正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

カテゴリ:学びに感謝 > 発達障害・自閉症関連

あの日









※この記事内のインデックスです


(1) 20世紀型心理学が小保方晴子さんを育てた
  ―発達障害概念の普及の遅れとカウンセリング自体にひそむ限界―

(2) どうすれば良かったのか?

(3) 障害の受容のむずかしさ
   ―ASDの人特有のプライド



『あの日』(小保方晴子、講談社、2016年1月)読書日記 第4弾です。
 前回の記事では、このブログ独自に小保方晴子さんのプロファイリングを行わせていただきました。

社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

 この記事の末尾部分で、「発達障害」ということに注目しました。
 小保方さんは、おそらくこだわりの強いASD(自閉症スペクトラム障害)とミスの多いADHD(注意欠陥多動性障害)のハイブリッドなのであろう。
 また、ASDの中でもIQの高いアスペルガー症候群、中でもとりわけ言語能力の高いタイプの人なのだろう。言語能力と実行能力に極端なギャップのある人なのだろう。
 このことが小保方晴子さんという人の研究不正、捏造、コピペ、見えすいたウソや言い訳、そしてほかの人を極端に理想化したり悪しざまに言ったり、という、普通の社会人からみると不可解な行動の源になっているだろう。

 そして最後にこう投げかけて終わりました。

1.では、小保方さんがこういうASD−ADHDの資質をもった人だとして、なぜ子どもの頃気づかれなかったんでしょうか?今まで矯正されなかったんでしょうか?
2.そして、こういう人がもし職場にいたらどういう指導をしてあげるのがいいんでしょうか?理研では何故できなかったんでしょうか?


 というわけで、今回の記事ではこの疑問点の1.にお答えすることになります。

 しかし正直言って気が重いです・・・
 というのは、残念ながら「お子さんのころの親御さんの責任」ということにも、触れざるをえないからです。うまれつきの形質だけで今のようになったわけではない、育て方の問題も入っていると考えられるからです。
 ただ本人さんもう32歳の方ですので、りっぱな大人です。そんな歳になったお子さんの子育てについて、蒸し返されるのは親御さんその他の方々にとってお気の毒なことではあるんですが。

(1)20世紀型心理学が小保方晴子さんを育てた
    発達障害概念の普及の遅れとカウンセリング自体にひそむ限界


  小保方さんは子どもの頃なぜ気づかれなかったか。矯正されなかったか。
 
 これは、シンプルに言うと「20世紀の心理学が小保方さんの人格を育てた」ということなのではないかな、というのがわたしの推測です。

 小保方さんのご家庭。個人的なことをほじくるのは…といいながら、やはり家族構成とご家族のご職業をみると「なるほど、これは」と思います。
 小保方さんは3人姉妹の末っ子。そして、お母さんとお姉さんのうちの1人が、なんと心理学者なのです。それぞれ、現在も東京都内の大学の教授、准教授を務めていらっしゃいます。

 お子さんがしょっちゅううそをついたり言い訳をしたり、日常生活でミスが多いお子さんだったら、心理学者たるもの「この子はちょっと普通ではないんではないか。発達障害なのではないか」と気づくのではないでしょうか?と思われるでしょう。
 それがそうではないのです。むしろ、逆に働いてしまった可能性があるのです。

 小保方さんのお家で起こったことを推測する材料はここにはありませんので、あくまで一般論として、「発達障害」をめぐる精神医学・心理学の「世代間断絶」というお話をしたいと思います。



 このブログではかねてから、「少し上の世代の心理学者、精神科医は、発達障害のことを知らない」ということをご指摘しています。

 精神医学が体系づけられたのは19世紀末、精神科医のエミール・クレペリンという人の功績です。この人の書いた精神医学の教科書の第6版が1899年に発刊され、精神病を大きく13の疾患に分類しました。これが現代の『精神疾患の診断と統計マニュアル(DSM)』のもとになっています。その後は20世紀初めにフロイトの精神分析学が現れ、一世を風靡しました。
 今流行りのアドラー心理学の教祖、アドラーの没年は1937年です。


 いっぽうで発達障害が精神疾患として認知された歴史は比較的浅いのです。精神障害の診断・統計マニュアルであるDSMには、1987年改訂のDSM-III-Rに初めて「発達障害」という語が登場。それ以前にトレーニングを受けた精神科医・心理学者らは、基本的に発達障害の概念を使いません。

 このブログでは今年に入ってからだけでも、『ほめると子どもはダメになる』や『嫌われる勇気』の著者らに対して、「発達障害の概念をスルーした議論をしている」と、異議申し立てをしております。
 本当は、発達障害はASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥・多動性症候群)を合わせると、子供世代の約1割、10人に1人のペースで出現する障害ですから、この障害を「ない」ことにして無視し続けるのはおかしなことなのです。「何か変だな」と思ったらまっさきにこの障害を疑うのが正解と思います。しかし、上記の心理学者・自称哲学者らは、「発達障害」の存在をオミットしているため、まったく見当はずれの議論をしてしまっています。それは専門家として非常にこまったことなのです。



 それにプラスして、カウンセリングという手法そのものにひそむ限界。

 例えばここに、よくウソを言うお子さんがいるとします。決して、小保方さんがそうだ、というわけじゃないですよ。
 しかし、その子の言うことがウソだ、ということを知るには、周囲の人にウラをとらなければなりません。同じ現象をみているほかの人に、「確かにそうだったか」と尋ね、もしそこに矛盾があれば、こんどは子供さんの言うことが本当かほかの人の言うことが本当か、もうひとつ確認をしなければなりません。2人、3人と人の話をきいていかなければなりません。非常にめんどうですね。

 ところが。カウンセリングという手法は、基本的にクライエント1人の話しか聴きません。ウラをとるということをしません。
 家族療法のような手法も一部にありますけれども、それはむしろ例外。わたしも人生で何度かカウンセリングのお世話になってますけれど、カウンセラーさんは基本的にわたしの話だけをずーっと聴いてくださいました。そして信じてくださいました。お蔭でわたしは何度か心の危機を脱したのですけれど、もしそこでわたしがウソつきだったら、どうしようもないんです。「信じてやる」ということが、癒しにつながるメリットもあるんですが、ウソつきを増長させる可能性もあるんです。

 これはカウンセリングだけでなくパーソナルコーチングにも言えることです。個人契約で、基本的にそのクライアントの話だけをずーっと聴き、「すばらしい!」と言ったり、「ぜひそれをおやりになってください!」と言ったりします。
 コーチングの場合、「行動」を促進するものなので、カウンセリング以上に、方向性を間違えるとたいへんなことになってしまいます。クライアントさんがウソついてるのに「すばらしい!」「ぜひおやりになってください!」って背中を押したりしていると。
 だから、わたしはある時期から基本的にパーソナルコーチングをお引き受けしなくなりました。
 そして、状況全体を知っていて周囲の人からもウラをとることができ、かつ業績向上へのモチベーションもある、上司によるコーチング(以前は「企業内コーチング」と言っていた。今は「承認マネジメント」という言い方に変わっています)こそが、もっとも推進すべきものだ、と考えるようになりました。



(2)どうすれば良かったのか?


 閑話休題。
 小保方さんの子供時代に起こっていた可能性のあること、というお話に戻ります。

 小保方さんのお母さんやお姉さんは、立派な大学で教える心理学者さんですし、そうした心理学の手法そのものに限界がある、とは思っておられなかった可能性があります。よく、子育てについて教える心理学者さんカウンセラーさん、同様に企業でメンタルヘルスについて教える心理学者さんカウンセラーさんもそうなのですけど、

「心優しく本人さんの話を聴いてあげる(傾聴)」

 このことだけを言われますね。
 傾聴のスキルが足りないから問題が起きるんだと。あと一歩がまんして傾聴してやればいいんだと。
 そして、実習で傾聴のやり方(スキル)を習ったお母さんお父さん方やマネジャー方は、実習そのものがもたらす高揚感も手伝って、
「こんなやり方で傾聴をすれば良かったんだ。私に足りなかったのはこれなんだ」
と、思い込んでしまいます。


 しかーし。
 そういう子育て指導、マネジメント指導は、「本人さんがウソをつく人だったらどうするのか?」という視点を欠いています。
 ウソをつきやすい言い訳をしやすい人に対してすべきは、「心優しい傾聴」だけではないんです。周囲の人にウラをとり、本人さんに再度当て、
「ウソは通用しないんだよ」
と示すことです。


 その手間を、小保方さんの周囲の人は省いてしまった可能性があります。とくに、単なるカウンセラーではなく大学で教えている心理学者さんであり、人に教えるたびごとに自分の手法の正しさを確信する立場であると、自己強化されますから。相手を疑ったり、ウラをとったり、という、手間のかかるしかも心理学の教科書に載ってないような卑しい作業をしたいとは思わないことでしょう。

 次の記事で解説いたしますが、発達障害の人を多く雇用する特例子会社さんなどでは、やはりミスのときに言い訳、自己正当化、他責をしやすいので、「現物を呈示する」というやり方をします。要は口先だけで逃げられないようにします。

 そしてまた。
 これは蛇足ですが、過去の子育てのノウハウでは、「逃げ道をつくってやる」ということが言われていましたね。今でも人生相談のページなどではよくみます。
 これ、子供さんが「ウソつき」の場合には、不正解です。
 事実はひとつ。量子力学の議論は置いといて(笑)。ウラとりによって子供さんの言ったことがウソだと証明されれば、そこは家族全員で「ウソは通用しないよ」という態度をとったほうがいい。5人家族で、上が優しいお姉さん2人で、(しかも心理学)ということであると、この「家族が一致してウソを許さない」という統一歩調がとれない可能性があるのです。

だれか一人でも心優しくウソをついたお子さんをかばってしまうと、子供さんは機会主義者ですから、すぐ一番優しい人のところに逃げ込んでウソをつき続けます。だから、子供さんにウソつきの形質があるとわかった段階で、家族の間で意思統一をしないといけません。表面的な優しさのためでなく、子供さんの将来のために、全員一致して子供さんを突き放さなければなりません。



