正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

カテゴリ:コーチを育てる > 受講生様インタビュー

 ベーカリーチェーン「リヨンセレブ」の株式会社牧(東京都江戸川区)牧田社長よりメールをいただきました。

 一昨日26日、柴又店がプレオープンをされたそうです。おめでとうございます!

 いただいたメールと写真を、ご許可をいただいてご紹介させていただきます:


****
 

いつも丁寧なご返信、ありがとうございます。
パンが美味しいという評価は、大変嬉しい承認です。
食パンは、私が未だ許可していないので、「アレッ未だ完成てないのに送っちゃったの」といつものあわてものぶりを露呈してしまいました。すみません。
お店の方は、お陰様で、昨日プレオープンを迎える事ができました。デザイナーは参加してもらいましたが、お店の内装は全て手作りで、素人が集まってバタバタとやった割にはよくできて私もびっくりです。飯田GMもプロジェクトマネージャーとして、ご存知の勢いで、そつなく指示をし奮闘努力しておりました。私も飯田の指示に従い、買い物担当として一日中ホームセンターを漁っておりました。
近況報告でした。

柴又店1


元気で粋な飯田GM(右)と山下店長(左)


柴又店2
柴又店3
柴又店4
柴又店5



プレオープンした柴又店。手づくりのこだわり、伝わるでしょうか



 2015/10/23 16:41、(一財)承認マネジメント協会 正田佐与 のメッセージ:
株式会社牧
牧田社長様

大変お世話になっております。
承認マネジメント協会の正田です。
過ごしやすい気候が続きますが
皆様お変わりなくお過ごしですか。

先日は、大変美味しいパンをどっさり頂戴いたしまして
ありがとうございました。
その後、毎日1つずついただいてきて
とうとう後は食パンを残すのみとなりました。
開発途中とのことでしたが
どのパンもそれぞれ個性があり美味しく、
解凍後にもふっくらした食感と豊かな香りがありました。
レーズンとナッツの入ったパンは黒パンの生地で、
とりわけ美味しゅうございました。
改良点など、まったくわからず
ただ美味しい美味しいといただいておりました。
役に立たないモニターで、申し訳ございません。
きっとお客様にも喜ばれることと思います。

柴又店様の改装は、その後順調に進んでいらっしゃいますか。
確か飯田GMと山下店長とお2人で自らの手で改装されるとのことでしたが…。

私はその後、「承認」と「愛」というコンセプトに凝りはじめました。
先の研修2日目の後の懇親会では、皆様お互いのご家族やご結婚のこと、彼女のことを
オープンにお話していらっしゃいましたが
今の時代、「人を愛する力」というのがいかに貴重なものか、ということを思います。
御社の良い社風のゆえと思います。
お仕事以外の部分でも皆様に「承認」がどんなふうに影響を及ぼしたか
知りたいと思いました。

もちろん、お仕事でもさらなる飛躍をなしとげられますよう
祈っております。

朝夕寒くなって参りますが
くれぐれもご自愛ください。
柴又店様新装オープンのご成功を祈っております。
また皆様のお元気なお顔にお会いできますことを
楽しみにしております。

PS
来月後半財団を一旦解散し、個人事務所に移行します。
今後共どうぞよろしくお願いいたします。

‥‥…━━…‥‥…━━…‥‥…━━…‥‥

 いつもありがとうございます
 一般財団法人承認マネジメント協会
   正田 佐与(しょうだ さよ)
  〒658-0032
  神戸市東灘区向洋町中1-4-124-205
  TEL: 078-857-7055 FAX: 078-857-6875
  E-mail s-shoda@abma.or.jp   URL: http://abma.or.jp

‥‥…━━…‥‥…━━…‥‥…━━…‥‥


 障害者福祉の社会福祉法人さざんか福祉会宝塚めふプラザ所長の溝田康英さんにお話を伺いました。

 さざんか福祉会様は、これも拙著『行動承認』に登場されるところ。昨年6-7月と2回にわたり「承認研修」を取り入れてくださいました。


 10以上の事業所を擁し全体では200人ほどの職員。中でも溝田さんが所長を務める「宝塚めふプラザ」さんは進取の気性に富むという言葉がふさわしく、織物の小物やガラス器など多様な製品を開発して販売し、ものづくりスピリットに溢れています。


「あれからもみんな一丸となって頑張っていますよ。
今度、百貨店に出店できることになったので大忙しです。見本市のようなところに出したら企業さんが百貨店さんとつないでくれまして。」

と溝田さん。

 1週間ほど百貨店の一角を借りて出品できるのですがそのために今製品や価格の見直しに追われ、職員さん方は5月の連休がない状況だとか。

 勢いのあるめふプラザさんです。


 法人全体の状況を伺うと、昨年度での離職者は前年度の3分の1以下と激減だったそう。詳しい数字は控えます。(注:元々そんなに高い方の数字ではない)
 やっぱり「目が届く」ようになるからでしょうか…いや、勝手な憶測です。

「研修担当者同士で、『正田先生の研修は後々すごく役に立っている』と意見が一致しています。『承認』はOJTにも使えますからね。昔風の『こうやるんだよ!』という指導では今は通じない。『そこ出来てるやん』と認めてやりながら。」


問題はないわけではない、
 それでも「離職者(前年比)激減」は嬉しかったニュースでした。


 
 溝田さん、お忙しい中、いいお話をありがとうございました!
(^_^)
 百貨店出店の大成功をお祈りしております。



100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp

 コープこうべ顧問の有光毬子さん(70)に久しぶりにお話を伺いました。


 有光さんは、拙著『行動承認』にも登場されている、神戸の働く女性の元祖のような方。コープこうべで一女性社員から結婚子育てのかたわら奮闘のすえ常務理事にまでなりました。

 昨年2月に、全5回にわたってそのドラマチックな人生をこのブログで披露していただきました:

 そのシリーズ1回目はこちらから

 第一回「有光毬子さん物語―上司の言葉でライフプランを持てた私」

 http://c-c-a.blog.jp/archives/51881408.html


 上記の記事の5回目にもありますが、有光さんは現在は「地域活動」に力を入れ、「承認」に出会われて地域のラジオ体操の場を活性化。口も利かず時間になったら集まって体を動かすだけだった集団が、「承認」の考え方を取り入れた表彰やスピーチを繰り返す中、100名を超える規模になりお互いの会話も密になったといいます。

 「承認」をお伝えしていても「地域活動」に徹底して活かしていただいた事例は初めてのことでした。著書の時点ではバレンタインデーやホワイトデーのプレゼントを男性会員、女性会員の間でし合うようになった、というところまで伺っていました。
 なんと、華やいだおとしより同士の風景であることでしょう。


 最近のそのラジオ体操の風景は―。
 また、発展されていました。


「お誕生日をお祝いするようになったんですよ」

と有光さん。

「だれかのお誕生日の日には『お誕生日おめでとう』の横断幕を掲げます。そこに「○○さん」「××さん」のお名前をつけます。

 100名の会員で3日に一度の頻度でしょうか、3人くらい重なるときもあります。

 会員さんは、『この歳になると家族もだれもお誕生日のお祝いなんかしてくれない。嬉しい』と涙を流す方もおられますね。

 引き続き会員で顔見知りになった人同士、お話が弾んでいますよ。顔の表情が全然違うんです。


 私はね正田さん、あなたの研修で学んだ『人に関心を持つこと』、本当にあれがきっかけでした。今でもその通りだなと思います。」


 ―しみじみ嬉しいお言葉でした。

 「12年1位」などと企業の業績が上がりますよ、というのを提示してインセンティブに、と思ってずっとやってきたんですけれども(それ自体は嘘いつわりではない)本当はわたしのやりたいのはそこではない、ということにも薄々気がついていました。

 いかに多くの人が「自分という存在のかけがえのなさ」を感じて生きていただけるか。

 それは従来意識してやってきた「若者」「女性」や「障害をもった人」もそうですしこのたびは地域のおとしより、にもフロンティア精神溢れる有光さんが広げていただきました。

 「ラジオ体操」は毎日のことなので、おとしよりを集めた月1回の昼食会、懇話会といった活動よりもさらにダイレクトにみなさんの生活に関わることでしょう。それこそ、身体の健康にも精神の健康にも、お互いの関わりやそのほかの活動にも。


 神戸市にこうしたラジオ体操の集まりは60ほどあるそうですが有光さんのような取り組みはまだ他にありません。
 
 
 有光さんは今春でコープこうべ顧問や経営者協会の副会長など多くの要職を退任されるそうです。
 「次のステージの人生」に思いを巡らしていらっしゃることでしょう。


 有光さん、素晴らしいお取組を、またお話を本当にありがとうございました!



100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp
 
 

 18日、成和樹脂工業株式会社(奈良県香芝市逢坂、従業員10名)さんをお訪ねしました。


3中村社長


 こちらは、11月の奈良県中小企業団体中央会主催セミナー(「承認」「傾聴」「質問」各4時間の3回研修です)に社長の中村隆一さん(65)ご自身が参加され、宿題にデモンストレーションに、と大活躍されたところです。


 中村社長の宿題はブログ上部の「宿題一挙28例公開」↑↑↑ の一番目に載っています。

 「社長さんのされた宿題としては過去最高の実践です!!」と正田は絶賛いたしました。


 3回のセミナー終了後の12月に入り、中村社長は、長年懸案だったという「5S」に取り組まれました。社員さんと話して「5S自分の約束」を書いてもらって守らせるように。するとその行動が定着し、過去よりははるかに現場がきれいになったといいます。5Sには過去何度も取り組んでは挫折していた、ということです。

 きいていて「急進的すぎないかしら?」とハラハラしましたが、社長さん自ら「承認」に取り組んで1か月時点であると、社員さんのエネルギーも社長さんの求心力も上がっていて、はっきりした変化が創れたようなのです。


 セミナーから4か月、思い切って会社をお訪ねしてみると…。

 機械音の合間に社員さん方の元気のいいかけ声が響いています。
 少し早く到着したわたしに、社員さんが心優しく機転を利かせて社長さんを呼び出してくださいました。

 そして中村社長はまた、新たな取り組みをされていました。

「今年1月から『朝礼』で社員同士、ほめ合うようにさせたんですよ。
 まだ3か月の取り組みですが、以前よりはっきり社員がいきいき仕事をしているような気がします」

と中村社長。

「毎朝の朝礼とは別に、月に3回ほど大きな『朝礼』をします。毎月当番を決めて、その月の目標も決めてもらい、その目標のための話し合いをします。

 そこで先生から『ほめることが大事だ』と習ったので、社員同士がお互いのいいところをほめるようにしたんです。」

 ・・・えとえと、ほめるというかできるだけ「認める」という言葉を使ってるんですけど・・・


1


「ああ、そう『認める』ということですね。
 毎回の朝礼で社員2人が、それぞれほかの社員3人をほめるようにしました。だから毎回6人がほめられる側になり、1か月3回ですと18人がほめられることになりますね。」

 ほめる内容としては、
「○×さんが元気よく挨拶していた」
「よく整理整頓をしていた」
「連絡事項を細かく言ってくれる」
といった、その月の目標に即した内容です。


「『できるだけ具体的にわかるように』
ということも私からリクエストしました。
 ともすれば、『みなさんよく整理整頓している』といった言い方になってしまうんですけどね。
 『何月何日、○さんがどういうふうにしっかり整理整頓していた』とわかるように、と。」(中村社長)

 なるほど、それで「行動承認」の目指す「リアリティに軸を置く」ということができているわけですね。

「ほめられた社員がそのときどんな顔しているか、私はみていないんですけれど、あとあとの仕事ぶりはやっぱり元気がいいですね。
 また、ほめる側の社員についても、『この人はよく周囲をみているな』ということがわかってきますね」

「私は昔からノウハウを『盗む』んです、習った通りでなく、ハハハ」

と、オリジナリティを付け加える中村社長です。

 こうした受講生様のもとでのバリエーションは楽しいものですね。


 このあと1階のブロー成型、射出成型の現場を見せていただきました


2


 
 射出成型では車やフォークリフトのエンジンに入れるプラスチックの部品、それにラムネの栓など(写真)を製造していました。射出成型の独自の工夫により加工した栓が離れた形で成型されてくるプロセスはわたしなどには不思議の一言。最近は円安で急な発注がかかるときがあり対応が大変、とのことです。


 以前のお話にあったような、成型品の「こぼれ」は見られず、袋で受けるなどして改善されていたようです。


 「あそこはなかなか、ヤンチャな感じの社員さんが元気よく働いてますよ」

と横から入れ知恵していただいてお訪ねした成和樹脂工業さんでしたが、おっしゃる通り皆さんの元気な声かけの響く仕事風景と、それに早めに着いた来客のわたしのために社員さんがちょっと社長を呼び出してくださる、親切な機転が、わたしには「活気」とうつったのでした。


 中村社長、成和樹脂の皆様ありがとうございました!


****

 
 この日は別のかたからも、

「あのときのセミナーは役立っています。今でも研修資料を見ますよ。僕の仕事でいうと、周りの話が聴けるようになった。そして任せられるようになった。研修前より、はるかに」

と嬉しいお言葉をいただきました。

「同じような研修をその後も受けたんですが、正田さんのやられたことのほうが『深かった』。あとに残った。
僕、お世辞は言わないですから」

  3回のセミナーを通じて、もう1人のこれも「サムライ」風の現場マネジャーさんと2人1組でいらしたスポーツマンタイプの方です。

 普通なら「バーチャル」になってもおかしくない部署の方からこういうお言葉をいただけるというのは、大変ありがたいことなのです。



 そこで珍しく、「自分はどうしてこういう仕事になったのか」という話をいたしました。
 女性講師がマネジメントを教える、今でもやはり特異なことでしょう。
 そしてその部分をお話することはふだんあまりないのですが、


「私はもともとが人の話を聴くことが好きだったんです。通信社の記者をしていてもインタビューをするのは好きでした。
そこへ当時『コーチング』というものがはしりで出てきて、すぐ飛びつきました。
しかしやっていてすぐに、『これは個人契約でやるより現場のマネジャーさんが担い手になったほうがいいなあ』となりました。
そこに100人ほどのマネジャーさんのグループのまとめ役のような立場になってしまったんです。
そこで勉強会などをあの手この手とやっているうちに、それらの内容がマネジャーさん方にどう『落ちる』か、それを伴走型で体験することになりました。だから研修のその場だけのお付き合いではないんです、何年もにわたるお付き合いです。
そうしてどういう内容をやってあげると一番いい形でマネジャーさんの人格的成熟につながり、組織にも次々といい化学変化が連続して起きていく、というのがわかってきました。
逆に研修の内容とかやり方によっては『残念』な結果になってしまうこともある、『こういうことはしない方がいいな』ということもわかってきました。
それは40歳、50歳まで生きて来たマネジャーさんの人生の重みというのが元々ありますので、その人たちをある方向に『動かす』というのは大変なことですので…」
 
 
 まあ、要は正田はマネジャー経験もない一介の女性にすぎないんですが、しばらく「マネジャー」という存在と息長くお付き合いして試行錯誤したり観察を続けた結果が今の教育プログラムになっていて、それが結果としては成功している、ということなんですよね。


 その過程では既存の大手研修機関の教えに首を傾げ路線変更する場面もありました、色々みてくるうちにいわゆる「コミュニケーションオタク」「セミナージプシー」ではない人たちのうちに本当に有能なマネジャーはいて、するとそういう人たちに出会う確率を最大化するにはどうしたら、というのは今も悩みの種ではあります。

 また、近年では従来より強く「承認」のほうに舵を切ったときに、「年間業績向上8例」といった過去最高の結果になっている、また「心理学より実践倫理の性格が強い」といった言い方もし始めている、というのは少し長い読者の方だとご存知のとおりです。


****


 ヘーゲル語の「間主観性」という言葉に最近引っ掛かりを感じています。

 正田の独特の教えるときの語気、ときに「自信がないのではないか」と批判の種になる口調は、相互に「主観」をもった存在である講師受講生の間で情報を受け渡すときの「相手の主観」にたいする畏敬の態度なのではないかと、

 たぶん現場の上司部下関係とも厳密には少し違うけれども人一倍強い人格の「リーダー」が自分の主観の側から手を伸ばして受け取るために最適な強さを選んでやっているのではないかと。またリーダーが現場に帰って担い手になるときにもその「間主観性」の態度というのは役に立つのではないかと。

―「間主観」のところをひとによっては「共感」という言葉で言うかもしれませんが、わたしは「間主観」という「理性」ぽい言葉のほうがすきです―

 それは余談であります。「超人」ではない正田が不思議と人様に何かをお伝えできるのは何故だろうか、というお話。いまだ後継者のいない正田なので自分のノウハウらしきものをぼそぼそ書いています。

 
 ちなみに、今日の記事の冒頭で「社長さんにはむずかしいことだ」みたいな言い方をしたのは、恐らく経営者さんにとっては「理念を発信する」ということが大事な仕事であり、それにあたっては思い切って「間主観」ではなく「主観」に寄る、「主観」の幹を太くする、ということが必要になるのだろうと思うからです。

 ただ四六時中「主観」の世界に生きていることが正解なわけでもなく、自在に「主観」と「間主観」の間を行き来できることが経営者さんとしても理想なのだろう。その配分比に決まった正解はないのだと思います。



100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp
 

 「人間の普遍的相互作用および陶冶(とうや、形成/教育、Bildung)のなかには相互的であるような承認(Anerkennen)がある」(ヘーゲル)


 すみません、かっこつけてしまいました。陶冶Bildungはビルドゥングス・ロマン(教養小説)のビルドゥングですね。



「先日、お造りを1年目の子につくらせたんですよ」


 12月―1月の兵庫県中小企業団体中央会主催の「トップリーダーズセミナー」に参加された、御所坊グループ「花小宿 旬重(しゅんじゅう)」の料理長、松岡兼司さん(36)からお話を伺いました。


11松岡さん3-1



「僕らの仕事は、お客様と向かい合って一瞬一瞬のことですからね」
「ブログ、携帯でブックマークして読んでますよ」


 このブログ上部↑↑↑にある「承認」宿題事例集の後半のほうに松岡さんの「旅館業」の事例があります。
 宿題はどの方もそれぞれに味わいがありますが松岡さんの事例は、お客様と直接向かい合う緊張感の中での部下の貴重なやりとりの一瞬を切り取った、ひときわ味わい深いものでした。

「『承認』にはまっています」
「わずか1週間の実践でしたが、顕著に違いがみられたので続けていきたいと思います」
と松岡さんは宿題に書かれていました。


 20代と見誤った風貌の松岡さんでしたが、実は5人のスタッフ(新年度から7人)を使う料理長さんで鎌倉幕府の時代から続く老舗旅館の別館「花小宿」全体の責任者。その中の「旬重」はカウンター中心の料理屋で、シックな空間。宿泊のお客様もここで食事されます。有馬温泉全体でもカウンターでお客様の目の前で調理するお店はここだけだそう。お客様はおなじみ様が多く、よく料理におほめの言葉をいただいたりお叱りをいただいたりもするそうです。





「僕は、若い子にどんどん『失敗』させるんですよ。『やってみ』と言って」

と松岡さん。

正田「えー、でも失敗して食材をだめにしてしまったら、ロスが痛くないですか」

松岡さん「痛いですよ。…食材で一番高いのはお造りですね。
お造りを先日、1年目の子につくらせたんですよ」


「ええー」

それには、わたしは心底びっくりして言いました。

「あの、三枚におろすのをですか。1年目の子って普通下ごしらえだけじゃないですか!?レストランの調理場って大抵そんなじゃないですか」


「ええ、見事に失敗しました。
お客様にお出しできないものになってしまったので、本人に『これどこが悪いんやと思う?』『なんでこうなったのか、考えてみ』そして指導していた2年目の子も呼んで、『これはなんでこうなったんやろ』。

2人とも大事な食材を残念なことをした、というのはよくわかったみたいでした。それはヒラメでしたけど。お造りには使えないので、焼き物にしました。

それで相当1年生の子も2年目の指導役の子も考えたみたいです。翌日にはお客様にお出しできるものをつくりました。」

 ひたすら舌を巻く正田。

「今の若い子は自分から取りに来ないじゃないですか。だからこちらからさせるんです。
 今月(3月)に入ってから、もうあと数週間で次の子が入ってくるので、1年生の子に『やってみようか』『いつやるの?』と言ってたんです」

 本当にダメだったら次以降つくらせないですよ、でもその子は次回ちゃんとつくれたので、と松岡さん。

「ほかのお店からみたら、『何やってるんだお前のとこは』となるでしょうね。でもいつかはやること、早いか遅いかですから」。


 そんなふうにして若い子たちにどんどん経験させるそうです。お造りをつくらせるぐらいなら、ほかに怖いものはそうそうないですね。早い段階での技能伝承、ものづくり企業でも話題になるところです。

老舗旅館の厨房、昔ながらのアゴで使う徒弟制度のイメージとはまったく違う世界があります。それはやっぱりこの世界では特異なことのようです。


 そして「グループ全体でも、僕の店は若い子が辞めてないです。ここ数年」(松岡さん)

 それは若い人の「成長したい」という欲求を満たしたら、今の若い人でも仕事のおもしろさに目覚めて辞めないということでしょうか。

 宿題でよい実践をされた人も、じっくりきいてみるともともとの育成センスの高い人だった、ということがあります。だから「承認研修」の手柄にだけできないのですが、ただ研修でしっかりした理論的根拠を与えてあげるとこの人たちもより力強く実践してくれる、さらにその先の四十八手を編み出してくれる、ということがあります。研修でできるのは結局それだけか、ということになりそうですが、わたしの駆け出しのころよりは明らかに高い確率で優れた実践者のかたに出会えていると思います。


 「ゆとり世代」、やはり能動的ではない面があります、松岡さんによると。

「お給料はもらえるものだ、お給料をもらってるから仕事する、と思っているところがあります、どうしても。僕は、『それは違うよ』と話します。『仕事がこれだけできるようになったから、これだけお給料を貰えるんだよ』と。それは昇給のときなどに言うとわかってくれますね」

 
 4月からはこの厨房に正社員1人、調理補助1人が入ってきます。


11松岡さん


「お店での僕の定位置はここ、おなじみ様の席はここです」(松岡さん)


 「失敗したりお叱りを受けたら責任は僕がとりますから」
という松岡さんの言葉が綺麗ごとにきこえないのは―本当はこれ以外に「叱った」エピソードもかなり伺ったんですが―現にお客様の前に立ち続けている人だからでしょう。
 

 3月11日の今日ですがわたしはこんな形でしか「いのち」を見つめることができません。そして現場にたつ受講生様方の優れた実践が、世界への信頼を取り戻させてくれます。


 松岡さん、「花小宿」のみなさんありがとうございました!



