのではないでしょうか。

正田:多分、何が起こっているかを正確に言える人はマネジャーでも少ないです。腹が立っちゃうと、やっぱり物事を歪曲して伝えたりしますよね。感情を交えて伝えたり。

広野:うんうん。


■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち

正田:人の個別性を感じる力のある人とそうでない人、マネジャーでもすごく差が激しくて、私の知っているマネジャーでも、みんなが発達障害と知ってる部下をひどく怒ってるとか。「怒ってもしょうがないんですよ、そういう人なんだから」と言ってあげても分からなくてキレちゃうみたい。またあるマネジャーは発達障害の部下に「君はもっと感情を素直に出したほうがいいよ」と説教するらしいんですけど、「どういう感情を感じていいかわからなくて戸惑ってるんじゃない?」っていう。

広野:そうですね、そうですね(笑)
私たちからみると、私たちをいじめる人たちっていうのもそういう傾向がある方なんですよ。人の立場とか人の気持ちとか若干分からないんだけれども出来る能力を活かして活躍されているから、そこは誤魔化されて見えなくなっているという。

正田:それすごくわかります(笑)

広野:まさか、「あなたもそうですよ」とは言えないんですけれど、ちょっとずつ知っていく事によって気づいてくれたら有難いですね。気づかなかったら、その方(上司)がそういう方だということでこちらも対処していかないといけない(笑)

正田:(笑)ああ良かった、今日広野さんとお話して「これだけ共通認識を持てるんだ」と思いました。すごくほっとしました。
 あまりこの問題は綺麗ごとで話せないので。

広野:そうですよね。当事者同士の話でもかなり厳しいですよ。
「その職場はあなたに合ってないから辞めたほうがいいよ」って当事者同士だと平気で言うので。
 お給料が下がっても自分に合った仕事をやった方が幸せだと思うんですよね。みんなでそういうことを共有することによって「あ、そうだね」となる人もいますし、それは会社に言われるよりは当事者の同じような目に遭っている人に言われたほうが、すっと入っていくと思うんです。

正田:うーん、だと思います。


■「発達障害上司」は承認が難しい?

広野:ややこしいのはやっぱり自己愛傾向が入ってるタイプですね。

正田:どんなケースがありますか。

広野:(上の人が自己愛入ってる場合)上の人も、下の人が何を考えてるかを特性上全然分からない上に、分かりたくない。怖いんですよね。

正田:怖い。

広野:上であっても、言うことをきいてもらえない、イコール「否定された」。否定されたくないんですよ、結局は。上も下も否定されたくない(笑)
 そういう場合は、その人の自尊心をくすぐるような言い方とかやり方で、「あなたのお蔭でこの人がこう良くなるから、それはあなたの成果だから、こうしたらどうか」という提案をしてみるとか。「これはダメだからこうしなさい」じゃなくて、「こうするとあなたの評価は上がりますよ」とか、そういう言い方だと聴いてくれるかもしれないです。

正田:なるほどー。
 実は「承認研修」のようなことをもう12年やってきまして、多分定型発達の上司の方だと特別難しいことをやっているわけではなくて、ほとんど誰でも習得できるようなことなんですが、やっぱり発達障害入ってる上司の方にとっては難しいことのようで、「あなたは何々をやりましたね、やってきましたね」と相手の文脈を認めることが難しいみたいなんですね。

広野:ああ。やっぱりそれは特性ですね。

正田:で、自分が習得できないって思うと怒りが湧いちゃうみたい。研修の中でも怒ってきたりとか、言いがかり的なクレームをつけたりとか、あるんです。私、長いことその問題で悩んできていて、「この簡単なことを出来るようになれば皆さんが幸せになるよ」ということを教えに来ただけなのになんで「自分が否定された」みたいに思っちゃう人が出るんだろうと不思議で不思議でしょうがなかったんです。割合最近になって「否定された怒りが湧くほうの人って発達障害的な人なのかしら」と。

広野:可能性はありますね。ちょっと分からないと「そんなのは要らん!」みたいな。

正田:そうそう。「こんなものはただの人情噺だ!」みたいな。

広野:ああ、はいはい。…なりますね(笑)
 先生などにも多くって、子供が潰れちゃうんです。

正田:ですよね。

広野:ですのでその人が理解できるようなやり方。…まあ、その人が本当にその部分が出来ないのであれば、「この部分はこの人に任す」とか、ほかの人に介入してもらう方法があるかなと思います。それを本人が「否定された」とか「出来ないから頼まなならん」という感覚にならないように上手に、「あなたは忙しいからここまで出来ないから、じゃあ部下のこの人のお仕事にしよう」という感じでやっていくのは「あり」かな。
 無理に(承認を)しようと思うと、「脳が疲れる」んですよね。

正田:ああ。はいはいはい。

広野:動かない部分を無理やり動かそうとするので、脳が疲労するんですよ。そうするとイライラしたり、抑鬱状態になったり、色んな支障が生じてくる。
 「この部分が難しいのであれば、こうしたらいいですよね」というのがいくつかあると、対処できる可能性はあります。それを「上手に投げる」ということも、その手法の中の1つですよ、みたいな感じでマニュアル化してしまう。そうすればその人は「じゃあ自分はこれを選ぶ」と、自分で納得して選んだことは特に騒がないので(笑)

正田:なるほど、なるほど。
 すごい貴重なヒントをいただきました。長年悩んでいたことなので。
 人事の人が「承認研修をこの人には受けてほしい」という人ほどそうなんですよ。


■「発達の問題」わかったら降格がベストか


広野:そうですよね。
 実績を上げるということができても、人と関わることが難しいという人がやっぱり一定数いますので、その人たちをどう使うかですよね。昇進させないならさせないで。


正田:難しいですねえ…。
 会社の昇任昇格試験の中に発達に関するちょっとしたテストを入れたほうがいいんじゃないかと、今思ってしまいました。

広野:それはありますね。
 ただ、それを克服できる方もいるんです。

正田:ははあ、それはテスト勉強で。

広野:テスト勉強というより、失敗から学ぶ能力。私もそうなんですけれど、実際の学んでいくときの失敗が必ずあるんですが、「なんで自分は失敗したのか」ということを客観的にみて改善していくことができるかどうか。失敗して学ぶということを経験したときに、それを認めないか、それとも認めて直せるか。

正田:私も仕事上で失敗を認めない人と色々もめています(苦笑)

広野:そうですよねえ。昇任試験…の前に(発達障害が)分かったほうがいいですね。
 アスペルガーの人で賢い人というのは、「こういうときはこうする」ということを学ぶことはできるんです。試験勉強はして、通るんです。表面的なやりとりも、決まってることであればそれはこなせるんです。だから、試験でしたらそれをクリアできる可能性は高いと思います。試験勉強しちゃうと。
 逆に試験勉強しなかったら、できないと思うんですけれど。
 実際の現場に入った時に(障害や凸凹が)発覚するケースがほとんどだろうと思います。その場合は、何かトラブルがあったときにそれでも分からなければ降格、というシステムを作るのが大事かなと。

正田:大事ですね。下の人を鬱にしてしまうと、本当に人生が破壊されてしまいますから。

広野:そうなんです、そうなんです。
 トラブルの当事者が色んな部署を経験してきている場合、問題が起きたら多分よその部署でも問題を起こしているはずなんです。問題を起こしてなかった部署でも、誰かがフォローして上手く行っていたケースがあると思うので。ちょっと深くみていくとそれも見えてくると思うんです。だから、どっちに問題があるかというのは今までの経験を丁寧にみていくと分かってくると思います。客観的な判断のラインがあるだろうと思います。
中には自分で気づいて修正していける人もいます。例えばビル・ゲイツさんもアスペルガーですよね。それがあるからダメ、と言ってしまうのは問題です。


正田:なるほど。発達の問題があるかどうかというより、失敗や問題から学ぶ力があるか、ということですね。



■診断を受けてもらうことは役に立つか

正田:どうなんでしょう、この方々がご自身の発達凸凹を認めるには、「凸凹がある」ということを分かるだけで十分なんでしょうか、この方(営業マン)などは(発達障害の)診断を受けたということですけれども。診断は役に立つんでしょうか。

広野:診断は、そうですね…。ADHDの場合は、薬もありますので診断を受けたほうがいいかもしれません。

正田:ああ、なるほど。

広野:その人の程度にもよるんですけれど。
 最初、私はすごく鬱だったんですね(笑)ですのでADHDの治療を受けに行くときは鬱の治療からやったんですけど、私自身は鬱の自覚はまったくなくて。

正田:朝起きられないとか。

広野:そうですね、それも子供のころから苦手でした。失敗も子供のころからしているし。ただ鬱がものすごくひどくなってご飯も碌に食べれてないし、ちょっと動くと疲れて寝ちゃったりしてたんです。自分のことを全然客観的に見れてないんです。だから「鬱です」って言われて「えっ!鬱じゃないです」とか(笑)ずーっと先生とそういうやりとりをしていて。
 ただ鬱の薬を飲んでいると薬が効いてきてご飯が食べられるようになって、「死にたい」とか「生きていたくない」という気持ちが無くなっていったんです。それは多分お薬が効いたせいだと思うんです。
 それで元気になって、自助グループをやっていけたんです。
 やはり診断がなかったら難しかったろうな、と。やっぱり二次障害ですね。私の場合は鬱ですし、強迫であったりパニックであったり不安神経症であったり、色んなものを皆さん持っています。それは診断してもらい、自分の特性を分かり、さらに二次障害の治療をしてもらうと大分よくなる。その点で診断はしてもらった方がいいと思います。
ただ、それができる先生があまりいないんです。発達障害が診れて、大人の発達障害の二次障害も診れる、という先生が。ほとんどいないですね(笑)

正田:そうなんだ…。

広野:そうなんです。当事者会の中でお話することによって「こういう症状にはこの薬が効くよ」といった情報を得たうえで先生ともやりとりする、っていう。

正田:なるほど、患者さんの方から「先生この薬がいいと思うんですけど」っていう(笑)

広野:そうです。それを聴いてくれる先生と付き合っていける、というような。

正田:ちなみにどこの先生がお勧めってありますか?

広野:実は大人の発達障害を診られる病院はまだほとんどありません。
 発達障害を診るためには発達障害児の臨床経験が必要ですが、精神科の先生のほとんどはそれがありません。また発達障害児を専門に見ていた先生は大人の精神疾患が分かりません。
 そして発達障害に効く薬というのがあるかというと、そんなに直で効くお薬というのは、ない。二次的な鬱とか不安とかが軽減されると、改善することはあります。それでとりあえず対処してもらうという感じでしょうか。
 (私の場合)お医者さんは、自分が良くなるためにサポートしてくれるその一部だったんです。二次的なもので何か(鬱などを)発症しているときには指摘してもらって薬をもらうというのはすごく必要なんですけれども、(社会適応を)上手くやっていくときというのは自分で色々やっていかなきゃいけない。
 でも一番最初の訳わかってないぐちゃぐちゃな時というのは、医療の手助けが必要かと思います。あまり大量にお薬を出さない先生だといいですね。

正田:よく、発達障害がベースにある鬱は治りにくいと言いますでしょう。で、お薬をどんどん増やしちゃうという。

広野:ベースの発達障害が診断されていない場合はそうだと思いますが、発達障害がわかっていれば、私は逆だと思います。というのは、私もそうだったんですけれど、今思えば高校生ぐらいからずーっと抑うつ状態できているんですけど、逆に今は深刻な状態にはならないです。仲間がいっぱいいるし。

正田:それは支えになっておられるという面があるんですか。

広野:すごくありますね。だから薬よりもまず仲間。医者の診断よりも仲間の診断のほうが確実やし(笑)そういうコミュニティとつながることができるとどんどん元気になっていくんですよ。お医者さんとか薬(のサポート効果)というのは一時的で、それが助けてくれるのは本当にわずかです。一部分です。
 生活全体にわたって、長期にわたってのサポートとなると、それ以上の何かが必要になります。病院は、だから私的には「上手に使う」という感じ。
 そういう風に、(当事者のコミュニティの支えがあると)鬱は治っていきますね。
 ただ、躁鬱を同時に持ってらっしゃる方は難しいですね。

正田:難しそう。

広野:それはでも、発達障害とは別の物なんです。発達障害がベースにあって、ストレスがほかの人よりも多いことによって、双極性障害を発症したということは言えるかもしれないと思うんですけれども。発達障害だから双極性になるわけではない。そこは診立ての間違いだと思います。なんか調子よくなってきたなーと思ったら、またがーっと落ちてきて、というのは大体躁鬱なんですね。
 ただね最近思うのが、なりやすいなというのはすごく感じてます。双極性に。発達の傾向がもともとある人が二次障害という形で双極性障害、気分の浮き沈みが定期的にやってくるというのを発症してしまって、ずっと繰り返しているというケースは非常に確かに多いなと。



■診断を受けてもらうトークとは

広野:特性のかなり強い方は、できれば手帳を取ってもらって地域の支援と繋がってもらうというのが必要かと思いますけれど。そこはやはりその方の困難のレベルですね。

正田:手帳をとってもらって、というそこの手続きは、どれぐらい大変なんだろう。
 例えば50人未満の会社ですと、産業医さんがいないんです。上司が自分で(診断を受け手帳をとるように)言えるかといったら…。

広野:言えないでしょうね。その部下の方はだいぶコミュニケーションとかが難しいタイプですか。

正田:ものづくりなので、決まったことはやれるけれど、やっぱり先ほど出た、今どきの問題で小回りが利かないと困った問題が出ている。
 また休憩時間を勝手な時間にとってしまうとか。

広野:ああ、なるほど。年齢を考えると難しいですよね。

正田:ほんとに難しいですね。

広野:ただね、手帳を取るということに関しても抵抗がすごくある方とそうでない方といる。「取ったほうが楽だよ」と言われたらポーンと取る方もいるんです。

正田:ほう。

広野:だから一概に「そんなこと言ったらどんなトラブルになるか」と思わなくても、「しんどいとか困ってるんやったらこういうやり方もあるよ」という投げかけの仕方で、(受診に)行ってもらうのは「あり」だと思うんです。

正田:なるほど。

広野:そこは、こちら側がじょうずに。
 特に、依存的で「楽になりたい」という人は飛びつくかもしれないです。そこは本当に相手の特性とか性格によりますね。「助けてもらいたい」「話を聴いてもらいたい」と思っていたら、「手帳を取ることによってこんなこともしてもらえるしあんなこともしてもらえるよ」と言うと結構すんなり行っちゃうこともありますね。

正田:「こんなこともしてもらえる、あんなこともしてもらえる」って例えばどんなことですか。

広野:例えば、障害者地域生活支援センターというのが地元に絶対あるはずなので、そこに行ったら支援員さんとかが話を聴いてくれますし、市の保健所とかでも保健相談の中で、そういう生活の中で困っていることや今後の不安を聴いてくれてそういうところ(センター)へ繋げてくれるということがあります。そういうところに行くのも1つの手です。
 必要があれば、会社から保健所に連絡してもらって、ということも「あり」かな、と思います。

正田:はあ。それは本人さんに診断を勧める前に、ですか?

広野:そうですね、診断しなくても使えるサービスもありますし。そして「こういうサービスが受けられるメリットがあるから病院行ったら」と言ってあげると、多分本人も行きやすいと思います。
 ですから「病院ありき」というよりは、「これがこういう風に良くなる」「こういうメリットがある」から、手帳を取る、病院へ行く、と考えて勧めると、まだうまくいく。「病院へ行く」ということを目標にしてしまうと、「なんで?」となる(笑)
「なんでオレが病院行かなならんねん」となるとうまくないので、「このサービスを受けるためには医師の診断が必要だから診断書を書いてもらうために行ったらどうか」と、そういう目的やったら行くかもしれない。
 その人がその気になるポイントというのは、人によって色々なんですけど、ポイントを探していったら行けるかもしれない。

正田:ここに戻っちゃいけないのかもしれないけれどやはり「診断」ってネックで、診断を受けてもらうための上司のトークというのが難しいですよね。言い回しをどうしたらいいんでしょうか。

広野:その人のタイプを大まかにきいて、「こういう言い方をしたらどうですか」ということは、私も大体アドバイスできるんです。

正田:ほう。それは福音かもしれない(笑)

広野:詳しい情報、普段のその人との会話とか行動とか、こういう言葉でどう反応するとか、からある程度そこはできることもあります。
 思考回路がちょっと普通の人と違っていて、どういう育てられ方をしてきたか、どういう仕事をしてきたか、またはその人の価値観などでちょっとずつ思考回路が違ってくるんです。そしてこだわりの強い方だったら、どこにどういう風にこだわっているのかを分かることによって、その人の考え方をある程度変えていくことができる。

正田:これを公表したら広野さんに問い合わせ電話がバンバンかかってきちゃいそうです(笑)
 今日はどうもありがとうございました。


(終わり)



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは






※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




あとがき:
このインタビューを行ったのは10月6日。

これまでの人生、とりわけ仕事人生の中でのあんな場面、こんな場面は「発達障害」が関わっていたのだろうか、と思いをめぐらしながら録音を起こしていると、起こし作業がどんどん遅くなりました。

広野さんにも原稿に手を入れていただき、やっと1か月後の今、公開できました。


その間、新著『行動承認』が出版されましたが、その新著がマネジメント全般にまたがる手法をご紹介しているといいながら、「発達障害」に関しては紙幅の関係で中途半端にしか触れられなかった、その問題があるがゆえに本書の手法を実践してみても成功しない人がいるかもしれない、といささか後ろめたさを感じています。


この分野この問題に気づいている精神科医や心理学者、臨床心理士はまだわずかで、人材育成やマネジメントの分野の人で気づいている人は皆無に近い状況です。
いささか傲慢な言い方をするなら、わたしたちは「承認」というなまじよく切れる鋏をもってしまったがゆえに、それでも「切れない」人々の存在に敏感にならざるを得なかったかもしれません。


参考記事:
「1つのまとめ 1位マネージャー育成と発達障害はどう関連するのか」
http://c-c-a.blog.jp/archives/51884908.html


そして今回のインタビュー後も、以前ブログで取り上げた「依存」の問題など、積み残しの問題が出ました。
定型発達者の「可塑性」とどう折り合わせていくか、というのもクエスチョンのままです。
まだまだ、この分野で考えていかなければならないことができました。

広野さんには「第2ラウンドも是非お願いします」とお伝えしました。



ブログ読者の皆様も、是非ご一緒に考えていただければ幸いです。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆい氏へのインタビュー 第2回です。

 今回は、まだ新しい概念・発達障害/発達凸凹が、いかに多くの問題に関わっているか、問題解決のために欠かせない視点であるかについて。


広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)




広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害


広野:(企業の理解がないことで)本人が病気になって辞めることもあるし、周りの人が何とかしようとしすぎて病気になってしまったり。

正田:それはありますよね。それは本当にお気の毒な話で。

広野:やっぱり理解が進まないことによって、企業にとってコストとしても負担だし、精神的にも職場環境がいい方向に行ってないと思うんです。まずこれを分かるということで、全部じゃないけど何割かは解決できるんじゃないか。

正田:やっぱりそうですか。今メンタルヘルスと言われている問題は今「何割か」とおっしゃいましたがかなりの部分、発達障害かその周囲の人か、どちらかの問題ではないかと思っていました。

広野:ええ、ええ、そうですよね。ただ、今のメンタルヘルス対策の中に発達障害のことってあまり考慮されてない気がするんです。

正田:そうですよね。

広野:(職場で)直で関わっている方は気づいていると思うんです。ただメンタルヘルスと発達障害、発達凸凹の関係というのがしっかりとリンクしていて、なんでメンタルヘルスの問題が発生してしまうのかということでこういった特性のことも考えられる、という流れにはなっていないような。
 そこは今、大きな課題なのではないかと思いますね。

正田:今のお話、私なりの言葉でまとめさせていただくと、まず発達障害、発達凸凹の方は元々ストレス耐性の割合低い方々なんでしょうね。かつ仕事上の問題で無理解な上司の方から叱責にあう機会も多い。非常にメンタルヘルス(疾患)になりやすいリスクを持っていらっしゃる。そういうその方々ご自身の問題が1つと、その方々が無自覚にある部分のお仕事の能力が欠落しているために、周りの方々がフォローに追われる。なのにご本人さんはそのフォローする大変さがわからないし、本人さんからあまり感謝の言葉がないと、そういうことで周りの方を心の病気にしてしまう。

広野:そうですね。教育が画一的なものを目指して「普通になれ」ということを目指して教育がなされてますよね。点数さえ取れば許されるんですよね。それで人の気持ちがわからなくても、みんなと上手に色んなことが協力してできなくても、点数さえ取っていたら見逃されてきてしまう。そういうことがあって、ところが実際お仕事を始めるときというのは、ほとんどが人とのやりとりで結果を出す、ということですので、そこでものすごく支障が出てくる。ストレス耐性が低いというよりは、いろいろなことに過敏すぎてストレス過多になりやすく、余裕もないし成果も出ない。だけどそれは、認めたくないんですよね。成績がいいということにしがみついてずっと生きてきているので(笑)


■「できる部分」にしがみつく当事者

正田:ははあー。やっぱりそこ(しがみつく)はご覧になっていますか。問題の当事者の方に自覚がないということがこの問題をすごく難しくしているように思いますが。

広野:そう、自覚がないというより自覚したくないんですよ。認めちゃうと、皆さん感じてるのはものすごい恐怖感なんですね。ダメな人間と思われたくない。やっぱり「認めてもらいたい」んです。
 本当は、「ここはできないけど、ここはできるんだね」という認められ方を人間はしてもらいたいと思うんです。「あなたはこういう人なんだね」と、丸ごとみてくれて、その中で「じゃああなたができる仕事はこれだね」という認められ方をしたい。特にその凸凹の大きい人は必要としていると思います。
 だけどできる部分だけにしがみついて、できない部分を隠して隠して生きてきた人にとっては、ここは絶対に見せてはいけないというか、認めてはいけないところなんです。ここが崩れると全部が崩れちゃう(と思いこんでいる)からなんです。

正田:はい、はい。

広野:薄々、何かみんなよりはできないとわかっていて、迷惑かけているかもしれないとわかっていたとしても、ここ(できること)を守るために、ここ(できないこと)は認めないということがどうしても起こってしまうんです。
 そして仕事になると「辞めさせられるんじゃないか」、また「ここを辞めたら就職ができないんじゃないか」とそういう恐怖感はものすごくあります。そのへんは発達障害の問題というよりは、発達障害の人が障害があることによって生じる二次的な「認知の歪み」とみることができると思うんです。
 というのは、すごく凸凹が大きくても「ここは自分はできないからやめとこう」「ここは自分はすごくできるからどんどん頑張ろう」と頑張って、ものすごい能力を発揮されている方も中にはいらっしゃいますので、そのあたりはどういう風に育ってきたか、どういう風に周りがその人と関わってきたのか、ということがすごく大きいと思います。
 でも、会社員になってから子供の頃のことまでどうにかするというのは難しいですよね。

正田:その「全人的に認めてあげる」というのは、仕事の中では難しい…。私も教育として「認めるって大事だよ」とお伝えしてはいますけれど、いざその場面に立ち会ったときに、「でもこの場面でこうしてくれないと困るよ!」と心の叫びみたいのが出てきちゃったりして。


■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」

広野:そうなんです、ええ。
 結局、会社だけでそれをやるのは難しい。私たちのやってる活動は、やはり当事者活動なんですよね。当事者だけで集まって、「実は自分はこういうことができないんだよね」と言ったときに、「あ、実は自分もできないんだよね」と共有しあって、「あ、自分だけじゃないんだな」ということを感じてもらって、ほっとしてもらう。そういうことがないと、何というか「(警戒が)ゆるんでこない」と言いますか。

正田:「ゆるむ」というのはそのすごい恐怖感ですね。ははあ。

広野:その段階があって初めて、じゃあできなかったらどうすればいいの?という次の段階ですね。そこに行くときにそこで集まっている人たちのリソースと言いますか、「自分はこうしてるよ」とか「こうしたらいいんじゃない?」ということをみんなで考えることがすごく役に立つんです。そういう当事者活動というのが、その人が色んなことを受け容れて、さらに外の人にどう説明したらわかってもらうのか、とそういうことを自分で学んでいくための学習の機会でもあるんですね。
 そういう場があることで、会社でももう少しうまくやっていける、というケースも結構あります。
 だから会社で全部やるんじゃなくて(笑)、そこは会社以外のところでそういったところを作っていく、というのも必要だろうと思います。

正田:それでそういう当事者活動を続けていらっしゃるんですねえ。尊いこと。
 やっぱりその経路じゃないと難しいんだろうな、と思います。マネジャー教育の側からやってきて。

広野:そうです。私たちが今やりたいと思っているのは、継続して当事者同士が学び合う場をつくるということと、もう一つは会社の方に理解を進める働きかけをすること。こちらで当事者の自己理解が進んで「自分はこういうタイプだからこういう風にしてほしいんです」ということが言えるようになったときに会社側が「いやいや、うちのやり方はこうだからこういう風にしてくれなきゃ困るよ」と言われると、もうそこでストップなんです。
 
正田:会社が、みんなが一律にじゃないとダメだ、と。

広野:そうです。その人がどうだということを無視して「こうでなければならない」という会社だと、やっぱり私たちとしては難しい。自分のことがわかって、工夫したいと思っていてもできないんです。

正田:例えばの話、5S活動にすごく力を入れている会社だったら机の上がみんなきれいに物ひとつない状態でないといけない、それも自分でできないといけない、とか。

広野:ええ、ええ、そうです。
 企業さんにも「こういう人がいるんだよ」ということを理解していただかないといけないですし、場合によっては「この人はこういうタイプなんですよ」と間に入ってやっていかないといけないこともあります。そういうコンサルティング的なことが今後できたらいいと思っています。やりたいなと思っている段階ですね。

正田:そうですか、そうですか。
 その「間に立つ」というのは例えばジョブコーチとか、今まである既存の資格というか職種ではなくて、ですか。

広野:ジョブコーチの制度というのがあんまり私も詳しくないんですけれど、基本的には対象が障害枠の方ですよね。一般枠でそういう問題が起こったときにジョブコーチさんが行くっていうのが、実際どのぐらいあるんでしょうか。

正田:いや、きいたことないです(笑)


■新型鬱と発達障害

広野:あとは、今言われている新型鬱ですね。

正田:はいはい。それもおききしようと思っていました。

広野:あれは、苦手なことをお仕事だとどうしてもしなきゃいけないですよね。ちょっとでも苦手なことをさせられるということ自体が、ものすごい恐怖とストレスに結びついているんです。だからお仕事がそれに直結しているというよりは、お仕事の中で自分の苦手な部分というのを、まあ分かっていないんです、本人も。何でか知らないけれど責められる、怒られる、と思っているから、だからお仕事イコール自分に何かダメージを与える脅威的なもの、という風に受け取っちゃってるので。一種の防衛反応かもしれません。
 自分がどういうタイプで、できる部分がこういう仕事だったら活かされるよ、ということが分かってくると、まだましにはなるかなと思います。
 でも例えば、間違って正社員になっちゃって色々やらされて、そして「正社員という立場をどうしても守りたい」となっちゃうと、厳しいですね(笑)お仕事はしたくないけれど、正社員は辞めたくない。「それはおかしいよ」ってみんなに言ってもらって「そうやね」となる人はいいんですけれど。そこの部分にこだわっちゃってる人はちょっと難しいですね。しかも結構多いですね(苦笑)特にASDのこだわりの強いタイプの方は。ゼロ100で、「これがあかんかったらもう自分は生きていけない」と思いこんじゃってると、そこを変えていくというのはちょっと力技と言いますか。
 そこで当事者のグループにポンと行ける人はまだいいんです。問題は行けない人です。
 どのぐらいの人がそう(新型鬱に)なるのか、というのは見えてはいないんですけれども。というのは来てくれる人としか関われないので。

正田:そうですよねえ。

広野:でもまあ、会社の方からの相談というのもちょこちょこある中で、その問題が非常に多いなあという実感はあります。

正田:(発達障害を)自覚してない新型鬱ということですね。

広野:そうです、本人が認めないとか。未熟なパーソナリティや認知の歪みも関連しています。

正田:私らの世界でも「エステに行くのは美人」っていう言い方をするんですけど(笑)マネジャー教育の門戸を叩いてくれるのも比較的ましな方のマネジャーなんです。

広野:そうですよね(笑)
 ただ、その課題よりもまだまだ簡単に解決する課題があるはずや、と思っています。まずそこを何とかしていきながら、最終的にその部分を(取り扱う)、っていう。
 自己愛の問題とかは根っこが深いんです。多様性を認められる社会であったり、本当にその人の特性とか個性が尊重される教育、そういうことが整備されないとそういう人はいなくならないと思うんです。
 今困っている会社の人がそれに対してどうできるか、というのは、本当にひどい場合は本人よりも周りの人のメンテナンスにエネルギーを使ってくださいと言うしかないこともあります。



■自己愛は発達障害なのか?


広野:でもね、本当にややこしい人はこういう会に来ないんですよ。ほんとに(笑) この人に来てほしい!という人に限って、行ったら向き合わなきゃいけないから。だから来れる人というのは、変わる可能性がある方だと思っていいと思います。問題は来れない人ですね。

正田:そうですねえ…。自分は絶対そんなものじゃない!っていう。

広野:そうです、そこは大きな課題なんです。そこは認知の歪みに関わる部分です。発達障害よりもパーソナリティー障害の域に入ってますね。みてると。

正田:あのね、パーソナリティー障害との関係でとてもお伺いしたかったことがあるんですけど、「自己愛性人格障害」ってありますね。最初は「自己愛だろう」と思ってみていった人が、なんか能力の欠落的なものを持っていて発達障害的なものを抱えた人なんじゃないだろうか、ということがあるんですけれど。

広野:ありますよ。

正田:あ、そうですか。

広野:かなりありますね。でね、発達障害だと気づいた時にどう対処するかで、本物のパーソナリティー障害なのか、ただの発達のむずかしいタイプなのか、が分かれてくるように思います。

正田:ははあ…

広野:小さいころどうだったかをおききしたり、普段の生活がどうなってるのか、その方の思考回路がどうなってるのかを聴いていくと、その辺は大体わかるんですけど。

正田:これって、まだどこの教科書にも書いてないですよね。発達障害の本にも自己愛の本にも書いてないですよね。

広野:ああそうですね、当事者はみんなわかってますけどね(笑)というのは、やっぱりこれ(発達)を知ることによって「自分は変わった」という人がいっぱいいるんですよ。



■「指摘されると切れる」敏感さから当事者コミュニティで「出来ない」と認められるように

正田:広野さんすごいドラマチックだったんだなあと思いますけど、最初ADHDとアスペルガーの傾向があって「仕事出来ない」って言われて、でもあるとき気がついたことで今がおありになって。広野さんの中でそれはどんな変容だったんですか。

広野:そうですね。私の中でつねに「存在不安」というんですか、「自分は何の役にも立たないし居てもしょうがない」という感覚が根っこのところにあるんです。自己否定ですよね。じゃあそれで全部だめになっていくかというとある部分では出来る部分もあるので、それで出来ない自分のことを「守る」。
 大嫌いなんですよ、自分のことが。生きてるのもしんどいくらい。それを認めたくない、認めてしまうと生きていけない。そのために堅い殻のようなものを作って、「自分はこういうことをやってるんだから、あとのことはやらなくてもいい」とか、自分のことを評価してくれる人の話しか聞かないとか。そういうことをしてると何とか生きていける。
 薄々「みんなに嫌われてる」って思っても、認めてしまうと生きていけない。なのでそれはもう見ない(笑)そういうのが私の20代ぐらいの状況ですね。

正田:なんだか信じられない…。

広野:ADHDって分かったときに、「原因があるなら何とかできるかもしれない」と思ったんです。

正田:はあ。それもまた前向きな(笑)

広野:本当に(笑)生きててもいけないし、死んでもいけないんですよ、私的には。どうしたらいいか分からない。
 でも「何か原因があってそうなってしまってるんだったら、何とかできるかもしれない」という思いで色々調べたり仲間に会いに行ったりし始めたんです。
 それをし始めたら、同じようなことで困ってる人がいっぱい集まってきていて、話が合うんです(笑)「自分はこう思ってるんだけどそれは分かってもらえない」とか、「自分だけじゃないんだな」というのでまずほっとしていて、まずそこが出発点なんです。
 そして自分でこういうグループを作ったことによって、そこに来た人たちを否定できなくなっちゃったんです(笑)ここに来てくれた人には元気になってもらいたいし、みんなで仲良くなって一緒にいい方向に行きたい、と思うじゃないですか。そうするとその特性を否定するわけにはいかない。
 するとその仲間に対して、「ここは出来なくてもこういうやり方したらいいんじゃないかな」とか、「そこは生まれつきやし諦めも必要だよね」などと言っているうちに、だんだん自分でもそれを受け容れられるようになっていった。

正田:へえ〜。人に言う側になって自分の言うことを受け容れられるようになった。

広野:そうです。だからこれも訓練なのかもしれないと思います。

正田:訓練なんでしょうねえ…。
 よく発達の特性のある人にあるのは、「あなたこれができないよね」って言われるだけでギャーッと、心の傷がばくっと開いちゃうみたいな。いっぱいいらっしゃるでしょう?

広野:そうなんです、そうそう。
 それがそこのグループだと、「これが出来なくって」というと「私も私も」って言うんです、みんなが。そうすると、「あ、なんだみんな出来ないんだね」(笑)それで一気に「責められないんだ」という感覚になるんです。
 普段は「責められる」という感覚がものすごく強くって。否定される、責められる、のが基本なんです。そして「否定されたくない」「責められたくない」というのだけで生きてる。それに関わるようなことは一切しない、認めない、と。
 それが「あ、みんな出来ないんだったら出来なくていいか」という風に思える場所が出来たことで、「この場所では(出来ないことが)許されないけれどここでは許されるんだ」と、客観的にみられるようになってきたんです。そこで「これが出来ないんだったら、こういうやり方でやったらいいんじゃないか」という風に視野もだんだん広がってきたりして。それがすごく良かったなと思うんです。
 そうすると、当事者以外のほかの人にも「私ちょっとここ苦手でねえ」と言えるようになってきたんです。最初はそういうことを本当に言えなかったんですけれども。それが上手に伝えられるようになればなるほど、分かってくれて手伝ってくれる人が出て来たんです。それでうまく行ったらものすごく自信がつくというか。
「自分はここが出来なくてもこういう風に助けてもらってやって行くことが出来るんだ」
と思えるようになりました。
「私はこれが出来ないんです」と言うとか、自分が出来ないことによってすごく迷惑を掛けてしまうことに対する恐怖感というのがそんなにひどくなくなってきたんです。

正田:ふーん。ほかの当事者さんに関わることによってそうなってきた。

広野:そうです。私にとって難しいことを相手に頼むということ、昔はそんなこと到底できないし、「そんなことが出来ない人は辞めさせられる」と思っていたんです。そうではなくて、出来ないことを手伝ってもらえることもあるし、自分が出来ることをしっかり自分で分かってそれをやって行くということが大事なんだな、ということが、やっとそれで分かってきたんです。
 そうなったのはすごく遅いんです。30代半ばくらい。
 それが分かり始めたら、仕事も上手くいくようになってきて。
 ここ(冊子)に載っているのは大体それが分かってきた人たちです。やっぱり30代半ばくらいなんです、みんな。
 だから上手くいってそういうことが分かってくると、こういう風に職場と上手く折り合いをつけてやっていくことができるようになる。



■虐待、過干渉と発達障害

正田:お話を伺って、「こういうやり方(発達障害・凸凹)での人間理解って大事だなあ」とすごく思います。というのはさっきの「自己愛」の話、一時期「自己愛」にもすごく凝ったんですけれども、「自己愛」ていう考え方をすると、憎しみが湧いちゃうんですよね。

広野:あ、そうなんです。

正田:「倫理的な悪」って思っちゃうんです(笑)

広野:ええ、ええ。

正田:でも(能力の一部の)欠落から来てるんだな、と。

広野:そうなんです。まあ、本当に愛されなくて自己愛になってる方も結構いらっしゃるんですけれども、「発達凸凹」を理解してもらえないことによって「自己愛的」になってる方は、そこを理解してもらうことによってそこのこだわりがすーっと消えていくことがあるんです。ですのでそこは何とかできるんじゃないかと思います。
幼少期から虐待を受けながら育った、とかいう生育状況だと、ちょっと。
あと虐待もそうなんですけれど、「過干渉」もそうなんですよね。虐待と過干渉と同じなんですよ、実は。

正田:ああ。あのね、最近よくネットで話題になるんですけど、「電車の中でわが子を足蹴にした母親の動画」とか、電車で子供にものすごく口うるさくずーっと言い続けてる母親とか、ひょっとしたら早期教育で塾の帰りかもしれないんですけど、夜遅い時間に。その話をきくたびに「発達障害じゃないかなー」と。

広野:そうですね。あり得ますね。
発達障害の母親の場合、子供時代に本当にその子に対して与えなきゃいけない教育とか愛情とかを与えられずに育てられたケースが多いと思うので不安も劣等感も強い。それでわが子がたまたま成績が良かったりするとそこにしがみついちゃうんですよね。

正田:有名小学校に入れそうだと思うと「その方向に頑張れ」とか。

広野:そう。大学も、「このレベルの大学に入れば一般企業に就職できるだろう」みたいな感覚で多分親御さんも言うし、だけどそこ(勉強)以外のことは全然出来ない。

正田:うん、うん。解決になってないわけですよね。

広野:そこはやっぱり大変ですよね。

正田:広野さんもっとメジャーになっていただかないと(笑)
 本当にむだな不幸を作り出してるように思うんです、この考え方が広まらないと。

広野:ええ、本当にそうですね。
 小さい時からすべての人にあっていい、「発達障害かどうか」のすべてかゼロかより、凸凹ってすべての人にあるし、コミュニケーションの違いも多少は皆さんありますので。

正田:はい、はい。

広野:でも一般でお仕事されてる方が分かってくだされば、それは「お父さん」なわけなので、お父さんが分かったらきっとお母さんも分かると思うんですよ。
 子供を何とかしなきゃいけないとき、やっぱり大人を変えなきゃいけないし、社会を変えなきゃいけないと思うんです。

正田:おっしゃる通りです。

広野:そこはまずは分かってもらって、分かることによって楽になれる人たちにまず、楽になって欲しいなと。ややこしいほうの人はそんなに簡単にいかないですけど(笑)



■DVと発達障害

広野:私、DVで離婚してるんですけど、だんなさんがすごいアスペルガー的な人で、相手の気持ちとか考えかたとか分からないんですよ、全然。でも営業をやっていて実績はすごく上げていたんです。どんどん営業所から支社に行って支社から本社に行って、だけど営業企画までは良かったんですけれども、そこから上に行くには色んなほかの部署を経験したり、深く人と関わるというのが出てくるじゃないですか。そこでものすごいストレスになっちゃって、何をやりだしたかというと私に暴力を振るいだしたんです。

正田:ほう…。

広野:それだけじゃなくてあっという間に部署が合わなくて鬱状態になっちゃって、もう相当分からなかったんじゃないかと思います。違う考え方に合せることができない。会社の中のそれぞれの部署の複雑な立ち位置が理解ができない。彼が分かるように説明してもらうこともできなかったんじゃないかと思います。
 ああいう人のことは、いいところだけを会社で活かしてもらって評価してもらうということができたら良かったのかな、というのはありますね。
 結局、彼も離婚したあとで仕事も辞めちゃってたんですけど。

正田:ふーん…。

広野:営業は自分の裁量でできることも多いですし、実績を上げれば予算もくれますよね。ですからそれは結構得意分野だったんですね。だからちょっと可哀想だな、という部分もあります。ただ上に行けば行くほど無理な面は出てきただろう、と。

正田:そうでしたか…。
 今ごめんなさい、不謹慎なんですけど、綾屋紗月さんっていらっしゃいますね、アスペルガーの当事者の本を書かれてる方。その方のお話を思い出してしまって。あの方も確かだんなさんのDVで離婚されてますね。

広野:ええ、ええ。
 DVで離婚は結構多いんですよ(笑)私もそのアスペルガーが入ったタイプで、そして当事者同士で共感できるところもあるので、くっついちゃうんです。
 そして2人でいる間はいいんです。勝手に自分の好きなことをやっているだけでいいから。だけど社会生活、子供を育てなきゃいけないだとか、役割をしっかりお互いが果たさなきゃいけないとなってくると、ぐちゃぐちゃになるんです。お互いが相手を思い通りにできないし、もちろん子供も思い通りにならないんですけど。
その辺で「私はこういう特性がある」と自覚して自分を直していったんですけど、彼はある意味会社で認められてる部分もあったので、もう私のことは「頭のおかしいヤツ」呼ばわりでしたね。ほんとに。
言ってることが、「特性があるから分かったほうがいいよ」と、本も渡したんですけど、「お前らと一緒にするな」。
 なまじ出来ることがあるとそこにしがみついて、あとのことは認めたくなくなる。


■引きこもりと発達障害


広野:今は大阪府のおおさか仕事フィールドというところがあるんですけれど、キャリアコンサルタントの資格を取って、そこでニートの発達凸凹の個別の就労支援をしています。あとは一般、企業向けの講演。

正田:大事ですね、キャリアコンサルの方の発達障害の方についての知識、理解というのは。

広野:そうなんです。でも私も資格試験を受けましたけれど、発達の勉強なんか一切ないですから。ほとんど。発達障害というのがあります、とテキストに数行書いてあっただけ。試験にも出ませんし。だから厳しいなーと思いながら。


■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


正田:私はやっぱり未診断の部下をもったマネジャーの側から話をきくことが多いのですが、本人は悩んでますね。マネジャーの悩みのほとんど9割はそこ、という感じです。もう寝ても覚めても「その人」のことを考えている、わるい意味で(笑)やっぱり何かあった時、自分の責任問題になりますから。
 最近きいたのがもう50代の未診断の方で、親が死んで天涯孤独になって、という部下に対しては何ができるんだろう、と。未診断で自覚がない、結婚もしてない人で。

広野:うんうん。まあ、本人さんが何か好きなことがあって、趣味のコミュニティに出入りできていれば、それはそれで上手くやっている人はいますけれど。

正田:なるほどね。その人は釣りの仲間はいるって言ってました。

広野:あ、そうですか。それがあれば大丈夫ですよ。釣りがあれば。そこを大事にしてもらえれば。
 逆に親がいると邪魔になる(笑)、介護できないのに親が歳取っていくとどうしようもなくなることがあるので。

正田:要介護の親を見捨てるケースなんかもひょっとしてそれでしょうか。

広野:そうでしょうね。だって、多分自分のこともできないのに、親の介護まで無理だと思うんです。「あ、無理かな」と思ったときに助けが外から入ってこれるような地域のシステムが必要なのではと思います。
 景気が良かった時代に見過ごされてきている凸凹の方というのは、今50代60代で非常に多いと思うんです。だからうちの会にも50代、60代の方が増えてきてるんです。
 まあそれはそれで、ここで楽しくやってくださる方は、文句言いながらでも生きていけると思います。
 自覚がなくても、野球の応援が好きだとか釣りが好きだとか、そういう何かがあるとやっていけると思います。まあその人の程度にもよりますけど。
 本人が孤立しても全然平気なタイプの方もいらっしゃるので、好きなことで誰かとつながっていて、自分はそれ以上の関わりを特に求めていないという方であれば、それで安定すると思うんです。
ご本人がそれについて問題意識があるかどうかですね。その方の特性の強さによって「もっと自分はああしたい、こうしたい」と思う方もいれば、「自分は友達もいなくても平気だ、たまに困った時に行ける先がいくつかあればそれで構わない」という方もいる。


3.「凸凹部下と凸凹上司、どうつきあう?」に続く)



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは





※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 去る10月6日、大阪・NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)事務所にて、同会代表・広野ゆいさんにインタビューさせていただきました。


 近著『行動承認』ではカバーしきれなかった、「発達障害をもつ人に対するマネジメント、職場運営」という問題を中心にうかがいました。

 発達障害は今世紀に入り飛躍的に研究がすすんだ分野で、それまで思われていたよりはるかに出現率が高く、気をつけてみると職場のあちこちにこの問題を抱えた人がいることがわかります。こうした問題を視野に入れたマネジメント、というテーマもいわば新分野であり、フロンティアです。


 広野さんは大変オープンにお答えくださり、たくさんの共通認識を持てることがわかった今回のインタビュー。発達障害の部下をもつマネジャーにも、発達障害らしい上司をもつ部下にも、目からウロコのお答えが満載です。
 非常にたくさんのポイントを含んだインタビュー記事で話題もあっちこっちにまたがりますが、全3回でお伝えいたします。


広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)


広野ゆいさんプロフィール 
0072-3

NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC) 代表
子供時代から、遅刻、片付けができない、周りに合わせられないなどの特性があり、忘れ物の女王、遅刻の帝王などと呼ばれながら学生時代を過す。専業主婦であった28歳でうつ病、31歳のときADHDと診断される。2002年に大人の発達障害のグループ関西ほっとサロン、2008年4月に「発達障害をもつ大人の会」を立上げる。現在は発達障害当事者の立場でキャリアカウンセリング、教師や専門職向けの講演、成人当事者向けの片付け・金銭管理セミナー等も行っている。
S47年生まれ。青山学院大学卒。ICDSキャリアコンサルタント。2級FP技能士。
NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)HP http://www.adhd-west.net/

関西ほっとサロン http://kansai-hotsalon.main.jp/
関西ほっとサロンは、大人のADHDの会のセルフヘルプグループでとして2002年に活動を開始しました。現在2008年4月より『発達障害をもつ大人の会』が設立され、月に一度のサロン(ピアサポートミーティング)を中心に活動しています。



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」



1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する




正田:私どもは「承認」を中心としたマネジャー教育をしているNPOです。発達障害をもつ大人の会(DDAC)さんのホームページも拝見して「認める」という言葉が入っていたので嬉しくなってしまいました。

広野:確かに、なかなか「認めてもらえない」というのが発達障害の人の悩みというか。

正田:そうなんですね。
今日はいっぱいお伺いしたいことがあるんですけれども、マネジャー教育の団体なので、「職場運営」というところを中心にお話を伺わせてください。

広野:わたしたちは去年から、こういうパンフを作っています。これは企業向けにつくったパンフなんですけれども、チェックリストでみんなにやってもらうように。

正田:みんなにやってもらう。大事ですね。「自分は正常だ」と思っている人たちにも。

広野:そうです。発達障害って、「障害」と言っているので皆さん「自分とは違う」という目で見がちなんですけれども、本当はディスオーダー。ディスオーダーっていうのは、厳密に言うと混乱状態にあるということ、みんなと一緒にできないということであって、能力的にできないとか欠けているというのと少し違うものなんですよね。そして環境によって適応障害を起こしたり起こさなかったりする。その人の特性を知らずに会社が関わったり仕事を振ったりすることで障害になってしまう。

正田:ああ、そういう捉え方をするんですね。なるほど。

広野:ほめればいいとか言うよりは、その前の段階としてこの人はどういう特性を持っていて、何ができて何ができないのか、それが生まれつきだった場合には、この部分を「みんなと一緒にやれ」って言われることでその人自身を潰してしまうことがあるんですね。生まれつきの能力の場合はほかの人と違うやり方で対処するということになってきますので。それができればその人は障碍にならずに出来ることを活かしてお仕事が出来る可能性がある、ということで。
 そういうことを知ってもらいたいというのがこの事業なんです。

正田:なるほどねえ…。私、発達障害の方に関する本を去年からかなり読んできました。多分もう50冊ぐらいになってると思います(笑)はい、凝り性で(笑)
 それでいうと広野さんのおっしゃるのは今までなかった切り口でいらっしゃいますね。

広野:そうですね。今までは、「こういう風にすればみんなこうなるはずだ」と、やっぱりそれは、みんなを「こうであればこうである」と枠にはめている。もちろんそれで大多数の人は上手くいくかもしれないんですけれども、上手くいかない方は何割か何%か、絶対いらっしゃると思うんですね。じゃなんでだろう、というときに、この「凸凹」という概念を使うと「あ、なるほど」っていうことが結構あると思うんです。

正田:はい、はい。

広野:そこは多分、まだどこもそういう視点で人材というものを扱ってないんじゃないかなと。

正田:少数者の存在を「ない」ものという前提で語っているということですね。



■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか


正田:去年から大人の発達障害の方の本を読んできたときに、「診断を受けさせるか受けさせないか」というのが結構焦点になりまして、それはもうあるところで区切っちゃうということですよね。区別しちゃうということですよね。

広野:そうなんです、そうなんです。
 ただ、診断を受けてもずっとその会社で働いてらっしゃる方も結構いらっしゃるんですね。診断があっても、その人が例えばすごい優秀なプログラミングができる方だったとすれば、その周辺の例えば片付けできないとか(笑)、ちょっとやりとりが一方的だというところを周りの人が理解してフォローすることによって、その人のプログラマーとしてのお仕事ができるようになれば、別に辞めさせたり障碍者枠に行かせたりさせないで済むわけなんです。そういった形でお仕事ができている方というのも現実にはおられますから。。
 この1冊目の冊子、『発達凸凹活用マニュアル』(2013年3月刊)に載せている5名の方というのは、障碍者枠でお仕事しているというのではなくて、診断は受けているんですけれども一般の人と同じお仕事をされている、という方々です。
 この冊子に出てくる彼なんかは普通に建設会社の営業マンです。営業自体はできるんですけれども書類が滅茶苦茶になっちゃったり、アポイントを忘れてしまったり。

正田:え〜(笑)

広野:あと取引先にカバンを置いたまま帰っちゃうとか、そういう方なんですね。

正田:なんか人ごととは思えない…(笑)いやいやいや、それは営業マンとして致命的にはならないんですか。アポ忘れると怒られるでしょ?