 そして、子供さんがそうした、ウソをつきやすいお子さんだと判明したときは、どうしたらいいのでしょうねえ。

 わたしが提言したいのは、要は「行動承認」です。長い読者の皆様、もう耳タコですね。ごめんなさい。

 この子は、言葉を操ることはとても上手だ。でも行動力がそれに伴わない、はるかに低い。ちょっと何かをやらせるとミスをしてしまう。またちょっと目を離すとぼーっと妄想に入ってしまい、行動がおるすになってしまう。
 そういう子だから、してなかったことをしたと言ったり、ミスしたことを言い訳して人のせいにしたり、なんとか自己正当化の方向に言葉の力を使ってしまう。生物ですから、なんとか生存しようとするんです。そのために自分の持っている能力の高いところを使ってしまうんです。

 こういう状況に陥っているお子さんを救うには、なんとか行動力のほうを上げてあげることです。

 小さなことでも、「やったんだね」と承認してあげる(でも、やったことがウソじゃダメです)それは身近な、本人さんの行動を目の前でみている一番小さなコミュニティ、家族の中だからできることです。
 そして、「本当に行動をとったら、『承認』をもらえるんだ」と、本人さんに理解してもらう。そして、行動をとることを楽しんでもらう。
 これの繰り返しで、行動力を上げてあげることができます。非常に辛抱づよい作業になりますが、やはりご家族だからこそできることでしょう。



(3)障害の受容のむずかしさ
    ―ASDの人特有のプライド

小保方さんは発達障害で診断を受けるべきかどうか。わたしは、受けたほうがいいと思います。
 詳しくは、こちらの記事を参照

「広野ゆい氏にきく(2-3)「発達障害者マネジメントの『困った!』問答」」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51911281.html

 上記の記事のように、ひょっとしたらADHDの不注意によってミスや不行動が出やすいかもしれないので、診断を受けてADHD治療薬をのむ、というのも正解かもしれないです。薬をのむということに関しては、わたしもちょっと疑問があるのではあるのですが。上記の記事の中で発達障害者の会の代表の方に伺ったところでは、コンサータやストラテラといったADHD薬は、多少ミスの多さを改善させる働きがある。その方は、自分にとって面倒くさい仕事に取り組むときは、やる気を出すために薬をのむ、と言われました。
 
 もうひとつ「診断」について大事なことは、とくにASDの中でも高機能のアスペルガー症候群の方は、プライドが高いので大人になってから障害を受け入れることが非常にむずかしくなる、ということです。場合によっては告知されたことで、鬱になったり、自殺したり、ということもあるそうです。だから子供さんの間に診断を受け障害を受容したほうが、傷が浅くて済む。そして自覚のないまま大人になったアスペルガーさんは、なまじ障害の程度が軽くてIQが高いだけに、仕事上で非常に不都合をきたしてしまうんですね。

 したがって、子供さんを愛しているなら、子供さんがASDかもしれないと思ったら、小さいうちに診断を受けたほうがいいということです


 「障害の受容」。
 さあ、今の小保方さんにそれが可能でしょうか。つらいところですね。
 
 2つ前の記事の末尾に近いほうで、
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

「もともと発達障害と人格障害の線引きはすごく曖昧。感情の起伏が激しく他人に対して毀誉褒貶の激しい境界性人格障害も発達障害の一種なのかもしれない。また『自分はすごい』と思いこんでいる自己愛性人格障害も発達障害の一種なのかもしれない。」
ということを言いました。

 「発達障害」と人格障害その他の精神疾患の関係性は、ちょうど認知症でいう、「中核症状―行動・心理症状」の関係に似ている、という言い方もできます。
 認知症について詳しくは厚労省のこちらのページをご参照ください
>>http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/a02.html
 少しここから文章を引用しましょう:
「脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下など中核症状と呼ばれるものです。これらの中核症状のため周囲で起こっている現実を正しく認識できなくなります。
 本人がもともと持っている性格、環境、人間関係などさまざまな要因がからみ合って、うつ状態や妄想のような精神症状や、日常生活への適応を困難にする行動上の問題が起こってきます。これらを行動・心理症状と呼ぶことがあります。」

 つまり、能力の低下が先にあり、それと環境要因が組み合わさって精神症状や問題行動が起きてしまう。鬱の症状などもできてしまう。
 認知症のおとしよりが、ひどく疑いぶかくなったり、暴れたり、徘徊したり、というすごく困った行動も、「能力の低下からきているんだ」ということを周囲の人が念頭において、本人さんの不安感をじょうずに受容してあげると、そうした困った行動が収まるようなのです。つまりそうした困った行動が、認知症そのものの症状で不可逆的で仕方がないもの、というわけではなく、治る可能性があるのです。


 これは認知症なので、本人さんがもともと持っていた能力が低下した、というお話ですが、この「中核症状―行動・心理症状」の関係性は、発達障害の場合にも大いに当てはまります。
 発達障害の場合は、老化に伴ってではなく、もともとある部分の能力がすごく低く、一方ですごく高い部分もあり、その能力の凸凹が社会不適応を引き起こします。ひいてはメンタルヘルスを害し、鬱や統合失調症のような症状が出たり、人格障害のような症状が出る、ということです。

 解決のためには本人さんも周囲の人も、ご自分のそうした極端な能力の凸凹を自覚することです。そして正しい自己像をもち、ある部分で分不相応のプライドをもっていたところも見直し、そんな等身大の自分が今から生きる道は何か、を模索することです。




 で小保方さんの場合は、今は、受容できない段階だろうと思います。たぶん精神的によくない状態なのだろう。この本、『あの日』を出版してしまうということからしても、受容できなくて徹底的に他責に走ってしまっている。まだ、「不正をして理研を辞めさせられた自分」という事態を受け入れていないようです。

 また、なまじ研究者としてはハーバード留学、ネイチャー掲載という、「頂点」にまで昇りつめた人なので、「自分は単なるミスが多くて言い訳が多く、でも身の程知らずに高いところをめざすのがすきな人だっただけだ」ということを認めるのはつらいことです。

 なまじ1点でも優れたところがあると、発達障害の受容がむずかしい。
 そういう心理を、また発達障害をもつ大人の会代表・広野ゆいさんに語っていただきましょう。

広野ゆい氏にきく(2)―見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51901747.html

広野:そう、自覚がないというより自覚したくないんですよ。認めちゃうと、皆さん感じてるのはものすごい恐怖感なんですね。ダメな人間と思われたくない。やっぱり「認めてもらいたい」んです。
 本当は、「ここはできないけど、ここはできるんだね」という認められ方を人間はしてもらいたいと思うんです。「あなたはこういう人なんだね」と、丸ごとみてくれて、その中で「じゃああなたができる仕事はこれだね」という認められ方をしたい。特にその凸凹の大きい人は必要としていると思います。
 だけどできる部分だけにしがみついて、できない部分を隠して隠して生きてきた人にとっては、ここは絶対に見せてはいけないというか、認めてはいけないところなんです。ここが崩れると全部が崩れちゃう(と思いこんでいる)からなんです。
 

 いかがでしょうか。

 発達障害、とりわけ高機能のASDの人にとっては、発達障害を「認める」ことは、これぐらいものすごい恐怖感をともなうことなんですね。

 わたしも、小保方さんほどではないですがそこそこ高い学歴をもって半世紀以上生きてきて、「自分は大した人間じゃない」と認めるのはすごくつらいことです。だから、「認めたくない」という小保方さんの気持ちは痛いほどわかります。

 でも。この方、小保方晴子さんは、もう何人もの人(自分の家族を含め)を破滅させ、自殺者まで1人出している人なのです。
 だから小保方さんの文脈でばかり物を考えてあげるわけにはいかない。

 たぶん、小保方さんのお母さんやお姉さんは今でもつかず離れず、晴子さんを見守っていることでしょう。
 ぜひ、その方々が、晴子さんの自己受容を助けてあげてほしい。
 わたしはそう思います。

 そして今後は、できれば研究というような自由度の高い仕事ではなく、もっときっちり上の人に仕事を監督されるようなお仕事について生計を立てられることをお勧めします。

 作家さんがいいのかというと、ご本人さんはそれでいいかもしれませんが、今回のようにノンフィクションの体裁をとりながら実在の人を傷つけるようなことを書いてしまう場合もありますから、お勧めしません。出版社さんも、もうこういうことで儲けるのはやめましょうよ。




 次回の記事では、小保方さんのような人が入社してきたら職場ではどうするべきか?また理研のような研究組織ではどうするべきか?というお話をしたいと思います。

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2016年2月29日追記:と予告していましたが、その後もう1回「プロファイリング」の記事を書きました。
小保方さんの生育環境に加え、(5)心理学セミナーの影響の可能性についても書かせていただきました。


これまでの記事:
●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html" target="_blank" title="">http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html

●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

あの日

 『あの日』(小保方晴子、講談社、2016年1月)読書日記 第3弾です。

 ここまでは、小保方晴子さんの手記『あの日』の前半部分に出てくる印象的な2つのエピソードから、読み取れることや矛盾点、明らかにウソだと言えることを抽出してみました。

 今回はちょっと箸休めで、小保方晴子さんとはどんな人格の持ち主なのか?どういう遺伝形質でどういう育ち方をしたのだろうか?というのを、ごく限られた手がかりから解読してみたいと思います。
 もう既に沢山の精神科医・心理学者の方が同様にプロファイリングをなさっているようですが、企業の人材育成屋、そして「13年1位マネジャー輩出」のマネジメント教育のプロ、という立場からの解読も、あってもいいかと思います。
 でも、このブログの長年の読者の皆様からみると、そんなに突飛なことは言わないですよ。いつも言ってることの延長ですよ。

 わたし正田は、「人」をみるとき、大体5通りぐらいの人格類型ツールを使っています。
【1】 ソーシャルスタイル(四分法、コーチ・エイの「4つのタイプ分け」とほぼ同義)
【2】 ストレングスファインダー(おなじみ、米ギャラップ社の強み診断ツール。34通りの強み分類をし、その人の上位5つの強みがその人を物語るとする)
【3】 価値観(強みのうちさらにコアなもの?その人の強い動機づけとなる)
【4】 学習スタイル/優位感覚(視覚、聴覚、体感覚のどれが優位か、というもの)
【5】 発達障害の有無/種類

 拙著『行動承認』ではこのうち、「【1】ソーシャルスタイル」しかご説明してなかったですね。「【2】強み」「【5】発達障害」はこのブログにはちょこちょこ書いています。【3】【4】はあまり触れたことがなかったカナー。
 そんなに色々使って大丈夫か、と思われそうですが安心してください。慣れるとこれぐらい使うものなのですね。わたし「個別化」の人なので、人のプロファイリングはいくらやっても飽きないんです。