100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp


「介護の承認王子」林義記さんの新たなインタビューです。

 35歳の若さで「施設を変えたい」という志をもたれた林さん。幸い、4年前と比べると今は相談室長、さまざまな提案を取り入れてもらいやすくなりました。


 そのなかで「離職」という現象とがっぷり4つに組んだ取り組みが今、壁につきあたっています。残念な途中経過も含めてオープンにしたインタビュー、はじまりはじまり―。

※前回インタビューもあわせてご覧ください

 介護職の承認王子・林義記さんインタビュー2013・前編「夢は全員が承認ベースのコミュニケーション」
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51877352.html

 介護職の承認王子・林義記さんインタビュー2013・後編「叱る課題。上司もつらかったんやなあと」
http://c-c-a.blog.jp/archives/51877357.html


****

林義記さん20140731



林義記さんインタビュー 2014.7.23

 昨年度の施設の新人研修では、ぼくが講師で月1回集合研修をし、その中で新人同士お互いを承認することが功を奏し7人の新人に1人も離職を出さなかった、という成果になりました。

 ところが、残念ながら今年度に入ってその代の2年目の子から2人離職が出ちゃったんです。1人は女の子で、もう一人は男の子。プライベートなことが離職の理由でした。

 新人研修の場面では、順調に職場にも慣れ、仲間もでき、介護の力量も上がってきたという評価もありました。
一見、自立してきたように見えていたのに、問題が顕在化した頃にはもう手遅れで、二人とも未成年だったこともあり、田舎から親御さんが出てきて本人を連れて帰りました。

 このような出来事の中で悩みながら居るのが現状です。社会に出たものの、学校のように、本人と親御さん、会社の三者面談が必要なのかなーと思ったりしています。


 一方、今年の新人は高卒の新卒7人と派遣出身1人の計8人でしたが、そこでも早くも1人離職が出てしまいました。派遣出身の子が辞めました。これは何の前触れもなく急に来なくなってしまいました。
 このようなことで、今、頭を抱えているところです。

 派遣の人はうちの施設では難しい立ち位置です。うちの施設では今年度からプリセプター制度(メンター制度のようなもの)を採用し、プリセプター(教育者、教師の意)になるために2年目以降の職員を対象にOJTトレーナー研修をやっており、その研修にも承認を入れ込んでいます。1年目職員はプリセプターとずっと一緒に仕事し、先輩の管理下に置かれながら職務にあたります。しかしその辞めた子は派遣出身なのでプリセプターがつかなかったんです。
 
 派遣の人は人件費コストが通常よりも多くかかってることや人繰りが厳しい中で即現場に入って業務にあたってもらう必要もあって、申し訳ないけれど教育機会を設けるところまで行き届かない。結果的にノーマークです。そのためかトラブルが多い。この半年で僕の記憶の範囲ですが、派遣の人は6人入って6人辞めています。その辞め方が良くない、その子のように突然辞めています。

 先日、4月に入った子が残業していて
「帰りのバス代がないんです」
というので、ゾゾッとしました。こういった退職続きがあったものですから。

「貸すけど、正直に答えて。忙しくてお金を下ろせなかったのか、下ろしたくても口座にお金がないのか」
 すると、「下ろせなかっただけです」という。
「じゃあ、今日のバス代だけじゃないよね、あすのバス代も要るよね。晩御飯代は?朝ご飯代も要るよね」

 結局、5000円貸してあげました。そして前例もあるから早く報告しなければと思い、翌朝、事務長に言いました。事務長からその子とすぐ個別面談してもらいました。
 お金に関しては「下ろせなかっただけ」だったようです。

 事務長によるとバスの定期は買うように指導している、定期を買って領収書をもってくればその場で現金で精算するよと4月から毎月言っているが定期を買ってない。仕事面では、プリセプターがついているが1人ですることが増えていて、何かあるとわからなくて不安になるようだ。「みなと同じスピードで進まなくていいのでわからないことは訊こうね」と事務長からは助言してくれたそうです。


 現在の施設内研修は、大きなものとしては/型邑修(月1回、1年間)▲廛螢札廛拭爾鬚弔るOJTトレーナー研修(月1回の3回シリーズ)職員研修(月1回)の3本立てです。

 最近ではプリセプターを新人研修に連れてきて、実務の中でやっていることへの承認(プラスのフィードバック)を与えるようにしています。また、プリセプターだけ集めて振り返りの機会をつくるように企画を進めています。
 このほか資格をとるための合宿研修を舞子ビラで行いました。

 現状は研修参加について残業をつけてもらっていますが、今後はラジオ体操方式で、1回来たらスタンプ1個押すといった方法を導入し、手当への変更を検討するよう指示を受けています。

 それ以外にも法令にのっとってやらなければいけない研修があります。事故防止、虐待防止などなど。1人の人が月3回、4回の研修を受けている感じですね。



 2010年秋から「承認」に取り組んできてもう4年になろうとしています。部署の中で先輩後輩が承認しあえるような組織の文化になるのが理想です。承認しあえる機会を準備するのがまず大事なのかもしれない、それが今の私の役割なのかな、と思います。

 私自身が承認の出し手になることで、自分の部署のマネジメントは上手くいっていると思います。その先、経営層でもない私が、組織の中で展開するには何ができるか、というと、先ほどプリセプターを研修に連れてきてプリセプターから新人に承認する機会をつくるということをお話ししました。

 まだ実現していませんが、部署の上司を連れてきて、また経営陣を連れてきて承認してもらう機会をつくる、ということもできるだろうと思います。
 
 そんなふうによこ、たて、ナナメ、色んな関係が交流する場で網の目を色々張っていくことができればいいと思います。


 
 「ほめる」ということは上から目線の気がする。林君ってそういうの全然感じさせないよね。」 ということを、最近ある同僚に言われました。

 廊下で新人さんがばーっと走っていく。それが帰ってきたので「さっき走ってたね」「何かあったの」と声をかける。
 すると、ナースコールが鳴って、足元のおぼつかない利用者さんなので転ぶかもしれないと走って行ったという。それでまた「ああ、利用者さんの状況をよく考えてるねえ」と承認できる。最初の「走ってたね」は行動承認です(笑)
 それを横でみていた同僚の彼が、「自分はそんなふうに言えない。『さっきの走ってたの良かったね』と上から目線の言い方になってしまう」と言ったんです。

 「走ってたね」「何かあったの」というと、その理由を語ってくれる。それでまた承認できる。もちろん変な理由だったら叱るかもしれませんけど。行動承認のパワーですね。



 前回のインタビュー以降、叱るということについて再三考えました。
 叱らなければならないこととそうでないことの判断の軸を持たないといけないな、と。

 私たちは専門職で利用者さん主体です。利用者さんのより良い暮らしのためにわれわれは仕事している。それを脅かすような行動は叱らないといけない。倫理綱領を読み直してそれにそぐわないことはきちっと叱るようにしようと思いました。

 今相談室には4人の相談員がいます。その中の3年目の子、A君が業務の立て込んでいたある日、同僚がある利用者さんからの「相談したいことがある」という伝言を彼に伝えたんです。すると彼は「そんなん知らんし」と答えました。もともとその利用者さんとの間にわだかまりがあったようです。

「ちょっと待て、今なんつった?ちょっとあっち行こう」

と私は言いました。そして事務所から外して、「そんなん知らんって言ってたけどどんな意味で言ったの」

 そのとき私がどんな顔してたかですって?いや〜、きりっとした顔してたんじゃないでしょうか(笑)

 彼がその利用者さんのことを苦手だなあ、厄介だなあと感じていたのは背景情報として知っていました。それで「そのケースについて振り返ろうか」と言ってしばらく話して、最後は彼が、「今日は行けないです」と言いました。自分の気持ちの作り方がつくれないので、と。

 結局ぼくが代わりに行って利用者さんが伝えたかったことをきいて、こういうことを伝えたかったんだろうなー、と表層だけでなく背景まできいて、それを担当の彼に伝えました。
「次の相談機会に使ってね」と。

 もしぼくが時間がなくてそこまで出来なかったらですか?いやー、こういうスタイルになるんですよね(苦笑)



 別の女性職員B子さんは、ちょっとしたミスから大きなクレームになるかもしれない事案がありました。すべきだった電話連絡をご家族にしなかったことから「どういう状況だったか説明してくれ」というような質問状が彼女宛に届きました。

 その封筒をもってくるとき、彼女の手が震えていて「やってしまった」と。

 ぼくは上(上司)に持って行って「どう対処しましょうか」と相談しながら、そのやりとりを彼女にも逐一伝えました。
 どうして彼女が電話できなかったか。一連の対処をしながら、そのことを振り返っていきました。複雑な事情を抱えても居た中で、連絡しなければならないというエネルギーが低かった、彼女だけでなく施設全体としてなかった。
 しかし、私たちはいのちを預かっているので、それに対する倫理観が大事ですよね。
 B子さんは産休明けで2歳の子がいます。お迎えのために早めに退社しますし時間に制限がある。その中で電話1本が抜けてしまった。
「私からも発信するのでバトンをつなげてもらえたら」とB子さんからの言葉が出ました。「B子さんがそう言ってくれて私たちは嬉しいよ」と返す中で、それからはご家族への電話連絡もスピーディーですし、周囲の協力姿勢も増しています。



 離職防止に、やっぱり個別面談(各職場で上司から部下への)をした方がいいんでしょうか…。実は、上司から案をもらっている段階です。職員面談シートといって質問項目が10項目ほどあって。うーん、多いですよね(笑)
 でも個別面談、しないといけないかもと思っていましたから、背中を押された感じです。ありがとうございます。
 ぼくは7月前半、離職が続いたので事務所(相談室)ミーティングとして1人1人と話しました。1人10分程度。
その中でぼくが面談で聴いたのは、
「最近どう?」
「君自身に10点満点つけるなら何点?、その理由を聞かせて?」
この二つです。
その話を聞いて、ぼくからのフィードバック、「10点満点で○点と感じてるよ。」そして、その話の中身から、また普段の仕事の中から承認のメッセージを返していくということを行いました。

(※その後、施設トップから号令が出、8月下旬より各部署で個別面談をせよ、となったそうです。離職続きという残念な結果から新たな展開となりました)



 NPO(企業内コーチ育成協会)には、出会えてよかったなあと思っています。
 迷ったり悩んだり困ったりしたときに「こっちだよ」って言ってくれてる、六甲アイランドから(笑)
 正田さんと出会えてフィードバックもらえて自分のことを受け止めやすくなって、それまでそんなふうに思えなかった。あなたにはまだまだ伸びしろがこんなにあるよと可能性を感じさせてくれるように僕は感じています。

「承認王子」というネーミング、嫌じゃないですよ。ちょっと恥ずかしいですけど。王子なんていうキャラじゃないですから。そろそろ「承認おやじ」にならないといけないんじゃないかな(笑)

 自分のことを認めやすくなった。それがあるから周りに貢献したいと思えるのかなあ。ぼくでもお役に立ちたいと思える、そういう気持ちは(承認を)やってからの方が増えていると感じます。(了)


****

 林さんインタビュー2014夏、いかがでしたか。


 「離職問題」はまだ新しく、どこでも試行錯誤中。苦しみながら「解」を出している状況でしょう。林さん、今は産みの苦しみ。でも「承認教育」を新人から徐々に中堅へ広げ、望ましい姿に近づけていってますよ。


 心優しい林さんの中に宿る強靭な意志と行動力にこのたびも舌を巻きながら、きかせていただきました。
「叱る風景」もどこか微笑ましい林さんですね。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp



 今月9日、当協会の事務所に今度の事例セミナーでお話してくださるOA機器営業課長の柏原直樹さん39歳がみえました。
 柏原さんのチームは昨年上、下半期の二期連続社内表彰のあと、今年上半期は惜しくも表彰を逃しました。

そこには、何があったのでしょう…「承認」の話と「その先」の話と両方あります。

 先日このブログで話題になった、「営業マンとレジリエンスと承認」のお話も、柏原さんのお話の中にあります。

 それでは「営業マネジャー・柏原さん物語」、はじまりはじまり…。

****


 柏原さんと「承認」の出会いは2010年、京都勤務時代のことでした。

 それまで入社以来神戸営業所勤務。春日野道、長田区、須磨区、東灘・灘区と担当を替わりながら営業マンとして実績を積んできました。2年目ぐらいまでは結果(営業成績)を出せず、その後「知識をつけないといけないんだな」「お客さんのためにどうやったら良くなるか考えないといけないんだな」と考えた結果、成績が上がってきました。

 社長賞など個人として結果を出し、係長や課長代理になるのは同期で一番早かったとか。

 中学高校ではハンドボール部でキャプテンをし、「先生になりたい」と思ったこともあった柏原さん。若手時代から、上司が部内の営業方針や情報共有の仕方を「こうしよう」と言うときに、自分もマネージャーになって部内の営業方針や情報共有の仕方を自分のやり方も交えて職場のみんなに伝えていきたいと思った。また尊敬するマネージャーの先輩達がたくさんいた。だから、マネージャーには早くからなりたかった、といいます。

 ところが、京都に転勤になって半年後にいよいよ最年少課長になると、様子が一変します。

 ベテラン、新人とりまぜて7人のチームを任された柏原さんは、1年間はまったく結果が出ませんでした。

「課長の仕事量や責任感は、それまでイメージしていたものとは全然違うものでした」
と柏原さん。数字の責任、人材育成の責任―。組織を半年後、1年後にどうしたいのかをイメージすることが必要でしたが、課長になった当初は目先の数字を追いかけるのが精一杯だったといいます。

「その時期には『なんででけへんねん』『頑張れよ』と、部下にきつい言葉も言ってしまっていました」。

 ただ、その低迷期間は元上司や先輩達、同僚、他職種の人たちが「数字厳しいな、大丈夫か」と声を掛けてくれたとのこと。そういう思いやり合い気にかけ合う気風がもともとある、良い社風ですね。

 そうして静岡の営業部から転勤してきた新しい上司、永井博之さんに巡り合います。

 永井さんは当時京滋営業部の部長、柏原さんは京都南支店の課長。最初の個別面談で柏原さんは「一人でやり過ぎている」と永井さんに言われたそう。
「NO.2、NO.3を育てなさい。どれだけ正しいことを言っても1対10、1対30では勝てないよ」
 任せてない、部下を信用していない自分を見直すきっかけになりました。

「マイナスのこととか厳しい発言が多い。いいところを認めてあげて」
というのも、永井さんの助言。暑い中でも営業マンは1日10件、20件、飛び込みも含めて訪問してくる。まずは戻ってきたらそれを認めてあげて。
 さらに、メールの書き方も指摘されました。マイナスのことを指摘しない。メールの伝え方を添削されたり、朝礼での話し方や話す内容をみてもらったり。

 そんな中で実績が出なかった若手セールスが毎月販売実績を出すようになってきました。

「実績がずっと出ないことで普段でもいろんな人たちから厳しい指導やアドバイスを受けて、私も下の人たちに同じようにしていたと思います」
と柏原さん。そこを我慢しながら、一日の中で良い所はないのか考えて承認しながら、日々の行動を改善したところ、平均までは行きませんがまったく売れないと言う事が無くなり、少し明るくなったのではと思いました。やがてNo2のセールスやベテラン達も同じように数字も上がり、その後の半年間は以前あった数字の波が減って安定した実績を上がれるようになりました。課内でみんなでこうしよう、と柏原さんから言ったことも、以前は取り組んでくれない人もいたのが、みんなが取り組んでくれるようになりました。

 永井さんと柏原さんが京都で一緒に勤務したのは半年ほどで、ほどなく柏原さんは神戸営業所へ戻りました。するとプレゼンをしたときに以前の同僚から「言い方や話し方が変わった」と言われました。

 その後昨2013年は上半期・下半期とも社内表彰の成績を上げましたが、現在の上司からみた柏原さんの課題はもはや「モチベーション」ではないとのこと。課題を2つ、指摘されています。

 1つの課題は「コンプライアンス」。
「結果が出ていたこともあり、結果さえ出ればという昔の考え方が出てしまったのかも」
と柏原さんは振り返ります。現在の部長さんからみると、
「モチベーションを高くしてそこへ引っ張る力はある。一方ルール、決裁、報告の仕方をちゃんとしないといけない。でないと部下も上になった時にそこで苦しむよ」
と言われるそうです。折しもベネッセの顧客情報流出事件が起き、面倒ではありますがコンプライアンス重要ですね。

 もう1つの課題は「No.2、No.3の育成」。今年上半期は1-3月は消費増税の影響があって成績が伸びたけれども後半息切れしてしまった。部下に任せ切れていなかったのかな、と柏原さんは振り返ります。

 そんな風に、今の柏原さん39歳は「承認」の次の段階の壁に当たっているようです。

 ところで、柏原さんのいる会社は、グループの中でも優秀販売会社に認定され、その社内の「コミュニケーション」や「人材育成」の取り組みが注目されています。

 例えば、部門間相互学習の取り組み。他地域の優秀な営業マンを呼んで取り組みを話してもらうことも随時やっています。

 そうした取り組みの1つが週1回義務づけられている「個別面談」。職種関係無くすべての課長が行うことになり、柏原さんは7人の課員と週に必ず1回、10-15分面談をします。朝の朝礼の後に1-2人、夕方は4時半には訪問から帰ってきてもらって、社内の個別面談用のスペースで。「当日いきなりじゃなくて、1-2日前に『この日この時間に』と決めておきます。そうすればあらかじめ何を話すか、向こうも準備してくれるので」(柏原さん)。

 当初は何を話せばいいのか戸惑うこともあったそうですが、
「仕事の中で不安に思っていること、悩み」
「できたこと、できなかったこと」
「会社で求められていることの進捗」
等を話し合います。成果として、個別面談以外の時間でも、ちょっとしたことをこまめに相談してくれるようになったそうです。

 多忙な営業パーソンの世界ですから、こうした「週1回の個別面談」などは、TOPダウンでないとなかなか可能にはならないでしょう。当初はパワハラや離職が昨年問題になったのでそれらの防止が目的で、離職はお蔭で減っているようです。

 そのほかパワハラに限らないコンプライアンス通信や安全運転の週報が回ってきて、みんなで読み合わせをします。半年1回コンプライアンスに対するミーティング。8時以降には仕事をできなくするワークライフバランスの取り組みなど。


 営業マンとしての「打たれ強さ(レジリエンス)」と承認の関係は?と言う質問に答えて。

「けんもほろろのお客さんに何度もアプローチすることは、僕らの世界でもありますよ」
と柏原さん。断られて帰ってくることには認めている。承認は成果とか行動の方を認めているので、何もしないでほめているわけではない。

「外も厳しいですが、むしろ中の方が厳しいと思います。承認がなかったらやっていられないですよね」。

 ですので、帰って来たときの「お疲れ様。おかえり」。金額の大小関わらず受注があった際の「おめでとう」は当たり前の事かと思いますが、一日外で帰ってきたセールスマンには何よりの言葉じゃないかと思います。それプラス、行動面で良かった事を会社に帰るまでにみんなから色んな報告を帰社前に聞いているので

「いい情報とれたね」、
「今日よく回ったね」
「いい取組だね。代わりにみんなに伝えてよ」

と承認しています。

 営業マンの行動の目標値は沢山あり、訪問件数、有効訪問、商談の発生比率、10件訪問するうち3件は新規顧客であること、その顧客は社員10名以下なのかそうでないのか、訪問の目的は何か、などなど。「セールス・イズ・サイエンスですよね」。それらを1人1人に入力してもらい、柏原さんも毎日それにコメントする日常です。

  どういう場面で承認をしているか。

 例えば自分が立てた目標に対してできたこと。実績の結果で認めるということはせず、やるべきことを精一杯やってそれで買ってもらえなかったら叱らない。一方、「今日行きます」と言って行かなかった人には、「じゃあなんでこの予定立てたん?」とは訊く。よくできたねって認めた上で「じゃあもっとこうしたら」とアドバイス。

「ある50代のベテランの営業マンについて、今日はみんなの前でほめました」
と柏原さん。
「兵庫の中で自動引き落としの登録で1番をとった。自動引き落としは回収リスクを減らすメリットがあります。振込用紙をお送りしても、お客様からの入金が遅れて業務から督促電話をかけたりするのはすごくムダです。営業マンも回収の確認をしなければいけませんし、お客様も振り込む手間がかかります。仕事の時間はみんな共通ですが、その時間をより有効に営業活動に使えるかは無駄な時間をどれだけ省けるかです。同じ数字をだしても遅くまで仕事をして結果をだす人と、昼間の時間で結果を出す人は評価は違います。又、他の職種の人の負荷を軽減してあげる事が全体の仕事の効率化と会社全体の生産性を上げる事につながると思います。たぶんみんなも、なぜそれ(自動引き落とし)をやらなければいけないのかわかってない」

 この話に「営業マンの世界ってほんとに一匹狼なんですねえ」と正田はちょっと新鮮。何しろ自分は営業専業になったことがない。営業マネージャーさんと話す機会だけは多いくせに。

 そんな一匹狼の営業マンだから、マネージャーが常にはたらきかけて周りが見えるようにしてやらないといけないわけですね。あと縁の下の力持ちを讃えるように。

「毎日、何か成果を取ってくださいとは言います。契約、情報、自動引き落とし…。例えば情報だけなら、お客様に玄関払いされても、入口のところにタイムカードレコーダが見えれば『社員さん何人ぐらいだ』とわかり、給与管理のソフトが要らないだろうか?と次のアプローチにつながります。貼ってあるポスターでも何かわかります」

 話している間に柏原さんの携帯が鳴りました。下期から柏原さんの課に合流しその前日まで同行していたベテランの営業マンからの「異動後初めての契約がとれました」という報告電話でした。

「嬉しいですね。これまでずっと平均以下の成績できた人なんですけど」
みるみるいい顔になった柏原さんでした。


 柏原さん、お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました!


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)へのインタビュー後編です。

 ここでは、有光さんがVAL21で9-10月と「承認」を学ばれて以来、みずから行った実践のお話を語ってくださいました。

 舞台は地域のとある活動ですが、まあ、その「成果」が半端ではないのです。

 高齢者にかかわるお仕事をされている方、またジャンルにかかわらず地域活動をしておられる方、必見です。


有光毬子さん物語 
後編・地域に「承認」を持ち込んでみた、「承認」について語った

■ラジオ体操の会参加者が100人に
■名前を呼びかけ、話をしてもらう
■高齢化社会、関心を持たれることで人は変わる
■男性が命懸けで組織を変えていってほしい



****

■ラジオ体操の会参加者が100人に

有光:
 私も仕事をする中で色んなチャレンジをしてきたけれども、一番自分自身が関心をもち意識してやってきたのが、やっぱりリーダーシップということ。最初の上司が、理念とか仕事の価値とかいろんなことを語ってくださった、ああいうリーダー、私はすごく感動して、私もそういうリーダーシップのとれる産業人でありたい、と自分のライフプランにも描いたわけですよ。だから、リーダーシップということにすごく関心をもって仕事をずっとしてきたつもりなんですけれども、
 この間VAL21で(承認の)研修をおききして、改めて色々感じさせられるところがあってね。要はリーダーシップというのは、まず人にどれだけ関心が持てるか、ということなんだわと。人を駄目にするというのは、人を殺すのに包丁やピストルなんか要らへん、人というのは無視すれば駄目になっていく。関心を示してやらなければこの人は駄目になっていく、死んでいく、簡単なこと。私心底そう思えて、この間承認のお話をきかせていただきながら、またつくづくそういうことを感じていたんです。
 それで私が取り入れさせていただいたのが、もう企業という第一線にはいませんけれども、企業のような競争云々、というのじゃなくても、地域とか私的なところでも同じことなんだろうな、と。そこで地域のラジオ体操の会の中で少しそういうことを試みました。
 企業人の世界だけでなく、地域社会の中でもそういうことは必要なんだろうな、と思えたんです。

―ラジオ体操を呼びかけたら100人ですか、集まられたそうですが、すごいことですね。よろしければそこからお話いただけますか。最初どんなふうに立ち上げはったんですか。

有光:最初、ラジオ体操に私は参加してなくて、皆さんされてたのはされてたんです。大きな団地の中のグラウンドがあって、私も健康のためにそこを朝ウォーキングしていました。すると6時半ごろになるとラジオが鳴って、何名かが体操しておられる。そういうところへ参加したんです、最初はね。ウォーキングで自分でしばらく歩いて、6時半になって体操して帰る、と。
 そうしてずっと見ていましたら、やっぱりみんなで集まって体操して、という地域のコミュニケーションを、もっとみんなの中に濃いものにしていけないかな、と思ったわけです。だから先にやっておられた方はおられるんですよね。
 ところが神戸市が「年中無休ラジオ体操の会」というのをしていて、印鑑を押して100回になったらこの色のバッジ、300回だったらこの色のバッジとか、神戸市が提供してくれるんです。「せっかく体操をするんだったら、それをしよう」と、神戸市のサポートを受ける形をラジオ体操の会に持ち込んだんです。
 安物のバッジですよ(笑)だけどやっぱり目標をそういう形で与えられることによって、俄然増えてきたんです、参加者が。夏場、100人ぐらいになるんです。今、冬は寒いから40人か50人弱ぐらいになるんですけれど、また春からぐーっと増えてくると思う。
 人っていうのはラジオ体操して印鑑がいっぱいになったからいうてすごい賞金がもらえるわけでもなくて(笑)、そういう風に目標、目的があることによって随分違うな、と感じました。そこでその形でずっとやりよったんです。「いっぱいになったら言ってくださいねー」って。そして私が毎日印鑑を押すのは大変だから、自己申告で枠の中に日にちを書いて「いっぱいになったら持ってきて」と、バッジをあげるようにしてたんです。
 そうしてずっと続けていて、そこで去年の9,10月に承認のお話をVAL21で聴く機会があって、もっとみんなが活き活きと輝いてくれる方法はないだろうか、と思ったんです。そこで行ったのが、バッジを渡す時にみんな集まってもらって、「今日いっぱいになられた方がいまーす」と、みんなの前で渡す。そしてまたその方に一言喜びやとか感想を語ってもらう。というようにしたんですよ。そしたらね、もう全然会の雰囲気が盛り上がって、その話する人も「きのうからどう言おうか一生懸命考えてきたんや有光さん」(笑)

―可愛い(笑)

有光:本当(笑)参加者の方は70歳、年長の人で80歳、要は高齢者の方が多いんですよ。早い時間ですからお仕事してる人はラジオ体操参加しとられへんからか、高齢者の方が多い。そして1人で住んでるという高齢者の方も随分いらっしゃる。そういう方々がそこへ来て、みんなと「おはよう」って声かけて、元気が出かけて。そして話し合うからそこで友達同士ができて、「お茶飲みに行こう」って行かれる方も増えてるみたいだし、すごく盛り上がってるの。
 そして私思ったのは、大したことじゃないですよ、でも人の前に出て、みんなで認めて、「おめでとう」「100回おめでとう」「300回おめでとう」って認めて、そして自分が少しお話をされて、こういうことはやっぱり人に生きがいとかやりがいとか輝きを与えるんだというのを。だから研修はそういう演出を少し取り入れさせていただいたきっかけになったんです。

―まあよくそういう形に昇華してくださいました。


■名前を呼びかけ、話をしてもらう

有光:
それでこの間、もうバッジも大分渡しましたから、300回の人も随分増えてきているし、今度は私がもらう時だったんです。それでどんな挨拶をしようかなと思ったときに、「実は私、セミナーでお勉強してきましてね」と、この(承認の)話を少しして、「人というのは、こうやということを教わってきました」と。そして逆にね、何でもないところをちょっと歩いてて、「ラジオ体操始まるよ」て集まって、「おはよう、元気やった」とこの一言でね、人間というのは、「あなたのことをわかってますよ」ということいなる、これが大事なんや。「だから私こんなお世話してるけど、みんなが声掛け合っておられる、みんな一人一人が大事な役割を果たしておられると思う」という風に挨拶させてもらったんですよ。
 そしたらね、今まで何でもなかったものが、「明日は何々の用で出かけるのでラジオ体操来ないけど心配しないで」と、そんなことを言って帰られたりね。
 だからやっぱり、人というのは関心をもって、「あなた」と。
 そして何百回って表彰するとカードに住所や名前電話番号を書くようになっているから、それをいただいて、そこでお名前を憶えるわけですよ。そうすると「おはよう」でも、「○○さん、おはよう」と、名前まで言ったら、ただ単に「おはよう」だけ言っているのとは全然違うな、とかね。こんなこと今になって、この歳になって感じたっていう、ね。凄いですよ、人というのは。

―嬉しいでしょうね、皆さん有光さんに呼びかけられたら。

有光:勉強させていただいたんですよ(笑)いや気づかさせていただいたというか、ね。人というのはこんなに、「あなたに関心を持っています」というのを示せば、必ず反応がきて、そしてそれは相手が元気になったりいい方向に行く。
 企業はそれが競争力につながったりするわけやけど地域やからそんなことを求めてるわけではないんだけどね。みんなが元気で過ごせるような地域コミュニケーションができれば最高だし。

―本当にそうですね。

有光:私も地域のことには疎かったけど、あまり関わりもなくしてきたけれど、やっぱり地域でもそういうことをしていくことは大事だなあと。確かに地域でも1年間に何回か、70歳以上とか60歳以上のお食事の会とかしはるんだけど、私の考えはそんな年に何回っていうよりも、毎日が、暮らしっていうのは大事なので、ラジオ体操も毎日だから、顔を毎日合わして、そこで一言か二言か話する。「あ、これなんだ」と。
 だから「ここへ来なかったら1日誰ともしゃべらんといる」って言われる方も大勢いらっしゃるけどね。朝集まって「おはよう」「どうやった、元気やった」と言い合ってる、それがなんかみんなの元気の素になってるみたい。すごいですよ。
 この間なんか、80近い方にバッジお渡ししてみんなに一言、って言ったら、すごいいい話をね、それはもうびっくりして「すごい人やねえ」というぐらい。翌日お会いしたときに「いやーすごいいい話聴かせていただいた」と言ったらその人すっごく喜んでくださるんですよ。
 やっぱり大事なのは人に関心をもって、人がどうすれば活き活きとやる気・元気を出すんだ、ということを考えるということは大事なんだな、と。
 もっと若い時に真剣にそう思ってたらもっと出来ただろうに、と(笑)