広野:そうなんです。それは彼自身がやっぱり自覚をして、例えば「誰々のところでこういうアポをとりました」と周りにもお伝えしておいて、「明日アポやろ」とか「あ、もうすぐ○社に行く時間やろ」という声かけを周りにしていただくとか、「この人忘れるから」と会社全体でわかっていて、フォローするということができているんですよね。そうしてあげさえすれば仕事自体はすごく出来る方。
そうでなければ、「なんでこんなに基本的なことができないんだ」と、本人の意識とかやる気ということにされてしまう。すると評価もだんだん落とされてしまって、最後は些細な失敗がすごく大きく扱われ、会社に居られなくなる。そういうことを何回も彼は経験してきているんです。

正田:うーん、わからない上司だとそうなるだろうなあと思います。
 でもほかの面では営業の適性がきっとあるんですね。明るいとか社交的とか。

広野:そうなんです、彼は人と関わること自体は大好きなんです。
 だから、メインのお仕事が出来るかどうかなんですよね。例えばプログラミングが出来るとか営業が出来るとか。その本人がプログラマーになりたいと言ってもプログラミングをする能力が足りなかったらそれは出来ないですよね、発達障害であってもなくても(笑)。
能力的に中心の仕事ができて、周辺の仕事が(発達障害の)特性のせいでできない、という場合に会社が配慮してくれるかどうか、というのがとても重要なポイントなんです。

正田:うん、うん。

広野:環境次第で障害になったりならなかったり、ということがあります。

正田:はい、はい。

広野:だから診断されたら「障害」っていうんじゃなくて「凸凹」というのがふさわしいのかな、という感覚です。それで「発達凸凹」という言葉に。

正田:それはこちら(NPO法人発達障害をもつ大人の会)のオリジナルの言葉ですか。

広野:それはですね、杉山登志郎先生が『発達障害のいま』(講談社現代新書、2011年)という本の中で公に使ってくださったお蔭で私たちも使えるようになったんです。昔から「私たち『凸凹』だよね」っていう認識は当事者の中ではあったものですけれど。

正田:ほうー。

広野:表に出すと「人権に引っかかる」とかで、使えなかったんです。

正田:人権…。「障害」というほうがもっと人権問題みたいな気がしますが(笑)

広野:そうなんですよ(笑)まあ色々あってこの「凸凹」という言葉が使えなかった。今は使えるようになりました。



■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象


広野:今のような時代ですと、昔は「ちょっと変わってるけどまあまあええかな」と思われてた人も今はお仕事させてもらえなかったり、適応障害を起こすというような世の中になってきていますね。

正田:今は要求スペックが高くなっていますよね。

広野:そうですよね。
 昔は作業的なお仕事でも、景気がいい時代ならそれでも正社員になることはできたし、安定した生活ができた。それが工場のお仕事が日本からなくなることでお仕事自体もなくなっています。第二次産業がなくなっていくことで、じゃあ第三次(産業)で対人サービスができるかというと、やっぱり出来ない。

正田:そうですね。製造業で言うと日本から無くなっているというのが1つと、もう1つ日本に残っている製造業も「小ロット短納期」というかなり機転のきく人じゃないと出来ない仕事になってきている。

広野:ああ、昔の何倍も出来る人じゃないと。スピードも求められますし。

正田:そうなんです。定型的なお仕事だけではダメ、となってきている。
 そうすると介護などは求人がすごくあって、人がノドから手が出るほど欲しいんですけど、製造業が出来なかった人が介護に行けるかというと。

広野:ムリですよね。
 やっぱり相手の状況をみて柔軟な対処をするとか、関わり方もあれもこれも一度にこなさないといけないとか、全部苦手なことなんですよね。そういうことがあって生きづらい。
 そういう人たちが生きていくときに、今はそれが「障害」にならざるを得ないような世の中になってしまっている。

正田:そうですね、そうですね。
 介護のお話でいうと、介護マネジャーにきくとやっぱり人手不足は深刻なので、実際採用した方が発達障害らしいということがわかっても、使っていかざるを得ない。その分周囲の方にも負担がくる、という。

広野:そうですよね。手際よくできないことで、余計周りの仕事を増やしてしまうこともありますし、重度の要介護の方だと本当に命に関わることがありますよね。
 そのあたりそのお仕事ができるかできないか、というのは本当に難しいところなんですけれども。
 ただ、実際やっている方もいます。ですから「そういう人でも出来るような介護の現場というのはないのか」というのはすごく私たちの中でもテーマになっています。

正田:そうですか。重要なテーマかもしれないですね。

広野:例えば冊子に載っている広汎性発達障碍でADHDも結構入っている看護師の彼女が働いているところは重度の知的障害者施設なんです。いくつも同時に仕事をするので患者さんに言われたことをすぐ忘れちゃうというようなミスがありましたし、急性期の病棟だとミスが命に関わることもあるかもしれない。

 そういうわけで病棟勤務はもうやめようということで、次に健康診断の会社に入ったんですが、それでも何というか、人間関係ですかね。そこで彼女カミングアウトしたんですけれども、「いや障害者を雇っているなんで、周りに知られたくないから言わないで」って言われたりして、上司の理解が得られずそこも続けられなくて。
 今のところはどうかというと、「人間は誰でも忘れるんや」と言ってくれる上司の方で。

正田:いい方ですねえ(笑)

広野:忘れないようにメモにして貼ってくれたりとか、声かけしてくれたりとかがあるので、仕事をちゃんと出来る。彼女自身も利用者の方のお漏らしのお世話なんかも特に負担に思わずむしろ喜んでできる。そんなふうに配慮してもらいながら出来ることは頑張って、続けていられる、っていう。
 会社の方針と、その人の能力とがマッチすることがすごく大事なのだと思いますね。

正田:そうですねえ…。
 今、どちらの企業さんでもこの発達障害や凸凹の問題は避けて通れないと思うんです。ただ気がついてない企業さんも本当に多いんです。


■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく

正田:今日お話を伺って、新しい疑問がどんどん湧いてきてしまいました。
 発達凸凹の概念を使って特性を理解して仕事をすることによって障害にならずに済む、すごくすばらしいお考えだと思うんですけど、逆に障害者支援法の「2%枠」、あれで障害のある人は守られるんではないのか、診断を受けたほうが守られるという面はないのだろうか、とか。

広野:ああー。実際には、守られるのは「雇用」なんですよ。でも普通に、結構いい大学を出てはる人がいっぱいいるので、普通に通っちゃうことがあるんですね、正社員で。ホワイトカラーで。それのお給料と、守られた障害枠のお給料と、全然違うんですよね。

正田:なるほど。

広野:それを考えると、守られるとは言うけれども、まだ発達障害の人ってまだ企業さんもわかってないので、(障害枠での)待遇は低賃金、単純作業のパートと同じぐらいなんですよね。そうすると月10万ぐらいですか。ちょっと多くても、正社員で雇ってもらってだと15万、20万、いくかどうか。そして昇給とかほとんどないんです。
 だからそれを考えると、そこの枠にすすんで行きたいっていう人はやっぱりなかなかいなくって。正社員で入ってそれなりの年数経ってる方は、どんなに仕事ができなくても障害枠の何倍ものお金をもらってるんですよね。そういう現実があったときに、これを諦めてこっちへ行くか、という問題というのはすごくあります。
 そのへんは今後一つの大きな課題ではあると思います。
 今、正社員とそうでない人ってものすごくかけ離れてますよね。(非正規より)もうちょっと安定しているけれどもお給料は少しでいいような、そういう層のお仕事をつくっていただいたらいいんじゃないかなと。

正田:本当ですね。

広野:以前企業向けの講演でご一緒させて頂いた弁護士の先生が、そういったことをおっしゃってたんですよね。障害枠でもなく、正社員のすごく稼いでる枠でもなく、もう少し柔軟に対応できる中間の枠をつくって、正社員でほかの人のようにできない人でも正社員で雇用できるような規定のようなもの。そういうお仕事をつくれば、そこでトラブルになるようなことが減っていくんじゃないかと。そういうお話をされていました。
 そんなにめちゃくちゃ給料をもらえなくていいけれども、障害枠はイヤや、という人たち。多分発達障害の人のほとんどそうだと思うんです。
 本当に仕事がなかったり非正規だったり、不安定で来月お仕事があるのかどうか、というような感じで生きてらっしゃるので。でもそういう層の人、結構な数いらっしゃると思うんですよね。
 そういう人でも生きていけるような社会のシステムを作っていただけたら、この問題は少し解決するんじゃないかと。メンタルヘルスも含めてですね。

正田:今、相当数いるんじゃないかというお話がありましたけれども、ざくっと見積もって何%ぐらいの方がそう(発達障害)なんでしょう。
 
広野:パーセンテージはちょっと書いてなかったかな…

正田:実は去年マネジャー側から聞き取りをしまして、診断を受けているいないに関わらずマネジャーからみて特殊な配慮の要る、能力のアンバランスのある人が1割ぐらいいる、300人の中の1割ぐらいという感じだったんです。

広野:ええ、ええ、そうですよね。
これ(資料)は、「社内にそういう特性のある人がいますか?」と会社の方にアンケートをとらせていただいたんですが、色がついているのはADHDだったりASDだったり混ざっていたり。「こういう人たちが社内でトラブルを起こしたか」とか「対応は上手くいっているか」とか「誰がその人の対処をしているのか」などを調べてみました。
こういう人がいるかどうか、ということで言うと9割以上の会社が「社内に何人かはいるよ」という答えだったんです。まあ、それは当たり前の話やと思うんですけれど(笑)、
こういう人がいない会社というのは基本的にないだろうと。5人とかでやっている会社だとわからないですけれど。何人か集まったら絶対1人2人はいますし、配慮が要る人達はおっしゃったように1割以上はいると思います。
 でもその人たちをみんな障害枠にしてしまえ、と言ったら、2%では全然足りないですよね(笑)

正田:そうですよねー。


■会社でうまくやっていくには自覚がポイント


広野:その中で私たちがやっているのは、「凸凹があっても会社で上手くやっている人たち」を拡げる、という。

正田:会社で上手くやるのに、ご本人に能力の凸凹の自覚がないと難しくないですか。

広野:そうなんです。私たちの会に来る人たちは、基本的に自覚のある人なので。来たばっかりの人はまだ訳がわかってないかもしれませんけれど(笑)
 うちの団体自体は10年以上やっていますので、結構ご自分のことを分かってそれなりに上手くやってらっしゃる方もいますので、取りあえず仕事をしていて凸凹がある人を100人ぐらい集めて会をやったんです。「発達凸凹100人会」というのをやったんですけれど、そこで「私たちの困っている問題とはこういう問題だ」、「こういうことで私たちは会社でトラブルを起こしている」と自覚があるわけなんです(笑)

正田:(笑)

広野:そこで、じゃあどんなトラブルを起こしたのか、それをどんなふうに工夫したり変えているのか、ということをみんなで話し合ったんです。それをまとめてこのマニュアルを作りました。これが少しでも理解につながったらいいなーと。
 こういうことを会社の方が知っていただけるかということが大きいと思います。これを見ていただくと、「自分もこういうことがあるな」とか「こういうトラブルをこうやって乗り越えているな」ということに気づくというか、「自分にもそういう特性がある」ということを自覚してくださる方が結構いらっしゃるんです。
 そうすると、あとは程度問題ですね。すごい(凸凹が)強い人か、ましな人、みたいな感じになるんで、すごい強い人に合わせてみんながミスしないシステムとか情報伝達をしやすいシステムを作れば、みんながやりやすい職場になるはずなんです。
 そういう観点で「発達凸凹」というものを理解してほしい、というのが私たちの思いです。「ややこしいヤツやから排除してやれ」とか「困ってるから、じゃあほかと隔離しよう」とかそういう特別扱いする問題ではなくて、この人が上手くできるようなシステムを作ることによってみんなが上手くできる。という観点で業務改善をしていただきたいな、と。
 そういうことが出来ているケースもこのマニュアルの中にちょこちょこありますし、企業向けの講演を最近ご依頼いただいてしていると、

正田:なんだかすべての企業さんで知っていただきたいです。講演されたらいいと思う(笑)

広野:ええ(笑)。そういうとき、「うちではこういうことをしています」ということを教えてくれる企業さんが増えているんです。それをまた集めて「こういうことをしている会社さんがいます」ということを言っていったら、みんながやりやすい職場ができていくんじゃないかと思うんです。

正田:いいですね、いいですね。全員の方がこのチェックリストをやっていただければ。

広野:そうですよね。
 「発達障害をもつ大人の会」という会の名前が、「発達障害」と書いてしまっているので企業さんとしては「あ、障碍者の問題ですね」と捉えられてしまうのが今の悩みです。

正田:なるほど。


■「私も仕事できない人だった」(広野)


広野:私自身も昔はまったく仕事できない人間で、何を求められてるのか全然分からないんですよね。私もアスペルガーの傾向が強いので。

正田:お話していて全然そういう感じは受けないですね。一方的に話したりされないし。

広野:今はそうですね、今は多分そんなにないと思うんですけれど。
 大学卒業して配属されたのが秘書の仕事だったんです。なんかね、空気が読めないんです。そこでどんなお仕事をすることが認められることなのか、というのもまったくわからない。ただそれを教えてくれないんです。

正田:うーん、秘書って空気を読む達人がなるものだとばっかり(笑)

広野:そうなんですよね。多分、見かけが「出来る」と見えるみたいで、きちっとしてるように見えるらしいんです。見かけだけだと。

正田:そういえば確かに…(笑)

広野:けど実際は遅刻もひどいですし、スケジュールもめちゃめちゃ忘れますし(笑)

正田:え、そうすると今日なんかは。

広野:今日はですね、ちゃんとスケジュール帳を朝、確認できたので。
 でもね本当に忘れちゃうときもあって、人に言ってもらったりしないと本当に完全に飛んでてすっぽかすことが結構あるんです(笑)
 そんなわけで向いてない仕事に就いてしまったものですから、「使えない」と言われているということが周りから(情報として)入ってくるんです。

正田:つらいですね。

広野:つらいです。でも何でかわからないんです、まったく。で学歴はそこそこなので(笑)
秘書というのは病院の秘書さんなので、医療事務の専門学校を出ている方が多かったんです。すると専門学校を出ていても学歴的には高卒なんです。だけど私は四年制大学で、あまり考えないで紹介してもらって入ってきちゃったんですが、大卒だから「出来るだろう」と思われていたんです。だけど全然気が利かないし出来ないんです。とにかく何を求められているかが分からない。
上司とはまあまあ上手くやっていけたんです。上司は「これやっといて」と言う。で、やったら「ありがとう」と言ってくれる。それはすごく分かりやすいんです。それ以外の周辺の雑用的なものというのは全然分からなくて、でやらなかったら、「何であの子やらないの、下っ端なのに」的な感じになるんです。「下っ端というのはこういうことをこういう風にやるものだよ」ということを言ってくれたら言った通りやったと思うんですけれども、それはしてもらえなくて(笑)
で、私が「お仕事かな」と思ってやったことは、全然お仕事じゃなかったみたいなんです。

正田:私も時々あります、それ(笑)

広野:周りからみて「何あの子」って思われていて、多分どう扱っていいか周りも分からなかったと思います。私自身も「出来ない」と思われてる、自分自身「出来ない」と自覚していることもあったんですけれど、「私は出来ないから」と言えないんです。

正田:はあ…。

広野:なんかこう、よけい「出来ない」と思われるじゃないですか(笑)出来ないと思われたくないし、傷つきたくないんです。あと排除されたくないし。表面的には「私出来ます」みたいな顔してるんですよ。だけど中味めちゃくちゃなんです。

正田:かえって損しそうな気が。

広野:ええ(笑)。そうすると向こうには、「こんな仕事私やらないわよ」という態度に見えたかもしれないんです。ただ私は気づいてないだけなんですけど(笑)実際はどうだったか分からないんですけど。
 もう私、1年経たないぐらいでかなり鬱状態になってしまって、そのまま(会社へ)行けなくなってしまって。たまたまその時付き合ってる方がいて結婚して辞めたんです。
あのままいたらかなり色んな精神疾患になってたと思うんです。最後、電車にも乗れなくて。各駅で毎回降りながら行ったり、朝も起きれなくて起きたら午後くらいになっていたりして。「わあ、こんな時間だどうしよう」と思っていると電話がかかってきて、「信じられない」「無断欠勤なんてあり得ない」ってワーッと一方的に言われて。何も言えない、どうしようもない。本当に辛くって。

正田:辛かったですねえ。

広野:そうですね。その後で「発達障害」というのを知ったんです。知ってからは「ああ、そういうことだったのか」というのがいっぱいあって。自分が生まれつきそういうことが分からないんだ、ということもだんだん分かってきて。
 それでも最初は普通の人のふりをしようかなと(笑)普通のふりをする努力をしてたんですけれども、それだと上手くいかないんです。例えば人との関わり方を克服しなきゃいけない。それから私、数字が弱いんですね。単純計算とかも間違いがすごく多くて、それを克服しなきゃいけないと思って金融機関の営業になったんです。

正田:それはすごいですねえ〜(笑)

広野:ところが、なったはいいんですけど、表面的に仲良くおしゃべりはできるんですけど、「契約を取る」ということが感覚的によくわからなくて。仲良くなっても契約には結びつかないんですよね。

正田:ははあ。

広野:そして書類の不備とかもめちゃくちゃ多いですし、あと「段取りを組む」というのが難しい。営業って段取り組んでスケジュール組んで動かないといけないんですけど、それができないんです。「あ、今日はここに行かなきゃいけないな」というところには行って仲良くしてしゃべって帰ってくる、みたいな(笑)全然、導入して説明して、という風にいかないんです。
 だから今考えると全然仕事になってなかったと思うんです。周りも扱いに困ってたと思うんです。だけど勉強はするので、勉強してFPの資格とかは取るんです(笑)だけど全然お仕事はできない。
 でも最終的にはノルマ制のお仕事なので、だんだんお給料が無くなっていって辞めざるを得なくなったんです。
 そういう経験を私もいっぱいしてきてるので、なんでその人が「使えない」か、が分かるんです(笑)

正田:それはすごい貴重な経験(笑)

広野:30代半ばごろになって、自分の特性もわかってこういう活動をずっと続けているので、色んな同じような方と話をするようになって、「あ、この人はこういうタイプだからこういう風に周りに思われてるだろうな」「こういう風に『出来ない』んだろうな」と。
 本人は「これが出来ないんです」と言ってるけど「実はこっちも出来ないだろうな」「こっちも多分出来ないだろうな」ということが分かるようになった(笑)
 そういうことを分かったうえで、「その人に何をやって欲しいのか」を明確にして、じゃあそれをやってもらうために周りはどうしたらいいか、本人は何を自分で分かってやっていったらいいか、をお互いに「歩み寄る」というか「調整する」ということをやっていけたらいい。


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり に続く



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは




※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 8回目です。

 
 組織のトップが末端の細かい問題までに及ぼす影響がいかに大きいか、優れたリーダーをいかに作っていくか。リーダー育成がなぜ急務なのか、という根源的なお話になりました。

0629



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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


****

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス
■オーナー企業の閉塞感

正田:
私はその発達障害の人たちに直接かかわっているわけではなくてマネージャーを介して関わっているわけですが、これはもう身びいきなんですけれども私どものところで学んでくれるマネージャーというのは、恐らくもともと「心の理論」の部分の才能があって、伸ばせば限りなく伸びる、伸びしろの高い人たちなんです。なので努力は非常にする、それこそソチオリンピック並みにする。でこっち側の人がこれだけ努力しているのに、こっち側の人たち何やねん、と私などからみるとそういう風にみえてしまうんです。

河野:そうすると、そこまでやって難しいのであれば、職場のルールを変えるしかないのかもしれませんね。

正田:まあ個別のケースにあまり踏み込んでお話しするとあれなんで、その会社の場合はかなりオーナー、トップの方に問題があって、原因はそこから来ているのかもなあという気もするんですけど。

河野:それはどういう原因ですか。

正田:オーナー企業の3代目か4代目かで、お坊ちゃんで、人を人とも見ないような使い方をするわけですね。

河野:じゃあそれが影響していますね、明らかに。結局そういうふうに扱われてきたので、自分が会社に貢献してもあまり何というか実入りがないんだという思いがどこかにあるんじゃないですかね。

正田:実入りって、例えば人間的に感謝されたり、そういう精神的報酬が与えられてないということですね。

河野:はい。そのオーナー社長さんも問題を抱えているわけだから。お父さんとかにもそうやって扱われたはずですよね。お前は4代目なんだからこうでなきゃダメだ、という育てられ方をして、それがずっとトップから下に流れ込んで、という感じじゃないですか。

正田:日本中そういうケースは多いです。やっぱり戦後すぐに会社ができて、それが3代目4代目になってますから、オーナー企業ってみんなそういう感じのところがあります。閉塞感のもとですね。

河野:地方の経済界ってそういうのが多くて、それが保守化を生んでますよね。多分女性の進出が難しいのはそこがあるのかもしれないと思ってるんですよね。

正田:ありますね。

河野:多分なかなかそういうのが変わらないのは、男が継ぐみたいな流れがあるので、地方だとそれがなかなか難しいですよね。
 大変ですよね、それ。

正田:(苦笑)


■組織は良くも悪くもトップ次第

河野:
だからビジネスの場合、その場での内側の人間関係が外枠を反映してると思うんですよね。そういう拒否的なことをやっている発達障害系の人がいるとするならば、大枠として拒否的な雰囲気というのがあるのじゃないかなと思います。
 でもそれは、オーナーの首をすげ替えるわけにはいかないだろうし、雰囲気を変えろというのは難しいですよね。ずうっとそれで扱われてきちゃったんだろうから。

正田:やっぱりそこがあるんですねえ。

河野:だと思いますよ。トップのムードというのはそのまま如実に反映するような気がしますね。

正田:ははあ。どんなケースをご経験になりました?

河野:大学でのことですけれど、最初に防衛大というところにいたんです。あれは大学と言えど大学じゃないんです。小さな、学生と言えど小さな部隊に分かれるんですけど、トップの雰囲気、影響力でもうそこが決まってしまいますよね。いい人がいていい雰囲気になってきたなあと思ったときトップが替わるとそこでコロッと変わる。いじめは増えるし、問題行動も増えるし、大体トップの持っている問題が下に流れ込んできてそれが出てくるという感じですよね。それはそのまま授業にも響くので、やっぱりそれが悪いと勉強ができなくなるし、できないのでひたすら厳しくするしかない。教育方法もいじめとか暴力みたいな形に行っちゃう。悪循環になっちゃう。
それはもう、見ているとトップによってここはいい、ここは悪いとクルクル変わっちゃう。
 ですから組織も同じじゃないかなあと思います。大学組織であって大学組織でない、学生組織であって学生組織でない、小さな職場のようなもので。聴くことができなくて、トップが。任せることもできない。そのオーナー社長さんも不安を抱えているのかもしれませんね。
 まあやはり発達障害の人にとっても、受容的な雰囲気であるならば、むしろ形として出ないようなものが、雰囲気が悪いと出る、というのが若干あると思いますね。だから個々の問題だけじゃなくて、グループとしてのムードはすごく大きいと思いますね。

正田:やっぱりそうなんでしょうね。

河野:学校のクラスでもそうです。そうそう、学校でいうと校長先生次第で学校の雰囲気がガラッと変わってしまいますね。個々の担任の先生の力ではどうにもならないところがあります。


■フロネシスをもつリーダーと承認教育

正田:
先生は以前ご著書にも「フロネシス」ということを書かれていましたね。

河野:フロネシス。賢慮。

正田:アリストテレスの実践知だったかな、経営学の野中郁次郎氏がフロネシスは企業のトップリーダーがもつべき倫理ということを書かれていましたが。

河野:そうですか。フロネシスというのは、テオリアというのが理論知だとすると、理論的に一般化された知識のことをテオリアというんですが、フロネシスは「その場で何とかすること」です。

正田:その場で何とかすること。

河野:徳のある人物、すなわち勇気があったり賢かったり、頭が良かったりする徳のある人物が、その場の状況に応じて、何かその場を切り抜けていくようなものを賢慮、フロネシスというんです。理論的な一般化された知識、科学的な知識というのとは違ってその場でうまく対応していく能力のことで、これはリーダーに必要な資格。

正田:なるほど。それはじゃあ、徳というのがもうちょっと高次のものがあってその下にフロネシスがあるんですか。

河野:ギリシャの思想の細かい部分はわからないですけど、多分フロネシス、賢慮というのは徳全体をまとめるような、高次の徳じゃないでしょうか。勇気とか親切さとかね、そんな個別の徳が色々あってそれらをまとめるようなのがフロネシスじゃないかと思います。それを養うのはなかなか難しいです。それこそが必要なものなのですが、養うのは難しい。
 アリストテレスは、フロネシスを養うにはそういうものを体現した良いモデルになる人物を見せることだ、と言っていますね。

正田:そうですね。そういうものを持ったリーダーが増えてほしいというのは本当に切実に願います。
 思い上がっているのかもしれませんが、私どもの承認リーダー教育というのは、結果としてみるとフロネシス的な振る舞いをするリーダーを作ってきたように思います。人々を隔てなく見、丁寧に対話し、その場その場で正しく状況判断をし、不確かな中でも勇気をもって決断をし、という。そこでは男性女性、国籍、といった従来の日本人リーダーが超えられなかった壁も自然とクリアーしていきます。また決断力も高いです。
 承認とフロネシスはイコールではないんですが、フロネシスに至る道のりの多くの部分をカバーするレールを承認教育は引いてあげることになるのではないかと。それくらい、他者を認め、他者の文脈を取り込むということは、正しい判断能力を形成するために役立つのではないかと。教科書には載っていないことですが、この12年間やってきまして私どもの感触というのはそうなんです。
 ただとりわけ今出ている発達障害の働き手の問題は、そうした判断能力の高いリーダーたちでもキャパを超える事態なんです。これは世界的にも同時に起こっていることなので、だからこそ新しい知恵を紡ぎだしていかなければならないのだと思います。

 今日はお忙しい中、貴重なお話を本当にありがとうございました。(了)




哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 7回目です。

 
 ここでは、12年にわたりマネージャー教育を行ってきた正田が、発達障害やさまざまな精神疾患をもつ人と接する際のマネージャーの「疲れ」について言及しました。
 

0829




哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


****


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」について
■職場は「共通善」を追求する場

正田:
お時間がちょっと押してきたんですけれども、一番おききしたかったご質問をおききしてよろしいですか

河野:どうぞ。

正田:私自身のルーツを言いますと、亡くなった父は確実にアスペルガーだったと思いますし、母もアスペルガーとADHD混在したような、非常に共感能力の低い女性でした。そういう親のもとで育って非常に不全感をもって育って、その反動で今、こういう「他人を理解しましょう」みたいな仕事をしてるんだと思うんですけど。
そういうルーツがあるからか、今でも「心の理論」のない人としばらく話すと、すごく「疲れる」んですね。ただ仮にそういうルーツがなくても、一般に共感能力の高い人と話すと癒し効果があって疲れがとれる、逆に低い人と話すと疲れる、というのはあるのだろうと思うんですけど。
 「心の理論」がない方というと、発達障害だけではなくて鬱の人、統合失調症の人などもないのだそうですが、 「心の理論」がないということは、互酬性がない。
 そこで多分職場のマネージャーも毎日疲れてるんじゃないかと思うんです。こういう(発達障害や精神障害の)人を理解しなさいよ、ということはできます。その人に合った仕事をさせてあげましょうよ、条件を整えて働きやすくさせてあげましょうよ、ということはできます。でもここで感じる「疲れ」というのを何ともしがたいんです。

河野:なるほど、自分の方が向こうに認められてない感があるわけでしょうか。

正田:それはあると思いますね。例えば「承認」を学習して実行している人というのは、決して「相手から認められたい」ということを最初から目的にしているわけではありません。しかし多くの場合相手から信頼とか感謝とか、指示に従ってくれるとかの報酬が返ってくる。すると無意識にそういうものを期待するところがあると思います。その期待が裏切られ続けると、疲れが蓄積してくる…。
 いわば、対人支援の技術を自分が持つことが、自分の心を傷つきやすい無防備な状態に置くことにもつながりかねない。だから「自分の心を守る技術」というものも教えないといけないかな、と思っています。
 例えば、アイコンタクトがない。自閉症の人だと「視線が合わない」「通り抜けるような視線」ということがよく言われますが、そうしたことでも接しているうちに疲れが蓄積する可能性がある、ということ。

河野:なるほど。例えば、一方的に相手が話してくる、みたいなこともありますよね。どうしたらいいですかね。僕だったら言っちゃいますけどね、「私もしゃべりたいので、しゃべらせていただけますか?」と。

正田:ははあ…。まあ一方的に話す以外にも、例えば職場でしてほしいことをしてくれない、先ほど休憩の問題が出ましたけれども、それ以外にも、ちょっとした配慮、ほかの人に協力してくれない、とかですね。
 職場って「共通善を追求したい」ところが学校よりも強くって、その「共通善」の中に結構共感すること、しあうこと、が含まれていると思うんですよ。

河野:なるほど。相手の仕事を共感して「大変だったら手伝おうか」とか、これは今度一緒にやろうか、とか協調行動が必要なわけですよね。
 まあ学校って「個人を伸ばす」みたいなところがあるので、そういうのはずっと職場のほうが強いですよね。そういう時にそういう人が出てきちゃったらどうするか、っていうことですよね。
 逆に言うと、相互に仕事を期待しない形にはできないですかね。

正田:結局今そういう方向にはなっていますね、そのケースに関しては。職人仕事のような、その人だけで完結する仕事を与える、そしてやっぱりリーダーは??という判断になっているんですけれども。

河野:確かに発達障害である程度重い人たちというのはそういう作業をやってもらいますね。ただ、かなり重い人がまったく他人のことを気にしないかというとそうじゃないので、引き出せると思うんですけどね。なんで引き出せないんだろう、ただ気がついてないからだけじゃないんですよね、多分。こういう風にしてほしいけどどう思いますか?って話してもいいんじゃないですかね。

正田:当事者のマネージャーというのは、ここで考えられる大抵のことはもう既に試みていますから―、
 一度問題を整理したいのですが、ここでは特定企業で起きていることというより少し一般化させてください。
 先ほど発達障害の人も決して共感能力がないわけではない、ただ認知能力の問題があるので隠れているんだ、というお話で、そうするとその認知能力の特性をよく理解した人が周囲に指導者としていて、適切な療育とか働きかけをすると、共感能力はないわけではないので伸びてくる、ということでしょうか。
 ただ現実には現代はまだ過渡期で、児童期〜青年期に診断され療育を受けなかった、自分の問題を自覚していない発達障害の人が職場にいっぱいいます。それまでに沢山の否定された経験をもち、挫折感をもち、自覚していないがゆえに、その人たちの振る舞いは、私たちの考える「人格の悪い人」「能力の低い人」とか、「倫理的な悪」に近いことになってきてしまう。
 ではその人たちにどうすれば、というと、身近な指導者、マネージャーがその人たちの特性を理解してあげてうまく仕事を振ったり指導してあげて、というのが取りあえずの解になるんですけれども、じゃあその指導者はじめ周囲の人の感じる「疲れ」をどうしてあげたら、というのが今の問いです。その障害の人が問題を自覚しないまま今まで来て、二次障害などもいっぱい出てこじれてますます難しい人になっている、というのは今そばにいる人の責任ではない。難しい人のそばにいて指導することを義務付けられているだけで疲れるだけでなく心の病気になってしまう恐れもあります。実際、聴き取りをしたほとんどのマネージャーは部下の発達障害らしき人に対して、いらだちや怒りを感じたり、夜も眠れないほどその1人の部下のことばかり考えてしまう。
 「疲れ」の問題がある、ということを認めてあげないと、例えば発達障害のお子さんを毎日お世話しているお母さんに「たまには1人で遊びに出かけておいで」と言ってあげることも必要でしょうし、マネージャーであれば自分の疲れに気づいていないあまりパワハラをしてしまう恐れもあるわけですね。

河野:なるほど、「疲れ」がある、ということを認めてやる必要があるわけですね。


>(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終) に続く




哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 6回目です。

 
 「鎌倉哲学カフェ」など今、あちこちで見事なファシリテーションを披露される「対話する哲学者」河野氏。ファシリテーターの心得や、公共の場のありかたについて語られました。


0735

 

哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(6)ファシリテーターの心得と公共の場

■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
 「僕は『自分は間違ってるかもしれない』と思って臨みます」(河野)


正田:
そうですねえ…。
 先日、組織内ワールドカフェをしまして、同じところでワールドカフェを2回やりました。1回目には問題を出すだけ、という回をやったんです。

河野:いいですね。

正田:上司がコーチングを学んでいるから、ファシリテーター役をやりますね、4人1組の中で。そうするとやっぱり、部下が問題点を言ってきたときに「ちゃうやろー」と言ってしまった、という上司がいて、私は「まあ人間だからしょうがないかなー」と思いながら、そのメールへのお返事に、
「普通の人というのは問題を一通り言ったあとで『いや、これは別の考え方ができるかもしれない』と思える。自己治癒能力というのがあるから、それを信じられたら、『ちゃうやろー』ってあなたから言わないで黙ってられるねんで。そこは場数やで」
と、そんなことを言いましたね。ただ、その自己治癒能力があるのはメタ認知能力のある定型発達の人の場合ですけど。
 職場でやると上司がみてどうしても「正しい」「正しくない」は普通以上にわかってしまう。また多くの場合上司は、部下以上に仕事にパッション(情熱)を持っていますから、「怒り」がわいてしまうのも無理からぬことなんです。そこを何とかコントロールできるようになるといいですね。
 別の上司の人には、「やっぱりこんな失敗をしてしまった」と書いてきたので、「私もコーチングを習って半年目ぐらいにロールプレイの中で何かをすごくできてない自分を自覚した、それからできるようになった、だから失敗して自覚することが一番学ぶきっかけになるんですよ」とお返事しましたね。
 その時はたまたま2回あったので1回目は失敗していいと思うぐらいの余裕があったんです。やっぱりマネージャー自身が職場のファシリテーターであることは大事なので。

河野:僕自身が哲学カフェをやるときの心構えは、「僕は間違ってるかもしれない」。いつもそのつもりで。今までの哲学の理論で言われてきたことが全部間違ってるかもしれない。「マイト・ビー・ロング(”might be wrong”、間違ってるかもしれない)」とそういう感じですね。それを正せるきっかけがあるといいなあと探る感じ。まあ、要するに「学ぶ」という感じですね。そのつもりでファシリテーションをやると、僕はずっとこの人と付き合ってきたけれども、全然知らないかもしれないし、僕の今まで考えてきたことは間違ってるかもしれない。多分間違ってるんです。それぐらいの気持ちで。

正田:ほう…!

河野:それぐらいの気持ちで臨むと「え、どうして?」となる。ちょっと違うところからの問いになる。感性が働くんですよね。
 自分と違う感覚に出会ったときに、「自分が違うのかもしれない」。「それは違うだろう」と自分に言う必要があるかもしれない。でも「なんでそう思うの?」と、理由は聞かないと納得はしないので、それは訊くんです。

正田:その感じを体得出来たらいいですね…。先生の場合何かきっかけはおありになりました?

河野:いやいやでも、間違ってるかもしれないというだけの話ですよね(笑)正しいことを知りたいのであって、そうすると自分は間違ってるかもしれないですよね、やっぱりね(笑)


■“おじさま参加者”をどう扱うか

正田:
変な質問ですけど、先生がそういうスタンスでファシリテーションされたときに、年齢層の高いほうの方が、「オレは人生経験あるんだあ」という感じで来られて、「そんなのあんた若いから知らないだけだよ、こうだよ」って言ったときに「でもあなたはこの件についてちゃんと考えてなくてオレのほうが正しい」って思うことはありません?

河野:そういう風には思わないようにしてます。絶対、そういうふうに言ったからには動機と道筋があるはずなんです。必ずそういう発言には文脈があって、「なぜあなたは自信があるのを人に言わなきゃいけないのか」の理由があるはずだ、と思うわけです。
どうしてわざわざここに出てきてそんなこと言わなきゃいけないのか知りたいな。そしてなぜそれを人に強く言いたくなるのかなあと、それに理由があるはずなんですよ。

正田:ああ、なるほどねえ。

河野:ファシリテーションのやり方って結構色々あって、私は結構心理学的な気がするんです。サイコロジーな感じがしますね。うまい人でももう少し硬い感じの人とか、議論が社会的なことに関心がいく人とか、でも僕はサイコロジカルなので、言うからにはそこに文脈があるんです。なぜそういう風に言うのか。探偵みたいな感じなんだけど、そう感じますね。
 言ってることって必ず何か文脈があって、その文脈は何だろうか、と考えることは大事だと思うんです。
 先ほどご質問を受けた女性の地位に関しても、なるほど神戸市ってそんなに専業主婦が多くて(笑)ときくと「ああそうなのか」。大阪って結構商人のまちだから、まちを歩いてもおばさんたちというと悪いけれど商店で女の人が前に立って、「いらっしゃいいらっしゃい」って、こういうのがあると女の人が働くって別に当たり前じゃないのかな、というイメージがあったんですけど、神戸と大阪って大きく違った。そう思ったりもするし、もしかして海のまちだからそういうのがあるのかな、とかね。そういうふうに、情報をいただいたらどんどん膨らんでくるんですけど、何か言うからには必ず背景がある。映画の断片をもらってるみたいな感じですよね。

正田:ははあ。その人の文脈。

河野:その人の考え方は映画の予告編のようなもので、「ここだ」というところだけ言っているけれど、流れがあるはず。

正田:それで言えば、2回目のワールドカフェでは1つ新しいチャレンジをして、「大事な質問はこれです。『それどういうこと?』という質問を使ってあと一歩深く聴いてください」ということを言ったんですけど、無意識にそういうことをやっていたかもしれないですね。
 でもまた次のご質問で、その人のライフストーリーまで全部きいてしまったら、哲学カフェとしてほかの参加者のかたの機会を奪ってしまったりしません?

河野:それはそうですよね。ですからそこは全部全部話してもらうことはできないです。
 そういった人が多かった場合はやはり制限してもらっていますね。
 確かに、大体中高年の男性ですよね。奥さんに聴いてもらってないのかなと(一同爆笑)まずその想定を。それで「なんでこんな自分と違う人生を生きている人に言いたいのかな」と。そうするとライフストーリーというより「どうしてそうなんですか?」理由は何なんですか?」という感じで訊いたほうがいいかもしれない。そして、振ってみるんですね。「こういう風な意見をいただきましたけど、どう思いますか?」若い女性とか男性に振ってみると、大体発言できることがあるんですね、ぱっと言われるんです。そこで「それに対してどう思いますか?」と戻す。今まで反撃食らったことがないので、そういう人って。反撃というか質問を受けたことがない。もっというと自分の人生に関心を持ってもらったことがない。きっと。それで言ってるんですよ。

正田:ははあ(笑)
 ちょっとお客さんあしらいみたいなお話になってしまいまして。私は女性のせいか、「ものを知らない女に教えてやるとか説教してやる」っていうモードで年上の方から言われることが多いので、参考になります。

河野:確かにそういう方はいらっしゃいますね。そうした場合にいくつかやり方があって、僕は場合によっては「発言人形」を使うんです。縫いぐるみ、なるべくフカフカした可愛い縫いぐるみにします。ちょっとバカっぽいので、そうすると(笑)真剣な話もこれ持ってると真剣にできなくなる。これを持った人が発言する。持った人が発言するので、キャッチしますよね、これ投げていいわけです、離れた人に。鎌倉(哲学カフェ)ではそれはやりませんけれども。持った人が次に渡す権利もあるんです。「この人に話して欲しいな」と。そうすると、話す量が多いのが制限されますよね。
 まああの、小学校でもハイハイハイって手を挙げる男の子いますけれど、大体それと同じメンタリティ。先に言って認められたいっていう。

正田:ハハハ(笑)

河野:そうですね、今言ったように障害を持った人にとっての良い環境をつくるというのはまず大切なんですけれども、障害をもった人たちが気づきを自分で見つけるということが大切で、その気づきというのが色んな要因で本人が拒否したり、難しいのかもしれませんけれど。多分そのときに「自分の弱みを見せても大丈夫なんだ」という場面をどこかで作らなければいけませんよね。

正田:あー、なるほど。


■評価されることのない、ものを言える場を

河野:
弱みを見せると攻撃されるという絶対的なプライド…。プライドって、要するに負ける恐怖から来ていると思うんです。プライドって恐怖の産物だと思うんですよ。やられたり、負けちゃったり。恐怖というのは、自分が何かを失ってしまう、やられてしまうという恐怖心なので、それがない状態の中で、何か気がついて貰えるような研修なり、話し合いなりになるといいですよね。

正田:ははあ。

河野:だから、職場の評価とは別の、自分が安心して自分のことを話したりできる場ができないんだろうか。
 ただそれを作り出すのは会社全体のムードなので、そこを作っていくのがより上司の役目というか、経営トップの役目なんじゃないかと思うんですよね。
大学でも学校とかでも、ほかの職場でも同じだと思うんですけど、やっぱりいいムードがあった中でそういうことができるんじゃないか。
 病院とか伺ってみると、いい院長先生がいると公平な感じ、あんまり院長先生が良くないと個々のお医者さんや個々の看護師さんが自分を守ってるんですよね。自分の決められた仕事しかしなくって、公共性の部分が弱くなってくる。お互い助けないし、手を抜きやすくなるというのはききますよね。看護師さんとかの話し合いで。
そうすると、どうしたら問題点を地位とか立場とか限定せずフラットにしゃべれる場を作れるのかということですよね。
 それを作るのは、大きいと公平感があったりしますが小っちゃいと難しいですよね。
 何かやってれば上から「何やってるんだ」と言われちゃう。そこは僕なんかが語れるようなあれじゃないですけど。
 この間の企業内研修でやったことですけど、まったく企業の経営内容と関係ないようなことを話し合ってみる場があっていいんじゃないか、と思います。そういう場を仕事の場につくれないんでしょうか。
 仕事が上手くいってるとか上手くいってないとかの評価とは別に自分のことを話せる場ってあっていいんじゃないか。評価とは関係なく、自分のことを自由に言えたり、人の話を聴けたり、それについて語り合ったりする自由な空間。そういうのがなきゃいけないんじゃないか。
 そういうのが会社の中にできないものですかね。仕事の上で、例えば障害をどうしようかとかのテーマにしてしまうと、なかなか言えないように思います。そうじゃなくてこう、単純に自分の生活について語るようなことはないのかなあと。そうすると違うのかなあと思うんですよ。

正田:自分の生活について。なるほど。
 それでいうと私どもの受講生さんでは、姫路市立楽寿園というところで従業員同士、朝礼と仕事中にも茶話会のようなことをやって、プライベートのこと仕事のこと隔てなくなんでも語る場をつくったところ、従業員満足度も顧客満足度も向上したところがあります。そこでは「なんでもいいからしゃべって」といって、高齢の従業員さんが多いんですが、「きのう孫とどこそこへ行った」といったプライベートの話をする。受講生さんからすると、そういうのも「承認」の一環なんです。ホールシステムとしてのその人を認めるという。
 私どもはマネジメントはマネージャーがするものだと考え、マネージャー教育を充実させることによって高業績と職場の幸福感を両立させてきましたが、マネージャー教育の次の段階で対話を仕掛けることは大事と考えています。うまくすると適切なマネージャー教育のもとでは、それは自然発生的に起きます。先日のワールドカフェのように外から仕掛ける場合もあります。

河野:それはいいですね。
 僕のゼミでも、学問でこの本を読みましただけじゃなくて、なるべく自分の生活と結びついて、ちょっと恥ずかしいことでも言えるようなムードを作ることをしています。そうすると結束力がついてくる。本当の人の結びつきって、真実を追求するというか、真実を語り合うことなしにはできない気がするんですよね。真実が人を結びつけるというか。
 だから評価の中で自分を大きく見せたり、人を小っちゃくさせたりするようなことでは、問題が明らかにならない。なかなか難しいことだと思うんですけどね。そういった場を作れないかなーとは思います。

正田:真実が人を結びつける、だから対話を。ということですね。



■最もガードが固いのは「お母さん」

河野:
今、お母さんたちを集めた母親カフェみたいなことをやるんですけど、これは子育てについてはガード固いですね。

正田:それは面白いですね。そうなんですか。

河野:なんかね、すごく心配だし、子育ての仕方が人と違ったり批判されたりするようなことをみんなすごく避けますね。それで極端に言っちゃうと悩んで、どうにもならなくなっている。親子関係がこじれちゃって。
だったらどうするかというと、標準的に子育てをするって一体どういうこと?という問いがあっていいと思うんですよね。
 昔は多分、1人の子供におばあちゃんとかおじいちゃんとか関わっていて、沢山の人がみているということで相対化できていたんですけれども、今核家族が中心だと、かつ出てくるのは本で結構抽象的な育児論ばっかりだと、本当に使っていいか解らなくなっていて、心配を抱えている。その辺を話し合わせて。結構今までやった中でも最もガードが固い人たちです。子育てってこれだけ個人個人の中で固くて言いたくない部分なのかと。そこを何とかしようと。

正田:それは有意義なことですね。

河野:明日(3月2日)やるんですけどね。楽しみです。寄居ってご存知ですか。埼玉県の、東武東上線で上に上がっていったところでやるんで、ファシリテーター何人かで行って、片方で子どもたちは子どもたちでカフェやってるんです。絵本をみて語り合うというやつです。発達障害の子もいますけれども、大分落ち着いてきましたよ。2年間やっていると。大分落ち着いてきて、すごく元々頭がいいんです。でも暴れまわっちゃうんです。だんだん落ち着いてきて、きいてもらえます。学校ではすごくこらえているらしいんですけど、カフェに来るとまあちゃんと話せるし聴いてもらえるんで、だいぶ落ち着いてきました。今度はお母さんとでやってくれと言われていて、僕の知り合いたちは子どもとカフェをやって、私はお母さん方とカフェ。
 福島でやったときも良かったですねえ。震災のあとにしましたが、バーッとみんな吐露しますね。不安と怒りと。でもそれを吐いたあと、前に進んでく感じがあるんです。
 それは政治とか対立のない、ただ自由に話す場。それはなんていうのかな、「なんでもない公共の場」。
 何の評価もない、対立もない。公共の場というのは、必要なのかなと思うんですよね。

正田:まとめると安心というキーワードを実現するために、公共の空間を、組織内にも対話を、ということでしょうか。



(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」に続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 5回目です。

 
 数年来の正田の問題意識、「ナルシシズム」が今回の話題です。折りしも偽作曲家、論文捏造疑惑事件…とナルシシストたちがマスコミを賑わします。身近にいるナルシシストたちの困った行動とは、またそれに対する河野氏の答えとは。


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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(5)ナルシシズムは悪なのか
■ナルシシズムは氏か育ちか


正田:実はそこで、ナルシシズムに関するご質問になるんです。
 E・フロムは『悪について』の中でナルシシズムについて語っています。世の中には自己愛性人格障害という障害があります。またそれの強度なものと思われる、反社会性人格障害という障害があります。自己愛性人格障害は、最近のエポックメーキング的な著作『自己愛過剰社会』によればアメリカで16人に1人、20代で10人に1人の割合でみられ、急速に増加しているそうです。
 最近のわが国での偽作曲家事件、人気漫画家への脅迫状事件、尼崎の家族乗っ取り事件などは強烈なナルシシズムの人格を思わせます。マルハニチロの農薬混入事件もその気配があります。
 先生の『善悪は実在するか』では共感性、互酬性を倫理の基盤としていますが、一方で個別性個体性への理解、配慮もまたその倫理のための方法だというお考えもみられます。もしナルシシズムが遺伝形質としてあるものなら、生まれつきの個別性だから倫理的悪ではないということになってしまわないでしょうか。

河野:僕は基本的に、遺伝的に最初から悪である人はいないと思うんです。発達障害も、別に最初から対人関係が弱い、共感がないというよりも、認知上の問題で共感ができにくくなっているだけであって、それを上手くすれば。自閉症で人間に関心がない人はいないし。

正田:関心があるといっても自分にとってプラスの働きかけをするかどうかというそこにだけ関心が行ったりするのでは?

河野:多分、限られてきちゃったんだと思うんです。

正田:限られてきちゃった。

河野:はい、はい。ずっとそういう扱いを受けてきているので、そういう形の対人関係になってきちゃったんじゃないか。ずっと気がついてもらえなくて多分ずっと一方的に、拒否されることが多いとそうなっちゃう。だから二次障害だと思っているんです。障害が出てくることによって相手の反応が変わって、それによって二次的に障害が起きてくるんじゃないかと思ってるんです。
ナルシシズムも同じだと思うんです。ナルシシズムは誰にもあって、例えば偽作曲家の件でいうと、彼がああなったのはやはり理由があると思うんですよね。最初からそうではなくて、何らかの形で一歩足を踏み込んじゃうと自分では取り返しがつかず行ってしまう場合があると思うんですよね。だから本質的な悪とかがあるわけじゃなくて、そういう風になってしまう、送り込まれてしまう、そっちへ。という風に思います。

正田:どうなんでしょう、私ももとはそう考えていたんですけれども、やっぱり生まれつきのそういう傾向というのはあるようなんです。たとえば、ある人の息子さんは2歳か3歳のころ保育園の先生から「この子は私たちのキャパを超えてすごくいつもいつも褒めてもらわないと気が済まない子ですね」と言われた、という。その息子さんはもう大きくなって20歳ぐらいになって、結局ニートなんです。仕事に就いても続かないで辞めてしまって、を繰り返す。そういう例をみると、やっぱり生まれつき承認欲求が極端に強い人、永遠に満たされなくて定職にも就けない人というのは中にはいるのかな、と。また最近きいた話では親子2代でナルシシストの傾向の強い人というのがいて、近所から煙たがられているらしい。

河野:ああ、なるほど。確かにそういう傾向性の強い人というのはいるかもしれなくて、そういう人は周りの人が知らなかったんじゃないのかなと。やっぱり人に合わせてどうこうするというのをそこで作っていかなきゃいけない。人をどう扱うかというのは。
今までのやり方だと満たされないような承認欲求なのかもしれない、それは生まれつきなのかもしれない。

正田:人の生まれつきの個性と周囲の働きかけは相互作用すると思うんです。一般には生まれつきの個性を強化する方向に働きかけることが多い。承認欲求の極端に強い子に対しては、周囲はそれに負けて承認を与えることの方が多い、だけれどもそれは本人の「勘違い」を強化することになるかもしれないですよね。

河野:だけれども、それがすべて悪くいくかというとそうでもないんじゃないか。


■女優さんと政治家はナルシシストの職業

正田:
この問題については、人材育成業界の先輩で人の個性に詳しい方とこのところよく議論するんですけれども、ナルシシズムに関わる資質がある。ひょっとしたら承認欲求に関わる視床下部の線条体という部位が生まれつき大きい人というのがいるのかもしれません。そのナルシシズムが高い人でさらに他の資質との組み合わせによっては、常にほめられていないと気が済まない。自己顕示欲がすごく強くて、注目されていないと気が済まない。厳しいことを言われたときに反発して物凄い形で仕返しをしたりする。内省はしない。そういう人格の人は残念ながらいるようだと。
 コーチングでも一般に「強みは伸ばしましょう」という建前になっているんだけれども、ナルシシズムの資質だけは非常に伸ばしにくいのだそうです。例外的に、例えば芸術的才能に恵まれていて、なおかついい師匠に会ったらそこで開花する可能性がある。

河野:かもしれません。芸能人でそういうタイプの人はいるかもしれません。
ある女優さんが私の家の近くに住んでいますけど、かなりそれに近いですよ。

正田:あ、そうですか。ほう。どうですか。

河野:やっぱりナルシスティックだし、常に女優なんです。常に見て欲しいし、そのオーラがあるわけですよ。「見て欲しいオーラ」というのがあって(笑)普通の人と違うんですよ。

正田:はいはい。見て欲しいオーラですか…。私にはないものですねえ(苦笑)

河野:その女優さんの場合はまさにナルシスティックな人で、常にほめてほしいし常に見て欲しいし。ほめるに値することをやるし。それがまさに、「女優」という感じ。そういう人は、自分の本来持っているものと天職が合ったんでしょうね。ただそれは演技のほうの才能もないといけない(笑)ただそういう人はもしかしたら演技のほうの才能があるかもしれませんよね。

正田:そうですよね。

河野:まあずべての人がそういう風にするというのは難しいかもしれない。そういう人たちってプライドが高いので他人の影響で自分を変えないので、確かに教育には乗りにくいかもしれませんよね。
それでも、必ずしもそれが悪くなっちゃうかというとそうでもない気がする。
ぼくの親戚でもそういう人はいるけれども、押し出しが強いですよね。よくありますよ。場を圧する力。もしかして政治家に向いているかもしれない。

正田:おっしゃる通り、政治家って多分ナルシシズムがすごく高い人ばっかりなんだろうなって(笑)あれだけポスターに向かってニカッと笑って、その顔をずっと維持したまま有権者と握手して回る、そして「私はこんなすばらしいことをします」と言い続ける…。

河野:そうそう。いかに政策が良くて頭が良くて人の役に立ったとしても、自己顕示欲がなければ政治家になれないと思うんですよね。

正田:そうですねえ…。

河野:なったとしても、目立たない(笑)いい人ではあるけれど、目立たない。
だからとてつもない自己顕示欲と自己愛というのが、やっぱり政治家には必要なのかもしれません。
ただ政治家ってそれだけでもやっぱりダメで、自分はそういう人間なんだけど人の役に立つぐらいに思わないと。それはそれで居場所があると思うんですけど。
リーダーってある程度そういうところがないといけないのかもしれませんね。ただあまり極端だと、人のことを考えないようではいけませんけれど、バランスの問題でしょうけれど。


■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき

正田:
その極端なほうの例で言いますと、私の知っている中小企業の経営者で、ナルシシズムのものすごく高い、そして仕事面でもすごく有能なんですけど、女性に汚くてですね(笑)、会社の女性に軒並み手をつけちゃって奥さんにもばれて、その女性たちを退職させるような羽目になってしまう。

河野:あー。それはよろしくないですね(笑)

正田:承認欲求の最たるものは恋愛、(異性愛者ならば)異性からの愛だという、それは「承認論」の提唱者の同志社の太田肇先生(教授)も言ってるんです。その経営者自身、「自分の性的魅力をいつも確かめてないと気が済まない」ということを言ってるんですけど(笑)、際限なくそれを満たそうとしてしまうんですね。

河野:どうなんでしょうね、そういうのって脳の問題というか心の問題なのかもしれないんですけれど、どうしたらそういうのって満足するんでしょうかね、永遠に満足しないんですかね。

正田:あとはですね、あまり芸術的才能と縁のないところ、日常的なところでのナルシシストの症状でいうと、「職場で変な噂を流す」っていうのはよくやるみたいなんです。リーダーからよくそういう相談を受けます。

河野:変な噂っていうのはそれで注目されるし人をコントロールできるんで、権力欲が強い、権力欲の表れだと思うんですよね。

正田:権力欲というか、自己顕示欲というか。

河野:でもそれは良くないことなんで、倫理的な問題ですからね、それはわかってもらうしかないですね。

正田:そうですね…。それで結局リストラのリストの1番上に載っちゃうんです。

河野:なりますよね。それはどう考えても悪いことをしてるんでリストラのリストに上がるのは当然のことなんだけど、本人がそれを解ってないのが不幸ですよね。
どうして自覚させるかですよね。

正田:どうやって自覚するんでしょうね…。現実にナルシシストについて職場で扱いが難しいのは、注意されるとキレる、逆恨みする、だけでなくひどい形で仕返しする、それこそ注意した相手について変な噂を流すとか、それが怖いので周囲が注意しなくなっちゃう、問題行動を大目にみるようになっちゃう。それでその職場の善悪の基準全体がおかしくなってしまう。それが目に余るのでそれもあってリストラのリスト最上位になってしまうのだろうと思うんです。

河野:自覚させるというところが非常にむずかしいわけですね。


■自分の弱点に気づく知性

河野:
ただ、先ほどのその女優さんというのは、自分がそう(ナルシシスト)であることは解ってますよね。

正田:あ、そうなんですか。

河野:当然そう。そういう職業なんですよね。
ただ、謙虚なところもあって、僕の知り合いのブティックでいつも服を買うんですよね。「私服装のセンスがすごく悪いから、女優のくせに。だから服は全部あなたが選んでね」。こういう傲慢な感じでくるんだそうです(笑)

正田:そうなんですか(笑)

河野:それって面白い話ですよね。まさに女優としての張りはあるんだけど、自分は美的なセンスは、服装のセンスは全然ないんだということはよく解ってて、だから信頼できるお店に全部任せるスタンスで、「いい服選んでよね!」とこう強気な感じでくる。「はい」って売るんだ、というんですけれども(笑)
まあそれは、自分の強みと弱みが解ってらっしゃるからいいんだろうと思うんですよね。自分のナルシスティックなところというのは逆に女優としては張りであるし、カリスマ性というかオーラになっているんだけれども、「服はダメなんで」っていう。ちゃんとそういうのが解っていて。
だからこそ、ああなるほどこういう人たちはちゃんと生き残っていけるんだなと。結構言えばだれでも知ってる女優さんですよ。

正田:え!知りたい知りたい(笑)

河野:年配の方ですよ。まあナルシシストの人はそうなるといいですよね。

正田:そうですね。

河野:だから自分の弱点というのは消せないかもしれないんだけれど、でも強みでもあるんで、それをちゃんと活かせるように自己認識ができるといいですよね。
どうしたらそういうのを解るんですかね。

正田:どうですかね、ナルシスティックな部分と、クレバー…知性の部分と両立していればいいんでしょうけど。
その女優さんの場合だと恐らく、スターシステムの高みを目指すとか、常にトップステージを維持していないといけないという目標、かつ自分の強みとリンクした目標が確固としてあるんだと思います。それだとその目標に向かうために障害になる弱みを認識して潰す、という発想ができるかもしれないですね。だから目標達成に必要な表現力とかの能力があって、知性もあって、という。

河野:知性が低くてナルシスティックだとダメなんでしょうかね、やっぱり(笑)

正田:やっぱり結構そういう人の話はききますねえ。

河野:そうですか。どうしたら聴いてくれるんでしょうかねえ。発達障害の場合と違って似た人同士で集めて学ぶというのは難しいかもしれないですね。プライドが高くて学習能力がないようでは(笑)

正田: そうなんです、ナルシシズムというのは決定的な学習能力の弱さにつながってしまうかもしれないんです。自分の不足を認識してくそっと思って、周りのレベルに届かないのは何故?というプロセスが働かないですよね。

河野:ええ。そうですよね、そのプライドの高さが「くそっ」ていうのにつながっていい回転になるといいですけどね。そうじゃなくて、守っちゃったり排除したりするようだとダメですよね。

正田:ですね。
 先ほどの先輩によると、ナルシシズムをもっていてかつほかの能力があまり高くない人ですと、例えば学校で「この問題わかる人!」というと、本当は「ハーイ」と手を挙げたいのに、でも手を挙げて答えが間違っていたらと思うといつまでも手を挙げれない。みんなの前で間違うという屈辱を味わうのは耐えられない。そのうちにほかの人がハーイと手を挙げて正しい答えをして拍手をもらったりすると、くやしくてその手を挙げた人を憎んじゃったりする。そういうネガティブ感情の塊になってしまう。ナルシシストの方って。

河野:それだけやっぱり肯定感がないんでしょうね。なんで人ができることが自分ができないことを比較するのかなあと僕なんかは思うけど。やっぱりいつも比較されているんでしょうか。


■承認欲求に関わる環境要因

河野:
承認欲求が強いということは、人から優れていると認めてほしいんでしょうかそれともただ単に人に受け入れられたいんでしょうか。仲間になりたいんでしょうか。

正田:TA(交流分析)のストロークという考え方を使うと、悪いストロークを出すのも承認欲求の表れだ、と言いますよね。他人からのストロークが欲しい一心で悪いこともしちゃう。

河野:認められたいってどういう気分なのかなあと思うんですよね。優れていると認められたいというのはどういう気持ちなのか、って。そうすると丁寧に扱ってくれるわけですか。

正田:うーん。

河野:いや、優れていると言われて何が嬉しいのかなと最近思って。

正田:そうですか。先生ファシリテーションお上手ですねって言われて嬉しくないですか(笑)

河野:そんなに上手いと思ってないし。今は上手くいったけど次上手くいくかどうかは解らないし。

正田:あ、そうですか(笑)

河野:さっきの「クールな能力評価」みたいなもので、喜んでもあまり役に立たないじゃないですか。

正田:それは、先生やっぱり健全な方だと思います。承認欲求が極端に強くないということは。
技量が優れているかどうかは別に、例えば大学教授であられたり著書を出版されたり、あるいはファシリテーターとして人前に出るということでも、普通以上に承認欲求が満たされていらっしゃると思いますよ。

河野:認められたいというのは何かに帰属したいということなのか仲間として認められたいということなのか。あとは優位に立ちたいということなのか。

正田:仲間と認められたいというのは健全な承認欲求の範囲だと思うんです。むしろそれくらいはみんなに持っていてほしい。ただ近年はスマホの普及もあって若い人に「空気を読む」というのが蔓延して、「仲間と認められたい」が高じて「仲間から排除されるのが怖い」という、後ろ向きの承認欲求が目立つようになっていますが。

河野:そうですね。
 多分、上位にいなければ仲間でいられない、と思っているのかなあ。

正田:スクールカーストの問題とかはまさにそうですね。
 自己顕示欲に関しては、ナルシシストにとっては他人が注目されたら自分は注目されない、幸せがトレードオフなんですよ。

河野:ああなるほど。ゼロサムなんですね。なぜそうなんですかね。

正田:わかりません。

河野:そこの発想おもしろいじゃないですか。誰かが注目されたら誰かが注目されなくなるというのは。こう、奪うものなんですね、きっとね。愛の総量みたいなものがあって、奪うものなんですよ。そういう経験をどこかでしているかもわからない。
 先天的なものって「変わらない」という意味だけであって、どういう行動パターンなのかというのはまた考えなきゃいけないですよね。脳がこうだからというのは後付けの話にすぎないので、それはそうなんだではなくて、それを変える手段というのはきっとあると思うんですよ。

正田:そうですね。
 あ、考えてみたら団塊の世代にはナルシシズムの強い人が多いですね。ベビーブームで一学級が50人も60人もいて教室からあふれ出すようにして授業していた、学校時代も就職してからもひときわ数が多かった中で注目されるために血道を上げてきた、その闘いの勝者として勝ち残った人たちはナルシシズムの匂いをぷんぷんさせ、少し下の世代を威嚇して委縮させ思考能力を奪ってきましたし定年後も現役世代に影響力を持ちたがる人たちが多い。介護職の人たちは、団塊の世代が要介護者になることに戦々恐々としていますけれども。
ということは世代的な特徴があるということは、ある環境の下で育つとそうなりやすいということですよね。

河野:そうですね。承認欲求は誰にでもあって、かつそれの強い気質をもった人というのはいるかもしれないけれど、度を超えるというのは多分、社会的な要因じゃないかなと。
統合失調症みたいに、器質性の病と言われていたものが最近環境要因が大きいことがわかってきたので、やっぱり環境要因が大きいんじゃないかなと思うんです。

正田:ああ、そうですか。統合失調症が。

河野:統合失調症ってしかも、社会的な病のような気がしています。ある社会では出ないんじゃないか。今の統合失調症は昔と違ってきてそれほど重症ではない。50年代にヨーロッパで撮った統合失調症の映像をみると一発で「これは統合失調症ですね」とわかるくらいはっきりしている。今はあまりそんなにわかりやすく出てこないんです。軽くなってる。軽くなってるけれども、それほど重症じゃない。
だから、統合失調症になる気質というのはどこかにあり続けてるんですけれども、表出の仕方は随分社会によって変わってくるだろうと思うんです。

正田:一昨年インタビューした遺伝子学者の方によると、統合失調症になりやすい遺伝子はあるんだそうですけれどもそれがオンになるか、それとも一生スイッチが入らないで生きられるかは食べ物が関係するんだという研究が最近まとまったということでしたね。ただそれだけではないだろうと思います。やはり食べ物以外に社会関係、人間関係が影響するのだろうと思います。

河野:同じようにナルシシズムも誰もが持っているし強い人もいるかもしれないけれども、それがどんな形で出てくるかというのはやっぱり社会的な要因で、こじれてしまったらなかなか人間って歳を取ると変わりにくくなるかもしれない。
さっきの女優さんみたいにうまくそれを自分で統御して、自分の職業にプラスにしている人もいます。
まあこちらの『当事者研究』にあるように、今の状態からどうするかが問題なんであって、原因を問うても仕方がない気がしますね。

正田:はい。

河野:まあそういうのは、自分で問題を認識することがないと、不幸ですよね。周りの対処の仕方があると思うんだけれども、自分はこうこうで、と思っちゃってるんだということを知る必要がありますよね。

正田:そうですよね。
 ナルシシズム形成に教育の影響も結構大きくて、わたしどもが猛省しないといけないところです。
コーチングも心理学の端くれをやっていますけれども、世間一般にある心理学セミナーの類に好んで通う人にもナルシシストの人はよくみられます。「ありのままの自分を受け入れましょう」「強みを活かしましょう」「自分の本質を感じましょう」といった言辞が、ナルシシストの人には甘美に響いてしまうので、わたしどもそこには非常に注意を払っています。心理学セミナーに行った人がナルシシストの顔になって帰ってくることは多いです。当協会から他流派に流れてしまう人にはそのパターンが多いです(苦笑)
 だからわが社、厳しいですよ。「承認」のトレーニングはある意味、他人の美点に目を留めよ、外界の素朴な観察者であれ、ということを強く言っているので、リーダーがナルシシズム、自分の美点にばかり関心がいくということにはなりにくいプログラムではありますね。