 さて、小保方晴子さんは、それぞれのツールを使うとどういう人なのか。
 このシリーズ第一弾の記事の中で、「【3】価値観」をとりあげました。

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  著者の価値観とは、何か。
 読み取れるのは:上昇、希望、鮮やかな色彩(とりわけ「金色」が度々出てきます)、世界の最高峰への移動、憧れ、挑戦、華々しい、美しいものへの賛美、頭の良さへの賛美。
 上位者からのまなざし。「褒められる」こともたびたび出てきます。
 「優しい」という言葉もたびたび出てきます。
 「細胞のふるまいの自由さ」(p.50)という印象的な言葉もあるので、「自由なふるまい」ということ、また細胞の時時刻刻の変化を見守ることも価値観なのかもしれません。
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 今みると、ここにはもう1つ付け加えたい価値観の言葉があります。
 それは…でもここに書くのはやめておこう。わたしがふだん使っている、価値観リストの中には載っている言葉です。漢字1文字です。(「嘘」じゃないですよ)
 これは、このシリーズ記事第一弾の末尾部分で引用した、東スポWEB2014年3月の記事の中にある、高校時代の小保方晴子さんがついたウソの内容からプロファイリングしました。
 小保方さんにならって、「ほのめかしのスキル」を使おうと思います。やっぱりブログの品格、大事ですもんね。
 
 
 あと付け加えるなら、実は別の小保方さん自身の手になる文書に、留学先のハーバードで身につけたと思われる価値観の言葉が載っていました。

「ここがよかった!GCOE ハーバード留学体験記」
>>http://www.waseda.jp/prj-GCOE-PracChem/jpn/newsletter/img/GCOENL01_C.pdf

 この中には、バカンティ教授の「教え」のようなものが書かれています。
「Dr.Vacantiはたくさんの助言をくださいました。もっとも印象的だったのは、『皆が憧れる、あらゆる面で成功した人生を送りなさい。すべてを手に入れて幸せになりなさい』と言われたことです。この言葉は、『見本となるような人生を送りなさい』という、すべての若者に向けた言葉だと理解しています。」
 うーむなるほどー。
 このページの存在はあるAmazonレビュアーの方から教えていただいて開いてみたのですが、うなってしまいました。
 まんま、アメリカの成功哲学。
 「成功することはすばらしい!」
 わたしはコーチングの学習の中でも「成功」という言葉が出てくると「ひいて」しまったほうなのですけどね。アメリカ由来の独特の価値観の体系ですね。
 当然、最高峰に憧れてハーバードのバカンティ研に留学した小保方晴子さん、憧れの教授からこう言われてこの価値観に染まっていたでしょう。

 というような価値体系をもつ、小保方晴子さんです。
 でもここまでは、別に変なとか異常なとかいうことはないですね。
 次のツールにいってみましょう。

【2】ストレングスファインダー。
 私がみたところでは、小保方晴子さんがもっている強みは、
・最上志向
・自我
・内省
・コミュニケーション
・適応性
です。
 このほか「競争性または指令性」「社交性」「ポジティブ」あたりも高いかもしれません。
 「コミュニケーション」は、抜群のプレゼン能力につながります。
 記者会見の場で、質問に臨機応変に答えられる、あれは「コミュニケーション―適応性」があるからできるのだと思います。
 そして「上を目指したい」これが強いのはたぶん、「最上志向―自我」。
 「自我」は、「褒められたい」ということにもつながりますね。人一倍強い承認欲求、ナルシシズムの資質です。
 「最上志向」さんは―、
 以前男性の最上志向さんについて書いた記事で、「これ小保方さんにも当てはまりそうだなあ」と思う記事があります。
「最上志向の男性はなぜ喋り続けるのか」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51757211.html 
 ずーっと喋り続ける。また時々すごく変な方向にすごい努力しちゃう。最上志向の人みんながみんなそうじゃないんですよ。

 妄想が強い、これは「内省」が高くて行動力の強みが低い人だとそうなります。
 人が「できない」ということを「やりたい」と思ってしまうのはなんなんだろうなー。負けず嫌いの競争性、天邪鬼の指令性あたりとポジティブ、最上志向あたりが合体するとそうなるかもしれません。でも行動の強みがあったほうがいいですね。「できなかった」というイヤなことに向き合えないのは「ポジティブ」カナー。
 ほんとは「裏ストレングスファインダー」で、ここには書けないお話もいっぱいあるのですが、ご興味のある方はわたしに直接おききになってください。

 その他、
【1】 ソーシャルスタイル:P+Aでしょうね。
【2】 学習スタイル/優位感覚:たぶん視覚優位。でも言語能力も高い、ということは聴覚もかなり優位。そしてこの本『あの日』の中には身体感覚を表現した感情表現の言葉がたくさん出てきます。だから体感覚優位なのかというと・・・うーん。
 
 そしてそして、
【6】 発達障害の有無/種類

 たぶん、このブログの長い読者の皆様は、一番お知りになりたいところでしょう。
 初めてご覧になる方は「えっ?」と思われるかも。

 わたしがみるに、愛すべきわれらが小保方晴子さんは、ASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥多動性症候群)のハイブリッドだと思います。
 これも本人さんがご覧になった時嫌な気持ちになられるかもしれません。「障害」という言葉に対して「差別だ!」といわれたり、「名誉棄損だ!」といわれるかもしれません。
 しかし。このブログでは一貫して、「発達障害は全人口の1割前後を占める非常にポピュラーな障害なので、隠すことも差別することも正しくない。もっとこの概念が普及してみんなが自己受容したほうがよい」という立場をとっています。この障害の疑いをご指摘させていただくことが差別や名誉棄損にあたる、という認識がそもそもありません。あしからず。

 発達障害でも人により千差万別で、ASDだからこういう性格、ADHDだからこういう性格、というふうに決めることができません。小保方さんの場合はどうかというと、こだわりの強いASD。その中でもIQや言語能力のすごく高いアスペルガー症候群。それと、ミスの多いADHDがまじっていると思います。言語能力の高さと、実行能力の低さのギャップが激しいので、ウソをついたり言い訳をしたり、がすごく多くなる。これは本人さんにもどうしようもないところだと思います。で周囲の人も、こういう人をみたことがない人には理解できないだろうと思います。
 だから、せっかく小保方さんという人と出会えたことを「チャンスだ」と捉えて、わたしたちは学習したほうがいいわけですね。

 また一般に発達障害の方は、手先が不器用だったり運動神経がダメダメだったり、ということが多いです。マラソンや水泳、自転車など、一人作業のスポーツを好む発達障害さんは多いですね。だから超難しい実験をこなしたことになっている小保方さんが、ほんとに手先が器用かというと・・・クエスチョンです。子供のころ器用だったというエピソードは出ていません。

 そして、妄想が強い。これはASDでもADHDでもこういう特性をもった方は多いかな。小保方さんも実験をしながら色々な不思議な妄想をしています。

 メンタル面が弱くてすぐ「折れて」しまう、これも発達障害の人にはありがちです。もともとミスが多く、子どもの頃から叱られる場面が多いので自尊感情が低い。そして叱られると昔からのトラウマがわーっと出てきてすぐ折れてしまう。発達障害の人に鬱エピソードは多いです。また、双極性障害(躁鬱病)や統合失調症など、さまざまなメンタル疾患に発達障害が深く関わっていることが近年わかってきています。自分を叱った相手に対する恨みの感情もこのタイプの人は強いです。

 小保方さんは「自己愛」だ、というふうにも言われます。これも、自己愛性人格障害ととれなくもないし、基礎疾患としてのASD―ADHD(要は発達障害)をみたほうがいいかもしれません。もともと発達障害と人格障害の線引きはすごく曖昧なんです。感情の起伏が激しく他人に対する毀誉褒貶も激しい境界性人格障害も発達障害の一種なのかもしれない。また自己愛も発達障害の一種なのかもしれない。発達障害の人は「メタ認知能力」が弱いので、「できてない自分」を直視することができないんです。かつ、人の言葉の裏を読めないという特性もあるので、「あなたはすばらしいですね」と言われると、たとえ社交辞令でも本気で信じ込んでしまうところがあります。小保方さん、褒められることもだいすきでしたね。そして小保方さんのように妄想がきつく、一方で言語能力のものすごく高い人であると、できもしないものを本気で「できる」と信じてプレゼンをすることができるんですネ。

 こういうのは、本人さんのもっている能力の組み合わせで外に現象として出てきてしまうので、「けしからん!」と反応したり「心の闇」といったホラーっぽい理解の仕方をするのは正しくないのだと思います。

 そのほかうそつき、ほらふき、詐病だとかいうことでミュンヒハウゼン症候群という病名を挙げた精神科医の方もいらっしゃいましたけど、ああいう精神疾患の病名って、20世紀の半ばぐらいまでに作られたもので、まだ発達障害の知見が出てなかったころです。今のものさしだと発達障害と理解したほうが早いよ、そのほうが対処法もわかるよ、などと、正田はおもいます。

 では、小保方さんがこういうASD−ADHDの資質をもった人だとして、なぜ子どもの頃気づかれなかったんでしょうか?今まで矯正されなかったんでしょうか?
 そして、こういう人がもし職場にいたらどういう指導をしてあげるのがいいんでしょうか?理研では何故できなかったんでしょうか?