―いえいえ、逆に本当にすごい方だなって思います。有光さんほどの蓄積があって、これだけやってきたという積み重ねがおありになって、そのあとでこんな若輩者の研修を聴かれて「あ、これだ」と思ったときに「あなたの言われること、取り入れましたよ」と言ってくださる、その懐の深さがすごいと思います。本当にどうしてそんなことができるのか、って思います。

有光:いえいえそんなおっしゃってるようなレベルの高いアクションを起こしているわけじゃないんですけど、私はあの考え方というのは今、地域の中でこういうやり方でしたら自分自身も活かせるんだ、と思ったんですよ。同じことしてもちょっとした工夫とか、相手への動機づけとか、それで人というのは変わる、というように思ったときに、「やってみよう」と思って。

―リーダーのお力ですね…。有光さんがそこに入られて今最大100人という集団になられたときに、そういう関わり方をされる方が有光さん一人ではなくなっていて、それ以外の方同士も「おはよう、元気やった?」という声掛けをし合うようになられている、というのが凄いです。

有光:うん、あれがいいですね。100人もおれば、気の合う者もできてくるんでしょうね。話して、楽しそうにしておられるのがね…、


■高齢化社会、関心を持たれることで人は変わる

有光: また嬉しいなと思ったのは、私がノートを出して「今日はこの方が」とやっていたら、何人かの方が「一緒に手伝うわ」と言ってくれたんです。そこで「1人じゃきびしいけど何人かだったらできるな」と思ったのが、今年の最後、12月31日。「1年間頑張ったね、喜ぼう」と言って、コーヒーの紙コップを私家でバーッと並べて、コーヒーの粉を入れて。微糖のスティックのを。まあ平均的やから微糖がいいかなーと思って。冬場だから50何個用意したらみんなに当たるわ、と思って。
 そこではたと困ったのは、お湯。うちのポットの容量では50何人分もないから、そしたらみんな「持ってきてあげる」と持ち寄ってみんなでお湯を注いで、そしてラジオ体操が終わった後みんなで立って熱いコーヒー持って「今年1年間頑張れたねー」と言ってね、

―わあー(拍手)

有光:うちの夫も協力してくれて一緒にやってるんですけど、夫が言うにはそのみんなの前で「よう頑張ったね」と声をかけてもらうのを、「お前が言ったらあかん」と。だれか頼んで、その人が前に出てもらうように、と。それである人に頼んだら「はいやります」。そしてみんなの前で1年の頑張りを感謝するような、たかがコーヒー1杯ですけどね(笑)。
 だから「いい会になりかけたねえ」って。

―本当に素敵なお話。皆さん笑顔になられて、きっと細胞レベルで若返ってらっしゃいますね。

有光:うん、でしょうねえ。私、感じるようになりましたもの。
 初めは黙々と何名か、ラジオ体操が始まる前グラウンドを歩きますからね、皆さん挨拶はするけれど「おはようございます」と言うぐらいだったのが、もう違う、会話になってきてるでしょ。だから全然違ってくる。
 「もうあと1週間で有光さん、一杯になるからね」と予告してくださる。「でもようしゃべらんけど」って言いながら、結構嬉しがってしゃべりはる(笑)

―嬉しいんですね、きっと(笑)

有光:だからね、勉強させていただいたことをそんな形で取り入れさせていただいて、真似ごとみたいなものですけど、良かったです。

―いえいえ、素晴らしい実践でいらっしゃいます。
 ありがとうございます。こういう形のこういう場でのご実践というのは、私初めてお伺いしますので、嬉しいです。高齢化社会にこういう形でお役に立てるんだ、と逆に励みに思いました。

有光:うん、うん。もちろん職場でも求められるし、でも地域には地域の中で結局は「人」ということを軸に考えたら一緒なんだ、って。やっぱりまず自分に関心を持ってもらう、ということが一番の喜びなんだ、って。そうするとそういうことは少し演出したほうがね、それは実感できる。そうすれば必ず元気になれる。
 近所に高層の団地があってここに運動場があるんやけど、あんまり大きい声出しよったら朝早いのに(笑)「団地からクレーム来いひん?」っていうぐらいみんな元気で、声掛け合うというのは変わってきましたね。
 ですから間違いなく、同じことやっとっても、そういう考え方を少し取り入れて工夫していくことで、状況はコロッと変わる、というのはねえ。

―そうなんですねえ…、びっくりします。


■男性が命懸けで組織を変えていってほしい

有光:
私自身のときも「こんな勉強してきてね」って話ができて、ああよかったなと思って(笑)みんな色々と工夫してお話してきておられるけれども。

―有光さんなんか他にもいっぱい、お仕事の中のご経験もおありになるし。

有光:いやいや、リーダーというわけではないけれどお世話役している者があんまりぱっと上に出て難しい高飛車なことをすると、やっぱりちょっと敬遠されるというのがあるので。そこらもうまくしないと(笑)
 やっぱり相手に受け入れられて初めて伝わっていく。どうしても一方的だと敬遠されて構えられてしまうけれど、やっぱり自分から入っていって気持ちのうえで受け入れられて初めてそこに本当のコミュニケーションみたいなものが出来ていくんだなあ、と。こんなことを通じてでも勉強させてもらいながら。うん。
 みんなにはよく言うんですよ、色んな講演会だとかセミナーで勉強しても「習ったわ」「きいたわ」で終わってしまったら絶対もったいないと。習った場で「あっ」と思ったら、それを必ず自分の行動として実践する、でないとあかんと。聴いて勉強してきたら知識は残るかもしれんけどそれはあくまで知識で、やっぱり実践に変えていかんといけない、という。実践に変えていくというのは必ずそれを体験することやと。だから1回「あ、これ」と思ったものは何らかの形で自分自身でやってみる。行動してみる。でないとせっかくの色んなお話を聴いても「あっ」「良かったわ」で翌日から忘れてる、それはもったいないですね。
 まあ本当いいことを学ばせていただいて、こちらこそ感謝しているんですよ。

―すみません押しつけがましくて。
 …まだまだ特に男性の方々は、これとは真逆のことを言ってる方も結構おられますので。

有光:ああなるほどねえ。うんうん。
 でもあんまりもう、のんびりゆっくりということでは、これだけ色んな環境が変わってきてるから、やっぱり早く、重要なこと価値観を取り入れる、そして間違った、まあ過去には正しかった観念なのかもしれませんけど、今の状況に合わない固定観念を捨てられる勇気を持てないといけないんでしょうねえ。
 固定観念で動いてたら楽ですけどね。今までやってきた通りにしてたらいいし、それを壊すということは非常にしんどい。けども変えなければ、やっぱりそういう状況変化に対応できなければ、やっぱり人は滅びるというか、ですからね。
 だから勇気をもってチャレンジをして、今の時代に必要なことを早く理解して。
 ワークライフバランスなんかも、女性だけが論じてるだけじゃなくて男性が大きな社会の問題として捉えないといけないですね。
 これ叱られるんですけど、企業でもまだまだ、ワークライフバランス云々ということに力を入れてる、と言わなければ、企業評価が落ちるからいうて取り入れているところがあるんですね。まだ建前で取り入れてる男性の方がいっぱいいらっしゃって、そうではないんだということまで言って、そして男性が本当に命懸けて企業風土を変えていく、そうしていただいたらありがたいですけどね


―そうですね…。
 いやー、なんかやっぱり感動に包まれてます。本当に私の生まれたときからお仕事されてきた方なので、その頃から志をずっと曲げずにやり続けて今があられる方にこんなにお話をうかがうことができて。

有光:いえいええらい雑談みたいなことで申し訳ないです。
 自分自身はそうやって無理もしながらしてきたけど、でも考えたら、たくさんの人に支えられて、そして作られてきた。最初の上司の方は忘れられないものね。もう亡くなっていらっしゃらないけど。本当に、あの人が色々と話してくださった。うん、あれで自分自身の人生観なり、「私もこうなりたい」と思ったのが、あれがスタートやもんね。だからやっぱり、人にも助けたり影響を与えてもらいながら、自分も少しでも人に影響を与えられるような生き方ができたら最高なんだろうけどねえ。

―いえいえ。そのルーツをお伺いして、「ああ、それでなんだ」とちょっと合点がいったような気がします。ありがとうございます。有光さんが私どものような者に何くれとなく言葉をかけてくださるのが。

有光:そうね…、まだ、まだ頑張らんといけない(笑)色んな頑張り方があるから。
 私もね、随分いい内容の企業内研修をやっていただいてるんだなあ、と初めてお話を聴いて思いました。例えば10人聴けば10人がみんな反応してくれるということはないかもしれない、でもその中の2人でも3人でもそのことを消化してくれればそれはもうすごいことやと思うので。是非頑張っていただきたいと思いますね。

―ありがとうございます。あと10年か20年、お言葉を励みに頑張らしていただきます。


****

 有光さんインタビュー、いかがでしたか?

 前編も「鳥肌たつくらい」すごいお話の連続なのですが、この後編はまた違った意味ですごかった。

 地域活動の中でも「ラジオ体操」は毎日のことなので、もっともおとしよりと近い距離にある活動といえるだろうと思います。

 それを毎日続けておられる有光さんならでは、またお若い頃から「日本生協連会長賞」をとられたほどの勉強の虫・有光さんならではの学習能力で、ラジオ体操の世界に「承認」をもちこみ、そして皆さんの笑顔と活発なおしゃべり、感動的なスピーチのある世界に変えてしまわれたのでした。

 「1日1回ここでしか人と話をしない」というおとしよりたちの、それまではどんなに灰色の日常だったことでしょうか。

 また、これほどまでにおとしよりを活性化させる「承認」というものを考えます。
 よくあるのです、現役男性リーダーたちが口を「へ」の字に曲げたまま、

「ふ、若い人にはこういうのは喜ぶんでしょうね、『ほめる』っていうやつはですね」

なんていう。そう言っているご本人が実は自分もほめられたくて一生懸命見栄をはり背伸びをしているのが見えたりもするのですが、

「承認欲求」はなにも若い人だけのものではなく、としをとって死ぬまで一生のものなのです。人はこれほどまでに「認められたい」存在なのです。

 いい悪いではなく、そのことを「認め」なければなりません。

 途中わたしが言った、「細胞レベルで活性化されているでしょうね」というのは、かなり本気で言っているのですが、どなたか理系の研究者のかたそういうことにご興味をもってくださらないでしょうか。

 哲学者の河野哲也先生もいみじくも言っているように、たとえば「フロネシス(実践知)」を体現している人の脳の状態に関心をもつ脳科学者などいない、なぜなら一般人がそれに興味をもたないからだと。これは寄り道^^;

 また心正しいリーダーがそれを使ったとき、場に隔てなく清らかなエネルギーが横溢することを思います。それはきっと、ナルシシズムの勢いで地域活動を牛耳ろうとするリーダーがつくる場にはないような、だれもが足を向けたくなるような場、だれもが「自分の居場所だ」と思えるような場であろう、と思います。



 最後のほうの有光さんの言葉、

「男性が本当に命懸けて企業風土を変えていってくれたらありがたい」

 これは、男性に比較的強いことになっている(女性にはあんまり強くない;;)わたしへのエールでもあり宿題でもあるな、と気を引き締めたのでした。

 当協会の受講生様、会員様方、よろしゅうございますね。



 ともあれ、有光さん、このたびは貴重なお話をありがとうございました!



有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」
 


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

有光さん3
 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)へのインタビュー4回目、前編の最終回です。
 ここでは、女性初の役員になられた有光さんが「男性多数」の意思決定機構へ入られての感慨が語られます。
 男性だけだと、やっぱり変なんじゃないの!?どこがどう変なの?
 と、思われる方は是非本記事をご覧ください…。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ


(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は


―本当に密度の濃い人生でいらっしゃいますねえ。

有光:いやいや本当。でも今の若い女性たちなんかにも、この間でも会議できいてたら、育児休職制度ってもう大半の企業にありますでしょ。だけど取りにくいから辞めるっていうわけですよ。「なんで?」といったら「嫌な顔をされる」とか、云々とね。「贅沢や」と。制度があるんだったらきちんと活用して、ただし復帰したときにやはり企業にそれだけの価値があるように努力はせんとあかんと。と、いう話はよくするんだけど、ね。
(制度が)ないものを頑張ってあるようにされた企業のロールモデルの先輩たちは「ない」ところからスタートしておられるでしょ。しかし「ある」のに、使わないというのは、これは私にとってみれば、ちょっと甘えてるんじゃないの、というときもあります。

―ああ、やっぱりありますか。

有光:うん。

―男性の上司や同僚とのご関係もお伺いしていいですか。
 有光さんが人の何倍もの努力をして頑張られて、それに応えるように道が開けてきたわけですけれど、「彼女があれだけ頑張ってるんだから、結果も出してるんだから認めてやろう」という人と、逆に「いや、頑張ってるか知らんけど女は女や」とか、「女のくせにこれだけ頑張ってるから認めて、いうのは生意気や」とか、こっち側の男性もいたと思うし今も多分いるんだと思うんですね。どんな風にそのあたりは。

有光:そうですね、確かにタイプとしては、どっちが多いかったかは知らんけど2つのタイプがありますよね。同期より少し若い男性たちは、すごく気持ちよく、何の抵抗もなく私を受け入れてくれました。女性より男性のほうがやりやすかったというのも(笑)同期、また新しく入ってきた女性たちへ私自身がやっていることを理解してもらうことよりも、男性のほうが何となく受け入れてくれた、というのはあります。

―何だかわかる部分あります(笑)


■心無い噂と夫の理解

有光:
でも、難しかったのはすべての男性ではないけれど、私たちより上の、年齢も地位も上の人たちは、やっぱりその人たちが持っておられる独特の人生観を持っておられますからね。「そこまでせんでもええのに」とか、マイナスの評価、批判、それは間違いなくありましたね。
 うちの夫が今でも言うけど(笑)「主人が可哀想や」って、よくそれは言われましたね。

―(笑)ずきってきませんでした?

有光:いや、くるんですけど、今でも県の方とかといろいろ男女共同参画とかでお話する機会はありますけれども、心底そのことを理解してるのはうちの夫やな、と思うわけですよ。知事がワーッと言いはってもなんか響かない(笑)と思ってきいてるんですけどね。
 でも初めは、うちの夫もすごく嫌だったみたいですね。特に私が人事にいましたから、人事というのは人の評価もみんなわかる部署ですよね。主人は職場結婚ですけど違う部署でして、結婚するときには私は結婚してからも仕事を続けたいと言ったんだけど、やっぱり「辞めといてほしい」と。「退職してほしい」と、いう思いは持っていたみたい。

―そうなんですか、ご主人様そういう思いは口にはお出しにならなかったけれど。

有光:出さなかったけれど。「なんで続けるんだ」とか、何となく少しは言っていたけれど、どういう風に説得したかは忘れたけど、継続して勤めるのは説得した。
 あとできいたら、なんで彼が私が勤めるのを渋ったかというのは、私は逆に人事部にいるから、職員の色んな情報がみんな集まるところやからそういう意味で自分が嫌やと思うやろな、とこっちは思ってたけど、そうではなかったみたいです。自分が結婚をし、やがて子どもを作って育てるということになったら、やっぱり一人前に仕事をできないのを「やっぱり女の人はあかんなあ」とこれを言われるのが嫌だったみたい。
 だけども、私が結婚してから自分がやってる仕事家へ持って帰ってやってるのをみて、「これはやっぱりちゃんと評価してやらないといけない」と思ったらしいですよ。

―ああそうですか、そういうお姿をみてご主人様もお考えが変わったんですね。

有光:自分自身がただ勤めたいだけで、ともかく勤続だけを意識して嫌だと思っていた。「あの人の奥さん何や」といわれるのが嫌だったみたいです。後できいたら。だけど熱出しても仕事に行ってるし(笑)これはほんまもんやな、と途中で思った、と言ってましたけど。
 でも逆に周りの男性がうちの主人をみて「気の毒や」(笑)とか、結構言ってましたね。

―奥様がそんな頑張り屋でいらしたらご主人様お幸せやと思う、かえって(笑)絶対励みになるじゃないですか。

有光:色々あったみたいですよ(笑)今だから言えますけど本音を言えば、役員、経営層にまでなっていくというのは当然人数が絞られますでしょ。まあ女性にもそういう機会を与えんといけないということもあって、女性の役員になって。そうすると夫のほうは地位としては低いじゃないですか。周りの人は、すごく「あんなでようやってる」と言って主人への同情の声が随分あったんです。うちの主人は全然(笑)長い中で彼女自身がそういう風に頑張ってきたんだから、それだけの力があるんやったらそういうポストを与えられてもいいんじゃないかって。本人は全然そんなじゃないのに、周りからは色々と(笑)ありましたね。

―なるほどですね、年下の男性はかえっていい感じでおつきあいできる。

有光:ほんとですよ。そうですね、下の若い子はどうなんだろう、家にもよく遊びに来たりしよったし、自分でも仕方がないから女性やけど従ってるというような雰囲気を感じさせる部下の男性というのは居なかったように思うんだけどね。

―さすがですね、有光さんだからですね。

有光:1人1人の本音は知らんけど私自身ではそんな風に感じたことはなかったです。
 まあ、私さばさばとやる方ですからね。あんまりねちねちとはしないので。
 まあしかし―、振り返ってみればきつかったなあ、というのもあるけれど。

―うーん、想像したらものすごいきついご生活されてますよ。

有光:まあどんなことも今になったらいいことだけが思い出に残るものなんですかね。私何にもきつかったとか苦しかったとかいう思いはなくて。


■「これまではこれでやってきたから」―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い

有光:
そういう男女共同参画へのチャレンジというのは今、主に2つのチャレンジについてお話しましたけれど、そうではなくて例えば部長職に就いたり、役員になったりして、会議で圧倒的に男性でしょ。そうすると議論をするときの価値観や評価の仕方がすごく大きく違うな、というのを色んなところで感じることがあったんですよ。

―有光さんからみてどんな違いでしたか、それは。

有光:男性は大半は過去にやってきたことを継続してその価値観を持ち続けてその延長で次のあり方みたいなのを評価をしはるわけやけど、私は「そうじゃないんじゃないの」っていう全然違う発想が生まれるんです。

―たとえば1つ例を挙げるとしたら、どんな。

有光:たとえばね、次年度の事業計画の作り方のプロセス。事業計画を策定しますよね、それのプロセスについて、なんせ今まで作ってきて、去年なんぼで、今年の実績がなんぼで、それに何%アップとか、数値計画でも大体こういう風につくりはるんですよ。それに対して私は、例えば今年の計画が、これまでの進捗であればこれだけ未達ですね、と。だのになんで毎年2%とか上の数字を目標としてするのか。これの意味が分からん、と。

―ふーん、そうですよねえ。

有光:だから極端なことを言えば、別に去年より低い目標でもそれはそれの事業計画がベースとして論議されるなら、低くてもいいと。大事なのは毎年毎年積んでいくという、その発想が私は分からん、というわけですよ。
 それだったら今年の計画に対して未達なものの要因が徹底的に議論をされて、その要因に対した手の打ち方を鮮明にして数値にするんだったらいいけど。とにかく「数値を乗せる」というのが分からん。
 そう言っても大半の男性は「いや今までもそれでやってきたんだから」。大体そういう意見ですね。

―ああそうなんですか。不思議ですね、だって男性たちもご自分の部署だったりもするわけでしょ、その未達の部署というのが。そしたら未達やな、というのはわかるわけでしょ。

有光:そうそう。でもね、やっぱり10対1の関係やったら、やっぱりこっち(男性側)のあれに。まあ何かに決めないとあかんわけですからね。だから私が思うのは男女って分けてはいけないんだろうけれども、もっと管理職にしても役員にしても女性の比率が上がっていかないといけないという思いを持ちかけたのは、その頃なんです。
 やっぱり女性のもつ考え方、価値観とか、男性とは歴史の中での違いもあるし、実際役割を担っているあれも違ったりするから、やっぱり対等のぐらいの人数で議論をしながらしていかないと、結局意思決定の場に入ってみたところで、やっぱりこの意見は少数の意見にすぎない。そういう経験っていっぱいありますね。

―はい。そういうお話を伺うとよくわかります。


■後輩の頑張りが嬉しい

有光:
でもわかりやすいでしょ。そういう場面がある。
 だから私はこの頃、ダイバーシティじゃないけれども、生活者がもつ価値観というのは色んなものがあるから、色んな政策論議は価値観の違いがぶつかりあって、そしていいものを産みだしていける、そういう組織にせんといけない。そのためには、男性と女性の持っている価値観の違いがある。だからもっと意思決定の場に女性たちを多く参加させてほしい。いうのが、そういう思いなんですよ。

―はい、はい。

有光:でないとね、なかなか(変わらない)。といつも思いますね。

―どうですか、今のコープ様にいらっしゃる女性の方々、有光さんのお気持ちをどれくらい理解してくださってますか。

有光:女性ももう今は数がたくさんいますから、ただ自分の身近で一緒に仕事をしながらやってきた女性たちは、すごく理解してくれてる。「こうなんですよ、ああなんですよ」なんて、色んなことを言ってくれるけどね。でも顔もみたことのない女性も当然一杯いるわけですから、そういう人たちとは、直接的な交流はなかっただけに難しい部分はあるんですけれども。
 色んなことを一緒に語りながら、私からも「自分はこう思う」と言いながら、一緒にやってきた人たちは、すごく。自分たちが壁にぶつかった時には「有光さんが言っておられたこと、ようわかる」と言ってくれる子もいるし。

―それは今いらっしゃる方の何歳ぐらいの層の方ですか。

有光:40過ぎたぐらいの子ですね。
 そもそもコープこうべは、結婚や出産で退職するというのがすごく少なくなったんです。だから全体に少ないんですけど、私たちと一緒に食事したり飲みながら話した女性たちは、結婚を選択した女性もしない女性も頑張って、そして課長職とかのポストに就いていきよるんですね。やっぱりそれはすごく嬉しいですね。
 今年の春の人事異動でも嬉しかったのは、〈大阪北とは合併したので〉コープこうべの活動エリアは7つのブロックに分かれている。そしてそのブロックに1人ずつ長がいる。そこに初めて女性の地区本部長ができた。それが一緒に横でやりよった彼女なんです。

―へえー。それは嬉しいですね。責任の大きいお仕事ですよね。

有光:そうなんです。そんなんで、…いろいろありました。

―来るときも「どんなお話やろう」とワクワクして来たんですけれど、鳥肌たつように感動しています。

有光:でもね、このあいだ兵庫県経営者協会で陸上の有森裕子さんが講演されたでしょう。マラソンを通じて色んな体験を話してくださったけど、まあ、あれだけ有名な人ですから、それはみんな感動するけれど、結局私たちの周りに1人はいる、各企業でも地域でもモデル的にやってきた人たちというのは、有森さんが話されたような同じことを自分で体験してきていると思うの。目的が、向こうはスポーツやし、私たちは企業の中であったり、その違いはあっても。「同じことなんだわ」と思って聴いていましたね。


(前篇・「志を曲げなかったわが人生」ここまで)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

有光さん3
 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)インタビュー3回目。今回は、女性初の管理職〜役員となっていった有光さんの「支えになったもの」のお話。それは意外なものでした…。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたのか

■心の支えになった「演歌」があった


―すごい体験でいらっしゃいましたねえ。
 どこの時点でおききしようかなと思ったんですが、そういう有光さんの志を曲げないで頑張ってこられた、色んな大変なことおありだったと思いますけれど、その中に「男女共同参画のために頑張っているんだ」とそういう大義を背負ってるんだ、という意識はありましたか。

有光:あのね、やっぱりかすかにそれは持ってました。

―そうですか。

有光:ただし、私そういうことをあまり口にしてないんです。今だったら「男女共同参画」ってワーワー言ってるけど、自分がやってるチャレンジとか目標っていうのはあんまりしゃべってないんです。自分で思い続ける。
 この頃になってやっと「こんなことやってきたのよ」「こんなチャレンジだったのよ」って話するようになってきて、その思いと似たような演歌があって、
「やるぞ見ておれ口には出さず腹に収めた一途な夢を曲げてなるか挫けちゃならぬ」
という歌があるんですよ。畠山みどりかな。ここの歌詞があたしと一緒だわ、って。その歌を歌って、「私こんな思いでやってきてん」って。
だからあまり自分が「挑戦する云々」ということを口に出して言うんじゃなくて、ただし自分が決めたこれは曲げずにやるぞ、っていう。ね。曲げてはならんこれでやる、と「この歌」っていつも思い出すんだけど(笑)

―はあ、歌が人生の指針になるってことがあるんですね。有光さんのようにロールモデルがいらっしゃらなかった中でやってこられた方にとって。

有光:うん。だから私カラオケとかあまり好きなほうじゃないけど、好きな人に、自分の人生に照らして「この歌」っていうのが必ずあるでしょ、それ聴かせて、って言うんやけどみんな「え?」って(笑)
 ただ、そういう話はこの頃になってするけど、本当にさなかにいたときは、あんまりそういうことを人に言うことはしなかった。ただ自分自身は一生働きたい、そして結婚もし子どもも育てたい、そして自分自身も企業の中でキャリアアップしていきたい、とこれを自分のライフプランで描いた、これはやっぱりどうしてもやりたいと。そういう思いはずっと持ち続けてたから。

―よくそれを捨てずにずっと続けてくださいました。


■何度も伝えること、聴くこと―大切な「コミュニケーション」

有光:まあ、その間に色んな人に助けられてるのもあって、実はそのお店へ異動になって自分なりにあれこれしてた時の店長なんかにも随分学ぶことが多くて。まあ店長にも色んな人がいらっしゃるけど私はその店長からも一杯学びました。
 その店長は、部下とのコミュニケーションということをものすごく大事にされていました。「1回みんなを集めて話をしても大体2割ぐらいしか通じてないというのが普通だ」と。だから何度も何度も伝えなきゃいけない、繰り返し、ということを教えてくれました。そうでないと考え方だとか行動だとか時間だとか、というコミュニケーションギャップがある間は、組織というのは上手くいかないよ、と。