■「問題に気づく場」について


河野:
ナルシシズムにしても発達障害にしても、問題のある人は見ているとある程度わかるので。対処の仕方をある程度人によって変えられますよね。
 だからやっぱり周りも認識しているかどうかが大きい気がしますね。ぴんとくるかという。
 大学にいるとそういう子を沢山みるので、ぴんときますけれどね。

正田:ああそうですか。沢山ご覧になっているから。

河野:センサーを働かせる機会が多かったので段々わかってきた感じですね。
 大学だと学生相談があって、そこでは勉強の相談ももちろんあります。「授業が難しくてついていけません」とか「どういう風に履修したらいいでしょうか」というのも。あとは生活上の相談ですが、大体二分されていて、経済的な問題か、障害あるいは精神疾患なんです。まあ本当の体の病気の場合もありますけれどね。大体病気か、金銭問題かの2パターンです。金銭問題のほうはお金のことを考えるという対処になります。
 病気の場合は来ただけでOKなんです。自分で何か問題があると思ってきているので。で対処のしようもあるんですけど。そうじゃない場合は大変ですよね。

正田:そうですよね。先生、例えば研究室に来られる学生さんで、本人は自覚してないけどこういう問題がありそうだと思われたときってどうなさってますか。

河野:特別なことはしませんね。ただ、こういうの(当事者研究など)を扱うことが多いので、本人たちが段々気がついてきますけれどね。

正田:ああそうかそうか、先生の研究室の場合は研究対象がこうでいらっしゃるから。

河野:ある場合は、ですね。軽ければ、僕も自閉症の当事者研究などをみて、ああわかる、ということが結構あるわけで、逆に「全然これわからない」という人は何らかのセンサーが鈍いんじゃないかと思います。人間の何かの普遍的な傾向というのが強く出たのが自閉症という病気だと思うので、これ(当事者研究など)読んでも全然自分と関係ないという人はちょっと鈍い。もしかして色んなことに気がついてないんじゃないかと。

正田:そうですね。
 以前、職場で「発達障碍者いじめ」というケースに遭って、あわてて綾屋紗月さんの本を紹介したり色んなことをやったんですが、みているとやっぱりそれをやるいじめ主のほうも、「いじめっ子傾向」というんですか、ある意味他人の痛みに気がつかないとか他人の問題に腹がたつことを抑えられないとかいう、障害と言えるかもしれないものを持っているわけですね。

河野:結構同種だったりするし、本人が問題を抱えている場合もある。多いですね。
自分のそれに気がつきたくないんですよね。

正田:ああ、おっしゃる通りですね。

河野:それを、本人にも気がつかせるといい。「なぜこの人のこれを問題だと思うんですか?」って、哲学対話で洗い出すことができると思うんです。
「どうしてこうなんですか」「どうしてこうだと思ったんですか」訊いていくと自分の問題にも気がつくと思うんです。

正田:去年河野先生主催の哲学対話のシンポジウムに行かしていただいて、まだ全部消化しきれてないんですけれども、何とかコーチングの中にも取り入れられないかなあと思いながら。

河野:はい。1人1人のことをよく聴く、よく理解するためにはすごく役に立つと思います。心理学のカウンセリングではないので、今与えられた状態をそのまま受け入れたうえでどうするか。
「あなたこういう病気です」ではなくて、まさに自己診断の病名をつけるのが一番大切なんです。この「べてるの家」に先々週も行ってきたんですけれども、そこで一番大切なのは、自分で自己診断をつけること。「統合失調症です」じゃなくて、自分で「何とか何とかタイプの病気です」と、自分で問題を自己診断することが大切。それが第一歩なんですよね。
 だからそこを何とか、対話で見つけるということができるんじゃないですかね…。
 何のいい悪いの価値判断もない、腹を割った話し合いができるといいんじゃないですかね。職場での問題というのを単に話し合うと。そんなことをやってみてもいいかなあと思うんですよね。沢山出てくると思うんですよね。

正田:出ると思います。

河野:それをフラットに上下なくちゃんと話し合える場。
 うちの学生で就職が最初難しくて4年やって今度編入で入ってきた、編入は3年へ編入する。そうすると3年から入るともう、哲学対話しかやらない。すると今度の就職のときすごく楽になった。

正田:ほう、ほう。

河野:なぜかというと、自分が何を求めているかが解りやすくなったし、相手のことも解りやすくなったし、表現、自己開示もしやすくなったので、すごく就職も簡単だったと。昔就職活動やって苦しんだのと比べてずっと楽になったと。やっぱり効果はあるなと思うんです。

正田:そうですか、それはすごいです。


(6)ファシリテーターの心得と公共の場 に続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビューの4回目です。


 お話は再度「発達障害」に戻り、自覚のむずかしさ、リーダーの適格性など突っ込んだやりとりになりました。


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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


****


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

■リーダーは教育者でなければならない



河野:ちょっと発達障害の話に戻りますが。

正田:先ほどのリーダーの適格性の問題で、もう1つそこにはあって、リーダーの機能であるケアっていう、メンバーをケアするという、そこを彼はあまり果たしていないわけですね。それもあって降格というのを言ったんですけれども。

河野:なるほどね。確かに教育者であることがリーダーということですよね。何でもかんでも自分でやるのがリーダーじゃなくて、それは一匹狼なので、リーダーというのは、色んな人の能力を上げてあげて、上げることによって仕事を上手くいかせるのがリーダーだとすると、まあご専門であるコーチングだと思うんですよね、リーダーとは。コーチして教育するのがリーダーの役割だと。
 それが上手くないということであれば、降格されても仕方ないなーと思うんですけれども、ただその人は、今までそれでずっとやってきてしまったんです。で多分その人のことを心開かせてあれすると、能力が高いにもかかわらず、自分のその部分というのはなかなか上手く向き合ったり社会化することができなくて、そこでこう、バンバンやることを中心にしちゃったんじゃないですかね。

正田:うん、大量生産の時代ってそれで良かったみたいなんですよね。

河野:そうですよね。今は大量生産の時代じゃなくて、人と人とのお付き合いが大切ですし、ま、ちょっと変わってきてるので、そういう発達障害系のリーダーの方以外にもそういう人は沢山いるんだと思うんです。工場でうまくバンバン作ってればよかった時代と、それは開発途上国時代ですよね。今は大分違うと思うんですよね。 

正田:河野先生のおっしゃる通り、「リーダー、マネージャーとはこういう要件を満たすものであること」という基準を設ければ、それを満たさない人は障害の有無にかかわらず降格、あるいは昇進させない、ということは可能ではないかと思います。それは決して差別ではない。
 発達障害の人の多い研究機関などはかなりこの問題に気がついていて、明らかにマネージャーに向いていない人はマネージャー職でなく専門職の別のコースにする、そういう判断は今、普通に行われていると思います。
 私がみてきた中では、発達障害を見いだされないまま、その人自身がリーダー、マネージャーになっているケースも現在はまだまだいっぱいあって、その場合はその下の人が非常に苦しむ。発達障害の方は、判断能力、ケアの能力いずれにも問題を抱えているので、下の人がどんどん心を病んで退職する、ということが起きてしまいます。判断能力の問題でいえば、全体を視野に入れて適切な判断をする、というのはこの人たちには無理難題で、努力しても恐らく身に着けられないことなんです。例えばわかりやすい記号に目が向きやすいので、みていると男尊女卑を自然と選択していることも多いです。また時間管理能力が低いので平気で遅くまで残業してしまう、それで部署全体が残業が多くなってしまう。突然怒り出してパワハラの加害者になってしまうこともある。障害があるのであればこうした人たち自身の責任ではないのかもしれませんが、こうした人をリーダー、マネージャーに登用すること自体がその人自身も部下も不幸にしてしまうとすら思います。


■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
    「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)


河野:
発達障害の人って、自閉症だからと言って、まあこっちの本にも書きましたけれど、対人関係が最初から、これ本当に間違いなんじゃないかと思うんですけれど、社会性の障害というか、社会的な関係を作ることの障害だといいますよね。それは私は間違いだと思うんです。

正田:えー、私社会性ってこと自体よくわからない…。

河野:やっぱり基本的に、綾屋紗月さんが書いているように認知上の問題点なんですよね。全体をバランス良く見ることができなくて、ちょっと細かい部分に集中しちゃう。それであるがゆえに言葉の意味も1こ1こ、コンピュータみたいに確かめないと気が済まなかったり。

正田:へへへ(笑)

河野:部分でもあんまり細かいことに気をとられすぎていて、そこにこう入れ込んでしまって、全体として大きく見なければいけないものをそっちに行ってしまう。
綾屋さんは自分の旦那である熊谷さんの顔すらも、誰だろうと思うそうですからね(笑)それぐらい細かい部分、例えば眉毛をクローズアップしちゃって、この眉毛は大島優子と似てるとか(笑)この人だれだっけ?と思うらしいです。

正田:ハハハ(笑)

河野:で、やっとそこから離れて、ああ、なんだ旦那だった、と思うらしいです。確かにそういう問題があると、対人関係の難しさは出てきますよね。だから、どっちかというと認知上の問題が対人関係の問題を引き起こしてるんじゃないかなと思うんですよね。

正田:認知上の問題、細部に注意がくっつきやすく、一度くっつくとはがれにくい、という問題ですね。
付き合いやすさでいうとアスペルガーの中にも「他者配慮型アスペルガー」と言われる区分の人たちがいて、そういう人たちだとアスペルガーでも非常に付き合いやすい。綾屋さんなどはそうなんだろうと思います。ただそういう人たちだけでもないな、という気がします。

河野:ともかくそれは、何か医療的な処置で治るようなものではない。自分の問題というのは自分でどういうふうに改良していったらいいのか、と考えるしかないと思うんですよね。
ただ職場でそういうふうにするというのは必ずしも同じような人が集まっているわけじゃないので、どうしたらいいのかということですよね。

正田:そこがですね、生身の上位の人、リーダーの人が定型発達者だとして、やっぱりそこまでの知識を持てない。まあ今企業の中の教育も非常に貧弱なんですけれども、対人理解のノウハウとか心構えとかそういったものをまったく教われないんですよ。


■学校が排除してきたから職場で戸惑う


河野:
学校がそれまで発達障害の人って排除してきちゃったので、結局特別支援学級に入れちゃってた。そうすると色んな人が教室の中にいなかったので、いわば先生が授業をやりやすいような子どもを作ってきたわけですよね。

正田:先生、そこは例えば40人学級とか学級の定員の問題まで踏み込まないと。

河野:大きいですよね、大きい。40人というのは大きすぎますよね。

正田:はい。

河野:やっぱり先進国は20人なので、比較にならないですよね。40人だと面倒を見きれないし、先生がパンクしちゃうと思うんですよね。
そこがあるのと、ドイツと日本ってそのへん考え方が似てるんですけど、障害の子を別にしてやると上手くいくと思ってるんですよね。でも上手くいかないし、子どもたち自体何も学ばないし、先生も何も学ばないんですよ。

正田:ああ、そうですか。

河野:そうすると同じようなものを同じようにやってスムーズに流れるものだけを経験してしまうと、ちょっと違ったタイプの人とかちょっと困ったタイプの人とかどうしていいかわからなくて、すごくストレスになってしまう。だからそういう人入ってくるな、ってなお排除的になるサイクルになっちゃうと思うんですよね。
 職場での対応では、私自身ではなく私の学生で今度博士課程に入った若手の研究者がいますけれど、彼女は特別支援学校にいてそこからNPOを作って障害をもったお子さんの就労支援をやってるんですよね。今までは人から愛される障碍者、みたいなのを作って(笑)定められた作業所にどういうふうに入れるか、というスタンスだったんですけど、彼女が今取材していて研究している職場というのはまったく普通の企業で、どんどん受け入れるんです。

正田:ほう。特例子会社でもないんですか。

河野:はい。パン屋さんなんです。特別なことをしているわけではなくて、普通に回して普通に儲かってるんです。大きく儲かってるんです。これは使えるというんで、ザクザク優秀な人が就職できないでいるんで、こっち来てくれとどんどん雇っているという状態なんです。その社長さんは僕直接お会いしたことない、今度お会いするんですけど、やっぱりこの人がどういう特性なのかと見て、適材適所に合わせたり、教育ももちろんしなきゃいけないし、職場の学びであるとかも配分の仕方が非常に適切であると。まあそれで上手く活かせてるというところはあるようなんですよね。
 発達障害に関してはどこでも沢山いるし、僕は増えているんだと思うんです。

正田:やっぱり増えてますか。

河野:生理的な何かの損傷だといわれていますけど、結構怪しくて何か原因ははっきりしない。

正田:愛着障害説というのもありますよね。

河野:はい。ただ、1つの原因によるものじゃないと思うんですよね。そして何らかの因子を持っているものが、社会の中でそれが進んじゃうという風に僕はとらえています。社会の在り方によって、誰でも癌にはなるし癌になりやすい人とあんまりなりにくい人はいるけれども、がんがん酒ばっかり飲んでれば肝硬変になっちゃうとかね、そういう話と似たようなもんじゃないかと思うんですよね。社会のその人に対する扱いが悪ければ、その問題が顕在化してくるということがあると思います。
 逆に、もしかしてこの人は軽く問題があったのかもしれないけれど上手く解消されているな、という場合も沢山あると思います。
 学者ってかなりの割合が発達障害ですよね(笑)。教授会とか行ったら9割ぐらい発達障害。

一同:(笑)

河野:いやいや、それでも何とか生きてますけど(笑)立派に社会人を務めてますけれどね、そこをどういうふうにしていくかというのは、今までは障碍者・健常者を分けて専門家が教える。しかし自分たちで問題を見つけていって話し合いとかでオープンに話し合って問題を自分たちで解決していくというカルチャーを作ったほうがいいのじゃないか。


■自分の問題にどう向き合うか

正田:
先生すみません、そのパン屋さんのような世界が広がるといいなと思うんですけど、現実世界の方に目を戻すと、私がよくみるパターンとしては、大企業から中小企業にどんどん発達障害系の方、その傾向をもった方を出向させたり、リストラしてしまって転職させたり、そういう人材の流入が中小企業にすごく起こっていて、なのに中小企業では教育が貧弱なので、そういう人たちにどう対応するかというのはまったくわからない。その人たち自身も自覚がないのでプライドだけは高くて、非常に職場でいやな人になっている。

河野:そうですね、わかります。それは大きな問題ですよね。例えば障碍者割り当て制度みたいなものがありますけれど、あれは例えば視覚障害だとか、杖ついてるとかはっきりしてるし、大企業のほうも断りきれない。とにかく連続体で、だれが発達障害ってはっきりわからないので、とにかく扱いづらい人をリストラして中小企業にくるという形になってるんでしょ?どういう風にしたらいいんですかね。大きな問題ですよね。
 それは何か、1つの会社だけで取り組めることではなくて、大きく社会で取り組むべきことじゃないかと。つまり成人教育の分野で、大人のための発達障害の本で今、たくさん増えてますよね。これを気がついてどうすればいいかというのを考えていかないといけないんですけど、中小企業だと時間もないし、人手もないし、そんな悠長なことやってられないのかもしれないですね。それはどうしたらいいですかね。本当にそこのところは一体どうしたらいいのかなと思いますね。
 理想的な状況でこうするんだ、とは言えるんですけど、現場の状況の中でどんな形で作っていったらいいんだ、と。どうしたらいいんですかねえ。

正田:どうしたらいいんですかねえ。
 最近もフェイスブックにお友達がコメントしてくれたのが、2人職場で、本当に小規模事業所で、でも相方が恐らく発達障害であると。いつもストレスを私にぶつけてきて非常に苦痛だと。相方は診断を受けている人ではないので自分の問題には気がついていないと。

河野:ということはまず自分の問題に気付かせる過程って一番大切ですよね。そう思いますね。それができれば、自分の問題どうしたらいいかと見つめることによって、やり方を考えるということができますよね。その意味で障害識というか、問題識、問題の意識をちゃんと持てるかですよね。そこがポイントですよね。

正田:それが本当に悩ましいところで。

河野:私も大学でやっぱり相談を受けるんですけれどもそこが一番のポイントですよね。重い場合だと統合失調症でもなかなか認めないし、発達障害の中でも。
 うちの学生の中でもああ私そうだったんだ、と気がついた、向き合うことができました、とリアクションペーパーを書いてきてくれたのはどういう授業だったかというと、障害をもった人たちが自分で「こういう問題があります」と語ったときなんですよ。
 私がやっている授業の中でこの中の綾屋さんも熊谷(晋一郎)さんもスポット的に授業内講師として来てくれたんです。話を1時間とか、してもらうわけです。そのときのリアクションペーパーで、「あ、私も多分綾屋さんと同じだ、私も多分発達障害だということがわかった」とか、「色々自分で本を読めるようになりました」とか、自分の今までの問題で人からとにかく責められていて自分はダメな人間だ、ルーザーだと思ってました、だけどもしかして、軽い綾屋さんなんじゃないかなーと思うようになりました、と。300人教室なんで、10何名かいたんですよ。

正田:ほお〜。綾屋さんの文章は価値ありますね。私もあれを読んだとき、「お友達がこういう風に言ってくれたら私この人と付き合えるのに」と思っちゃいました。

河野:そうですよね。ああいった例を、身近で話してもらうというのは結構大切かなと思いました。授業の中でそれができるかどうかわかりませんけど、自分が苦労して、同じような傾向をもった人が、実を言うと自分はこういう問題があって、こういった形で苦労してきてこんな形で問題と向き合ってるんだ、という。「ピア」(水平、仲間)っていいますよね、その人たちに話してもらうことで変わるんじゃないかなと。それが1つきっかけになるんじゃないかと思うんです。
 その何人かが僕のゼミに来てくれて、今修士まで行って勉強しようということになってるんですよね。でまたその学生たちがやりたいと思っているのが、学校の中でこういった問題を持っている先生たちに気付いてほしいと。それをどういう風に気付いてもらえるかというのともう1つは職場のこと。
そういうのを、自己開示する中で気付いていく。それこそ定型発達の人から頭ごなしに「おかしいです」って言われたら反発する。多分同じような人が言ったときに全然違う反応になるんじゃないかなと思います。そういう機会がつくれないかなと思うんです。

正田:はい。それはいいですね。

河野:1つはもちろん、社会的にはTVでやるべきなんですよね。TVで何か訴えることによって、マスコミがやることによって「ああ自分こうかもしれない」。
 もう1つは大学とかで、小中高の教育を受ける中で「自分はこういう経験をしてきていて」というと、ああ自分もそうかもしれない、と思いますよね。
 何度も言うように治療は何の役にも立たない。診断されてもそれで何かできるわけではないので、診断は必要ないんじゃないかと思います。ただ今この状態になったらこういう興奮状態になってこうするとか、自分で引きこもりたいときになったらこうするとか、そんなような対処法をすると随分違うと思うんです。
「自分はそうなんだ」と認めさせるのは、やっぱり似た者、似た人が言ってもらうのがいいんじゃないかと思います。どうですかね。
 その機会が、小さい事業所だとないんじゃないかと思います。大企業ならきっと可能です。研修で。

正田:そうですね。

河野:小さければ小さいほど、時間も作れないでしょうしお忙しいでしょうし、少ない人数で沢山の仕事をこなさなきゃいけない。人間関係も狭いとすると、苦労してしまいますよね。

正田:そうですね。むしろ発達障害やその傾向のある人たちは大企業のほうが生きやすかったんじゃないかと見ていて思います。

河野:ただ大企業の方も苦しいでしょうから、下から数えて働きが上手くない人とか付き合いづらい人とかをカットしていくと(発達障害が)入っちゃうんですよね。
「自分はこうしてきた」ということを誰かに語ってもらうのが一番いいのではないかと思います。あんまり近いと良くない、ある程度距離を置いた人に語ってもらって「ああそうなんだ」「自分もそうかもな」というところがあるといいですよね。
 ただそれに関してはあまり研究がありません。どういう風に就労するかというのはあるんだけれど、本人にどう自覚させて本人に何とかというのは、今までの研究ではっきり言ってあまりないですね。
当事者がどうするかと、医者がどうするか先生がどうするかの話ばかりで、本人がどうするかについてはないと思いますね。
 ようやく今社会人向けにいくつかの本が出てきたので、今後はそういうのをやっていかなきゃいけないところだと思うんです。
 一つの手立てとしては、当事者研究みたいに、似た人から言われると随分違うんじゃないかと。そういう機会を中小企業でどう作るのかというのは、中小企業のことは全然わからないので、ちょっと見当もつきません。どうしたらいいですかね。

正田:中小企業を対象とした公的支援機関というのは一応複数コンタクトはありますが…、できることとしてはわたしどもの手法で「業績向上策はこれですよ」という中で、これの1つのカテゴリーとして障碍者への対応があってまた発達障害者への対応がある、そんな形でしか言えないですね。
  診断されていない自分の問題に気がついていない発達障害の人にどう気づいてもらうか、ということですが、私は以前、「第三者機関」が判定するモデルをつくれないか、夢想したことはあります。就労して間もない人、1年生か2年生社員の人たちに集まってもらって仕事能力検定のようなことをして、そこで発達障害の疑いありとされた人は、改めて職場を通じて医療機関の受診を勧めてもらう。あるいはその会社に来ている産業医の先生から勧めてもらうのでもいいんですが、診断を勧めるうえで責任を分散するような仕組みがいるのかな、という気がします。でないとすぐパワハラ、メンタルヘルスの問題に発展する可能性があります。

河野:そうですね…、本人自身に自覚を持たせてというのは、今まで拒否されてきた経験があるからかえってプライドがあって、「自分は平均なんだ標準なんだ」という気持ちがすごく強くあると思うんですよ。

正田:学歴の高い人などはまったくそうですね。

河野:はい。自分は優れてるんだとそっちに頼ってしまう。他のところで問題があるからなおそちらに頼ってしまうということがあるかもしれません。そこをどうしたら向かい合ってもらえるかですよね。
周りもやるんだけど本人にもやってほしいですよね。


■「できない」ことを自覚できないのが悩みの種

河野:
先ほどのケース以外にはどんなケースがありますか?これは困った、というのはあります?

正田:沢山あります。例えば、やはり製造現場のリーダーが「女性は難しいですねー」というので「どう難しいの?」と訊いたら、やっぱりそのケースは発達障害だった。「女性発達障害」の方もよくみるとびっくりするぐらい多いんですけれども、現場の女性作業者のかたが、仕事メニューの中のごく一部の得意なやつしかこなせない。それは作業場の掃除であったり物の運搬であったり。そういうことは進んでやってくれるしよくやってくれる。ところがほかの、製造のほうの本当の作業は、本人はやりたがるけれどやらすとミスが多くてやらせられない。ただ「君ミスが多いよね」と言っても本人はそれを認めないので、自分の要求を通してもらえないと不満だけが残る、と。

河野:なるほどねえ、どうしたらいいですかねえ。「こういう風なミスしてるじゃないですか?」と言ってもなかなかわかってくれないわけですか。

正田:そこは言ってるみたいなんです。

河野:どういう状態なのかな、本人がミスと思ってないのか、ミスだとわかっているけど突っぱねちゃってるのか、どっちなんでしょう。

正田:ひょっとしたら私にも罪があるのかなあと思ってしまって、つまり「承認」をリーダーに教えるので、物を運搬したり作業場を掃除してくれたりしたらねぎらってあげて、「ありがとう」と言ったり「きれいにできたね」と言ったりします。そこで高揚感のようなものを(作業者が)持ってしまうとほかのこともできると思っちゃうのかなあ、と。

河野:うーん…そうすると、自己肯定感がそれまで十分になかったのかもしれませんねえ。「成長する」ということは、出来ることと出来ないことを分ける。「クールな自信」を持つことですよね。

正田:クールな自信ですか。むずかしいですねえ(笑)

河野:これは出来て、これは出来ないと。出来ることが増えると逆に出来ないことも増える。それを客観的に見れる自信。自信というか能力に対する予測みたいな感じですかね。それが形成されづらかった。
スポーツ選手って正確にそれを測るものじゃないですか。このジャンプは跳べるけれどここは難しいからちょっと無理しないとか、このジャンプは今日の天候だとあまり無理しないほうがいいとか、クールに測るのがソチオリンピックの人たちかなと思ったんですけれども、だからその人などは上手くいくいかないということについての経験が足りないんじゃないかな。だから何でも上手くいくと思っちゃう。ある部分で褒められるんだけど、ここは上手くいってないというのはなかなか受け入れられないのかなあ。ちょっとわからないですね。

正田:現実には「自分の能力不足に気づいていない発達障害の人」は沢山いらっしゃるみたいなんです。そこでマネジメントに対する不満も起こり、関係がこじれるようで、現場にとっては非常に頭の痛い問題です。


(5)ナルシシズムは悪なのか に続く


哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏インタビューの3回目です。

 
 ここでは、わが国では遅れに遅れ、アベノミクスでやっと重い腰を上げつつある?「男女共同参画」について語り合いました。

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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画
■日本のルールは「男の甘え」



河野:そういう風にしないと、例えば今男性・女性で言うと、仕事している女性は多いけれど、女性が高い地位に居られない日本の問題ってありますよね。
 日本は女性参画率がさまざまな国際調査指標で105位ぐらい。評判の悪い中東の国よりも女性が働きにくい国になっている。それは男性基準でルールを作っているからなんですよ。

正田:おっしゃる通りですね。

河野:女性というのは周期的に体が悪くなったりするものだし、もう1つは出産というものを経るもので、しかもそれはやはりある程度若いうちに経験しないときつくなってしまう。かつ、そういう人たちからわれわれ産まれたわけですから、それを否定するわけにはいかないわけですよ。そういった人たちも仕事をしていくんだというのは、当たり前のことなので、それを含んだルールにしなきゃいけない。今のルールというのは男の一部の人間たちが基準で、しかも母親や奥さんに支えられている男ができるルールになっているわけです。「甘えた」ルールになっているんです。

正田:フフフ、「甘え」の問題は私もしょっちゅう突き当ります(苦笑)。

河野:はい。それは今の男性というのは非常に甘えていて、甘えた男たちを基準としたルールになっていると思います。

正田:先生についてのルーツ的なものをお伺いしてもいいでしょうか。私たちは兵庫県だから余計でしょうか、神戸市は政令指定都市の中で専業主婦率が一番高いまちなんです。

河野:そうですか。

正田:そうなんです。兵庫県全体も女性の就労率というのは高くないです。その風土の中にどっぷり浸かっていますとね、男性というのは自分の有利なように社会を設計するのが当たり前なんだと、私の頭の中にもあるわけですね。それにガーガー文句を言ってるんですけれども(笑)
 なので、河野先生にとって何故そちらのほうが自然なのかというのは非常に興味深いです。

河野:私の母も専業主婦ではありましたが、ひとつには僕の祖父も戦前から戦後ずっと。小さいながら会社をやっていた。製紙業です。社長宅というのは工場の人も来るし銀行の人も来るし。祖母も副社長というわけではないんだけれども、秘書的な役割をやらなきゃいけない。そうすると主婦でもあるけれども仕事をするというのは結構あって、かつ祖母の妹も会社の社長だったりしたので、女性で仕事をやっているというのは当時からすると先進的な人たちだったかもしれない。だからそんなに違和感はないです。

正田:なるほどー。

河野:何でしょうね、主婦って独特の感じだな。家が大きくなるとお手伝いさんとかいるから、主婦的な業というのはほかの人がやりますよね。サラリーマンになって女性が1人という形で主婦ってできるんじゃないですかね。逆にもう少し地方だと、農家になってしまうと、奥さんも野良仕事をやると。
 あと商店だと奥さんもお店に出るということがありますよね。だから専業主婦というのは、サラリーマン化した、比較的最近のカルチャーじゃないかと思うんですけどね。

正田:そうですね。日本では明治大正のときにその専業主婦という職業の人ができて、それを昭和にずっと温存したんですよね。スウェーデンとかは1940年代ぐらいから男女共同参画をやっていて、そのあたりからもう大きく分かれてしまったんですよね。


■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に


河野:
そうです、そうです。今日本の場合多くの場合女性の進出が弱いからだと思うんです。原因として。
政治家も10%ぐらいしかいないでしょ。やっぱり半分近くはいかないと嘘じゃないかと思うんですよね。そうすると全然変わると思うんですけど、政治も。

正田:政治はどう変わるでしょうか。

河野:やっぱり基本的に関心の対象が変わってくるでしょうし、都知事になった舛添さんって昔は随分剛直なことを言う人だったけれど、お母さんかなんかの介護をみられるようになって、随分柔らかくなったと思うんですよね。その時から随分変わったなという印象がありました。本当かどうかわからないけど、直接会ったことがないから(笑)
 でも印象として言ってることが変わった気がするんです。それまでは「強い国家」みたいなことを言う勝気な人だったけれども、お母さんの介護をやるようになってから、随分考え方が柔らかくなったし「命」というものを近く感じるようになった。僕は好ましいことだと思ったんですよね。
 そんな要素が入ってくるし、あと家庭のこととかケアのこととか両親も年とるわけだから、そういうことを全部女性に全部押しつけて、企業とか大きな社会の発展の方を男が担って、という図式がなくなるんじゃないか。もう少し生活と仕事というのはバランスよく考えなきゃいけないところがあるし、もっとほかのことに目が向くようになるんじゃないか。
 もちろん男性と女性の生理的な差があると思うんですけれど、そこを含みこんでルールを作っていくというふうに世の中変わってくるんじゃないか。
 大学もそうですし、企業もそうだと思いますので。
 アベノミクスを待つまでもなく、女性の進出が今後の日本の変化の鍵だと思っています。


■海外の学会は子連れ参加OK

正田:
先生はこの間フェイスブックで高校大学の教員の男女比率を上げていらっしゃいましたね。

河野:そうです、(女性比率が)低いですね、極端に。びっくりするほど低いです。

正田:あれは何が原因だと思われます?

河野:原因はどこにあるかと1つに特定するのは難しいですけれどもやっぱりほかの社会と同じく、外で働くのが仕事で、哲学の分野で言うとびっくりするけど、僕より上の世代で「女性は哲学に向いてない」とか「考えることに向いてない」という人がいたんです。でも私の哲学の師匠は女性なので(笑)何言ってんだと思うんですけれど、まあそんな偏見があった。よく言われる「女性は感情的だ、理性的じゃない」。そんなこともないと思うんですけれども(笑)

正田:私は自分の実体験として言うと、感情的だというより向こうが挑発してくるよね、ということは結構あります(笑)

河野:そうでしょ。ある種、個人的に爆発せざるを得ないようなところに押し込められてしまう、押し込められてある意味感情的に反発するんであって、立場が別ならばそうはならないと思うんですよね。プライベートなことを言わなきゃいけないような場所に置かれているのでそういう反応になっちゃうので、(感情的だというのは)違うと思うんですよね。
 やっぱりでも外国に行って、北欧などで女性が普通に活躍してる場面をみると、いかに日本のほうが変わっているか、遅れてるかというのは実感しますね。
 北欧の障碍者の雇用でも、彼らの考え方は、働くことは人間にとって権利であるし、義務でもあると。したがってどんな重い障害があっても、働くのは当然なんだと。権利なんだと。学ぶ権利があるじゃないですか、それと同じ権利。
 社会に出ていくということが当たり前なので、社会の側が働けるような環境を整えてあげるべきだというのが、北欧のデンマークとかスウェーデンとかノルウェー、フィンランドあたりは徹底していますよね。
 収入の多い仕事でなかったとしても、どんな人でも職場にいると。まあ本当にその人が病院にいなきゃいけないような状態以外は、色んな人が職場にいるというのが当たり前で、そういったものを含めて人間なので。
元気な男もちょっと病気するとほんと弱くなってしまうんですよね。偉そうなこと言ってるんですけれども。一度病気するとすごく変わるし自分の弱さがわかるんですよね。
そういう経験をしてない、まさに甘ったれた男たちが障碍とか女性に理解がないということじゃないでしょうか。
 正田さんの「優勝劣敗と種の保存」のお話ではないですが、さっきの北欧の話ですと、やっぱり人間だから子どもが生まれなかったら途絶えてしまいますよね。

正田:北欧は子どもを大事にしますよね。

河野:びっくりするというか当たり前といえば当たり前ですが、学会では託児所じゃなくて、学会のホールに子どもさんがいるんですよ。託児所があってそこに預けるということも可能なんですけど、連れてきても構わないんです。なぜ、考えてみれば子どもが、邪魔をしなければ、職場にいちゃいけないのか。会場に子どもたちがいるんですよ。そういうのが当たり前なんだなと思って。

正田:はあ…。河野先生同世代でいらっしゃるからアグネス・チャンの子連れ出勤論争はご記憶でいらっしゃると思うんですけど、あの当時はどう思われました?

河野:はい、僕はもちろんアグネス・チャンのほうが正しいと思いました。ちょっと古いんだと思いますね、あのとき攻撃に回った林真理子さんとかは。
 働くことが神聖なこと、公(おおやけ)のこととみなして、私事(わたくしごと)よりも一段素晴らしいものだと思っているということだと思うんです。公というのは私を支えるためにある。国家もよく言われるように、個人の権利を擁護するための集団的な保険会社みたいなものですよね。
 会社というのも、言うなれば個々人の生活を上手くできて、かつ自分たちの作っている製品なりサービスなりがほかの人たちに役に立つっていう、最終的に個人の命を大切にするようなものであるならば、私事ということは、公のほうが素晴らしくて、こっちに子どもを連れていくなんてとんでもないなんておかしなことで、やっぱり生きていくことの大切さ。公のことよりそっちを大切に、逆にすべきだ。
 とするならば、子どもがいて当然だし、自分たちもそうやって育ってきたくせしてね、すっかり忘れてそんなこと言うと。私に言わせると、甘えた人間たちの考えだと。甘えるな!って言ってる人が一番甘えてるんです(笑)

正田:うん(笑)



(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)に続く




哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 立教大学教授・河野哲也氏インタビューの2回目です。

 ここでは、雇用促進の法整備がすすむ障害、とりわけ「発達障害」についての議論になりました。

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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)


■発達障害者は全人口の9%

河野:
事前にいただいた質問リストには色んなテーマがありますが発達障害に関する質問が多いですよね。

正田:そうですね、今非常にホットなテーマで、沢山のマネージャーさんが悩んでいるところです。発達障害は世界的にも予想を上回る出現率になっていて、現実に職場にも沢山いらっしゃいますし、通常の障害より理解しにくいところもあります。わたしたちの支援のありかたもバージョンアップしなければならないように思います。
 先ほどのお話の「平等」はこうした方々に対してはどのような形で実現できるのか、どう適用したらいいのか、是非お伺いしたいと思います。

河野:発達障害の人は全人口の9%ぐらいと考えたほうがいいと思います。

正田:9%、ああやっぱりそうですか。私も去年ぐらいから兵庫県で意識して聴き取りをして大体10人に1人ぐらいはいてるな、という感じです。いくつかの事業所で従業員300人弱をカバーした聴き取りでそんな感じです。

河野:そうです、そうです。10人に1人って大変な数ですよね。

正田:そうですよね…、9%というのは自閉症スペクトラムというカテゴリーですか。

河野:いや、発達障害全体という括りで、ADHDも入ります。ADHDは作られた病気だという説もありますけれども、いずれにしてもいわゆる体の障害、目が見えないとか足が動かないとかそういう末梢系の障害ではない障害で、しかし知的障害といっても純粋な知的障害というのは少なくて発達障害だという場合が多いのです。

正田:そうすると障害の中で一番ポピュラーな障害で、かつ職場で女性に次いで最大のマイノリティですよね。

河野:逆に言うと末梢系の障害って医学の進歩によって何とかなるようになってしまって、また脳性麻痺についても理解が進んで、見えやすいですからね。差別はあるかもしれないけれども人は比較的理解してくれやすい。車椅子に乗っていて何が不便かと言っても一目でわかるとまでは言わないまでも大体見当がつくし、しゃべってくれればああそうなんですね、という感じになりますよね。できることできないことも想像がつく。
それに比べると発達障害って色んなタイプがあって、どう扱っていいか本人も周りもわからない。それをどうしたらいいか。
お土産を持って来たんです。この場で読んでいただくのは大変だと思うんで、お帰りになって読んでいただけますか。

正田:ありがとうございます!あ、この『当事者研究の研究』はうちにあります。

河野:あ、そうですか。
それからこちらの『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』(草思社、2013年)は私が書いたものではないんですけど中村尚樹さんという方から取材を受けたものなんですけれど、ご存知ですか。

正田:これは知らなかったです。

河野:これは発達障害のお子さんたちのそれまで全然しゃべれなかったと思われる子たちが、手話とかタイプで話し始めるということなんですけれども、私も登場人物として出ているんです。もしお読みになっていただくとすごく面白いと思います。
 ここに書いたことなんですけれども、確かに現場で発達障害の方はいらっしゃると思うんですね。ところが、ご存知のように発達障害ってどこまで発達障害でどこまで発達障害じゃないかって、明確に線が引けないし、実際知的程度の高い、例えば東大で教えていたりしますけれども、この子ちょっとどうなのかなーという子が結構いますよね。

正田:ああ、やっぱり。

河野:それでも何とかやっていってる形なので、自分の問題点に自覚的に向き合うということが大切だと思うんですけれども、レッテルを貼ってもいい薬があるわけではないので、これで全部治りましたというものは発達障害には多分ないんです。したがって問題を自分たちで解決していくということが大切なんじゃないかなと思うんですよね。
 この『当事者研究』であったのは、すごく大切なのはお医者さんではなくて、近い問題点をもった人たち同士で話し合ってみる機会があるということだと思うんです。
例えば発達障害の人と脳性まひの人というのは、全然違うタイプの障害なわけですよね。ところがそこでもお互いに学べることがあるんです。
 例えば仮に「上手く話ができない」という問題があるとき、障害が種類が何であろうと共通な課題で、それをどうしたらいいかというのが、原因を突き止めて原因を無くすというのが医学だと思うんですよね。つまりペスト菌が入ったからペスト菌を殺せば、ペスト菌の症状が無くなるとかそういう話ですね。でも、病原菌が入ってきたならいいんですけれども、そうじゃない場合というのは原因を消しても消すことはできない、原因を消去することはできないと思うんですよね。そうすると今ある自分のこの状態からどうやっていくのかということを考えなきゃいけない。病気か病気じゃないか、障害があるかないか、はあんまり関係ない。
 ですから本当に重い場合は薬で治療することもありますが、ここでは今職場にいる発達障害の方ということですからそんなに重くないと思うんです。

正田:そうですね、はい。

河野:そうすると、大きな職場で同じような問題をもつ人がいたら社内でできるでしょうし、小さかったら似たような人たちで集まったところで「今自分はこんな問題があるんだ。どうしたらいいだろうか」と、似た者同士で考えてみる。それが当事者研究の発想による解決策になりますね。

正田:なるほど。ただそこに行くのは実は非常に大変で、まずご本人たちは問題があるということをほとんど自覚していないし、それが何らかのカテゴリに入るようだ、だから似た人がここにいるから行けばいいという情報提供をするプロセスも非常に難しいのではないでしょうか。

河野:そうですね。

正田:受け付けない、心を閉ざしてしまう。普通は周りの人が怖くて言えてない。

河野:そこはもし問題解決するとするならば、それをかなりオープンに話し合う以外ないんじゃないでしょうか。


■ADHDの子は20分しか持たない


 ここでケーススタディー。
 現在リーダーをしている人が、1時間に20分勝手に休憩をとってしまう。仕事が忙しく、周囲の部署から応援の人が入っているが、リーダーがそのような行動をとることが全体の士気に影響する。勝手に休憩をとらないよう話しても受けつけない。そこで「障害があるからそういう仕事の仕方になるのであれば、リーダーを降格したほうがいい」と正田は進言した…。これは障害者差別にあたるだろうか?



河野:例えばリーダーを降格させるということを考えた場合、結局最終手段としてそうなってしまうので、その前の段階で何か話し合う必要があったんじゃないでしょうか。

正田:話し合いは何回もしてるんです。この場合ですと休憩を1時間に20分とってしまうのは、就業規則で決められている休憩時間ではないですから、そういう行動をリーダーがとってしまうと周りの人に対してしめしがつかないということになります。それで上級の人が何度も話して、「困るんだ」と。「仕事が忙しくて周りの部署から応援に来てもらってるのにリーダーの君自身がこういう行動をとってしまっては困るんだ」ということを何度も話すんですが「自分は仕事の手が早いからこれくらい休んでいいんだ」とマイルールを作ってしまう。

河野:そうすると、難しいかもしれないですけれどルールの作り方を含めて職場で話し合ってはどうでしょうか。就業ルールがあって何分と最初から決めてしまって、ルールに合わないからそのリーダーの人はマイルールになっちゃってるわけですよね。もしかしたらそのルールを変えるべきなのかもしれないです。

正田:それはしかしどうなんでしょう、そういう特性のある方なので、20分以外の40分には非常に集中してできるのかもしれない。でもそれはその人の特性だからそうなのであって、普通の人の就労―休憩のメカニズムとは違うのかもしれない。

河野:はい。でもそれは学校で起きていることと同じなんですよ。学校でも60分の授業で何かの形で居なきゃいけないということがありますよね。でも例えばADHDとか自閉症とかの人は集中力はあるけれども逆にクールダウンしなきゃいけないんで、出て行っちゃう。それは、それで認める。その代りそれは職場で認める。みんなに「この人はこういう行動なので、成果としては取れているので、この人はこういう仕事のパターンにしましょう」ということをみんなで認める。この過程があっていいんじゃないでしょうか。
今私たちが生きている社会というのは多くの場合、ある一定の割と狭い範囲の人たちを基準に作られている。平均値と言っても平均値のど真ん中って少ないわけですから。

正田:私も大学の1時間半の一コマというのはかなり苦痛だったんですが(笑)

河野:ずっと座ってるのは大変だったと思いますね。それというのは実を言うとその人に向いてないかもしれないし、その1時間半という授業時間というのは、間違った設定なのかもしれないですよね。
この間大学の試験をやったんですけれど、その試験は普通は60分の試験をある人についてだけは80分かけた。それはどうしてかというと、その人は特殊な乱視で、字を読むのがすごく遅いんですよね。それなので普通の1.3倍ぐらいかかります。その事情を汲んでじゃあ私たち認めますと、60分の3割増しの時間でやるように、と。それは特別視ではなくて、その人に合わせた形の試験の仕方なんだと思うんです。
就労も同じことが言えて、バリアフリーデザインというものがあるのはご存知だと思います。ユニバーサルデザインとか。今ここのラウンジの入り口のところも階段ですよね。ここに階段があると、車椅子の人は1人では決して入れない。1人では。持ち上げないといけないです。ここは、そういう車椅子の人用、ご老人の人用にできてない、ということですよね。それはいわばある一定の人たちを排除してつくられている。
そういったことってたくさんあって、まあ女性だからお分かりのように、女性として使いづらい建物の設計とかドアの設計とか、あると思うんです。
 例えばお手洗いの数が男女同じで、男性は小はまあ立ってやるわけですけどね、女性の場合全部個室になってしまう、そうするとスペースとして女性のほうが広くあるべきなんです。しかも体のことを考えると、女性のほうが排泄が遅いかもしれない、そうするとスペースが1:2でも構わない。ところが訳のわからない平等意識で同じスペースになっている。これなどはむしろ女性に対して平等になっていない。というふうに考えられると思います。
 そうすると職場の環境というのも、難しいかもしれませんけれど、一人一人の特性に合わせて、まあ仕事はちゃんとしなきゃいけない、成果を出さなきゃいけないということはあったとしても、その人に合わせた働き方というのがあっていいんじゃないかと思うんです。
 社会の枠のほうを、バリアフリーデザインだと、バリアがないように建物の設計を変えていくわけですよね。それと同じように会社のルールとかも、障害の特性とかその人の特性に合わせて、柔軟に変更していっていいんじゃないかと思います。ただ、それを勝手にするんじゃなくて、みんなで「この人はこうだからこうしようね」と認めていけばいいんだと思います。
 私がみている小学校だと、やはりADHDのお子さんがいて、出て行っちゃうんですよ。40分持たないんです。で20分するとクールダウンして、その時にみんなの前で「○○君は20分しか持たない特徴を持っているので、20分経ったら一旦部屋を出て、「クールダウン部屋」というのがあるんですね。そこに行って静かにしていて、落ち着いたら戻ってくる、そういうことにしようね、と、そうやって「認める」という形で勉強してもらう。
 多分、今まで20分休憩とっていてそれでも上の方にいらっしゃるというのは、その人優秀だと思うんですよ。きっと。

正田:おっしゃる通り多分仕事自体はできていると思うんです。

河野:ということは、それに合わせてやっていいんじゃないかと思うんです。


 (3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画 へ続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
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 去る3月1日、立教大学文学部教育学科教授(哲学)、河野哲也氏にインタビューさせていただきました。


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 河野氏は身体論、心の哲学の専門家で特別支援教育にも造詣の深い方。

 今回はビジネスの現場の話題で、女性、障碍者等を組み入れた「多様性」の時代のマネジメント、とりわけ障碍者では近年予想を上回る出現率が報告されている「発達障害」の人とどう共にはたらくか、が焦点となりました。


 非常にエキサイティングな、またビジネスの現場の方にも論議を呼びそうなお話になりました。


 8回にわたり掲載させていただきます。


哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


****


(1)人はなぜ平等でなければならないのか


正田:河野先生、今日はお忙しい中、ありがとうございます。
 私どもNPO法人企業内コーチ育成協会は、12年前からマネージャー教育を行い、受講生のマネージャーのもとで高い業績向上とはたらく人々の幸福感を両立してまいりました。
こんにち、わが国でも女性、障碍者、外国人といったマイノリティを職場に招き入れ、多様性を前提としたマネジメントに切り替えていくことが求められています。こうした要請を受けて改めて新時代のマネジメント思想を確立していきたいと思い、哲学分野で真摯に思考していらっしゃる河野先生のご意見をお伺いしたい次第です。どうぞよろしくお願いいたします。

河野:よろしくお願いいたします。
 最初に「人はなぜ平等でなければならないのか」という大きな問いをいただきましたね。

正田:はい。
私どもの団体では、主催するよのなかカフェの中で過去にスウェーデン社会について学ぶ回を2回行ったり、それを含めて男女共同参画をテーマとしたカフェを何度も開催しています。
また私は以前、ブログの「優勝劣敗と種の保存」という文章の中で、「強いことがいいことだという優勝劣敗思想を突き詰めてしまったのが団塊ぐらいまでの日本社会であり、日本の男性は『自分は妊娠出産しなくていい』というアドバンテージを徹底して行使し女性から収入を得るチャンスを奪ってきた、しかしそれでは種の保存すらなし得ない、出生率低下がそれへの答えだ」という意味のことを書きました。このように繰り返し考え言葉にはしてきているんですけれども、それはあくまで私の言葉なので、先生の哲学研究のお立場からはどんな言葉になるのでしょうか。

河野:はい。それでは平等の思想の根幹をなす、「人権(human rights)」というものについてお話ししましょう。
 人権は、現代の国際社会の政治的かつ道徳的原理となっています。人権とは、個人が人類に属するという単純な事実にのみ基づいて享有する、生まれながらに持つ権利のことです。
 人権の根本的思想は、「生きていることは正しい(right)」という生命人命を肯定する思想です。この生命の肯定(生存権)から、生命の価値としての等しさ(平等権)、等しい社会での扱い(市民的自由)が生まれてきます。生命の肯定は、道徳性の根本原理でもあります。

正田:生命の肯定。

河野:はい。そして人権の中核的価値は、自由(自律)と平等にあると言えます。昔の王侯貴族のように、誰か1人がほしいままに振る舞って人を傷つけるのは道徳的とはいえませんよね。それを防ぐために、近代に入って自由と平等という概念が生まれたのです。
 自由と平等という人間にとってきわめて重大な道徳的価値を志向する点において、民主主義という政治体制はすぐれて道徳的なシステムなのです。

正田:なるほど、道徳的であるために平等であることは大事なんですね。
 生命の価値としての平等。
 それは本来、圧制下で不平等が生まれていたのを是正するために必要な概念だった、というふうにとらえられます。
 それと、今から話題にするビジネスの現場で、個々の行動パターンをどう受容するか、頑張ってる人と頑張っていない人をどう評価するか、価値づけするか、昇進させるかさせないか、といった新しい問題が出ています。
 それらは「公正」という別の概念になるのかもしれないですが…。
 今日はどうぞよろしくお願いいたします。


 (2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1) に続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)へのインタビュー後編です。

 ここでは、有光さんがVAL21で9-10月と「承認」を学ばれて以来、みずから行った実践のお話を語ってくださいました。

 舞台は地域のとある活動ですが、まあ、その「成果」が半端ではないのです。

 高齢者にかかわるお仕事をされている方、またジャンルにかかわらず地域活動をしておられる方、必見です。


有光毬子さん物語 
後編・地域に「承認」を持ち込んでみた、「承認」について語った

■ラジオ体操の会参加者が100人に
■名前を呼びかけ、話をしてもらう
■高齢化社会、関心を持たれることで人は変わる
■男性が命懸けで組織を変えていってほしい



****

■ラジオ体操の会参加者が100人に

有光:
 私も仕事をする中で色んなチャレンジをしてきたけれども、一番自分自身が関心をもち意識してやってきたのが、やっぱりリーダーシップということ。最初の上司が、理念とか仕事の価値とかいろんなことを語ってくださった、ああいうリーダー、私はすごく感動して、私もそういうリーダーシップのとれる産業人でありたい、と自分のライフプランにも描いたわけですよ。だから、リーダーシップということにすごく関心をもって仕事をずっとしてきたつもりなんですけれども、
 この間VAL21で(承認の)研修をおききして、改めて色々感じさせられるところがあってね。要はリーダーシップというのは、まず人にどれだけ関心が持てるか、ということなんだわと。人を駄目にするというのは、人を殺すのに包丁やピストルなんか要らへん、人というのは無視すれば駄目になっていく。関心を示してやらなければこの人は駄目になっていく、死んでいく、簡単なこと。私心底そう思えて、この間承認のお話をきかせていただきながら、またつくづくそういうことを感じていたんです。
 それで私が取り入れさせていただいたのが、もう企業という第一線にはいませんけれども、企業のような競争云々、というのじゃなくても、地域とか私的なところでも同じことなんだろうな、と。そこで地域のラジオ体操の会の中で少しそういうことを試みました。
 企業人の世界だけでなく、地域社会の中でもそういうことは必要なんだろうな、と思えたんです。

―ラジオ体操を呼びかけたら100人ですか、集まられたそうですが、すごいことですね。よろしければそこからお話いただけますか。最初どんなふうに立ち上げはったんですか。

有光:最初、ラジオ体操に私は参加してなくて、皆さんされてたのはされてたんです。大きな団地の中のグラウンドがあって、私も健康のためにそこを朝ウォーキングしていました。すると6時半ごろになるとラジオが鳴って、何名かが体操しておられる。そういうところへ参加したんです、最初はね。ウォーキングで自分でしばらく歩いて、6時半になって体操して帰る、と。
 そうしてずっと見ていましたら、やっぱりみんなで集まって体操して、という地域のコミュニケーションを、もっとみんなの中に濃いものにしていけないかな、と思ったわけです。だから先にやっておられた方はおられるんですよね。
 ところが神戸市が「年中無休ラジオ体操の会」というのをしていて、印鑑を押して100回になったらこの色のバッジ、300回だったらこの色のバッジとか、神戸市が提供してくれるんです。「せっかく体操をするんだったら、それをしよう」と、神戸市のサポートを受ける形をラジオ体操の会に持ち込んだんです。
 安物のバッジですよ(笑)だけどやっぱり目標をそういう形で与えられることによって、俄然増えてきたんです、参加者が。夏場、100人ぐらいになるんです。今、冬は寒いから40人か50人弱ぐらいになるんですけれど、また春からぐーっと増えてくると思う。
 人っていうのはラジオ体操して印鑑がいっぱいになったからいうてすごい賞金がもらえるわけでもなくて(笑)、そういう風に目標、目的があることによって随分違うな、と感じました。そこでその形でずっとやりよったんです。「いっぱいになったら言ってくださいねー」って。そして私が毎日印鑑を押すのは大変だから、自己申告で枠の中に日にちを書いて「いっぱいになったら持ってきて」と、バッジをあげるようにしてたんです。
 そうしてずっと続けていて、そこで去年の9,10月に承認のお話をVAL21で聴く機会があって、もっとみんなが活き活きと輝いてくれる方法はないだろうか、と思ったんです。そこで行ったのが、バッジを渡す時にみんな集まってもらって、「今日いっぱいになられた方がいまーす」と、みんなの前で渡す。そしてまたその方に一言喜びやとか感想を語ってもらう。というようにしたんですよ。そしたらね、もう全然会の雰囲気が盛り上がって、その話する人も「きのうからどう言おうか一生懸命考えてきたんや有光さん」(笑)

―可愛い(笑)

有光:本当(笑)参加者の方は70歳、年長の人で80歳、要は高齢者の方が多いんですよ。早い時間ですからお仕事してる人はラジオ体操参加しとられへんからか、高齢者の方が多い。そして1人で住んでるという高齢者の方も随分いらっしゃる。そういう方々がそこへ来て、みんなと「おはよう」って声かけて、元気が出かけて。そして話し合うからそこで友達同士ができて、「お茶飲みに行こう」って行かれる方も増えてるみたいだし、すごく盛り上がってるの。
 そして私思ったのは、大したことじゃないですよ、でも人の前に出て、みんなで認めて、「おめでとう」「100回おめでとう」「300回おめでとう」って認めて、そして自分が少しお話をされて、こういうことはやっぱり人に生きがいとかやりがいとか輝きを与えるんだというのを。だから研修はそういう演出を少し取り入れさせていただいたきっかけになったんです。

―まあよくそういう形に昇華してくださいました。


■名前を呼びかけ、話をしてもらう

有光:
それでこの間、もうバッジも大分渡しましたから、300回の人も随分増えてきているし、今度は私がもらう時だったんです。それでどんな挨拶をしようかなと思ったときに、「実は私、セミナーでお勉強してきましてね」と、この(承認の)話を少しして、「人というのは、こうやということを教わってきました」と。そして逆にね、何でもないところをちょっと歩いてて、「ラジオ体操始まるよ」て集まって、「おはよう、元気やった」とこの一言でね、人間というのは、「あなたのことをわかってますよ」ということいなる、これが大事なんや。「だから私こんなお世話してるけど、みんなが声掛け合っておられる、みんな一人一人が大事な役割を果たしておられると思う」という風に挨拶させてもらったんですよ。
 そしたらね、今まで何でもなかったものが、「明日は何々の用で出かけるのでラジオ体操来ないけど心配しないで」と、そんなことを言って帰られたりね。
 だからやっぱり、人というのは関心をもって、「あなた」と。
 そして何百回って表彰するとカードに住所や名前電話番号を書くようになっているから、それをいただいて、そこでお名前を憶えるわけですよ。そうすると「おはよう」でも、「○○さん、おはよう」と、名前まで言ったら、ただ単に「おはよう」だけ言っているのとは全然違うな、とかね。こんなこと今になって、この歳になって感じたっていう、ね。凄いですよ、人というのは。

―嬉しいでしょうね、皆さん有光さんに呼びかけられたら。

有光:勉強させていただいたんですよ(笑)いや気づかさせていただいたというか、ね。人というのはこんなに、「あなたに関心を持っています」というのを示せば、必ず反応がきて、そしてそれは相手が元気になったりいい方向に行く。
 企業はそれが競争力につながったりするわけやけど地域やからそんなことを求めてるわけではないんだけどね。みんなが元気で過ごせるような地域コミュニケーションができれば最高だし。

―本当にそうですね。

有光:私も地域のことには疎かったけど、あまり関わりもなくしてきたけれど、やっぱり地域でもそういうことをしていくことは大事だなあと。確かに地域でも1年間に何回か、70歳以上とか60歳以上のお食事の会とかしはるんだけど、私の考えはそんな年に何回っていうよりも、毎日が、暮らしっていうのは大事なので、ラジオ体操も毎日だから、顔を毎日合わして、そこで一言か二言か話する。「あ、これなんだ」と。
 だから「ここへ来なかったら1日誰ともしゃべらんといる」って言われる方も大勢いらっしゃるけどね。朝集まって「おはよう」「どうやった、元気やった」と言い合ってる、それがなんかみんなの元気の素になってるみたい。すごいですよ。
 この間なんか、80近い方にバッジお渡ししてみんなに一言、って言ったら、すごいいい話をね、それはもうびっくりして「すごい人やねえ」というぐらい。翌日お会いしたときに「いやーすごいいい話聴かせていただいた」と言ったらその人すっごく喜んでくださるんですよ。
 やっぱり大事なのは人に関心をもって、人がどうすれば活き活きとやる気・元気を出すんだ、ということを考えるということは大事なんだな、と。
 もっと若い時に真剣にそう思ってたらもっと出来ただろうに、と(笑)

―いえいえ、逆に本当にすごい方だなって思います。有光さんほどの蓄積があって、これだけやってきたという積み重ねがおありになって、そのあとでこんな若輩者の研修を聴かれて「あ、これだ」と思ったときに「あなたの言われること、取り入れましたよ」と言ってくださる、その懐の深さがすごいと思います。本当にどうしてそんなことができるのか、って思います。

有光:いえいえそんなおっしゃってるようなレベルの高いアクションを起こしているわけじゃないんですけど、私はあの考え方というのは今、地域の中でこういうやり方でしたら自分自身も活かせるんだ、と思ったんですよ。同じことしてもちょっとした工夫とか、相手への動機づけとか、それで人というのは変わる、というように思ったときに、「やってみよう」と思って。

―リーダーのお力ですね…。有光さんがそこに入られて今最大100人という集団になられたときに、そういう関わり方をされる方が有光さん一人ではなくなっていて、それ以外の方同士も「おはよう、元気やった?」という声掛けをし合うようになられている、というのが凄いです。

有光:うん、あれがいいですね。100人もおれば、気の合う者もできてくるんでしょうね。話して、楽しそうにしておられるのがね…、


■高齢化社会、関心を持たれることで人は変わる

有光: また嬉しいなと思ったのは、私がノートを出して「今日はこの方が」とやっていたら、何人かの方が「一緒に手伝うわ」と言ってくれたんです。そこで「1人じゃきびしいけど何人かだったらできるな」と思ったのが、今年の最後、12月31日。「1年間頑張ったね、喜ぼう」と言って、コーヒーの紙コップを私家でバーッと並べて、コーヒーの粉を入れて。微糖のスティックのを。まあ平均的やから微糖がいいかなーと思って。冬場だから50何個用意したらみんなに当たるわ、と思って。
 そこではたと困ったのは、お湯。うちのポットの容量では50何人分もないから、そしたらみんな「持ってきてあげる」と持ち寄ってみんなでお湯を注いで、そしてラジオ体操が終わった後みんなで立って熱いコーヒー持って「今年1年間頑張れたねー」と言ってね、

―わあー(拍手)

有光:うちの夫も協力してくれて一緒にやってるんですけど、夫が言うにはそのみんなの前で「よう頑張ったね」と声をかけてもらうのを、「お前が言ったらあかん」と。だれか頼んで、その人が前に出てもらうように、と。それである人に頼んだら「はいやります」。そしてみんなの前で1年の頑張りを感謝するような、たかがコーヒー1杯ですけどね(笑)。
 だから「いい会になりかけたねえ」って。

―本当に素敵なお話。皆さん笑顔になられて、きっと細胞レベルで若返ってらっしゃいますね。

有光:うん、でしょうねえ。私、感じるようになりましたもの。
 初めは黙々と何名か、ラジオ体操が始まる前グラウンドを歩きますからね、皆さん挨拶はするけれど「おはようございます」と言うぐらいだったのが、もう違う、会話になってきてるでしょ。だから全然違ってくる。
 「もうあと1週間で有光さん、一杯になるからね」と予告してくださる。「でもようしゃべらんけど」って言いながら、結構嬉しがってしゃべりはる(笑)

―嬉しいんですね、きっと(笑)

有光:だからね、勉強させていただいたことをそんな形で取り入れさせていただいて、真似ごとみたいなものですけど、良かったです。

―いえいえ、素晴らしい実践でいらっしゃいます。
 ありがとうございます。こういう形のこういう場でのご実践というのは、私初めてお伺いしますので、嬉しいです。高齢化社会にこういう形でお役に立てるんだ、と逆に励みに思いました。

有光:うん、うん。もちろん職場でも求められるし、でも地域には地域の中で結局は「人」ということを軸に考えたら一緒なんだ、って。やっぱりまず自分に関心を持ってもらう、ということが一番の喜びなんだ、って。そうするとそういうことは少し演出したほうがね、それは実感できる。そうすれば必ず元気になれる。
 近所に高層の団地があってここに運動場があるんやけど、あんまり大きい声出しよったら朝早いのに(笑)「団地からクレーム来いひん?」っていうぐらいみんな元気で、声掛け合うというのは変わってきましたね。
 ですから間違いなく、同じことやっとっても、そういう考え方を少し取り入れて工夫していくことで、状況はコロッと変わる、というのはねえ。

―そうなんですねえ…、びっくりします。


■男性が命懸けで組織を変えていってほしい

有光:
私自身のときも「こんな勉強してきてね」って話ができて、ああよかったなと思って(笑)みんな色々と工夫してお話してきておられるけれども。

―有光さんなんか他にもいっぱい、お仕事の中のご経験もおありになるし。

有光:いやいや、リーダーというわけではないけれどお世話役している者があんまりぱっと上に出て難しい高飛車なことをすると、やっぱりちょっと敬遠されるというのがあるので。そこらもうまくしないと(笑)
 やっぱり相手に受け入れられて初めて伝わっていく。どうしても一方的だと敬遠されて構えられてしまうけれど、やっぱり自分から入っていって気持ちのうえで受け入れられて初めてそこに本当のコミュニケーションみたいなものが出来ていくんだなあ、と。こんなことを通じてでも勉強させてもらいながら。うん。
 みんなにはよく言うんですよ、色んな講演会だとかセミナーで勉強しても「習ったわ」「きいたわ」で終わってしまったら絶対もったいないと。習った場で「あっ」と思ったら、それを必ず自分の行動として実践する、でないとあかんと。聴いて勉強してきたら知識は残るかもしれんけどそれはあくまで知識で、やっぱり実践に変えていかんといけない、という。実践に変えていくというのは必ずそれを体験することやと。だから1回「あ、これ」と思ったものは何らかの形で自分自身でやってみる。行動してみる。でないとせっかくの色んなお話を聴いても「あっ」「良かったわ」で翌日から忘れてる、それはもったいないですね。
 まあ本当いいことを学ばせていただいて、こちらこそ感謝しているんですよ。

―すみません押しつけがましくて。
 …まだまだ特に男性の方々は、これとは真逆のことを言ってる方も結構おられますので。

有光:ああなるほどねえ。うんうん。
 でもあんまりもう、のんびりゆっくりということでは、これだけ色んな環境が変わってきてるから、やっぱり早く、重要なこと価値観を取り入れる、そして間違った、まあ過去には正しかった観念なのかもしれませんけど、今の状況に合わない固定観念を捨てられる勇気を持てないといけないんでしょうねえ。
 固定観念で動いてたら楽ですけどね。今までやってきた通りにしてたらいいし、それを壊すということは非常にしんどい。けども変えなければ、やっぱりそういう状況変化に対応できなければ、やっぱり人は滅びるというか、ですからね。
 だから勇気をもってチャレンジをして、今の時代に必要なことを早く理解して。
 ワークライフバランスなんかも、女性だけが論じてるだけじゃなくて男性が大きな社会の問題として捉えないといけないですね。
 これ叱られるんですけど、企業でもまだまだ、ワークライフバランス云々ということに力を入れてる、と言わなければ、企業評価が落ちるからいうて取り入れているところがあるんですね。まだ建前で取り入れてる男性の方がいっぱいいらっしゃって、そうではないんだということまで言って、そして男性が本当に命懸けて企業風土を変えていく、そうしていただいたらありがたいですけどね


―そうですね…。
 いやー、なんかやっぱり感動に包まれてます。本当に私の生まれたときからお仕事されてきた方なので、その頃から志をずっと曲げずにやり続けて今があられる方にこんなにお話をうかがうことができて。

有光:いえいええらい雑談みたいなことで申し訳ないです。
 自分自身はそうやって無理もしながらしてきたけど、でも考えたら、たくさんの人に支えられて、そして作られてきた。最初の上司の方は忘れられないものね。もう亡くなっていらっしゃらないけど。本当に、あの人が色々と話してくださった。うん、あれで自分自身の人生観なり、「私もこうなりたい」と思ったのが、あれがスタートやもんね。だからやっぱり、人にも助けたり影響を与えてもらいながら、自分も少しでも人に影響を与えられるような生き方ができたら最高なんだろうけどねえ。

―いえいえ。そのルーツをお伺いして、「ああ、それでなんだ」とちょっと合点がいったような気がします。ありがとうございます。有光さんが私どものような者に何くれとなく言葉をかけてくださるのが。

有光:そうね…、まだ、まだ頑張らんといけない(笑)色んな頑張り方があるから。
 私もね、随分いい内容の企業内研修をやっていただいてるんだなあ、と初めてお話を聴いて思いました。例えば10人聴けば10人がみんな反応してくれるということはないかもしれない、でもその中の2人でも3人でもそのことを消化してくれればそれはもうすごいことやと思うので。是非頑張っていただきたいと思いますね。

―ありがとうございます。あと10年か20年、お言葉を励みに頑張らしていただきます。


****

 有光さんインタビュー、いかがでしたか?