 そのあたりのお話は次回…。
 

これまでの記事:
●社会人のための「小保方手記」解読講座(1)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935543.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(2)―印象的な”ツカミ”のエピソードはこう読め!Vol.2
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935599.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(3)―1位マネジャー製造講師・正田が読む・晴子さんのプロファイリングはVol.1
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935610.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(4)―正田が読む・晴子さんのプロファイリングVol.2 小保方さんの生育環境は
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935705.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(5)―プロファイリングVol.3 多彩な感情表現は人を被害者的にする!心理学セミナー、カウンセリングの副作用のお話
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51935878.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(6)―「私の会社でも」読者からのお便り
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936058.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(7)―“惑わされる”理系男子:女性必見!もしもあなたの彼が「隠れ小保方ファン」だったら
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936162.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(8)―「キラキラ女子」の栄光と転落、「朝ドラヒロイン」が裁かれる日
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936340.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(9)―「STAP細胞はあります!」は本当か?Amazonレビュアーが読み解くプロジェクトの破綻
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936570.html

●社会人のための『小保方手記』解読講座(10 )―再度「STAP細胞はありません」―「ウソ」と真実・ネット世界と現実世界のギャップ、社会人の分断リスク
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51936986.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(11)― 騙されないためのケーススタディー:小保方晴子さんが使った「ヒューリスティック(自動思考・錯覚)」の罠
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937126.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(12)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(前編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937436.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(13)情けないぞおじさんたち!!「ええかっこしい上司」「放置プレイ上司」そして「欲得・不正系上司」(後編)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937542.html

●社会人のための「小保方手記」解読講座(14)(最終) まとめ:あなたの会社から「モンスター」を出さないために―女性活躍、発達凸凹対応、そして改めて「行動承認」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937655.html


●エイプリルフール特別企画・シリーズ番外編:社会人のための「小保方情報」解読講座
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51937719.html

シリーズ・『「学力」の経済学』批判

エビデンスに惑わされず、論理の飛躍をじっくり味わいたい、「ほめてはいけない」論―シリーズ『学力の経済学』批判

優れた先生方との交流の思い出と、正田流・教育現場いかにすれば良くなるのかの試論

中室牧子氏(教育経済学者)は、恐らくASDだと思うこれだけの理由。 シリーズ『学力の経済学』批判  

「少人数学級は学力を上げない」はウソ!―シリーズ『「学力」の経済学』批判

「学力を上げる」先生方はどこを見ているか―シリーズ『「学力」の経済学』批判

本当は恐ろしい、『「学力」の経済学』がもたらす未来(1)―”中室提言”をよく見ると―シリーズ『「学力」の経済学』批判

本当は恐ろしい、『「学力」の経済学』がもたらす未来(2)―正田回答編・先生方は「経済人」ではない!―シリーズ『「学力」の経済学』批判



 物議をかもしそうなタイトルをあえてつけてしまいましたが、このブログの長い読者の方からみるとむしろ「自然」な結論ではないかと思います。

 わたしもきのうの記事(月刊人事マネジメント連載 部下の凸凹を包んで戦力化する)を入力していて気がつきました。別に悪意でもなんでもありません、「ASD」「発達障害」という言葉も別に差別語ではないですし。

 昨日の記事の中から、「ASD(自閉症スペクトラム障害)」について書いたところを抜き出しますね。

 またASDは、全人口の1〜2%(最新の報告では4%)を占めるとされ、「こだわりが強い、固定観念が強い」「他人の気持ちに想像力が働かない」「変化、変更が苦手」「ごく狭い範囲の仕事にしか関心がない」などがあります。


 中室氏を昨年一気にスターダムに上らせた著書、『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中の記述の1つ1つ、またロジックの1つ1つに、「これだけIQが高くてかつ定型発達の人だったらまずやらない」と思われるような、間違いや雑な(荒っぽい)記述があります。


1.1月1日の記事に取り上げたように、「ほめ育てはしてはいけない」と本の冒頭で言いきっているが、中身をみると論理が破綻している。結論ありきで、データは単に並べてみただけ。こういうのは「エビデンス詐欺」とでも言うレベルで、学者として信頼するに値しません。

2.「老婆の個人的体験」という言葉を統計学の西内正啓氏の引用ではあるが、何の疑いもなく言ってしまっている。「脳科学おばあちゃん」の久保田カヨ子氏のことだと思いますが。「老婆」って普通言わないでしょう、中室氏は40歳でかなり美形の方であるのは認めますが。

3.本当は、エビデンスの中にも「エピソード(のシリーズ)」は含まれるので、現場の個別の情報をないがしろにしていいわけではないのです。(Wikiの「根拠のある医療」の項参照)中室氏はそうしたことは一切言わないし、「老婆」「お母さん/母親」などという言葉で貶めるので、エピソードを語ることは恥ずかしいことだ、という思い込みを読者に作らせていなかったろうか。
(注:「一切言わない」は言い過ぎでした。この本の「補論」のところに、Wikiにもあるようなエビデンスの階層表を載せ、その中に「症例報告」というのも入っています。ただ、多分この人自身、「症例報告」の意味が分かってなかったのではないでしょうか)

このほかにも、

4.親を読者対象にした第2章は全体に記述が雑。1.にみるような、エビデンスと結論のフレーズのつながりが悪い例がほかにもみられ、「親をばかにしているのだろうか、この人は」と思う。逆に他の専門家、政策担当者を読者として想定した章はみたところ慎重かつ丁寧な筆運び。専門家筋からこの本が評価が高いのも頷ける。そうした、人としては不愉快な二面性も、権威にすがることが大好きな一部のASDの人の特徴を想起させる。


5.Amazonレビューのコメント欄に中室氏自身とみられる「カスタマー」名のコメントが頻繁に出てくるのだが、3.と同様、「目の前の子供さんなど現場の個別情報」を軽視し、「統計が出した結論通りに対処するのが正しい」とむきになって言い張っていた。上記のWikiのページにも、「エビデンスがいくらあっても目の前の個々の患者をみなければならない」ということは明記されているのだが。こういう人は学問をする資格も政策提言をする資格もないのではないだろうか。

・・・

 いかがでしょうか。
 このブログの長い読者の方はご存知と思いますが、わたしはもともと女性のことは応援したい方です。せっかく頭角を表した女性学者さんを貶めたいなどは、本来つゆほども思わない人間です。

 しかし、この中室氏の言動はいただけない。
 「ほめる否定」ひとつをとっても、それが現場と子供さん方をどれだけ不幸にするか、想像力が働いていない。

 で、わずかこれらの証拠だけをとっても、この人がASDである可能性は高いだろうと思います。コダワリが強く、固定観念が強いので、「エビデンス=統計データ、≠エピソード」というような記述をしてしまう。また自分が「ほめる」を嫌いなので、それを正当化するためにめちゃくちゃな論理構成をしてしまう。他人の気持ちが想像できない(ただデマゴーグ的な才能は割とあるようだ)。現場情報を軽視するのは、興味の範囲が狭いから。

 統計というのは、その専門の方に失礼な言い方をしてしまいますが、「数字遊び」のようなところがあります。数字が好きな方だったら、飽きずに何時間でも何日でもその世界に浸っていられる。で、ASDの傾向のある人に数学的才能のある人も多いですから、そこにのめり込むことも自然です。
 ただし、統計は価値のあるものですが、あくまで手段でしかないのです。目的ではないのです。目的は、目の前の状況に最適解を出していくことです。


 ASDだということがわるいわけではありません。ASDを含む発達障害の人が普通に就労機会が与えられるように、ということをわたしも願って、このブログで一貫して記事を書いてきました。
 しかしそれとは別に、思考能力の一部に重大な欠損をもったASDの人が、沢山の人の幸せに関わるようなポストにつくことは正しいか?という問題はあります。
 企業なら、マネジャーに昇格させることは正しいか?また中室氏のように、「政策提言」それも教育という、沢山の子供さんの幸せに関わる政策提言をする立場になることは正しいか?

―他社さんの宣伝をするようで恐縮ですが、「インバスケット研修」をすると、上記のような「思考の一部情報への固着傾向、i.e.くっつきやすくはがれにくい傾向」のある人はある程度スクリーニングできます。ただしインバスケット傾向も、「決断過多」のリーダーをつくってしまう危険性はあります。また人によっては、インバスケット研修について膨大な予習をして、高得点をとることができるようです。

彼女がもし社会に対して誠実でありたいなら、診断を受け結果を公表し、

「私はこういう障害を持っていてそのために大事なことをよく見落とすことがある。現実の子供や子育てには興味は全くない」

と、きちっと公表したほうがいいと思います。子育て経験がないことを、「エビデンスのほうが大事だから子育てする必要はない」って正当化しちゃいけません。ASDの知能の高い方は、よくむきになって自己正当化をやりますね。

また、「承認」の講師として実感を込めていいますが、ASDの人は一般に「承認/ほめる」を苦手とします。気の毒なことですが感覚過敏なので、通常よりはるかに大量の「不快感情」を持って生きているからです。
中室氏は、「私自身人をほめることが苦手です。ですからこの件について語れる資格はありません」と、正直に認めたほうがよいのです。そういう謙虚な姿勢があれば、障害を持った学者として認知されても、信頼されて仕事していくことができるでしょう。


 彼女の出世作である本をぱっと読んだだけでも(多くの人は気づかなかったようだが)上記のような見落とし、間違いがあったわけです。
 専門家・政策担当者向けの章については、わたしは正直、ささっとしか読んでいないのですが、ここにも親向けのパートのように、恣意的なエビデンスの選択、並べ方、無理のある結論の出し方、が隠れている危険性はあります。書き方みこそ比較的丁寧でしたが。だからわたしはあんまりまじめには読めませんでした。鵜呑みにするととんでもないことが起こるな、という感じでした。
 そういうのは是非、ほかの教育経済学者さんが出てきてじっくり検証していただきたいと思います。この人以外の教育経済学者さんのご意見が是非ききたいです。

 ひょっとしたら、中室氏は「教育経済学界のオボカタ嬢」のような存在なのではないですかねえ…。


正田佐与

 
シリーズ・『「学力」の経済学』批判

エビデンスに惑わされず、論理の飛躍をじっくり味わいたい、「ほめてはいけない」論―シリーズ『学力の経済学』批判

優れた先生方との交流の思い出と、正田流・教育現場いかにすれば良くなるのかの試論

中室牧子氏(教育経済学者)は、恐らくASDだと思うこれだけの理由。 ―シリーズ『「学力」の経済学』批判 

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「学力を上げる」先生方はどこを見ているか―シリーズ『「学力」の経済学』批判

本当は恐ろしい、『「学力」の経済学』がもたらす未来(1)―”中室提言”をよく見ると―シリーズ『「学力」の経済学』批判

本当は恐ろしい、『「学力」の経済学』がもたらす未来(2)―先生方は「経済人」ではない!―シリーズ『「学力」の経済学』批判

 「発達障害」。
 2つ前の記事(『ほめると子どもはダメになる』の批判記事)にも出てきましたが、今でも「知る人ぞ知る」の話題です。
 本当は、とてもポピュラーな障害ですのでだれもが知っておいたほうがよいことなのです。残念ながら少し古い世代の心理学者さんなんかは、タブー視していて案外知らない。

 このブログでは2013年ごろから「発達障害」についての記事が増え、14年暮れ〜15年春には、「発達障害をもつ大人の会」代表の広野ゆいさんと2回にわたる対談を掲載させていただきました。