―すごい先進的なお考えですね。

有光:そうそう。だからリーダーというのは、このコミュニケーションをとる能力が最も大事だ、ということを私は店長の行動からも学んだような気がするし、だから人には丁寧に何度も何度もしつこくぐらい話して。
 私そもそもあまり話するのが好きではなくて、どっちかというと聴くほうが好きなんです。やっぱり大事だなと思うのは、上に行けば行くほど聴くことのほうが大事なんですね、耳を傾けるというのがね。聴いてると、相手との間にどこがギャップになってるんやというのがわかってくるんですけど、一方的に言っていると全然わからへんのですよ。相手とのズレが。相手が色々言ってる、「あ、こう思ってるからここが私と違うんだ」というふうに、聴いてたらわかるんですけれど。
 だから、ポストが上になっていけばいくほど、しゃべることよりも聴くということが大事なんだと、これもなんとなく長くやっている中で感じるようになったですね。
 
―あ、それはもう自然と体得されて。

有光:どこでどうやったか知らんけど、そう思うようになった。「なんでこう思ってるん?」って、聴いてるんですね。そしたら、話してくれる。「あ、ここが理解出来上がってないんだ」と、分かりやすくなるんだけど、こちらから「こうやろうああやろう、云々」って言ってたら向こうは大体「はい、はい」ってうなずきはるだけなんですよ。

―ええ、ええ。

有光:「いいえ」とも言わなくて、納得したようにしてはるけど。相手が話してくれたら、なんかそのへんが分かってくる、という。そういうことを色んな体験の中で実感したというのはありますね。聴くほうが好きですね。


■「不公平だとは思いませんでした?」(正田)「今は最高の体験をさせてもらったと思ってます」(有光)

―あとですね、おききしたいことはいっぱいあるんですが、今やったら「ロールモデル」という言葉はよく使いますが、有光さんの場合には社内には女性のロールモデル、結婚もして、昇進試験も受けてというロールモデルがいなかったわけじゃないですか。そこはどう思われましたか。

有光:私自身がロールモデルになると意気込んでしたというのは別段ないんですけど、特に私にとって印象深い女性の先輩は2人いらっしゃって、その方たちははっきり言って試験も受けておられないけれども課長とかになっていっておられる。すごい方だったなあと思ってるけど。その2人とも独身でした。仕事ではすごい人やなあと思ってたけど、私が描くモデルではなかったんですね。
 私自身はもしも先輩女性たちと同じようにしていたら別に試験を受けなくても課長になったかもしれないし、それはわからないですけどね。
 でも自分自身では違うように、と自分で(ライフプランを)描いたので、とにかく今みたいに勤務先以外のところに(異業種)交流なんてなかったですから。VAL21みたいなところで他の企業の人との交流なんてなかったですから、結局は自分自身が最初の例としてモデルを作っていくしかないなあと。そう思いかけたのはあるんですよ。
 だからね、チャレンジするときの一番プレッシャーはそれでしてね。例えば女性で初めて店長という辞令が出たわけです。そのときに「これ失敗したらあとの女性がそういう機会を得られなくなる」と。やっぱりずっとそういうことを感じてました。
 だから商品部でバイヤーという辞令が出たときも、女性がどんどん今後バイヤーになったらいいと思うけど、結局初めてそういう機会を与えられたものが、この人の失敗が全部それからにつながる。私、そのプレッシャーは結構あったんです。

―それはどれほどのプレッシャーだったことか、と思いますねえ。

有光:だから、自分だけが(昇進に)なったらいいわ、ということではなくて、それが一つの企業の中で女性の道を切り開いていく試金石になったらいい、とつねにそういう思いでやっていましたから。やっぱり人から、「あ、ようできるね」「女性でもできるね」と思われないとあかん、というね。この思いは強かったですね。
 男性と競争して男性より早く偉くなりたいとか、そういう競争心というのはないんですね。じゃなくて、やっぱりその課題から生まれるプレッシャーというのは大いにあって、ちょっとしんどい部分はありましたね。

―そのプレッシャーは、どうですかお仕事されていくうえで、例えばバイヤーさんになられて店長さんになられて、どういうふうに有光さんに作用されたと思いますか。プレッシャーを糧に頑張ることができたんですか。

有光:どういうんだろうなあ…、例えばバイヤーになった時も、本部ですから、朝始まるのは8時半やったか9時半やったか忘れましたけど始業時間がありますでしょ、大体みなそれの10分まえとかに来るじゃないですか。でもいざ仕事が始まると、電話やら何やら、もう目が回るようでしょ。だから色んなことを勉強する時間というのは仕事が始まったらとれないんですよ。だから6時半とか早い時間に本部に入って、朝の1−2時間が資料を読んでああこうなってるとか、商品の勉強をしたり、そんなことをしてましたね。

―朝の早い時間から。
でもお子さんも小学校に行かれてるでしょ。中学行ったらお弁当とか。

有光:母がやってくれました(笑)もうそこは母。そのために呼び寄せたんですから。そこまでしなくても女性が育児しながら、という条件を作っていく、そういう組織風土を改革するということが本来大事やったんだろうけど、そういう余裕じゃなくて、今はとにかく自分をその組織に合わせていく選択をしないといけない時もあったんですよ。結局はね。弾かれたらすべて終わり、というあれがあったから、要は自分をどう適合させて生きていくか、という選択。

―寂しいとか不公平だとかそういうのはありませんでした?第一世代でなければここまで苦労しなかっただろうに、と。

有光:そりゃあ、確かにね。本当にしんどい時は、「なんでここまで」と思いました。なんで乗り越えられたかは今となってはわからないけど。今だったら、「私はもう最高の体験をした」と思えるけどね(笑)その最中はもう色々と。


(「(4)男性と女性でつくる社会へ向けて」につづく)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

有光さん3
 コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)のインタビュー2回目です。

 ここでは、「結婚して子も産んでかつ仕事も続けたい。そして商品にも触りたい」という有光さんの念願がついに叶えられる日がやってきました。しかし、それを実現させた有光さんの強烈な頑張りがまた凄まじく…。

 何が”奇跡”を生んだのでしょうか。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事



―いやいや。2500人の規模の会社を若い女性1人で変えていくってものすごいことです。

有光:確かに、最初愚痴言ってるときは仲間何名もでやってたんですけど、なかなかね。1人1人も自分の生活があったり結婚して欠けていったりしていくと、結局は最後までやろうと思ったら1人でするしかない時期もありました。
 もう1つの女性の職種が限られてる問題。女性って最初そこに配属されるとずっとそこにいるパターンだったんです。確かに同じ仕事に習熟させておいたほうが効率もいいというような考えもあったのかもしれない。
 私も、今の仕事が嫌だとかいうことではないけれど、やっぱり商品を扱う仕事がしたいという思いがものすごく強くなりました。

―それは何かきっかけがあったんですか。

有光:それはね、私もよくお給料を封筒に入れて現場、お店とかに行ってたんですよ。当時は給料振込ではなかったので。そうしてみていたら、やっぱり店舗で商品を販売したり陳列したりする活き活きした姿にものすごく惹かれてたし、でまあ生協も色んな活動があるけれども、やっぱり事業としてのベースは商品の販売だったので、商品にかかわることの魅力度というのが高くて。
 そして、女性がもっといろんな職種に活躍できるように、チャレンジできるように、そんな道を切り開きたいという思いもあったんですけれども、これもなかなかチャンスがなくて、「どうしようどうしよう」と考えた挙句、人事異動を申し出たんですよ(笑)

―ははー。それが主任になられてから何年目のときですか。

有光:もうだいぶん経ってましたね。
その前に、女性も初めて試験を受けれるようになって、受けて受かりました。そして主任になって、人事でずっと仕事をしていたんですが、それから何年か経ってそういう思いになったんだと思います。はっきりとは憶えてないけどね。主任になってからもまだ人事の仕事をずっとしてました。
 主任になってから結婚して子供もできましたから、「女性も違う職種に」というのはちょっと期間が空きましたね。
 で、「女性が色んな職種に就けるようにしたい」って申し出て、「私は商品にかかわる仕事がしたい」「現場に出たい」と言ったんだけど、伝わらなかったのか、辞令は出たんです。現場への。でも結局はそこの事務主任。お店の事務の仕事やったんですよ(笑)

―直接商品には触れなかったわけですね。

有光:触れなかったんです。ウーンと思って、「どうしよう」と。いつも「どうしたらええんだ」と考えるんですけどね。
 これは今やったら労基法違反で摘発されるかもしれないけれど(笑)お店の事務の仕事っていうのは帳簿をつけたり、農産水産って言って商品分野の売り上げとか帳票をつけたり。そういう仕事ですから、はっきり言って家へ持って帰ってもできるんですよ。
 だから家でできるものは全部家に持って帰ってやっていました。

―え〜、お子さんもいらっしゃるのに。

有光:だからあの頃はほんまに、4−5時間も寝てなかったんちがうかなあ(笑)
 それで勤務時間は、事務担当にもう1人女性がいましたからその子に電話番などをしてもらって、私は店内に出て、そして男性の商品担当の主任とか係長さんに商品のことを一生懸命教えてもらって陳列したり、並べ方を教えてもらったり、そんなことばっかり店舗でしてたんですよ。

―すごいですねえ。

有光:うん、ほんとに。


■通信教育で日本生協連会長賞を受賞

―そのガッツはどこから来るんですか。

有光:だけど一方では結婚して子供を産んで、そして現場に出してくれって出て、ちょうどその時期に今度は係長の試験が受けれる時期がきたんです。けれどあの頃は子どもがまだ小さくて、そして係長とかでポストが上がっていくと、その責任感と子どもの教育と板ばさみで。

―気になりますよね、どうしてもお子さんのことは。

有光:うん、気になって。係長試験をどうしようかって考えた挙句、諦めたんです。というか中断したんです。試験を受けなかった。
 それはあの頃三つ子の魂百までとかいろんな情報も入って、ものすごい悩みがあって、受けるのを断念してたんです。

―そのときお子さんはおいくつぐらいやったですか。

有光:幼稚園ぐらい。保育所に預けるぐらいのときです。
 だけども、大事だとそこで思ったのは、試験は受けないけれどもやっぱり自分の存在感みたいなものを組織の中ではきちっと認めてもらっとらんとダメになってしまうという思いが強くありました。
 それでどうしようと思った結果、全国に生活協同組合って沢山あるんですけれども、そこを束ねている日本生協連というのがあって、そこが全国の生協向けに通信教育してるんです。マネジメントとか財務的なことやリーダーシップ、マーケティングのこと。色んなことを通信教育で勉強する。それを初級中級上級と、それを受けて、これで絶対いい成績をとって、頑張ってるという存在感をきちっと残しとかないといけない。それがひとつの私のチャレンジだったんですよね。

―ははあ、ここにもチャレンジのターゲットがあった。

有光:そうそう。「もう試験も受けないわ」という忘れられた存在になったら、もうダメになるという思いがあって、何とかそれをしとかないといけないと。
 それで頑張って日本生協連会長賞を受賞できました。
 それをしつつ、今お話ししたように仕事を家に持って帰って商品の仕事をやって。
 そうするうちに子供がちょうど小学校へ入る時期がきて、「これで大丈夫かな」と思って初めて係長の試験を受けることになりました。だから何年か試験を受けないブランクがあったんですよ。

―はあ…。何年ぐらい諦めはったんですか。

有光:4年か5年ぐらい諦めてるんじゃないですかね。


■ついに女性初のバイヤーへ

―私ね、有光さんすごい方やなって思うのは、僭越な表現をしますけれども、そういう電卓を速く叩くとか、通信教育で頑張っていい成績をとるとか、ターゲットがあったときにものすごくそこに集中して頑張りはりますよね。でもこういうタイプの方には、得てして人間的な幅が広くない方っていらっしゃるんですよ。今までお会いした方にもいらっしゃいましたけど、でも有光さんはそうじゃなくてすごく人としても懐の深い方で、一方でそういうターゲットが目の前にあった時にはものすごく集中力を発揮される。その両面をお持ちになっているのがすごいなー、と。

有光:いやいや人としてのあれとかはないですけれど、こうと決めたら、何とかそれを成功させたいという思いは強く持ってるタイプなのかなと思いますね。
 そしてその時代、今でもそれが大きな問題なんですけれども、やっぱり時間。仕事する時間というので、急な残業やら一杯あって、時間に対する価値というのが企業ではものすごく強い。だから、女性だから結婚してるから子どもがいるからといって、なかなかそういうことにタイムリーに対応できなければ、これは「やっぱり女性はな」とか「やっぱり子供ができたらな」と評価される時代やったんですね。
 この時間軸の問題を何とかうまくやってキャリアアップしていかないといけない。そういう思いから、「どうしよう」と考えたのが、これはすごく両親を犠牲にしてしまいましてね。
 私の両親は田舎でちょっとした商売をして人を何名か雇ってたんですよ。

―そうですか、経営者さんでいらしたんですね。

有光:経営者なんてそんな、内職の延長みたいな。でも4人か5人ぐらい(従業員が)来ておられましたわ。それを1年ぐらいかかったかな、説得して辞めさせて、「私のところへ同居してくれ」って(笑)田舎から呼び寄せて。そして時間ということにあまり男性とギャップが生じないように。それはね、手を打ったんですよ。

―すごいです。田舎どちらやったんですか。

有光:篠山からさらに奥に丹波の柏原(かいばら)というところがあるでしょう、そこです。JRで1時間半ほどのところの。
 1年ぐらいかかりましたかねえ、辞めてもらうのにずっと説得して。

―あのあたりの方は、やっぱり柏原も城下町ですけど、私城下町の方ってすきなんです、ちょっと武士道精神のようなものが残っているところがありますでしょう。

有光:あるでしょう(笑)うん、うん。
 で、そんなことをしながら、係長試験にチャレンジをしたんですよ。そしたらこれ幸い、1回で合格しましてね。でもそのとき憶えているのは合格したことのうれしさ以上に、合格と同時に出た辞令が、この本部に戻って商品部っていう、商品の仕入れをしたり企画をしたりする、ここのバイヤーの辞令が出たんですよ。

―バイヤーですか、かっこいい。

有光:うん、だから係長に受かって係長になった喜びより、「ああこれで商品に携わる仕事に就ける」という、「認めてくれたんだ」と、これがすごく嬉しかったんです。

―ああ、念願かないましたねえ。

有光:そうなんです。
 本当に、仕事を持って帰って無茶なことをして、でもやっぱりみんな見てるんでしょうねえ。そういう思いが伝わったのか、そんな辞令が出ました。
 だから大きくは、男女共同参画の自分が勤めている間にはそれを大きなテーマで自分がやってきたけれど、私自身は女性も試験が受けれるようにそういう制度の改革と、もう1つは女性が色んな職種に就けれるように、大きくはこの2つの課題へ。
 まあ、簡単にペラペラっとしゃべってるけど(笑)そんなことが自分の本当にいい体験だった、と思いますね。

(「(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか」につづく)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて


後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」






100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

有光さん3

 去る1月27日、コープこうべ顧問・兵庫県経営者協会副会長の有光毬子さん(69)にインタビューさせていただきました。

 これまでにもご紹介しましたように、有光さんは灘神戸生協(現在のコープこうべ)に一社員として入社され、女性のための昇任制度もないゼロからのスタートでキャリアアップし、職域を広げ、最後には役員(常任理事)まで登り詰めた方。

 そして後進の女性たちにはどこまでも優しく柔らかく成長を喜んでくれる素敵な大先輩です。

 これに先立つ昨年9,10月に有光さんが代表幹事を務められる兵庫経協の「VAL21」(女性産業人懇話会)で、正田が2回にわたって「承認」のお話をさせていただいた際、有光さんは自ら「承認」を身近で実践してみて大きな手ごたえを感じたことを語り、そして「この『承認』のお話は、私には何だかほんとうだ、と感じられます」と言ってくださったのでした。

 このたびのインタビューでは、前半でお若い頃からの壮絶ともいえる奮闘ぶりと、それを支えたものは何だったか、を語っていただきました。

 国際比較でみると男女共同参画がまだまだ立ち遅れているわが国で、かつ残念ながら既に手あかがつき「やらされ感」で語られることも多くなったこんにち、是非今頑張っている女性の方、それにそうした部下を持たれている上司の方にもご覧いただきたいお話です。同じ地域のほんの少し前の時代を切り開いた先輩の姿をみることで、ともに「勇気」を分かち合えたらいいな、と思います。

 今回は前半で有光さんの会社員時代の奮闘物語、そして後半で昨年9月以来の「承認」実践物語とうかがい、前後編として掲載させていただきます。

 まずはその「前編」を4回に分けて、ご紹介いたします―。



有光毬子さんインタビュー・前編
「志を曲げなかったわが人生」


(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」
■2つの壁「昇任試験」と「職域」
■人を動かすためには何が必要か


(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

■商品に触れるために持ち帰り仕事
■通信教育で日本生協連会長賞を受賞
■ついに女性初のバイヤーへ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

■心の支えになった「演歌」があった
■何度も伝えること、聴くこと
 ―大切な「コミュニケーション」―
■「不公平だと思いませんでしたか?」(正田)
 「今は最高の体験をさせてもらったと思っています」(有光)


(4)男性と女性でつくる社会へ向けて

■男性上司や同僚との関係は
■心無い噂と夫の理解
■「これまではこれでやってきたから」
 ―意思決定機構に入って感じた男女の価値観の違い―
■後輩の頑張りが嬉しい


(ききて・正田)


****

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

■大きかった「上司の言葉」



―今日は本当に楽しみにしてまいりました。
有光さんご自身のこれまでのキャリアのお話と、宣伝用のインタビューも兼ねておりますので私どもの研修についてのご印象、ご感想もいただければと。

有光:わかりました。
私自身は学校を出まして、今コープこうべの中では役員までなりましたけれど、就職したころは何年か勤めて結婚して家庭に入って、というくらいの漠然とした気持ちでした。私だけじゃなくてその頃の女性はそんな気持ちで社会に出てたんです。

―就職されたのが何年でいらっしゃいますか。

有光:昭和38年。

―私が生まれた年だわ(笑)

有光:そんな時代ですから、まだまだ今のような女性の活躍が社会で求められるようなことはなかったですし、女性自身も自分の将来の人生設計を持った形で就職するということはなかったんです。友達にもいなかったし、私自身もなかった。
 だけど私の場合、数年してすごく仕事に誇りを持てたり長く仕事を続けていきたいと思ったり、と気持ちの変化が起きたんです。

―何があったんでしょう。

有光:入社の頃はアメリカのセルフサービス形式を導入して、日本にもたくさんセルフサービスのお店ができた時代です。それで生協もそれまでは男性職員が多かったんですけれども、そういうこともあって女性をたくさん採用するようになった時期だった。ただ女性の仕事で圧倒的に多いのはお店でチェッカー(レジ係り)をする。それと一部、事務の補助。大体この2つの職種でした。
 で私は、採用されてチェッカーに配属されるのではなく、本部の人事労政部というところに配属されたんです。そこでお給料の計算をしたり、福利厚生の仕事をしたりしていたんです。そして何年か勤めたら結婚して辞めて、という思いで入ったんですけどね、当初とは思いが変わってきた。
 なんで思いが変わったんだろう、と考えたんです。そうしたら、それは間違いなく当時の上司だった方の影響でした。
 企業だったらどこも企業理念ってありますよね。コープこうべだったら「1人は万人のために、万人は1人のために」という理念があります。上司はそういう理念を語ってくれたり、それに基づいてコープこうべの仕事の意義だとかを語ってくれたり。それから、私自身が毎日同じ仕事をやっているんですけど、そのことがどんなに価値があることなんだ、ということを、常に語ってくれる上位者がいたんです。これで大きく変わったんだな、とあとで気づいたんです。

―それは得難い上司の方でしたね。そういう言葉にふさわしいお仕事ぶりをやっぱり有光さんがされていたのではないですか。

有光:そうでもないと思いますよ。でも本当にその言葉が色々と変えていってくれたんだ、と思ったので。
 だから3−4年経ったころに、「やっぱり私もずっと働き続けたい」と。そのためには、自分自身のきちっとした将来へのビジョンみたいなものを自分で持っていかんとあかんのや、というように思って、そこで自分自身はどうなりたいんだ、というように考えたのが、まず1つは、そのころの先輩の女性もいらっしゃったんですが、みんな結婚はされずに、長く勤めておられた。私は結婚もし子どもも作りたいなと。そして企業の中でも勤め続けていきたいし。そして何よりも、上位者が示してくれたようなあんなリーダーシップのとれる産業人になりたいと。すごくそういう思いが強くなったんです。

―ちなみにその上位者の方は人事労政部の中のどんなお立場の方ですか。

有光:その当時は課長職。私が入った当時は係長やったのかもしれない。そういう方が、1人というとあれですけれどひときわ強くそういうものをお持ちの方がいらっしゃって。その人に教えられた、私はそれだな、と。
 VAL21(兵庫県経営者協会女性産業人懇話会)では管理職になっている方が多いんですけれども、やっぱり管理職で一番大事な役割というのは、私「これ」やと思う、というのは今でもその経験から思うんですね。

■2つの壁「昇任試験」と「職域」

有光:そう簡単に思い描いたんですけどね、そこからが大変(笑)
 やっぱり時代もあるし、神戸の歴史の長い企業の組織風土だとか制度だとか、色々ありますから。

―その当時で何人規模でいらっしゃいました?

有光:約2450人ぐらいだったんだろうか。

―大企業ですねえ。

有光:まあまあ、ね。ただ、それまで長い歴史の中で中心だったのは、商品の注文をきいてそしてお届けするという宅配事業です。だから男性が圧倒的に多かった。力仕事ですからね。
 ただし、店舗を積極的に展開していき始めたので、チェッカーで女性がたくさん採用し始められた、とそういう時代でしたけれどね。

―じゃあ、急速に女性比率が増えた時期だったんですね。

有光:そうそう。
 そして、「自分はこういう風にしたい」というライフプランみたいなものを描いたんだけど、それを実際やっていく上ではすごい壁がありました。
 私が就職してすぐの時は女性結婚退職制度というのがあって、女性は結婚したら退職しないといけない。そういう制度まであったんです。

―制度まであったんですか(笑)すごいですね、それは。

有光:そう、だから、結婚して働いている女性というのは居なかったわけですよ。長く居られた先輩たちは、結婚せずに働くことを選択された先輩たちだった。
 そういう制度自体は、時代背景を受けてすぐ無くなったんですけれども、やっぱり企業の中で自分のキャリアアップを図っていくためにはいろんな壁がありましたが、中でも私自身が挑戦していくうえで大きな2つの壁があったんです。
 その1つは、女性は主任試験とか係長になるための試験を受けれれなかったんです。男性たちは受験制度があった。女性にはなかった。

―それは規則で禁じているとかではなくて、不文律として?

有光:就業規則に書いてあるとかそこまでのものではなかったです。でも女性は受験できなかった。
 それともう少したって思い始めたのが、女性の職種と男性の職種がきれいに分かれていたんです。女性は大体チェッカーか、事務でも補助的なお仕事。
 でも自分自身は、色んなことにチャレンジしていきたい、職種を超えて、幅を広げてやっていきたい。その思いを強く持ったんですが、これがどうしても壁になる。
 この2つが、私自身のチャレンジ体験になり私自身の職業観を大きく変えていった、という歴史があるんです。

■人を動かすためには何が必要か

有光: 初め、主任の試験を受けたいというのを、同期で入った女性たちもざわざわ話をしながら、何回でも人事やらいろんなところに申し入れをしました。「なんで女性が受けられへんの」みんなでぶつぶつ不満を言って。

―それは同期の方何人かで集まって?

有光:そうそう。本部に事務の補助系で配属されて、私は人事系でしたけれど同期は経理系の人とか庶務系の人とか配属されていましたから、その女性たちが「おかしいねえなんでやろねえ」言うて。
 本当に何度でも「なんでですか」「私たち受けたい」と。そうしているうちに4−5年たって同期で入った男性が受験の時期がきかけるわけです。それでも受けれない。何度も(申し入れに)行ったけれどそれでもだめでしたね。
 聞く耳がないというんじゃなくて、その男性―まあそういうポストの方は大体男性ですから―に申し入れをしても、その男性たちはそのことの必要性を本気で感じないから、「変えていかんといけない」という気になれないんだろうな、と。「なんでや、今まででうまいこと行ってるし」というぐらいの気持ちだったのか。本当に、だめでした。
 でそうしているうちに、「これだけ言っても無理だったらしゃあない」と諦めていく女性が大半だったですね。

―そうでしょうね…残念ですけどやっぱり結婚して抜けていかれて。

有光:そうそう、結婚されて人数も減っていきますしね。
 そのうち、いくら口で「この制度おかしい」「受けさせてくれ」と言っていても、これは人をその気にさすことというのは無理なのかなと、そこで考えて。次どうしよう、と。
 それはもう実際の行動と、「証し」みたいな形で、主任として女性が十分やれるんだということを実証するしかない、と思ったんです。言葉では人を動かせない。やっぱり人を動かすのは相手の心とか相手の目に伝える、このことしかない。
 それで、人事で厚生の仕事もしてましたから、社会保険労務士の資格にチャレンジしたり、それから当時はコンピュータでシャシャッと計算が出てくる時代ではありませんでしたから、お給料の計算なんかも電卓でダダダーっと計算して、そのスピードと正確さがもう圧倒的に、だれが見ても「すごい」って思えるようなスキルを身に着けて。
 要は、感じてもらう。それしかない。
 そういうチャレンジをして、そして改めて申し入れしたんですね。そしたら不思議なものですね、「せや、うん」って言って、それからですよ。試験を受けられるようになったのは。

―そうですか…!