 前編も「鳥肌たつくらい」すごいお話の連続なのですが、この後編はまた違った意味ですごかった。

 地域活動の中でも「ラジオ体操」は毎日のことなので、もっともおとしよりと近い距離にある活動といえるだろうと思います。

 それを毎日続けておられる有光さんならでは、またお若い頃から「日本生協連会長賞」をとられたほどの勉強の虫・有光さんならではの学習能力で、ラジオ体操の世界に「承認」をもちこみ、そして皆さんの笑顔と活発なおしゃべり、感動的なスピーチのある世界に変えてしまわれたのでした。

 「1日1回ここでしか人と話をしない」というおとしよりたちの、それまではどんなに灰色の日常だったことでしょうか。

 また、これほどまでにおとしよりを活性化させる「承認」というものを考えます。
 よくあるのです、現役男性リーダーたちが口を「へ」の字に曲げたまま、

「ふ、若い人にはこういうのは喜ぶんでしょうね、『ほめる』っていうやつはですね」

なんていう。そう言っているご本人が実は自分もほめられたくて一生懸命見栄をはり背伸びをしているのが見えたりもするのですが、

「承認欲求」はなにも若い人だけのものではなく、としをとって死ぬまで一生のものなのです。人はこれほどまでに「認められたい」存在なのです。

 いい悪いではなく、そのことを「認め」なければなりません。

 途中わたしが言った、「細胞レベルで活性化されているでしょうね」というのは、かなり本気で言っているのですが、どなたか理系の研究者のかたそういうことにご興味をもってくださらないでしょうか。

 哲学者の河野哲也先生もいみじくも言っているように、たとえば「フロネシス(実践知)」を体現している人の脳の状態に関心をもつ脳科学者などいない、なぜなら一般人がそれに興味をもたないからだと。これは寄り道^^;

 また心正しいリーダーがそれを使ったとき、場に隔てなく清らかなエネルギーが横溢することを思います。それはきっと、ナルシシズムの勢いで地域活動を牛耳ろうとするリーダーがつくる場にはないような、だれもが足を向けたくなるような場、だれもが「自分の居場所だ」と思えるような場であろう、と思います。



 最後のほうの有光さんの言葉、

「男性が本当に命懸けて企業風土を変えていってくれたらありがたい」

 これは、男性に比較的強いことになっている(女性にはあんまり強くない;;)わたしへのエールでもあり宿題でもあるな、と気を引き締めたのでした。

 当協会の受講生様、会員様方、よろしゅうございますね。



 ともあれ、有光さん、このたびは貴重なお話をありがとうございました!



有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」
 


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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有光さん3
 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)へのインタビュー4回目、前編の最終回です。
 ここでは、女性初の役員になられた有光さんが「男性多数」の意思決定機構へ入られての感慨が語られます。
 男性だけだと、やっぱり変なんじゃないの!?どこがどう変なの?
 と、思われる方は是非本記事をご覧ください…。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ


(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は


―本当に密度の濃い人生でいらっしゃいますねえ。

有光:いやいや本当。でも今の若い女性たちなんかにも、この間でも会議できいてたら、育児休職制度ってもう大半の企業にありますでしょ。だけど取りにくいから辞めるっていうわけですよ。「なんで?」といったら「嫌な顔をされる」とか、云々とね。「贅沢や」と。制度があるんだったらきちんと活用して、ただし復帰したときにやはり企業にそれだけの価値があるように努力はせんとあかんと。と、いう話はよくするんだけど、ね。
(制度が)ないものを頑張ってあるようにされた企業のロールモデルの先輩たちは「ない」ところからスタートしておられるでしょ。しかし「ある」のに、使わないというのは、これは私にとってみれば、ちょっと甘えてるんじゃないの、というときもあります。

―ああ、やっぱりありますか。

有光:うん。

―男性の上司や同僚とのご関係もお伺いしていいですか。
 有光さんが人の何倍もの努力をして頑張られて、それに応えるように道が開けてきたわけですけれど、「彼女があれだけ頑張ってるんだから、結果も出してるんだから認めてやろう」という人と、逆に「いや、頑張ってるか知らんけど女は女や」とか、「女のくせにこれだけ頑張ってるから認めて、いうのは生意気や」とか、こっち側の男性もいたと思うし今も多分いるんだと思うんですね。どんな風にそのあたりは。

有光:そうですね、確かにタイプとしては、どっちが多いかったかは知らんけど2つのタイプがありますよね。同期より少し若い男性たちは、すごく気持ちよく、何の抵抗もなく私を受け入れてくれました。女性より男性のほうがやりやすかったというのも(笑)同期、また新しく入ってきた女性たちへ私自身がやっていることを理解してもらうことよりも、男性のほうが何となく受け入れてくれた、というのはあります。

―何だかわかる部分あります(笑)


■心無い噂と夫の理解

有光:
でも、難しかったのはすべての男性ではないけれど、私たちより上の、年齢も地位も上の人たちは、やっぱりその人たちが持っておられる独特の人生観を持っておられますからね。「そこまでせんでもええのに」とか、マイナスの評価、批判、それは間違いなくありましたね。
 うちの夫が今でも言うけど(笑)「主人が可哀想や」って、よくそれは言われましたね。

―(笑)ずきってきませんでした?

有光:いや、くるんですけど、今でも県の方とかといろいろ男女共同参画とかでお話する機会はありますけれども、心底そのことを理解してるのはうちの夫やな、と思うわけですよ。知事がワーッと言いはってもなんか響かない(笑)と思ってきいてるんですけどね。
 でも初めは、うちの夫もすごく嫌だったみたいですね。特に私が人事にいましたから、人事というのは人の評価もみんなわかる部署ですよね。主人は職場結婚ですけど違う部署でして、結婚するときには私は結婚してからも仕事を続けたいと言ったんだけど、やっぱり「辞めといてほしい」と。「退職してほしい」と、いう思いは持っていたみたい。

―そうなんですか、ご主人様そういう思いは口にはお出しにならなかったけれど。

有光:出さなかったけれど。「なんで続けるんだ」とか、何となく少しは言っていたけれど、どういう風に説得したかは忘れたけど、継続して勤めるのは説得した。
 あとできいたら、なんで彼が私が勤めるのを渋ったかというのは、私は逆に人事部にいるから、職員の色んな情報がみんな集まるところやからそういう意味で自分が嫌やと思うやろな、とこっちは思ってたけど、そうではなかったみたいです。自分が結婚をし、やがて子どもを作って育てるということになったら、やっぱり一人前に仕事をできないのを「やっぱり女の人はあかんなあ」とこれを言われるのが嫌だったみたい。
 だけども、私が結婚してから自分がやってる仕事家へ持って帰ってやってるのをみて、「これはやっぱりちゃんと評価してやらないといけない」と思ったらしいですよ。

―ああそうですか、そういうお姿をみてご主人様もお考えが変わったんですね。

有光:自分自身がただ勤めたいだけで、ともかく勤続だけを意識して嫌だと思っていた。「あの人の奥さん何や」といわれるのが嫌だったみたいです。後できいたら。だけど熱出しても仕事に行ってるし(笑)これはほんまもんやな、と途中で思った、と言ってましたけど。
 でも逆に周りの男性がうちの主人をみて「気の毒や」(笑)とか、結構言ってましたね。

―奥様がそんな頑張り屋でいらしたらご主人様お幸せやと思う、かえって(笑)絶対励みになるじゃないですか。

有光:色々あったみたいですよ(笑)今だから言えますけど本音を言えば、役員、経営層にまでなっていくというのは当然人数が絞られますでしょ。まあ女性にもそういう機会を与えんといけないということもあって、女性の役員になって。そうすると夫のほうは地位としては低いじゃないですか。周りの人は、すごく「あんなでようやってる」と言って主人への同情の声が随分あったんです。うちの主人は全然(笑)長い中で彼女自身がそういう風に頑張ってきたんだから、それだけの力があるんやったらそういうポストを与えられてもいいんじゃないかって。本人は全然そんなじゃないのに、周りからは色々と(笑)ありましたね。

―なるほどですね、年下の男性はかえっていい感じでおつきあいできる。

有光:ほんとですよ。そうですね、下の若い子はどうなんだろう、家にもよく遊びに来たりしよったし、自分でも仕方がないから女性やけど従ってるというような雰囲気を感じさせる部下の男性というのは居なかったように思うんだけどね。

―さすがですね、有光さんだからですね。

有光:1人1人の本音は知らんけど私自身ではそんな風に感じたことはなかったです。
 まあ、私さばさばとやる方ですからね。あんまりねちねちとはしないので。
 まあしかし―、振り返ってみればきつかったなあ、というのもあるけれど。

―うーん、想像したらものすごいきついご生活されてますよ。

有光:まあどんなことも今になったらいいことだけが思い出に残るものなんですかね。私何にもきつかったとか苦しかったとかいう思いはなくて。


■「これまではこれでやってきたから」―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い

有光:
そういう男女共同参画へのチャレンジというのは今、主に2つのチャレンジについてお話しましたけれど、そうではなくて例えば部長職に就いたり、役員になったりして、会議で圧倒的に男性でしょ。そうすると議論をするときの価値観や評価の仕方がすごく大きく違うな、というのを色んなところで感じることがあったんですよ。

―有光さんからみてどんな違いでしたか、それは。

有光:男性は大半は過去にやってきたことを継続してその価値観を持ち続けてその延長で次のあり方みたいなのを評価をしはるわけやけど、私は「そうじゃないんじゃないの」っていう全然違う発想が生まれるんです。

―たとえば1つ例を挙げるとしたら、どんな。

有光:たとえばね、次年度の事業計画の作り方のプロセス。事業計画を策定しますよね、それのプロセスについて、なんせ今まで作ってきて、去年なんぼで、今年の実績がなんぼで、それに何%アップとか、数値計画でも大体こういう風につくりはるんですよ。それに対して私は、例えば今年の計画が、これまでの進捗であればこれだけ未達ですね、と。だのになんで毎年2%とか上の数字を目標としてするのか。これの意味が分からん、と。

―ふーん、そうですよねえ。

有光:だから極端なことを言えば、別に去年より低い目標でもそれはそれの事業計画がベースとして論議されるなら、低くてもいいと。大事なのは毎年毎年積んでいくという、その発想が私は分からん、というわけですよ。
 それだったら今年の計画に対して未達なものの要因が徹底的に議論をされて、その要因に対した手の打ち方を鮮明にして数値にするんだったらいいけど。とにかく「数値を乗せる」というのが分からん。
 そう言っても大半の男性は「いや今までもそれでやってきたんだから」。大体そういう意見ですね。

―ああそうなんですか。不思議ですね、だって男性たちもご自分の部署だったりもするわけでしょ、その未達の部署というのが。そしたら未達やな、というのはわかるわけでしょ。

有光:そうそう。でもね、やっぱり10対1の関係やったら、やっぱりこっち(男性側)のあれに。まあ何かに決めないとあかんわけですからね。だから私が思うのは男女って分けてはいけないんだろうけれども、もっと管理職にしても役員にしても女性の比率が上がっていかないといけないという思いを持ちかけたのは、その頃なんです。
 やっぱり女性のもつ考え方、価値観とか、男性とは歴史の中での違いもあるし、実際役割を担っているあれも違ったりするから、やっぱり対等のぐらいの人数で議論をしながらしていかないと、結局意思決定の場に入ってみたところで、やっぱりこの意見は少数の意見にすぎない。そういう経験っていっぱいありますね。

―はい。そういうお話を伺うとよくわかります。


■後輩の頑張りが嬉しい

有光:
でもわかりやすいでしょ。そういう場面がある。
 だから私はこの頃、ダイバーシティじゃないけれども、生活者がもつ価値観というのは色んなものがあるから、色んな政策論議は価値観の違いがぶつかりあって、そしていいものを産みだしていける、そういう組織にせんといけない。そのためには、男性と女性の持っている価値観の違いがある。だからもっと意思決定の場に女性たちを多く参加させてほしい。いうのが、そういう思いなんですよ。

―はい、はい。

有光:でないとね、なかなか(変わらない)。といつも思いますね。

―どうですか、今のコープ様にいらっしゃる女性の方々、有光さんのお気持ちをどれくらい理解してくださってますか。

有光:女性ももう今は数がたくさんいますから、ただ自分の身近で一緒に仕事をしながらやってきた女性たちは、すごく理解してくれてる。「こうなんですよ、ああなんですよ」なんて、色んなことを言ってくれるけどね。でも顔もみたことのない女性も当然一杯いるわけですから、そういう人たちとは、直接的な交流はなかっただけに難しい部分はあるんですけれども。
 色んなことを一緒に語りながら、私からも「自分はこう思う」と言いながら、一緒にやってきた人たちは、すごく。自分たちが壁にぶつかった時には「有光さんが言っておられたこと、ようわかる」と言ってくれる子もいるし。

―それは今いらっしゃる方の何歳ぐらいの層の方ですか。

有光:40過ぎたぐらいの子ですね。
 そもそもコープこうべは、結婚や出産で退職するというのがすごく少なくなったんです。だから全体に少ないんですけど、私たちと一緒に食事したり飲みながら話した女性たちは、結婚を選択した女性もしない女性も頑張って、そして課長職とかのポストに就いていきよるんですね。やっぱりそれはすごく嬉しいですね。
 今年の春の人事異動でも嬉しかったのは、〈大阪北とは合併したので〉コープこうべの活動エリアは7つのブロックに分かれている。そしてそのブロックに1人ずつ長がいる。そこに初めて女性の地区本部長ができた。それが一緒に横でやりよった彼女なんです。

―へえー。それは嬉しいですね。責任の大きいお仕事ですよね。

有光:そうなんです。そんなんで、…いろいろありました。

―来るときも「どんなお話やろう」とワクワクして来たんですけれど、鳥肌たつように感動しています。

有光:でもね、このあいだ兵庫県経営者協会で陸上の有森裕子さんが講演されたでしょう。マラソンを通じて色んな体験を話してくださったけど、まあ、あれだけ有名な人ですから、それはみんな感動するけれど、結局私たちの周りに1人はいる、各企業でも地域でもモデル的にやってきた人たちというのは、有森さんが話されたような同じことを自分で体験してきていると思うの。目的が、向こうはスポーツやし、私たちは企業の中であったり、その違いはあっても。「同じことなんだわ」と思って聴いていましたね。


(前篇・「志を曲げなかったわが人生」ここまで)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

有光さん3
 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)インタビュー3回目。今回は、女性初の管理職〜役員となっていった有光さんの「支えになったもの」のお話。それは意外なものでした…。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたのか

■心の支えになった「演歌」があった


―すごい体験でいらっしゃいましたねえ。
 どこの時点でおききしようかなと思ったんですが、そういう有光さんの志を曲げないで頑張ってこられた、色んな大変なことおありだったと思いますけれど、その中に「男女共同参画のために頑張っているんだ」とそういう大義を背負ってるんだ、という意識はありましたか。

有光:あのね、やっぱりかすかにそれは持ってました。

―そうですか。

有光:ただし、私そういうことをあまり口にしてないんです。今だったら「男女共同参画」ってワーワー言ってるけど、自分がやってるチャレンジとか目標っていうのはあんまりしゃべってないんです。自分で思い続ける。
 この頃になってやっと「こんなことやってきたのよ」「こんなチャレンジだったのよ」って話するようになってきて、その思いと似たような演歌があって、
「やるぞ見ておれ口には出さず腹に収めた一途な夢を曲げてなるか挫けちゃならぬ」
という歌があるんですよ。畠山みどりかな。ここの歌詞があたしと一緒だわ、って。その歌を歌って、「私こんな思いでやってきてん」って。
だからあまり自分が「挑戦する云々」ということを口に出して言うんじゃなくて、ただし自分が決めたこれは曲げずにやるぞ、っていう。ね。曲げてはならんこれでやる、と「この歌」っていつも思い出すんだけど(笑)

―はあ、歌が人生の指針になるってことがあるんですね。有光さんのようにロールモデルがいらっしゃらなかった中でやってこられた方にとって。

有光:うん。だから私カラオケとかあまり好きなほうじゃないけど、好きな人に、自分の人生に照らして「この歌」っていうのが必ずあるでしょ、それ聴かせて、って言うんやけどみんな「え?」って(笑)
 ただ、そういう話はこの頃になってするけど、本当にさなかにいたときは、あんまりそういうことを人に言うことはしなかった。ただ自分自身は一生働きたい、そして結婚もし子どもも育てたい、そして自分自身も企業の中でキャリアアップしていきたい、とこれを自分のライフプランで描いた、これはやっぱりどうしてもやりたいと。そういう思いはずっと持ち続けてたから。

―よくそれを捨てずにずっと続けてくださいました。


■何度も伝えること、聴くこと―大切な「コミュニケーション」

有光:まあ、その間に色んな人に助けられてるのもあって、実はそのお店へ異動になって自分なりにあれこれしてた時の店長なんかにも随分学ぶことが多くて。まあ店長にも色んな人がいらっしゃるけど私はその店長からも一杯学びました。
 その店長は、部下とのコミュニケーションということをものすごく大事にされていました。「1回みんなを集めて話をしても大体2割ぐらいしか通じてないというのが普通だ」と。だから何度も何度も伝えなきゃいけない、繰り返し、ということを教えてくれました。そうでないと考え方だとか行動だとか時間だとか、というコミュニケーションギャップがある間は、組織というのは上手くいかないよ、と。

―すごい先進的なお考えですね。

有光:そうそう。だからリーダーというのは、このコミュニケーションをとる能力が最も大事だ、ということを私は店長の行動からも学んだような気がするし、だから人には丁寧に何度も何度もしつこくぐらい話して。
 私そもそもあまり話するのが好きではなくて、どっちかというと聴くほうが好きなんです。やっぱり大事だなと思うのは、上に行けば行くほど聴くことのほうが大事なんですね、耳を傾けるというのがね。聴いてると、相手との間にどこがギャップになってるんやというのがわかってくるんですけど、一方的に言っていると全然わからへんのですよ。相手とのズレが。相手が色々言ってる、「あ、こう思ってるからここが私と違うんだ」というふうに、聴いてたらわかるんですけれど。
 だから、ポストが上になっていけばいくほど、しゃべることよりも聴くということが大事なんだと、これもなんとなく長くやっている中で感じるようになったですね。
 
―あ、それはもう自然と体得されて。

有光:どこでどうやったか知らんけど、そう思うようになった。「なんでこう思ってるん?」って、聴いてるんですね。そしたら、話してくれる。「あ、ここが理解出来上がってないんだ」と、分かりやすくなるんだけど、こちらから「こうやろうああやろう、云々」って言ってたら向こうは大体「はい、はい」ってうなずきはるだけなんですよ。

―ええ、ええ。

有光:「いいえ」とも言わなくて、納得したようにしてはるけど。相手が話してくれたら、なんかそのへんが分かってくる、という。そういうことを色んな体験の中で実感したというのはありますね。聴くほうが好きですね。


■「不公平だとは思いませんでした?」(正田)「今は最高の体験をさせてもらったと思ってます」(有光)

―あとですね、おききしたいことはいっぱいあるんですが、今やったら「ロールモデル」という言葉はよく使いますが、有光さんの場合には社内には女性のロールモデル、結婚もして、昇進試験も受けてというロールモデルがいなかったわけじゃないですか。そこはどう思われましたか。

有光:私自身がロールモデルになると意気込んでしたというのは別段ないんですけど、特に私にとって印象深い女性の先輩は2人いらっしゃって、その方たちははっきり言って試験も受けておられないけれども課長とかになっていっておられる。すごい方だったなあと思ってるけど。その2人とも独身でした。仕事ではすごい人やなあと思ってたけど、私が描くモデルではなかったんですね。
 私自身はもしも先輩女性たちと同じようにしていたら別に試験を受けなくても課長になったかもしれないし、それはわからないですけどね。
 でも自分自身では違うように、と自分で(ライフプランを)描いたので、とにかく今みたいに勤務先以外のところに(異業種)交流なんてなかったですから。VAL21みたいなところで他の企業の人との交流なんてなかったですから、結局は自分自身が最初の例としてモデルを作っていくしかないなあと。そう思いかけたのはあるんですよ。
 だからね、チャレンジするときの一番プレッシャーはそれでしてね。例えば女性で初めて店長という辞令が出たわけです。そのときに「これ失敗したらあとの女性がそういう機会を得られなくなる」と。やっぱりずっとそういうことを感じてました。
 だから商品部でバイヤーという辞令が出たときも、女性がどんどん今後バイヤーになったらいいと思うけど、結局初めてそういう機会を与えられたものが、この人の失敗が全部それからにつながる。私、そのプレッシャーは結構あったんです。

―それはどれほどのプレッシャーだったことか、と思いますねえ。

有光:だから、自分だけが(昇進に)なったらいいわ、ということではなくて、それが一つの企業の中で女性の道を切り開いていく試金石になったらいい、とつねにそういう思いでやっていましたから。やっぱり人から、「あ、ようできるね」「女性でもできるね」と思われないとあかん、というね。この思いは強かったですね。
 男性と競争して男性より早く偉くなりたいとか、そういう競争心というのはないんですね。じゃなくて、やっぱりその課題から生まれるプレッシャーというのは大いにあって、ちょっとしんどい部分はありましたね。

―そのプレッシャーは、どうですかお仕事されていくうえで、例えばバイヤーさんになられて店長さんになられて、どういうふうに有光さんに作用されたと思いますか。プレッシャーを糧に頑張ることができたんですか。

有光:どういうんだろうなあ…、例えばバイヤーになった時も、本部ですから、朝始まるのは8時半やったか9時半やったか忘れましたけど始業時間がありますでしょ、大体みなそれの10分まえとかに来るじゃないですか。でもいざ仕事が始まると、電話やら何やら、もう目が回るようでしょ。だから色んなことを勉強する時間というのは仕事が始まったらとれないんですよ。だから6時半とか早い時間に本部に入って、朝の1−2時間が資料を読んでああこうなってるとか、商品の勉強をしたり、そんなことをしてましたね。

―朝の早い時間から。
でもお子さんも小学校に行かれてるでしょ。中学行ったらお弁当とか。

有光:母がやってくれました(笑)もうそこは母。そのために呼び寄せたんですから。そこまでしなくても女性が育児しながら、という条件を作っていく、そういう組織風土を改革するということが本来大事やったんだろうけど、そういう余裕じゃなくて、今はとにかく自分をその組織に合わせていく選択をしないといけない時もあったんですよ。結局はね。弾かれたらすべて終わり、というあれがあったから、要は自分をどう適合させて生きていくか、という選択。

―寂しいとか不公平だとかそういうのはありませんでした?第一世代でなければここまで苦労しなかっただろうに、と。

有光:そりゃあ、確かにね。本当にしんどい時は、「なんでここまで」と思いました。なんで乗り越えられたかは今となってはわからないけど。今だったら、「私はもう最高の体験をした」と思えるけどね(笑)その最中はもう色々と。


(「(4)男性と女性でつくる社会へ向けて」につづく)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」





100年後に誇れる人材育成をしよう。
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有光さん3
 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)のインタビュー2回目です。

 ここでは、「結婚して子も産んでかつ仕事も続けたい。そして商品にも触りたい」という有光さんの念願がついに叶えられる日がやってきました。しかし、それを実現させた有光さんの強烈な頑張りがまた凄まじく…。

 何が”奇跡”を生んだのでしょうか。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事



―いやいや。2500人の規模の会社を若い女性1人で変えていくってものすごいことです。

有光:確かに、最初愚痴言ってるときは仲間何名もでやってたんですけど、なかなかね。1人1人も自分の生活があったり結婚して欠けていったりしていくと、結局は最後までやろうと思ったら1人でするしかない時期もありました。
 もう1つの女性の職種が限られてる問題。女性って最初そこに配属されるとずっとそこにいるパターンだったんです。確かに同じ仕事に習熟させておいたほうが効率もいいというような考えもあったのかもしれない。
 私も、今の仕事が嫌だとかいうことではないけれど、やっぱり商品を扱う仕事がしたいという思いがものすごく強くなりました。

―それは何かきっかけがあったんですか。

有光:それはね、私もよくお給料を封筒に入れて現場、お店とかに行ってたんですよ。当時は給料振込ではなかったので。そうしてみていたら、やっぱり店舗で商品を販売したり陳列したりする活き活きした姿にものすごく惹かれてたし、でまあ生協も色んな活動があるけれども、やっぱり事業としてのベースは商品の販売だったので、商品にかかわることの魅力度というのが高くて。
 そして、女性がもっといろんな職種に活躍できるように、チャレンジできるように、そんな道を切り開きたいという思いもあったんですけれども、これもなかなかチャンスがなくて、「どうしようどうしよう」と考えた挙句、人事異動を申し出たんですよ(笑)

―ははー。それが主任になられてから何年目のときですか。

有光:もうだいぶん経ってましたね。
その前に、女性も初めて試験を受けれるようになって、受けて受かりました。そして主任になって、人事でずっと仕事をしていたんですが、それから何年か経ってそういう思いになったんだと思います。はっきりとは憶えてないけどね。主任になってからもまだ人事の仕事をずっとしてました。
 主任になってから結婚して子供もできましたから、「女性も違う職種に」というのはちょっと期間が空きましたね。
 で、「女性が色んな職種に就けるようにしたい」って申し出て、「私は商品にかかわる仕事がしたい」「現場に出たい」と言ったんだけど、伝わらなかったのか、辞令は出たんです。現場への。でも結局はそこの事務主任。お店の事務の仕事やったんですよ(笑)

―直接商品には触れなかったわけですね。

有光:触れなかったんです。ウーンと思って、「どうしよう」と。いつも「どうしたらええんだ」と考えるんですけどね。
 これは今やったら労基法違反で摘発されるかもしれないけれど(笑)お店の事務の仕事っていうのは帳簿をつけたり、農産水産って言って商品分野の売り上げとか帳票をつけたり。そういう仕事ですから、はっきり言って家へ持って帰ってもできるんですよ。
 だから家でできるものは全部家に持って帰ってやっていました。

―え〜、お子さんもいらっしゃるのに。

有光:だからあの頃はほんまに、4−5時間も寝てなかったんちがうかなあ(笑)
 それで勤務時間は、事務担当にもう1人女性がいましたからその子に電話番などをしてもらって、私は店内に出て、そして男性の商品担当の主任とか係長さんに商品のことを一生懸命教えてもらって陳列したり、並べ方を教えてもらったり、そんなことばっかり店舗でしてたんですよ。

―すごいですねえ。

有光:うん、ほんとに。


■通信教育で日本生協連会長賞を受賞

―そのガッツはどこから来るんですか。

有光:だけど一方では結婚して子供を産んで、そして現場に出してくれって出て、ちょうどその時期に今度は係長の試験が受けれる時期がきたんです。けれどあの頃は子どもがまだ小さくて、そして係長とかでポストが上がっていくと、その責任感と子どもの教育と板ばさみで。

―気になりますよね、どうしてもお子さんのことは。

有光:うん、気になって。係長試験をどうしようかって考えた挙句、諦めたんです。というか中断したんです。試験を受けなかった。
 それはあの頃三つ子の魂百までとかいろんな情報も入って、ものすごい悩みがあって、受けるのを断念してたんです。

―そのときお子さんはおいくつぐらいやったですか。

有光:幼稚園ぐらい。保育所に預けるぐらいのときです。
 だけども、大事だとそこで思ったのは、試験は受けないけれどもやっぱり自分の存在感みたいなものを組織の中ではきちっと認めてもらっとらんとダメになってしまうという思いが強くありました。
 それでどうしようと思った結果、全国に生活協同組合って沢山あるんですけれども、そこを束ねている日本生協連というのがあって、そこが全国の生協向けに通信教育してるんです。マネジメントとか財務的なことやリーダーシップ、マーケティングのこと。色んなことを通信教育で勉強する。それを初級中級上級と、それを受けて、これで絶対いい成績をとって、頑張ってるという存在感をきちっと残しとかないといけない。それがひとつの私のチャレンジだったんですよね。

―ははあ、ここにもチャレンジのターゲットがあった。

有光:そうそう。「もう試験も受けないわ」という忘れられた存在になったら、もうダメになるという思いがあって、何とかそれをしとかないといけないと。
 それで頑張って日本生協連会長賞を受賞できました。
 それをしつつ、今お話ししたように仕事を家に持って帰って商品の仕事をやって。
 そうするうちに子供がちょうど小学校へ入る時期がきて、「これで大丈夫かな」と思って初めて係長の試験を受けることになりました。だから何年か試験を受けないブランクがあったんですよ。

―はあ…。何年ぐらい諦めはったんですか。

有光:4年か5年ぐらい諦めてるんじゃないですかね。


■ついに女性初のバイヤーへ

―私ね、有光さんすごい方やなって思うのは、僭越な表現をしますけれども、そういう電卓を速く叩くとか、通信教育で頑張っていい成績をとるとか、ターゲットがあったときにものすごくそこに集中して頑張りはりますよね。でもこういうタイプの方には、得てして人間的な幅が広くない方っていらっしゃるんですよ。今までお会いした方にもいらっしゃいましたけど、でも有光さんはそうじゃなくてすごく人としても懐の深い方で、一方でそういうターゲットが目の前にあった時にはものすごく集中力を発揮される。その両面をお持ちになっているのがすごいなー、と。

有光:いやいや人としてのあれとかはないですけれど、こうと決めたら、何とかそれを成功させたいという思いは強く持ってるタイプなのかなと思いますね。
 そしてその時代、今でもそれが大きな問題なんですけれども、やっぱり時間。仕事する時間というので、急な残業やら一杯あって、時間に対する価値というのが企業ではものすごく強い。だから、女性だから結婚してるから子どもがいるからといって、なかなかそういうことにタイムリーに対応できなければ、これは「やっぱり女性はな」とか「やっぱり子供ができたらな」と評価される時代やったんですね。
 この時間軸の問題を何とかうまくやってキャリアアップしていかないといけない。そういう思いから、「どうしよう」と考えたのが、これはすごく両親を犠牲にしてしまいましてね。
 私の両親は田舎でちょっとした商売をして人を何名か雇ってたんですよ。

―そうですか、経営者さんでいらしたんですね。

有光:経営者なんてそんな、内職の延長みたいな。でも4人か5人ぐらい(従業員が)来ておられましたわ。それを1年ぐらいかかったかな、説得して辞めさせて、「私のところへ同居してくれ」って(笑)田舎から呼び寄せて。そして時間ということにあまり男性とギャップが生じないように。それはね、手を打ったんですよ。

―すごいです。田舎どちらやったんですか。

有光:篠山からさらに奥に丹波の柏原(かいばら)というところがあるでしょう、そこです。JRで1時間半ほどのところの。
 1年ぐらいかかりましたかねえ、辞めてもらうのにずっと説得して。

―あのあたりの方は、やっぱり柏原も城下町ですけど、私城下町の方ってすきなんです、ちょっと武士道精神のようなものが残っているところがありますでしょう。

有光:あるでしょう(笑)うん、うん。
 で、そんなことをしながら、係長試験にチャレンジをしたんですよ。そしたらこれ幸い、1回で合格しましてね。でもそのとき憶えているのは合格したことのうれしさ以上に、合格と同時に出た辞令が、この本部に戻って商品部っていう、商品の仕入れをしたり企画をしたりする、ここのバイヤーの辞令が出たんですよ。

―バイヤーですか、かっこいい。

有光:うん、だから係長に受かって係長になった喜びより、「ああこれで商品に携わる仕事に就ける」という、「認めてくれたんだ」と、これがすごく嬉しかったんです。

―ああ、念願かないましたねえ。

有光:そうなんです。
 本当に、仕事を持って帰って無茶なことをして、でもやっぱりみんな見てるんでしょうねえ。そういう思いが伝わったのか、そんな辞令が出ました。
 だから大きくは、男女共同参画の自分が勤めている間にはそれを大きなテーマで自分がやってきたけれど、私自身は女性も試験が受けれるようにそういう制度の改革と、もう1つは女性が色んな職種に就けれるように、大きくはこの2つの課題へ。
 まあ、簡単にペラペラっとしゃべってるけど(笑)そんなことが自分の本当にいい体験だった、と思いますね。

(「(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか」につづく)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」






100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

有光さん3

 去る1月27日、コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)にインタビューさせていただきました。

 これまでにもご紹介しましたように、有光さんは灘神戸生協(現在のコープこうべ)に一社員として入社され、女性のための昇任制度もないゼロからのスタートでキャリアアップし、職域を広げ、最後には役員(常任理事)まで登り詰めた方。

 そして後進の女性たちにはどこまでも優しく柔らかく成長を喜んでくれる素敵な大先輩です。

 これに先立つ昨年9,10月に有光さんが代表幹事を務められる兵庫経協の「VAL21」(女性産業人懇話会)で、正田が2回にわたって「承認」のお話をさせていただいた際、有光さんは自ら「承認」を身近で実践してみて大きな手ごたえを感じたことを語り、そして「この『承認』のお話は、私には何だかほんとうだ、と感じられます」と言ってくださったのでした。

 このたびのインタビューでは、前半でお若い頃からの壮絶ともいえる奮闘ぶりと、それを支えたものは何だったか、を語っていただきました。

 国際比較でみると男女共同参画がまだまだ立ち遅れているわが国で、かつ残念ながら既に手あかがつき「やらされ感」で語られることも多くなったこんにち、是非今頑張っている女性の方、それにそうした部下を持たれている上司の方にもご覧いただきたいお話です。同じ地域のほんの少し前の時代を切り開いた先輩の姿をみることで、ともに「勇気」を分かち合えたらいいな、と思います。

 今回は前半で有光さんの会社員時代の奮闘物語、そして後半で昨年9月以来の「承認」実践物語とうかがい、前後編として掲載させていただきます。

 まずはその「前編」を4回に分けて、ご紹介いたします―。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


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(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」



―今日は本当に楽しみにしてまいりました。
有光さんご自身のこれまでのキャリアのお話と、宣伝用のインタビューも兼ねておりますので私どもの研修についてのご印象、ご感想もいただければと。

有光:わかりました。
私自身は学校を出まして、今コープこうべの中では役員までなりましたけれど、就職したころは何年か勤めて結婚して家庭に入って、というくらいの漠然とした気持ちでした。私だけじゃなくてその頃の女性はそんな気持ちで社会に出てたんです。

―就職されたのが何年でいらっしゃいますか。

有光:昭和38年。

―私が生まれた年だわ(笑)

有光:そんな時代ですから、まだまだ今のような女性の活躍が社会で求められるようなことはなかったですし、女性自身も自分の将来の人生設計を持った形で就職するということはなかったんです。友達にもいなかったし、私自身もなかった。
 だけど私の場合、数年してすごく仕事に誇りを持てたり長く仕事を続けていきたいと思ったり、と気持ちの変化が起きたんです。

―何があったんでしょう。

有光:入社の頃はアメリカのセルフサービス形式を導入して、日本にもたくさんセルフサービスのお店ができた時代です。それで生協もそれまでは男性職員が多かったんですけれども、そういうこともあって女性をたくさん採用するようになった時期だった。ただ女性の仕事で圧倒的に多いのはお店でチェッカー(レジ係り)をする。それと一部、事務の補助。大体この2つの職種でした。
 で私は、採用されてチェッカーに配属されるのではなく、本部の人事労政部というところに配属されたんです。そこでお給料の計算をしたり、福利厚生の仕事をしたりしていたんです。そして何年か勤めたら結婚して辞めて、という思いで入ったんですけどね、当初とは思いが変わってきた。
 なんで思いが変わったんだろう、と考えたんです。そうしたら、それは間違いなく当時の上司だった方の影響でした。
 企業だったらどこも企業理念ってありますよね。コープこうべだったら「1人は万人のために、万人は1人のために」という理念があります。上司はそういう理念を語ってくれたり、それに基づいてコープこうべの仕事の意義だとかを語ってくれたり。それから、私自身が毎日同じ仕事をやっているんですけど、そのことがどんなに価値があることなんだ、ということを、常に語ってくれる上位者がいたんです。これで大きく変わったんだな、とあとで気づいたんです。

―それは得難い上司の方でしたね。そういう言葉にふさわしいお仕事ぶりをやっぱり有光さんがされていたのではないですか。

有光:そうでもないと思いますよ。でも本当にその言葉が色々と変えていってくれたんだ、と思ったので。
 だから3−4年経ったころに、「やっぱり私もずっと働き続けたい」と。そのためには、自分自身のきちっとした将来へのビジョンみたいなものを自分で持っていかんとあかんのや、というように思って、そこで自分自身はどうなりたいんだ、というように考えたのが、まず1つは、そのころの先輩の女性もいらっしゃったんですが、みんな結婚はされずに、長く勤めておられた。私は結婚もし子どもも作りたいなと。そして企業の中でも勤め続けていきたいし。そして何よりも、上位者が示してくれたようなあんなリーダーシップのとれる産業人になりたいと。すごくそういう思いが強くなったんです。

―ちなみにその上位者の方は人事労政部の中のどんなお立場の方ですか。

有光:その当時は課長職。私が入った当時は係長やったのかもしれない。そういう方が、1人というとあれですけれどひときわ強くそういうものをお持ちの方がいらっしゃって。その人に教えられた、私はそれだな、と。
 VAL21(兵庫県経営者協会女性産業人懇話会)では管理職になっている方が多いんですけれども、やっぱり管理職で一番大事な役割というのは、私「これ」やと思う、というのは今でもその経験から思うんですね。

■2つの壁「昇任試験」と「職域」

有光:そう簡単に思い描いたんですけどね、そこからが大変(笑)
 やっぱり時代もあるし、神戸の歴史の長い企業の組織風土だとか制度だとか、色々ありますから。

―その当時で何人規模でいらっしゃいました?

有光:約2450人ぐらいだったんだろうか。

―大企業ですねえ。

有光:まあまあ、ね。ただ、それまで長い歴史の中で中心だったのは、商品の注文をきいてそしてお届けするという宅配事業です。だから男性が圧倒的に多かった。力仕事ですからね。
 ただし、店舗を積極的に展開していき始めたので、チェッカーで女性がたくさん採用し始められた、とそういう時代でしたけれどね。

―じゃあ、急速に女性比率が増えた時期だったんですね。

有光:そうそう。
 そして、「自分はこういう風にしたい」というライフプランみたいなものを描いたんだけど、それを実際やっていく上ではすごい壁がありました。
 私が就職してすぐの時は女性結婚退職制度というのがあって、女性は結婚したら退職しないといけない。そういう制度まであったんです。

―制度まであったんですか(笑)すごいですね、それは。

有光:そう、だから、結婚して働いている女性というのは居なかったわけですよ。長く居られた先輩たちは、結婚せずに働くことを選択された先輩たちだった。
 そういう制度自体は、時代背景を受けてすぐ無くなったんですけれども、やっぱり企業の中で自分のキャリアアップを図っていくためにはいろんな壁がありましたが、中でも私自身が挑戦していくうえで大きな2つの壁があったんです。
 その1つは、女性は主任試験とか係長になるための試験を受けれれなかったんです。男性たちは受験制度があった。女性にはなかった。

―それは規則で禁じているとかではなくて、不文律として?

有光:就業規則に書いてあるとかそこまでのものではなかったです。でも女性は受験できなかった。
 それともう少したって思い始めたのが、女性の職種と男性の職種がきれいに分かれていたんです。女性は大体チェッカーか、事務でも補助的なお仕事。
 でも自分自身は、色んなことにチャレンジしていきたい、職種を超えて、幅を広げてやっていきたい。その思いを強く持ったんですが、これがどうしても壁になる。
 この2つが、私自身のチャレンジ体験になり私自身の職業観を大きく変えていった、という歴史があるんです。

■人を動かすためには何が必要か

有光: 初め、主任の試験を受けたいというのを、同期で入った女性たちもざわざわ話をしながら、何回でも人事やらいろんなところに申し入れをしました。「なんで女性が受けられへんの」みんなでぶつぶつ不満を言って。

―それは同期の方何人かで集まって?

有光:そうそう。本部に事務の補助系で配属されて、私は人事系でしたけれど同期は経理系の人とか庶務系の人とか配属されていましたから、その女性たちが「おかしいねえなんでやろねえ」言うて。
 本当に何度でも「なんでですか」「私たち受けたい」と。そうしているうちに4−5年たって同期で入った男性が受験の時期がきかけるわけです。それでも受けれない。何度も(申し入れに)行ったけれどそれでもだめでしたね。
 聞く耳がないというんじゃなくて、その男性―まあそういうポストの方は大体男性ですから―に申し入れをしても、その男性たちはそのことの必要性を本気で感じないから、「変えていかんといけない」という気になれないんだろうな、と。「なんでや、今まででうまいこと行ってるし」というぐらいの気持ちだったのか。本当に、だめでした。
 でそうしているうちに、「これだけ言っても無理だったらしゃあない」と諦めていく女性が大半だったですね。

―そうでしょうね…残念ですけどやっぱり結婚して抜けていかれて。

有光:そうそう、結婚されて人数も減っていきますしね。
 そのうち、いくら口で「この制度おかしい」「受けさせてくれ」と言っていても、これは人をその気にさすことというのは無理なのかなと、そこで考えて。次どうしよう、と。
 それはもう実際の行動と、「証し」みたいな形で、主任として女性が十分やれるんだということを実証するしかない、と思ったんです。言葉では人を動かせない。やっぱり人を動かすのは相手の心とか相手の目に伝える、このことしかない。
 それで、人事で厚生の仕事もしてましたから、社会保険労務士の資格にチャレンジしたり、それから当時はコンピュータでシャシャッと計算が出てくる時代ではありませんでしたから、お給料の計算なんかも電卓でダダダーっと計算して、そのスピードと正確さがもう圧倒的に、だれが見ても「すごい」って思えるようなスキルを身に着けて。
 要は、感じてもらう。それしかない。
 そういうチャレンジをして、そして改めて申し入れしたんですね。そしたら不思議なものですね、「せや、うん」って言って、それからですよ。試験を受けられるようになったのは。

―そうですか…!

有光:だから、女性が試験を受けて主任や係長になっていった最初のケースだったと思うんですけどね。

―壮絶っていいますか。

有光:だから今も、人をその気にさせたり、人に感動を与える、まあリーダーシップの基本もそうなんですけれども、やっぱり言葉よりもリーダーの態度とか姿勢とか、そういうことが人を動かすんだ、と。私あれでそう思いましたね。口だけでなんぼ言ってても、人をその気にさせたり、そう簡単にできるものではなくて。部下たちもリーダーの態度や行動をみて。口で「ああせえ、こうせえ」と言ってるのではなくて行動をみて動くものなんだと、私は体験から学んだと思うんです。

―よくそこで動かしましたねえ。山が動きましたねえ、大きな山が。

有光:やっぱり改革する、ものごとを変えていくっていうのは、なんかおかしいなあと感じたりする力は必要ですよね、ものごとを感じていく。でも感じても、大事なのはそれをどうしたら変えられるか、変え方を考える力が要るし、そしてもっとも大事なのは、実践する力。この3つの力がセットにならない限り、改革なんてできない。
「あれおかしい」とか、「あれは変えんとあかん」とか、色んなことを思うまではするんだけど、じゃどういう風にしていこうと(考える)。そしてどういう風にしていこうと思ったことを実際に実践する。この3セットの力が改革を可能にしていく、と思っています。
 それ以降の色んなこともそれを心掛けてきたけれど、なかなかね。挫折することは多かったけれども(笑)。

(「(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ」につづく)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて



後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 今年5月にインタビューさせていただいた大島金属工業(株)・執行役員生産統括部部長の脇谷泰之さん(中国法人総経理)を再度お訪ねしました。

 今回のテーマは「責めない現場」について。日頃はコーチングの質問法を型通り教えている正田ですが、生産現場にはそれにとどまらない「真の原因を探る質問」のノウハウが存在するよう。「現場の知恵」を伝授していただくべく、「特別なことはしてないですよ」を連発する脇谷さんに教えを請いました。(長文です)


ききて:正田


脇谷さん初回登場インタビュー記事は
「とにかく現場を見てください」で仕事が来る中国工場―脇谷泰之さん(大島金属工業執行役員)インタビュー
http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51857608.html 



「責めない現場」は可能か?―脇谷泰之さん(大島金属工業)インタビュー(2)


(1)「犯人探し」をやめよう
(2)社会人としての心構え?
(3)「普通のことを普通にしよう」
(4)「不良は出るもんや」から始める
(5)眠たくなったら機械止めろ
(6)2日に一度口を酸っぱく
(7)真因を探る質問テクニックとは
(8)中国での採用基準は「嘘つかない」



(1)「犯人探し」をやめよう


―今日は「責めない現場」ということについて、是非お伺いしたいんですけど。


脇谷:責めない現場。講座で話が出たそうですね。出席した本岡課長と会話してきいたんですけど。


―はい。そこは(受講生の)皆さん必死でメモとりはって、かなり画期的なことをおやりになっているような。


脇谷:もともと社長自身の考え方に責めない現場っていうか、現場を責めない、人を責めない、という発想はお持ちやったんです。


―そうなんですか。何からきてるんですか。


脇谷:かれこれ11年ぐらい前からそういう発想をされてて、でも言うてる本人ができてないですけど(笑)。でもなかなか現場に浸透しきれていなかった。結局、中で犯人探し。不良が出たときに犯人探しをやる。

 僕がちょうど(転職して)来たときも不良が出て社長からは「人を責めるな」と言われて。でも現場は犯人探しをやってる。結局探しても結論が出ない、前へ進まない。で、だれが悪いかれが悪いというのをやめよう、と。当初本岡もうちへ来たばっかりで、彼らと一緒に「そうしよう」と。

 不良が出たとき、トラブルが出たとき、「誰がやったか」ききますよね。誰が担当していたかはききます。で本人に「どういうことをやったか」「どういうことをしてたか」やり方をまずききます。きいた上で、「なんでこれ(不良)ができたんやろ」というのをもう一ぺんみんなで関係者と考える。1人の頭でなく集団で、現場と営業と技術と品証と入って、一緒に考えて解決していく、という方法に変えていきました。


―ははあ。そうして複数部署の合議で話をすることでどういう効果があるんですか。


脇谷:一つの不良について現場だけで真因を調べたり、対策を打つと、どうしても自工程の都合や、立場を優先して部分最適な対策を打ってしますことが、往々にしてあります。また、経験値だけでなく、他社情報や、顧客での情報は、品証、営業技術の方が持っており、いろいろな知恵を出し合うことで製品の製造する流れ全体を見た対策を打てることができます。
 
 たとえば、打痕(プレス工程で穴などを開けた抜きカスが製品のと金型の間に入り、凹みを作ってしまう不良)の場合、プレス加工では、防げないとの業界常識があり、現場だけで検討すると出荷前検査で全数検査という対策になります。しかし、場合によっては、金型を調整したり、加工速度を調整することで対策できる場合があり、今年度は、この対策を中心に実施して効果が出始めています。


(2)社会人としての心構え?