「月刊人事マネジメント」誌に連載させていただいている、「上司必携・承認マネジメント読本」の6回目の記事を編集部様のご厚意により「公開OK」でいただきましたので、転載させていただきます。

 今回は、「発達障害を含む障害をもった働き手の戦力化」について、「承認」を絡めてお伝えします。

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 以下、本文の転載です(正田肩書を修正しました):

****

上司必携・『行動承認マネジメント読本』
〜人手不足チームのやる気と力の引き出し方〜

正田佐与承認マネジメント事務所
代表 正田佐与


第六章 部下の凸凹を包んで戦力化する

「インクルージョンの波」が来年度、職場に押し寄せてきます。4月1日から、障害者に対する〆絞姪取り扱いの禁止、合理的配慮の不提供の禁止―を柱とする障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が施行されます。すでに、すべての職場で障害を持った人々の法定雇用率2.0%は施行されており、ここに平成30年度には、精神障害者も対象に加わります。
 障害を持った人の受け入れについて、とりわけ中小企業などでは「負担が大きい」という声もあるようです。しかし、実際に受け入れた職場では、「人の多様性への理解が進んだ」「社員が従来より優しい気持ちになれた」という効用も大きいようです。わが国では従来遅れていた分野でしたが、法改正を機に前向きに受け止めていtだきたいものです。
 今回は、安倍政権の「1億総活躍社会」の一角を占めることになるであろう、「障害者の活用」について、また障害とまではいかない社員の能力の凸凹を包含(インクルージョン)して職場運営をしていくうえで、上司の方ができる関わりについて、解説したいと思います。

障害を持った人にどう働いてもらうといいですか?

 これについては、厚労省の改正障害者雇用促進法に関するサイトから、「合理的配慮」の事例をダウンロードして参考にすることができます。
 また詳しくは、現在数多くある特例子会社の事例が参考になるでしょう。筆者も過去に(株)リクルートオフィスサポート、東京海上ビジネスサポート(株)などの特例子会社を訪問させていただきました。そこでは、グループ会社全体で発生する事務仕事を細かく分けてタスク化し、障害のある人々に個々の特性を活かして割り振る、というやり方で戦力化していました。興味のある読者の方は、一度そうした特例子会社を見学してみることをお勧めします。障害を持った人に対するマネジメント法、採用法いずれも参考になることでしょう。

各職場レベルでは何ができますか?

 障害を持った人についても、実は健常な人に対すると同様「承認」の関わりが功を奏します。
 本連載第1章で、「行動承認」は業績向上の効果が極めて大きい「儲かる技術」だ、ということを確認させていただきました。一方で、「承認」は大きくいえば「ケアの倫理」にも「共生の倫理」にも相通じ、一律でない、多様な特性を持った人を理解し、共に働くための倫理という性格も持っています。
 またとりわけ、相手の行動を事実その通り認める「行動承認」は、障害を持った人々への支援技法である「行動療法」を起源としたものですから、そのまま障害を持った人にも使っていただけるのです。
 相手の良い行動を伸ばすこと。さらにそれを通じて相手の特性を理解するということ。本人にできていること、できていないことを、上司の方が虚心に見、正確に把握するということができます。
 とはいえ、障害を持った人の特性は本当に様々で、「対応できるのだろうか?」と不安にお感じになる方もいらっしゃるでしょう。慰めになるかどうか分かりませんが、障害者対応の「プロ」であっても、最終的には出会ったその人に合う対応法をその場に即して編み出していくしかないのです。

発達障害の人が増えているようですが?

 近年、発達障害の概念が普及したことに伴い、過去には想像できなかったほど、人口の中で大きな割合を占めることが分かってきました。今回の後半はこの人々にとって紙幅を取ってご説明します。
 発達障害は、最新の精神疾患に関する区分である米DSM-5では、大きく、注意欠陥・多動性障害(ADHD)と、自閉症スペクトラム障害(ASD)の2つに分けられます。
 ADHDは、全人口の5〜6%を占めるといわれ、大人の従業員では、「ミスが多い」「忘れ物が多い」「寝坊・遅刻が多い」「時間管理が下手、時間内に仕事を終わらない、予定忘れを起こす」などの”症状”となります。
 またASDは、全人口の1〜2%(最新の報告では4%)を占めるとされ、「こだわりが強い、固定観念が強い」「他人の気持ちに想像力が働かない」「変化、変更が苦手」「ごく狭い範囲の仕事にしか関心がない」などがあります。
 ADHD、ASDの両方の傾向を併せ持った人も多くいます。診断を受けていない人も含め、筆者の実感値としては就業人口の約1割は、発達障害かそれに近い、職場で特別な配慮を要する人がいます。
 上記の特性を持つ部下がいた場合、もし発達障害についての知識がないと、上司は戸惑い、また深刻に悩むことになるでしょう。こちらが適切に指示を出したつもりでも、こうした特性を有するために指示を取り違えたり、忘れたり、間違ったやり方で仕事をしてしまうことが往々にして起こります。
 実は、発達障害を持った人は職場でメンタルヘルス疾患になるリスクも高いですし、叱責しているうちに上司の方がパワハラに該当する言動をとってしまうということも大いに起こりえます。無用なトラブル回避のためにも、発達障害についての知識はこれから不可欠になっていくでしょう。
 発達障害は、軽度の症状の場合は職場での環境調整によって無理なく仕事をしてもらうことができます。環境調整とは、例えば、
●ミスが出やすい状況を見極め、予防する。周囲からの声かけやミスの影響が少ない職務への転換など。
●視覚優位の人が多いため、文書や図示などの方法で指示を出す。ある企業では「メールによる指示出し」を徹底し、ミスを減らした
●こだわりが強く変化に弱いASDの人に対しては、変更内容や変更の理由背景などの説明を徹底する
などです。
 こうした配慮をしても限界がある場合には、次の段階で本人にこの特性のために問題が起きていることを伝え(告知)、医療機関で診断を受けるよう勧めることが必要になります。ADHDの場合は治療薬があり、それによりある程度ミスを減らすことは可能です。
 ただし、この「告知」は非常に難題で、ここで上司による「起きている問題についての正確なフィードバック」が不可欠だ、と専門家は指摘します。
 上司の方にはここでまた、「行動承認」の効用が活きてきます。日頃から部下の行動を観察し、声かけし、良い行動を記憶し評価に活かすこと。これを励行していることで、部下のミスの内容回数、問題行動の種類頻度、といった情報も過度に感情的にならずに記憶・記録しておけることでしょう。
 告知はハードな壁ですが、実際には障害を受容したほうが、満足度の高い職業生活、そしてプライベートの生活を送れるようです。
 ある上司の方によれば、発達障害とみられた女性の部下に「行動承認」で関わり、プロジェクトを達成に導いた結果、部下は自信をつけて、自ら診断を受けて障害者手帳を取得し、そして結婚もして幸せに暮らしているというのです。
 仕事で達成感を味わうことが、いかに1人の人にとっての自信と幸福感の源になるか、また、とりわけ能力の凸凹を持った部下にとっては理解ある上司の適切な関わりがどれだけ助けになるか、考えさせられた事例でした。 (了)

****

 いかがでしたか。
 実は、この記事を書くために正田は障害者さんについての知識を少しでも増やそうと、「同行援護(ガイドヘルパー視覚)」、「行動援護(障害者の外出をお手伝いするガイドヘルパー)」の資格を取りに行ったりしました。しかし、この記事にそれを盛り込めたかというと…、

 ダイバーシティもメンタルヘルスもインクルージョンも。「承認」は欲張りな技術です。

 次回は「伝え方」のお話。ブログ読者の皆様は「あれだな」って、もうお分かりですね。


「上司必携・行動承認マネジメント読本」シリーズ全体の構成は:

第一章 行動承認は”儲かる技術”である(2015年7月号)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51919833.html
 第二章  「承認」の学習ステップ(8月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51921667.html
第三章 女性活用と登用は「上司の眼差し」次第(9月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51923763.html
第四章 LINE世代に対するマネジメントとは(10月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51925545.html
第五章 「踏み込みすぎない」メンタルヘルス対策(11月号掲載)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51927183.html
第六章 部下の凸凹を戦力化に転じる(12月号掲載・本記事)
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51932814.html
第七章 伝えたいことが「伝わる」伝え方(2016年1月号掲載)

 正田佐与

 久しぶりに「発達障害」関連の読書です。

 「自閉症スペクトラム4%」ついに、こういう数字が出てきました。その背景に潜むものとともに、考えたいものです。

 『発達障害の謎を解く』(鷲見聡、日本評論社、2015年4月)。

 以下、本書からの抜き書きです:

****

●自閉症スペクトラム(ASD)4%は、2012年発表された浜松市出生コホート研究の暫定的な集計。354名の幼児のうち14名、約4%の子供がASDと診断された。精度、正確度ともに優れた手法で、わが国で進行中の疫学研究のうち最も質の高い研究の速報値。

●さらに高い数値が横浜で出ている。横浜市港北区の小学1年生におけるASDの発生率は4.2%、有病率は5.4%。
 
(発生率と有病率とは、本書によれば、「発生率とは一定期間にある集団で病気・障害が発生する割合で、有病率とはある集団におけるある時点での罹患者の割合である。有病率は転出入などの社会的要因の影響を受けやすく、支援ニーズの把握には有効であるが、学術的視点から見れば、発生率の方が重要である。」)

●ASD増加の原因の解釈は、I 見かけ上の増加(診断基準の拡大やスクリーニング体制の充実)、II 真の増加(生物学的要因、生育環境の悪化)がある。

●ADHDは子供の場合100人に数人、大人では100人に2,3人という報告が多い。大人の有病率が低いのは、小児期にADHDと診断された子供たちの中に、その後診断基準を満たさなくなるケースがいるためと考えられる。

●(高機能)ASDも一部は成人に達するころには適応(寛解)すると推測される。現在ある調査では、ASD児の約1割程度は症状が軽快している。

●しかし逆に、ASDの子供時代には困難さが顕在化せず、大人になってから初めて支援が必要になる場合もあるかもしれない。
―大いにありそうですね。

●アメリカでのADHDは増加傾向である。1990年代の有病率調査では5%に満たない数値が多かったが、2000年以降は増加。アメリカ疾患管理予防センターの報告によると、2003年は有病率7.8%(男児11.0%、女児4.4%)、2007年は同9.5%(男児13.2%、女児5.6%)。原因は見かけ上の増加、真の増加両方考えられる。
わが国では継続的なADHDの疫学調査は行われていない。