有光:だから、女性が試験を受けて主任や係長になっていった最初のケースだったと思うんですけどね。

―壮絶っていいますか。

有光:だから今も、人をその気にさせたり、人に感動を与える、まあリーダーシップの基本もそうなんですけれども、やっぱり言葉よりもリーダーの態度とか姿勢とか、そういうことが人を動かすんだ、と。私あれでそう思いましたね。口だけでなんぼ言ってても、人をその気にさせたり、そう簡単にできるものではなくて。部下たちもリーダーの態度や行動をみて。口で「ああせえ、こうせえ」と言ってるのではなくて行動をみて動くものなんだと、私は体験から学んだと思うんです。

―よくそこで動かしましたねえ。山が動きましたねえ、大きな山が。

有光:やっぱり改革する、ものごとを変えていくっていうのは、なんかおかしいなあと感じたりする力は必要ですよね、ものごとを感じていく。でも感じても、大事なのはそれをどうしたら変えられるか、変え方を考える力が要るし、そしてもっとも大事なのは、実践する力。この3つの力がセットにならない限り、改革なんてできない。
「あれおかしい」とか、「あれは変えんとあかん」とか、色んなことを思うまではするんだけど、じゃどういう風にしていこうと(考える)。そしてどういう風にしていこうと思ったことを実際に実践する。この3セットの力が改革を可能にしていく、と思っています。
 それ以降の色んなこともそれを心掛けてきたけれど、なかなかね。挫折することは多かったけれども(笑)。

(「(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ」につづく)


有光毬子さんインタビュー前編
「志を曲げなかったわが人生」

(1)上司の言葉でライフプランを持てた私

(2)商品に触りたい!職域拡大へのチャレンジ

(3)ロールモデル不在でなぜ頑張れたか

(4)男性と女性でつくる社会へ向けて



後編・「地域に『承認』を持ち込んでみた、『承認』について語った」




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 「介護職の承認王子」こと林義記さん(老健施設相談室室長、34歳)インタビュー後編です。

9966


 ここでは、今年の「第3回承認大賞」のエピソードと登場人物について、また林さんの新たな課題「叱る/修正する」について、お話をうかがいました。

「今時の若いリーダーは叱れない」

 林さんも確かにその課題に直面し、そして奮闘しています。経験的に決して、「この研修を受ければ次の日から叱れるようになる」とはいえないもの。相談室という部署の特性、すなわち組織の外部との窓口であるとともに部下がみんな真面目で優しい子たち、という性格も加味しながらみてみましょう…。


林義記さんインタビュー2013・後編 「叱る課題。上司もつらかったんやなあと」

■緊張の塊からガッツある素顔が出てきた―第1エピソード「自分から積極的に声を出したね」
■「林さんがモデルなんですって言ってくれます」(林)「上司をロールモデルにしてくれるって嬉しいね」(正田)
■叱る課題(1):「意図をもった質問をしてるって言われました」(林)
■叱る課題(2):「問いかけることの限界、指摘も大事」(正田)
■承認はストレスではない。逆にストレスを減らしますね
■上司もつらかったんやなあと・・・

(ききて・正田)


****

■緊張の塊からガッツある素顔が出てきた―第1エピソード「自分から積極的に声を出したね」


― 今年は過去の大賞受賞者でありながら「承認大賞上司部門」に2つも応募してくださってありがとうございます。「承認大賞」の今回の2つの事例(上司部門準大賞)に関しておうかがいしてもいいですか?

林:はい。

―第1エピソードは1年目のスタッフさんに「自分から積極的に声を出したね」これは誰君でしたっけ。

林:T君といいます。

―最初はなんか、言葉を出しにくいというか、どういう状態だったんでしょうね。

林:緊張しっぱなし、あがってる感じ。音楽会で幕が上がってガチガチになってる1年生みたいな。

―そういう、目線もすわってるみたいな?

林:うん、目も泳ぎますし。声もちょっと震える感じ。本当にあがってるときの感じ。

―じゃ、心配されましたねえ。

林:そうですね。実習で来てた子なので、初対面じゃなかったので、もうちょっと柔軟に馴染めるかなと思ってたんですけど、思った以上に緊張感が高かったので、最初は心配しましたね。

―そして入所1週間目のときでしたっけ、「自分から積極的に声を出したね」のエピソードがあって、それをきっかけに変わってこられた、という。
 その後彼は、どういう心境の変化があったとか、話してくれたりはしますか。

林:いえ、それは話してくれてないです。
 今もやっぱり気は遣うようなんです。みんな忙しい中でやってますので、仕事の中ではなかなかゆっくりじっくり聴いてやる時間をつくれないので。言うべきことの取捨選択とか、何を言おうと自分なりに整理をして伝えようとするとか、そういう工夫は随所にみられています。わからんかったら訊いてきますし、主体的な行動は随所にみられるようになったと思います。専門職なので専門的な知識というのも入ってこないといけない。つながってる感じといいますか、吸収してきている、知っていることが増えているというのは大きな変化かなと思います。
「自分に負けたくないんです」という言葉をよく言います。

―自分に負けたくない。へえ〜〜、何があったんだろう、すごい興味があります。
 元々緊張感の高いご性格やったら、普通は対人のお仕事に就かないで済まそうとせえへんかな、と思ったりしたんですが、でもあえて介護の仕事を選ばれたのは、彼の中でどういう経緯があってそうなったんでしょう。

林:この前事務所のミーティングをしたときに話してくれたのが、おじいちゃんおばあちゃんに自分がすごく恩があるみたいなんです。加古川だったと思いますが田舎の地域で育てられたので、おじいちゃんおばあちゃんに恩返ししたいというのが職業選択の動機にはなっているようなんです。

―ふーん、可愛いんですね〜。

林:「あ、そういう動機で仕事してるんだねー」「地元LOVEです」とか言ってましたけど。地元がすきで、地元のおじいちゃんおばあちゃんの役に立ちたいんでしょうね。それが、ここの施設のお年寄りに役に立つということが、彼にとっては広い意味での恩返しなんだと思います。「そういうことができるようになるには僕はまだまだ未熟だ」という自覚があって、でもしっかりお迎えしたいと。だから頑張りたいと。
 コミュニケーションが苦手な自覚はちゃんとあるんですよね。苦手な自分をちゃんと超えたい。そういう気持ちをもちながらやってくれています。

―すごいガッツのある子ですねえ。

林:そういえば「ガッツあるねえ」って承認しました(笑)

―(笑)そうですか、そうですか。



■「林さんがモデルなんですって言ってくれます」(林)「上司をロールモデルにしてくれるって嬉しいね」(正田)

―じゃあT君はこれくらいにして今度は第2エピソードの3年目リーダーのA君について。
 ミーティングで彼が発言したことについて林さんが「君がそういうことを言ってくれて嬉しいよ」と返して、Aさんがあとで「あれで自分のモチベーションが上がった」とおっしゃったんですね。ですけど、あのときにやっぱり気になったのは「チームワークが今一つないような気がします」っていうセリフがあったので、どなたか(会員)も講評の中で書いていたけれど、「悪い状態なのかな?」と。業務量が増えた、ということもエピソードの中に書かれてましたね。

林:はい、自分なりに意識をもって取り組めば、柔軟に機能する組織ともいえると思うんですけど、体制変更もあって人的量としては減ったので、業務量としては増えますよね。その中でちょっと「回ってないよな」という感じはあったんです。
 そこをちゃんと問題意識持ってくれてんねんな、ということが僕はA君の意見から伝わってきたんです。ので、彼が3年目でリーダー職に一応なりったので、リーダーの彼と管理者の僕としっかり協力していけば、このチームにしっかり稼がせていける、それがA君発言から僕の感じたことだったので。「そういうことを言ってくれて嬉しいなあ」と。

―とっさにIメッセージでミーティングの席上で返せるって、林さんすごいなあって思いましたねえ。私出来ないかもなーとか。

林:僕も藁にもすがりたかったし(笑)孤独で…、孤独が苦手で、自分でできることなんて限られてる、ちっぽけだなあって。助けてよ、って。ちゃんと助けてくれるメンバーが周りにいてくれるんやっていう。
 だから、「チームワークが今少しなってないように思う」というA君の発言のその奥に、「みんなで支え合いながら取り組めたらいいんじゃないですか」という思いが伝わってきたので。チームワークがないことを否定している言葉ではないと僕は感じられたんです。

―なるほどですね。先ほど「私なら言えないかも」っていうのは、「チームワークないような気がする」という言葉が出てきたら、「私への非難」ってまず受け取っちゃうだろうな、と。力不足の私、という。

林:うんうん。それも僕感じましたよ。

―そうですか(笑)

林:「ごめんね、まだまだ未熟やしね、力不足やしね」と。

―あ、そうも言ったんですか。

林:その場で言ったかどうかちょっと記憶が曖昧ですけど。
 4月に室長になって最初の朝礼のときに、
「名前は変わりません、林です」
「室長になったから偉くなったわけでもないし決して急に能力が伸びたわけでもないので、今まで通りのことしかまずは出来ないと思います。至らぬところもあるやろし、迷惑かけると思いますけど」
という挨拶をした記憶はあります。

―ふーん…、なかなかそれも言えへんことのように思いますねえ。
 3年目のAさんの立場で、上が10年上の林さんで、ミーティングでというときに、「なんかチームワークないような気がもします」という言葉が言えるというのも、やっぱり林さんの雰囲気づくりがすごいと思いますよ。言えへんのちゃうかなと思いますよ。

林:まあ、そうだったら嬉しいなと、威厳がなさすぎたら困るというのもあるんですけど(笑)。チームワークについては、彼(A君)も自分も何か役割を担っていかなならんという自覚も込めた言葉のように聞こえたんですよね。「僕も頑張るよ、それに対して」というメッセージが出た、と僕は感じられたんです。

―信頼関係ですね。

林:最近、A君が「林さんがモデルなんです」と嬉しいことを言ってくれたんです。僕「え、どこが?ほめられると嬉しいからほめて。モデルにしようと思うのはどこ?」と、あえて承認してもらうような質問したんですて(笑)すると、職員研修などとかで少し前に立って話したりする時、話し方とか話の進め方とか、声のトーンとか、身振り手振りとか、すごいって言ってくれるんですよ。何がすごいのか僕わからないんですけど。自分が話す時に、「林さんやったらどうやって話すかな」とイメージトレーニングしてから話してるんだそうで。コピーになろう、と。

―へえ〜。林さんが話す時というのは、相談室のほかの人に対してですか?

林:ミーティングの場面で話していたり職員研修で講師として話す時に、彼も受講生で入ってたりするんですけど、最近僕がしゃべってると、にやにや、にやにやしてるんですよ。

―ほう。気になりますね。

林:「何をにやにやしてんの?」「盗もうと思って」(笑)話の内容より何か、吸収したい!と思ってくれてるみたいなんで。いわば期待してくれてる。期待に応えられる人間でおらなあかんなとか。

―そこまで今の若い子が上司のことロールモデルと思ってくれるってすごいですね。

林:嬉しいですね。


■叱る課題(1):「意図をもった質問をしてるって言われました」(林)


―話は変わりますけど、林さんのその優しいキャラクターで、日頃から話し方も優しいしめったに叱ることもされないし、でも今部下がA君以外に3人もいてて、そのやり方で限界みたいなのを感じることってありませんか。誰かが問題行動しちゃったりとか。

林:うーん、あまりおかしなことは起きてないと思ってます。ただフィードバックを部下たちに貰ったんですけど、「ゆるみやすいですよね」というのは言われました。9月か10月ごろです。

―ゆるみやすい?(笑)ゆるむ時って例えばどんなです?

林:極端な言い方をすると、(上から)ミサイルが飛んできてるんやけど、避難しないというか(笑)危機感レベルが下がっちゃうというか、「林さんがいたら安心や」と思っちゃうみたいですね。安心感を持って仕事してくれるのは有難いと思うんですけど、何か上手いこといけへんことがあっても、最後は一緒にやってくれるとか。

―それは大事なことですね。

林:一方で自分できっちり押さえていくという緊張感というんですかね。もしかしたら僕でも解決でけへんこともあるわけで、たまたま上手いこといってますけど。そういう意味で「ゆるみやすい」というのは出ましたね。

―それはどのへんの子が?

林:A君(3年目)ですね。「自分らも甘えているというのはいけないことなんですけど、ゆるみやすいところはありますよね」と。確かにそうかもな、と。
 叱る。…うーん、怒れないんですよね。

―確かに林さんが怒ってるのはホントに想像つかない(笑)それはお子さんの頃からそうやったんですか。この笑い目のお顔で(笑)

林:そうですね(笑)感情に任せて怒り狂ったという自覚が本当にないですね。でもそれを10月に言われてからは、気になったことは指摘はするように、自分なりにはちょっとスイッチを入れようとは思っていますね。
 10月に若手の子が立て続けに3つやらかしよったんです。

―え、何をした?

林:ご家族と良好にコミュニケーションがとれず、非常に不信・不満を抱かせるようなやりとりをしてしまっていたんです。大した出来事ではないので、引き続き同じ子にやらせて、このプロセスから何かを学べるだろうと期待しました。いきなりやらせたら不安もあるから、「どうやって言う?」とか「次の報告どうやってしようか」とか、事前にロールプレイをして、ところが結果が悪い方に悪い方に行って、そこで止めれば良かったんですけれども行くところまで行ってしまったんです。

―それは、林さんが途中で出るということはしなくて、若手にとことん任せてそうなったんですね。

林:そうですね、任せてもできるだろうと思ったんですけれども上手くいかなかった。その3つが一旦解決に落ち着いたので、振り返りをして「どこが課題やったのか」と言っていたときに、課題としてはスキル不足がもちろん挙ったんですけれど、もう1つは僕がロールプレイをすることによって、安心してしまうと。

―あ、ロールプレイをすることによって安心してしまう(笑)

林:ロールプレイって、その通りにならないじゃないですか、予行演習ができるだけで。違う反応が返ってきたりすると、キャッチしきれなかったりして「あ、違う」みたいな、とか。ちょっと化学栽培しすぎたというか。その案件についてはですけど。自然栽培したほうが良かったのかなと。

―自然栽培って?

林:その子たちが自分の力でやっていけるようにした方が良かったかなと。ちょっと手出し過ぎたかなと。伸びてきてから剪定しても良かったかなと。ちゃんと土を耕してやったら良かったかなと。なんでこのぐらいの些細なことでご家族さんのほうが指摘をしてきているのか、という背景のところですよね。支援する側の子が、ご家族さんの言葉の中の重さとか価値とかをじっくりほぐしておけば、と。

―ご免なさい、私全然イメージでけへんのですけれど、インテーク面接の場面で部下が上手くいかなかった場合にその次の指導というのは、ここにいる相談員の人の強みを伸ばしてあげれば解決するってものではなくて、かえってそれで先方様(ご家族)との食い違いが大きくなる場合もあるわけでしょう。じゃあそうじゃなくて食い違いが起きないようにするには、「前回何が悪かったの?」という問題探し的になるのかしら。素人だから全然わかってなくての質問なんですけど。

林:相手の方を君はどう理解したのか、理解が十分だったか不十分だったか。それと人との関係づくりという大きく2つに分けて課題探しをしますね。このときは僕が理解したことと彼が理解したことが、やっぱり一致してなかったんです。僕は一致してたもんだ、と捉えれてた反応があったんですけど、やっぱりわかってなかったようなんです。

―それは何年目の子?

林:A君もいっこ失敗しましたし、さっきのストレングスファインダーの彼も2個(笑)叱るまではいってないと思うんですけれども、「具体的にここが僕はわからない」とか、「これについてはどうするんだ?」と確認をすることを今、ちょっと増やしてますね。それが「叱る」につながるのか、というのはあるんですけれども。それで「ゆるみすぎる」ということに縛りをかける、という意識をしてますね。

―そうですか。問いかける形で修正をかける、という感じですね。そのへんはちょっと試行錯誤中でいらっしゃるんですね。

林:上司から言われたことは、「林君は質問が意図をもった質問になってきたね」と。これもまあ、3日前に貰ったフィードバックですね。

―意図を持った質問。それはどういう意味?

林:相手がどう考えてるか、とか、どう感じ取ってるのか、とか、僕が上手くキャッチしきれなかったことを質問することによって、相手が語ってくれて明確にしようとしてるよね、というような説明をそのときはしてくれました。
 叱るというアプローチではないですけれど。

―林さん流のそういうやり方というのは、確立してきたら私はおもしろいな、と思ってるので、ほんと純粋に興味でおききしているんですけれどね。
 研修ではこういう表を作って問題行動とか過失の程度に応じてこういう修正のかけ方がありますよ、というのを見せるようにしています。軽度か重度かによって、このへん(重度)に最終手段として叱るとか怒るとか制止するとかいうのがあって、このへん(軽度)にはからかうとか問いかけとか指摘とか。先日もあるところの研修でこういう図をかいてご説明したんですけれど、問いかけだったら「は?」とか「これちょっと説明してくれる?」とか。でも相手によってとか、する側、林さんの側のキャラクターによってここ(軽度)だけで済んじゃう場合ってあると思うんですね。おききしてたら相談室の皆さん、みんなモチベーションは高くて、この仕事にすごく使命感をもってやっておられるから、そんなに理念にもとるような問題行動があるわけじゃないでしょう?そういうのがあったらここ(怒る)になっちゃうかもしれないですけど。一生懸命やってる中のミスとか、ちょっとした行き違いというときに、ここ(問いかけ・指摘)で止めて上手く修正かけられたら、まあ嬉しいですよね。

林:気づいたところで、問いかけしてるのかなあという感じですかね。



■叱る課題(2):「問いかけることの限界、指摘も大事」(正田)


林:あと、僕の価値観として、人に迷惑かけるのが嫌いなんですよね。「迷惑かけなさんなや」と言って育てられたので。

―そうなんですね。そういうお子さんの頃からの教えって結構大事ですよね。

林:骨身に沁みついてますね。それで最近ちょっと別な場面で叱りはしてるかもしれないです。
 チームプレーやから自分だけで全部やれるわけじゃないので、誰かに仕事残して頼まなあかんときがあるわけですよね。そこでそのパスを回していると、回される側がちょっと大変やろ、よ、という、「それで渡されて相手困るで」というときに、もう1つ2つしてから渡したらいいのになーと。そういう時には、
「ちょっと大変やけど、ひとまとめしてから渡さないとここの解釈で困るよ」
と、そういう指示も出すようにして。

―なるほど、なるほど。林さんの場合ベースラインが「承認」やからこのへん(表の軽度の方の外れ)ですやんか。それがたまに、このへん(問いかけ・指摘)のあたりに振れたりすると、それだけで相手にはインパクト大かもしれないですね。

林:そうなんですかね。ちょっとまあ、叱るということについては…苦手意識(苦笑)という感じです。

―林さんが意識して問いかけをされてるということと、やっぱり時々指摘っぽいことも言われている、ということ、それもすごくいいな、って思いましたね。というのは問いかけ一本槍で叱ることの代用をしようとすると、問いかけに対して叱るとか責めるとかの意図をみんなが感じるようになってしまって、問いかけが問いかけとして機能しなくなってしまうと思うんですよね。なので「指摘しよう」と思ったら、思い切って切り替えて指摘の形で言うって大事なことだと思うんですね。
 こことここ(問いかけと指摘)の間を行き来しながら、という感じですかね。
 すいません、先生口調でおこがましくて。

林:いえ、参考にします。
 自分でも課題意識があるところなので。ありがとうございます。



■承認はストレスではない。逆にストレスを減らしますね


―ちょっと最初の方の問いに戻るんですけれど、もう「承認」歴3年になられて、最初の頃に比べてご自分で今どんな段階になられていると思います?

林:そうですね、板についてきた感じがする。自然な感じになってきた。承認について。だいぶ意識してしないとできなかったものが、朝来て探すのも意識づけなんですけど、ふっとこう廊下を歩いていると「あ、髪切ったね」とか、なんか気づくんですよね。

―気づくんですか。あたしまだでけへんと思う、それ(笑)

林:気づくことが多いです。そっちにずっとフォーカスしてるんだろうなと思います。気がついて、そして気がついたことが言葉になって出てる。そこに不自然さを自分ではあまり感じない。構えもしてなければ、言ってやろうとも思わなければ、そういうのを板についてきたかなと。

―そうですか。ああそういう域に達されてるんですね。もう師匠って呼びたい(笑)いやほんまに。

林:それはないですよ。修業中ですから(笑)

―いや、情けないけれど私自身がそういう毎日を送れてないんで、羨ましかったり、「あ、もう林さんのほうが上行ってはるわ」と思ったりします。

林:慣れた場やからというのも大きいです。勝手知った人たちやし。

―「承認」が自然な感じになってきた、板についてきた、ということでしたけど、そうすると人を承認する、ということは林さんにとって全然ストレスなことではないんでしょうか。

林:ストレスではないですね。ストレスを減らしますね、逆に(笑)絶対減ってると思います。不思議な感覚なんですけどね。

―よかったらその感覚を教えてください。

林:相手に可能性を感じる、というんですかね。「こいつすげーヤツになるんじゃないかなあ」「なってほしいなあ」と。「このいいとこ活かせばいいのになあ」と。
 今まで「なんでそうなるんやろなあ」とか「なんでせえへんのやろなあ」とか、「もっとこうしたらできるようになるのに」とか、そんなふうに思う場面が多かったんですけど、承認に出会うと、「もったいないなあ」という感覚になるときが多いです。「せっかくええもん持っとんのに」と。

―そうなんですねえ。「もったいないなあ」。
 私まだね、その風景が見えてないかもしれない。林さんに見えてる風景が。羨ましいな、そういう風に思える瞬間をいっぱい経験されてるというのは。

林:ストレス少ないですよ。白髪増えましたけど(笑)ストレスなのかなあ。


■上司もつらかったんやなあと・・・


―ありがとうございます。何かほかに言い残したことは?

林:上司の悩みを何度か訴えたこともあったと思うんですけど(笑)、最近その上司がいい感じですね。

―そうですか。何があったんでしょう。

林:これも最近の話題。つい11月の25日ですわ、ちょっと部署の異動とかがあって、事務所の体制を変えなあかんので私と上司と担当者と計4人でミーティングしてたんです。そこで結構上司が担当者の女性にフィードバックしてたんですけど、僕がきいてる限り、ものすごくきつかったんです。どっちかいうと上司が叱ってる、承認度外視で。「ダメだ」っていうメッセージがすごく強かったんですよ。「そんなんじゃダメだ」と。すごく居心地悪くって、「いやいやいやいや、彼女すげえ頑張ってるよ」「まず承認でしょう」と思って。
 で、ミーティング終わってから、「フィードバックきつかったですよ」と僕が上司に率直に言ったんです。「そうかなあ」と言って、そして次の日。「家に帰って考えたんだけど、ほめようと思う」と。

―あら。(笑)ほう。

林:それからは、ほめてるんですよ。「あ、ちょっと響いた」と思って。
 承認のことはずっと上司にも言っていて、大事なことだというのはわかってくれてるんです。承認するのも好きな人やし、やったら絶対できるし、上手になれる、得意になれると思うんですけど、出てくる言葉メッセージがどうしてもネガティブな言葉メッセージが多くって、周囲が委縮してしまっていたたりとか。ちょっとコミュニケーション上駆け引きやってるときもあるのを感じるので、それでいかれると何も返されへん、というのを感じてました。それで「ほめたほうがいいですよ」というのをずっと言ってたんです。このたびはすごくヒットしたようみたいで、上司もほめるようになってきましたたという感じです(笑)うれしいですね。

―すごいですね。ミーティングのあとのフィードバック、これ効いたんじゃないですか。

林:影響力がある人なんですよね。カリスマ性があるというか。羨ましいと感じるときもあります。副施設長という立場もありますので、何か言ったときのインパクト、相手の受け取り方の重みが僕たちと違います。だからほめてほしいなあと、ほめる言葉が出てくれるようになって嬉しいなあと。

―嬉しいですねえ。わあ良かったですねえ。

林:ご心配かけてた事項だと思うんで。

―一時期林さん、辞めたいまで言われてましたもんね。

林:そう、僕も否定的にしかとれなかった時期でしたし。色んな思いもありますけれど。

―林さんの説得力が出てきたのかもしれない。フィードバックを聴いてくれたということは。

林:そうですねえ、4月に室長になってから半年ほど、ちょっと刺激的だったので。その立場になってみて、ああ上司もつらかったんやな、ようやってたなと最近思うんですよね。そこに僕が立てるようになったというのは、関係が深まっていくきっかけになったんちゃうかと思いますね。本当、大変ですわ。ようやっとったなあと。でも僕っていう部下がいて良かったねとも思うんですけど(笑)

―今のA君のような立場を林さんがやってたのかしら。

林:上司にとっての林のような存在にA君がなっていってほしいですね。体制が変わったので、今までやってきた15年の歴史と伝統というものもあるんですけど、その上に承認育ちのA君らが新しい家をリフォームし直すんじゃないかと、ワクワクしてます。

―それじゃあ、これからも相談室さん物語、楽しみですね。

林:1冊の本にでもなるんじゃないかと(笑)

―なりそうですね。今日はどうもありがとうございました。(了)


9968



****


 1時間半のインタビューの内容でした。
 相談室という、コミュニケーションそれ自体が主業務のような部署ということもあり、林さんはどんどんコミュニケーション上の新しい発見をし、挑戦をし、世界を広げています。殺伐とした世界にいる正田からみるとやっぱり羨ましいような…。

 独自の世界を切り開いている林さん、これからも沢山の発見を教えてくださいね。




 「叱る」についてのやりとりは、「顔色ひとつ変えずに人を叱れる」といった、生まれつき「叱る」才能に恵まれた人からみると、もどかしい感があったかもしれません。叱ることが苦手な人にとってはこれほどに苦手なのか、ととらえてくださると嬉しいです。
 結局ベースのご性格によっては、「叱る」ことを無理じいするとご本人の強いストレスになってしまうことがあり、今回もそれを念頭に、林さんご自身の現実世界での痛みを含めた気づきに基づいて「叱る」「指摘する」行動を選択できるように、恐らくそれでなければ根づかないだろうから、と「待ち」の姿勢で正田はお話をうかがったのでした。
 「間違ったら人が死ぬ」(ひょっとしたらごくまれには死ぬかもしれないのですが)業務ではないのが幸いでした。


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 当協会会員で「介護職の承認王子」との異名?をとる林義記さん(老健施設相談室室長、34歳)に、約2年ぶりにインタビューさせていただきました。

9964


 林さんは神戸市西部の職員数約80人の老健施設にお勤め。冬のユニホームは写真のように「スタジャン」です。若々しくアクティブな雰囲気ですね。

 承認歴3年。この間に相談室主任→係長→室長 と立場も早いペースで変わりましたが、「承認」にかける情熱は相変わらず、既に正田を追い抜いたようにも見える達人ぶりです。

 林さんの「承認」を駆使した問題解決ぶりは、どの業種の方にもお手本になるでしょう。また新たな課題、「叱る/修正する」ということについて優しきリーダー・林さんの奮闘ぶりは?