―さすがですね。でも明らかに単なるケアレスミスという場合でもそうなんですか。


脇谷:一緒です。なんでケアレスミスが起こったか、というのをやっています。彼本人がたまたま前の晩夜中まで起きててゲームして寝不足であくびしてたのか、暑くてぼーっとしてたのか、寒くて身体が動かなかったのか、というところまで含めて一応話をして確認はします。

 当然、本人の社会人としての心構えが出来ていなければ本人にちゃんとそういう形での話はします。

 だから本人を叱ったり怒ったりするのはあります。例えば個人のプライベートの時間を夜中まで(ゲーム)やってて、朝寝坊しかけて慌てて飛んできて作業している、というのは、親じゃないんですけどそういうところをしっかり叱ります  作業現場の環境、例えば「暗い」とかね、なんであれば当然それをどう改善しようか、という形にもっていきます。寒い暑いはなかなか工場なんで改善できないんですけど、できることはやっていく、対応していく、という形で。大抵のことはその環境が悪い、ということでもし問題があってもじゃあどうしようか、と一緒に考えて解決していこうね、というのはずっとやっていますね。

 まあ全員が全員そういう考え方でやっているかというと、中には「オレは悪くないのに」というのは、まだまだおりますけどね。30数名であっても。

 あんまりそのへんは、叱っても答えが出なかったんで。逆に口つぐまれてお客さんに報告が出来ない、原因がわからない、再発する。そんな悪循環でしたんでね。ここ(叱る・責める)からやめなあかん、というので。


―お客さんに報告を出す時にも「なぜなぜ分析」の書式があると伺ったんですけど、そこにも本人が深夜までゲームしてたとか、そういう理由も記載されるんですか。


脇谷:お客さんには報告しません(きっぱり)。そこは飾ります。


―あ、そうですか(笑)いや〜やっぱりこれ、皆さんにきいていただきたいお話です。


脇谷:どこも同じだと思います。他の大手さんの方と話しても同じ様なことを言われてましたから。普通にすることを普通にできるかでけへんか、だけやと思ってるんで。


(3)「普通のことを普通にしよう」


脇谷:僕ここ何年かずっと言うてるんです、「普通のことを普通に仕事しよう」と。普通のことを大げさに仕事するのやめようと。


―今の「普通のことを大げさに」というのは例えばどういうことですか。


脇谷:例えばプレス部品で、1時間に450個できますと。本人は一生懸命頑張って人より早い、遅い人と比べてだから私は人より頑張ってる、特別だ、という表現をするんですよね。僕はそれは「違う」と。450個できる人が450個するのが普通であって、これが500個になったら頑張ったけど、500個になったら今度はこれが普通で、普通のことを普通にしまし ょうね、人から見て努力してるなとか、すっごい必死になって仕事してるなと思われずに普通に仕事してるやんね。と思われるように。

 だけど私ここまでできないわ、すごいね、と思われるように。自分がやることがすごいことじゃなくて自分が当たり前にできることを当たり前にやろうね。その代わり、それをまたレベル上げて頑張ってこうなりました。でもこれが今度普通になりました。もっと上を目指そうね。ということを言うてるんですけど、なかなかね、まだまだ。


―それは例えば、その人は450個作れる、ほかの人の平均例えば300個ぐらいだと。いう場合でもこれは凄いことじゃないんやで、と。


脇谷:そう、その人にとっては普通ですよね。その普通というラインをしっかり守ってるときに人と比べて、その少ない人たちがその人をみて何が違うんかなー、それを普通にできるようにしましょうね、考え方かえて普通にしましょうね、先行している人も追いつかれるんだから次、考えましょうね、と。

 それは出来高だけではなく仕事の質に対してもそう。今まで知らなかったことを、何か問題が出ました、でもプレス屋やからプレスのことだけ知っておけばいいという時代じゃないんで、そのためにも材料の特質とか、うちの苦手な化学的な話も出てくるんですけどね、油も使うんでね。そういうことを含めて、今までは分からなかった。これを調べていくうちにおぼえてきた。じゃあ次、こんなことが起こったときにそのことを普通に処理しましょうね。ワンランク上がるからこれが普通の仕事ですよね。これがいつまでも凄いんだよ凄いんだよ、うちの会社は技術あるんだよ、と思うとそこで止まってしまう。一瞬はそれができたから凄いけどそれからはここを普通にして普通に処理できるようになりましょうね、という。普通のことを、むずかしくせず普通にしましょうね、ということです。


―それが「普通のことを普通にしましょう」ということなんですね。なんか耳が痛いなあ私進歩がないからなあ。


脇谷:ものづくりも、技術の進歩とかいいますけど人の進歩が一番先に走らんと。人が育ってもらうようにしたいなあ、と思ってやってます。ただなかなか浸透はしないです。。
結構(自分の仕事を)アピールしてくる人達も(社内に)おりますけど、お前それ去年アピールしてきたことと変わってないやん、と言うたりします。「承認」からいうと逆方向になるんですけど(笑)


―いやいやいや。それも正確にみたうえでのことでしょうから。


(4)「不良は出るもんや」から始める


脇谷: 先程の「叱らない」とか「責めない」というのは、どうしても不良が出たとき「人が悪い」と考えてしまうけど、人が悪いから人を責めたって解決しないという痛い思いを何度もしてるんで。結局わからずにダラダラ時間ばかりかけてお金かけて原因追及をやったところでまた不良が起こる。どうせかけるなら1回で終わりたい、ちゃっちゃっと終わらしたい。というのが元々の本音であって。

 まあ、その成果というかそのお蔭で、今までずうっと検査をせなあかんかったような金属のバリも今材料的に問題あって出た2点以外は、検査なしで普通に加工条件さえしっかり出来てたら、問題なくできるようなところを見つけられたんでね。そういう意味ではそれは自分ところの中でのノウハウが出てきたのがあったんで良かったと。みんなも経験してそれなりにいい答えが出たんで、成功事例としてみなさんが理解して動いてくれればいいかなあと、期待しながらやってるとこです。だから責めないとはいいながら、まあ責めてはないですけど、完全に定着してるかというとそうではないです。やっぱり僕らが「責めるな」というのをしながらやってるところです。


―凄いことです。真因がわかったからこそ新しいノウハウの開発につなげられたわけですね。


脇谷:いやいやこれは普通のことで。どこもやられていること、でしょうし。


―いやー皆さん浸透してるかどうか、怪しいですよ。
 もうひとつの疑問は、その「責めない」方針でしたときに、じゃあ作業者のかたが、「そもそも不良というのは出したらあかんものやで」という教育は当然なさってると思うんですけど、その前提を忘れてしまわへんかな、とか。


脇谷:あ、最初の前提は「不良は出るもんや」から始めました。


―ほんまですか。


脇谷:「人間ミスしないわけない」って。ミスしない人間なんて世の中いない、って言うてましたから、7年前から。


―へーえ。新入社員の教育からおやりになるんですか。


脇谷:新入社員というより、途中入社ばっかりですが、そのときします。人間はミスします、必ずします。ミスしない人間はいません。ミスしたかどうかがわかることが大事です、って言っていました。私がミスしたとき「ミスしました」ということを言ってください。そこで止めれます。いまだにそれはみんなに言うてますね。ミスして不良作るっていうのはいけません。でも不良ゼロというのは、お客さんに対してゼロというのは頑張ります。社内不良をゼロに近づけることはできてもゼロにはできません、できないことをやれとはいいません。だけどゼロに近づけることはやりましょう。悪ければすぐに言って止めましょう。調子がおかしいと思ったらそこで確認しましょう。だから「(不良を)作るな」と言ったことは僕はないです。思ったこともないです。

 不良はできるものや、と思ってます。本当に不良ができなくしようとすると、相当お金をかけて、色んな設備を全部入れて、予防保全に最大限お金をかけたら出来るかもしれない。僕はゼロに近づけることはできるけどゼロにはできないと思ってる。で(不良を)作ることがダメだ、というのでなくゼロに近づけることをしましょう、と言ってます。それはみんな、同じように言っててくれてるから理解してくれてると思いますけど。


―そうですか、そうですか。7年前から。それは社長とも意見が一致してるんですか。


脇谷:ええ、社長も知ってます。社長も「連続不良は許さんけど1個の不良はしゃあない、そこで止めろ。その1個が毎ロット出たのなら、次は2ロットに1回、5ロットに1回、1か月に1回、1年に1回していって近づけることを考えろ」て、ずっと言われてます。それがなかなか現場には理解されてなかったんで、まず「責めない」という話を大々的にする前にそこの話を先にしました。必ずミスは出る、ミスするからあとで誰かがチェックする、あるいは自分でチェックすることを考えようね。


(5)眠たくなったら機械止めろ


脇谷:ただ事故はね、これは絶対ゼロにせなあかん。けがした人間の体は絶対に替えはきかない。機械なら直るけど人の体は替えはきかない、だから絶対自分の身は自分で守らなあかん。先に逃げろ離れろ、機械止めろというのも言ってます。だからちょっと変な音がした、逆に今日は調子が悪かったら機械止めろ。眠たくなったら機械止めろ。そこから始めることをやってます。


―それはちゃんとやってくれてますか。


脇谷:そうですね、今のところケガもないんで。時々止めていて、「どうしたん」ってたまにききに行くこともありますけど。たまーに、年に1人くらいかな、「すいませんきのう夜中までサッカー見てたんで眠たいんで」って言うから「ええ加減せえ」」って言って終わってましたけど(笑)
それなら会社来んで休んでくれ、とはっきり言ったこともありますし。「そんな状態で来てケガされてなんかあっても会社としても困るし、あなたがケガするのは僕らが一番辛いんで、いやだ。はっきり計画的に有給休暇とってくれ」と。それ言うと次から大体しませんね。脅しに聞こえるみたいなんで。あとはまあ、本当に体調が悪い。そういうときは状況きいて、場合によっては休ませたり。「早く帰れ」って帰らしたりはしますけど。そんなに頻繁にはないですけどね。
 ただ、変な音がするからと一旦止めては、連絡をくれる。僕だけじゃなくて現場の機械がわかる人間何人か見に行かせて見てもらって、どうも怪しいなとなったらメーカーに来てもらって。大きな故障・トラブルもあんまりないですね。手に負えんのもないかな、最近は。前はね、ある日突然機械が止まってどうしようかと大騒ぎすることがあったけど。


―変な音がするのを長い事放置しておくと大きな事故とかトラブルになるわけですね。


脇谷:なりますね、機械は壊れる前に信号を出しますんで。PCと一緒です。昔のフロッピーディスクは、初めは静かやけど段々音が大きくなってくる。壊れる前兆ですから。もう壊れるなというのは身構えながらできるんですけど、機械も同じで、こすれる部分の音が変わってきたり普通はすんなり動くところがちょっとこう、カタカタという感じが出たりする。大体それでスピードが遅くなったりばらついたり。日頃使ってる方は分かるはずなんで、それは大体事前にわかります。スイッチなんかでも普段やったら押せばちゃんとつくのが、押し方がグッと押さなければ効かんとか早く押さなければ効かんとか、なるともうスイッチが壊れかけてる。なら交換しようかと部品とって壊れる前に交換するとかの形をとりながら。


―うちの換気扇それやわ(笑)


(6)2日に一度口を酸っぱく


―脇谷さんはそういう、「不良は出るもんやで」とか、「体調悪い時は機械止めてくれ」とかを、どのくらいの頻度で皆さんにおっしゃってます?


脇谷:「体調悪い…」のは年に2回、最近は。「機械調子悪いときは止めろ」というのは2日に1回言うてます。


―やっぱり相当な頻度で、口酸っぱく言われているわけですね。


脇谷:いつもと違う音がするとか、止めろというのはいうてます。
 全体朝礼が週に1回です。週に月曜日だけ、全体で。そのときは必ずそれは言ってます。このへんは正しいかどうかわからへんのですがただ単純に僕のこだわりだけであって。


―いやいやいや。結局それで機械の壊れるのが無くなって。


脇谷:お金かかるんです。壊れてから修理すると。壊れる前に修理すると安いんです。そこだけです。壊れてからすると1か所じゃ済まへんからね。僕自身が神経質なのか、結構それを気にする方なんで、歩いてるとたまに変な音するなーと思って見に行ったりして、自分で。家では家内に「お金のかかる人や」と言われています。


―家電の壊れたのもすぐ気がつきますか(笑)


脇谷:はい。今言われた換気扇でも風切音悪いなー、と思ったらばらしてみて、「あ、部品壊れてるわ交換しよう」って、止まる前に交換する。で怒られます。「高い!金ばかりかかる!」って。


―いいお話をありがとうございます。価値あります、このお話。


脇谷:完全定着はしてないんで。まあ「機械」だけは定着してるかな。「叱らない、責めない」というのももうちょっとかなーという感じ。


(7)真因を探る質問テクニックとは


―皆さんほんまの原因を言ってくれますか。「深夜までゲームしてた」とかいうのを。


脇谷:訊き方ですね。やっぱり。正田さんのセミナーにもあるような、発展的な質問(拡大質問)、向こうがしゃべりやすい質問をやっていかんと。

 それとある程度こっちが読みます、顔をみて。「ああ多分寝てないやろな」と、そこから「どうなん?」と。誘導尋問ではないですけど、しゃべってくれるようにはなりましたね。それまでは頑なに「いいえ、いいえ」と言ってたのが。もともと僕も質問が上手な方じゃなくて、以前は責めるような質問があったみたいで、人から「詰問や」とよく言われましたけど、それをやめようと意識するようにしてからは一応答えてくれはったし、逆に僕らよりは本岡なんかのほうが友達的にイメージ近いみたいなんで、割とそういうのは上手にききだしてくれます。僕であかん場合はそういう形で誰か使うとかね。で聞いた本人にも横に座らして、「こうこうこうで、こうやな」(確認)「はい」「じゃあこうしような」(要望)と。


―ふーん…。テクニックが色々あるんですね〜。


脇谷:どうなんでしょうね、テクニックなのかどうかわかりません。たかが30何人ですけど色んな人間がおりますんで、ええもん持ってりゃおかしなやつもおるし、おかしな奴の中にもやっぱりええもん持ってる。どう見抜いていくかというのが、いいところを伸ばしていくしかないんでね。そういうところを伸ばしていかないと。うちらみたいな規模では、優秀な人間ばかり集めては仕事ができませんから。やっぱりええとこ伸ばしながら、ほかも付随して伸びていくのを期待するしかないんでね。

 中国も同じで、中国人のええとこを伸ばしながら悪いところもついでにくっついて伸びてくれるやろうと期待してるんで。


―よく、きめ細かく見てはります。


脇谷:みれてないんで、怒られますけどね。皆さんから、はい。


―やっぱり両方みるというのは大変なんでしょうね。第2、第3の脇谷さんがいてほしいですね。


脇谷:要りません。


―あ、ほんまですか。

脇谷:みんなが自律して動くようになったらええかな、と。今言ったことに反してるんですけど、元々僕自身の考え方は、トップが誰がおるかで組織が回る回らないが決まるのはおかしいと思う、組織として。組織は自分で自律神経持ってちゃんと自律してお互いが牽制して仕事ができる組織がいいんであって、トップは最後お客さんとこに怒られに行くときの責任者であって。それができるまで、みんながそれぞれの持ってるもんでレベルを合わせて「ちゃうよね」「おかしいよね」言い合いながら組織が回る、ホンマ理想ですよ。できないですけどね。それをいつまでも子どものように夢で追っかけてるだけであって。それができたらいつでも抜けれるし。そうあってほしいんで、第2第3が欲しいとは思わないです。

 同じような人間がおって育てていったら育てられると思うんですけど、それが育ってもしょうがない、ちゃんとこみんなが自立してくれんかったら、みんなでやってみんなで回さんかったら文化って残らないんですよね、
それを何とか、あと10年ぐらいで何とかならんかなと思ってますけど。…こんなことばかり考えてやってるもんでねえ。


―いやいやいや、それが本来の総経理のお仕事なんや思います。中々それをわかってる方は少ないと思います。未来志向なんやろうなあ、脇谷さんは。


脇谷:1人が誰かおるから回る組織はおかしい。やっぱりみんなが牽制しながら、というのをやっていかんと、キーマンは要りますけどね、やっぱり。キーマンがキーマンを育ててくれる。それはしっかりとお互いが人間同士尊重しあうような、やっぱり「承認」の世界でしょうね。尊重し合いながら組織を作っていけるのが一番ベターやと思うし強いと思うんですよね。
それができる、得意にしている民族は日本人やと、僕はずっと思ってたんでね。外国人ではなかなかそういうところは-相手を承認するとか尊重するとか、言い方が若干違うとか違和感を感じるときがあるんでね。


(8)中国での採用基準は「嘘つかない」


―ああ、そうですか。
それでいうと中国で前回のお話のようなことができるのは凄いことやなあと思いまして。従来の私たちがイメージしてる中国人像とすごい違うなあと。マネジメントのやりようによっては本当に人の性(さが)まで変えてしまうのか、あるいはある程度採用の段階でスクリーニングしてそういう人格の人を採ってるのかしらと。


脇谷:ええと採用の段階で言うと、―設立当初から残ってるのが2人。その2人は、採用基準は・日本に住んだことがある、・日本が大好き、・日本人と付き合ってどんな相手か知っている奴、というのを社長が連れてきた。
あとは僕が面接して入れたけど僕が入れた基準は、「嘘つかん奴」というのを狙いましたね。


―ほう。それは見抜けますか。面接って化かし合いじゃないですか。


脇谷:2回面接したらわかります。日をあけて。今の営業技術部の部長してるのも2回しました。今、承認を教えてる第二世代目のメンバーも僕が2回面接しました。1回目と2回目でまったく同じことをききます。過去の成績。どんなことをしてきたか。あなたが今自信をもっていえる成果は何ですか。ということを2回、同じことをききました。20人ぐらい面接してると1回目と2回目はほとんど違います。1回目に言ったことが2回目になるとすっごい膨らんで言うときもあります。


―ははは、ありそうやなあ。


脇谷:そこで色々突っ込んでいくと、じゃあどういうことしたの、こうしたのああしたの、こんなこと起こらなかった、あんなこと起こらなかった?と、通訳を交えてしゃべっていくと、大体「こいつはこのレベルまでしかしてない」とか「誰かにくっついて一緒にやったことやなあ」とわかるんで、そういう人は全部排除します。


―ははあ、自分でやったように言う人は排除。


脇谷:営業技術部長を入れたときは、「いや、僕はそんな大きな成果はありません」と言ってました、最初。「しゃべれることはありません」ちょっと日本語ができるもので、「成果はありません」。ならお前何が売りなん?ときいたら、「僕はこんなことを考えてます」というのを作ってきました。1週間後の2回目のときに。ならお前これ説明してみ、ときいたらとんでもないわけのわからない夢をみてたんで、おもろいなということで入れました。 とんでもないわけのわからない夢をみてるからあとで修正きくかなーと思うから入れました。ちょっと今修正に苦労はしてますけど。

 で、主幹クラスをやっている第二世代のメンバーは、やっぱり言ってることは変わらなかったし、突っ込んだことに対してもちゃんと答えてたんで入れました。現場の方は全部向こうに任してるからね。主幹から下の人間については中国人の彼らに任してますけど、基本的に僕の方針は「嘘つく奴は入れるな」。


―じゃあ20人に1人とかそのレベルじゃないですか。


脇谷:でもないですよ。中国人うそつきやって言いますけど、意外に素直ですよ。顔に出ますからね。嘘ついてる顔って。日本人よりは素直ちゃいます、ある面。


―ふーん、面白い。そんなことおっしゃった人初めてです。


脇谷:中国人にそんな腹黒さはないです。悪い奴は悪いです。はなから顔見たら悪いとわかります。嘘つきは顔みたら嘘つきって思います。日本人みたいに顔でニコニコ笑いながら腹の中で「このクソ、ボケ」っていう感じはないです(笑)少ないです。。でも中国人は意外に素直と、僕は思ってますね。


―それは高専とか、工業高校とかを出てる人ですか。


脇谷:副総経理は大学出てますね。日本の四年制大学ね。営業技術部長はは工業高校卒。主幹の子らは専科という、日本で言う短大出。あとはまあ高卒、中卒。現場の40代の人は中卒が多いですかね。その下の一部も高卒ぐらいです。
 今の若い20代の子のほうが使いにくいですね。


―ああそうですか。八零後(パーリンホウ)とか九零後(ジウリンホウ)の人達。


脇谷:日本人の若い人以上に使いにくいですね。


―よそでもききますね、中国からの研修生すぐ休んだり、国帰ります言うたり訳わからんからもうベトナムからの研修生に替えた、と。



脇谷:我慢できないんですよ。暑かったらイヤ。しんどかったらイヤ。残業はしたくない。こんなトラブル起きたら僕関係ない、知らないと言ってどっか行く。多いですね。だからもう若い子は少ないです、30代後半が中心。1人22歳の人がいます。彼は今、暑い中やってくれてるんでね、中にはそういう人がおるんでそういうのを見つけては一生懸命鍛えて、次の技術を憶えてもらおうとやりますけど、一般に若い人は仕事ができない、高い賃金は求めるけど仕事はできない、ミスマッチですよね。だから今日本の人らも、若い人が大学卒業して就職ないというけど、本当に仕事がないのかというと仕事はある。就きたい仕事と合わない。したい仕事は何なん?と聞くとみんなクーラーのきいた綺麗な部屋で定時に終わる仕事、というから「そりゃない」と。それと変わらへんのかなあと思いますけどね。

 今両方みてますが本社のメンバーのほうが向こうのメンバーに負けてますからね。向こうのメンバーはどんどん新しいことを憶えていったりするけど本社のほうはどっちかというと今の世界を何とか確保できればいいや的な、景気の動向もあるんでしょうけどね。仕事が忙しくなると色んなことを当然考えますけど。

 意外かもしれないけど、腹黒いのは日本人のほうが多いです。中国人のほうがまだすっきり、はっきりしてます。僕は中国人のほうが付合いやすいです。
中国人は好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌いとはっきりしてますからね。ホンマに嫌いな人とは絶対しゃべらへんから。


―ふーん。社員さん同士でもあります?


脇谷:ありますよ、グループが。対立はしませんけどしゃべるグループとしゃべらんグループが。昼ごはん一緒に食堂で食べてみていたら、「ああこのグループ仲悪そうやな」と思います。まあ酒飲むときはみんなわあわあ言いますけど。仕事上はそれはないようやから、注意して見とけというのは副総経理や製造部長とかには言っています。ちゃんと中入って取り持てよ、と。とくに支障は出ていないんでね。人間好き嫌いあるんでそれはあえて言わんと。ただ仕事は仕事、プライベートはプライベートで割り切れなくなったときはちょっと言おうかなと。
 まあ、変わったことはしてないですよ。会社的には変わってるでしょうけど、日本人がおらんから。ものづくりは日本と同じものを作ってますし。工場もここと同じで窓から現場が全部見渡せますし。

―インタビュー以上―




 このあとはプレスと溶接の生産現場を急遽見学させていただきました。「普通工場の写真撮影は厳禁ですよね。僕はオープンにしたんです。金型と製品のアップ写真でなければOKです」と脇谷さん。

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脇谷さん(左)と本岡さん(右)




 工場内の掲示物意外と少ないな〜。掲示物についても伺いました。

「生産性の指標は、表示していません。
品質は、1か月を修正し、内容ごとに品管課のほうでまとめてから
現場に展開しております。現場も各ラインの機械のところに掲示しています。
基本的に毎日の生産性や、品質状況を現場で修正することが、本当に
現場で役立つのかの疑問があり、あえて日々の集計は、日本ではしおりません。
過去には、しておりましたが、どうも集計する事が目的となり、自分たちの
弱みをしっかり分析することまで進まないので止めました。
月1回の現場のリーダー会議を開催してそれぞれの現場の改善目標や、進捗状況を
話し合い、それぞれのライン間で共有する方法を取っています。
ちなみに中国では、彼らのやる気と努力を認めるために週1回、品質状況、生産性等に
ついて品質管理部門、製造部門のスタッフでまとめて掲示をしています。
現場朝礼で現場の作業者全員に製造部長もしくは、品質管理主管からよくなったところ
悪かったところを連絡するようにしています。
(少しずるいですが、それぞれの持っている競争心をあおっています。)」(脇谷さん)


 脇谷さん独自の非常に細かい観察に基づいた「人」と「生産」に関するノウハウ。小さい規模の組織だからこそできるPDCAの速さもあるでしょう。本来「人」について独特の哲学をもった人が、当協会のシンパでもいてくださるというのは有難いことです。
 

 脇谷さん、このたびもご無理なお願いに応じてくださいまして、ありがとうございました!


 脇谷さんへの最初のインタビューはこの年の5月。上海工場の驚異的な躍進ぶりについて初めてお話いただきました。

 「とにかく現場を見てください」で仕事が来る中国工場―脇谷泰之さん(大島金属工業執行役員)インタビュー
http://c-c-a.blog.jp/archives/51857608.html
 
 またこの日記の翌9月には、上海工場を実際にお訪ねしました

 承認の輸出先 「上海大島」訪問記(1) 手作り治具にウルトラC改善・知恵と工夫の戦場上海
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承認の輸出先 「上海大島」訪問記(2) ―「僕嫌われ者ですよ」―「まじめ」「元気」な現場づくりはダメ出しと質問と承認の風景
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ものづくり企業を元気にしたい!元気な現場、自然さと合理精神、グローバルリーダー―脇谷さんとの対話
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100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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「第3回承認大賞」募集ページはこちら!あなたのエピソードを教えてください

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「承認大賞ハンドブック2013」ご紹介ページはこちらです

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  ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
  最終章ではふたたび子どもさんの教育にお話を戻していますが、ここでまた城ヶ崎先生・正田の”共通のタネ本”の存在が明らかになり、マニアックに展開する章でございます。



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か



(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か
■言語技術、「なんで」の回路
■「理由言って」は授業じゃなく訓練
■だれに席を譲る?
■「私の授業は承認の実践かもしれない」(城ヶ崎)





■言語技術、「なんで」の回路

城ヶ崎:
話し合いの時に話を戻しますと、その時に思ったのが、有効なのは質問だなあと。でも正田さんが書かれてる、「質問というのは難しいんですよ」と。

正田:あの本で書いたのは、もうちょっと一般職の人をイメージして書いていましたけれど。社長さんとか専門職の方、そういう人種の方だったら大丈夫ですよ。一家言あって我が強いですから、「教えて下さい」という言い方で質問している限り得意になってしゃべってくださるから。

城ヶ崎:自分がよく分からない人とか自分が意思決定できてない人に質問しても、返ってこないですもんね。

正田:そうですね、大人は特にそうですよね。先生のクラスのお子さん方は元気良く答えてくださるけど。
 あれもやっぱり大事なことだと思うんです。質問されて答えることができる人である、というのは。多分子どもの頃から意識づけしないと出来ないだろうなと。

城ヶ崎:あ、そうですか。

正田:と思います。それが出来てないから、今の日本の大人は質問されて答えられない。自分の行動や決断の理由を考えられない、言えない。あるいは自分の中にはっきりした理由がないから、流されちゃう。
 先生はお読みになってるんじゃないかしら、『言語技術が日本のサッカーを変える』(光文社新書)という本。

城ヶ崎:田嶋幸三さんの書いた本ですね。

正田:そうです、そうです。あの中にありますね、「なんでそのプレーを選んだんだ?」と質問して、考えさせる、答えさせる。ドイツサッカーの強さはその論理性だ、と。あれも日本人でも多分子どもの頃からやっていれば出来るようになる。「なんで?」に答える回路が頭の中に出来る。


■「理由言って」は授業じゃなく訓練

城ヶ崎:
「なんで」の回路は、いいですね。
 ちょっと自分の話に取って悪いんですけど、うちのクラスの場合は意思決定したら「なんで」を書くと。それが当たり前にしてあるんです。

正田:凄く大事ですね。

城ヶ崎:子どもは「先生今日は理由は書かなくていいんですか」「今日は時間がないから○か×かだけでいいよ」ということを言ってきますね。時間がないから○×だけでいい、理由は今から言ってもらうから。

正田:その「理由言って」というのを最初に言った時、結構抵抗がありませんでした?

城ヶ崎:追い込むんですよね。ある意味では。

正田:追い込むんですか。

城ヶ崎:最初は、「今は考えられない人は後ろ行って人の意見を聴いて考えなさい」。
そんなことを言っていたら、最初はみんな後ろへ行っちゃうんで、「どっちかに決めてろ」と。○か×かに決めろ。やるかやらないか、どっちかに決めろ。決めたら、考えられる人は理由があって行動するから、とにかくその理由を考えろ。こじつけろ。という訓練をしましたね。

正田:ああ、それは訓練ですね。

城ヶ崎:授業じゃなくて、ほんと訓練ですよ。


■だれに席を譲る?

正田:
凄く大事な訓練。先生は何でそういうことが大事だということにお気づきになったんですか。

城ヶ崎:そうじゃないと、人の話を自分の中でもっと増やしていこうとしないんですよ。つまり、自分の意見を持っていないと、それがいいか悪いかが分からないんです。
 例えば―、信号はね、絶対守んなきゃいけない。○か×どっちですか?というときに、うーんそうだなあ、○。あるいは×。×と書いたら理由を考えなきゃいけないですよね。×の状況設定を自分で作らなきゃいけない。というようなことを子どもによく言うんです。だからあえて×で考える。信号は確かに守らなきゃいけないから○なんだけど、今日は×で考える。

正田:はあ、そんなことするんですか。

城ヶ崎:うん、ゲームっぽく。でその×の理由で一番みんなの納得、賛成意見が多かったのがだれが一番多いか決めようね。よく言うのが「信号待ちで赤で待っていて暴走族が来て突っ込んできたら死んじゃうんだから」。だから赤だからと言って止まらなきゃいけないわけじゃない。行かなきゃいけない時もある。もし向こうからライオンかなんか来て信号が赤だったらお前たちどうするの。待ってるの。いや、行きます。そうだろ、だから状況としてそういうのもあるから、そういうの考えようね。いつも正解は○か×かじゃない。△もあるから、その△を考えよう。それを遊びでやるんですけどね。

正田:遊びでやるんですか。それが凄いなって思うんです。今の日本の大人を見た時に、「こういう訓練が足りてない」というのを先生が見事にどんぴしゃおやりになっていて、でもそれは教科の勉強とは違う、他の先生だったらプラスαの部分とみなすような部分だから、それを見事に、そこにエネルギーを注いで時間も使っておやりになっているというのが凄いですね。

城ヶ崎:道徳の時間に新しい学年を持つと毎年やるのは、「君達電車に乗っていて、目の前に杖をついているおばあさんと、松葉杖をついている若者と、お腹の大きい妊婦さん、3人立ってたら誰に席を譲る?」席は君しか譲れないから、この3人の中の誰かに譲らなきゃいけないんだよ。というと子どもは結構考えますよね。

正田:うーん…。

城ヶ崎:「そんな腰が曲がってるようなおばあさんが電車使うのは可哀想だからタクシーで行けばいい」とかね、「松葉杖なんかついて電車に乗ってきたら、逆に危ない」。松葉杖ついてる人は電車に乗るな、っていうわけですよ。

正田:それも何だかなあ(笑)

城ヶ崎:それはその人が転んだときに杖が誰かに当たったら怪我してしまう。つまり自分は電車に乗りたいんだろうけど自分が頑張ることによって周りに迷惑かけると。周りを巻き添えにしてしまうと。そしたら妊婦さんだって同じじゃん、と出てくるわけですよ。じゃあ誰に選ぶの?消去法で行くのか、○で行くのか。子ども達が色々考えるんですけど、そういうのも結構遊びでやります。でもある程度現実的なことですよね。

正田:そうですね。先生そういうのもご自分でお考えになるんですか。

城ヶ崎:それは自分が電車に乗った時困ったんです。どうしようかなあと。

正田:なるほど、それは困りますね。でどうされました?(笑)

城ヶ崎:ずるいですよ。私、さっと立って2人に「どうぞ」って譲りました。おばあさんと若者。そしたら若者の方がおばあさんに「どうぞ」と。するとおばあさんが「あんた怪我してるんだからあんたが座んなさい」って若者が結局座ってました。ずるいなあ、と思いましたけどね。その時に「あ、これ授業で使える」。

正田:(笑)


■「私の授業は承認の実践かもしれない」(城ヶ崎)

城ヶ崎:
でもよく先程から「よくそんなの考えつきますね」とか褒めてくださいますね(笑) 本当は学んでいかなきゃいけないんでしょうけど。そういうの。
 そう考えたら、私が授業していることって結構承認を実践しているようなところもあったのかもしれませんね。

正田:だから伺っていて楽しいです。

城ヶ崎:実際は無理でしょうけど、受講生の方がこう後ろにいてね、私の授業をみながら、あの承認の一覧表をみながらチェックして、「今どれをやったでしょう」。

正田:私がその後ろにいる人をやってみたいですけど(笑)
 また話がそれますけれど、武術経験者の方はやっぱり私のやっている承認コーチングを学ばれた時に凄く身に着きが良いんです。本で事例紹介している人では松本茂樹さん(現関西国際大学准教授)という人がそうなんですけど、銀行の支店長だった方。あの方はもう、1年目にトップ支店、2年目に目標達成率150%という記録を作って、それでもう銀行を辞めて今大学の先生になっています。あの方は少林寺拳法の達人です。大学時代ずっとやってたんだそうで。私もコーチングを割合型でお伝えするから、あの承認の表にしても、ほかにも質問の仕方も型で教える表があったりして、割とそういうのを作るんです。それを、武術をやった方はうまーく吸収してくださるんです。

城ヶ崎:最初は型で迫っていかないと、身に着かないですよね。

正田:うん。と思うんです。

城ヶ崎:感性でやれるんだったらコーチングやらなくたっていいですからね。

正田:そうですね。今日はどうもありがとうございました。(了)


 
 対談は以上でございます。ああ疲れた。でもまあ、2月以来、城ヶ崎先生に理事さん会員さん方も巻き込みながら授業見学・インタビュー・対談と計25本の記事をUPし、それぞれの末尾にわが社の「100年後に誇れる人材育成をしよう」のクレジットをつけて配信できたことはちょっと誇りでございます。


 城ヶ崎先生、授業見学を皮切りに2回にわたる長時間のインタビュー・対談、また校正作業にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。




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  ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 「型は大事ですよ」という城ヶ崎先生に我が意を得たりの正田。
 ただ、舞台裏を明かしますとこの記事は校正作業のときには紛糾しました。末尾のあたりで正田がロジックをほじくり返し城ヶ崎先生も校正に付き合ってくださった、というプロセスを読み取っていただけるかと思います。多分これまで大学の先生相手のインタビューでは絶対ここまでしなかったなー、スルーしてたなー。(それは相手が「偉いから」ではなくて単に「めんどくさいから」です)
 言い訳すると「相手を信頼して反論することも承認のうちだと思え!」と、とくにディスカッションすることが仕事上必須な研究員さんなどには指導する正田であります。



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か





(12)武術は「型」にこだわる
■自分の言葉で束ねなきゃいけない
■武術は型にこだわる、寸分違わず
■「わが子の鬱はきつかったです」(正田)




■自分の言葉で束ねなきゃいけない

城ヶ崎:
ああやって分類していくといいですよね。もう1つは自分のやっていることを自分の言葉で束ねていかなきゃいけないんだな、と。人に伝えるわけじゃないんだけど。

正田:先生はもう沢山ご本を書いていらっしゃるけど。

城ヶ崎:自分の言葉で束ねるというところまで行かないんです。

正田:先生のご本『クラスがみるみる落ち着く教師のすごい指導法!』(学陽書房)は凄く優しい言葉で書かれていて、本当にクラスが荒れて困っている先生に向けて、その先生の困っている立場に寄り添いながら書かれている感じがします。

城ヶ崎:ほとんど自分の体験談ですからね。闘わない、ぶつからないようにするにはどうしたらいいか、という。でもある先生なんかは、「ぶつからなかったら、闘わなかったら、子どもにナメられるじゃないか」という人もいましたね。
 今ふっと思ったのは、A先生なんかはぶつからなくても、子どもにナメられたわけじゃないですからね。

正田:合気道みたいなことをされてたのかしら、A先生は。30歳の頃の自分のことなど考えると、どうしてその若さでそんなことがお出来になったのか全然分かりません。

城ヶ崎:なんていうかやっぱり天性なんでしょうね。持って生まれたものなんでしょうね。
 最近私は自覚的にそういうことをしようとしているんで、それは天性ではないです。


■武術は型にこだわる、寸分違わず

正田:
そうだ、先生は縄跳びに関して書かれていた中に、「才能のない人は型で憶えればいい」ということを書かれてませんでしたか。あれも前から思っていたことと一緒だなと思いました。承認の一覧表をお渡しするというのもそうなんです。マネージャーさんなんて大体こういう分野に才能がないわけです。才能があればカウンセラーとかになってますから。他のほうの才能があるからマネージャーをやっている、もともと。

城ヶ崎:ああ、なるほどねえ。才能があれば、そんなに人との付き合いで悩まなくていいですからね。上手くできているわけですからね。
 武術をやっていると、凄く型にこだわるんです。寸分違わず、というやつです。

正田:寸分違わず、ですか。

城ヶ崎:型ができれば、相手には負けない。型が大事だ。でも初心者は、自分の型を出してしまうんです。

正田:自分の型を。

城ヶ崎:はい。自分の動きをやってしまうんです。でも本当はそういうんじゃなく、正しい動きをしないとこの型は作れない、というのがあるんです。すると自分の型を1回捨てなきゃいけないんです。自分の動きをやるから出来ないのに、そこで頑張ろうとするから、ますます上手くいかない。その自分の動きを捨てるのがまず練習なんです。

正田:はい。

城ヶ崎:型って凄く大事ですよ。
 私なんか正田さんみたいに学問的な方じゃなくて技術的な目でものを見ていくので。

正田:私も決してアカデミズムの人間じゃなく、色んな学問分野をつまみ食いしていて門前の小僧習わぬ経を読むですけど。やっぱりお訊きしてみるものですね。武術をやられる方なんじゃないかなあというのは。…武術する人には敵わないなあ。

城ヶ崎:それが、マネジメントの方に行くかどうかは別ですよ。

正田:いやあ行くんじゃないでしょうか。

城ヶ崎:私は武術的な考えと学校の先生という仕事と共通しているものがあって、武術的な考えでいかないとやっぱり子どもとぶつかるなあと思うからリンクさせるだけのことで。

正田:大事ですよ、上司部下間でも絶対大事なはずですよ。
 武田建さんは最初はそこに気づいてなかったようなんです。武田さんは元々選手でアメフトをやっていて監督になって、一方心理学を専攻するんですけど最初はロジャーズの来談者中心療法なんかをやっていた。ある時から行動心理学に行くんです。
 でも長いことアメフトと心理学は彼にとって別々のもので、そしてアメフト監督としてはギャアギャア罵る監督だったらしいんです(笑) あるとき「ケン、君はアメフトという実践の場があるじゃないか。何故君の行動心理学をアメフトに応用しないんだ?」とアメリカの研究者仲間に言われたらしくて。「あ、そうか」とその時初めて気がついてやりだしたそうです。


■「わが子の鬱はきつかったです」(正田)

城ヶ崎:
正田さんにとって武田さんのアメフトのような存在というのはあるんですか。「これに使えばいい」というのは。

正田:えーっ、どうでしょう。つまり私がコーチングをしてるけど、それをこれに使えばいい、ということですか。仕事のあらゆる場面に、よのなかカフェのファシリテーションに、あるいはフェイスブックのお友達との交流もそうですけど、それはむしろ易しいほうです。難しいところでは子育てとか、まあ今は親にもやってみているかな、親が要介護なので。

城ヶ崎:子育てとか親って、第三者のように冷静な目でみられないでしょ。そうでもないですか。

正田:難しいですね(笑)。子どもに関しては本にも書かせていただいた鬱のエピソードがあったわけですが―、あの子はあのあと高校でももう1回鬱になるんです。その時はもちろん承認も使いましたが、それ以外に東北へのボランティアツアーに一緒に行ってボランティアで働かせたり、あの手この手をやりました。お蔭様で別室登校で出席日数を稼いで何とか卒業させていただきましたけど。

城ヶ崎:本人もきついけど周りもきついですよね。

正田:きついです、家族にとって。やっぱりね、子どもって甲高い声できゃっきゃきゃっきゃ、言ってるのが親も聞いていて一番楽しくて、ああこの声聞いてると癒される、って思うんです、仕事で疲れて帰ってきても。それが無くなったら、生ける屍みたいになってたら。しんどいですねえ。

城ヶ崎:本人がそういう状態だというのは分かるわけですか。自分がそうだと。

正田:分かってないんですよね。周りへの不満ばかり口にして。自分はどういう状態かというのは分かってない。「それ周りが悪いんじゃないんだよ、あなたが物事を全部悪くとるような状態だから今みたいに思うんだよ」なんて言っても絶対本人には分からないですよね。

城ヶ崎:そういうことを言ったら逆に自分が責められてると思っちゃう。
 鬱の方って、依存することはないですか。

正田:あります。まあこちらはずっと傾聴・承認で関わってきたつもりですが、だから子どもにとってはお母さんがそうしてくれるのが当たり前みたいな感じですよね。で気分によってしゃべりたい時はバーッとしゃべってくるし、こちらはそれをひたすら聴いてるし。たまに「今は聴けない」って言うとむくれてしまったり。


■考えが反対の人たちと闘わない

城ヶ崎:
不登校になる子って、いい子が多いんですよ。不登校は家庭が居心地がいいから家にいる。
話は変わりますけれど、ある勉強会に行ったときに、グループ討議してくださいと言われて、たまたま私より年上の人ばっかりで、そして私の意見、考えと反対だったんですよ。でその時ふっとね、こっちのグループに若いメンバーがいて、その前にこの人達と話をすることがあって私の意見を聴いてくれてたんです。「ああ、そうですね」と。この人達と同じテーブルに着けば話しやすかったなあと思ったんですね。
思ったときに、「あ、そういう自分がいるんだ」と。「ここは自分にとって居心地が悪い場所なんだ」と思ってる自分がいるんだな、って。
じゃあどうしたらいいんだろう。ここは闘わないことだな。ここに入っていくしかないんだな。まず入ってみようかな。そう思ったんです。

正田:へえ〜。

城ヶ崎:そう思ったら凄く気持ちが楽になって。
 受け入れてるわけじゃないんですよ。「なるほど、そういう考えもあるのね」と。で意見を求められたから、もう考え方がまったく違うわけですから、逆にこんど質問で返してやれ、と思って。「教えてください」って。

正田:ははあ。先生の「教えて」は怖いなあ(笑)

城ヶ崎:そうすると、向こうは凄くいい気持になってしゃべってくれるんですよ。ああ、そういうことか、と思って。

正田:「教えて」は、いい言葉ですね。
 ただ先生、ここはリーダー教育をする立場から言いますと、「ぶつからない」「闘わない」「逃げる」「躱す」ということの限界もあると思うんです。
 子どもさん相手にまともにぶつからない、というのはよく分かりますし、一過性の大人の相手との会話で闘わない、というのも知恵だと思います。
 ただ、「逃げている大人」というのはむしろ日本社会には多すぎるぐらいなんです。特にリーダーに対しては、例えば「逃げずに説明する」「説明することから逃げない」ということは難しいからこそ、しっかり教育しないといけない。
 あるいは、過去の重大事故。御巣鷹山、福知山線、福島第一原発―、いずれも関係者の「逃げる」が積み重なって起きてしまったものなんじゃないでしょうか。
 「逃げない」(責任/勇気)の教育もすごく大事なことで、だから武術や陸上で思い切り闘う世界をご存知でいらっしゃる城ヶ崎先生の今達されている境地「ぶつからない」ということについて、うちの教育プログラムとしては少し条件付き賛成、という感じがします。
 すみません、うちのNPOにも既に先生のファンが沢山いますので、リーダーとしてこの「逃げない」の部分だけは押さえてね、と言わないといけなくて。

城ヶ崎:なるほど。
 陸上競技のレースで並走することがあります。相手を振り切ろうと自分から仕掛けてペースを上げ下げすると、早く疲労することがあります。今は戦う場面ではない。勝負はすべき場面ではないと、相手がいつスパートしても対応できるような余裕をもって、相手に合せて走る方がスタミナを温存できます。
 話し合いでも自分と異なる意見の持ち主でも合せるということでしょね。自分と意見が異なるからその根拠を知りたい、教えてもらいたい。相手に学びたいという気持ちに変わります。相手のことを受け入れられるようになります。自分が知らないことを語ってくれます。自分にとって貴重な情報を提供してくれる人だと思えるようになります。
 受け入れ、相手の良さを認めると相手にもそれが伝わるのかもしれません。ですから、「逃げる」ではなくて、「一歩引いて、見る」と言った方がいいのかもしれません。

正田:うーん、どこで食い違ってるのかわかりました。
 城ヶ崎先生はトラックの上か、武術の道場の中か、やっぱり基本的に闘いのフィールドにいらっしゃる方なんですよ。闘いは前提としてあって、その中での戦術として「ぶつからない」「闘わない」ということを言われてるんだと思います。
 ただリーダー教育をしていますと、これは城ヶ崎先生ではなくて多くの中高年の高い地位にある人に起こりがちなんですが、最初から「逃げて」しまう場合が多々あるわけです。土俵から降りる、トラックに背を向ける。それはなんらかのその年代にありがちな要因―例えば成人病ですとか鬱、家族の不幸、飲酒、あるいは単なる本人の慢心―によって。それは、高い地位にあればあるほど安きに流れやすいわけで、その結果「面倒なことから逃げる」ことになる。多分そういう生き方をしていると認知症リスクも高まりますけど。
 それはあかんよと、その地位にある以上逃げることは許さんよと、私の立場としてはたとえ嫌われるリスクを冒しても言わないといけないことなんです。

城ヶ崎:それは、理解できます。



(最終回)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か に続く


100年後に誇れる人材育成をしよう。
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  ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 この回も引き続き「承認」のお話。「承認」がいかに正しくても、きいた人が反発を感じたら教育効果は出ない。とりわけ人生経験豊富な大人が受容してくれるには・・・と、正田のマニアックなこだわりについて語っています。


(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か




(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
■悪い子荒れる子に存在承認
■引っかからなかったものとすとんと落ちたもの―大人が学習を受容するには
■「この表は『意識を全方位に』を意図しています」(正田)




■悪い子荒れる子に存在承認

城ヶ崎:
正田さんの本の中に承認の表があって、あの一番上の「存在承認」というのがありますね。存在する承認から入っていくと、特に低の子とか荒れてる子というのは、ある意味そこしか承認する場所がないんですよね。

正田:そうですね、行動は承認できないですもんね。

城ヶ崎:学校来るのが遅い子なんかは連絡帳に「今日は学校に何分に来た」とか、書くんです。「今日何分、早いねー」とか。

正田:おおー。

城ヶ崎:ちょっと5分位早く来た子には「おっ、昨日より5分早いね」とか連絡帳に書くと、それは嬉しいらしくて。

正田:ほお〜〜。

城ヶ崎:それって行動の承認なのか存在の承認なのか、まあ行動かな、「何時何分に来た」とか、昨日より何分早いとかは行動の承認なんでしょうけど、たったそんなことですよ。そんなことで子どもが変わる。

正田:いや〜、凄いです。先生それを誰にも教わらずにご自分で気づいておやりになっているというのは。

城ヶ崎:それは、ダメなレベルを知ってるから、「遅い」というのはあるんですよ。遅いから、でも今日は、ダメな時よりも早かったということを感じればそれをそのまま書くだけなんです。やっぱり「感じる」ことなんですよね。でも本当に誰にも教わっていないんですよね。


■引っかからなかったものとすとんと落ちたもの―大人が学習を受容するには

正田:
そうなんですか。今時の「行動科学マネジメント」というのはまさしくそういうことのやり方を教えてるんですけど、先生それも教わらなかったんですね、びっくりです。行動科学マネジメントどこかで習いましたか?ってお訊きしてみたかったんですけど。
 ただ教室にタイムを掲示されるとかは、陸上出身でいらっしゃるから普通におやりになっていたでしょうね。

城ヶ崎:習ってないです。最近そういう本を読んだことはありますけど、人にいいよって言われて読んだ本なんですけど、あんまり共感するところがなかったんです。わからなかった。この本のどこが凄いんだろうと。いい悪いじゃなくて、私の中に引っかからないんですよ。でも今行動科学マネジメントって仰って、ああそうか、自分がやってるのがそういうことなんだな、と。

正田:ただ実際におやりになっている先生に引っかからない。それは、恐らく想像ですが、本の書き方とか言葉の使い方のテクニカルな問題なのかなという気がします。専門用語をやたら使ってしまったり、「こうすればこうなるよ」という、人は操作するものだよというあざとい印象を与えたり、上から目線の書き方で書いてるとか。そういうところに反発を感じちゃうともうその本の言ってること全体を受け容れられないですよね。

城ヶ崎:ああ、そうですよね。先ほど「場面が見えてこない」と仰ってましたけど、実はそういう本を読んだ時って、アメリカの話をしている時に「じゃ日本だったらどうなのかなあ」と、これはこうだけどじゃあ自分のクラスの子どものA君にはどうなのかなあと、自分に置き換えていつも読むんですよ。それが置き換えられなかったんです。あ、それはそうだよね。じゃあ自分の立場でこれをどう活かせばいいのかなあと浮かんでこないんで、「あ、ダメだ」。

正田:ははぁ…。

城ヶ崎:フェイスブックなんか見ててもね、行動科学ってよく出てきますから、人が推薦してるのを買って読むんですけど、3冊ぐらい読んだんですけど、ダメでしたね。3冊読んでダメだったら、もういいや、と。

正田:そうですかそうですか…。ご自分はバリバリにおやりになってるのに。

城ヶ崎:私の理解力がないんだろうなと。

正田:いやいや。
 これがやっぱり私がこだわっているところで、例えば先生のような方にして「引っかからない」とか「絵として見えてこない」とか「反発を感じる」とかそういう要素があると、私どもの成人教育の仕事で言うと「研修の歩留まり」というものにつながってくるんです。実施率とか、研修効果に直接つながるものです。
 例えば受講生さんが、「ああこの先生の言っていることは本当だ」と思うと、例えば宿題を提出してくれるとか。大人だから宿題提出って強制はできないんです。私の言い方で言うと「この宿題は強制じゃないんですよ。ただ、こういう研修っていうのは習ってから1週間が勝負なんです。皆さんがせっかく習ったから出来るようになりたいなと思われるんであれば、是非宿題やってみてください」と、こういう言い方です。その宿題をどれぐらいの比率の人が出してくれたか、というのを私は「研修の歩留まり」と呼んでいて、かなりこだわってる部分なんです。
 例えば私の言い方が生意気だ、気に食わない、全然共感できない、この先生どこか信用できない匂いがするとか、そういうのがあれば歩留まりはわるくなります。

城ヶ崎:それはよくわかりますね。私が3冊でやめたのと一緒ですよね。でもね自分で思うんですよ、よく3冊まで頑張った(笑)

正田:ああ、偉いです、それは。普通最初の1冊で挫折したらそれっきりですよね。

城ヶ崎:こっちの能力がないのかなと思って、同じ著者の違う本を読んで、二度あることは三度あると言いますけど、三度目の正直でこれダメだな、もういい、と。
ある意味で体系的なものを身に着けたいことは身に着けたいですけどね。今経験でこうやってやっている中で、そんなに失敗はしないんですけど、逆に何故失敗しないのか。ということを知りたいですしね。そのときに「承認」を見た時に「そういうことか」と。すとっ、と落ちるんですよ。すると、「なるほどなあ」と。

正田:それは嬉しいですねえ。


■「この表は『意識を全方位に』を意図しています」(正田)

城ヶ崎:
批判精神のことも小冊子に書いてありましたね。クリティシズム、日本語では批判精神。あ、そういうことなのか、とすとっと落ちるんです。落ちると、納得できますからね。

正田:そうですか、そうですか。

城ヶ崎:だから正田さんの書かれた本にすごく興味があるというかね。この承認の一覧表でいうと、そこで言ってること違うんじゃない?とかね。
「時間のない方は第7章からお読みください」って、まえがきに書いてあったじゃないですか。そう書かれると、「いや、絶対1章から読んでやる」。

正田:そうですか(笑) 種明かしすると、そういうかたは多いみたいです(笑)

城ヶ崎:で、ずーっと1章から読んでたんです。で「あれ、大前さん出てる」って。大前さんが出たらどこかに山口さんも出るんだろうなーと思ったら、ずーっと出て来ないじゃないですか。最後に出てくるから。

正田:そうそう。黒子だったんです、山口さんは。

城ヶ崎:でまあ、7章まで来たとき「お、これが例の7章か」と思って「よし、ここからちょっと気合入れて読もうかなあ」。
 気合を入れなくてもすーっと読めましたね。7章が一番事例もあって、一覧表になって纏めてくれているから、確かに7章を読めば、コーチングということが少しかじれるんだな、ということは思いました。

正田:ありがとうございます。ここまで言っていただくと本当に著者冥利につきます。
 先生読み手としてさすがですね。私は武田建という人が出てきたと思いますけど、あの人の著書を読んで。

城ヶ崎:武田建さんは有名ですよね。

正田:あ、ご存知でしたか。

城ヶ崎:でもそんなに正田さんほど真剣に読んでなかったです。引っかかってなかったんで。

正田:ははあ。まあちょっとお遊び感覚の本も書いておられたりしましたね。ただ『コーチング―人を育てる心理学』(誠信書房、1985年)あれはいい本です。あの中に行動理論のグラフがあるんです。私の本でも引用させていただいてますけど。あのグラフを見て、そのあと武田先生にお会いした時に「先生、あのグラフ私の研修で使わしていただいていいですか」とお訊きしたんです。すると、「あのグラフに気がついたか。実は私も親向けのペアレントトレーニングであのグラフを使ってるんだよ」と言われたので、「そうか、やっぱりこれが重要なのか、にやり」と。

城ヶ崎:正田さんの本は承認の一覧表が重要ですよね。もしあの本でどこが一番いいの?と言われたらあそこを言いますね。

正田:ありがとうございます(笑)

城ヶ崎:とにかくこれを見て、毎日照らし合わすといいよ、って、人に言います。

正田:先生、あれはメールに添付ファイルでお送りします。エクセルの表ですから。
 あの本に載ってるのは一番雛形なんですけど、どの業種にも対応できるというか、割と営業職向きですね。最近は介護職向けとか工場の製造現場向けとかのバージョンも作っていて、少しずつ言葉が違います。学校現場向けのを先生がお作りになったらいいと思います。
 最近では受講生のマネージャーさん方が大判の手帳にあれを入れてますね。手帳の表紙を1枚めくったビニールのところにあの表を縮小コピーして入れて毎日見ているそうです。結構何人かそういう形にしたのを見せてくれました。
 また、今の時点の城ヶ崎先生にお役に立つものなのかどうか…先生ほどの素地のない人が何とか先生の域に近づきたいと思われる場合にはあの表は役に立つと思います。あの表も、「意識を全方位にする」ということを意図していますから、武術と似た役割があると思います。ただそこまで気がついて使ってくれている人は少ないですけれど。


(12)武術は「型」にこだわる に続く


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  ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 だんだんお話が核心に入ってきます。徹頭徹尾実践の世界の人である城ヶ崎先生が正田の一枚看板「承認」について有難いお言葉を…。 
 また、一番最初のレポートに出てきた「先生のお仕事には日本の将来がかかっている!」という、正田のマニアック発言の意図も明かされます。
 レポートはこちら
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声…城ヶ崎先生クラス訪問記」 


(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か





(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
■「日本の社会って依存しあう、だから『承認』」(城ヶ崎)
■遺伝子的に不安な日本人
■「あなたの仕事に日本の将来がかかっている!」



■「日本の社会って依存しあう、だから『承認』」(城ヶ崎)

城ヶ崎:
やっぱり正田さんの場合、外国の本が多いんですか。

正田:翻訳物で今、認知心理学とかどんどん面白いのが出ていますよね。スタンフォードの意志力の本とか、ヒューリスティック、バイアスとか判断ミスに関する研究の分野。あれはやっぱりフォローしてないといけない感じがします。
 ただ私のコーチングに関していえば日本人の研究者のものが一番ベースにあります。「武田コーチング」の武田建さん(関学名誉教授、行動心理学)、「承認論」の太田肇さん(同志社大学教授、組織論)、また最近は社会心理学の山岸俊男さん(北大名誉教授)の本なんかも面白いです。「日本人」というところからコーチングを構築できる気がします。

城ヶ崎:私はね、アドラー心理学が出てきた時に。

正田:ああ、あれはコーチングに近いですよね。

城ヶ崎:でも正田さんの書いているコーチングの本を読んだりすると、「あ、これだよな」と思いますね。

正田:え、そう思っていただけるんですか。ありがとうございます。

城ヶ崎:コーチングの中でも正田さんが凄いなと思うのは「承認」という、さらにそこに焦点を当てて迫っている。私は日本の社会って言葉は悪いけど依存しあっていく社会だと思っているんです。頼り、頼られる。当てにする、当てにされる。お互い様っていう世界。そういう意味では「承認」というのはまさにそこじゃないかな、と思います。

正田:そう仰ってくださると嬉しいです。まさしくそこに「承認」は働きかけるものだと思います。また、「コーチング」よりも「承認」の方が、普段からワーキングメモリの中に置いておきやすいんです。普段から置いておけるということは、ちょっと人に事務作業を頼むとか、部下から報・連・相を受けるとか、あらゆる瞬間瞬間で使える、ということなんです。


■遺伝子的に不安な日本人

正田:
今日そういえば何がお役に立つかなーと思って持ってきたのがあるんですけど、(資料を出す)最近講演で使っている遺伝子学に関する資料で、ご覧になってみてください。

城ヶ崎:セロトニン…?

正田:セロトニントランスポーター遺伝子。

城ヶ崎:すみません、初めてききました。

正田:そうですか。不安感とか安心感に関わるセロトニンという物質があるんですけど、これが多いか少ないかで例えば鬱になりやすいかどうかが変わってくる。あるいは安定した楽しい気持ちだとかいつも漠然とした不安にかられる、とかが決まってくるわけです。セロトニンの影響力ってすごく大きいんですけど、このセロトニンの血流内の濃度を決めるのがこのセロトニントランスポーター遺伝子というもので、それがどういう型かによって、その人のセロトニン濃度がある程度決まっちゃうわけです。つまり、安心感を感じやすいか不安感を感じやすいか。

城ヶ崎:ほ〜。冒頭にこれが書いてありますけど、日本人ってSS型(とても不安)だと思いますね。それを自覚するかしないかで鬱になるかならないかが変わってくるんじゃないか。ボーダーラインってそこなんじゃないか。ここに菅さんの写真がありましたけど、菅さんなんてきっと自分が周りからああいう風に思われてると思ってないんですよね。

正田:そうですね(笑)原発のときやたら怒り散らしてましたけど、やっぱり不安感を怒りにすり替えて怒ってるタイプの人だなという感じはありましたね。

城ヶ崎:ああ、そうですね。

正田:この最後の問いどう思われますか、先生は。

城ヶ崎:いやー…、とにかく菅さんだったら、生き残っていけるかどうかというよりは、変わるか変わらないか。菅さんのような人は変わらないだろうな。

正田:そうですねえ(笑)

城ヶ崎:何故かというと、自分がそうだと気付いてないから。


■「あなたの仕事に日本の将来がかかっている!」

正田:
菅さんはじゃあ置いといて、一般的な日本人、あるいはこういう子どもがいた時に、どうしたらこの子は生き残っていけると思います?

城ヶ崎:不安感が強いということは…、不安を無くしてあげればいいんじゃないかなと思う。どうしたら不安を無くせるかと言うと、言葉は抽象的ですけどやっぱり寄り添うというか、その子を認めるというか、その子の失敗を全部受け入れるというか。
 もっというと、子育てで言うと、お母さんのおっぱい吸うような赤ちゃんのレベルまでもう1回育て直しをしてあげなきゃいけないんじゃないかな。

正田:それはもう抱っこして愛着関係とか?