●発達障害の遺伝要因。ASD、ADHDともに「多因子遺伝病」と考えられる。これは典型的なメンデル型遺伝病(一つの遺伝子の変異が発症につながる)と異なり、いくつか原因遺伝子の変異があり、それに環境要因が複合した場合に発症する。

●「増加」は多様性への理解をもたらしただろうか?
 「早期発見を焦るあまりに『定型発達から少しでもずれる乳幼児は問題である』という誤った発達観が関係者に広がりつつあるのではないか」と著者は危惧する。
―確かに、昔なら「ちょっと変わった子」と受容されていた子が今は「障害」になり問題視されている感は否めない。それは社会の狭量さに拍車をかけ、余計「生きづらい」社会になってしまう。

●社会学的にも「人間社会は本来多種多様な特徴をもつ人間からなる」という考えが以前から唱えられていた。さらに、最新の科学研究、ヒトゲノムプロジェクトなどの進展によって、人間には予想以上に遺伝的多様性が存在することが明らかにされた。例えば、病気の罹りやすさや薬物代謝の多様性(個人差)であり、その多様性を前提とした医療が検討され始めている。それらの事実を踏まえ、「人間には多様性があることを前提として、お互いが尊重し合う社会を構築すべきである」という新しい理念を人類遺伝学会が発表している。したがって、子どもたちの発達についても、人間の行動特性についても、さらに、私たちの文化に関しても「多様性が存在する」という大前提に立つべきであると筆者は考えている。(この項はすべて引用文、太字正田)

●遺伝と環境の相互作用。
 脳の発達には、遺伝子からの情報が重要な役割を果たすが、環境要因も「エピジェネティクス」や「刈り込み」というメカニズムを介して大きな影響を与えている。

●未分化な細胞が多数の神経細胞へ変化するのは遺伝子の指示による。このステップでは遺伝子の影響が大きいが、胎児期に晒される化学物質がエピジェネティクスを介して影響を及ぼすこともある。

●シナプスによって神経細胞同士が接続する、すなわちネットワークが作られる過程でも、主に遺伝子からの情報が元になるが、より効率的なネットワークとして完成するためには環境からの刺激も重要である。

●「刈り込み」というプロセス。生後1歳頃にシナプスの数は最も多くなるが、あまりにも多いためそのままでは効率的に機能しなくなる。そこで、環境からの刺激の有無により、使われるシナプスが残され、使われないシナプスは失われる。一例として、生まれてから一定期間、視覚刺激が全くない場合には、視力に関連するシナプスが失われ、視力の障害をきたすことが知られている。

●ASDの様々な特徴の中には、遺伝要因の影響が大きいものもあれば、環境要因の影響が大きいものもあるとみられる。認知機能の偏りと感覚異常に関しては、遺伝要因の影響が非常に大きい。同様に、コミュニケーション能力も遺伝的影響が比較的大きいと思われる。ただし、コミュニケーションや対人関係のスキルの獲得には、経験の積み重ねや相手の反応が重要なので、環境要因も一定の影響を及ぼすと考えられよう。あるいは、エピジェネティクスなどのメカニズムを介する影響もあるかもしれない。また、興味の限局やこだわり行動については、両方の影響がともに大きいのではないだろうか?一方、かんしゃくやパニック、自傷行為などは、その時点の環境要因の影響が大きいと思われる。さらに、自己肯定感の低下や、様々な精神疾患の合併に関しては、長期間におよぶ環境要因の影響の積み重ねが大きいと推測している。

●環境決定論、遺伝決定論、この両極端な考え方が子どもたちを苦しめてきたのではないだろうか。変えることのできない部分に対しては、いくら努力しても報われない。そういう場合は、周りの大人たちが、それを「個性」として認める必要がある。一方、変わる可能性がある部分でも、そのために必要な体験がなければ、変化は起こらない。子どもたち1人ひとりの個性を理解して、それぞれに応じて適切な成育環境を与えることは、大人としての重要な使命であると筆者は考えている。
―重要な、かつハードルの高い問い。変わらないもの、変わり得るものを見極めよ、後者について適切な体験を与え、前者については個性と認めよ、という。しかし確かにこういう切り分けは必要なのだ。でなければどんな体験を積ませてやるのが適切なのかわからない。どんな希望をもつのが正しいのかわからない。1つ前の項で著者が推測と断ったうえで例示したが、今後こうした「遺伝要因のもの、環境要因のもの」が特定され、どんな関わり方が適切か、指導者にも適切なガイダンスが与えられるのが望ましいと思う。

●発達障害の関連遺伝子は多数ある。またASDとADHDの関連遺伝子がオーバーラップする。したがって、遺伝子と病気が1対1で対応する古典的な遺伝病と異なり、多数の遺伝子が多数の発達障害と関連している(多数対多数)。さらに、発達障害の関連遺伝子と様々な精神疾患の関連遺伝子も、それらの一部がオーバーラップしていると報告されている。
―最後の一文はやはり要注目。発達障害であると、精神疾患リスクは高いと思っていいようです。

●自閉症に関する間違った環境要因説。自閉症心因論、MMRワクチン説、自閉症水銀説。科学的根拠がない情報が一気に拡散し、当事者・家族に大混乱をもたらした。


―ここからは、発達障害の原因として「遺伝と環境」に絡め、生活習慣の影響について論じられます。そこでは今どきの家庭教育、子どもたちの育ち方、電子メディアの影響なども…。スマホ依存も顕著になる中、気になるところです。

●幼児の1日当たりテレビ視聴時間は2000年ごろに平均2時間40分でピーク。以後微減傾向で2013年には2時間を切っているが、ビデオの視聴時間が増加した。

●小学生での「インターネット2時間以上使用」が2008年には3.7%、2013年には6.6%に増加。中学生では同14.0%と24.5%、高校生では同15.1%と42.8%。

●2002年、テレビ・ビデオ視聴による言葉遅れについての報告が出された。言語発達や社会性の遅れのある幼児の中には、テレビ・ビデオの長時間視聴によって言葉遅れなどが生じ、視聴をやめると改善がみられた例がある。その後2004年にも、テレビ・ビデオ視聴が4時間以上で言葉遅れの頻度が9.6%と、視聴時間が長いほど言葉遅れの頻度が高いとの調査が出た(岡山県・1歳6カ月児健診対象児約1000名を対象に調査)。

●電子メディアは発達障害児にはどのような影響を与えるのか。一般の子供たちでさえ電子メディア視聴の影響を受けるのだから、元々コミュニケーションが苦手な発達障害児により悪影響があったとしても不思議ではない。しかし推論の域を出ない。

●ここ30年の変化としてはこのほかに”睡眠習慣”の変化がある。夜更かし型の生活をする幼児の比率が激増した。夜10時以降に就寝する2歳児は、1980年には30%弱だったが、2000年には60%弱までになった。起床時間は7時頃で変化ないので、睡眠時間が短くなっている。専門家は、このような睡眠習慣が発達に悪影響を与えることを危惧する。体内時計の調子が悪くなると、心身に様々な悪影響が出てくる。幼児期の睡眠不足は肥満のリスクになる。また、睡眠不足の子供では学業不振に陥りやすい、抑うつ、イライラなどの精神症状を示しやすいという報告もある。諸外国との比較で日本の幼児の睡眠時間は短く、日本の幼児の睡眠時間は17か国の中で最短時間だった。

●発達障害児の生来の特徴として睡眠障害がある。ASDに睡眠障害が合併する比率は報告によって幅があるが、約30%から90%と、少なくとも一般の子供集団より高率である。ASDの場合、例えば神経過敏性などが関係し、入眠困難、中途覚醒、睡眠随伴症などの問題が生じる。

●ADHDにも高頻度で睡眠障害が合併する。入眠困難、中途覚醒、日中の過眠、むずむず脚症候群など。

●生来、睡眠障害を伴いやすい発達障害の子供が生活習慣として不規則な睡眠習慣を続けた場合、さらに悪影響が出たとしても不思議ではない。

●セロトニンの関連。近年のPETを用いた研究では、高機能自閉症では脳の広範囲にわたりセロトニン・トランスポーター濃度の低下が明らかになり、濃度の低下の程度と強迫症状との関連も示唆された。

●セロトニン神経の重要なポイントは「生活環境の影響を受けやすい」点であり、適切な生活習慣で毎日を過ごしていけば、子どもたちのセロトニン神経の働きが向上する可能性がある。

●外遊びの減少。子供たちの運動能力は長期的に低下傾向であり、11歳男児のソフトボール投げの平均値は1986年33.7mだったのが、2006年には29.5mにまで低下した。発達障害児に協調運動障害が合併しやすいことはよく知られており、そのような子供たちが運動不足になれば、協調運動障害が深刻化するかもしれない。またASD児の場合、元々室内遊び(ゲーム等)を好む傾向があるので、運動遊びの減少が一般の子供以上に進んでいる可能性もある。

●ここ数十年の子育て環境の急激な変化に専門家は警鐘を鳴らす。子育ての変化が始まってから2世代目になっていることに着目し、より深刻な影響が出ることを懸念している。親からの語りかけ等が少ない時代に育った子供が親になれば、その子供に対してさらに偏った子育てをしてしまうという懸念である。そして、その無意識の偏った子育てが、発達障害に類似した行動を示す”境界領域”の子供たちを増加させているという仮説を述べている。自閉症心因論は否定されるべきだが、元々の軽い偏りに、偏った子育ての影響が加わって問題行動が顕在化する可能性はある。


―自閉症の概念、発達障害の概念が変わりつつある。

●自閉症の概念が変わりつつある。フランセスカ・ハッペらが2006年、ネイチャー・ニューロサイエンス誌に発表した論文では、「自閉症の原因は病態は1つではないので、一元的な説明は不可能である。それぞれの原因、病態、症状を探求する方が有用である」と主張した。そこから、「対人関係障害」「コミュニケーション障害」「興味の限局等」にはそれぞれの原因があり、3徴候それぞれに対して評価を行い、それぞれ別の診断分類として独立させるということにもなりかねない。それは自閉症の概念の解体にもつながることである。