 長文のインタビュー記事を前後編で掲載させていただきます。

 ちなみに林さんの属する相談室の業務とは、

・介護のことでお困りのご家族からの介護相談、施設利用に向けての相談、そのための説明、見学対応、利用開始時のオリエンテーション、契約業務
・ご利用者の状態確認のためのインテーク面接、訪問面接(自宅、病院、他施設、あちこち行きます)
・ご利用者の理解を深めるアセスメント面接、利用検討会議の開催資料作成、会議準備、利用開始調整、利用調整、ベッドコントロール
・施設利用中の生活相談、ご利用者の介護内容検討のためのカンファレンス、ご利用者、ご家族との定期面談
・緊急時の連絡、緊急時病院受診付き添い、入院調整、苦情受付対応、ショートステイ・デイケア利用者送迎
・委員会活動参加、委員会活動コーディネート、勉強会企画、運営、開催、スーパービジョン、改善提案・・・・

などであり、超ご多忙の中インタビューに応じていただきました。心から感謝いたします。

林義記さんインタビュー2013・前編
「夢は全員が承認ベースのコミュニケーション」


■最年少で価値あることをやっている自覚?それはなかったです
■「信頼」は「こちらの言うことを聴いてもらっている」ことでわかる
■夢は全員が承認ベースのコミュニケーション
■朝来て「ほめポイント」を探す
■強みをみていくと問題解決につながる

(ききて・正田)

****

■最年少で価値あることをやっている自覚?それはなかったです


―林さんが「承認」に出会ってくださったのが2010年の秋でしたね。小柳俊子さんの明石ソーシャルワーカー事務所さん主催のセミナーに来てくださって、その翌年の2011年に「承認大賞」をとられて。承認歴3年になられますね。ありがとうございます。
 3年も続けてくださるというのは本当に嬉しいことですけれども、林さんにとってこの3年ってどんな3年でした?

:私にとって31歳から34歳です。家庭で言ったら今3歳の二人目の子どもが生まれた頃で、頑張らないとあかんなあという時期ではありましたね。ただ、「何をどう頑張ったらいいんやろうか」とか、仕事でも自分なりに力がついてきたという実感はあるんだけれども、本当に役に立ってるんだろうかとか、本当に十分に力がついてきているんだろうかとか、悩んでいました。後輩ができ部下ができる中で自分だけで課題にしててもいけない、それをどう伝えていくか。そういう役割が少しずつ増える中で悩みながらやってはいましたね。その状態が30代のこの時期として一般的にある姿なのかというのが自分ではわからなくて、誰かに何かを言ってほしかったんじゃないかな

―ふーん、誰かに何かを言ってほしかった。そういう言葉としておききするのは初めてですねえ。
 そこへ「承認」というのはどうはまるんですか。

林:誰かに何かを言ってほしい自分は確実にいたと思うんですね。「そのままでいいんだよ」とか、「そのまま頑張り続けたらいい結果がついてくると思うよ」とか、「3年前の君と比較してこんなことが出来るようになってるよね」とか、そういうフィードバックの言葉が欲しかったんだろうなと思いますね。
 思っていても回りはあんまり言ってくれない。そういう中で迷ったりモチベーションが下がったりして、「このままでいいのかなあ」という心境で仕事をしている時に、承認とは真逆の、私に対する叱責の言葉が飛び込んできました。言われたいのはこれと反対のことやと、欲していたことに気づいた。また僕としてはそれを周囲の人には言えているのかなと。そんなことを探し求めていたときに正田さんのセミナーでそれに出会いました。
 最初、これかもしれない。これが本当に僕の求めていたものだろうかと、確信はなかったんです。飛び込んでみて(セミナーに)行ってみて、最初のグループワークで「あ、これや」と思ったんです

―どんなことしましたっけ、グループワークって(笑)

林:強みのワークやったと思います。「強みは何か」「その強みを活かした場面は」という。その中で「あ、こういう風に言ってほしかったんだな〜」と。それは正田さんがファシリテートされている時に、「頑張られたんですね〜」という一言が骨身に沁みたといいますか。決してふだん一緒に仕事しているわけでもないですし、何をどう頑張ったかなんてみてないしご存知なわけでもない。けれども心を込めてそのときのことを話した時に「頑張られたんですね〜」と。じーんときましたね。それで承認に引き込まれていった(笑)

―えへへ、すごい詐欺的商法の始まりや(笑)

林:いえいえ。本当にそうなんですよ。あの一言がなかったら、多分続けれてないと思う。

―そうでしたか。大事ですね、セミナー中のとっさの一言。改めて学びになりました(笑)
 そうやって出会っていただいたけれども、私からみて林さんってそれまでお出会いした受講生さんの中で一番若い部類の方で、職場でもまだ「上司」という役割が定まったお立場でもなかったし、上にはまだわさわさ人がいてるし、大丈夫かな、とはらはらしてみていました。どんなことでもいいからご支援できることがあったらしたい、という感じだったんです。けど、いやいやそれはこちらの話で、林さんは本当にたくましくやり続けはって。そのあたりのことは意識されました?「僕は史上最年少でこういうことやってる人なんだ」みたいな。

林:それはあまり意識したことがなかったですね。最近「承認王子」でしたっけ(笑)正田さんがおっしゃられるようになってから、「あ、若手の部類なんや」ってちょっと自覚しました(笑)最年少で難しいことに、価値あることに取り組もうとしているという自覚はなかったです。
 自分が体験して良かったよ、という、実感があっての「良かった」をしっかり伝えてあげられるものとして、承認というのは僕の中では宝物であり、広めたいというか。嬉しかったし頑張ろうと思ったし。みんな頑張ってる、一生懸命やっているので、是非そういう気持ちを味わいながら人生を過ごしてほしい。そうなるように働きかけることができたらいいかなと。


■「信頼」は「こちらの言うことを聴いてもらっている」ことでわかる


―初めて3時間セミナーで受講された次の年(2011年)の5月、2日間セミナーも受講してくださって。ますます「がしっ」と学んでいただいたしおやりになっていただいたけれど、周りの人から返ってくるものってその時期はどうだったんですか。施設の中で1人でおやりになってて、林さんの側から「与えるばっかり」という感じはなかったですか。

林:そうですね、僕に対して承認が返ってくるという反応は、今でもそんなに多いとは思わないです。ただ、ネガティブなフィードバックは、格段に減っていると思います。

―ほう、ネガティブなフィードバックとは、例えば?

林:例えば愚痴とか不信や不満や不信頼っていうものですね。、陰口はきこえないのでわからないですけれども(笑)自分で言うのも変なんですけれども信頼はしてもらっていると思います。若手、中堅、同じような職員同士、上司…。「不信」から「信頼してくれている」に変わった、という気はします。人間関係としては、すごく充実している。心地いい人間関係で仕事はさせていただいてるんじゃないかと。

―素晴らしいです。ちなみに「信頼してもらっている」と感じるのはどんな瞬間ですか?

林:何か話をする、私から何かを伝える、メッセージを出す、という時に、やっぱり聴いてくれている。「よしわかった」と了解をしてくれている、という感覚があるんです。あとはやっぱり笑顔が返ってくる、ということですね。難しい顔して、暗い顔して自分の周りの人間関係がすすんでいく感じはしない。にこにこしてくれている。というのは実感としてありますね。

―それは嬉しいですね。
 2011年の4月からは「承認大賞」(大賞事例「わからないことを訊いてくれたね」)にも登場されたA君も入ったんですよね。て、今日はA君お休みなんですね。残念。

林:彼なんかは生で、ライブで反応が返ってくるという感じです。素直な奴ですしものすごく感性も高いし、今風の子です。

―チャラい?

林:チャラくはないけど、まあ眉毛は整えて(笑)素直で純粋な奴で、こちらの出したメッセージに素直に返ってくるんですよね。出したボール、投げたボールがちゃう(違う)ときには、彼に届いてないてないなという反応が返ってきますし、届いたら届いたという反応で返ってきます。

―それは最初から?それとも施設で林さんと仕事をするようになってそういう感じになったの?

林:もともとそういうところは持っていたと思うんですけれども、徐々に返ってくる感じが、感度がいいというか―、彼の反応に僕が鍛えられているという感じです。

―ほう。

林:「あ、こうじゃなかったのね今のは」とか、「あ、こういう感じの方が良かったんかな」とか。料理を作って出して、反応をみて「あ、この味つけで良かったんや」とか、「これは自分のオリジナルにしよう」とか「定番メニューにしよう」とか、そういうのを彼が見つけさせてくれてる。僕が何か刺激を与えているというより、彼から刺激をもらっていますね。

―やっぱりすごくい興味あります。いちど見ないと気が済まないです。3年間、承認でお互い鍛えあった同士ってどんなんやろ(笑)

林:大した話はしてないですよ。弟っぽいというか。


■夢は全員が承認ベースのコミュニケーション


―A君の話はそれくらいにして、次の話題ですが、私がこちらの施設でお話(2時間の承認セミナー)をさせていただいたのは2012年の夏でしたよね。そのあたりのお話も伺いましょうか。あのとき法人全体で20数名の役付きの方が集まってくださって、宿題は9名の方が提出してくださいましたけれど、結局あのあと承認は施設の中で広まったんですか。

林:承認という言葉はメジャーなものになっていると思います。

―例えばそのへんの職員さんをつかまえて「承認て知ってる?」ってきいたら、「知ってる」と答える?

林:主任クラスというか、管理職とまで言わないですけどいわゆる役職付きのスタッフは、承認という言葉は定着していると思います。

―あのあとも林さんから何か(承認の定着のために)手を打たれたりしました?

林:施設内研修で「OJTトレーナー研修」というのをやっています。それは2年目以降のスタッフが、新人が入ったときの指導法について勉強しようという趣旨でやっていまして、3か月から半年間で回数としては3回。その中に承認を1コマ入れさせていただいています。基礎コースで習ったような、体験を入れつつ、ネタを貸していただいて、「承認の種類」やそのバックにある理論を教え、体験しながらやってみようと。
 やっぱりワークをしたりするとほわっと雰囲気が良くなるんですよね。こういうことを若い子にしていこう、とか気づいてくれるようです。そんな取り組みですそ野を広げていけたら嬉しいんですねが。
 理想と言うか夢は全員が承認ベースのコミュニケーション。それによって施設がより活性化すればいいなーと思います。

―全員が。そうなったらどんな状態になっているんでしょう。

林:うーん、ひとつは業界的に離職率が高い職場ではあるのですが、離職率は絶対下がると思います。

―今は施設としては離職率はどうですか。

林:パーセントは部門が違うので出せてないですけれども、月に1人ずつぐらいはスタッフの出入りがあります。業界全体よりはうちの定着率は高い方だと思いますが、より定着率(向上)につながらへんかなと。本当に人員はこの業界非常にきついので、業界の悩みのところに活路になるんちゃうかというのは思います。

―うーん、なってほしいですねえ。是非、施設としての離職率低下のエビデンスを出して発信していただきたいです。

林:それから、あってはならないことですけれど高齢者虐待というのもこの業界は言われています。こちらとしてはそういうつもりがない言動であっても相手によってはそうとられてしまう場合もありますがあったり。もちろん手を出してしまったりすればそれは許されることではないんですけれども。
 その虐待などになんでつながっちゃうんやろ?という要因を考えると、職場の人間関係などに原因があるんじゃないかな。職場の人間関係をより良いものにするためには「承認」は欠かせないと思います。

―そうですねえ。虐待、無くなってほしいですね。

林:承認は利用者さんの暮らしの充実の方にもつながっていくと思います。
 嬉しいのはわれわれの施設をご利用されるご家族の方が、「ここの施設に来るようになってから私も心が軽いんよ」と言ってくれるんですよ。ちょうどきのうあった話ですけど。
「家では娘にしゃべれんようなことでも、ここやったらついぽろっと話しちゃうのよねー。こんなこと誰にも話したことなかったのに」
と。いうフィードバックをくれたりするんです。
 介護で色々悩んだり苦しんだりされてる方々を支援するのがこういった施設の役割なので、「承認」が施設にもっともっと広がると、もっと地域の役に立ったり、社会の役に立つ、そういう施設になっていけるんじゃないでしょうか。
 介護の仕方が上手だとか、おむつの換え方が上手だとか、もちろんそういうのも大事なんですけれども、施設としてのあり方とかハートの部分が鍛えられたら嬉しいな、と。

―ハートの部分が鍛えられたら。いい言葉ですね。

林:そうなりたいですね。


■朝来て「ほめポイント」を探す


―日頃は1日どんなふうにお仕事してはるんですか。

林:普段の仕事ということですか。そうですね、9時からの勤務なんですけど8時半ぐらいには出社しています。30分前ぐらいに出社して、前日からの記録とか、全体の動きなどを確認します。(エライ!)その中で「ほめポイント」を探すんですね。

―ほう〜。

林:事務所のところに「今月のお誕生日」を貼りだしてあるんですけど、「今日はだれ」とか、体調が悪くて休んだ職員の情報も入るので、今日ぐらい出社かな、とか、来たら「大丈夫やった?」と声かけとか、承認のシミュレーションをしてますかね(笑)
 あと部下が書いた記録を読んでて「ここ頑張ったよな〜」とか、「ここ上手い事いけたね〜」とかのフィードバックを言ってあげる材料を探す。どういう仕事をしてたかの場面を目撃しているわけではないので、記録で上がってきたときに「こういう場面だったの?」とききながら、「ここでこうやったのが良かったね」とか、「この言葉を引き出せたのは腕が上がったね」とか、「承認」の材料を探してますね。

―なんか達人の域に行ってるわぁ。

林:9時に就業始まるともう電話もバンバン鳴りますし、次々問題は起きますのでね、それを日々こなす、回していく、という状態ですね。利用者さんのご家族との面談、相談をするときには「傾聴面接」が中心で、プラス専門の説明をしながら介護課題というのをやっていく。
 ご家族さんも頑張ってはるんです、施設に預けてはっても。頑張りを見つける、そういう視点がすごく「承認」で身に着いた感じはします。


―ご家族からしたら嬉しいやろうと思いますね。でも承認したせいでお話が長引いちゃったりはしません?

林:します(笑)でもそれがしたいので(笑)


■強みをみていくと問題解決につながる


―この間お電話したときはご訪問も行かれてたけど相談室のお仕事にご訪問もあるんですか。

林:はい、家庭を訪問もありますし病院の方にも訪問がありますし。

―「林さん来て来て」って言われるんじゃないですか?

林:「一緒にしましょう」っていうスタンスで言ってくださる方は増えたと思います。
 以前に教わったことですけど「強み」が(介護現場での)問題行動につながっちゃうような面がある、と。そうやなあ、ということをよく感じるんで、問題が起きたときに、この人のどんな強みが問題にさしてしまったんやろなあ、とか、ややこしいなあと「欠点」で取っていた部分が、ちょっと反対からみてみようかな、などと考えると、解決の方にぐーっと進んでいったりするので、強みを見ていくというのもまさに「承認」な感じがしてますね。

―なるほど、「強み」でみていると解決に向けて進む。
 それに関して、少しお話してしまってもいいですか。最近、「強み」ともう1つ、ニーズという視点も必要だと、強みコンサルタントの森川さんに言われて、ちょっとニーズの勉強もしたんです。ニーズはコーチとして駆け出しの頃に少し勉強したけれどそのあと投げてたんです。多分マレーの「欲求―圧力理論」というのから来ているらしいんです。これは20世紀はじめぐらいの理論なんですが、でもそのあとの心理学のベースにずっとなって、引き継がれていったようです。
 その理論で色んな欲求―肉体的欲求からちょっと高次の精神的欲求まであるのを勉強しまして、これはこれで面白い、「強み」にないちょっと新しい視点だなと思いました。
 ただね、「欲求」という視点でみていると、やっぱり「強み」みたいに、善意でみてあげれないんです。善意というか好意的に、というか。なんかこう「問題視点」でみるようになってしまうので、それってやっぱり相手とは衝突してしまう。「問題視点」でみて相手を変えるなんてできないですよね。だから現実的にものごとをいい方向に行かせるというのはやっぱり「強み」の視点がいいのかな、という感じがしました。 

林:マレーの「欲求―圧力理論」ですか。ちょっとみてみます。

―まとまった1冊の本にはなっていないんですけど、『TATかかわり分析』という日本の心理学者の書いた本の中に割と詳しく載っています。すみません余談でした。
 最近で「強み」に関して何かエピソードはとかありますか?

林:3年目のA君以外に今、3人部下を抱えていまして、「承認大賞」の事例には挙っていない2年目の子がいます。A君に比べて差をつけているわけではないんですけど、「承認」の量・質としてA君より多分少ないんです。そもそも持っているベースの能力も、もちろん個人差はあるとは思うんですけど、伸びしろということでいうとやはりA君が伸び率が高いです。1年の差だけではなく。
 そんなときファシリテーションの本を読みまして、事務所のミーティングに活用しようと取り組み始めました。そこで自分のモチベーションの変動をシートに書いて発表しあおう、お互いを知り合おうというワークをしたときに、その2年目の彼は学生時代にすごく自分のモチベーションが下がった出来事があったようで、その辺から自分の欠点を意識するようになったようです。「ダメだ」とは言わないですけど、反省をよくするんですよね。いっぱい上手くいったことがあるのに、「上手くいきませんでした」という報告ばかりしてくるんですよ。
 で、ストレングスファインダーを紹介して、「興味ある?」って。「僕もやったよ」「やってみる?」「無理にはしなくていいけど、やってみたいならどうぞ」とか(笑)

―わっるい(笑)

林:彼に今まで何冊も本を紹介したんですよ。「この本良かったよ」「この本ですっごい視点が変わってさ」って、でも今まで読んできたことがなかって。ところがその彼が自分で買って読んできましてね。「テストしました!」って。

―ほ〜、偉いですね。

林:3日後ですよ。その日にアマゾンで注文して翌々日に届いて家でテストやってきて、その晩残業してたら、照れ臭そうに「林さん、テストしてきました」と。「え、どうだった」「いや、オレがお前から感じている強み言うよ。それと一致しているかどうかも自己覚知になると思うからやってみようか」と。そしたら5つのうち3つが重なっていて。
 それからその彼が、よう話してくれるんですよ。量が増えたし、ほかの人としゃべってる距離が遠かったんですが、すごい身近な距離感で話せるようになっていて。何が変わったかわからないんですけど、自分の強みを自覚することによって、行動が変わってきた。

―へ〜〜。何が変わったんでしょう、彼の中で。

林:問題解決っていう強みが彼の中にあったんです。「回復志向」が強かったみたいで。

―あ、それは「ダメだ」って言うかもしれないですね(笑)。

林:でもそれが強みなんだって思えたみたいで、それまでは「問題がうまく解決できないオレはダメだ」と思っちゃうみたいなんですよ。

―(笑)ほうほう。

林:そんなに簡単に問題って解決しないし、解決に取り組むエネルギーは高いんやと思うんです。そういう強みを持っていない人は「まあまあ、ええやん」でいってしまうけれど彼はそれが気になってしまう。でみんなと波長が合わなくて苦しんじゃうっていうところがあったみたいで。「僕はここが問題やと思う」というのを言えるようになってきた。ほんとに何日間かの変化ですけど。「あ、そういうとこを問題やと思ってんねんね」と周りも言ってくれたりとか。ちょっとずつそういうのが自信に変わってきているといいますか。

―それは凄いです、そうかそうか。「これは強みだ」と自覚するまでは、ただのネガティブ君、みたいに見えてた。は〜。すごい(拍手)

林:慎重もあるんです。

―あ、回復志向と慎重があったらやっぱりネガティブ君(笑)的な(笑)。

林:問題解決したいのに行動が慎重やから(笑)自分の中に逆があるというか。

―それは自縄自縛になるでしょうね。本来回復志向の人ってすごいエネルギーが高いんですよね。問題をみたらパッとそこへ行って解決したい、というみたいなベクトルがあるんだけどそれを止める慎重さもある、としたら。アクセルとブレーキ両方持ってる、っていう。

林:「これ直しといて」って指示出しちゃうと、「いつやんの?」「今でしょ」みたいな。で「今やります」みたいな、ぱぱっと直して、仕上がって。そういう回復志向の使い方があるんだな、と僕も気づきがありましたって。

―それは面白いですね〜。いや〜凄い勉強になります。さすがですね、林さんの探究心。

林:たまたま上手くいった感じです(笑)

―最初「伸びしろが少ないかも」っておききしたときに、「そっか、やっぱり人によってキャパが違うのは仕方ないのかな」と一瞬思ってしまったんですけど、伸びるスイッチを見つけてあげたら変わるんですね〜。林さんすごい。

林:基本ええ奴なんでね。輝いてほしい、と言ったらあれですけど。キラキラ仕事してて欲しいんですよね。

―もう、そういう(キラキラした)感じにみえます?

林:本当に明るいです。

―え、その彼が「強み本」を読んだのはいつ頃のこと?

林:1週間ほど前のことです。もうほんと獲れたてピチピチの新鮮な話です。うちの4人の部下みんなにストレングスファインダー紹介してるんですけど、よ。読んだのそいつだけなんです。結局チャンスがあって使う使わんも相手次第なところがありますけど、きっかけはできるだけ沢山投げ続けたいかな、って。

―林さんは確か2回目にストレングスファインダーをやったら個別化も上がったけど回復志向も上がってきたんじゃなかった?

林:上がりました。はい、びっくりしました。仕事柄、影響を受けてるんだと自分なりには思っています。

―林さんのエピソードにも「問題解決した」というエピソード、多いですよね。以前うかがった、クレーム主の方に「承認」を使って問題解決した、というような。お見事!っていう感じ。

林:たまたまです(笑)

―いいお話きかせていただきました。


―前編ここまで―

後編「叱る課題。上司もつらかったんやなあと」につづく


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 9月25-27日、「上海大島」をご訪問したもようを2回連続でお伝えしています。今回は後半、脇谷さんのダメ出し攻撃がさく裂します??



  工場内を歩いていると、以前のインタビューでお客さんが「従業員の元気がいい」「まじめ」と評価してくれるという話がよくわかりました。素人目にも動きがきびきびしてむだがない。30年前の中国でもよく見た、手足をだらんと放り出すように、遠心力に任せたように動かす「やる気のない動作」というのがありません。自分の意志で身体を動かしている感じ、なのです。

 たまたまお隣の敷地の現地メーカーの工場(上海大島とは提携関係なし)を覗くと、そこにはちゃんとあの「だらんとした動き」の従業員がいたので、違いがよくわかります。だらんとした動きは決して固有の文化というわけではなく、やらされ感がもたらすもの。自分がこの動作の主体だ、という自覚があればきびきびした動きになるのです。



 そして、上海大島では問題があったらぱっとそこに2.3人集まって話し、携帯でどこかへ連絡をとっている。そうした風景がこの日もみることができました(残念、写真が撮れなかった)。
問題はないに越したほうがいいのでしょうが、ぱっと身体を動かして集まるその身体の動きは見ていても気持ちのいいものです。

「ぼくは『見える化』って、問題があったらその現場ですぐ見えることだと思ってるんです」と脇谷さん。

(あとで正田が思ったこと。こうして「問題が起きても面倒がらずにその都度タフに対処する」姿勢があれば、現地メーカー、現地製マシンを使っていても弱点にはならないのかもしれないな〜、と。)



 もっとも、素人にはわからないけれど不合理な動きというのはやっぱりあるよう。この日もプレス機に向かう1人の女性作業者が、右手に完成品をもって離さないまま次の材料をセットしようとするので効率が悪い。これは指摘しても本人は「右手に持っているから『右手のは完成品』と思って、作業の順序がわかるんだ」と聞き入れないよう。それは「どうしたらもっと効率がいいか、考えて」と宿題にしてあります。



 工場内に新しいお客さんから届いた年代ものの金型が積んでありました。一部、安定の悪い積み方で危なくなっています。
「これどう思う?」
 脇谷さんが張さんに。
 肩をすくめる張さん。
「今これ(危険な状況)をどうしたらいいかということと、どうやったらこういうことが起きなくなるか、その両方考えて」。



 脇谷さんがこちらに来るのは1か月に1週間ほど。
 来たらその都度指摘することが色々ありますが、極力「考えて」と宿題として投げて、中国スタッフ自身に考えさせます。

「だから僕嫌われものですけどね。ああ言っておいたら、次来る前にちゃんと考えて改善してくれてます」

「そして、改善してくれたら必ずほめてやって、定着させる。これが向上したことをそのまま維持してもらうために大事なポイントなんですよね。今、その『改善してくれたらほめる』ということを、張君、潘君から主管クラスまで徹底して言っています」


 ほめる/承認には、相手の自律性をアップさせるはたらきがあります。最初はリクエストされてやったことであっても、それをほめてもらうと、次回から自然と同じようにする。それは言われてやったことではなく自ら選択してやったことになりますから、「自発的行動」と言えます。行動が自分の血肉になるのです。


 9838
9837


 工場の中の食堂と調理室。定年で自分の経営する食堂を畳んだコックさんを雇っています。毎日4品ほどの作りたての中華料理が並び、従業員さん同士卓の上でつついて食べる。50人ほどの工場で専属のコックさんを雇うのはかなり珍しいことのよう。普通はお弁当を配達してもらう、ただし美味しくはないそうです 


 そして夜は2日間とも従業員さん一緒の宴会で歓迎してくださいました


9846


9847



 名物「乾杯(カンペイ)」の嵐。正田は「日式乾杯」といって一口のむだけで勘弁してもらいました。隣の脇谷さんは従業員からの献杯にはちゃんとグラスを空けてはります。総経理は大変…。「彼らと飲むと部屋に帰ってバタンキューなんですよ」。


9852


9853


 男性も女性も元気にポンポン言い合ってます


9856


 元気な女性たち。左から金型設計者の梁さん、営業の謝さん、品管主管の虞さんと私。この30代の女性たちが上海大島の第二世代で、次世代リーダーたちです


9858



 男性陣。一番右から治具の作り手でもあるドライバーの鐘さん、それに提携先の現地金型メーカーである「上海合亜精密模具有限公司」の董事長の王緒光さんと経理の朱建軍さん。王さんと朱さんはあんまり似てないが兄弟。現地金型メーカーに日本式の生産方式を教え育てて提携するのも上海大島の強みのひとつ。他社だけどこれも脇谷さん流の「仲間」なのです。

(「上海合亜」の現場をみにいくと、脇谷さんは「(汚い所に)あれはないやろー」とか「作業者が安全装置を切っている」とダメ出しをしまくっています。その都度王さん朱さんにきっちり直してもらいます。掃除はだいぶ綺麗になってきたそうです)