城ヶ崎:はい。私などは今自分の頭で想像するのは小学生ですから、騙すんだったら騙される。出来ないんだったら出来るまでつきあうしかないかなと。

正田:まさしくだから先生のおやりになっているのが、それだと思うんです。出来るようにあの手この手をやって自信をつけさせる、褒めてあげる、さらに高い負荷をかける。最終的に物凄いレベルまで「できる」ように指導されますね。だから、「先生のお仕事に日本の将来がかかっている!」と言ったんです。
 遺伝子的に先天的に決まっている部分があるんですけど、「エピジェネティクス」といって遺伝子の変異だけを扱う学問もあります。先生がおやりになっているようなのは教育による後天的エピジェネティクス。私もそれを志向してはいますが、先生の方が小学生さんを対象にやられている分、より根源的なその人の変容に、一生ものの自信につながると思います。それをやらないと日本人は生き残れないだろうと。

城ヶ崎:でどうしたらいいんですか。

正田:いやいや、どうしたらいいんでしょうね(笑) 
 最近やっている講演では、この問いを投げかけて休憩を入れちゃうんです。で休憩明けから、「これの答えに完全になっているかどうか分かりませんけれども私どもの取り組みとして承認のお話をします」とやるんです。



(11)承認教育―大人が教育を受容するとき に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
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 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 ここでは、聞き上手の城ヶ崎先生に正田が2000年頃の翻訳者修業の話をしております。あまりご興味のない方、とばしてくださっていいですよ^^



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か




(9)翻訳者は「みる」修業だった
■なぜ記者を辞めたのか
■語学だけでは成長がなくなる
■薬科大で「みる」経験
■経済小説から学ぶことは多い



■なぜ記者を辞めたのか

城ヶ崎:
でも正田さんも新聞記者をよく辞めましたね。

正田:それは今の主人と知り合って、主人が広島から神戸に先に転勤して、会社の方へは私も神戸か大阪に転勤させてほしいと言ってたんですけど、それが難しくて仕方なく辞めたんです。直接的にはそれでしたけど大分疲れがたまっていて、昨日も実は会社の昔の先輩と会って話をしてたんですけど、会社の中の雰囲気があの当時悪かったなという話をして。
 私の入った会社では女性の総合職採用が二期目だったんです。最初に社会部に女性の先輩が入ってその次の年に私が外信部というところに入って、女性がとにかく珍しいので、腫物に触る感覚で「叱ったら泣くんじゃないか」とか色んなことを言われました。
 私はとにかく、「この子はやらせればできる」と思ってもらおうと思って、「とにかくどんな雑用でもいいから言ってください。1年生なんですからやりますから」と言ってたんです。それはちゃんと、いい仕事ぶりでやってたらしいんです。何て言うんでしょう、上の人のオタオタしていたのが、色んなことがありまして、しんどかったなあという感じです。
 それと似たことは今の仕事の中でもあります。女性でリーダー研修をやる人というのは珍しいですから、普通は年配の男性がやりますから、研修事務局は「大丈夫か?」というのが先に立ってしまう。実際にやるとちゃんと受講生と信頼関係が作れるんですが。

城ヶ崎:二期目だったんですか。男社会だったんですね、それまでは。

正田:そうですね、均等法世代というんですけどそれの二期目です。

城ヶ崎:でもその二期目だったというのは知ってて入ったんですよね。

正田:知ってて入ったんです。


■語学だけでは成長がなくなる

城ヶ崎:
やっぱり外語大ということで語学を使えるということで外信部に入ったんですね。

正田:そうですね。大体なんで通信社に入ったかというと新聞社より通信社のほうが海外駐在員の比率が大きいんです。通信社の国内の取材ネットワークはあまり人数が多くなくて、手薄で。それで間に合っちゃうような仕事なんです。海外の方は割合しっかり人数がいて、これは海外に行ける確率が高いということだ、と。

城ヶ崎:そうやって語学が堪能だったらコーチングよりも、という言い方はおかしいかもしれないですけど、語学を活かした第二の自分の活躍する場を求めるのかなあと思ったけど、違ったんですね。

正田:語学は…、翻訳の時は語学をバリバリ使っていたわけですけど、逆にそのことの限界も知りました。語学屋になりますから。語学を使う機械みたいな感じになります。しばらくやるとそれはもうつまらなくなってくるんです。

城ヶ崎:それは先ほども言われた、「1人でやるから」というところもあるんですか。

正田:それもあるし。何だろう、やっていて人間として成長がなくなる、というのかな。いかに上手に機械に徹するか、特に翻訳の場合はそうなっちゃうんです。
 孤独な作業が好きな人に向いている仕事かというとまあそうですが、ただ、自己管理は必要なんです、翻訳も。1人でやってるから、進捗管理とかをしてくれる上司が目の前にいない。

城ヶ崎:その意志の強さというのも大事ですね。もちろん締切があるわけでしょう?

正田:締切はあります。翻訳者をやるんだったら、締切は意地でも守るという覚悟は大事ですね。

城ヶ崎:1ページ2ページじゃないわけでしょ?

正田:大体20ページぐらいの英文で貰いますね、臨床試験の論文なんかでしたら。手順書などは100数十ページというのもあります。


■薬科大で「みる」経験

城ヶ崎:
ただ訳せばいいというのではなくて、例えばスポーツだったら野球のことを訳そうと思ったら野球のことを知らないと訳せない。その専門家とは言わないけれど、そこを知らないと訳せないから、ただ英語だけやりゃいいというものではないですよね。

正田:そうです。私の場合は医学というか薬学だったんです。製薬会社さんの薬の開発段階で、色々臨床試験とか毒性試験とかをやりますね。それの論文とか手順書とかを訳す仕事だったんです。これがもう、製薬会社にお勤めしたことがないとからっきしわからない。普通は製薬会社勤務経験のある人がそういう翻訳をやるんです。私にはその経験がないから、文章を読んでもそこの風景が見えないんです。どういう実験をしているか、どういう機械を使っているか。
 近くに神戸薬科大学というのがあって、図書館にそういう文献があるので、しばらく通って勉強していたら、図書館長という人が来て、追い出されたんです。「ここは学外者に公開してません」って。まあそれは規則だったらしゃあないなと思って、でもちぇっと思いながら帰ったら、帰って何日かしたらその同じ図書館長さん、女性の方がピンポーンってうちのドアホンを押すんです。なんとうちの同じマンションの住人だったんです。
「どうもあなたのことを見たことがあると思っていました。いつも3人のお子さんを連れて歩いてはるから、しばらく一致しませんでした。よく考えたらあなただと思いました」「いいですよ、うちの図書館を使ってください」って(笑)もうその方も引退されて久しいので時効だと思いますけれど。
 それでまあ図書館に入り浸って、そのうち本だけじゃなくて実験ビデオみたいなものも置いてあるんです。それを視聴すると、例えば理科の実験でありますよね、試験管に薬品を入れて、目盛のところにこう目の高さを合わせないと正しく分量が測れないよ、みたいな。小学校や中学校でやってるような基本からそういうビデオにあるんですけど、それを見て「ああこれだ、こういうことを研究員の人達がやってるわけだ」と、どんどんイメージが湧くようになったんです。視覚的に見たら。
 あと、これも図書館長さんのご厚意で、薬科大にある、放射線の測定機械というのがあるんです。これは放射線を使いますから、凄い遮断した部屋に、こちらも放射線を遮断するようなエプロンのついた服を着て入るんです。そこの施設に話を通して特別に見せてくれました。放射線で薬を標識して血中の薬物濃度を測る薬物動態試験というのがよくあるんですけど、その論文にしょっちゅう出てくるのと同じ機械が、当時でいうと「アロカ」というメーカーと「パッカード」というメーカーと、どちらも何千万もする高い機械です、それがあったので、「お前こんなところにいたのかー!」とすりすりしちゃうような感じで。「あなたこんな形だったのー?」と。

城ヶ崎:そうか、英文には出てくるけど見たことがないから。

正田:はい。でこの機械のこのカバーを持ち上げるとここに試験管をこうセットするんですよ、と説明してくれると、それでやっと実験でやっていたことの絵が浮かんできたんです。

城ヶ崎:ほ〜。そこまで行かないとやっぱり英訳できないですよね。

正田:そうだと思います。多分だから文学の翻訳をやる方だったら、出てくる土地を訪れたりとか、そういう映画をみたりとかされると思います。
 私の場合は、その経験をしたらがーんと突き抜けた感じで、飛躍的に自分で言うのもなんですが翻訳が上手くなって、文系出身の翻訳者だけど逆に日本語の文がわかりやすい、とても読みやすい翻訳文だ、と翻訳会社さんから言っていただけるようになりました。
 その経験は今の仕事にもつながっている部分がありますね。今は、製造業と介護福祉の人の研修に力を入れてやっていますけど、どちらも私は実体験としてはない。なので可能な限り職場見学をさせていただいて、そこで働く人達の動作を記憶に沁み込ませます。


■経済小説から学ぶことは多い

城ヶ崎:
こんなこと言うと怒られちゃいますけど、訳した本てありますよね。小説でも何でもそうですけど、どうもね、イメージが湧かないんですよ。

正田:ほう。

城ヶ崎:日本人の書いた小説なんか読むとよく分かるんですけど。

正田:今時の翻訳物に関しては、出版不況でとにかく点数を早く沢山出そうとしますので、翻訳にもあまり時間をかけていられない、その分「絵として見えるように」というところまで文章表現を高められない、というのはあるかもしれないですね。
 先生はだれの小説とかを読まれるんですか。

城ヶ崎:私は高杉良が好きです。

正田:ハードボイルドですね。経済小説ですか。

城ヶ崎:あとはありきたりですけど、城山三郎とかね。
 経済って専門外なので、どんな世界なんだろうっていうのがありました。もう1つはタイムリーな題材を高杉良なんかは扱ってくれるので、常識として知っておきたかった。民間というのはどういう組織になってるんだろう。一番大きかったのは、そこに出てくる人間関係のところをこの人はどういう風にして書いていくんだろう。そこを知りたいなあと。
 日産の組合が強くて云々ていうのは、私はどちらかというと新聞よりも城山三郎の小説から知ったんです。労働貴族って言われて、これがあの人だったのか、とそっちから知ったのが多かったです。



(10) 日本人と承認と城ヶ崎メソッド に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
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 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 城ヶ崎先生のルーツを小学校高学年時代から。「悪かった」とご自分でおっしゃる城ヶ崎先生、どんな恐ろしい悪さだったんだろう…(イヤかも^^;)



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か





(8)小学校時代の荒れと恩師
■体罰はなかったんですか?
■悪かった小学校時代、荒れたクラスと恩師
■「お前たちも大変だな」
■無理じいしない、根負けする
■先生方が作ってくれた進路



■体罰はなかったんですか?

正田:
これもお訊きしてみたかったんですが、先生はJ大学を出られて体育をされていて、昔の指導の中に体罰とかなかったですか。先生が受けた指導の中に。

城ヶ崎:ないです。やっぱり陸上競技って個人ですから、先輩後輩といえども。あの当時のJ大というのは強かったですから、後輩も。強い人間に対しては後輩とはいえ一目置きますからね。

正田:先生は陸上の何をされてたんですか。

城ヶ崎:長距離をやっていました。ただ私たちの方がある意味特別だったんじゃないですか。そういう意味では、大学の頃から「人は人、自分は自分」という感じですよね。ウォーミングアップもみんなそれぞれ別々にやるんです。みんなで一緒にやらない。「じゃ本練習を何時何分からやるよー」って。それまで自分でウォーミングアップして、言われた時間に集まって、っていう。

正田:ふーん。

城ヶ崎:大学自体がそういう感じのところでしたね。


■悪かった小学生時代、荒れたクラスと恩師

城ヶ崎:
この間正田さんもフェイスブックで交流された私の6年時の担任だったA先生の場合、その前の年から私たちは荒れてたんです。私たちの学年全体が荒れてたというか、ヤンチャというか強者が多かったんですけどね。毎年担任が替わってるんです。持てなかったですよね。
 A先生は、私たちが6年生のときに来ました。私たちは自分たちが悪いと思ってない。先生に歯向かってるとか、荒れを作っているという自覚はあまりなくて、ただ先生が「あなたはおかしいよ」と思ってるから反発するだけのことで。今でも自分たちが正しかったと思っていますけど。

正田:城ヶ崎先生悪かったんですか(笑)

城ヶ崎:悪かったんです。

正田:この城ヶ崎先生が悪かったらとんでもないなー(笑)

城ヶ崎:だからクラスがとんでもなかったんです。でもA先生はそんな過去のことなんか一切触れないし。ある時は家庭科は隣のクラスの、あの頃の私たちから見たら「おばあちゃん先生」。やっぱり授業がつまらないんです。でみんな勝手なことをやってました。本を読んだり、聴いてなかったんです。すると先生怒っちゃって、帰っちゃったんです。

正田:ええとおばあちゃん先生が?

城ヶ崎:そう。「あなたたちは調理実習はしません!」って言って。「いいよぉ別に」って。普通の担任の先生だったら怒るところじゃないですか。それが怒らなかったんです。「どうしたんだ」「いやこうこうで」「お前たち調理実習できないって(先生が)言ってるけどどうするんだ」「いえ構わないですよ」「そうか、じゃあしょうがないなあ」それで終わりです。だから調理実習をした記憶がないですね。

正田:へーえ。そのおばあちゃん先生の方は大丈夫なんですか。調理実習しなくって。

城ヶ崎:いやー、どうだったんでしょうねぇ。私たちはその先生に対して反感とか、悪気はないんですよ。ただ授業がつまらないから、勝手なことをしてるだけなんです。はやし立てるとか授業の邪魔をしてるわけじゃないんです。そういう意味では、ある意味授業をちゃんと受けていた、というと変な言い方なんですけど。あの頃だったら、勝手に向こうが怒っちゃったね、切れちゃったねという感じで。
 だって、私たちが体育をしていると、他のクラスが降りてくるんですよ。こうやって。「一緒にやろうよ」って。その時A先生はいなかったんです。「先生いるか」「いないよ」「じゃあオレ達も行くから」。そのクラスの担任の先生は授業してるんですよ。ほんで一緒に体育の授業するとか。


■「お前たちも大変だな」

城ヶ崎:
例えば外で授業してると、軟式庭球のボールが黒板のところにビュンビュン飛んでいるのが見えるのです。「何やってんだ、あいつら」と思ったら、壁とキャッチボールやってた。その下で先生は授業してるとかね。そんな学年だったんです。小学校の時。

正田:それ投げてたのは城ヶ崎先生じゃないでしょうね(笑)

城ヶ崎:私たちは下で。投げたのはほかのクラスですから、「あのクラスひどいよなー」って(笑)自分たちもひどいんですけど(笑)まだオレ達のほうがいいよな、って。
 でもA先生は何も言わなかったですね。5年の時にいじめられてる子がいて、私もその当時初めて「ああ、こいついじめられてるんだ」って知ったんですけど、いじめって…、私も学級の割と中心の方でしたから、「お前もいじめろよ」とか、いじめないと自分の立場がないようになるんです。でもいじめたくないから、私はほかの連中がいじめるのを傍観してたんです。自分はやらないけど。そういう状態でA先生に担任持っていただいた時、先生はそれに対しても何も言わないんです。「お前たちも大変だな」と言われた時に、「この先生わかってるんだ」と。それからもう私は加担も何もしなかったんです。それから、いじめがなくなりましたね。

正田:はあ…。

城ヶ崎:A先生はきっと、そんなに深く考えて言ったんじゃないと思うんです。ほんとにそう思ったんだと思うんです。

正田:「お前たちも大変だなあ」と。

城ヶ崎:はい。あれからしばらく会ってないですけど、「先生こう言いましたよね」と言っても多分記憶にないと思います。それくらい自然に。意図的に考えて言った感じじゃなかったですね。

正田:へーえ。何だろう、それは何か宗教的な感じですね。


■無理じいしない、根負けする

城ヶ崎:
社会だけは調べ学習といって調べてきてそれを発表するんですけど、それが面白かったのと、それから調べたら、やったことに対しては発表する時間を与えてくれてたんですよ。だから頑張るのが面白かった。

正田:2月の先生の授業の中で、節分と24節気について調べてきた子がいましたよね。それで先生が時間をとってその子の発表をさせておられましたよね。ああいう感じですか。

城ヶ崎:ああいう感じです。A先生は音楽の先生なので、音楽に力を入れるんですけど、私たちはね、田舎ですから、音楽をやるのは女々しいんです(笑)ピアノを弾くのはかっこいいんだけど、「エー男の癖にピアノなんか弾いている」とそういう時代ですね(笑)音楽の先生だから音楽をやらせるわけです。それが嫌で嫌でしょうがなかったんです。

正田:そうですか(笑)

城ヶ崎:でも、無理じいしないんです。だらけてやってても。

正田:へぇ…、音楽の先生だから沽券に係わる、という勢いでやらせたりしますよね、普通。

城ヶ崎:はい。でもこっちが嫌々やってて態度が悪いのに注意をしないでどんどんどんどん授業を進めていくんです。そのうちこっちは根負けしちゃうんです。「ちゃんとやるかあ」って。

正田:へえ〜。

城ヶ崎:でここはきっと美談だと思うんですけど、卒業式の前の日にその悪かった連中で「いやぁオレ達悪い事したよなあ」、「じゃあ最後だから教室を綺麗にしていくか」その悪かった連中だけで掃除してました。そこへ丁度たまたまA先生が来て「あ、ありがとね」ってすっと帰って行った。そういう先生でしたね。

正田:そうですか。はあ、それはまたちょっととらえどころのない。

城ヶ崎:そうですね。外見は凄くおっかないんですよ。

正田:あら、そうなんですか。

城ヶ崎:まあ、あの先生が担任してくれたお蔭で真っ当になりましたね。今でいうと「ぶつからなかった」んですね。私たちと。

正田:なんだろう、達人の境地なのかしら。不思議。

城ヶ崎:でもこっちは色々と、やるわけじゃないですか。でも、A先生は何もしないから、そのうちこっちが疲れちゃって「もういいです。終わりました」という感じですよね。

正田:ふうん…。よくそれがお出来になりますねぇ。

城ヶ崎:凄いですね。

正田:A先生は今も鹿児島に住んでらっしゃるんですか。

城ヶ崎:知覧です。特攻基地の近くに住んでいます。

正田:また男くさいところに(笑)城ヶ崎先生はその頃鹿児島のどこにおられたんですか。

城ヶ崎:指宿です。

正田:温泉で有名なところですね。私は行ったことがないけれど。

城ヶ崎:あのときのA先生は、鹿児島の教員って1回は島に行かなきゃいけないんです。島から帰って来たばっかりだったですね。30ぐらいだったんじゃないですかね。

正田:割合お若くって。そのお若さでそういうことが出来るって凄いなあ。

城ヶ崎:その当時ですから、コーチングとかもない世界ですから、本当に自分の素でやってたんじゃないですか。

正田:フェイスブックでA先生が書かれているのを読むと本当によく人を褒める方ですね。その当時はやっぱりああいう方だったんですか。

城ヶ崎:褒められた記憶もないけど怒られた記憶もない。

正田:そうですか(笑)

城ヶ崎:というか、怒られたときは素直に反省しました。これは自分が悪かったなあと。そういう風に思わせるというのが凄いなあと思いますね。何せ5年の時は先生に反発しましたからね。自分もそうだけど、就職してからも崩壊したクラスに縁があったんでしょうね。
 中学の時はひどかったですからね。高校に入った時にやっと落ち着いたなあと自分で思いましたもの。私がじゃなくて、周りが。ああ高校は居心地がいいなあって。

正田:それは周りも大人になったということですか?ではなくて?

城ヶ崎:格差が結構ある地域だったんですね。親の経済状況とか生活状況が厳しいと子どもも荒れるんですよね。で温泉街。

正田:はい。ちょっと猥雑な感じですか。

城ヶ崎:そう。それから港町とか農家とか、そういうのが混在した地域なので、色んな気質が集まってるんですよ。

正田:そうですか。


■先生方が作ってくれた進路

正田:
城ヶ崎先生は地元に帰って先生になろうとは思われなかったんですか。

城ヶ崎:採用試験に受からなかったんです。鹿児島にあの当時採用がなかったですね。で千葉で受かったので、いいや千葉で、と。

正田:そうですか、それは千葉県にとってラッキーでしたね。武術は何故習い始めたんですか。

城ヶ崎:高1の頃空手をやっていました。夜の稽古でしたが。ただすぐ陸上に引き抜かれました。
私も先生に恵まれてて、空手をやってたんですけどたまたまマラソン大会で走ったら陸上部のメンバーの次に私が来たんです。その当時の陸上部はたまたま強かったんです。国体選出とか、全国で2番になるとかそんなのがいた。そのたまたま強い時に10番に入って陸上部の人間に勝ったりしたんですね。
するとその当時の1年生の先生が、陸上部に入れさせたかったみたいなんです。だけど空手をやってるから、じゃあ空手をやめさせようと。でも私に「やめろ」って言ったら嫌って言うのは分かってたんでしょうね。今思うとそんな馬鹿なと思うんだけど、「夜間外出は禁止だ」と言うんですよ。高校生に。

正田:はあ。

城ヶ崎:他校も練習に来てますよって言ったら、「本校はそうだから」。
 それで、陸上を始めて「学校をとるか空手をとるか」って言われて。学校をやめるわけにはいかないんで、「じゃ空手やめます。学校とります」と。そしたら陸上やれよって言われた。なんかうまく乗せられて、で高校2年から走ったらその年の秋、県で一番になったんです。チームも強かったんですけど、受験しなけりゃいけないので、高3になったらやめるつもりでいたんです。
やめようと思って担任の先生に相談したら、「進学先は何とかしてやるから、やれ」と。そう言うんだったらと続けていたら、地元の一流企業から「ここどうだ、ここどうだ」と。その時に丁度J大学からも話があったので、「そっちへ行きます」。そういう風に先生達が全部レールを敷いてくれて。

正田:へえ〜。嘱望された選手だったんですね。

城ヶ崎:そういうのがあって、「学校の先生っていいな」と。自分はA先生からもそうですけど、学校の先生のお蔭で真っ当な道に入って今があるんだろうなと思っていますから。教員になりたかったですね。ただ、なってみたら、そんな想いだけじゃできない仕事でしたね。



(9)翻訳者は「みる」修業だった に続く



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 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 ここでは、「ぶつからない」というキーワードが出てきました。過去半世紀にわたりぶつかりまくって生きてきた自覚のある正田、少し学ばないといけないかもしれない…



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か




(7)武術家にとっての教育
■人は人、自分は自分
■授業を見せても「見えない」
■「ぶつからない」という発想
■「先生はあまり叱らない」




■人は人、自分は自分

正田:
17日はもうちょっと集めたかったんです。小学校、幼稚園の子どもさんのいる会員がまだ何人かいて。来れなかった1人の方は、「凄く行きたかったんです」ってメール下さいましたけど。

城ヶ崎:あのとき私が「子どもの嫌がることをしない」と言ったときにご同席の方がすごく反応したんです。

正田:ああはいはい、「不登校の子が何をして欲しくないんだろうか」というくだり。

城ヶ崎:その時、普通の方々は、相手が何をしたら喜ぶかを考えてやるんだなあと。

正田:やっぱり普通そうです。ただ不登校の子の場合は多分違うんだろうなと。
 例えば不登校のお子さんが鬱に罹患している場合、鬱の初期で病勢が強いときにはどんなプラスの働きかけも受け付けないでしょうね。この時期には恐らく病院やカウンセラーを受診する気力も本人にないはずで、家を訪問してきた先生が何を言ってもやっても心を開かない、かえってマイナスの刺激になるということがあると思うんです。
 そういう時期は「日にちぐすり」で、親がひたすら美味しいご飯、子どもの好物を作って少し回復してくるのを待つしかないです。
 行動療法のカウンセラーが「リードが大きい、小さい」っていう言葉を使うんですが、城ヶ崎先生の言われる「引っ張らない」ということと一緒ですね。普通はそういうのを理論を学んでやるんですが先生は無手勝流で。

城ヶ崎:それが経験になって、普通の子をみたときも、「この子は何を嫌がってるんだろう。何をしてほしくないんだろう。だったらそれはしないでおこう」というのは、考えますね。
 正田さんには大阪で人を紹介していただいたりして本当に感謝しています。どうしてまたそうやって人がついてくるんだろうと。

正田:どうでしょう。もう少し私が大きい人間だったらもっとついてきてくれるのに、というのはありますけれど。

城ヶ崎:私は大人に対しては結構冷めてるんです。「人は人、自分は自分」。同じ学年で何かを一緒にやったときも、特に言わなくてもいいと思ってしまう。お伺いを立てなくていい。やっていることに対しては異議は言わないからどうぞ好きにしてください。その代りお互いに、干渉しないで欲しいと。逸脱しているんだったら別ですけど、干渉するのはやめよう、と。ただ、「こういうことをしているよ」というのは言うよ、と。

正田:はあ…。それもやっぱり武術家っぽいなあと思います。凄く「個」なんですね。

城ヶ崎:その方が楽でいいでしょう、お互い。

正田:でも教室ではできる子ができない子に教えるということを大事にされているのに。

城ヶ崎:困ったらSOSを出すだろうと思ってるんです。困ってもいないのにこちらが口を出すとそれは単なるお節介にしか過ぎないんじゃないかと。


■授業を見せても「見えない」

城ヶ崎:
もう1つは、私の授業を若い人たちが見に来たときに、結構いい授業をするときがあるんですよ。「これ気づいて」と思うときがあるんですけど、それは「見えない」んです。

正田:見えない。

城ヶ崎:うん、気づかない。わからない。ここに今、テクニックを使ったんだよとか、発表はしないんだけど誰かがふっとつぶやいたことをぱっと取り上げる。などというのが、わからないんです。

正田:ふーん…私もどこまでそれが見えていたかどうかわからないんですけど。

城ヶ崎:それがわからないので、説明してもわからないんです。つまり、まだそこの域に達してない、というか。だから「分からない人に言っても『見えない』んだな」と。そんな世界ですね。

正田:熟達者だけが熟達者のやっていることが分かる。

城ヶ崎:自分の下手さが分からないと、相手に学ぼうとしない。そもそも自分が下手だとあまり思ってないかもしれませんね。そういうプライドがあるんだったら、そのプライドを傷つけるようなことをすると、人間関係は上手くいかない。だからもうあまり余計なことはしない。求められたら応えるけど、求められなかったら特に口出しはしない。

正田:実は学校の先生になる人がどういう動機でなるのか、というのを、これは観察していて思うんです。身近な2,3の例もあるにはあるんですが。「人から尊敬される存在でありたい」という動機づけでなる人がいるんです。教室中から何十人もの眼で注視されたい。自分の号令1つで何十人が動くのが快感、自分の重要性を感じる。「オレってすばらしい」と感じる。厳しい言い方をすればナルシシズム、井の中の蛙的ナルシシズムですね。
 そういう人は例えば、「生徒がこんなに成長してくれた」「こんなことを言ってくれた」というのはどうでもいいことなので、そういうことが「嬉しかった」とどこかで話したりしない。

城ヶ崎:私はね、子どもは変えなきゃいけないと思ってるんです。成長させなきゃいけない。だからこの間の2月時点のクラスを見てもらいましたけど、ああなって嬉しいとは思わないです。それで当たり前。だからいつも「普通ですよ」と。

正田:はあ…、その普通は多分普通とは違います(笑)アメリカの有名な心理学者、セラピストの故ミルトン・エリクソン(現在のNLPの源流)の仕事ぶりを「アンコモン・セラピー(普通じゃないセラピー)」って言うんですけど、城ヶ崎先生のおやりになっているのは「アンコモン・エジュケーション」、普通じゃない教育だなあと思います。

城ヶ崎:そうですか。

正田:城ヶ崎先生はバックボーン、ベースを幾つもお持ちなんです。陸上の先生だったり、武術をおやりになっていたり、コミュニケーションの面では4年間無手勝流で不登校の子をみられたということも大事なベースだと思いますし。そういう他人に真似のできない幾つものベースをお持ちになってやられているから本当に独自の世界をお創りになっていると思います。
 折角同時代に素晴らしい先生がいらっしゃるのに、ほかの先生方が城ヶ崎先生から学ばれないのは勿体ないですね。皆さんが先生の授業を少しでも「見える」ようになってくださると嬉しいです。
 先生は近場の先生方にとっては脅威すぎるから、これからは遠方の先生方が先生の授業ぶりを学びに来られるかもしれないですね。


■「ぶつからない」という発想

城ヶ崎:「
ぶつからない」というのは、武術的発想ですね。

正田:ぶつからない。

城ヶ崎:ぶつかるんだったら逃げるとか躱すとか。それは武術から学びました。下手に抵抗すると怪我するんです。よく武術で、わざとらしく投げられる場面ってあるじゃないですか。なんでこんなにわざと投げられてんの?と。違うんです。ああしないと自分が痛い目に遭うから先に受けをとって飛んでくんです。触った時点で、「あ、負けた」ってわかるんです。ところが、上手くなると分かるんです。上手くない人は分からないからそこで踏ん張って怪我するんです。
これは子どもとの関係で言うと、「あ、これをやるとぶつかるなー」「上手くいかないなー」って分かると、躱す。気がつかないから、がんがん攻めていって、関係を悪くしていく。そういうのは武術から学びましたね。

正田:なんか耳が痛い話です(笑)

城ヶ崎:で、どうしても相手が許してくれないとか突っかかってくるときは、逃げる。負けるが勝ちです。そこには学問的な専門的な理論はないんですけど、武術をやっていて体感で憶えた、という。

正田:私身体論について書かれた本はそれなりに読むんですが、読んでも自分が武術をやったことがないから分からないし、書き方が上から目線ぽくて、反発しちゃうんです。でも城ヶ崎先生と子ども達の間に流れているものをみると信じられるんです。身体論のようなものがあるんだなあって。

城ヶ崎:「ぶつからない」と思った時点で、勝ってるんです。それが、かっかしたり激昂すると、「あ、負けたな」って思うんです。叱ってても「あ、これはまずい」。その時に別の自分がささやくんです。

正田:そういう風になられたのは何歳ぐらいですか。

城ヶ崎:不登校の子に関わるようになってからですよね。あの手、この手でもダメだから、「あ、まずいんだな」。その当時は自分で言ったりやったりして「まずい」と分かるんです。でも今は、言ったりやらなくても自分の頭の中でシミュレーションしておいて、「これやめとこう」という風には出来るんです。
 ある意味経験、私の場合はもう経験ですね。

正田:その年齢になられても同じことが出来ない方は一杯いらっしゃいます。

城ヶ崎:そういう人は経験がないからですよ。

正田:経験がないから?だって人を怒った経験とかは一杯あるんだろうけど。

城ヶ崎:ああ、でも怒ったら子どもは言う事聞きますから。従うでしょ。その従い方が、反発というか素直に従っていると思わせているだけかどうかはわからないでしょ。


■「先生はあまり叱らない」

城ヶ崎:
この間3年生が終わるので、じゃあ「3年3組ってどんなクラス?いいところは何?」と書かせたら、カルタができるとかリレーができるとかの他に、結構私のことを書くのが多くて。「いや別に先生のことを書けとは言ってない」って。クラスがどうなんだって書きなさいって言ってるんだよ、と言ってるのに。

正田:へー。どんなことを書くんですか。

城ヶ崎:ある男の子が、「先生はあまり叱らない」。私からよく叱られてるんですよ。叱られてると思ってないんだ。

正田:(笑)

城ヶ崎:こっちは叱ってると思ってるんですね。1年間持ちながら叱るということに対して。でも言われてる方は納得してるから叱られたと思ってないんでしょうね。ごもっともと思うから。ああそういうことなんだなって。

正田:ちなみにどういうときに叱ってらっしゃるんですか?

城ヶ崎:どういうとき叱るというと、個人が特定されてしまいますから控えますけど、私の基本的なスタンスとしてはなぜ叱られたのかを自覚させる。行動を起こす前に注意を喚起する。できるようになったら褒める。注意の喚起と褒めるを繰り返します。叱りっぱなしにしないので、「叱られた」と思っていないのでしょう。

正田:ふーん…、凄いことです。

城ヶ崎:そういう風に思わせないようにしようというセンサーは働くようになりましたね。

正田:凄いです。

城ヶ崎:それこそ正田さんの「承認」です。

正田:いやいやいや、承認って言ってる私が全然出来てないから(笑)

城ヶ崎:あれは、まずは共感して、それから質問して、あとは励ますだけですよね。そのパターンで。



(8)小学校時代の荒れと恩師 に続く


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 対保護者にも独自の工夫満載の城ヶ崎先生。「〇×式懇談会」のお話には、「そんなの兵庫にはありません!」とエキサイトしてしまった正田です。



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か





(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
■コの字の懇談会からワールドカフェへ
■連絡帳でびっしりやり取り
■学級通信を年間228号




■コの字の懇談会からワールドカフェへ

城ヶ崎:
ディスカッションしてくださいと言って、企業の場合には参加意欲もあれでしょうから、活性化しない班もあるんでしょうね。

正田:そうですね、じめーっとした空気のところもありますよね(笑)

城ヶ崎:そういうときには中に入っていくんですか、正田さんは。それともそこの班が盛り上がるまで待つんですか。

正田:入ることが多いかな、あんまりじめっとしてると。何かちょっかいを出してあげるとか(笑)褒めてあげるとかすると、大体男の人だったら喜んでくれますから(笑)

城ヶ崎:あー、そうか企業だから男の人が多いんですね。

正田:管理職の方は圧倒的に男性、もう9対1で男性です。

城ヶ崎:私はどちらかと言えば子どもと母親、まあ女性と関わるのが多いですね。
 学級懇談会をやるとき、私は子どもの班と同じで3人4人1グループずつで話し合いをしてもらうことにしています。

正田:へえ…。そういうのはなかったです、今まで。

城ヶ崎:テーマだけ与えてそれこそトランプみたいにカードを置いて、お正月前だったら「お年玉」「わが家の風習」とか裏に書いておいて。リーダーの人がめくって、「じゃあ今回のテーマはこれで行きましょう」とめくった人が司会になって、少人数だとまあ皆さんよく話をしますね。

正田:そうですよね、絶対そのほうが盛り上がると思います。今まで経験した学級懇談会って大体大きな輪になって1人ずつ何かしゃべって、というものですが、あれは良くないですね。ああ、そういう懇談会だったらいいなあ。

城ヶ崎:コの字の形ですね。コの字にすると自分の番が回ってくるまで人の話を聴いてないでしょう。「何しゃべろうかなあ」と。しゃべり終わったら、今度は後悔するんですよね。「あれをしゃべれば良かった」と(笑)少人数、3−4人ぐらいにすると、そんな風にはならないですね。

正田:皆さんそういう形式にすればいいのに。無かったなあそういう学級懇談会。

城ヶ崎:テーマを決めた時なんかは、グループ懇談してそのテーブルに1人残しておくんです。あとは席替え。

正田:ワールドカフェじゃないですか。

城ヶ崎:さすがに詳しいですね。

正田:よく色んな手法をご存知ですね。

城ヶ崎:それは教わったから。席替えをすると、気分転換になるでしょう。

正田:兵庫にはそんなの入ってません。先生沢山の勉強会に行かれて、勉強する先生というのは、されますねえ。

城ヶ崎:うーん、勉強してるとは思わないですけどね。ただコの字にして1人ずつ言っていくのが親御さんも辛いだろうなと思って。

正田:はあ、辛いです(苦笑)。

城ヶ崎:だったらもっと楽にさせてあげる方法はないかな、と考えますからね。

正田:有難い。有難いけどうちの兵庫にはない(笑)コの字で保護者懇談会をやるときは私は保護者としてもう、作りますね。演技しますね。下手に出たほうが悪く思われないんだろうなと思って、「すみませんうちの子がご迷惑かけてます、何か悪い事してたら教えてください(リアルに)」ってひたすらそればっかり(笑)

城ヶ崎:そうでしょうね。聞いてる方も、なんか辛いんですよね(笑)大変だろうなーと思いながら。でもワールドカフェの形にすると、少人数にするとこっちが楽でいいんです。


■連絡帳でびっしりやり取り

正田:
先生はその時何をされてるんですか。

城ヶ崎:正田さんも同じだと思うけれどぽつっ、ぽつっとそのグループの中に入っていって、頃合いを見計らって「それはそうですよね」と話の中に加わっていく。でも加わっていくと、折角親御さん同士がうまくやっているのに、私が入っていくと私が中心になってしまうんですよ。みんな私のことを「先生だ」と思ってますから。話を聴かなきゃいけないと思ってますし。それはそういう空気を感じながらしゃべって、また向こうに戻していく。折角その場が盛り上がってるのに私が奪っちゃ悪いですから。1か所に長くいると「なんであそこだけ」ってなるから、大体少しずつで移動して。同じじゃないですか?

正田:同じだと思います。大変だろうなあと思って(笑)保護者さん方同士の噂の話がどこかで出ていましたけど、特定のお母さんと親しいみたいに思われてもつらいだろうなあと。

城ヶ崎:うちのクラスは、毎回連絡帳に5−6人の親御さんが書いてくるんですが、その方々は私がそんな沢山の人と連絡帳にお返事を書いてるって思ってないみたいですね。

正田:はあ。というのは、書いてくる方はこんなに書いてくるのは自分だけだろう、と思っている。

城ヶ崎:そうですね、こんなこと書く人はあまりいない、と思っているみたいですよ。

正田:へえ…凄い深いやりとりをされてるんでしょうね。

城ヶ崎:今学年の親御さんが最後、「お世話になりました」って書いてきたときに、共通していたのは、「私も学ばせていただきました」と。それがほとんど書いてありましたね。やっぱり年齢的に私の方が上ですから、親御さんは30代40代、アラフォーですから、私の方が年上だから私の話を聴こう、という気持ちがあるんでしょうね。言う事をきこうというんじゃなくて、耳を傾けよう。


■学級通信を年間228号

城ヶ崎:
あとは学級通信も子育ての一助になればいいかなと思って書いています。

正田:毎日出されてるんですか。

城ヶ崎:そうですね。今回授業日数が200でしたけど、学級通信は228ですから。

正田:えーっ。1日2枚のことがあったんですね。凄い労力。いつそんなに書かれてるんですか。

城ヶ崎:毎日学校にいると、ネタは子どもがくれますから。書くのは朝です。毎日3時ぐらいに起きるんです。だから朝は長いんです。学校では書かないことにしています。仕事じゃないですから。学級通信は、私が好きでやってるだけのことなので。親御さんは学校で書いてると思ってるみたいですけど。

正田:だって休み時間、子どもさんたちを遊ばせてる間に書けるかと言ったら書けないでしょう。

城ヶ崎:書けないです。連絡帳の返事とか書かなきゃいけないですから。私が出張で2−3日休んだ時に代わりに入ってくれた先生がいるんですけど、「親御さんへの返事が放課後までかかった」と言ってました。

正田:放課後までかかったら、その子に返せないじゃないですか。

城ヶ崎:ずっと持っていて、放課後、帰りの会の時に連絡を書きますから、その時にやっと返せた、という。私は大体それを2時間目が終わるころには終わってるんです。2時間目が終わったあとの20分程度の長休み時間。

正田:はあ…。じゃあ本当に親御さんも育てていただいたという感じですね。それだけやり取りされたら。

城ヶ崎:素直に私の話を受け容れてくれる方はそうでしょうね。色んな方がいますから、全部がそうとは思ってないですけど。今回村岡さんのブログを見て正田さんが「あ、いいなあ」と思ったのと同じようにあれを見ても「ふーん」と思う人もいるわけですから。

正田:うーん、そうなのかなあ。

城ヶ崎:あれを見て関心を示す方のほうが、私は「へーあれで関心を示したんだ」と思いますよね。あんまり反応なかったですよ。でもそのお蔭で大阪でいい方々を紹介していただいて良かったです。



(7)武術家にとっての教育 に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 ついに秘密のヴェールをぬぐ城ヶ崎先生・・・というのは大げさですが、ちょっとマニアックな回です。



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か




(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
■武道武術やってますか?
■「子どもはたるませないのが大事」(城ヶ崎)
■「間」と大人の苦渋




■武道武術やってますか?

正田:
城ヶ崎先生は私どもの言葉でいうとPDCAのサイクルが速い。やってみて上手くいかなかったら、「上手くいってない」ということをちゃんと認識するということが凄く大事なんです、だめだったらまたやり方を変える、そのサイクルが非常に速いので、結局非常に正しい有効なやり方に速く行き着かれているんだと思います。
 その「常に見続ける目」というのがおありですね。

城ヶ崎:それは評価しすぎだと思います。

正田:城ヶ崎先生は武道・武術をおやりになってますか。

城ヶ崎:はい、してますよ。合気道をやっていたんですけど、ここ10年ほどは古武術に変えたんです。

正田:古武術ですか。甲野善紀さんがおやりになるような。

城ヶ崎:あれと似てますけどね。詳しいですね。甲野善紀さんをご存知だとは。

正田:一度講演を聞きに行かせていただいたことがあります。介護のときの身体の使い方なども目の前で見せていただいて面白かったです。

(電話で中断)

城ヶ崎:すみませんでした。この間の駅伝で3位になったので、市のほうから表彰してもらえるということで。

正田:うわ、おめでとうございます。あれは2位とデッドヒートだったんじゃないですか。

城ヶ崎:よく知ってますね。

正田:どなたかが結果とタイムをシェアしていただいて。

城ヶ崎:そうなんです、1区で1位でしたが、ゴールは3位でした。

正田:凄いですよ。お子さんがたは何て言ってました?「やったー」それとも「悔しい」?

城ヶ崎:うーん…メダル貰いましたからね(笑) 勝つつもりでは行ってなかった。夏のリレーの優勝の時は勝つつもりで行ってたので、優勝は嬉しいけれど半分ほっとすると。今回は3位になれれば御の字だけれどなれればいいかなあ、と。

正田:武術の方に話を戻すと、ああやっぱり、という感じです。先生の立ち姿をみていて、全方位に意識が向いている人だなという、武術をやる人っぽいなあと。それとお話の内容、やっておられるお仕事ぶりをみていて、そのPDCAが速いのも、多分ずっと目線を相手に合わせて観ているからだろうと。冷徹な目で、と言ったらあれですけど。感情の振れも少なくて、例えば「この野郎」と自分の感情の方に意識が行っちゃったら多分相手をみれなくなると思うんですけど、先生はそれを極力せずにずうっと観ていらっしゃるから、これは武術家の目なのではないかと思いました。

城ヶ崎:そこと武術を結びつけるのは、どうしてまた。

正田:私は全然武術をやらないんですけど、やっぱり武術家というのは、相手がこうきたらこう返す、というのはいつも考えている人達なんじゃないかなと。

城ヶ崎:ああ。私ね、後ろに立たれるのが凄く嫌なんです。すごく「感じる」んです。「やられる」っていう。

正田:仮に子どもさんが偶然後ろに立ったらどんなことになるんですか。

城ヶ崎:相手の意図が分かっていると後ろに立たれても不安はありません。街中で信号待ちをしていると、後ろにいる人が何を考えているのかがわからないので、気になります。

正田:へえ〜。


■「子どもはたるませないのが大事」(城ヶ崎)

城ヶ崎:
全方位というか、近くには寄らない。間をとってね、正田さんの冊子(『最高のプロの2日間の授業』)の中にもありますね。間をとってみていく方がよく見えるから。

正田:はあ。私のは「間」は違う意味の間のような気がしますが(笑)

城ヶ崎:子ども達の朝の遊びでも、この間は縄跳びでしたけど、1人の子に教えたことは教えたけど、すーっとまた引いて、あっちこっち歩き回ってたと思うんですよね。ずっと1人の子にはやらない。

正田:ええ、ええ。

城ヶ崎:どうしてまたあの対談で「正田さん、『間』がありますよね」っていう話になったんですか。

正田:あの小冊子自体が何のために作られたか、という話ですけど、特に大人に教える時には「間」が大事だというのは無意識に思ってやっていて、それをあの北中先生(国際大学連合=IFU=理事長)が評価してくださったんです。その「間」をなかなか、企業の人事担当者、要するに研修商品を買うか買わないか決める人たちが評価してくれないんです。本当は私は「間」をとってあげることで、「間」をとりながら生徒さん一人一人とアイコンタクトを合わせたりしながら、多分これをやってる間に生徒さんの脳が吸収してくれている、ということが感覚でわかるんです。だから「間」は大事だ、というのは私には大前提なんです。企業の人事担当者さんとかはそれが分からなくて、単に…

城ヶ崎:沈黙ですか。

正田:というか、さぼってると(笑)ポンポン、テンポの速い研修のほうが生徒さんは「テンポが速くて面白かった」とアンケートに書かれるんです。ただ「面白かった」というのと「吸収できた」というのはまた別の話です。
 それは城ヶ崎先生のおやりになっていることとは全然別の話なんです。北中先生もおっしゃっていましたけど、大人は「間」と「理論」が大事だ。子どもの場合は反復練習もするから、スピードも大事なんだ、と。

城ヶ崎:子どもの場合には、「間」をとるとそこでだらけるんですよね。たるむ、というか。だから間は空けない。

正田:そうなんですね。多分私が子どもさんを教えたら全然ダメだと思います。

城ヶ崎:だけど、例えば「誰々ちゃんが発表して」それを聴いているとき、本人は発言しないかもしれませんけどほかの人が発言していることに対して聞き耳を立てる、そういうことは大事にしますけどね。だから聴いてなきゃわからないでしょ、と。いつも私が思っているのは子どもをたるませない。時間を与えない。のんびりさせない。


■「間」と大人の苦渋

正田:
私の場合は大人相手だということと、「承認」という、大人にとってもきわめてメモリ量の大きいものを教えていることの両方の要因で、「間」を重視するようになっていると思います。相手に吸収させるためには「間」という技も必要だということ。生徒さんの人生を根幹から変えるような変容を起こさせるために、ポンポンと速いテンポの研修は効果がない。そこに「間」が必要だ、というのは私が「承認」を教える試行錯誤の中で生まれてきました。
 もちろんそれを導入するためには生徒を「たるませない」講師の信頼される人間性、厳しさと優しさの提示、なども前提となると思います。
 最近では、福祉関係者相手の研修で途中で私がぴたっと流れを止めて、会場の意思を問うような瞬間がありました。普通はその「間」のあと普通に流れを再開するんですけど、その時会場から拍手が湧いたんです。「YES」の意思表示だったと思うんですけど。嬉しかったですね。その場をご覧になってないと、ちょっとご想像いただくのは難しいかもしれないですね。
 大人の場合は仕事の中で味わってきた色んな苦痛とか苦渋とかがあって、研修に参加する最初の段階ではもう、ニュートラルより下の状態なんです。ネガティブな状態から入っていると考えて大丈夫なんです。私の場合、ニュートラルよりここ(かなり上)まで引き上げたいと思っていますから、ネガティブなものを吐き出してもらう時間というのは絶対必要なんです。
 それでディスカッションを入れます。ディスカッションが多分ピア・サポートのようになっているんだと思うんですけど。お互い愚痴を言ったり「わかるわ、うちもよ」みたいなことを言ったり、やりとりしているうちに上がってきてこちらが行きたいところを受け取れる状態になっていく。
 もちろん、受講生同士で吐き出していただくだけじゃなくて、不満がこちらに向かってくる場合もあるので、それへの備えというか構えというかは、常にしておくんです。どういう不満があり得るかということは事前にリサーチした上で、出てきたらちゃんと受けとめますよ、と。

城ヶ崎:最初はコーチングの話じゃなくてお互いが現状を認識するみたいな時間をとるということですか。

正田:そういう時間を先に取る場合もありますし、先にある程度こちらが言いたいことを言ってから「じゃあディスカッションしてください」というと愚痴がばーっと出てきたり。



(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信 に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
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 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 無敵の教師が「怖い」と感じるものは何か?というお話になりました。


 なお後付けですが正田はリーダー教育の中で感情の自覚、とりわけ「怖れ」の感情の自覚を非常に重視して扱います。ほとんどのリーダーにとってむずかしいところですが、城ヶ崎先生はそこを難なくクリアされています。



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か




(4)教師が「怖い」と感じるとき
■音楽会や運動会には顔を出さない
■おじいちゃんおばあちゃん先生になる恐怖
■「普通」というのは怖いから
■期待に応えられない怖さ、マンネリになる怖さ



■音楽界や運動会には顔を出さない

正田:
幸せですね、城ヶ崎先生に持っていただいているお子さん方は。

城ヶ崎:いや、子ども達は分からないですよ。

正田:えー?先生が前任校の音楽会に招待してもらって行かれて、でも子ども達に分からないように聴いて帰ってきた、というお話をフェイスブックで拝見しましたが、あの話はちょっと泣けてしまいました。ひょっとしたら城ヶ崎先生の姿を見たらみんな「わーっ」となって駆け寄ってしまって、会がわやくちゃになるんじゃないかなと。

城ヶ崎:そうですね、まさにその通りで、今の担任がいるわけですから、今の担任はそういう状況をみたら、うーんあまりいい気はしないだろうなと。だから、そっと見てそっと帰ったほうがいいかなと。
 運動会のときもそうだったんですよ。運動会も普通はその学校を出たら、次の年は来賓として招ばれて、来賓席でこうやって見てるんですけど、私は行かなかったんです。その次の年も行かなかったんです。離任して3年目の今年初めて行って、何故かというと最後に教えた子ども達が6年生だったので、組体操だけ見たかったんです。そのときも私が行くことは子ども達は知らないですし、組体操だけ終わったらすぐ帰りましたけどね。
 ただ私のことを気づく子どもがいますから、あとで親から「来てたんですか」と訊かれて「はい、行ってましたよ」と。

正田:そうですか。なんだか泣けるなあ。

城ヶ崎:そうですか?

正田:そうやって先生と再会したときに初めて、自分がどれだけこの先生大好きだったか分かるんじゃないかって。結構よくあることなので。音楽会などの行事をしたら転任した先生が来られていて、紹介されて立って挨拶されて「わーっ」て拍手して。そういう光景はよくありますから、でもそれは城ヶ崎先生はできないことなんですね。

城ヶ崎:そうですね、苦手ですね。やっぱり今いる人に申し訳ないな、という。
 子どもですから、私が来たら喜んでくれるのはわかってるんですけど、今の担任はさっきも言いましたけどあまりいい気持ちしないだろうな。
 あとは音楽会にしても運動会にしても、披露する場なのに私が行くことによって私のために時間を奪われちゃうでしょ。止まってしまう。それが申し訳ない。

正田:そうなったご経験が実際におありだったんですか。

城ヶ崎:それはあまりないですけど。逆に私なんかは、「ああ前の先生が来てるなあ、行っておいで」と子ども達に言うほうです。子どもの前に顔を出すということは、その先生が子どもに会いたいんだろうなと思うので、「じゃあ行っておいで」とやります。
 まあ、色んな考え方がきっとあるでしょうね。

正田:そうなんですかねえ。会ってあげてもいいのにと思いますけれど。
 今年の離任式の時に何があったのか伺ってもいいですか。

城ヶ崎:離任式の時に、特に私は何もないです。私がもう学校の先生をやめるという噂が親御さんたちの間に立ったらしいんです。それをききつけた親が来てくれたのもそうなんですが、その前に1月か2月に親が私に記念品とか花束を贈るという計画を立てたらしくて、「なんでだろう、これで担任持ち上がったらどうするんだろう」と思って、「私が持ち上がったらどうするんですか。返さなきゃいけないんですか」(笑)ときいたんです。そしたら「それはそれだ」と言われるので「変だなあ」とは思ってたんですけどね。そういう噂が立っていたらしくて。
 保護者の方も離任式の時にどの先生が出るかというのは知らないのですが、噂をききつけた人達が来ていました。

正田:あれは兵庫県とは凄くシステムが違うんですね。兵庫県だと、3月31日に各戸のポストにお手紙が入るんです。4月1日に離任式をやります、離任されるのはこの先生方です、と。それを見て、「あ、この先生が離任されるなら明日行こう」と決めたりするんです。

城ヶ崎:船橋も、前はそうだったんですよ。今年だと27日に新聞で出ましたから、4月1日に離任式をやるんですよ。それで子ども達が来て、という形だったんですけど、あともう、薄々みんなわかるんですよね。



■おじいちゃんおばあちゃん先生になる恐怖

正田:
城ヶ崎先生、何歳まで先生をされるんですか。

城ヶ崎:教員しかできないですから。
 ただ40代の後半のころに、管理職になりたいと思ったんです。なぜだと思います?

正田:なぜですか。ほかの先生を変えたい、とか。

城ヶ崎:いや、そうじゃなくて、私はあまり人のことは考えないんです。

正田:そうなんですね(笑)

城ヶ崎:その当時50前後の先生をみたときに、「おじいちゃんおばあちゃんだな」と思ったんですよ。

正田:まあ、そういう方も沢山いますけど。

城ヶ崎:ちょうどそのころに教えた子どもの妹が家に帰ったら「こんど私の担任おばあちゃん先生だった」と親に言ったらしくて。でもその当時そのおばあちゃん先生って言われた先生は51か2だったんですよ。子どもにそう思われちゃ、続けられないなって。

正田:うーん(笑)ああそれで「僕ももうおじいちゃん先生」と思われたんですか。

城ヶ崎:で、管理職試験を受けたんですけど、いい具合に受からなくて(笑)そんなことをしているうちに、「あれ、50前後になっても子どもがついてくる」と。だったら別に担任をやめたくて管理職を目指したわけではないから、これなら続けられるかもな、と。で今に至ってるんです。

正田:めちゃくちゃついてきてるじゃないですか。

城ヶ崎:どうなんですかねえ。正田さんのレポートに書いてありますけど、あまりそういう意識はないんですよ。成功したとかうまくいっているとか。


■「普通」というのは怖いから

正田:
はあ。いつも「普通のクラスですよ」「普通のことをやってますよ」とおっしゃいますね。

城ヶ崎:普通というか、いつも恐れというか、怖い。私はどちらかというと性悪説、マイナス思考なんです。

正田:そうなんですか。

城ヶ崎:うまくやっているとは思うんだけど、これがいつまで続くかなあとか。

正田:でもそれはそうですよね、子どもはいつも変わっていく存在ですから。

城ヶ崎:そんなに、自分がうまくいっているとは感じないんですよね。

正田:うちの受講生のマネージャーさんもいつもそれはおっしゃいますよ。例えば1位になった人でも、数字は必ず出ますから、1位というのもその半期ぐらいの実績なんですけど、やっぱり「人間というのは水ものですからうまくいっているとは思ってませんよ」とは必ずおっしゃいます。

城ヶ崎:そうですね、だから怖いですよね。逆に、子どもたちが言うことを聞いてくれると、有難いというか「おお、言うこと聞くんだ」と思いますね。

正田:それは慢心されないというのは素晴らしいことですね。

城ヶ崎:かっこよく言うと慢心しないんでしょうけど、やっぱりおっかない、怖いというほうが先ですね。「うまくいくかなあ」といつも思っていますね。


■期待に応えられない怖さ、マンネリになる怖さ

城ヶ崎:
逆に今度の子たちを4年で持ち上がったとしたら、今以上を子どもは望むはずですから、「今度は何をやってくれるんだろう」。そういう意味では持ちあがるのは怖い。

正田:持ち上がるんですか、どうなるんですか。

城ヶ崎:それはまだ発表がない。校長がまだ発表していないからわからないんですけど。

正田:3年から4年というのは解体するんですね。

城ヶ崎:子どもは解体しないです。先生は替わる可能性があります。1年間のつもりでやっていますから、それにそんなにネタがないですから(笑)
 だから持ち上がると子どもとの関係ができているから楽だ、という人がいますけど、これで伸ばせなかったり親が期待するのに応えられないほうがプレッシャーです。(注:今年度実際に持ち上がりの4年生担任) そんなこと思いません?お仕事の中で。

正田:どうでしょうねえ、私も一応実績は背負ってきているんですけど、「あれ、実績あるみたいに書いてあるけどダメじゃん」と思われるのは怖いなあと、ゾッとします。
 企業向けの研修講師って大体、得意分野があったらそれを歌舞伎の十八番みたいにずっとそればっかりやるんですよ。私だったら「承認」がもう圧倒的に多いんですけど、逆に同じプログラムを繰り返しやるということでマンネリになるというのは物凄く怖いですね。
 ただ承認だったら承認をどういう順序でお伝えしたら、どういう実習を間に入れて、どういう説明の仕方をしたらベストに身に着いてくれるかというのはもう大体わかっているので、動かせないところの方が多いんです。それをやっている自分が結構怖いです。

城ヶ崎:受ける人は毎回違うんでしょうから。

正田:はい、違います。

城ヶ崎:でもそれは分かりますね、同じことを言ってると「これでいいのかなあ」と思いますよね(笑)

正田:思います。先生は毎日どんどん違うことをおやりになっているじゃないですか。教科も違うし。

城ヶ崎:算数だったら、今日は分数、小数と違うんですけど、教え方の根本は一緒ですからね。流し方とか。そこのところに変化がないというのは不安ですよね。


■PCソフト、ICT―タブレットは評価していない

正田:
算数はあのPCのソフトをほかの先生が作ってくださってるんですか。

城ヶ崎:友達が会社を立ち上げて作っているので、それを買っています。自腹です。

正田:えー。お幾らぐらいするものですか。

城ヶ崎:あれは…、CD1枚が3000円ですから、5巻あるので1万5千円。
 あれをやると子どもが喜びますし理解しますからね。

正田:喜んでやってましたね。

城ヶ崎:教師の腕がなくてもPCさえ見せれば。いいものは使わせてもらう。

正田:今どんどんICTが入ってくるんですね。電子黒板はまだ入らないんですか。

城ヶ崎:まだ入ってこないですね。

正田:あと全員タブレットを持たせるとか。

城ヶ崎:地域によってはそういうのもあるんでしょうけど、タブレットは私はあまり効果がないと思ってるんです。何故かというとタブレットをやると、先生と子どもの二者関係しかなくなっていく。
小学校というのは、みんなと何かするから、いい。うちの学級だったら、早く終わった子どもに「何かやる?それとも友達にドリル教えにいく?」「教えに行く」「じゃあヘルプ希望する人」「はあい」ここで関わるわけでしょう。そういうのが大事だと思ってるんです。人って優しくされないと人に優しくできないでしょ。
 丁度子どもが親に小さい頃から面倒をみてもらっているから、親が老後あるいは身体の具合が悪くなったら娘が息子が、親の面倒をみるわけじゃないですか。それと同じでね、優しくされた、友達に教えてもらった。教師から「偉いね」「よくできてるよ」と褒められて、教師から優しくされた子どもは、いい気持をほかの子におすそ分けしていく。人に優しくされて悪い気になる子はいないですからね。感謝はしても悪い気はしない。そういうのが学校だと思うんですよ。


■居心地のいい空間を作る

正田:
教え合うのが日本の教育のいいところだと何かで読んだことがあります。アメリカでは習熟度別クラスというのが小学校から当たり前なのでできる子はどんどんできるけれども、底辺の子はいつまでも引き上がらない。日本はできる子もそうでない子も1つのクラスの中にいるので教え合いの関係ができる。それで全体が引き上がっている、という。

城ヶ崎:全体が引き上がるというか、居心地のいい空間を作れるから学ぼうとか学びたいとか思うんでしょうね。

正田:そうなんでしょうねえ。そういう関係を作る先生とそうでない先生といらっしゃいますね。

城ヶ崎:うーん、でもそんなに難しいことじゃないですよ。それこそ子どもの、正田さんの言う存在を承認するところから始まって、できたこと、行動を承認する。そこだけですもん。あとはそんなに特段変わったことはしないです。

正田:前回のお話の中で「褒めて優越感を持たせてやればいいんですよ。友達を教えるようになりますよ」とおっしゃっていますね。あれは凄いなあと。私どもは理論的にそれは説明がつくんですが、普通どこからも教えられないでそんなことを思わないでしょう。

城ヶ崎:それは自分の経験にも基づいているし、つまり自分がそういうことをしてもらってそう思ったというのもあるし、自分が子ども達にしていて「ああ、そういうことなんだ」と気づくこともあります。教わらないけど、気づく。


(5)「冷徹な眼」と「間」の技術 に続く


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。

 この回では、授業見学で正田を驚かせた子どもたちの「圧倒的な歌声」の秘密が明かされます。
 授業見学レポートはこちら
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎クラス訪問記」


(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か





(3)子どもの指導と成人教育と
■「なぜコーチングを?」(城ヶ崎)「インタビューが原点」(正田)
■私を動かしているものは…
■小学校の教科は割り切りが必要
■質問する技術と歌声の秘密


■「なぜコーチングを?」(城ヶ崎)「インタビューが原点」(正田)


城ヶ崎:
正田さんはどうしてそういうコーチングをやろうと思われたんですか。

正田:よく訊かれるんですけど、最初は昔とった杵柄のような感じでした。元々は通信社の記者をしてそれから家庭に入って専業主婦をして、最初主婦から社会復帰するときに翻訳者になったんです。医学の翻訳をやっていました。それも結構専門性が高い分野で、それなりに収入があったんですけど、やっぱり全然人に会わない仕事で、翻訳会社との間の電話とメールのやりとりなので、フラストレーションもありました。同業者の集まりに行ってもなんかこう活気がない。電話とメールのやりとりだけで社会とつながっていてそれで満足しちゃうタイプの人が翻訳者をやっているという感じなので、今ひとつ満たされなかったんです。
 コーチングと出会ったのは、その当時デンマークの教育に凝ってたんです。子どもが幼稚園から小学校の年齢で子どもの自発性を引き出して色んなことをやらせるのは大事だ、親が色々押しつけるのは良くない、とその当時も思っていました。
 その自発性というところで、デンマーク式の教育をやっているフリースクールが近所にあって、そのフリースクールの主宰者の本を読んで感銘を受けたりして、当時はかぶれてました。
 でメーリングリストに入っていると、自発性を引き出すということで「コーチング」という言葉もよく出てきたんです。コーチングってなんじゃらほい、と思っていて、2000年ごろのことです。である時急にコーチングのワークショップに連れていってもらったり、本屋さんにも本が並ぶようになりました。
本を「あ、これか」と手に取って、特に話を聴いたり質問して引き出すのはインタビューの作業に似ていますよね。元々インタビューするのはすごく好きだったので、「これを仕事にできるのか」というのと、相手の方がやっている間にすごく成長していかれますよね。インタビューよりこっちの方がいいものじゃないか、と思って。それで、すぐ「これ習う!」と決めちゃったんです。

城ヶ崎:ふーん。それで習って自分が身に着けて、会社を興すというか独り立ちするというのは大変ですよね。

正田:今でも独り立ちできているのかどうか疑わしいんですけど(笑)でも地元では非常に評価していただいています。お蔭様で公的機関さんが軒並み取り入れてくださるようになっています。


■私を動かしているものは…

城ヶ崎:
よくそんな勇気ありましたね。

正田:勇気ですか。図々しいのは記者時代につちかったと思います。その当時は名刺だけあればどこへでも入って行けましたから。

城ヶ崎:成功するという確信までいかなくても、そういうのがないとできないんじゃないんですか。

正田:成功するという確信は今でもないです。事業として成り立つ、安定するという確信は今でもないんですけど、私を動かしているのはとにかくこれで成果が上がってしまったので、マネージャー達が「こんなに良くなった」と。「正田さん、1位になりました」と言ってきてくれる。1位になった、というと、業績だけだと嫌らしいけど、そこに働く人達が成長して、いきいきと仕事をして、多分毎日いい顔でおうちに帰れて、とそういう状態がそこで作れているんだろうなと。こんないいものは続けなきゃいけないし広げなきゃいけない。それだけですね。


■小学校の教科は割り切りが必要

城ヶ崎:
もうちょっと若いうちに気づいたら、学校の先生になれば良かったですね。我々の近い年代のころは教員になるには年齢制限があったので、今はあるのかどうかわからないですけど。お話を伺ってると、クライアントが変わるということに喜びを感じるんだったら、私たちの仕事も同じですから。

正田:はい、そうだと思います。

城ヶ崎:ましてや今、外国語が入ってきて、英語をしゃべれる先生は子どもは「ほ〜っ」と尊敬の眼差しで見ますから。

正田:そうですか。でも実家の母が中学の英語の先生だったんですけど、それをみてるとあんまり楽しくなさそうだったんです。多分城ヶ崎先生みたいないい先生ではなかったのではないかと思います。

城ヶ崎:いや、中学生は大変ですからね。

正田:大変ですよね。親でも嫌なのに、あの年齢の子どもは。

城ヶ崎:でも小学校は楽しいですよ。

正田:(笑)楽しそうに城ヶ崎先生はされてますけど、沢山の教科をお持ちになって1つ1つを深くお教えになって、凄いことだなあと思います。

城ヶ崎:いや、深くではないですよ。

正田:そうですか。前回のお話の中でもお堀がこんなに広いんだねとか武家屋敷の北側に防風林があるんだねとか、私も知らなかったですもの。

城ヶ崎:それは長くやってればできますよ(笑)浅く広く、なんでしょうけど、小学校の教員をやっているとある意味では割り切らなきゃダメなところがあるんです。「この教科は教科書通りでいい」とか、「でもこれはもっと力を入れてやろう」とか。自分の中で軽重をつけていかないと、やっぱり全部同じようにはできないですね。
 理科とか音楽とか図工などは、教科書通りやっていても何とか子どもは活動するから、ついてくるんですよ。
 問題は国語とか社会とか算数は、ちょっと工夫しないと子どもはついてこない。


■質問する技術と歌声の秘密

正田:
ちょうど国語と算数を見せていただいて、面白かったですねえ。
 ミニ・ディベートのようなこともされますね。

城ヶ崎:そうですね。でも最初はああじゃなかったんです。「この子たち発表しないなあ、どうしようかなあ」と思ってましたから。で最初に何したと思います?