●ウィリアム・マンディらは統計学的手法を用いて3徴候を徹底的に調べ上げ、対人関係障害とコミュニケーション障害を合併させた1つのグループと、興味の限局等のもう1つのグループにする、つまり、主要3徴候の代わりに主要2徴候にするべきであるという論文を発表した。このため、DSM−5ではASD症状を2つの徴候、「社会的コミュニケーション」「興味の限局等」にすることとなった。

●2014年に発行されたDSM−5の日本語版では、新たな名称「神経発達症群」が採用された。

●神経発達症群は、二者択一ではとらえられない。「障害にも個性の範囲内にもなり得る」「広い意味で治る(寛解する)場合がある」「遺伝と環境の両方が重要」「医療にも教育にも関係する」という中間的な答えが妥当だろう。

●神経発達症群の特徴を簡潔に述べると、「生まれつきの発達の偏りがあり、その後の成育環境の影響も受けながら多様な経過をたどるため、社会的不適応と精神疾患のリスクが高い子ども(人)たち」となる。

●ここ10年の発達障害ブームで神経発達症群に対する支援は確実に進んだ。しかしいくつかの問題はある。1つは、発達の多様性に対する許容範囲が狭くなってきたように感じられる点。発達の個人差と言える凸凹まで問題視してしまう場合がある。また、支援において能力面の向上を過剰に追求する姿勢。レオ・カナーはアメリカ精神医学会賞の受賞講演の中で親や教師の過剰期待を強く戒めた。


****

 抜き書きは以上です。

 「子育ての変化」については、正田の20年以上前の子育て時代にもひしひしと感じていました。「遅寝遅起き」「おやつ食べさせ放題」これらが、ママ友同士の過剰な人間関係(ダラダラ1日中つるんでいる)に合併していたことがフラストレーションで、あえてお付き合いを切り上げて子供を早くに寝かせていたものだから、そんなことだけでママ友のいじめの対象になったりしました。

 その世代の子たちが今就職年齢になっています。

 子供時代を母親たちのお付き合いにお付き合いして生理的にも不自然に過ごしていた子が大人になって、どんな社会人になるのやら。

 会社は「育て直し」の場になるのではないか。幼児時代からの間違った子育てを矯正する(不完全にせよ)場となるのではないか。諦念と希望の織り混ざったわたしの予感です。

 あ、でもそれは発達障害の話題の本筋ではなかったですね。

 とまれ、「ASD4%時代」を受けた本書の主張、

「私たちの多様性への感度を上げるべきだ」

には、大いに賛同します。このブログでおなじみの単語(漢字2文字のやつ)も、そこに資するはずです。

 


正田佐与

 今年は色々と事情があって、「研修営業」ということをしないことにしています。

 企業の人事とか研修担当者の方に頭を下げて「承認研修を採用してください」とお願いすることをしないことにしています。先方からご依頼があったときだけ、お仕事をする。殿様商売。

 だから、「内製化批判」のようなことも書けるのかもしれないです。


 わたしは「承認研修」で人々が幸せになるのを見すぎてしまいました。それは動かしがたい現実です。

 だから、ほとんどの人事とか研修担当者の方々とお話するのが苦痛です。「選ぶのは当方だ」とばかりにふんぞり返って、いかにもほかの選択肢も考えてるんだ、という空気を匂わすところへ行ってプレゼンするのが辛いのです。かれらの妄想がわたしの知る現実より「上」だ、高級なものだと考えているのをみるのが辛いのです。わたしのことを「オーラのない女だな」という目でみるのが辛いのです。


 「承認研修」の価値を露骨に鼻で笑う人もいます。また、アポには応じ続けるのですが、採用はしない。情報収集だけのためのアポだと思っている。

 後者の人とみられる、とある大企業の研修担当者との会話。先方が「謎かけ」のような話を振ってきました。去年ぐらいに実際にあった会話です。



担当者「例えばうちで最近出た部下からの不満で、『上司が色々なフォーマットを要求してくるから面倒だ。統一してほしい』というものがありました。各部署の月次の予算達成の状況を報告するフォーマットが、上司ごとにばらばらなフォーマットを要求する。見たい指標が違うらしい。部下にとってそれは煩雑だ、と映るようだ」


正田「詳しい状況がわかりませんが、部下がどれくらいの仕事量を抱えている中でその上司の要求に応じているのでしょうか。
 ひょっとしたら、『臨機応変』に対応するのが苦手だ、という部下の方なんでしょうか。
 あくまでひとつの答えですが、そうした月次の報告というようなのはいわば『雑用』ですが、そうした『雑用』は今、細かくタスク化して障害のある方に集約してやってもらう、という流れがあります。(注:かなり大きな規模の会社で、ここでいう『各部署』も数百人規模である)そこでそういうきめ細かい、上司1人1人ごとに報告する指標を変える、というような作業はその方々の手に余る、という話になるかもしれません。統一フォーマットで報告してもらい、上司のほうが譲歩する。すべての指標を盛り込んだフォーマットを作るとか、特別に見たい指標には上司が自分でアクセスするとか。」


 すると質問をした担当者氏は怒ってしまい、

「そんな障害をもった人がいるなら話は別ですが、うちにはいませんので」

という。

 そうなんだ、おたくの会社にはいないんだ。すばらしいですね。

 で、ここの会社にはめんどくさいのでもうご訪問しないことに、わたしはしました。有名な食品メーカーさんですけどね。まあ、こういうのも歴史の一コマなので記録しておきます。


 まあ、わたしのこの時の答え方も不完全で、こういう考え方もあります。

 「特別な指標をみたい上司」が、「ごめんな忙しいのに無理いって。頼むよ」と可愛げのある態度で「お願い」をしていればまた話は違ったかもしれないです。いかにも当然という態度で命令するから反発されるかもしれないのです。要は「承認」の問題です。とっさにはそこまでの可能性について答えられないものですが、わたし的にはそれは当たり前すぎる答えなので―。(え、当然それはやっていらっしゃるわけですよね?)


****

 嬉しかったこと。

 このブログを5〜6年前からみていたというある読者の方とお話することができました。

 その方は、

「発達障害と思われる部下を先生のブログでヒントを得て『行動承認』で成長させました」

と、体験談を話してくださいました。

「タスクを細かく割り、承認することで達成感を持たせました。20代後半、それまで成功体験がなく転職を繰り返していたという部下はそれで一気に自信を得、自ら診断を受けて障害者手帳を取り、さらには結婚もしました。今は幸せに暮らしているときいています。この部下のあまりの変容ぶりに、自分はやりすぎたのではないかと思うぐらいでした。

 だから正田先生とこのブログには感謝しています。そういう人はいっぱいいるんじゃないかと思う、ただ忙しさに紛れて感謝を届けられないのだと思う」


 えっどんな気持ちだったかって?
 嬉しいに決まってるじゃないですか(*^_^*)


 だから、わたしはこのブログで「発達障害」と、ストレートに言葉を書くことをためらいません。たとえ批判を浴びても。結果的に当事者の方が幸せになれるんです。

 ―でも、「幸せになる」というのがこの方のお話のようなレベルにまで幸せになるということは想定していませんでしたけれど。「仕事で自信をつけた結果すすんで診断を受けた」というところは、何日か前のブログ記事での「承認の作る幸福感がイヤなことと向き合う勇気につながる」という話に通じるかも―


 この読者の方がまたいわく、

「『行動承認』は、すごくシンプルだけれどすごく難しく、そして『できるようになる』と、今度は『当たり前』になってしまい、有難みが薄れ、感謝がなくなってしまう。
 でも『当たり前』だと思って感謝がなくなったとたんに『落ちて』いく、そういうものですね。

 だから、繰り返し確認しないといけない、自分が『行動承認』という形でできているかどうか。

 月に1回ぐらい、ちゃんとできているかどうか確認するためだけの集まりがあればいいと思う。仏教の法会などのように」


 そうなのかもしれません。
 
 この方の言われたように、一度承認の恩恵を受け、そのあと感謝が薄れ、とんでもない「罰当たり」な行動に出る人、というパターンに、去年ぐらいからあまりにも沢山遭いすぎてしまいました。それでわたしは心を痛めることが続き、一時期自分の健康を害しました。

 いちど「罰当たり」になってしまった人とは、にどと関係を修復できません。また、その人の人生ももう良くなる見込みはありません。「承認」というたいせつなものを否定してしまったら、それの類似の何もかも全部価値を見いだせなくなるはずです。よいものから目を背け続け、だめになっていきます。「悪相」で長い老後を生きることになります。


 この「思想」―最近わたしは「思想」ということをためらわなくなっている―をより大きく広めるということについて、新しい展開というのは何かあり得るのでしょうか。

 それは、今の段階ではわたし以外の人の行動が問われると思います。

 わたしは、もう頑張れません。



(一財)承認マネジメント協会
 正田佐与

 広野ゆい氏(NPO法人発達障害をもつ大人の会代表)インタビュー第2弾の3回目です。

 ここでは、日常出くわす、どこかに分類しきれない発達障害者らしい人たちとマネジメントのルールの世界の「困った!」について、広野さんにお伺いしました。
 広野さんとしても当事者の会の運営の中でこうした現象に出会うことは珍しくないようで、ひじょうに率直に答えていただきました。


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

ききて:正田佐与




広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答

3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答


■管理職研修と発達障害


正田:今、承認マネジメント協会では管理職に対する「承認」を中心とした研修をご提供する中で、「発達障害」という言葉をはっきり使って部下の特性を知ったうえでマネジメントする、ということを言っています。あくまで管理職まではそういう視点をもっておいていただきたい、ご本人に告知するかどうかは別として、ということですけれど。

広野:是非!やっていただきたいです。この言葉が普通にならないといけない。

正田:そうですよね。一昨年の聞き取りで、私の実感値としては働く人の1割前後が発達障害かそれに近い、仕事上の指示出しに配慮の要る人、という感触を持っています。だからどの職場にも1人はいると考えていいだろうと。ただあるビジネスパーソンの友人は「そんなものじゃない、4−5人に1人はいる」と言います。

広野:私の基準では、最低限6割の人を発達障害にしたいです。6割になると、マジョリティの側じゃないですか。障害ではない可能性が出てくるでしょう。
「凸凹が大きいよね」「小さいよね」
「まあみんなそういうものだよね」
 みんながそうだということを気づいてない。お互いの凸凹を受け入れて認め合ってやっていく。