 男性陣はこのあとみんなでカラオケに行ったそうです
 女性陣は、上海観光名所・「外灘(ワイタン)」に行って女子会としゃれこみました
「彼らは仕事も遊びも全力投球なんですよ」(脇谷さん)


 「僕は日本人や中国人、男性と女性、関係なくみんなが持っている力を発揮したらいいと思っています。もちろん女性は出産や家庭のこと色々ありますが、その担っているものの大変さも理解したうえで平等に。
 こうして隔てのない世界がここにあるんだということを日本の皆さんにも知ってほしいです」

 自身3人のお子さんのパパであり、人を育てることに一家言もつ脇谷さんは言います。



 お金はケチケチ路線だけれど、元気に仕事し元気に遊ぶ、国籍性別関係なく意見を戦わせる上海大島での駆け足の3日間は終わりました。新しいお取引先も増えさらなる業容拡大は必至とみえるなか、一部のIT企業のようなフラットで自由闊達な空気というのはこれからも維持されるのでしょうか。楽しみであります。


シリーズ「『承認中国工場』・上海大島の奇跡」

「とにかく現場を見てください」で仕事が来る中国工場―脇谷泰之さん(大島金属工業執行役員)インタビュー
http://c-c-a.blog.jp/archives/51857608.html


「責めない現場」は可能か?脇谷さんインタビュー(2)
http://c-c-a.blog.jp/archives/51866966.html


承認の輸出先 「上海大島」訪問記(1) 手作り治具にウルトラC改善・知恵と工夫の戦場上海
http://c-c-a.blog.jp/archives/51871514.html


承認の輸出先 「上海大島」訪問記(2) ―「僕嫌われ者ですよ」―「まじめ」「元気」な現場づくりはダメ出しと質問と承認の風景
http://c-c-a.blog.jp/archives/51871516.html


ものづくり企業を元気にしたい!元気な現場、自然さと合理精神、グローバルリーダー―脇谷さんとの対話
http://c-c-a.blog.jp/archives/51891670.html





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 9月25-27日、「上海凱斯大島金属精密電子制造有限公司」(以下「上海大島」と略)をお訪ねしました。その模様を2回にわたりお伝えします。



 上海大島は、5月と8月にこのブログに登場された、脇谷泰之さんが総経理を務める上海のプレスメーカーさんです。従業員数は5月のときよりまた増え、50人ほど。年商約4億1800万円(2012年実績)。本社は大島金属工業株式会社(神戸市西区、大島孝一郎社長)。

 「小さな大工場」をみせてもらえる、いわば中国上海を舞台にした未来の大企業の創業物語をみせてもらえる、と正田は勇んで出かけました。



 過去の脇谷さん登場記事はこちら


「とにかく現場を見てください」で仕事が来る中国工場―脇谷泰之さん(大島金属工業執行役員)インタビュー(13年5月)
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51857608.html

「責めない現場」は可能か?―脇谷泰之さん(大島金属工業)インタビュー(2)(同8月)
 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51866966.html



9833


 英国王のスピーチ?いやいや・・・

 真ん中が総経理の脇谷さん、左は副総経理の張国輝さん、右は営業技術部課長の潘霄雷さん。

「中国は一時期に比べ伸びが鈍化しているとはいえ、まだまだ魅力的な大市場です。それは間違いありません。ただ多くの日本企業は人数を減らしています。経営層に現地の情報が正しく届いていないのではないでしょうか」(脇谷さん)


 創業以来、業容拡大とともにプレス機など設備も増強している同社ですが、その大半は日本製ではなく現地メーカー製。

 
9822



 「創業当時(2006年)から、今から中国は人件費も上がる。徹底したコスト競争になると思っていた」と脇谷さん。
 その予想はみごとに的中したといえるでしょう。
 だから、新しい設備が必要になるたび徹底して日本と現地のカタログを見比べ、これと決めたらそのために貯金をした。

「こちらのスタッフは設備が必要なら本社に出資してもらおうと当然のように言いましたが、僕がそれをさせなかった。必要なものがあるなら自分たちどうしたらいい?ときいてきた」(脇谷さん)



 その現地メーカー路線では、思いもかけないような創意工夫も生まれました。


 例えばこの機械には、加工時に油を定量供給する機構を後から手作業で作ってとりつけました
 油供給機構のついた国産の機械はすごく高いのだそうな^^


手作り油供給機構



 このほか、検品作業を行う台には製品の埃やバリを吹き飛ばすエアーダスターというんでしょうか、それのノズル先がぐるぐる動いてまんべんなく埃を飛ばせる、そういう独自の機構もついています。これは見学したお客さんが目を丸くされるそう。

 こうした治具づくりの手作業を担うのは同社のドライバーの鐘さん。もともと大型トラックのドライバーだった鐘さんは同社入社後、社用車の運転のかたわら手先の器用さを脇谷さんから見込まれて、ちょっとした治具づくりを任されるようになりました。エアーダスターは徹夜で実験を繰り返しながら作業者にとって使いよいノズルの移動の仕方を研究したそうです。


 ラインの構築では工数低減のため、順送プレス機200T(自動機)で完了させる1つの工程を順送プレス機200Tと単発プレス機80Tに分けるということもしました。これは後工程を含む全工程での品質、作業効率を最適化するためだそうです。単発プレス機80Tの方では、1つの金型に2工程の作業を入れて効率化しています。日本では「1台に1工程」が不文律なので、ほぼ考えられないタイプの改善です。これは張さんと潘さん、製造部長の高さんらが連日6時間にもわたる会議で意見を戦わせながら、また脇谷さんも横から知恵を出しながら作り上げたもの。


 「改善は張君が1人で考えられるわけではなく、部長や主管クラスまで意見を出して戦わせるからいいものができる。以前は『頭ごなしマネジメント』だったのでそんなに下から意見が出なかった。今は出るようになりました」(脇谷さん)

 これは、2011年に脇谷さんが「承認コーチング」と出会ってから副総経理の張さんもその担い手となり、改善のスタイルも変わってきた、ということですね。

「ぼくも考えてみたらそうでした。創業以来ずいぶん張君らと言い合ってきたけど、お互い自分の意見を押し付け合っているだけでした、当時は」(同)

 とまれ、ここ上海ではプレスでも日本ではちょっと見聞きしたことがないような創意工夫や限界までの細かい技術革新のお話をききました。単純な「日本からの技術移転」で商売ができる時代ではなく、上海日系メーカー独自の技術を、創意工夫を絶えず編み出していく時代のようです。柔軟な知恵の創出と交換がそこには必要です。


 
9826



 ホームセンター等で買ったラックに完成品を置いて、擦り傷を防止


9829


 

 完成品を壁に吊り下げてある。これは、金型交換時に金型の損傷、摩耗を前の生産品と比較するための工夫だそうです。
前の生産時の工程サンプルを保管し、今回生産のものと比較して、穴抜きの切断面の状態や曲げ加工の曲げ部分の状態を比較して製品品質を確認するために使っています。
 


前半ここまで―後半「『僕嫌われ者ですよ』―『まじめ』『元気』な現場づくりはダメ出しと質問と承認」につづく


シリーズ「『承認中国工場』・上海大島の奇跡」

「とにかく現場を見てください」で仕事が来る中国工場―脇谷泰之さん(大島金属工業執行役員)インタビュー
http://c-c-a.blog.jp/archives/51857608.html


「責めない現場」は可能か?脇谷さんインタビュー(2)
http://c-c-a.blog.jp/archives/51866966.html


承認の輸出先 「上海大島」訪問記(1) 手作り治具にウルトラC改善・知恵と工夫の戦場上海
http://c-c-a.blog.jp/archives/51871514.html


承認の輸出先 「上海大島」訪問記(2) ―「僕嫌われ者ですよ」―「まじめ」「元気」な現場づくりはダメ出しと質問と承認の風景
http://c-c-a.blog.jp/archives/51871516.html


ものづくり企業を元気にしたい!元気な現場、自然さと合理精神、グローバルリーダー―脇谷さんとの対話
http://c-c-a.blog.jp/archives/51891670.html





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 

 姫路・楽寿園さんを再訪しました。以前の受講生、生駒眞一郎さんが指定管理者制のもと園長をされているところです。


 今回は、お茶を出してくれた女性職員Oさんとお話しする機会をいただきました。Oさんは生駒園長が着任する2011年よりずっと前から、10年来ここの職員です。


 「生駒園長が来られるまでどうでしたかって?私は、外(玄関先)に全然出てこなかったんですよ。給湯室でほかの職員とおしゃべりしているばかりで。

 それが外に出て校区の人ともお話するようになりました。バスで来られるとき表に出て『おはようございます』、お帰りになるときは『ありがとうございます』を唱和するようになりました。


 今は、仕事を離れたふだんの生活でも自然と『ありがとうございます』が出ます。孫の保育園の送り迎えにも行くんですが、保育士の先生にも自然と『ありがとうございます』と。」


 Oさんは顔いっぱいの笑みで一気にそう言い、

「あらやだ、しゃべり過ぎちゃった。私お話が上手じゃなくて。わかりました?」

とまた笑うのでした。


 給湯室で同僚の顔しか見ていなかった生活から、お客様とのふれあいへ。
 その人にとってどれほど劇的な変化だったかと思いますが、今のOさんは

、「楽寿園のお客様と色々な場面でふれあえる
ことが楽しい」

と話し、

「昨日、スーパーで買い物をしていたら、お客様が声をかけてくれた」
とか
「今日、朝のお迎えのあいさつをしていたら、あるお客様が
『いつも元気にあいさつしてくれるあんたに会えるのを
楽しみにして今日も楽寿園に来たんや』とおっしゃっていただいた」

と、 お客様とのふれあいを楽しみにしてくれているそうです。



(それ以前がどんなだったかは・・・、
生駒さんの語りとして、こちらの記事に出てきますのでご覧ください。

「あなたでないと」と言われるのが嬉しくて―姫路市立楽寿園園長・生駒眞一郎さんインタビュー

http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51831872.html


 
 さて今回は少し突っ込んだところで、職員さんがたの給与も見せていただきました。

 指定管理者制の下の給与水準―。
 
 女性の「Oさん」の場合、時給780円と、最賃ギリギリ。週3日月水金9時ー5時の勤務で、月労働時間は96時間ぐらい、月収7万5千円ぐらい、となります。

 男性では850円、それでも月―金のフルタイムで13万円程度。


 給与がそんなだから、

「職員さんたちに仕事の中でイヤな思いを味わわせたくない。イヤな思いをしたら続かないでしょう」

と生駒さん。

 
 上記の記事にあるように、生駒園長になってから楽寿園のサービス水準は急上昇し、校区の人たちにも「楽寿園は良くなった、良くなった」と言われるようになっているのですが、

 それは良いリーダーの下、職員さんの心からの満足がサービスに出るのでした。


 
 また、ある職員さんについての話になったとき、1年前と今回とで生駒さんの口ぶりも表現もまったく違うものになっているのがわかり、それについては


「一年前は、「早く楽寿園の接客レベルを上げて、お客様に満足して
もらわなくては」という思いが強すぎて、あせりの気持ちから、
ややもすれば職員の足らないところに目がいきがちだったのだと思います。

先生の研修を受けてから、まず良いところを見て、認めて、
その後で、足らないところは少しずつで良いので、良い方向に
向かっていけるように助言していくというように、気持ちのゆとりが
生まれているのだと思います。」
(生駒さん)

と、いうことでした。


 
 良いリーダーというとき、決して「承認」だけを意味しません。生駒さんの言行一致、あるべき姿を追求する姿勢、労をいとわない姿勢(何しろ今でもテニスの全国レベルのトッププレーヤーで体力のある人なのだ)。


 また、就任1年後に外郭団体から指定管理者制に変わったとき生駒さんの仕事スタイルも変わり、市への月例報告の書式を質量ともタップリのものにしました。それまでは毎月A4・3枚程度の分量だったそうですが、現在は写真入りの魅力的な活動報告をつけていて、園の四季折々の花の写真や、来られたお客様のイベントのもようをアルバム風にご紹介しています。いきいきと歌い、踊る高齢者さんやパーキンソン病の方々の姿がありました。そういう風に必要に応じて自分自身「変われる」人でもあるのでした。


 それはもともと市役所時代に人一倍の仕事をしながら培われたものがあることでしょうが、そういう人にしてあと一歩、人を巻き込む力をつけるというとき「承認研修」は有用だった、とやっぱりそこへまとめるか。


 今回は、良いリーダーの下で職員さんのプライベートまで幸せに豊かになることがしのばれて、私自身また幸せな気持ちになったのでした。


 生駒さん、このたびもありがとうございました!

 


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


「第3回承認大賞」募集ページはこちら!あなたのエピソードを教えてください

http://www.shounintaishou.jp


「承認大賞ハンドブック2013」ご紹介ページはこちらです

http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51861106.html .





「中国・上海での事業どうですか?」

 「ええ、むちゃくちゃ順調ですよ」


 そう答えたのは、大島金属工業株式会社(神戸市西区見津が丘、事業内容:精密金属プレス加工、精密板金試作加工、炭酸ガスレーザー加工及び金型の設計制作) 執行役員・生産統括部長の脇谷泰之さん(49)。


脇谷さん



 脇谷さんは(公社)兵庫工業会主催の2011年と2013年の承認コーチングセミナーを2回にわたり受講してくださいました。

 2013年、今年2月のセミナー終了時に


「前回(2011年)のセミナー以来、教わった通りやってみると、中国で思いのほか上手くいったんです」

と声をかけてくださいました。


 今日はその続きのお話を伺いに行ってまいりました。
 以下、一問一答形式で…。


 ―鶏インフルエンザとか大変なんじゃないですか?


「向こうはそれほどでもないんですよ。現地では報道規制であまり情報がないせいか、現地の人にきいても、『私は鶏を食べてないから大丈夫』『かかるのは年寄りだけだろう』とのほほんとしてる。こっちからは過敏になってマスクしていきますけど」


―中国事業はいつからですか。

「2005年に進出しました。当初はこちらの生産の仕事を移すためで商社と合弁会社をつくり、その後会社を分けたりして2つ会社をつくることになりました。今45人ほど従業員がいます。


 それまで私はマネジャー経験がなかったんですよ。最初は、こちらのやり方通りにさせようと怒ったりしてみたんですが当然上手くいかない。そのうち2008年のリーマンショックなどもあって苦しい時期が続きました。

 そんな時期を経験して、自分なりにとにかく相手を受け容れよう、いわば仲間として認めよう。うまくいったら一緒に喜び、だめなものははっきり言い、言ってきたことは間違っていてもとにかくまずは聴いてやろう、そのうえで意見しよう、とか。そう心がけていたときに、2011年の2月に「承認」の話を聴いたので、

『あ、オレのやり方で間違ってないんだな』

と思って。
 前の会社(某自動車電気機器メーカー)でありとあらゆる研修は受けました。でも研修は嫌いでしたけど。コーチングの本も色々読みましたが何だかよくわからなかった。ところがあの時の話は『わかった』と思えたんです。」


※正田注:2011年2月、兵庫工業会人材育成委員会主催のセミナーは、2時間の短いものでしたが、早回しで「承認」のやり方を一通り紹介し、「例の表」(承認の種類)もお配りし、かつ正田の著書『認めるミドルが会社を変える』を全員の方にお配りするという、今から思うと贅沢なものでした。あのとき参加された方はお得だったと思います。


「それ以来、私は中国法人の総経理としてそのやり方を徹底しました。ちょうど中国人の副総経理が偉くなって威張って下をガミガミ怒っていたんですが、そうすると下が畏縮してしまってはっきり元気がないんです。ですので副総経理にもやり方を教え、『こうやって下を育てるんやで』と。するとその下に4人、しっかりしたのが育ってきました。

 今はまたその4人に下ろしています、下の育て方を。それでうまい具合に、今年2月の講演の中にありましたね、ピラミッドの下につながりの円ができて、『子が孫を産む、コーチ型リーダーの下にコーチ型リーダーが育つ』という。あの循環の形になっています。ただ、一番若い層の子にやらせると、やっぱりほめたらつけあがっておかしくなるとか、あるんですね。だからその上の層のところで止めています。


 また、あの講演の中にあった「問題行動がなくなる」。見事になくなりました。問題行動というか、サボりっていうのがあったんですけど、仕事時間中にどこかへ行ってさぼってるというのがあったんですけど、それがきれいになくなった。


 今は、現場をよくお客様にほめていただきます。よく言われるのが、『みんな(中国人従業員)まじめに働いてますね』というのと、『見た目元気ですね』。先日は現場をみただけで、『よし、うちの生産の大半をお宅に回そう』。まあ、価格もありますから現場をみただけというわけにはいかないですけど。

 でも私もお客様に言うんです、
『とにかくうちの現場をみてください。私が言葉でうちの会社概要とかご説明するより現場をみていただければ一発でわかりますから』と」

 
―すごいことですね。


「みんな(従業員)もお客様がどう言われるかは非常に気にしてますね。『褒められたよ』と伝えると素直に喜んでます。

 私から見ても、中国法人の社屋はここ(日本本社)と同様、生産現場が一目でみられるようになっているんですが、何か問題や不良があったら必ず2-3人で固まって話をしている。問題の情報はすぐトップの私のところまで上がってくる。そういう雰囲気になったのはやはりここ3年ぐらいのことですね」


 脇谷さんからは、「みんな」という言葉がしょっちゅう出て、ぱっときいていると日本人だか中国人だかわからないような口ぶりです。「仲間として認めよう」というスタンスでいると、そういう区別の感覚がそもそもあまりなくなるのかもしれません。

 なお「私は言葉はできません」とのこと。

「その代り、こういうノート(リング式の切り離しができるB5判ノート)を持っていって図を描いてやりあいます。1週間の滞在でこのノートが2冊なくなります」


―定着率はどうですか。よく、ちょっと育ったら辞めてよそへ移ってしまう、とききますが。

「うちは辞めてないですね。はい、マネジャー以上で辞めた人はいません。若い人では、入ってすぐ社風に合わないとか仕事ができないとかいう理由で辞めた人はいますけど。マネジャー以上は全員残ってますよ。ボーナスが出なかったり苦しかった時期もありますけど、それでも」


―中国と日本、2つの文化の間で折り合いをつけることが色々あったそうですが、最近で中国の常識に合わせて譲ったことはどんなことですか。


「最近では、終業時間ですね。うちは8時半から5時半、というのが基本ですけど、向こうの人は5時から友達と外へ食べに行く習慣がある。これは結婚している子でも友達と外で食べるんです。で5時終業にしてくれって言うんです。
 悩みましてね、お客様は5時半までの所が多いですから本来はそれに合わせたい。ただ、彼らの言うことをきいていると、けっこう友達と交流する中で色々きいてくることもある。じゃあ5時からは社外活動に使いなさい、と。そこで終業時間を変えました。昼休憩の時間を短くして5時終業にしました。

 それから、社員旅行。日本だったら忘年会で飲むところですが、向こうでも女性は飲んだあとも家に帰ったら育児とか家のことをするので、ゆっくり飲めないという。飲んだら女性の方が強いんですよ(笑) それで1泊2日の旅行が中国式だというので、これは絶対毎年やっています。ボーナスが出なかった年もすぐ近くの1-2時間のところへバス旅行でしたが、それだけはやりました」


「逆にこちらの方式を押し通したこともありますよ。社屋を新しくするとき、総経理室や副総経理室は向こうでは普通、個室で壁で仕切って、謎の部屋にするものなんです。それは社員から随分言われました。でも私の意向で、総経理と副総経理は同室、かつガラス張りで外から見えるようにし、ドアは開け放っておく」



―脇谷さんにとって「仲間」というのはキーワードなんですね。

「はい、これは私のキーワードです。『いいことがあれば一緒に喜び、悪い事ははっきり言うのが仲間なんやで。単なる仲良しグループやったら仲間やない、傷のなめあいやったら仲間やない』って。イヤがられるときもありますけどね。
 これはいつからかなあ、学生時代のスポーツは水泳でした。ただ、高専だったんですけど、部活のかたわら、デパートの催事場でやるようなキャラクターショーのぬいぐるみを着て戦ったり踊ったりするアルバイトをしていまして。4年やって、最後は6人のチームのリーダーのようなことをしていました。それをやりながら気づいたのは、キャラクターショーに出るぬいぐるみを、ちびっこは本物だと思ってるんです。子どもの夢を壊しちゃいけない。だからTVを観て本物の戦隊の動きを研究しましたし、一緒のチームの人にも『困ったことがあったら助けるで。でも1人でも本気でやってない人間がおったら6人全員が本物じゃなくなってまう。だから全員本気やで』と。」


 静かに熱い脇谷さんでした。こういうタイプの中国事業成功体験談というのはあまり聞いたことがなかった私であります。以前にきいたダイキン工業さんの進出セミナー(2012年3月)などはもちろんこれよりかなり大規模なことをやっていますが、大島金属工業さんは日本本社38名、中国法人45名という規模のところなので大変普遍的価値があります。
 
 
 また国がどこであれ、良いリーダー、承認するリーダーのもとで仕事をすることができる人がいることは、その人の人生が他とは比べ物にならないほど意味のある、血の通った、輝きをもったものになるだろうことが想像されて、正田は無暗と幸せになってしまうのでした。脇谷さん、ご登場ありがとうございました。


 その後8月、大島金属工業・脇谷さんに再インタビュー。さらに9月には、上海工場に実際にお邪魔させていただきました。


シリーズ「『承認中国工場』・上海大島の奇跡」

「とにかく現場を見てください」で仕事が来る中国工場―脇谷泰之さん(大島金属工業執行役員)インタビュー
http://c-c-a.blog.jp/archives/51857608.html


「責めない現場」は可能か?脇谷さんインタビュー(2)
http://c-c-a.blog.jp/archives/51866966.html


承認の輸出先 「上海大島」訪問記(1) 手作り治具にウルトラC改善・知恵と工夫の戦場上海
http://c-c-a.blog.jp/archives/51871514.html


承認の輸出先 「上海大島」訪問記(2) ―「僕嫌われ者ですよ」―「まじめ」「元気」な現場づくりはダメ出しと質問と承認の風景
http://c-c-a.blog.jp/archives/51871516.html


ものづくり企業を元気にしたい!元気な現場、自然さと合理精神、グローバルリーダー―脇谷さんとの対話
http://c-c-a.blog.jp/archives/51891670.html


100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 先日(下記の記事参照)お約束した通り、「承認研修」によってモチベーションが顕著に上昇した施設さんに18日、お邪魔してきました。


 「実りのある介入 モチベーション指数上昇(参考値として)―ある公的施設にて」

 http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51829366.html



 詳しく言いますとこの施設とは、高齢者福祉センター・姫路市立楽寿園(姫路市梅ケ谷町17番50号)。従業員6名。

 姫路市内の60歳以上の人は無料でレクリエーションや入浴に利用できるほか、校区ごとの老人クラブからバスで送迎して団体での訪問があり、その人数は2・30人から多い時で135人にもなります。


 
7235


楽寿園のレクリエーション室。マッサージチェアやビリヤード台がありお年寄りたちの笑い声がきこえる


7237


囲碁ルーム。老棋士たちの表情は真剣そのもの



7239


大広間。校区の老人クラブの人々はここで講師のお話をきく


 今年6月、指定管理者主催の「承認・傾聴」の1日研修に、楽寿園さんからは生駒眞一郎園長(61)が参加されました。


 その生駒園長を、楽寿園にお訪ねしました。


 生駒園長は昨年4月にこの施設に着任。園長による2年越しの施設改革の途上にこの研修はありました。


「前管理者の市社会福祉事業団のもとでは、公務員以上に古い体質でした」


 と、生駒さん。どう古いのかというと、


「役所は昔は無愛想でしたが今は窓口応対も電話応対もすごく良くなってきてますよね。しかし第3セクターの職員はそういう研修の機会があまりなく、またOBの人達がトップに居座っていますから、案外全体の体質が古いです。ですから応対とか接遇がなってないんですよね。

 そういう古い役所体質をずっと引きずってたんですね。だいぶ前の話ですがあるお客さんが、『自分の靴がない』とここの職員に言ったそうです。すると『あんたの靴の(見張り)番してへんからな」と返したという。『ただでお風呂に入れてやってる』という感覚だった」


 なので、お客様に「おはようございます」「ありがとうございました」とあいさつする習慣も、1年半前にはなかった。

「お客さんには『ありがとう』言うんやで、というとみんなポカンとして。この園長何言うんや、と」


 生駒さんは前職が楽寿園を管轄する、市の高齢者生きがい課の課長。高齢者バンドイベントや高齢者ファッションショーを立案するなどアイデア課長でした。その時代にも楽寿園を訪れたことがあり、当時は市の職員さんだからと丁寧に応対してくれる。それがお客様に対してはぞんざい。大変なギャップを感じたといいます。


 そして生駒さんが園長として赴任して数か月、昨年の夏頃から、楽寿園の評判は上がりだしました。「楽寿園さんはようなった、ようなった。『ありがとうございました』と言ってくれるようになった」と老人クラブの人々。今年になって民間の運営になってからさらに評価が高まっています。

「今までみんな頑張ってきたけれども民間の指定管理者になってから、さらに『ようなった』と言われなあかんねんで」

と生駒さんは職員に言い聞かせました。


 そして今年6月の研修。


 生駒さんにとっての最大の気づきは、やはり朝礼の形式。生駒さんから「今日はこんな校区からこんなお客さんが来るから、頑張ってや」という一方的な伝達だったのが、職員からなにか1言ずつしゃべってもらうように。


「きのう休日で孫とこんな所へ行った。ごっつ綺麗だった」
「きのうお客さんからこんなこときかれて、こう答えたけどそれで良かったんかなあ」

という具合にみんなそれぞれ一言ずつ話してもらう。

 さらに午前中に1回と午後に1回、お茶の時間もとるようにしました。


「朝お客さんがバスで来て、大広間にあがってもらってしばらくバタバタするんですが、お客さんが講師のお話を聴いてるとき、10分ほどちょっと暇になるというか、手が空くときがあるんです。その間に朝のティータイムで、みんなでお茶をのんでいろんな雑談をする。ほんとに10分か5分の間ですけど、それでもその時間があるだけで雰囲気がちょっと違う、いい感じになるんです。

 それと午後、校区のお客さんが帰られて片づけてまたちょっと暇になるときにまた5分か10分お茶の時間。そのときにこちらから色んな必要な話もできるし、向こう(職員)からも何やかやきいてくるし。」


「僕ふだん気がつかへんのですよ。嫁はんが髪切ってても女の用務員さんが髪切ってても気がつかへんのですけど、観察が足らんのやなあ、なんか一言言うてあげたらええのになあと思うんですけど。だれかに言われて、『あ、○○さんほんまや髪切っとってや』と(笑)」


 雑談の効用。このブログでも何度か触れていますが、人数が減って1人当たりの仕事量が増えていても、雑談タイムをほんのちょっととることが、仕事を円滑にする。それ急げやれ急げばかりで効率が良くなるわけではないのです。また、「リーダーは承認を」が望ましくても目が届かないこと、性格的に気がつきにくいことがあれば、だれかに自然に補ってもらえるよう計らうことも必要です。


 なぜ生駒さんは研修後、さまざまな実践をされたのですか?の問いに。


「こっちから一方的にしゃべっててもあかんのやなあ、と気づいたんですよね。相手の人にしゃべってもらわんと、そして気づいてもらわんと。何の話のときにそんなことに気づいたのかわからないんですけど。命令する側と受ける側、そんな関係になったら絶対あかんなあ、と思って。きちんとお互いイーブンでお話ができる関係にならんと。それで、それまでは『あれあないしてなー、こないしてなー』と指示してたのが、『あれどないしたらええんかなあ』と、向こうにいっぺん考えてもらう時間をこしらえて。『こないしたらええんちゃいますかなあ』と言ってきたら、『あ、そやなあ』と、正解やったらね。」


 ―相手の答えが違ったときは?