正田:何したんですか。

城ヶ崎:質問をしなさい、と言ったんです。質問の練習から始めたんです。

正田:それは、朝の会の日直さんが発表してみんなが質問する、あれですか。

城ヶ崎:あれもそうですけど、授業中も何か意見を言ったときにまず質問。質問のある子は受け付ける。

正田:え、それ凄いです。大学生レベルじゃないですか。大学生でもアメリカの大学生ですけど。予習してこないと普通質問できないじゃないですか。

城ヶ崎:そうですね、最初はレベル低いですよ。「だれが言ったんですか」とか、表面的な。作文なんかで言うと、「きのうはディズニーランドに行きました」というと、「誰と行ったんですか」「いつ行ったんですか」「何に乗ったんですか」と、現象面のことしか質問してこないから、でもそれをぜんぶ最初はよしとしてやっていきました。最後は、この間見てもらったように、「誰の質問が一番きいてくれて嬉しかったか?」という心情とか、そっちの方に段々行けるようになってきましたけどね。

正田:そうなんですか。じゃあ、ああいう風に「誰の質問が?」と後からお訊きになるのは、後半ぐらいからですか。

城ヶ崎:そうですね。最初はそんな高度なことはできないですから。最初はとにかく「できればいい」。正田さんは女のお子さんがいらっしゃいますよね、多分料理を作ったら、味は二の次で「美味しいね」って不味くても言って食べるわけでしょ。作ることが大事。量をこなせば質は変わるだろうと思ってますから。
 何かやるときに沢山求めちゃだめですね。1つのことだけで、あとはもう目をつぶる。
 ちょうど見て頂いたのは3学期ですから、1年間かけて鍛えた子ども達の姿を見て頂いたので、一番いいところを見てもらったんです。

正田:本当にそういうタイミングだったんだろうなと思いました。
ところで今月の歌を歌われたとき、あ、先生あそこはずるされたなと思ったんですけど、2月1日だったのに1月の歌を歌ってくれたんですけど。

城ヶ崎:あれね、2月はまだ音楽の授業がなかったんです。歌ってないんですよ。月の始めになると月の歌を音楽専科が教えてくれて、それを担任が引き継ぐことになっています。

正田:なるほど。まあ、上手でしたねえ、歌。

城ヶ崎:そうですね、毎日聴いているとよくわからないですけど。

正田:何人かは低い方のパートを歌える子もいて。

城ヶ崎:それは音楽の先生が教えてくれるんです。どっちか歌いたい方を歌う。ただ、私がいつも言ってるのは、「君達のいいところは高い方の声がきれいなところだよ」と。

正田:本当にきれいでした。

城ヶ崎:でも、あれはいいところしか見せてないですけど、私が後ろから歩いてきてぽんぽんと肩を叩かれると、その子は教室の後ろへ行くんです。ぽんぽんというのは、声が良く出ている。後ろから行って私に歌声が聴こえるというのは、結構声量がないと聴こえないんですよ。で、ぽんぽんとやられて後ろへ行くと。後ろへ行く子は、○か×かというと○組なんです。後ろに行きたいから子ども達はまた頑張る。

正田:(口あんぐり)はあ〜、なるほど。1人1人の声を聴いてもらっているというのを意識すると向上するんですね。

城ヶ崎:1週間、月曜日からずっとやってぽんぽんとやられたら後ろへ行くと。で次の週になるとまた振り出しになって。朝の会の手の上げ方もそうですけど、しょっちゅうそうやって評価しますね。子どもって評価しないと、楽な方に流れていくんです。楽な方というか成長しないというか。良く言うと現状維持。伸ばそうと思ったら本当にまめにチェックしていかないと、確認していかないと、変わらないですね。

正田:その評価するまめさが凄いなあと思います。体力が要るだろうなと、レポートに書きましたけど。

城ヶ崎:そこはあんまり感じてないですけどね。

正田:城ヶ崎先生にとっては多分自然なことなので(笑)

城ヶ崎:それが子どもも当たり前、っていう。


(4)教師が「怖い」と感じるとき に続く



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 ひきつづき、城ヶ崎滋雄先生(千葉県公立小学校教諭)と正田の対談をお送りします。
 不登校担当の先生がいるということ自体正田には耳慣れず、新鮮だったんですが、なんと何の研修もなく現場に放り出されるとは。元気な城ヶ崎先生苦悩の回です。それでも経験から学んで今のコミュニケーション指導に結びつけておられることは、さすがです。



(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か




(2)不登校児指導は「自己流」
■何の研修もなかった4年間
■こちらから訪問の日々―資格が欲しかった




■何の研修もなかった4年間

正田:
不登校のお子さんを4年も担当されたというお話を伺って「ああそうか、カウンセリングのベースも城ヶ崎先生はおありになるんだわ」と思いました。

城ヶ崎:カウンセリングというか、自分のやりたいことが通用しない。まあ相手に合わせるしかないですからね。それは最初は負担でした。年がら年中そういう子たちと付き合っているわけですからね。きくところによると、ドクターの中で自殺するのが一番多いのは精神科のドクターみたいですね。

正田:そうなんですか。

城ヶ崎:それは本当かどうかわからないけど、それをきいた時「その気持ちよくわかる」と思いました。

正田:もし今もう1回「不登校の担当を」と言われたらどうしますか。

城ヶ崎:いやー、勘弁してほしいですね(笑)だってあのクラスの子たちと一緒にいる方が楽しいですもん。

正田:そうでしょうね。

城ヶ崎:やり甲斐はあっても楽しくない。

正田:城ヶ崎先生はお若い頃から子ども達を動かすのがお上手で、「あの先生のクラスは楽しい」って最初から言われてただろうなと思います。

城ヶ崎:言われてました。

正田:だから不登校の子を担当するというのは本当にそれと逆のことを要求されたんだろうな、と。

城ヶ崎:本当は嫌だったんですよ。それも知り合いの先生を通して校長から話があるから、多分お前のことだから「嫌だ」と断ると思うが、でも断るんじゃない、と。その先生に言われたらもう仕方がなくて。

正田:ちょっとイメージがつかなかったんですが、1つの学校の中の不登校の子の担当だったんですか。

城ヶ崎:そうです。

正田:1つの学校の単位でそういう先生がいらっしゃるんですか。

城ヶ崎:全校にはいないんです。市内に何人いたかなあ…そういう人達だけ集まって研修するということもなかったですから。

正田:そうなんですか。何の研修も受けずにいきなりそういう不登校の担当を。

城ヶ崎:そうです。だから理論も何もないんです。1年目などは自分にはバックボーンとなるものがないから、「なんでそんなことするんですか?」って親にきかれても「実はこういう考えで」とか「こうなった先はこうなるんですよ」というのがなくて。そこから自分で勉強するのと、あとはやりながら「ああ、あとはこうなっていくだろうな」という経験を纏めていくしかなかったんです。

正田:それは凄いことですね。お悩みになったというのはわかります。


■こちらから訪問の日々―資格が欲しかった

城ヶ崎:
まったく畑違いのところに放り出されちゃったんで。
 授業が午前中2時間あるだけなんですよ。それ以外は全部不登校の子に使わなきゃいけない。学校にいると結局何もすることがないので、周りの先生達からは「ヒマね」って思われるじゃないですか。でも警察と私がヒマなのが一番いいんですけれど(笑)、ヒマだと思われるのも嫌なので、自分で子ども達の家に出ていかなきゃ仕方ないです。

正田:それは訪問するのが義務づけられていたわけでもなくて。行かなきゃしょうがないと。

城ヶ崎:そうです、仕事ですから。普通の精神科とかカウンセラーの方というのは、クライエントが来てカウンセリングや治療が始まるわけですけど、私は出向いて行かないといけないから。しかも毎日毎日。

正田:クライエントが来て、というところでもう既にモチベーションがありますよね。

城ヶ崎:はい。こっちも「よく来たね」と待ってればいいわけでしょ。私の場合は立場が逆ですから。「すみません、来てしまいました」という感じで(笑)そういうのからやった時には最初は、つらかったですね。でも一年経ったら慣れてきましたけれどね。

正田:先生の前回のお話を聞いていたら、行動療法のカウンセラーが理論に則ってやるようなことを先生は純粋にご経験からおやりになっていたんだなあと思いました。

城ヶ崎:本当に欲しかったのは、臨床心理士とかの資格が欲しかったんです。資格があれば、まずは信じてくれるじゃないですか。相手が。素人の先生が言うよりは。そういう意味で資格が欲しいなあと思いましたけどね。

正田:資格を持っても子どもさんが懐くかどうかは別問題なんじゃないですか。

城ヶ崎:子どももそうなんだけど、結局子どもじゃなくて親なんですよ。親が変われば子どもも変わるんだけど、でも親を変えるために子どもを変えるんです。子どもは私に資格があろうがなかろうが、そんなのわからない。親が私を信用してくれないと困るわけです。そのために資格があると親が信用してくれるかなあ、と。
 そう思ってはいましたけど、不登校時代の後半はあまり要らなかったですね(笑)


(3) 子どもの指導と成人教育 に続く


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 千葉県の公立小学校教諭・城ヶ崎滋雄先生―この方については今後「スーパー先生」とか「ウルトラ先生」とか何か、キャッチフレーズが色々つくかもしれませんがここではあえてつけないでおきます―へのインタビュー第二弾。


 3月28日、都内において3時間にわたり行われました。全13回でご紹介いたします。

 今回はインタビュアーの正田の個性でかなりマニアックな内容になっています^^

 「マニアックが好き」な方だけ、お読みください。

 また、これは城ヶ崎先生の個性なのか正田の方も今回は珍しく多弁にしゃべっておりますので、インタビューというよりは対談に近いものになっております。


(1)メンバーの個性をどうつかむか
(2)不登校指導は「自己流」
(3)子どもの指導と成人教育と
(4)教師が「怖い」と感じるとき
(5)「冷徹な眼」と「間の技術」
(6)保護者との風景―懇談、連絡帳、学級通信
(7)武術家にとっての教育
(8)小学校時代の荒れと恩師
(9)翻訳は「みる」修業だった
(10)日本人と承認と城ヶ崎メソッド
(11)承認教育―大人が教育を受容するとき
(12)武術は「型」にこだわる
(13)「なんで」の訓練が子どもになぜ大事か



(1)メンバーの個性をどうつかむか
■竹馬指導でポイントになる子
■「大人クラスは分かった頃には終わり」(正田)
■うまくいってない人の思考法
■「教員にはコーチングの研修はないですよ」(城ヶ崎)



■竹馬指導でポイントになる子


正田:先日(2013年3月17日)は、折角大阪へお越しになったところ、私が私用でご一緒できず申し訳ありませんでした。代わりにうちのNPOの山口さん、大前さん、間瀬先生とご歓談いただいたようでとても嬉しく思っています。その後お話の録音も聴かせていただきました。

城ヶ崎:2月は、4時間にもわたり授業をみていただきまして、有難うございました。まさか朝練習のところから見ていただけるとは思っていませんでした。
しかし正田さん、あのレポートは良く書きすぎですよ。

正田:いえ、見たままを書かせていただいてます(笑) また、その後のお話も大変おもしろかったです。
前回のインタビューの終わりごろの話ですか、放課後家からもう一度学校へ来させて遊ばせ、学校が閉門になったらさらに公園で遊ばせるというお話、あれには感動しました。

城ヶ崎:子どもは遊ぶものですから。遊んでるのが何が凄いの?ってまず思いますね。

正田:うーん…。あそこまで遊ばせてくださる先生は今は少なくなりましたよね。幼稚園もそうでしょ、わりと知育の方に行ってしまって。自由遊びはなかなかさせないようになっているので。

城ヶ崎:ただ、やることはある程度私の方から「これやろうね」と提示してるので。1つ言えば上達するものを選んでいる。

正田:はいはい。前回、竹馬をまずやるというお話が出ましたけれど、竹馬ってそんなに簡単なんですか。私はしたことがないのでわからないんですけど。

城ヶ崎:あの年代の子にとっては簡単です。1週間やれば、「乗れる」と実感を持てるぐらいにはなれますよ。まあでもやはり大人し目の子にターゲットを絞って選びましたけどね。

正田:あの中だとAちゃんとか。

城ヶ崎:Aちゃんよりもっと目立たないBちゃんっていうのがいたんですけど、もう本当に声も小さくて、「こういう子だな」と思ったんですね。大人しくていい子だから見逃されがちな子なんですよ。そういう子を引立ててあげると周りが変わります。(広げたお絞りの中心を持って)こうやると、周りがずるずるずるーと上がってくるんですよ。(端の方を持って)こうやると、上がらない。片方しか上がらない。クラスもそうなんですけどどこか1つに焦点を当ててやると全体がひゅっ、と上がってくる。

正田:それを見つけるんですね。


■「大人クラスは分かった頃には終わり」(正田)

城ヶ崎:うん、見つけるっていうか、この子は活発なんだな大人しいんだなというのはもう分かりますからね。正田さんもコーチングの指導をしていて感じませんか。

正田:それはあります。ただ、大体1日しか時間を貰えないことが多いので。そうですね、分かった頃には終わっちゃってるということが多いかな。

城ヶ崎:ああそうですか。1日の講座の中で「変わった」ってわかるものですか。

正田:私のやっている「承認」というプログラムはちゃんと学んでくれさえしたら本当に変わるんです。まあ私は成人相手なのでめったに「変わる」という言葉を使わなくて、成長したとか部下を伸ばせるようになった、という言い方ですけど。その学ぶ姿勢を創るところが一番大変ですね。
 人の個性でいいますと、先日は3時間のプログラムの中でも熟達者グループと今いちグループと、割合はっきり分かれていました。熟達者ともやりとりしながら進めるんですけど、今いちグループの人は最後の最後までうんうんうなりながら考えていて、最後になって「分かった!」って叫んだので、「偉かったですねー、ここまでとことん悩んだというのはすごいエネルギーの要ることですねー。やる気なかったら悩みませんからねー」って。「そしてこの人、Aさんが悩んでたのをBさんCさんがずっと待ってたでしょう。偉いことでしたねー。みなさんこのグループに拍手」と。

城ヶ崎:悩むんですか。

正田:悩まれてましたね。20分ぐらい時間をあげて課題を出してディスカッションをしてもらうんですがらその中で。そのときはセミナー後半から私が「承認」というキーワードを出したので、「この承認がわからなかった」と(笑)


■うまくいってない人の思考法

城ヶ崎:
小冊子(『最高のプロの2日間の授業』北中―正田対談、NPO法人企業内コーチ育成協会)の方に書いてあったのは、「そんなので変わるわけない」って半信半疑というかもっと低いレベルで入ってきた人を変えていくのは大変、ということでしたけど、そうじゃなくてもなかなか変わらないものなんですか。

正田:オープンセミナーと企業研修という括りがあるんですけど、オープンセミナーに来る人は大体やる気はあるんです。チラシを見て「あ、なんかこれ良さそう」と思ってピッとエントリーしてきた人なので。城ヶ崎先生も色々な勉強会に行かれますけれどもモチベーションを持って行かれますよね。そういう人達だと、講師は最初から信頼関係がもう始まっているのでやりやすい。お伝えしたことを吸収してくださりやすいんです。先ほどの今いちグループが長い事悩んでいたというのはオープンセミナーでの話です。わからないなりにモチベーションが高かったから悩んでいた。
 こっちの企業研修の方々がもう大変で、大体強制的に人事とか総務の方から行けと言われて、「仕事してなきゃいけないのにこんな所に来さされて」「大体オレ勉強なんか好きじゃなかったんだよ」(笑)というノリで入って来てますから。それを解決するためにできるだけ1日じゃなく数回のシリーズで採用していただくように働きかけてますけど。また研修と個人面談を組み合わせて、1人1人が「個」として扱われていると実感できるようにするとか。

城ヶ崎:来る人達は、コーチングっていうわけですから、下に部下がいるような人が来るわけですよね。部下じゃないんですよね。

正田:そうです。

城ヶ崎:ということは、部下がいるにもかかわらずそういう「なんで行かなきゃいけないの?」っていう人たちは、あまり部下のことで悩んでないんですかね。

正田:悩んでないというか、「うまくいってない」という自覚はあるんですけどでもそれを認めたがらない。

城ヶ崎:「うまくいってない」というのが認めてることになるんじゃないんですか。

正田:(笑)それは城ヶ崎先生、学校でも色んな先生がいらっしゃると思いますけど、例えば荒れてるクラスをどうにもできないでいる先生も中にはいらっしゃるわけでしょう。

城ヶ崎:ああなるほど、「それはあなたの腕が悪いよ」という話なんだけど子どものせいにする、というようなことですね。

正田:そうです、そうです(笑)。で、その子どものせいにするっていうのを、例えば総務・人事が鵜呑みにしてしまうと、じゃあ若手の方に研修をしよう、となるんですけど、それは違うんです。やっぱりリーダーの方に研修をしたほうがいいんです。


■「教員にはコーチングの研修はないですよ」(城ヶ崎)

城ヶ崎:
正田さんの本『認めるミドルが会社を変える』(カナリア書房)に書いてありますもんね。あれを見た時に「親の後姿をみて子どもが育つのと一緒だな」と思いました。つまり、子どもが悪いんじゃなくて親の仕草をみて子どもは育ってるんで、結局上にいる人が方向性を示してあげたり態度を変えると下も変わっていくんだろうなー、と思いました。

正田:それは本当にそうなんです。

城ヶ崎:その嫌々来ている人達を変えていくのが大変なんですね。

正田:大変ですね。企業研修の限界があるんですけど、研修講師の立場として「嫌われたくない」というのがあるんですね。民間企業ですから、研修講師も。嫌われてアンケートに嫌な事書かれたら仕事が来なくなりますから。そうすると機嫌をとるっていうか、例えば面白おかしい演芸調でお話をして何分に1回笑いがとれる講義をするとか。でもそういうテクニックがあるというのは凄いことなんですけど。
ただ、笑いをとることがトレードマークになってしまうと、そこでは受講生さんは「学ばない」です。笑いだけを期待するようになってしまいます。だから楽しいけれど学習としての効果はあまりないですね。

城ヶ崎:確かに私たちも、「行け」と言われた研修は、「なーんで行かないといけないんだ」と思って後ろの席に座っちゃいますからね。

正田:そうなんですか。県教委とか市教委の研修ってありますでしょう。

城ヶ崎:つまらないですよ。

正田:私はまだ教育委員会さんの研修ってしたことがないので、どういうプログラムがあるのか詳しく知らないんです。一度見せてもらったことがあるかなあ。子どもの学校の校長先生に、プログラムを。大学の先生のお話が多かったですかね。

城ヶ崎:そもそも教員にコーチングの研修はないですよ。神戸はわからないけど、私が勤務している市では。

正田:京都に教育コーチングの専門の会社があるので、割合そこが関西の教委には入っているみたいです。

城ヶ崎:カウンセリングという項目はあるんですけど、コーチングとカウンセリングは違いますもんね。コーチングだと子ども達を変えていくというか、じゃあどうしたらいいの?と視野を広げるイメージで。カウンセリングだと悩みをきいて共感していればいいんでしょうけど、私たちはそういうわけにはいかないので。



(2)不登校指導は「自己流」 に続く




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビュー 今回が最終回です。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は

■昔は放課後も招集をかけていた!
■頑張る子頑張らない子が二極化、その理由は
■学校に靴用ブラシを常備




■昔は放課後も招集をかけていた!

山口:
卒業した子ども達とずっと交流はあるんですか。城ヶ崎先生を慕っている子ども達はいるんじゃないかな、と。

城ヶ崎:年に1回ぐらいは飲み会に誘われます。3・4人単位で飲みに招ばれたり。

山口:大きく成長した子ども達をみてどう思われることが多いですか。

城ヶ崎:正直言ってあんまり昔の話はしたくないですね。何故かというと、私は良かれと思ってやっていることですけれど、うーん何かひどいこともしてたんじゃないかな(笑)それを言われたらいやだな(笑)「いや先生あの時こんなことあったんだよ」って言われたら謝らなきゃいけない(笑)

山口:でもどうですか、先生が想いを込めてされてるのは大人になった今もその子たちの中に息づいてるなあということを感じられます?

城ヶ崎:ある子なんかは、「先生はオレの先生だからさ」と。「それどういう意味だ?」と言ったら、「話を聴いてくれた」「僕のこと信頼してくれた」とかね。そういうことは聞いたことがありますね。

山口:教えてた時の印象と比べて、大きくなってから「あ、こんなこと考えてたのか」というようなことも多分ありますよね。

城ヶ崎:それはあんまりないですね。逆に子ども達と会った時は昔話よりも、まあよく出てくるのはリレーとカルタが出てきますけれども。
 昔は放課後も強制的に学校へ来させましたから。今みたいに不審者とかなかったし(笑)3時に下校時間になって、1回学校から帰ったら家にランドセル置いてもう1回学校に集めるんですよ。当時は5時まで学校が開いてたんで学校で遊んで、5時で学校が閉門となったら近所の公園に行かせておいて、で6時まで。私は6時ぐらいになって「もう終わるぞー」と声をかけて、私の合図で帰ると。毎日それをやってました。そういう話をよくしますね。
 何やって遊んでると思います?男の子と女の子たちが。

大前:うーん…公園でしょ?何だろう。

城ヶ崎:缶けりとかね。簡単な遊びですよね。凝らない。ボールは使わない。最終的には、ものを持たないで遊ぶんだなと思いましたね。ものがあるとものを必要とするから、それがないと遊べないでしょ。縄跳びでもみんな縄跳び持ってればいいけど、持ってない。どうしたらいいかというと、そこに缶があれば缶けりをする。なければ○○をする。やっぱりそういう風になっていくんだな、って。
 それが強制でした、昔は(笑)


■頑張る子頑張らない子が二極化、その理由は

山口:就活の大学生を教えている知り合いがいるんですけれども、彼によると明らかに学力が落ちている。大学が全入の時代になっているということがもちろんあるんですけれども、そのあたりは実際現場におられてどうお感じですか。

城ヶ崎:二極化だと思います。色んな面で二極化ですね。最終的には家庭だと思います。裕福とか何とかじゃなくて、親が見てくれているかいないか。

山口:その差ですか。

城ヶ崎:見てくれている子は勉強ができなくても頑張るから、努力するからできる。「やればできるのにねー」という子がやらないですよ。宝の持ち腐れですよね。ですから頑張れる子と頑張れない子が分かれていく。
 それは物を忘れる忘れないですぐわかります。物忘れが多い子は頑張れないです。
 一番顕著なのは漢字のテストなんかやるとわかります。やっぱり忘れ物をしない子は漢字テストが良くできます。それは努力するから。

山口:そうするとその二極化というのは、家庭でも子どもをみない。放ったらかしの家があって、そういう子が増えたということですか。

城ヶ崎:それはそのクラス、学校、地域によって違うでしょうけど、増えたというよりはっきりしてきた。親が根気がない。例えば私が連絡帳に書いて親のハンコを貰うんですけど、そのハンコがない。連絡帳を見てないわけです。

山口:それは昔はあまりなかったことですか。

城ヶ崎:いや、昔もありましたけど、今の方が多いし、昔はハンコを押したり押さなかったりだけど、今はもうずっと押してないよなー、とかね。この子を責めてもダメだな。つまり、「お前がちゃんとしないから」とか言ってもダメだな。それはもうそういう土壌がないから、無理なんだな。
 じゃあどうするか。朝電話するんですよ。「今日習字があるけど、用意した?」って。「用意しました」「この間さあ、習字セットを開けたら中身何もなかったけど、今そこで開けてみな。筆入ってるか」
 最初に親が電話に出るんですよ。で、「○○君に替わってください」と。毎週やるんですよ(笑)

山口:親が何も気づいてない(笑)


■学校に靴用ブラシを常備

城ヶ崎:
そうするしかないんだからしょうがない。
 毎週金曜日は上履きを持って帰るんですけど、持って帰らない。私がこうやって洗うんですよ。子どもの靴を。

山口:えーっ(笑)そうやって気づかせるんですか。

城ヶ崎:心ある親は「すみませんでした」って書いてもう恐らくやらないけれど、そうでない親は。

山口:洗ってくれると(笑)

城ヶ崎:はい。私はちゃんと学校に靴用のブラシと洗剤と用意してありますから(笑)
 毎週金曜日は三角巾も持って帰るんですけど、持って帰らないですから。持って帰れと言っても持って帰らない奴がいますから、そこは私の確認のミスもあるんですけど、しょうがないなーと思って家庭科室に行ってドラム洗濯機を回して。

山口:そうですか…、他の先生の何十倍も気も遣われてるし体も使われて。

城ヶ崎:言うだけじゃ絶対動いてくれないんで、「こうしましたよ」ってやればちょっと違うだろうと。

山口:そこまでしないと気がつかない(笑)

城ヶ崎:そこまでしたら聞いてくれるかなと(笑)心ある親は聞いてくれますから。

間瀬:やっぱり先生のおっしゃられる、親が子どもをどれだけしっかり見てるかでものすごく違うね。

城ヶ崎:週末の宿題はお手伝いなんですけど、一杯やってくる子がいるんです。連絡帳に「たくさんやる、または長続きするコツは何ですか?」って書いたら、流石だなと思ったのは、遊び感覚でやるんですって。洗濯物を畳むにしても。「どっちが早く見つけるか競争しよー」って言って「靴下!お母さんの勝ち」とかね。お父さんとゴミ捨てに行くのがどっちが早く行けるか、とかね。今日は何分で帰ってこれるか、とかやるんですって。やっぱりなあと思いますよね。それはただ「やれ」って言っただけでやれないですよ。

山口:ぐさっと来ましたね(笑)

城ヶ崎:「やれ」って言ってやらなかったら、多分親は、「なんでやんないの?」とかね、文句が次に出ると思いますよ。「あ、こりゃやんないんだろうなー」と。挙句の果ては「宿題でしょ」って言われて「こんな宿題なんか出すなよな」と思っちゃいますからね。

山口:すみません、もう5時になってしまいまして。ありがとうございます本当に。今日はお疲れのところをお時間を頂きまして。是非また千葉に見学に行かせてください。

城ヶ崎:どうぞどうぞ。校長に話を通しますから。山口さんは人の話を引き出すのがお上手ですね。

山口:まだまだなんです。でもお話が上手で、全て子どもに向き合っている様子がよくわかりました。ありがとうございました。(了)


 このインタビューは、冒頭にも記しましたように城ヶ崎先生の指導する船橋陸上クラブが大阪万博記念公園での小学生駅伝大会に出場し見事3位獲得した3月17日の午後、英国屋心斎橋本店の個室で行われました。
 正田は残念ながら私事で出席を断念したのですが、理事でフリーライターの山口裕史さんがテーブルに「正田レポート」と城ヶ崎先生の著書『クラスがみるみる落ち着く教師のすごい指導法!』(学陽書房)を置いて中心になって見事にインタビュー・ファシリテーションしてくださいました。大前さん、間瀬先生もそれぞれいい味を出されています。皆様、お疲れ様でございました。
 インタビューの録音の途中、ウエイターさんの「シフォンケーキセットがお勧めです!」という声が入り、男性4人でシフォンケーキをつついている光景を想像してつい笑いをこらえてしまいました…。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(10)授業:つまみ食いでない知識を

■子どもがつまずくところはどこか
■つながりを発見すると得した気分に
■正しい知識だけだとつまみ食い
■結論だけ教えてしまうと気持ちは変わらない





■子どもがつまずくところはどこか

山口:
授業の中で子どもたちに考えさせる授業を沢山されているじゃないですか。そのあたりのその、どういう想いでどういう観点から先生流のカリキュラムにたどり着いてるんですか。そのときに大事にされてる考え方とか。

城ヶ崎:子どもがどこでつまずくかを考えて授業するようにしています。
 例えば算数の文章問題があったときに考え方が大事だったら、計算する数字をあえて小さくしておく。1年生でもできるような。これはこうだよね、じゃあ教科書の問題行こうか、どことどこが同じ、どことどこが違う、数字がただ大きくなっているだけである、数字がただ小数になっているだけだ。ということは今日の勉強なあに?と言ったら、あ、小数の計算をやればいいんだ。小数と今までと何が違う?と言ったら、小数点がある。点より右のところの数字はどんな風に、例えば今まで100の隣の10の数字は、10を何倍すると100になった?―10倍。じゃこれはどうなる?これは、てん何とかのこれ(小数点一位)の数字が10個集まったら1に上がる。そういう風にしてやりますね。そうやってもう1回下げて子どもたちに提示する。そしてできないところを見ていく。子どもがつまずく、見逃すだろうというようなところを。
 例えばここに建物のリビングが写っている写真があるとします。「これで東西南北どっちだかわかる?」ときくと子どもが「わかんない」って言いますよね。「いやわかるんだよ」「え、先生なんで」「なんだろうね」って言うと子どもが色々考えてきて、そのうち「実はね、ヒントは学校なんだよ」。「学校の何?」っていうから、「学校のね、並んでる位置なんかヒントになるんだよね」。
 学校って、窓が南向きなんですよ。

山口:ああ、大体必ずそうですね。


■つながりを発見すると得した気分に

城ヶ崎:
大体そうなんです。すると「あ、わかった。リビングは南にある」と。だからこの家の写真では右側が南だ、と。こっちが北だ。最初は子どもは、東西南北で下が南で上が北だと思うんです。「でもそれって、北南の地図でやったときはそうだけどこの写真ではわかんないよね」と問われたときに、最終的には子どもは、リビングが南だと。北は日が当たらない。だから体育の時なんか、リビングより北のほうが風強かったろう?あ、強かった。
 そういう子どもが見逃すというか気がつかないようなところをわかると、子どもって得したような気分になってくるんですよ。「ああそうか、リビングって南なんだ」って。だからリビングはあったかいでしょ。南だからあったかいんだよ。それからは写真なんか見ると、東西南北どっちだと思う?ときくと子どもは、日が当たってる方とか、建物だとかを手がかりに考えられるようになるわけです。
 縄文時代の竪穴式住居って、全部穴が同じ方向に空いてるんです。それはやはり南ですよね。それも子ども達に「どっちが南だと思う?」と訊くと「先生、こっち(南)。入口一こしかなくて、だったらこっちしかないじゃん」「その通りだ」

山口:学習指導要領からすると、外れたことを教えてらっしゃると思うんですけど。

城ヶ崎:うん、でも竪穴式住居というものがあるよというところはかすってますから(笑)。
 その時にやっぱり竪穴式住居のことは触れるけれども、そこで子ども達に何を考えてもらうか。こっち側に何がある。北に何がある。これってさ、他の資料集めくってみな、何か気がつくだろう。実は武家屋敷っていうのは、北は防風林で囲まれてるんですよ。ああそうか北はこうなってるんだ、北風が来たら風よけなんだ。こういう発見は次につながるじゃないですか。そこで縄文時代に教えたことは実は鎌倉時代にも通じているし。

山口:そうすると、憶えるんじゃなくて発見があって、ちゃんと全体の中で理解ができるから、頭に入っていくんですね。

城ヶ崎:弥生時代の頃に屋敷の周りに穴が掘ってあるんですね。お堀のような。これって何だ?落とし穴だ。何で?敵が落ちるようになってるんだ。で鎌倉時代を見せると、実はそのころから、屋敷の周りに水を張ったお堀ができてるんですよ。「あ、お堀がある」。じゃあ、江戸時代のお城はどうなる?というと、まさに大阪城なんか、お堀があるんです。あ、共通してるんだ。と、子どもがそういう目で見ていく。
 で6年になると、12月に国会議事堂へ行って皇居をみると、「ほんとだ、お堀がある」。こんなに広いんだ、とか、ここに入ったら泳いでる間に弓矢でやられて殺されちゃうねー、とか。

山口:それも考えるんですか。

城ヶ崎:つながるんです。つなげて考える。


■正しい知識だけだとつまみ食い

山口:
城ヶ崎さんのような先生にだれもが教われば、本当にいい子たちが育っていくでしょうね(笑)残念ながら誰もが教われるわけではない。それは逆に悲しいというか。選べませんもんね、教わる先生は。

間瀬:教科書っていうのは正しいことばっかり書いてあるんですよね。会社でやってる作業計画書のようなものも、正しいことばっかり書いてあるんですよ。

城ヶ崎:つまみ食いみたいになりますよね。あそこで家の作りをちょっとつまんで、違う時代をつまんで、お堀をここでつまんで。でもつまんでるうちに、つまむっていつか全部食べ終わっちゃうんで。結局つまんでるうちに教科書全部やりました、って。

山口:ここを教えるときに実はこことつながってるということがわかると、後々も「ああそういうことだったのか」とわかりますよね。方法そのまま教わると、教わるほうもつまらないというか、憶える授業になってしまいますね。

城ヶ崎:ネットなんかで去年話題になったんですけど、ご用聞き知ってるか?って訊くと「知らない」というんです。昔は酒屋さんが、「何かいりませんかー」と来て、注文して届けたんだよ。今みんなの町にないだろ。っていうと「ない」。でもね、みんなの家に行くとあるんだよ。いやないよ。絶対ある。パソコンがある家手を上げてみろ、というと大体手が上がるから、じゃ絶対あるよ。ネットオークションそうだろ、アマゾンそうだろ。この画面が「○○さんこういうのありますけどどうですかー」って来るじゃないですか(笑)

山口:来ますね(笑)

城ヶ崎:あれはご用聞きと同じですよね。歴史というのは必ずつながってるから、だめになるんだけど、それが進化して新しく形を変えていくから、だから歴史は学ばなきゃいけないんだ。という話をしますね。

山口:はいはい。現象だけ見てるとわからないけれど、生まれたきっかけというのがあるわけで、実はそことつながってる。またそれが先に活かせますよね。


■結論だけ教えてしまうと気持ちは変わらない

山口: このレポートに出てくる授業のカラスの子を歌った「七つの子」の話とか、ああいうのは「なぜなんだろう」と考えさせる、考えようということが指導要領に入ってるんですか。

城ヶ崎:ないです。あれは3年生の音楽の授業で、「七つの子」を歌うんです。歌を教わる時内容まで習ってないんです。習ってないんだけど、私が「子どもの数と年齢、どっちだろうね?」って訊くと子どもはきっと両方に分かれるだろうなーと。あれはやっぱり「七つ」イコール「可愛い」っていうことを言ってるから、それがわかるともっと「七つ」のところのフレーズを可愛く歌えるだろうと。そう思って出したかったんです。

山口:ああ、なるほどなるほど。歌い方が変わってくると。気持ちが。

城ヶ崎:子どもは黙っていると「なーなーつーの(平板に)」って言いますから、セブンとして。じゃないよ、っていうことを言いたかったんです。
 そこを「可愛く」って説明してもいいんですけど、実はこれは「可愛い」っていう意味だよ、と言っても「なんで『七つ』が可愛いの?」しか思わないですから。実はその七つというのは、七歳の子どもに譬えたとき出てくる気持ちなんだよ、と話し合いを通じてやっていくと、「あ、そういうことか」。

山口:言葉というのはそこにそれぞれ意味が込められていて、それを立ち止まって考えさせるということの大切さをすごく感じることができました。表面だけなぞってすっ、と言ってしまいそうなところを一つ一つそうして考えさせて。

城ヶ崎:野口雨情さんの「しゃぼん玉」にしても、楽しそうな歌ですけど実際は悲しい歌なんだよ、っていうと、「しゃぼん玉とんだ(やさしく)」というのが「もっと飛んでくれ(願い)」という気持ちになるでしょ。「飛べ飛べー」じゃなくて。

山口:(笑)そういうことですね。あれは音楽の授業。

城ヶ崎:音楽の授業です。ただ音楽にしゃぼん玉は出てこないです。作詞が野口雨情だったんで、これはついでだ、と思って野口雨情さんはみんなが知ってる曲を作ってて、しかも2つの歌が境遇的には何となく似てる。子どもを失くしたとか、自分が七つのときに親と別れたとか。そういう時に作った歌なんだよ。でもこれを悲しい歌だからと悲しく歌っちゃだめなんだ。という風に説明しましたけど。



(11)(最終回)持ち物:子どもの二極化時代に先生は に続く


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか

■「話の短い先生なら、聴いてもいいな」
■下を伸ばす先生との違いは
■「できる感」と優越感を持たせる
■できる人のノウハウを活かす




■「話の短い先生なら、聴いてもいいな」

間瀬:
今の話で、連想したことがありました。とにかく上司である僕が部下を褒めて「綺麗になった」って言っても、それなりには効果があるんです。でもね、「お客さんが来て褒めていった」というのが一番いいんです。清掃活動とか5S活動をやると。「お客さんが褒めていった」と言うと、部下にごまをすることには全然ならないわけです。
 もう1つは、ものすごく汚いところがあるんです。それでもお客さんが来ると工場を見せなきゃならないわけね。でも1か所だけピカピカにさせたんですよ。他のところはくしゃくしゃですが。でわざわざそのピカピカのところに連れて行って見せるんです。「本当はこれぐらいにしたいんですけどね、今度お客さんに来ていただく時にはこれが広がってますから」って説明するんです。工場長がピシッと説明したら、汚い工場が見せれるんです。それで僕は工場を見せる時に、工場の技術は全然説明しなかったんです。工場で頑張らせていることを説明したんです。だけど頑張らせてても上手くいってなくても、1か所でいいからピシッとする。そして工場の中では「お客さんが褒めていった」という話をするわけです。これは僕もごまをするわけでも何でもないですからね。そうすると、みんなが元気が出てきて広がっていきます。
 …でもやっぱり気持ちがね、動かなかったら動き出さないんです。行動が出てこないんです。だから今日、先生のお話を聴きながら凄いなあと思って。
 しかも、私は大人に関わってましたから。子どもは少ない言葉で説明せなあかんわけでしょ。まあ長く説明したって理由を説明したっていけませんからね。それを、一言で結果をわからせてるんですよ。

城ヶ崎:話をするときは、「今から15秒間しゃべるから、ね」とか「ちょっと長いから、1分ね」とか言ってからしゃべるようにしますね。大体それを超さないように。すると、子どもはほっとするんです。

山口:確かに「いつまで続くんだろう」というのが一番ストレスですもんね。

城ヶ崎:しかも時間を余すと「最後まで聴かなくて良かった(笑)」。何を言いたいかというと、「あ、この先生の話は短いというか、聴いてもいいな」と思ってくれる。

山口:なるほどなるほど。そうですね。聴く姿勢が変わってきますもんね。全てがそういうふうにきちんと考えられて、それは経験則の中から確立されていったのだろうと思うんですけど、1つ1つの中に意味があってやっておられるんだなあと。

城ヶ崎:じゃないとやっぱり子どもは動かないですね。もっというと、子どもがその気になってくれる。

山口:どうしたら子どもがその気になってくれるか、もうその1点でいつも考えておられるんですか。突き詰めて、突き詰めて。

城ヶ崎:そうですね。そんな立派なものじゃないです(笑)


■下を伸ばす先生との違いは

山口:
大前さんいかがですか。ご自身で実践できることと、ビジネスと教育ではやはりちょっと違うな、ということとあると思いますが。

大前:今日はまったく視点が違うというか、今までやってきたことをもう少し考え直さないといけないなーと。例えば先生が先程言われた、クラスの○の子と×の子と中間の子と、○の子を伸ばすことを考えるというお話。私も同じ様に、2:8の原理といって上の2、下の8。組織を伸ばす時って、上の子は勝手に伸びていく。じゃあ下の子をどう持ち上げていくか、という視点で考えてて、どっちかというと上をほっておく。下を何とかしよう、じゃあ組織はきっと良くなるだろう。先生は全く逆というか、「上を伸ばそう」という考え方。ここが全く違って、僕が20年ぐらいやってきたことはどうしよう(笑)
 高校時代にすごく親しい先生と「学校を良くしたい!」と考えたときに、その先生も「下を伸ばしたほうがいい」。その中に僕も入ってたと思うんですけど、「お前ら、ついてこいよ!」(笑)みたいなことだったんです。できない子どもたちがその先生を慕ってて。僕も大好きな先生だったんですけど、なんかそれがずっとあって、その僕がいた学校は、まだ新設校だったんですけどあんまりレベルが高くなかったんです。僕らが卒業した後には市内でも上の方、3−4位ぐらいにはなったんです。だから学校にその先生がいて、ああいう風にしたから良くなった、だから会社でもそうなんだ、と思ってたところがあります。違うんだーと思うとね、どうしよう(笑)

城ヶ崎:国語の時間に新しいところ(単元)に入ると、漢字が出てきますよね。中にはひらがなしか書けない子もいるんです。漢字なんか読めないですよ。「じゃあ今日は新しいところだからね、先生が読むから聞いててね」っていうと、子どもが何人かがスタスタスタと席を離れて、違う子のところへ行って、ほかの人のノートに書いてるんです。読めない子のノートにルビを振ってるんです。できる子が。その子はもう自分で読んだりしてますから。自分はわかるから、人のところに行ってルビ振って、そういうのが2−3人いるんです。できない子がいますから。お〜、やってるなあと思いながら。私はそれを見て見ぬふりしながら、「はい!じゃあここを1回読んだから○○君もう1回読んでね」というと、その子たちが何するかというと、その読む子の隣に行って、その子がつっかえると言ってあげてるんです。

(一同「へえ〜」)

■できる感と優越感を持たせる

大前:
できる子が、どうやったらできない子を教えるか。一般的に企業にはそこがないんです。できる子ができない子を教えるっていう環境がない。できる子は自分で上へ上へ行こうとするか、何かわからないけど結構ほったらかしなので、会社におりたくないんじゃないかと。われわれの会社は恥ずかしい話、できる子ができない子を教える環境はあまりない気がしてるんですよ。上が「お前リーダーやろ、教えなあかん」って言えば、嫌々教える。でも邪魔くさいと。どっちかというと「オレはオレで行く」というのが、どこの企業でも多いような気がして。どうやったらできる奴ができない奴を教えるんだろう。今、うちの社では特に部署間の垣根を越えた教え合いとか情報共有が課題だと思っているので、そこを提案しているんです。
 私の5人の部署では私が以前から承認コーチングをしていますから社内では比較的、教え合いとか助け合いの気風はあると思いますけど。

城ヶ崎:1つは、「できるね」ってその子に「できる感」を持たせる。その子に自信を持たせて「あ、私ってすごいんだ」と思わすことができれば、その子に「誰々君のこと手伝ってあげてくんないかなあ」と頼むと、「ああ、いいですよ」と休み時間なんかにルビ振ってあげる。

大前:優越感ですか。

城ヶ崎:はい。優越感がないと人に教えられない。あと、自信がないと人に教えられない。

間瀬:教えるときに、「わからんけど」って教えないもんね。

大前:確かに。


■できる人のノウハウを活かす

城ヶ崎:
あとは、そういう(教える)環境ができたら、ほっときますね。みんなに紹介しない。紹介すると、その子がいい子ぶっている感じがするから。自然にしてる。

間瀬:私はね、グループ活動をもっとやったらいいと思う。グループの中でもっと議論をやったり上手くやるやり方を教え合うような環境をつくる。それが仕事の和だね。仕事は命令して、そのグループがやらなならんことが決まってるわけだから。

城ヶ崎:ちょっと違うかもしれませんけど、大前さんが上司と部下の関係だったら、酒が入っても入らなくてもいいからできる子たちだけと大前さんと集まって、仕事の話をしたらどうでしょう。多分部下、同僚の悪口とかね、「あいつダメなんだ」というのが出てくると思うんですよ。できる人からみれば。その時に大前さんが
「ああそうやなあ、オレも困ってんだよ。お前だったらどうする?」
「大前さん私だったらこうしますよ」
「あ、それいいね」「じゃ、それやってみてくんない」
 できる人たちはなんかノウハウ持ってるはずなんですよ。そのノウハウ凄いんだよって。それを活かしなよ、もったいないよ、って誰かが背中を押してくれれば、「あ、やってもいいのかな」って思うんじゃないかなって。今、話をきいてて思ったんですけど。
 優越感とか、あなたは凄いんだよということを気づかせてあげれば違うんかなー、と。すみません偉そうなことを言って。

大前:いいえ。


(10)授業:つまみ食いでない知識を に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」

■返事するのと手を挙げるのとどっちが先?
■決められない子は後ろへ
■「承認して優越感を持たせるって大事ですね」(城ヶ崎)





■返事するのと手を挙げるのとどっちが先?

山口:
正田さんのレポートの中でも印象的だったのが、校門に立っている地域の人に「おはようございます」と挨拶をする時に、やっぱりちゃんと立ち止まってから挨拶しなさい、ということを言われましたね。そういうことも含めて、きちっと1つ1つのことを丁寧にやるというか。

城ヶ崎:そうです、丁寧にとか頭を下げてとか、こちらは思ってるんですけど、それを言うと子どもは「押し付けられた」とか、やらされてる感があるんで、それを感じさせないように、なおかつそうやってさせるにはどういう言葉がけがいいかなあと思ったときに「止まって挨拶しなさい」。止まると、ちゃんとこう(頭を下げる)せざるを得ないんですよ。相手を見なきゃしょうがないですよ。それができるようになったら、「止まる」という価値づけを子どもにさせる。「止まるとさあ、ちゃんと緑のおばさんの方を見られるでしょ。頭を下げられるでしょ。緑のおばさんが手を振ってくれるのもわかるでしょ。それはみんながちゃんと止まって挨拶するからできるんだよ」

山口:はいはい。まず行動というか、身体から憶えさせて、価値づけは後回しなんですね。

城ヶ崎:そうです。理屈で言ってもわからないですからね。「何とかだから、しろ」って言ってもわからないけど、「何とかしたら、こうなったでしょ」と言うと、「あ、そういうことね」とわかるんですよ。

山口:その方が腑に落ちますもんね。大人は、説明して納得してもらった方がいいですけど。

城ヶ崎:例えば返事して起立するのも、手を挙げるのも、どっちから先にする?と訊くと、あんまり意識したことがないんで「両方」とか言うから、「違うよ、返事が先だよ」と。何故か。聞いてる人は誰がどこにいるか知りたいんだ。またいるかどうかを知りたいから、まずそこを確認させなさい。だから、返事が先なんだ。という話をします。子ども達も自分がもし逆の立場になったら、ぱっと誰々さんが手を挙げたときにわからないだろ、と。でも返事したら「あ、いる」ってわかるだろ、と。


■決められない子は後ろへ

山口:
今ので思い出しましたけれども色々と子ども達に考えさせる中で、「まず結論を出してしまえ。理由は後から考えればいいんだ」というのが印象的だったんですけれども、それも何か今のお話に通じるような。まず事を起こしてから、後から。

城ヶ崎:ケースバイケースですけどね。決めてしまったら理由を考えなきゃいけない。意見を変えるのは構わないから、とにかく決めてしまえと。で決めてしまった後は、「なんで?」と訊くんですよね。嫌だなあと思うでしょうけど(笑)で、そのときに決められない子は後ろに行け、と言ったりもするんです。怒ってるんじゃないよ、理由を考えて人の意見をもらったら、アバウトでいいと。△(さんかく)を認めるっていうことですよね。

山口:あー、さんかく…。

城ヶ崎:最初は○か×か決めなさいって言うんですけど、△を認めておいて、そこから○か×かを決めなさいと。

山口:一旦逃げ道というか、安心な場所を用意しておいて、そこからもう一度戻っておいでと。

城ヶ崎:そう。クラスですから、△の子がどっちかへ来てくれると、○か×の子が「やったー」と。「あ、僕たちの意見が通ったんだと。こっちは「負けたんだ」と。そのときは「負けて残念でしたね」「向こう行っちゃいましたね」とか(笑)

山口:ゲーム感覚のディベートというか。

城ヶ崎:で、じゃあもうちょっと作戦練ろうかと「なんかしますか?」「はい」と、そこで話し合いが始まる。そのときも、私は傍観者がいてもいいと思ってるんです。話し合いで例えば4人がいて、4人が全員しゃべってたらダメですよね。きいてくれてる人がいると私しゃべれるんで、「それでいい。その代りいい聞き手になれ」。しゃべり手がすごく気持ちがいいような聞き手になれ。意見を言えない人の役割はそれだよ。

山口:はいはい。…間瀬さんも気になられたことがあれば。

間瀬:…あのね、自分がやってきて上手くいったことを色々と考えてるんだけど、でも…、聞きながら素晴らしいなと思ってるんです。

城ヶ崎:大したことないですよ(笑)

間瀬:気配りが素晴らしいです。自分がこれが正しいと思って、大体偉い人は喋っちゃうんですよね。
 僕のことしゃべったらいかんけども、僕が35歳になった時から転勤になった先がね、今までやったことがない仕事ばっかりの先へ行って。グループの大きさは色々ですけどね。知らないところばっかりに行かされる。行った先というのは、そこで成功した人が栄転するんですよね。栄転した穴あきに放り込まれるのが僕だったんです。そうすると、人も知らないわ、技術も知らないわ。そこで行ったら聴くしかないんです。でもその組織の目的はわかりますからね。聴きながらやっぱり、「このグループこうしたいなあ」という枠を設けるんです。その枠について、「ここへ行きたい」とは言わないんです。人には言わないんですけど、「できたらこれぐらいにしたいなあ」「それがだめでもこれぐらいにはしたいなあ」この幅は必ず持っとった方がいいんです。そして人の意見を、知らないから聴くんです。話を聴いていてそこ(の枠)の中に入ったなと思ったら、「いいじゃないの、また後で聞かして」と、いくんです。それが逆に言うと僕にとってもものすごく安心なんですよね。ここ(枠)1点で考えてると、まだ足らん、まだ足らん、と思うんです。ここ(枠の下限)まで行きゃあ、まぁ上の人からオレが怒られることねえなあと。ここ(枠の上限)まで行ったら褒められるけどね。この幅を、なるべく広く持つんです。それが、知らんところで長をやらされた私の生き方なんです。

山口:ふうん…、それはいかがですか。


■「承認して優越感を持たせるって大事ですね」(城ヶ崎)

城ヶ崎:
ちょっと話が違うかもしれませんけれど、今週の金曜日に、「あ、承認って大事だな」と思ったんです。承認してなおかつ、「あ、僕のほうがまだいいなー」という優越感を与えられれば、人は納得するなあと思ったことがあったんです。そんな大したことじゃないですよ。授業中に子どもが、「先生、血が出た」って来たんですね。見たらね、見えないんです、血が。
「あー、痛くて血も出たくないって言ってるぐらい痛そうだねえ(笑)」と。
「痛いの」
「何したの」
「こういうことしたの」
 でも、授業中ですよ。
「ああそうか、でも痛いよなー」
「痛いの、先生」
「保健室今から行くか?」
「んー」
 一応話して納得したように見えたので、私の手のここがひび割れしてたので、
「ほら見て。先生ひび割れして血が出てる。先生の勝ちだな(笑)どうする?」
「先生、痛そう」
「痛いんだよー、保健室行こうかなどうしようかな。保健室行ったほうがいいと思う?」
って訊いたら、
「うーん先生行ったほうがいいかもしんない」
「君どうする?」
「僕?僕は行かない(笑)まあいいや。授業中だから後で行くよ(笑)」
…ということがありました。
 その時に、今日ここに来るのがわかってましたから、絶対これは話せるなと。「承認と優越感」だなと(笑)
 言葉は悪いけど、「僕のほうがまだいいや」と思えば、人って諦めるというか、納得するというか。

山口:それは承認の中の「共感」を使って、その上で比較で「自分のほうがまだまし」という視点を持たせてあげたわけですね。なるほど。


(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか に続く


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は





(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?