「違うかったときは、『それやったらこないなってしまうんちがうかなあ」と。そして『なんかええ方法ないかなあ』と言うと、考えてくれるんで。」


 ―柔らかく戻すみたいな。それはすごいですね。


「そういうところは研修の効果で変わりましたね。押し付けがましくないように、引っ張っていかなあかんなあと」


 ―そんなふうに受け取っていただいていたら、嬉しいですね。


「それから、『ありがとう』と出来るだけ言うように変えましたね、僕から職員に。汚れたところを掃除してくれとったり。お客さんの中にもトイレを便で汚したり漏らしたりする人もちょくちょくいるんですよ。基本的にはお年寄りでも元気な人の来る施設ですけど。みんな仕事やからきちんと掃除してくれるんやけど、ぼくから『いやー、してくれたんやな、ありがとうなー』と言うようにしてるんですよ。人の便の始末なんて大変な仕事や、仕事やから当たり前と思ってもうたらあかんと。」


 ―それは嬉しいでしょうね。


「文句は誰も言わへんのですけど、『かなわんなあ』と思いながら掃除してくれてると思うんです。月に1,2回はあります。また自分の仕事かどうかわからへんけどカーペットにシミがついてたのをだれかがきれいにしてくれてたら、『きれいにしてくれてたなあ、ありがとう』と言うようにしています」


 何気ないけれどこのあたりは大事なポイントです。当協会の受講生さんであれば耳にタコほど言われる「行動承認」。相手の仕事の量や質、労力などを正確に見極めて言葉で言ってあげる、あるいは感謝したりねぎらってあげること。それは、人のやりたがらない仕事をあえてやる人への精神的報酬となったり、あるいは今どきの「目標管理制度」がはたらく人のセクショナリズムを産みやすいとすれば、そのセクションの垣根を越えてプラスアルファの仕事をすることの原動力となります。


「そういうのが必要やなあ、ということはあの研修のときに感じました。『あ、やっぱりこういうこと言わなあかんねんなあ』と(笑)」


「そういうお礼の言葉を僕が言うように心がけているから、みんなも4月から民間の管理者に代わってるわけですが、余計に頑張らなあかんなあ、と思うようになっていると思います」


・・・ここまでのお話をまとめますと、
 生駒さんは楽寿園の改革者でした。昨年4月の園長就任、そして今年4月の管理者の民間業者への交代、と2回の節目にそれぞれギアを入れてきたわけですが、ひょっとしたら中には生駒さんの「理念先行」もあったかもしれない。今年6月の「承認・傾聴」研修は、そこに「認める」(相談する形式で質問する、という行為も含む)要素が入ったことで、職員の満足度がアップし、自発的に考えて仕事をするようになり、プラスアルファの仕事が増えました。指標の中には「ミスが減った」(4.3→5.3)のように、能力アップを伺わせるものもあります。

「今できていないことをできるようになろう」

という呼びかけは、ともすれば「今できていない」ことを強調するあまり、現在の相手の否定になりかねないのでした。

 高い目標を持つ、理念を掲げるということは、多かれ少なかれそういうリスクを伴います。それは、例えば「指定管理者制度」の下に、5年ごとに契約更新するときに職場を失うかもしれないから、そうならないように頑張ろう、と「崖っぷち」のモチベーションに下支えされているときでも、そうなのだと思います。



7241


生駒眞一郎園長




 さて、現在の生駒さんと職員の皆さんそれぞれのモチベーションの素とは。


「僕自身について言うと、老人クラブの方々が、『生駒さんだから、ここまで良くなった』と言ってくださることが嬉しい。4月に管理者が交代したときも、老人クラブからわざわざ『生駒さんを(園長)交代させないでほしい』と言ってくれたんです」


「職員の皆さんは、お客さんが良ければ良かった、と言ってくださる。街で買い物しててお客さんから声を掛けられることもあるそうです。『あんた楽寿園の人やろ』と。それぐらいおぼえててくださる」


 「認める」ことが職員間、園長から職員へ、そしてお客さんと職員相互に行きかっている、そんな空気になっているのでした。


 お忙しい中、インタビューに応じてくださった生駒園長、ありがとうございました。



100年先に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
 


 
 
 


 

 
 

 

藤井淳史さん2




藤井 淳史さん((株)毛利マーク取締役、こうべイクメン大賞実行委員長。2009年11月基礎コースA、10年8月同C受講。09年第0回承認大賞NPO法人企業内コーチ育成協会賞を受賞)



クール、静かでゆっくりな講座。じっくり学べた「傾聴」と「内面の掘り下げ」


 ●基礎コースAでは、傾聴・承認・質問というコミュニケーションの三大スキルを学ばせてもらいました。

 もともと当社(毛利マーク)では「ほめる文化を推進する」というのがあり、そこから正田さんのやられている「承認のコーチング」に関心を持ったわけです。

 「ほめる文化」と「承認」の両方を、というのは特に違和感は感じません。「承認大賞」の審査にも加わってみて、「こういう表現、行動も『承認』のうちなんだな」と、学びになっています。

 ただ、個人的に大事だと感じているのは現時点では承認より「傾聴(話を聴く)」だと思います。

 しゃべり好き、きき下手で昔から親にも注意されていました。きき上手にならなあかんと自分自身思っていましたが、実際じゃあどうしたらいいかわからなかった。聴き上手になるためのスキル、心持ちを学べた、と思います。その後も「よのなかカフェ」のファシリテーターを担当しながら、「傾聴」を引き続きトレーニングさせてもらっているといえるでしょうね。

 今からのことでいえば、具体的な承認の仕方、相手のタイプに合わせて対応することをもう少し時間をかけてやり直したい。単にほめられただけじゃ嬉しくない人がいる。ということは、承認するポイント、タイミング、承認の仕方の工夫をすれば承認されたと感じてもらえるということだと思う。ソーシャルスタイル(=人を欲求別に4通りに分類する手法。1968年イリノイ大学のD.メリルらが提唱)がぱっと見分けがつくようになるといいでしょうね。

 ●基礎コースCは、感情・価値観。自分自身の内面に迫る内容でした。ぼくは自我の強い方で、ええかっこしいなんです。自分の強み弱み、自分の内面を見たりさらけだしたりしていなかった。受講中はさらけ出すことができた。感情にフォーカスして自分を掘り下げていく体験って、他ではしないですよね。あの場だけじゃ十分じゃない、もっと掘り下げた方がいいのかなと思いましたけど。

 講座の中で正田さんがおっしゃった、「ある年齢以上の男性の考え方に柔軟さがなくなるのは、自分の中の恐れと向き合えないから」という言葉に大いに同意します。ちょうど、身内の中でも同じようなこと―ある年齢以上の人が頑なになるのはなぜだろう―ということをしょっちゅう話していたので、講座のあとすぐこの話をして、納得し合っていました。



 どちらの講座も正田さんが講師で、2日間じっくり学べました。セミナーとか講座って、次から次へ詰め込んで温度高いのが多いですけど、それに比べるとクール、静かでゆっくり、です。熱っぽくワーッというのではない。自分を見つめ直すということに関しても、ああしてこうして次はああで、とガチっとスケジュールを固められて、というよりじっくり時間をとって、というのが、合っていますね。




承認大賞部門賞を受賞、こうべイクメン大賞のきっかけに


 2009年暮れに「第0回承認大賞NPO法人企業内コーチ育成協会賞」というのを受賞させていただきました。当社の経理をしている義理の母の話で、基礎コースAの(承認の)宿題として出されたのに対して提出した事例です。

 結構他愛ない、上司部下というより「一緒に働いている家族」の関係での会話を、ピックアップして自分の言葉に置き換えて出すということをしました。

 当社で生まれ育った義母が自分の会社に愛着を持っている、ということを、応募して受賞し、正田さんの著書『認めるミドルが会社を変える』やWEB上で活字として見られるようになったために、つねに思い出せるようになりました。

 賞品で頂いたペン立ては、机の上に置いていていつも見ています。残る形にするっていいですね。

 この受賞で、「何気なくやっていることでも、表彰される、褒められるって嬉しいな、大事だな」と思ったことは、ちょうどそのころプライベートでも三女が生まれ、自分自身上の子の送り迎えなどしてイクメンの大変さを改めて体験したことと併せ、その3か月後に「こうべイクメン大賞」の創設を思い立つきっかけになっています。



「傾聴」と「自分を出す」のバランスを自然にできたら 

 その後は、自分の意識としては傾聴。こうべイクメン大賞の実行委員長をしていても、つねに意識していました。実行委員の方々が色んなアイデアを出してくれる。あるいはぼく以上に具体的な指示を出してくれることもある。毛利マークに来て3年、実はこういう会議などない組織で、議長役も初体験だったんですが、「傾聴」がいい形で役立ったと思います。

 ただ「傾聴」と「自分を出す」のバランスが大事ですね。いずれ無意識にできるようになるようにしたいです。楽器(トランペット)をやってるんですけど、「自然体で力を抜いて」ということを言います。しかし力を抜くということを意識すると力が入ります。自然に聴く姿勢と、自分を出すということを使い分けられたらいいなと思います。(了)


藤井淳史さん1




 こうべイクメン大賞の創設者、実行委員長として今年、さまざまなメディアに取り上げられた藤井さん。

 33歳の若さに似ない落ち着きとバランスのとれた物の見方、それに若さゆえの柔軟な吸収力をもった、他に例をみないタイプの新リーダーです。


 イベントから半年、今も本業の仕事の傍らインタビューを受け続ける藤井さんですが、このインタビューにも気さくに応じてくださいました。



 無限の可能性を感じる方ですが、こういう方も当協会の受講生さんです。


 

神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp


 先日、セミナー「介護リーダーのためのコーチング〜承認〜」を受講された介護福祉施設勤務、林義記さんから、嬉しいメールをいただきました。


 ご同意をいただいてブログに掲載させていただきます:



------------------------------------------------------------



NPO法人 企業内コーチ育成協会
代表理事 正田 佐与様




先日(11月18日)の明石ソーシャルワーカー事務所主催の「介護リーダーのためのコーチング〜承認〜」に参加させていただきました。

「承認」に飢えていた私にとって、何とも居心地がよく、包み込まれている温かさと安心を感じていました。


 正田先生がセミナーを通して、「よかったですねー、素晴らしいですね、具体的ですね、温かくなりますね、クリエイティブですね、参考になりました、興味深いですね、この手がいいですね、そこまで考えているのがすごいと思いました」などなどの承認メッセージを受講生に送り続けてくれていたからこその居心地のよさと温かさ、安心感だったように思います。


 本当に癒されました。もっと言えば、救われた感じです。「承認」が持っている力を自分自身が体験して、実感することができました。


 セミナーを受講させていただいた際に、「認めるミドルが会社を変える」の書籍をいただき、ご拝読させていただいております。


 本を読んでいると、不思議なことに、承認してもらっている感じを受けながら、読ませていただいております。コーチングに関する書籍はいくつか読みましたが、このような感じを受けることは今までになかったことです。正田先生の日々の活動が承認に溢れているんだろうな、それが行間から伝わってきて、このような感覚を覚えているように思います。


 中でも、「大人の上にもう一つ大人の成長段階があって・・・」という言葉、また、「社会的動物である人間の集団を幸せにするために自らを律する姿に美しさを感じたのです。それは大げさに言えば、自己実現よりも貴いものではないでしょうか」という言葉が、今の私自身には、大きな承認メッセージとして、心に響いています。



 セミナーを終えてから、書籍にもある、「承認使い」になれるよう、少しずつですが、承認メッセージを伝えられるよう、頑張っています。意識することで起こった自分の中の変化では、意識してその人が頑張っているところ、努力しているところ、良いところを見つけようと、「良いところ探し」の視点で人を見るようになっていると思います。


 また、人の役に立つこと、自分を律することが何となくですが、掴めるようになってきました。「幸せは脳の中にある:酒井雄哉・茂木健一郎著、朝日新書」の中に「ご回向する=自分の徳というものを少し分けてあげる、そしてそれを巡り巡らす」という言葉がありました。承認メッセージを巡り巡らすようなことができればいいなと、そのために自分にできること、役立つことを少しずつでもやっていこうと、そういう気持ちになっています。
(そこで、宿題をやってみました。文末に載せております。)



 長くなりましたが、とても有意義な時間をいただけたことを感謝いたします。私の自己実現、こんな自分になりたいというイメージの中に、周りの人たちの承認をしながら、承認の輪が広がっていることが私の自己実現であるような、そんな絵が浮かんできました。今の職場なのか、別の場所で自分が役立っているのか、それは分からないのですが、自分自身が大切にしたいと思うことが明確になってきているように思います。
 本当に貴重な機会をありがとうございました。


(宿題略)


林義記様より

----------------------------------------------------------


 ・・・嬉しかったですねえ。

 あの3時間のセミナーでこれだけのことを感じ、考えてくださった。

 林さんは、もともと『7つの習慣』など、たくさんの勉強をされてきた方で、(やはり努力家の「最上志向」だそうです)
そんなに新味のない内容なのではないかと危惧しながらお伝えしていたのですが、なんと・・・。



 また、ソーシャルワーカーの部下の方2人に対する「宿題」(承認)の1つ1つも素晴らしいものでした。


 徳を巡り巡らす、という先人の言葉に「承認」を重ね合わせてくださったこと、また


「私の自己実現、こんな自分になりたいというイメージの中に、周りの人たちの承認をしながら、承認の輪が広がっていることが私の自己実現であるような、そんな絵が浮かんできました。」


 とも、言ってくださったこと。
 
 
 しみじみ有難く受け止めさせていただきました。

 林さんの人生にこうしてお出会いさせていただいたこと、光栄に思います。




 風の便りには、「承認カフェ」というものの構想もあるそうで・・・。それ、いいんじゃないでしょうか?!



 岡西さん川添さん、仕事ですよー(笑)




神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
 
 

CIMG0633




長尾 泰明さん(47歳、兵庫県経営者協会 人材育成部長、2010年5~6月基礎コースA・B受講)


 コーチングにはもともと関心がありましたが、以前は他研修機関のイメージもあって、質問のテクニックだと思っていたんです。「本当はどう思っているの?」と、相手の心の奥にある真意を引き出すような。

 
 そこへ、「承認のコーチング」を提示された。最初はスキルかな?と、違和感がありました。しかし受講してみた感想は、スキルではない、その奥にある思想とか姿勢、「マネージャーとしての心の在り方」に近いのかな、と感じました。


「こういう心持ちでいないと、得られないもの、共感できないもの、見ることができないものがあるなあ」、

「こういう(正しい)行動もとれないなあ」

と。正しいなー、合うなーと。



 受講後は、部下を本当に「みる」ことができるようになりました。スキル、テクニックじゃない、心にビシッとくる。それまでは立場上、「こうくるのが本当やろ」と、上から目線でみていたところがあったと思うんです。



 講座の進め方では、やはり「間」が印象的でした。あの「間」は先生が言うことを理解するためというより、「自分は昔どうだったんかなー」と、時空を超えて内省するための時間だったと理解しています。



 ああいう研修スタイルは今までなかったですね。あれだけの空白の時間を与えられるのは、あの場でしかできない。家、職場、に戻ったら絶対できない。学んだことを実際に活用するためには、あの「間」は恐らく必要なんです。



 坐禅するように、痛いほど内省する。一応それまでに、先生から情報提供があり、「こういう線で考えろ」と指針を与えられているわけです。これは貴重です。自分との対話、対決、というか。コーチングといいながらコーチングじゃない、というか。


 あの研修にいると疲れるんです。頭がバーっと働く。詰め込みのほうが楽は楽です。


 私だけでなくて色んな人に必要なんやなー、と思います。広めたいし、浸透させたい。


 労働人口が減ってくる中で、弱いと言われる若い人も伸ばしようがある。いいところもある。


 今の私は部下が異動になって兼任の部下を1人持っている状態ですが、対部下より研修事務局として研修生さんに関わる時の自分の在り方として、「承認」は使っています。若い研修生さんは、対等にみてくれる人、みてくれる立場を求めています。事務局ではありますが色々話しかけてくれるので、しっかりみてあげなきゃいけないな、と思います。


「承認型コーチング」に出会う前は、理屈に頼っていたと思います。ほんとは情に弱い、もろい人間なんですけど。その両方をつなぐものが欲しかった。理と情の間をつなぐもの、それが「承認」なのではないかという気がしています。



 今、センゲの『学習する組織』を読んでいますが、メンバーが相互に関係づけあい、共感しあいながら一つの方向に行く、そういう組織になるためにも「承認」は役立つのではないかと思います。最終的には戦略の理論の体系に行くのではないかと。(了)



--------------------------------------------------


 きょろっとした大きな目がチャームポイントの長尾さん。実は正田と「タメ」の47歳。



 講座では色々な場面で、「先生役」として他の受講生さんに的確なフィードバックやコメントをしてくださいました。


 非常に視野広く目配りされ、思慮深く謙虚。「人」「人材育成」「組織」についても日頃から深く考察されている方です。



 こういう方が受講してくださる私どもの講座は幸せものです。



 開いた手帳の表紙の裏には、当協会の名物「承認の種類」シートの縮小コピーが。


 
「きのうも研修生さんと遅くまで飲んでました。まとまりがなくてすみません」


とおっしゃいながら…、


 いえいえ、沢山の研修をみておられる長尾さんならではのコメント、ありがとうございました!



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

永井さん





永井博之さん(46歳、OA機器販売サポート営業部長、2010年7月基礎コースA受講、第一回承認大賞上司部門審査委員長賞)



 講座ではゆっくりの時間を過ごしました。マネージャーの多くはつねに頭をフル回転させています。私自身も、通常はテンション高くやっています。大声を出したり冗談を言ったり厳しいことを言ったり。それがタイムシフトしたかのような空間で落ち着いていくと、本来の自分を取り戻せる。考えるのにふさわしい時間です。


 この講座では、意識の高い異業種の人、世代の違う人と触れ、刺激と気づきをいただきました。私たちマネージャーは知らぬ間に慢心してしまうことがあるんじゃないかと思いますが、お客様と会うのとはまた違い、フラットな受講生同士の関係で色々な人と会えると新鮮な気持ちになれますね。


 私自身は、26歳から営業所長をしてマネージャー業が20年以上になります。日本一を何度かとらせていただきました。しかし県の責任者とか、規模が大きくなった時、精神的成長がそれに伴っていなかった。自分の指導の仕方の成長がなかった、と思います。「僕に出来たんだから、みんなにも出来るはずだ」という教え方でした。

 正田さんの『認めるミドルが会社を変える』を読んで、「ああ、そうだった」と思い出しました。「認めて、褒めて、尊敬しあって」という時が、一番上手くいっている時だった。受講前は粗削りながら認めることをしていたと思うが、忘れている時期もあった。結果のみを褒める時期もあった。本を読んで、講座を受講して、自分自身の「こうありたかった姿」を取り戻した気がします。



 講座の中の正田さんのお話の中にもありましたが、厳しく指導して、ついてこれないならいい、というのは育てているのではない、ふるいにかけているだけなのだと思います。今の子にはそれは通用しない。「承認なんて甘い」という年配の人もいますが、それは今の子を本当に目の前に見ていないからだと思う。



 講座の後、正田さんから勧められたネルソン・マンデラを描いた映画『インビクタス〜負けざる者たち』を観ました。マンデラの不屈の精神に感動しました。僕も人に勇気と幸せを与えられるようになりたいと思ったし、今それができるポジションにいる。マネージャーは大変だけど、素晴らしい仕事です。正田さんはそんな私たちの可能性を信じて関わってくださってるんですね。



-----------------------------------------------------


 講座ではつねに表現力豊かに、ご自分の気づきを言葉にしてくださった永井さん。


 
 のちに「承認大賞 部下部門大賞」になった事例、「あなたはよくやっている。そのまま頑張ればいいんだよ」を、教材として紹介した時、


「ああ、アドバイスしないというのは大切なことですね。ここでアドバイスすることは、相手を否定すること、傷つけてしまうことになるかもしれませんね」


ぱっ、と言われました。


 
 「承認大賞 審査委員長賞」の受賞事例(目つきの悪かった営業社員への関わり)も素晴らしかったですが、このほか女性社員への対応-「お前が本気で仕事するなら、喜んでサポートするぞ」など、印象的なエピソードが数々あり、


 それらのエピソードのどれが「承認大賞」になってもおかしくなかったぐらいです。


 永井さん、素晴らしいご感想ありがとうございました!



 場全体にさわやかな風をもたらす永井さんには、「認めるミドル限定忘年会」でも会えそうです!



  
神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

中川さん




中川 雅章さん(49歳、OA機器メーカー関連人材開発部門チーフ、2010年6~8月基礎コースA・B・C受講、第一回承認大賞部下部門準大賞受賞)






 私はコーチングをリーダーに必要なスキルのひとつとして位置付け、2009年7月から社内及びグループ会社のリーダー向けにコーチングを基礎とした研修・セミナーの開発に取り組んでいます。そして、部下と共に成果を創り出す優秀なビジネス・リーダー(社内コーチ)を育成することを使命と考えています。


 現状は残念ながら古いパラダイムを持つリーダーの下で、ノルマ化された目標に疲れ、仕事の対する本来の目的や価値観を見失っている社員が増えているように感じています。同時にそのリーダー達も新しい時代に対応しきれず、本来の能力を発揮できずに苦しんでいる姿があります。


 そんな状況下で私達もプロ・コーチを養成するのではなく、彼らに受け入れやすく忙しい日常の中でも活用可能で影響を与えられる研修やセミナーの開発に取り組んでいました。そんな折に、新聞に紹介された正田さんの記事に目を留めました。2010年4月13日、著書『認めるミドルが会社を変える』を読み終えたときに、我々は『これだ!』という思いを共有していました。そして、4月17日(土)に開催された【CCA事例発表会】に二人で参加しました。そこでは、三人の企業内コーチが事例を発表され、我々の目指す『認める』を中心に据えた研修・セミナーのプログラム作りの大きなヒントとなりました。


 【基礎コースA〜Cを通して実感できたこと】

・ワークの内容が参加者(ミドル)の腑に落ちるまで待ってくれること。

・参加者主体であること。(質問・発言に対して参加者同士の話し合いに発展させる)

・一度に沢山のスキルを教えるといのではなく、確実に印象に残るテーマがある。Aでは承認(認める)パワー、Bでは叱り方 Cでは価値観(人生の振り返り) ・・・書かない方が良いのかも?!

・プロを養成するのではなく企業内(社内)コーチを育成するのは志の在り方がまったく違う。忙しいマネージャーにとって本当に使い勝手がいいのはCCAプログラム。


・番外ではよのなかカフェ等で新しい出会いの場があったこと。


 私はこの講座を通して、『褒める』を超えた『認める』ことを中心に据えた企業内コーチ育成とはどういう位置付けで、どのような人達が実際に取り組まれ、それを活かしておられるのか?ということを体感することが出来ました。


 「第一回承認大賞 部下部門準大賞」を受賞させていただき、写真入りの新聞記事を社内イントラに載せたところ「いいことをやってますね!」「もっと広げてほしい」と、大きな反響がありました。社内の月刊誌にも掲載されることになり、私たちの念願だった企業風土改革に大きな一歩となることを期待しています。


『認める』ということそれ自体の深さや、『認められる』ということへの欲求についてもないがしろにしていることを、この講座を通じて一人でも多くのリーダーに気づいて欲しい。


 私は組織のリーダーや部下という関係だけでなく、人生を生きる我々一人ひとりがリーダーとして自身を認め、他者を認める豊かな関係作りに貢献できるセミナーや研修作りへと活かしてゆきたいと思っています。



-----------------------------------------------------


 6000人の大組織の中で、「人材育成」「社内風土改革」への強い思いを募らせ、社内、そしてパートナー企業の研修へ手を広げている中川さん。


 奈良から神戸まで2時間かけて延べ6日間の講座に通い、余すところなく吸収してくださいました。


 その人柄の良さで、ほかの受講生さんにも良いお手本に。


 こういう人が現代の「ミドル」にいてるのだから、この時代もまだまだ捨てたものではありません!






ちなみに中川さんが言及された「企業風土改革」、

 わたしもコーチ生活の中でお会いしたリーダーの方々には、コーチングといいながら結果的に「企業風土改革」をなしとげた方がすくなくありませんでした。


 「企業風土」というもの、調査するところまではお金を払えばできる。でも「改革」するには、組織の中の人が生身の自分をさらしながらやらなければできない。


 それは、気高いことです。けっして軽々しく扱うべきではない。


 そういう方々のお役に、図らずもたってきたように思います。




 「マネージャーのため」とか「マネジメント実務のため」とかを、何年も知恵を絞って考えてきた人にとっては、すでに答えは出ている。





 中川さん、ありがとうございました!これからもCCAをよろしくお願いいたします。



神戸のコーチング講座 NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp




 

このページのトップヘ