■火中の栗を拾いたい人なんていない
■リレーとカルタは絶対使える
■この子を変えるとみんなが変わる
■できる子を大事にする
■3か月で結果を出す
■まず行動から変える




■火中の栗を拾いたい人なんてない

山口:
そうなんですか(笑) その4年間の不登校を担当された中で、そういう手法を学ばれたわけですか。先生ご自身の変化があって。

城ヶ崎:はい。そのあと崩壊したクラスを2クラス持ちましたから。

山口:荒れたクラスですね。城ヶ崎先生にとってはそれはショックな出来事だったんですか。

城ヶ崎:…オフレコにしたいぐらいなんですけど(笑)いや〜、火中の栗を拾う人はいないですよ。

山口:そういうものですか。それは、そういう荒れたクラスがあるということで。

城ヶ崎:1回目の時は、話が長くなって申し訳ないんですけど、4年間その不登校の担当を終わって学校を替わったんですよ。替わったら算数の少人数の担当になったんです。クラスが無かったんです。

山口:そこの学級崩壊のクラスを持ったことで先ほどの竹馬のようなことがスタートするわけですか。

城ヶ崎:そうですね。


■リレーとカルタは絶対使える

山口:
じゃあ、どういうことからこの荒れたクラスを変えていけるのか、というのは。

城ヶ崎:リレーとカルタは前からやってたので、これは絶対使えると。リレーは好きなことだから頑張る。トラブルも前向きなトラブルだから頑張る。カルタは、ことわざにしろ、子どもは知的になっていくんですね。親とか兄弟が「あんた何で知ってるの」「すごいね」とか、クイズ番組とかでそういうのがあるじゃないですか。何かっていうと子どもがぽつっと言って親が「あんたすごいね」。それでいい気持になるんですよ。やってることはことわざだったり四字熟語だったりするから、もう絶対善のものですから、親にとってみれば「あ、勉強もできる」とかね。そういうところから、子どもが「できる」とか「変わった」とかいう実感を持ったんでしょうね。

山口:そうですか。そのとき先ほどの竹馬のお話じゃないですけれど、一番できない子に焦点を当てられたじゃないですか。やっぱりそういう荒れた学級でも「誰かに」というのは、意識するんですか。


■この子を変えるとみんなが変わる

城ヶ崎:
しますね。先ほど大前さんが「へえ〜」と言われたような、この子には触らぬ神じゃないけど、関わらないぞと。この子は関わるぞと。この子は強く言ってもいいな、あるいは言わないでおこう。まあ、1人1人というほど私は子ども全部に気配りできるほうじゃないんで、主だったところだけ見て。
 選挙と似てると思うんですよ。支持政党と絶対入れたくない政党とあるわけですよ(笑)それから浮動票ってあるじゃないですか。浮動票の行き方で政権が変わるわけですよね。浮動票の子はどちらにでもなるわけですよ。
 この支持政党の○と×の子たち、荒れのもとを作っている子と、作っているわけではないけれどこの子を変えるとみんなが変わるかな、っていう子たち。後の方をみるんです。ここは、いい方になびいてくれると、あとの浮動票はいい方に行っちゃうんです。わるい方になびくとクラスが全部わるくなっちゃうんです。だからクラスが荒れちゃうんです。

山口:あー、なるほど。すると荒れた学級というのは必ずこの×の子がいて、ここに浮動票がなびいてるわけですか。

城ヶ崎:はい。いじめはそうですよね。いじめてる子、はやしたてる子、傍観してる子。

山口:そうするとその×の子をどうするか。

城ヶ崎:しないです。

山口:あ、しないんですか。


■できる子を大事にする

城ヶ崎:
〇の子たちをどうするか。〇をもっと二重丸にしていく。そうすると、浮動票の子たちが、〇をみていく。

山口:こっちに向けるためにですね。ああ、そういうことですか。なんか、つい×の方をみて、こっちを変えれば、〇にすればって思いがちですけれども。要は浮動票をみないといけないんですね。

城ヶ崎:浮動票っていうとあれですけど(笑)物のたとえで。例えば小泉進次郎をもってくるとかっこいいよねー、じゃあ自民党に入れちゃおうかなー、って(笑)
 クラスで授業をしてるときも、放課後残して教える先生っていい先生ですよね。でもそれってあんまり効果ないんですよ。できない子はできないですから。その子に先生1人でかかったら、その子しか見られないですよ。でもその子だけ残しているわけじゃないですよね。何人か残してるから、できない子1人じゃない。するともう1人のできない子は、遊んじゃうんです。何していいかわからないから。残り勉強さして遊ぶのはそういうことなんです。「お前ら何のために残されてるかわかってるか!」って先生がお説教するんですけど、それはね、無理ですよね。
 で、どうするかというと、「できる子を大事にする」。
「凄いねよくできたねー」
「ここをどうやってやるの?あーなるほどねー」
「凄いねー。じゃあドリル進める?それともヘルプの方に行ってくれる?」
ってきくと、大体の子は、褒められたからもあるかもしれないけどこの先生何を望んでるのかなーと考えますから、
「ヘルプ行く」
「あーそう、じゃあヘルプほしい人!」
というと、「はーい」って手が挙がって、「じゃああそこ行って」と。
 そうやってできた子に全部、「君どうする?」って訊くと、もうヘルプ行くしかないですよね。で、「君ミニ先生ね」「ミニ先生ね」ってやると、私が行かなくても、さっき×ってしましたけど下の子たちの面倒は見てもらえる。
 いい子を大事にすると、そのいい子が自分のいいところをほかに還元しようとする。家庭でいうと、お兄ちゃんを大事にすると、弟を可愛がってくれる。それを、弟が年下だからって弟を大事にすると、お兄ちゃんがひがんで、弟を親のいないところでけったりする。何でもお兄ちゃんを優先すると、お兄ちゃんいい気持だから、「じゃ今度弟の面倒をみてくれる?」っていうと「わかったよ」って。家庭でいうと。
 そういうのを学級通信に書くんです。学校ではこういうことをしてます、だからあえて私は早くできた子、○の子たち、いい子たちを褒めますと。それはこういう理由です、と。これを家庭で譬えると、こうですよね。と。


■3か月で変えなきゃ駄目
 
山口:
そうやって結構短期間の間に変わっていくものなんですか。

城ヶ崎:一学期間で変わりました。残されたのはその当時3学期しかなかったんで、あとでじゃあメール送りますけど、親も「もう一度持ってほしい」とか、こっちはもう当然、「もういいです。私の仕事おしまい」(笑)好き好んで持ったクラスじゃないから、もういいよ。一学期だけ頑張ればいいと思ってますから、ところが何とそのクラスを6年も担任しましたけどね。悪い噂を言っていた親もいたんですが、謝りに来ましたね、「私が実は言いました」って。

山口:ああ、そこまで。まあでも親も見事ですね。そうやって謝りに来るなら。

城ヶ崎:そうですね。「1年かけて云々」というのはドラマの世界で、やっぱり3か月―もっというと1か月くらいで何とかしなきゃダメですよね。

山口:あ、そのぐらいのスピード感ですか。城ヶ崎先生の中ではそのぐらいの時間でやろうと。

城ヶ崎:じゃなかったらあと11か月、苦痛ですよね(笑)何とかして変えたい。


■まず行動から変える
 
城ヶ崎:
話が飛びますけど、椅子を入れるのも1か月かかるんですよ。椅子をしまって起立するとか椅子をしまってどこかへ出かけるとか。荒れてるクラスの子たちがおもしろいのは、もう机がぐちゃぐちゃですよ、最初。椅子も出しっぱなし、ごみも落ちっぱなし。で、まず椅子を入れようって言うんです。椅子を入れるなんて幼稚園生でもできることだから、「椅子を入れようよ」と。すると、そういうのは心も真っ直ぐになるんですよね。今まで雑に入れてたのが、ちゃんと入れると、そのときはわからないですけど、例えば委員会とかクラブとかがあって、他のクラスの子がそのクラスに来るんですよ。で帰ってくるんです、放課後。クラブとかは6時間目にあるんで、帰ってきたら「何この椅子出しっぱなし」。お前たちだってこの間までそうだったじゃん、と思うんですけど、
「まったく何でちゃんと入れないのかしら」
「ほー、他のクラスに行ったら気になるか?」
「気になる」
「他のクラスが来たら気になるか?」
「気になる。だって椅子をちゃんと入れてちゃんと真っ直ぐにしたのに、それがぐちゃぐちゃで椅子は出しっぱなしって、ちゃんとやってよ」
 私からすると、もう笑ってしまいますよね。「お前たちだってこの間までそうだったじゃん、先生にずっと言われてただろう」と内心。
 で、変わるんですよ。
「でもさあ、ちょっと前まで君たちもそうだったでしょ」
「そうだった」
「ちゃんとやると、ちゃんとしたことが素晴らしいっていうことがわかるだろ」

山口:へーえ…一番最初にやることっていうのが、椅子から始まるんですね。

城ヶ崎:椅子から始まるんです。

山口:まあ、誰でもできますもんね、そこから気づいて。なるほど…。

城ヶ崎:あと、「物を投げるな」って言うんです。投げるんですよ。プリントでも、前の人が後ろの人に「はーい」とか言って。そうすると当たったりしますから、「両手で置け」と。何でもそう、「ごみも両手で置け」と。ごみもこうやって投げますからね。投げて外れると床に落ちるでしょ。



(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい

■本当にその子をみている褒め言葉とは
■あの子に認めてもらった





■本当にその子をみている褒め言葉とは


城ヶ崎:私が子ども達に言うのは、人ってね、自分が好きなこと得意なこと嬉しいことをしゃべりたいんだと。だからそれを聴いて(訊いて)あげるんだよ。嫌なこともそうなんだけど、朝のスピーチはいい事しか言わないんで、「だれと行ったんですか」なんて、そんなの訊いたって家の人に決まってるんだから詰まらないでしょ。
「英国屋に先生行ったんだー」
「先生何食べたんですか」
「いや、シフォンケーキ勧められてさ」
「なんでシフォンケーキだったんですか」
「いやそこの店員さんがね」
ってこう(前のめりに)なってくるわけですよね(笑)そういうこと訊いてあげようよと。
 あ、すみません大前さんの時間だったのに話をとってしまって。

山口:「褒め褒めタイム」の話ですが、これは通常はどういう時間にやってらっしゃるんですか。

城ヶ崎:帰りの会でやります。毎日。
 日直の子2人に、各班から1人ずつ、9班あって日直が2人ですから、結局18人がコメントすることになります。最初男の子の日直に対して1班から9班まで各班1人ずつが言っていく。それが終わったら女の子の日直に。

山口:その褒め言葉ですが、変化をみてるじゃないですか。「前よりこうなったね」っていう。あそこが凄いなと。本当にその子のことを見てるんだなって。日直の子の前の様子が分かっているからこそそれが言えるわけじゃないですか。そういう習慣、すべての子ども達をお互いが「みる」という習慣ができているんだな、ということをこれを見て思いました。

城ヶ崎:そうですね。いや、そこのところは簡単ですよ。「なんで?」って訊けば。「いや前はこうだったから」「あ、前はこうだったんだ」それを積み重ねていくと、私の「なんで」が要らなくなって、子どもがそこは全部言ってくれる。

山口:ああ、やっぱり習慣づけられるわけですね。


■あの子に認めてもらった

城ヶ崎:ただ、やっぱり言われて嬉しいのは、自分が伸びたところを言われて嬉しい。「褒め褒めタイム」で言ってもらった日直の子の感想があるんですけど、その感想の中で
「一番嬉しかったのは誰々君が何とかって言ってくれたことです。それはなぜかというと」
という形で言うようにさせてます。もちろん定型は教えるんですけど、それをきくと聞いている方も「ああそうか、伸びを言うと人は喜んでくれるんだ」ということに気がついていく。
 さらに、上手い子に言われると嬉しいんですね。足の遅い子が早い子に「早くなった」と褒められると嬉しいとかね。

山口:うん、そうですよね。「あの子に認めてもらった」とね。

城ヶ崎:「誰々ちゃんの方が上手いのに」とか「誰々ちゃんの方が早いのに、それでも言ってくれたから嬉しかった」とか。「あ、僕もそこの域に達したんだ」ということじゃないですか。

山口:こういうクラスであればいじめとかは生まれないだろうなと思うんですが。お互いがお互いのことを関心をもってみていて。

城ヶ崎:いじめはわからないですけど喧嘩はしょっちゅうですね。トラブルはね(笑)また君たちか、と。


(7)崩壊クラス:建て直しはどこから? に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」

■「どうしたら」ではなく「何をしなかったら」
■答えられる問いをしよう
■自分が不登校になって「これが不登校か」





■「どうしたら」ではなく「何をしなかったら」


山口:荒れたクラスを持たれたというのはいつごろのことなんですか。

城ヶ崎:40(歳)前でしたね。それまでは不登校専門で4年間ぐらいやっていました。不登校をやる前は感覚的に自分はうまくクラス作りをできると思っていましたから。いいクラスは作れると思っていたんですね。生意気ですけど。でも不登校の子たちと接したら、いや〜こちらの思いが思う通りにいかないんですよ。逆にもう、腫物に触るように、「これ言ったら学校来なくなるんじゃないかなー」と思うと、毎日がおっかなびっくりなんです、接するのが。そういう不登校の勉強をしたわけでもなかったので、試行錯誤しながらやっていった時に、「これは今までの自分のやり方を1回否定しなきゃだめだな」と思いましたね。

山口:そうでしたか。否定するってことは、今までどうやって来たかということを逆に考えないと、否定もできないですよね。

城ヶ崎:そうですよね。いや、今までのことも全部なくして、「とにかく今この子たちは何をしてほしいんだろう」「何をされてほしくないんだろう」ということを考えたんです。

山口:それは、何て言うんですか子どもたちの目線に視点をがらっと変えた、ということですか。

城ヶ崎:そうですね。

山口:それまでは、こうすれば子どもたちはついてくるだろうと。

城ヶ崎:そうですね、ついてきましたから。

山口:実際にそれまでそれでやってこられたわけですね。

城ヶ崎:「どうしたら」というのは実際には、「何をしなかったら」、この子たちは私との関係をつくれると思ってくれるかなと。

山口:何をしなかったら。

城ヶ崎:例えば、極端なことを言ったら、「じゃあ学校に行こうよ」とか「給食はさあ」とか、学校の話題をしなければ、私との関係がうまくいく、とかね。そういう、私との関係がうまくいくために、私が何をしなければいいのか、と。とかく何をしてあげれば、と思うんですけどそうじゃなかった。それをやるとやっぱりこっちが引っ張っていくとか、相手の気持ちを無視してしまうことになるので。


■答えられる問いをしよう

山口:そこの気づきが、がらっと変わった瞬間というのは。「何をしなければ」というのはすごく難しいような気がするんですけど、実際そういうことを突き詰めて考えられたわけですよね。具体的には何をしなかったんですか。

城ヶ崎:そのとき思ったのは、「あ、子どもに訊けばいい」と思ったんです。当然家庭訪問して家に上げてもらえれば、勉強部屋まで通してもらえますから、見ますよね。「ああ、ドラえもんが好きなんだ」とか「ドラえもんの中のだれが一番好き?」とか。そうやって子どもが持っているもので会話にしていくと、その場がつくれる。そして、「あ、この子は今こういうことに興味を持ってるんだな」「じゃあこれから話をしよう」と。そういうことをやっているうちに関係づくりができれば私の言うこともきいてくれるだろうと。
 ただ不登校の場合には、だんだん学校に近づけていくと子どもは学校に来れるようになるんです。だからまず家を出る。家の下の公園で一緒に時を過ごす。お散歩をする。学校の前を通過してどっかへ行くとか、学校へ行く距離を伸ばしていくとうまくいくのは、それは分かったんで、自分で。
 そのために、外へ行くためにどうするか。例えば野球のバットなんかあると、
「ああ野球好きなんだ。右打ちなの左打ちなの?」
って言うと、
「右打ち」
「じゃあ振って見せてよ」
「え、ここは部屋だから」
「じゃ、外で振ってやってみようか」
っていうと、外へ行きますよね。

山口:なるほど、そうやって少しずつ学校に近づくように。

城ヶ崎:こっちの要求はしない。

山口:そこにやっぱり問いかけの方法はあるわけですか。

城ヶ崎:そのときは感じなかったですけど、今思うとありましたね。先程も言いましたように、「何だったら答えられるか」。

山口:なるほど、答えやすい質問を考えて問いかける。これで本人の気持ちを引き出していく。

城ヶ崎:そうですね。だんだん関係づくりができてきて、学校へ行く道が距離が長くなってきたときには、「学校に行くようになったら、何の時間に行ってみたい?」とか、「じゃその時間に学校の中に入れなくてもいいから、その時間に学校に行ってみようか」とか、こちらの要求ができるようになっていく。

山口:それを最初からやってしまうと、また閉じてしまうと。

城ヶ崎:そうです。もちろん、「学校に」という言葉を出せるまでには、絶対に大丈夫という確信を持てないと言えないですけどね。

山口:折角ここまで来たものがまたゼロになる、逆戻りしてしまうということですもんね。


■自分が不登校になって「これが不登校か」

城ヶ崎:それを4年。実はもう、4月5月は私の方が不登校で。わがままでね、不登校の子っていうのは。…不登校になるからわがままなんですよ。

山口:あ、そういう順番なんですか。

城ヶ崎:だらしのない子は、不登校にならないです。

山口:へえー。どういうことですか。

城ヶ崎:頑張る子どもが、もう頑張り切れなくて水がこぼれちゃって不登校になる。
 だらしがないとか、勉強ができないとか、そういう子は不登校にならないです。

山口:結構じゃあ真面目な子だったりするわけですね。

城ヶ崎:はい。いい子が不登校になる。
 逆にコンビニでこうやってるのは、共稼ぎが多いですね。うち帰ってもだれもいない。人って居心地のいいところに自分の逃げ場を求めるんですよね。不登校の子は、親のそばがいい、家庭がいい。で見てると、専業主婦は不登校が多い。共稼ぎはコンビニの前でたむろしてます。親がいないからね。居心地のいいのはみんなが集まってるコンビニのところだから同じ傷をなめあうじゃないけど、「オレも淋しいよなあ、お前も淋しいよなあ」っていうのが集まる。
 それを親は、せっかくうちで不登校やってくれてるのに、そこをまた引き出そうとするから、親の前が居心地がわるくなるから、子ども部屋に引きこもっちゃうんですよね。

山口:ああ、どんどん追い込んじゃう。

城ヶ崎:そう。そういう子たちなので、今まで我慢したのを出せないと治らないですよね。治らないというか、復帰できないですよね。で、わがままになると。わがままをさせるということですよね。当然こっちはわがままをきかなきゃいけないけど、今まではそんなわがままな子と対応したことがないので、教師の言うことはちゃんときく子ですから、それが言うことは聞かないわ、わがままは言うわ。もういらいらするんですよ。我慢しなきゃいけないでしょ、こっちがストレス溜まるんですよ。朝電車を降りて「ああまたあいつらと会うのか」と思っちゃって。

山口:へえ〜。そんな時期があったんですか。2か月?

城ヶ崎:2か月でしたねえ。1か月目は頑張るからいいんですよ。5月病じゃないですけど、慣れてきたらひゃあ〜(ため息まじり)と思っちゃって。

山口:そうですか。そこはどう越えられたんですか。

城ヶ崎:それはですね、ふっと「あれ、オレが不登校だ」と。これが不登校か、と思ったんです。



山口:同じ立場に立ったんですね(笑)

城ヶ崎:はい。そういうことかって気がついたんです。頑張らなきゃいけない、行かなきゃいけないと思っていて、頑張れなくなって不登校になる。そう思ったら、わかってきましたね。一番最初のセリフですけど、子どもの気持ちにならなきゃダメなんですね。

山口:ご自身が不登校になって初めて(笑)

城ヶ崎:わかりました。

山口:へえ〜、そんなご経験をされて。
 それからすると、何をそのときは決意していかれたんですか。

城ヶ崎:それからはもう全部、大変言葉は悪いんですけど、スルーしようと。わがままを私がスルーすればいいんだ、と。聞きゃいいんだな。まあ向こうも言いたいんでしょうから、やりたいでしょうから、それは受けとめなきゃいけないんだな。正田さんの言葉で言うと「承認」なんでしょうけど。その当時は「スルーすればいい」と思ってたんですよね。ただ真に受けたらこっちが頭に来ちゃうんです。そしたらすごく楽になりました。私が。
 楽になったら、「相手は試してた」ということがよくわかりましたね。試すというか、「この人は一体どんな人なんだろう」と見きわめていた、というんですか。

山口:そこから、じゃあガラッと意識が変わって。

城ヶ崎:変わりましたね。接するのも楽になりました。不思議なものでこっちが楽になると、だんだん学校に行く距離が近く、学校に行くようになるんですよ。「あ、そういうことか」と。引っ張っちゃいけないんだと。

山口:いかがですか、大前さん。

大前:どうしてもビジネスの世界というか、会社の中に置き換えて考えてしまうんですけど、「えっ」と思ったのが、「何をしなかったら」関係が作れるか、というところ。どうしても会社では、部下のために何かしてあげようとか、部下が何をしてほしいのかなと思って、その立場になって考えよう考えようとして、コミュニケーションをとろうとするんですけど、「何をしなかったら」という視点がまったくないんですね。どうしても私自身に置き換えたら、「部下のために何をしなかったらいいんだろう」というのがなかなか思いつかないんで。

城ヶ崎:仕事ではないんですけど、例えば、髪の毛を切ったとか、眼帯をしたとか、大体「どうしたの?」とききますよね。でもそれって、会う人みんなきくと思うんですよ。そのうち答えるの嫌になるじゃないですか。じゃなくて「今日仕事大丈夫?」ってきいてあげた方が「大丈夫です」「無理するなよ」って言えるわけですよね。それって、相手は眼帯してきたらきっと眼帯してきたことを訊かれるだろうなー、髪の毛切ったら訊かれるだろうなー。みんなはどうしたのって訊くだろうなー。その人が答えて毎回同じこと答えてたら嫌になるだろうなー。
 「今日の業績どうだった?」って訊かれたら、良ければ答えられるでしょうけど悪かったら答えづらいだろうなーとか。だったら「明日はどういうふうにやるの?」と訊かれたら「明日はこういうふうにやります」とか。「なんで?」「いや、今日よかったから」「なんで?」「いや、今日だめだったから。もう頭来ましたよ」「なるほど、明日そうやってやるんだ」と。私だったらそう言葉がけするかなと思いますね。

大前:髪の毛切ったら、「あ、散髪行ったんだ」と、コーチングの本読むとそう書いてある(笑)一生懸命実践しようとしている自分が今、どうしたもんかなと(笑)

山口:そこからもう1つ先の考え方ですね(笑)

城ヶ崎:「その髪型似合ってるね」とか「あ、大前さん真ん中分けなんだ」とか。

山口:それが相手を気にかけてることが伝わる、っていうことですかね。

城ヶ崎:相手がもう答えたくないことって何だろうというと、眼帯だったら「いやあ昨日なんとか病院に行きましたよ」だとか、そういうのはもう答えたくないだろうなーと。でも髪の毛切るって、こだわりのある人はこだわりがあるんで、「大前さんその髪の毛どこで切ったんですか?」「いや実はね、なんとか店へ行ったんだよ」「担当はだれですか?」「いや何とかさんでさ」って、言いたいんじゃないかなって思うんですよね。そういうのを訊いてあげれば、訊くんだったら。
 このレポートの中にもありますが、子ども達に日直がスピーチをするんですけど、「だれの質問が一番嬉しかった?」って訊くと、「何とかさん」「なんで?」「勝ったこと訊いてくれた」とかね。で、「みんなきいたか?」って。「質問はね、相手が答えたいことを訊くんだよ」。

山口:ああなるほど。そこでまた相手の立場に立って考えることを学んだり、習慣づけられるわけですね。



(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
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http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容

■子どもの意欲と登校時間は比例する
■指導で出来た!→先生のカリスマ性
■リレーのトラブルは生産的
■授業より大事なことがあるから




■子どもの意欲と登校時間は比例する


山口:正田さんのレポートをみると、授業でもほかでも色んな考えさせる仕掛けをされてるんですけれども、それも今の子ども目線ということでしょうか。そこの想いも教えていただけますでしょうか。

城ヶ崎:そのレポートに書いてあったので言いますと、朝の運動とリレーがありましたね。私は子どもの意欲と登校時間は比例すると思っているんです。やる気のある子、学校が楽しいと思う子は、学校に早く来る。そう思わない子は遅い、と。早く来れば、楽しいと思えば、多少のことは我慢できるし頑張れる。多少つまんなくても、みんなと一緒にやってれば面白いと感じてくれるから、まずは学校に早く来させる。じゃそのためには何したらいいかと言えば、やっぱり遊ぶことだと。ただ遊ぶだけでは子どもが好きなことでばらばらになってしまうんで、こちらが何かそこで仕掛けなきゃいけない。そのときにはちょっと頑張ればできることを投げかけて、「ぼくもやりたい」「ぼくもできる」「あいつができるんならぼくもできる」「あいつができるのにおれができないのはおかしい」というのを持ってこようと思って、一番最初にやったのは竹馬でした。

山口:あー、そうなんですか。

城ヶ崎:竹馬はちょっと努力すればできるんですよ。でも一輪車はいっぱい努力しないとできないんで、竹馬から入ったんです。縄跳びも努力しないとできない。

山口:そうですか、「竹馬」というところがまずポイントなんですね。

城ヶ崎:はい。誰でもできて、でも練習しないとできないものを選んだ。
 そのとき、ある大人しい女の子で目立たない子がいたんです。声も小さいし。「あ、この子だな」と思ったんです。この子が竹馬をできるようにさせれば、ほかの子たちも「え、あの子が」と思うだろう。と思って、1週間くらい徹底的にその子だけ特訓しました。ただずっとその子のところにいると、「先生ひいきしてる」と思われるから、さりげなく毎日その子のところに。すると、できるようになるんですよ。

山口:はいはい。すると周りのみる目が変わる。


■指導で出来た!→先生のカリスマ性

城ヶ崎:
変わります。その子に対してみる目も変わるけど、「あ、ぼくもできる」とか「ぼくができないと恥ずかしい」とかいう風にも気持ちが変化する。あの子ができるんだから。

山口:うん、そうですね。そういう風に気持ちが動いていくわけですね。

城ヶ崎:そうです。それができるようにするには、「今日は何歩連続でできるようになりましたか?」と、毎日きいたんです。「私は何歩」「私は何歩」っていって、そのうち「あれ、あの子の回数が多い」という風に周りがだんだん気がついて。あとは、私の教え方で「こうやってるんだよ」というと、今度は私のカリスマ性じゃないですけど、「先生の言う通りにすれば、できる」ということを思わせる。

山口:はいはい。それはポイントですよね。やっぱり先生への尊敬の念というか。「先生をしっかり見ておこう」ということですよね。

城ヶ崎:ま、言うことを聞こうということですよね。言うことを聞いたらなんかいいことがある、っていう。

山口:そういうことから、まあ体験の中から気づかせる、ということですね。


■リレーのトラブルは生産的

城ヶ崎:
はい。で、それが終わったらリレーですが子どもはリレーは好きですから。ただそこで、必ずトラブルがあるんです。
 チームが4週間メンバーが変わらないんですけど、6人1グループなんですが、その時間にならないと何人揃うかわからない。校庭を3周することは決まってますから、6人だから半分・半分走ると2×3=6で最終で1チームが全員半周ずつ走るんですけど。で3周走るんだけど、休むとだれかが2回走らなきゃいけないんです。
 なのでまず「だれが来てないの?」から始まって、「じゃあ来てない人の分をだれが、どこを走るの?」ということになるんですね。当然、バトンが上手くいきません。渡らないんです。
 でけんかが起こるんですが、私はそのとき、「あしたも同じ状況だったら今どうするか」を相談して、「もしあしたもこのメンバーで走るんだったら、どうしたら走れるかを考えついたら、教室に帰っておいで」と言って、私は先に教室にたったか、たったか帰ってきちゃうんです。

山口:ふうん…、で考えるわけですね、子どもが。

城ヶ崎:考えます。そんなに難しいことじゃないです。

山口:それは、今日休んだ子に「あしたは来てね」と言ってみたり、ということですか。

城ヶ崎:そうです。「なんか言うことない?」ってきくと「あいつがちゃんと来てくれればこんなことなかった」とか言うから、「じゃあそういう言い方しないで、『あした来てくれれば助かるんだけどなあ』って言えば?」と。

山口:すべてそれは、自分で考えさせる。

城ヶ崎:まあ自分で、というんですかねえ。考える機会を与える。

山口:すると、次の日はちゃんと揃ったり。

城ヶ崎:そうならない場合もありますけどね(笑)バトンがつながらないことが悪い、悪だということじゃなくて、それが人間生活していく上での1つのトラブルだと。そんなことはよくあることだよ、アクシデントだよ。じゃあアクシデントをどう乗り越えるかを考えるほうが大事だね、と。前もって見学だったら見学って言えばいいわけですし、いつも遅いんだったら、「あの子が遅いから」という前提でリレーのオーダー組んでおいたら、その子をそこに入れればいいわけですから。


■授業より大事なことがあるから


山口:それを通じて問題解決力を育てるわけですね。
リレーが今のような形になったのはどういうプロセスですか。初めからそういうふうにやろう、と思ってやった?

城ヶ崎:いや、それはちょっとカギなんですけど、荒れてるクラスを持ったときに、なんか学校に来る楽しみを作らなきゃいけないな、と。子どもにとっての楽しみは何だろうと考えたら、「遊ぶこと」と「給食」かなと(笑)授業とか何とかっていうのはまた別の問題で、遊ぶことの中で子どもが「ああ学校行きたい」「みんなと一緒にいる時間っておもしろいな」って思わせれば、いいかなと。だけどそこにはやっぱり成長がある。それから競う場面がないと、子どもは飽きちゃう。で何かなーと思うと、「リレー」と「かるた」だったんです。ドッジボールは強い弱いが出て、やりたくないっていう子も出てきますから。みんなが外野というか、第三者にならないようにするには、みんなが関わるようなものじゃないとダメですからね。ボール運動って、必ず遊ぶ(参加しない)子が出るんです。サッカーなんかやると典型ですよね。

山口:なるほど、そういう子が出ないように。

城ヶ崎:実際それ(リレー)をやったらそれが楽しみで学校に来る子もいましたから。
 学級崩壊してる子たちっていうのは、何となくトラブルになってるんですよね。居心地がわるいとか。あいつは嫌いだとか。何となくトラブル。
 でもリレーのトラブルっていうのは、必然性のある、改善しなきゃいけないトラブルなんです。「あいつが来ないとできない」というのは、来させるためにはどうしたらいいか、とか、バトンがつながらないのは、順番間違えたからだとか。「じゃなんで間違えたの?」といったら、ちゃんと事前に打ち合わせして順番を確認しなかったからだと。改善しなきゃいけないトラブルと何となくのトラブルは違うんで、同じトラブルをやるんだったら、必然性のある改善性のあるトラブルをしながらそこでお互いを高めていけば。人間関係づくりをしていけば。
 すると、「あ、話し合うことっていいことなんだ」とか、「解決するっていいことなんだ」というのを場を設定できるだろう。
 そういう意味ではこちらのほうが、トラブルがあるのは想定済み。トラブルが起こってくれるほうが逆にありがたい。だから「話し合ったら帰ってきてね」「時間をあげるよ」っていうスタンスでいられる。
 だってね、学校の授業より大事なことって一杯ありますからね。仮にそれで1時間目が食い込んでも、私はそっちの方が大事だと思ってるんです。


(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」 に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?

■1人1人廊下に出て渡す。どうなる?
■個別指導はしない、その理由は




■1人1人廊下に出て渡す。どうなる?


城ヶ崎:私の場合には、自分がこう、子どもなんですよね。子ども視線で考えるんですよ、割と。来週あたりは終了式で通知表を渡すんですけど、大前さん通知表をこれから先生にもらいますと。どんなこと考えます?

大前:ABCがどうなんかなーとか(笑)

城ヶ崎:じゃあこれから通知表を渡すから、一人一人渡すから、廊下に出て。渡すからねって。て、廊下でぼくは説明するんですけど、どう思われます?

大前:たぶん親の顔を思い浮かべながらじゃないかなーと思います。しっかりやってたんだったら、褒められるだろうなと思うし、あーあれまずいなー、また親に怒られるんかなーとか。

城ヶ崎:間瀬さんどうですか。

間瀬:もう忘れちゃった(笑)今、名刺の裏に書いてありますが高槻の合唱連盟の会長をやってるんです。私は大抵部下と一緒に仕事をやってるんですよね。ずーっと一生。部下に頼むときに、うまくできたらこれくらい、まずまずの出来でもこれくらいにしたいと思っているんですよ。それで部下の話を聴きながら、「それ(提案)でいこうや!」といった時に、多分ここへ入るなと思ったら、やってくれるんですよ。ここに入らない間は議論してるんですよ。

城ヶ崎:私の質問が悪かったですね。山口さんには質問しません(笑)
 さっきの言葉は教師として言ったんですけど、子どもの立場だったら、早く通知表を見たいですよね。それが廊下に出て1人1人に渡して「君はこうだからねー」というと、こっちで貰ってない子がいるんです。貰った子もいるんです。
 ここで「オレ何とかだったぜー」とか「オレまだだぜー」とか、当然騒ぎますよね。で、「うるさい」とかなっちゃうんでしょうけど。とにかく、先生は良かれと思って渡すときに励ましの言葉とかなんとかを含めて言うんですけど、子どもは早く見たいんです。目の前にご馳走があるのに、そこにシェフが来て講釈を述べられたらいやじゃないですか。食べたあとに聞かせてよ。と、私が子どもだったら思うんですよね。
だから私は、通知表を渡すときには、もう出席番号順にどんどん渡していくんです。で渡されたら立つんです。で全員が立ったら「見ていいよ」って言うんです。そして、見て満足したら座れる。
 ともだちに見せたいんだったら見せろと。でも見せてというのは言っちゃだめだと。見せてと言われて、嫌だと思っても嫌だと言えない人もいる。嫌だと言いにくい場合もあるから、仮に嫌だと言われたら君も嫌でしょ?と。相手が見ていいよと言ったら見てもいいけど、それ以外は無し、と。


■個別指導はしない、その理由は

城ヶ崎:
で、満足したら座ってねと。一番最初に配った順にみていくと最後の人が損するというか。たまたまの順番だよね、だからそれは一番最初の人はちょっと我慢しろと。ていう風に配っていって、最後「はいどうぞ」って言うと、渡したときにはわーっと騒然となってるんですけど、そのうち子どもは座るんです。静かに。「満足しましたか?」って言ったら「した」と。「じゃあ、この通知表みて何が励みになった?」何が良かったってきいてるんじゃないよ。だめってきいてるんじゃないよ。これを見て何が励みになった?何が幸せになったか。今から一言ずつ言ってもらうから、考えついた人は座れ。でまた立たして、こう座っていって。いつまでも立ってる子がいますから、立ってる子は怒ってるんじゃないよ、後ろみなさい。で今から人の意見をきくから、君がああこれがいいなあと思ったら、考えついたらその意見もらったら自分の席行って立ってなさいと。
 じゃあ個別に指導しないんですか?というと、もう今日の駅伝も同じなんです。今日は子どもは走るだけなんですよ。走る前にあれこれ言ったって、心ここにあらずで聞いてくれないんです。余計な事、雑音。せっかくこっちの緊張を高めようとしてるのに、なんでそこで言うの?という気持ちになる子もいるので、もう当日は言わない。ただ確認だけ、「タスキがこうなったら外そうね」「タスキつけるまでは全力で行かないっていう約束だからね」っていう確認をするだけなんです。
 通知表も、実は渡す何日か前に「今回頑張ったらなあに?なんとか言ったね」と確認してるから、もう当日の個別指導はしないと。それよりはもう、目の前のご馳走を早く食べさせてあげる。食べ飽きたら「良かったね」「次何食べたいの?」というふうに私は思ってるんで。
 そういう意味ではさっき言った「子どもだったらどう考えるか」ということをまず考えますね。



(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容 に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 引き続き、城ヶ崎滋雄先生へのNPO理事・会員によるインタビューをご紹介させていただきます。

 文中で何度か「正田さんのレポート」と言及されているのは、今年2月1日の見学のもようを記したこちらの記事です。
  
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html



登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(2)ぼーっとする時間を作らない

■「レポートに涙が出ました」(山口)「あれは良く書きすぎですよ」(城ヶ崎)
■「よし」「すばらしい」と言われた子、良かったね
■会社にコーチングって必要?
■「大人になって承認されてやる気になることがない」(城ヶ崎)




■「レポートに涙が出ました」(山口)「あれは良く書きすぎですよ」(城ヶ崎)


城ヶ崎:鎌ヶ谷の隣の船橋に住んでる城ヶ崎です。

山口:道一本隔てると鎌ヶ谷ですから。

城ヶ崎:そうですね。名刺に学校名を書いてないんですけど、私いつも「ただの小学校の先生なんだ」としか思ってないので、学校名を入れると人は学校名を通じてものを見てしまうだろうと思うんで、ただの小学校の先生ですよ、ということであえて「千葉県公立学校」という名刺にしているんですけどもね。
 皆さんが今回来ていただいたのは、正田さんが私のクラスに来ていただいたからだと思うんで、確か4時間ぐらい見ていただいたんですよね。まさか朝8時から来ていただけると思わなくて、びっくりしました(笑)

山口:あのレポートは凄く…、あれを読んだだけで涙が出てきました。

城ヶ崎:良く書きすぎですよ、あれは(一同爆笑)まあでも、子どもたちはすごく忙しいと思いますね。

山口:ですね、あのレポートを拝見してると、忙しいだろうなと。

城ヶ崎:いつも思ってるのは、時間があると、人は、たるむ。忙しいほど、充実してる。仕事もね、忙しい人に頼めと言うじゃないですか。

山口:はいはい。見てると、ぼーっとしている時間を作らないという感じですよね。

城ヶ崎:はい。

山口:つねに問いかけをしたり、承認をしたりする中で考えさせる、という。


■「よし」「すばらしい」と言われた子、良かったね

城ヶ崎:
ええ、そこにある朝の健康観察もそうですけど、声が小さいとか、手の上げ方が悪いって言えば簡単ですけど、それに気づいてもらうために「よし」とか「すばらしい」とか評価してあげて、「よし」って言われた子、「すばらしい」って言われた子、良かったね、と。

山口:はいはい。そうすると、次「よし」って言われよう、「すばらしい」って言われよう、という気持ちが働くんですね。

城ヶ崎:そう(子どもは)思うんですよね。
私は時々「骨折」って言うんです、「はい誰々君、手が曲がってるけど骨折ですかー?」って。すると褒め合いのときに「誰々君は最初『骨折』って言われたり声が聞こえなかったけど今はピシッと手が耳のところに当たってます」。ああ、そういうところを見てるのかと。
…というようなところを正田さんに朝から見ていただきました。

大前:じゃあ私も一応自己紹介いたします(笑)大前和正(やすまさ)といいます。よろしくお願いします。もともとコーチングの出会いというのは部下ができたから部下を育成するにはどうしよう、コーチングを学ぼう、ということで。初めは本を読んだりしていたんですがたまたまセミナーで正田さんとお会いさせてもらって、もうそろそろ10年ぐらいたつんじゃないかと思います。正田さんのされてるコーチングの勉強会に参加させてもらって、というようなお付合いです。


■会社にコーチングって必要?

城ヶ崎:
部下のかたがいるわけですね。

大前:そうですね。会社全体としては50名ぐらい社員がいたり、人材派遣の会社なものですからスタッフが1000名ぐらい稼働しています。私自身が1000名全部コーチングするわけにはいかないんですけれども、コーチングというのをもっと活用できれば、スタッフ同士のコミュニケーションがもっと活発になったり、売り場でもうちょっと上手くできたりとか、色んなことができるんじゃないかと、可能性を思って、いまだに正田さんから色々と学ぶ機会をもらっているところです。

城ヶ崎:部下のかたは、一緒に仕事をなさっている方は、コーチングの指導をしに行くわけじゃないんですよね。

大前:ではないです、はい。会社の中でどう使うか。まあ会社全体としては50名ほどいますけど、私の直接の部下というのは5名ほどなので、その中で「承認」をはじめやり取りしているという感じです。

城ヶ崎:こんなこと言ってはあれですけど、会社の中の上司部下っていうのは、コーチングが必要なんですか。…必要なんですかって言ったら変ですけど、事務的なこととか、事務的にことを解決できるでしょうし、「これやってね」と言ったら「はい」って言う、そんな感じじゃないかと。コーチングって言うと、ねえ、「相手の立場になって」っていうことが第一じゃないですか。

大前:私たちのNPOでやっているコーチングは1対1の個人間ではなく、企業の上司―部下間に特化したことをやり、非常に高い成果を挙げています。前身の任意団体の時代から、「店舗の売上社内1位」「全国1位」になったマネージャーを多数輩出し、それは業界でも他に例を見ないほどの業績向上ぶりなので、何度となく公の場で事例発表を重ねてきました。私自身は経理のマネジャーで5名の部下がいます。経理ではそれほど簡単に「売上1位」のようなわかりやすい指標が出ないんですが、1人当たり生産性という指標では、4年間に2倍という数字が出ています。これは正田さんの考え方で「承認」に重きを置いて部下と関わったほか、問いかけをして考えてもらい部下から改善提案が出るということを積み重ねてこういう数字になっています。
仕事というのは、ただ「やって」「はい」だけで物事が済めばいいですけれど、言わずしてやってもらえたりとか、そういう場ができたらいいなあとか、たとえば「自分はしっかり目的を持ってこういうふうにやっていきたい!」ともし部下が思っていたとしたら、それをどう手助けできるか。というようなところはあると思うんです。自分が心の中から「やりたい」と思うようになるにはどうしてやったらいいかなあと思うと、やっぱりやりとりだけでは済まないものがあるんじゃないかなと思ってるんですね。

城ヶ崎:引き出すというか。

大前:そうですね、引き出す。


■「大人になって承認されてやる気になることがない」(城ヶ崎)

城ヶ崎:
でもこんなこと言うとあれですけど民間の会社って、そこまで部下のことを思いやってるっていう意識がないですよね。凄いなあと思って。

大前:(笑)それでないとやっぱり仕事って面白くないです。上から言われて、「ハイ」だけでは。そういう風な思いでやっていると絶対にレベルも上がらないし完成度も低いままなんですけど、それが「自分ごと」になることによって初めて完成度をどう上げるかとか、もっと違う目線でもっとやってやろうとか、そういうものが生まれるんじゃないかなと思ってるんです。

城ヶ崎:幸せですね。

大前:幸せなのか、どうなのか(笑)「うわ、うまいこと口車に乗せられた」と思われてたらどうしよう(笑)

城ヶ崎:大人になって、こと仕事に関して、承認してもらってそれがやる気になるって、あんまりないような気がしたんです。

大前:うーん。やっぱりほめられて認められた結果やる気になって、というのは何年たっても、それが30になろうが40になろうが50になろうが、一緒だと思うんですね。ただ先生のお立場だと、独立性の高いお仕事なので上の人とかからあまり承認をもらえないかもしれないですね。われわれ民間企業では基本チーム作業なので、もう少し上司―部下間の関係が密なんです。

山口:仕事の場合はやっぱり事業としてやっているわけですから、組織が動かないと利益も出ないし売上も上がらない。そこの最終的な目的があるので、どうしてもコーチングっていう手法を使わないと気持ちが前向きにならない、組織が前に動いていかないっていうところがありますけど。
 城ヶ崎さんの場合は、まさに教育の中でそれをやられているというのがまた1つ価値がすごいというか、何かお金の売上を上げたり、利益を上げたりするために先生がそういうご指導をされているわけではないですよね。

城ヶ崎:はい。

山口:ですので今日はそこを是非お伺いして、どんな思いでどんな気持ちを引き出すかというのを、今日1つの重要テーマとしてお伺いできればと思っています。どんなプロセスを経てそういうことを考えられるようになったのかということも含めて。


(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい? に続く



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 去る3月17日、小学生駅伝大会で来阪された千葉県の公立小学校教諭、城ヶ崎滋雄先生と当NPO会員が懇談させていただきました。


 今年2月1日に正田が城ヶ崎先生の授業を見学させていただいたブログ記事がNPO会員にも反響を呼び、今回の懇談となったもの。

 そのブログ記事はこちら
 
 「褒めること聞くこと、記録、スピード、歌声・・・城ヶ崎先生クラス訪問記」
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51846161.html


残念ながら正田は私用でこのインタビューに立ち会うことができず、NPO理事の山口さん、大前さん、そして古くからの会員の間瀬先生がご対応くださいました。後できかせていただくと、やはり大変エキサイティングなやりとりでした。

 全11回でお送りいたします。子どもの教育に、あるいは人間社会にご関心のある読者の皆様、是非ごゆっくりご覧ください。


登場人物(敬称略):

城ヶ崎 滋雄(千葉県公立小学校教諭)

ききて:

山口 裕史(フリーライター、神戸市在住。NPO法人企業内コーチ育成協会理事)
大前 和正(人材派遣業役員、大阪府在住。同上)
間瀬 誠(コンサルティング会社代表、大阪府在住。NPO会員)


目次:
(1)駅伝初出場3位!
(2)ぼーっとする時間を作らない
(3)通知表:どんなふうに貰ったら嬉しい?
(4)朝練習:「竹馬」と「リレー」で子どもが変容
(5)不登校担当:「して欲しくないことは何か?」
(6)褒め褒めタイム:伸びを言われると嬉しい
(7)崩壊クラス:建て直しはどこから?
(8)ディベート:「まず結論を出してしまえ」
(9)教え合う教室:上を伸ばすか、下をテコ入れするか
(10)授業:つまみ食いでない知識を
(11)持ち物:子どもの二極化時代に先生は




(1)駅伝初出場3位!

■駅伝初出場3位、リレーで1位
■「苦しくなったらやめろ」
■ゆるい練習だと思わせる





■駅伝初出場3位、リレーで1位

城ヶ崎:今日は、大阪・万博記念会場で全国小学生駅伝大会があり、うちの船橋陸上クラブは13年ぶりに千葉県代表として出場しました。結果は3位でした。予想は3位だったので、それが的中しびっくりです。

山口:初めてでいきなり3位。おめでとうございます。凄いじゃないですか。

城ヶ崎:ほかのトラック種目は毎年出てるんです。リレーでは昨夏優勝しました。でも長距離ってきついじゃないですか。だからそんなにビシバシと鍛えるよりも楽しく走ったほうがいいんじゃないかと思って、例年はあまり考えてなかったんです。ところが今年は、選手が集まった。

山口:選手層が非常に厚かったということですね。集まってくれたというのは、たまたま、ですよね。そういう素質のある選手が揃ったと。

城ヶ崎:そうです。私たちのクラブはホームページも持ってませんので、口コミとか市の大会に入った子たちに声をかけるというやり方です。

山口:それはやはり、城ケ崎先生のところで教えを乞いたいという子が多かったのでは。

城ヶ崎:そんなことないです。でも昨日おとといも隣の市の子が「やりたい」と来ましたけれど。

山口:それは地域のクラブなんですか。小学校をまたいでというか、関係なく。

城ヶ崎:関係なく、です。もともと船橋の陸上協会というところでやらしてもらってたんですよね。ですから最初は船橋の子だけしかいなかった。

山口:そうなんですか。でもその子たちがまた市船(市立船橋高校)とかに行って。

城ヶ崎:詳しいですね。(笑)うちのクラブのいいところは、小学校の時はサッカーとかバスケとかを掛け持ってやっている子らなんだけど、ここのクラブに入ったことがきっかけで中学に入ったら陸上に専念する、という子が多いですね。


■「苦しくなったらやめろ」

山口:楽しみながらやってその延長線上で成績も、というのが凄いですね。本来それが一番理想だと思うんですけど、なかなか昨今の体罰の問題もありますけどやっぱり成績至上主義になってしまうというのがありますよね。

城ヶ崎:私が思っているのは、もともと陸上というのは大人のスポーツなので、自分に勝たなきゃダメですよね。やっぱり素質がものを言う種目ですから、そこにまだ能力を開発されてない子たちをビシバシ鍛えるというのは。または、自分を克服していく強い心が育っていない子たちに、頑張れっていうのも無理ですから。今回の陸上の練習も、普通は「苦しくなったら頑張れ」っていうんですが、私は「苦しくなったらやめろ」と言います。

山口:ああ、そうですか。

城ヶ崎:だから、苦しくなるまでスピードを上げて頑張れと。苦しくなったらやめてもいいと。すると子どもは頑張るんですよね。

山口:ああなるほど。苦しくなるところまで頑張ってみようと思うわけですね。

城ヶ崎:だけど今回1500Mですから、50M走みたいに最初からスピードを出したら絶対持たないから、そこは考えるんです。そうすると、例えば800M走ると500か600のときに苦しいのがくるはずだから、500で苦しくなるのを防ぐような走り方をしよう、となるわけです。


■ゆるい練習だと思わせる

山口:へーえ…練習は毎朝ですか。

城ヶ崎:週に2回、土日に市の運動公園に集まって練習します。

山口:よその地域(のクラブ)だと大体どういう練習なんですか。

城ヶ崎:ああ、地域のクラブだと土日が多いですね。

山口:その中でやっぱり、負荷をかけるわけですか。

城ヶ崎:…まあ、負荷がかかったと思わせないようにしてかけるという感じでしょうか(笑)子どもたちは、すごくゆるい練習だと思ってると思います。

山口:そう思わせるものは何なんですか。言われてやってるんじゃなくて自分の気持ちからやってるということですか。

城ヶ崎:ふだん子供たちが言われてることの逆を多分言ってるんだと思います、私が。たとえば最初2800か3000くらい走るんですけど、2人1組を作ってずっとしゃべってる子がいるんです。それを黙ってみてるんです。

山口:へーえ。それはどういうことなんですか。

城ヶ崎:1つには、子どもの意識のほうが大事なんで、子どもの意識の中で「あ、しゃべっていいんだ」と思ったら気が楽ですよね。ところが、実際やるとわかるんですけど、しゃべりながら走るのはすごく無理があって苦しいんですよ。

山口:そうですよね。

城ヶ崎:それはこっちはわかってるんです。でも子どもはしゃべるのは多分楽しいんです。最後はしゃべっていられないんで、黙る。「黙るな!」って(笑)

山口:(笑)

城ヶ崎:だれが黙れと言った!(笑) だめって叱るわけじゃないですけどね。自然としゃべらなくなります。

山口:そうですか。そうやって、「走ることはしんどいことだ」という感覚をまずなくす。

城ヶ崎:そうですね、なくすというか、ばれないようにする(笑)

山口:それは実は大変なことですよね、しゃべりながらっていうと余計に心臓の負荷がかかるような気がしますね。肺活量とかね。

城ヶ崎:はい。終わった後も「あー疲れたー」って言うけど、やらされたという「疲れた」ではなくて、しゃべり疲れた(笑)。しゃべれて良かった(笑)。そういうのがあるんで、子どもはゆるいと思っているんじゃないでしょうか。

山口:今日はせっかくの貴重な機会なので、そのあたりのお話をうかがいたいと思うんですが。

城ヶ崎:皆さんお知り合いですか。

山口:大前さんとはもともと知り合いで間瀬先生とは初めてです。
 では自己紹介をいたします。私はもともと千葉の出身です。生まれは埼玉なんですけれども小学校から鎌ヶ谷(市)で、鎌ヶ谷南部小学校と鎌ヶ谷第4中学校を出まして、柏の東葛飾高校に行きました。そこから神戸の大学に行きまして神戸新聞という兵庫県の地方紙に入りました。12年前にそこを退職しまして今フリーで書く仕事をさせていただいています。主にはビジネス関係といいますか、神戸新聞時代は経済部という企業を取材する面を担当していましたので、今も日々中小企業の経営者のかたのお話をうかがってビジネス系の雑誌に執筆をしているというのが日常の仕事でございます。
 正田さんとは取材を通じて知り合って、正田さんのやられている承認という活動はすばらしいなと思ってNPOにも参画して理事として名を連ねさせていただいているという次第です。大前さんも同様に理事です。

間瀬:私は今年の1月に80になったんです。出身は名古屋生まれの名古屋育ち。そして名古屋大学を出て、旭化成に入社し定年まで仕事をしたんです。
 旭化成という会社は、応用化学といいまして化学屋はなんでも屋なんです。営業もやらされるし、現場の管理もやらせるし、研究もやらせるし。ところが機械屋や電気屋は、機械や電気が本職だという仕事をさせられるんです。そんな会社なんです。同じ様な仕事をしている東洋レーヨン、東レという会社は、機械屋が現場屋なんです。現場の管理は機械屋がやる。
 そうするとね、旭化成の工場と東レの工場と、工場の中が違うんです。化学屋というのは化学実験をやるのに勝手にこう、機具をセットして作ってそんなところから工場をつくるんですよ。だからね、タテヨコの線が並ばないんです。「ここに隙間があるからこれ入れよう」という発想で工場をつくるんです。ところが東レは機械屋さんが工場をつくるんです。するとタテヨコの線をきちんと作って工場をつくる。会社によってものすごく性格が違うなーと、びっくりしたことがあるんですけど。
 まあ、そんなわけで私は化学屋だったので、旭化成で現場屋になったんです。3交代の職長を入社2年目ぐらいでやって、50人ぐらい部下を持って現場の運転管理をやったんです。
 その当時TWI-Training within industry-といって、アメリカで太平洋戦争の時に開発された訓練を受けました。戦争で工場の中核の人たちがどんどん兵隊にとられて居なくなると、工場管理のために促成栽培で職長を作らないといけない。その職長のための訓練というのがTWIなんです。そのTWIのトレーニングを私が3交代の職長をやっているときに受けたんです。
 そこで学んだのは結局ね、「人間は気持ちで動く」ということ。理論で、論理的に説明して動くのが人間じゃないと。「わかった」ということに、何か気持ちが入って初めて動けるんだというのが、そのTWIなんです。
 そのときにその先生と議論して、私は理性派だったんです。工学部出身で「正しいことをやるから成果が出るんじゃないか」と実は思っていたんです。だけども入社3年目にがあんとやられて、人間というのは気持ちで動くんだという教育を受けて。

山口:今日は城ヶ崎先生のお話なので、短か目に(笑)

間瀬:そうでした(笑)とにかく、「その気になったら人は動く」ということをものすごく若い時から学びました。正田さんともね、そんな関係で仲良しになったんです。
 正田さんの本拠地はもともと、私が大前さんとともにお付合いしてたころは大阪だったんです。だから一緒にやってたんですけど、NPO法人になるころから、正田さんが神戸の方に本拠を移したもんだから、私も歳をとってくるし神戸は遠いので(笑)だんだん会わなくなったんです。今日は大阪で会があるというのでやってきました。

山口:ありがとうございます。すみません(笑)


(2)ぼーっとする時間を作らない に続く


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 このインタビューは、冒頭にも書きましたように10月7日、AIU祭のさなか、学内シンポジウムの直後に行われました。


 インタビューを終え学長室を出ると、そこには遠方からきた卒業生の可愛らしいお嬢さん方が2人。学長に会いに来られたのでした。


「どうもお待たせしました」
「いえいえ、鈴木さん(秘書)とおしゃべりしてましたから」


 彼女たちはにこやかに言って、入れ替わりに学長室へ入って行きました。


 なんとも温かい空気がそこに流れたのでした。



 自分個人を振り返ると、社会人時代にも色々苦しいことがありながら、踏みこたえる原動力になったのは、褒め上手の中嶋教授のもとにいたことではなかったろうか、と思うのでした。


「畠山さん(旧姓)は北京語も広東語もできる。どこに行っても大丈夫。会社で初めての女性特派員にきっとなれる」


 語学を少々できただけなのに、とこそばゆく感じながら、その言葉を受け取っていたのでした。

 
 ゼミからマスコミ、研究機関、外務省に優秀なOBを送り出した(私は例外)中嶋教授は、学生に大量の読書を課しゼミの発表では厳しく踏み込んだコメントをする人でしたが、また大変な褒め名人でもありました。


 私が在籍した86-88年のころというのは、中嶋教授はまだ東京外大の学長に就任される前。外国語学部しかなかった同大に「国際関係学部を」と新学部創設を働きかけるなど、当時もあるべき大学教育の姿に一家言ある人ではありましたが、一学部生の私にはそれはやや縁遠い部分でした。

 学者としての中嶋教授は、当時も豊富な海外人脈を活かしてチャルマーズ・ジョンソンなど海外有名教授を招いたシンポジウムを開催するなど、やはりアクティブな人で、ゼミ生はそうしたイベントに駆り出され学業以外でも結構忙しいゼミでした。


 また教育者としては、「現地をみよ」とゼミのヨーロッパ旅行を主催し、私も87年、大学3年の春休みに参加しました。1997年には、香港返還のそのときに香港への旅行を組織したといいます。


 
 さて、その後私は残念ながら「女性特派員」になることはとうとうなく、そして今の仕事に入ってしばらくしてしたことは、涙を流しながら


「ご期待に沿えず申し訳ありませんでした」


と、恩師に手紙を書いたのでした。


 ・・・あまりにも個人的なお話になってしまいました・・・


 読者の皆様に1つクイズです。中嶋学長のこのたびのお話の中で、ききての正田にもっとも「ひびいた」箇所はどこだったでしょう。


 そのご多忙さを間近にみるにつけ本当によくインタビューに応じていただけたものだ、また当方もよくお願いする勇気があったものだと思うのですが、貴重なお話をいただき、またインタビュー原稿も校正してくださいました中嶋学長、本当にありがとうございました。


 そして本来無理なお願いをこころよく叶えてくださった秘書の鈴木和代さんにも心よりお礼申し上げます。




100年後に誇れる人材育成をしよう。
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※なおインタビュー文中、「中嶋先生の世代の人だからやれた」的な発言がありましたが決して80歳で新党を立ち上げようとする某前都知事を肯定したい意図はなく・・・、時節柄補足いたします。