正田:完璧な人なんていないですよね。自分でどこまでそれを認めるか、ですね。

広野:やっぱり自分で認めないと。「私はこういう人で」と言えないと。自分で受け入れて、「実はこうなんです」と言えることによって周りもそれを助けてくれる。自分で自分を認めるってすごく大事です。
 「対人コミュニケーション」も大事ですが「対自コミュニケーション」ですよね。そこができてやっと「対人コミュニケーション」だろうなと思います。


■ASDの人の固定観念と性バイアス

正田:お時間もだいぶ迫ってきましたが。ASDの人たちの固定観念の問題についてはいかがですか。私はどうも、この人たちがかなり強固な既成観念というか固定観念をお持ちで、とりわけ「女性」に関してそれが出やすいように感じるんですけれど。

広野:地位の高い女性への違和感。これはありますね。

正田:あ、そうですか。やっぱり。

広野:「こうでなければならない」という気持ちが、「女の人は家を守る、男の人が働く」という固定観念はありますね。それが差別である、という認識がないんです。やっぱりそれはありますね。
 それは、私はつくられたものだと思うんです。というのは昔の人は家にお母さんがいた、家で仕事をしていた。家で畑の仕事をして、着物も作って、働いていたんです。専業主婦で家のことしかしていない、というのは多分、高度成長のときからでしょう。

正田:起源をたどると明治大正のころからサラリーマンができて、職住分離になって、専業主婦ができて。ただ日本は高度成長の時代にそれを続けてしまったんですね。ほかの先進国がそれをやめた時期に。


■ADHDは薬で改善されるか

正田:ADHD治療薬のコンサータやストラテラは、ADHDの症状が良くなるんですか。

広野:そうですね、私は両方のみました。コンサータをのむことによって、自分の苦手なことに対して何とか集中してこなすことができます。ストラテラは、すごく効くという感じではないんですがパフォーマンスを底上げしてくれます。疲れてしまって途中からミスが続出するということがあるときに少しそれがましになる。ADHDのある人にはある程度有効かなと思います。ただ薬で頑張りすぎようとすることになると、それは正しくない。

正田:そうなんですか。

広野:際限なく頑張ってしまうために薬をのむのであれば、それは正しい使い方ではないんです。本当に困っているときに使うならいいですけれど。
例えば私だったら、1人では困ってしまうような難しいことがあってそれでもやらなければいけないときに、ちょっと薬の力を借ります。そうじゃなければ人に頼めれば頼みます。これらをのんでずっとずっと頑張り続けるということになると、それは本来のこの薬の使い方とは違うと思います。
 ただすっごい多動な方は、これをのむことによって落ち着きやすいんです。苦労しても落ち着かない人に落ち着いてもらうためにのんでもらう。普通の人はこれをのむと違う効き方をするらしいです。多動なADHDの方はこれをのむことによって落ち着く。

正田:例えばミスが多い方などは、こういう薬をのむとどうなるんですか。

広野:ミスの原因が何かによりますね。どんなことでミスをしてしまうのか。例えばLDみたいなものが関わっているようなミスであれば、あんまりこの薬で改善することがないんですけれども、例えば先ほどのあっちこっちに物を置き忘れてそれを本人も忘れちゃうというようなことであれば、もしかしたらこの薬で効くかもしれない。

正田:そうなんですか。それは朗報だと思います。

広野:ただ、劇的には効かないんです。少しましにはなります。じゃあ普通の人みたいに出来るようになるかというと、そこまでは難しい。許容範囲にはなるかもしれない。
 また、二次障害で鬱がある場合には鬱の治療も合わせてしないといけないです。


■告知はどんな言い方が有効?


正田:また別のご質問で、ミスの多い方に対して上司は
「障害なのでは?」
とご本人に言えずに困っている。言うと気分を害するのではないか、と。

広野:自分でミスしたくないのにどうしてもミスしてしまうようだったら、「そういうのに効く薬があるらしいよ」と言ってみたらどうですか。

正田:薬をのむということは、その前提として診断を受けなければいけないですね。

広野:そうですね、そこはあえて言わない。
 本人さんがそれを問題だと思っていて何とかしたいと思っていたときに、「あ、そういうことだったら病院に行こうかな」となるかもしれない。
 ADHDは子供の頃からずっとなので、そういうことがある人はもっと前から困ったり悩んだりしてるはずなんですよ。それを何とか解決する方法があるということは本人にとってプラスになります。
 こちらの資料に「障害を告知されてどんな気持ちになったか」というグラフがありますが、ADHDの人の場合は「ほっとした」が6割ぐらいいます。

正田:そうなんですか。これは興味ぶかい資料ですね。
 しかし、病院に診断を受けに行くというのは既にそこに心が開かれているという状態なのではないですか。
「この人には言っても無理」と周囲に思われている人はこの中に入っていないのでは。

広野:ええ。でもそれは言ってみないと分からないですよ。言ったら必ずその人は絶望的になるのかどうか。
 絶望的になったり困惑する人というのは、ASDの人に多いです。ADHDの人は基本、喜びます(笑) だって、「努力不足だ」とか「なんでお前だけできないんだ、みんなできているのに」と散々言われて傷ついてきているのに。
「それはあなたのせいじゃないんです、努力不足だとか怠け者だからできないんじゃないんです」
と言われたら、
「あ、そうなんだ!」
と普通、ほっとすると思います。
 だからADHDの人だとほっとする。ASDの人は絶望するかもしれない。中には喜ぶ人もいます、免罪符をもらったような感じで。「アスペルガーだからこれが出来ません、あれが出来ません」と言い始める。「なぜならこの本に書いてありますから」逆に迷惑だったりするんですけれど(笑)
 うちの当事者の会にも会社の人に言われて「え〜、何それ」と思って来た、という人が結構いるんですよ。来たら来たでわ〜っと盛り上がってほっとして帰って行きますよね。
 そういう人は「こういうところがあるから行ってみたら」というぐらいの感じで言ってあげたらいいと思います。診断をもらってない人も結構来ています。それで当事者の人たちと話して薬をのむことが有効だと思えば病院に行けばいいし、「診断なんか受けたら一生発達障害になってしまう」と思えば行かなければいいし。
 告知する時の言い方のコツとしては、
「○×ができないから発達障害じゃないか」
という言い方を避けることですね。
「自分の知り合いにADHDの人がいるけれど似ているよね」
「言ってることとかやってることとか、結構似ている気がする」と。
 あるいは、同じ職場にADHDの人がいて、
「自分は発達障害だけど、君もそうじゃないか?」
と言われた、とか。よりソフトな感じで遠まわしに言うとしたらそういう感じですね。

正田:実際に言われて納得して自覚につながった人たちの体験からくるものですから、貴重ですね。

広野:そのほか上司から「ミスが多すぎる。このままだと居続けるのが難しいから、対処方法を考えるから医者に行って来い」と言われた、というケースも最近は少なくないのですが。
 立場的に利害関係がそんなにない人から言ってもらえるほうがいいかもしれません。

正田:知り合いのASD気味の人は、言われてちょっとショックを受けていた感じでした。自分で「自分も発達障害なんじゃないか」と言っているのも、言葉の裏に「これまで発達障害の人を見下していたけれど、その中に自分も入っちゃうんじゃないか」というのがあるような気がします。

広野:だから、みんな発達障害なんです。気づいてるか気づいてないか、という話で。
 そういう風な意識に変えていきたいですね。それを言われたからショックを受けるということ自体が残念です。
凸凹があったからといってマイナスではないと思います。
ただ「知らない」ことはマイナスです。知らないがゆえに、出来ないのに出来ると思って扱われたりみなされたりすることがものすごくマイナスです。
そういう特性があるということ自体はマイナスではありません。でもそれを知った時点で修正していかないといけないとか、色んな傷をメンテナンスしていかないといけないといけないんですが、それを知らないと始まらないですね。知ってほしいです。

(正田注:とはいいながら職場での「告知」の問題はやはり難しいことのようです。
 ひょうご発達障害支援センター・和田俊宏センター長によると、同センターに会社の上司や産業医に連れられてきた当事者の人はひどく機嫌がわるく、診断を勧めようにも取り着く島もなかったといいます。
「診断を勧める前に『あなたはこの仕事ができていない』ということを伝える段階が大事。そこをしっかりやってほしい」と和田センター長は言われます。また診断を勧める以前に職場でできる工夫をしてほしい、とも。
 逆に本人が希望してセンターに相談に来られたケースではまったく問題なく診断も受けられたそうです。
 職場での告知、成功例もあるとはいいながらまだまだ慎重に行わないといけなさそうです。
 なお今20-25歳の人を境に赤ちゃんの頃からの保健指導のスタンスが変わり、発達障害の有無のスクリーニングをするようになっています。子供の頃に診断を受けたか、否かの境目がその年齢で、それより上の人たちは自覚のないまま大人になった人が多い、すなわち「職場での告知」が問題になりやすい、といえます)


■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

正田:最後、自己判断で変なことをやってしまう人というのは。
 仕事でお出会いする方にそのタイプの方が多くて結構苦労しました。上司部下関係ではないので注意したり叱責したりというのはできないんです。

広野:自分が自己判断でやってしまっているということを認識していないということですよね。
本人さんは自己判断でやってしまっていることを気づいているんでしょうか。

正田:たまにご本人の若い頃の同僚から話を聴けて、若い頃からそういう傾向があった、とわかることがあります。
それがコーチングの研修を受けた経験者も多くて、「自分で判断するのは、いいことだ」と思ってしまってるんです。「君はどうしたい?」というノリで。

広野:ああなるほど…。「それはダメだよ」と誰かに言ってもらわないと。

正田:多分上司の方が言いにくい雰囲気もあると思います。

広野:この冊子(「発達凸凹活用マニュアル2」発達凸凹サポート共同事業体発行)の26ページ、「報連相の1」は自己判断の失敗なんです。これの原因は、(ADHDの人の)興味の偏りですね。自分で「これは報告したい、これは報告しない」と決めてしまっている。
 あとは、「自分のやり方で仕事をしたい」気持ちが強い。人に教えを乞うとそれが変わっちゃったりするので、イヤなんです。
 自分の裁量でやってもいいかどうかの判断がまずできない。仕事というのは基本、自分の裁量、判断でやってはいけないことがほとんどですよね。

正田:なるほど、基本はそうですね。
 「任せる」「権限移譲」ということも一方で大事ですけれども、それはある程度経験を積んで判断力があると評価された人、という前提だと思うんです。
 その関連で何度も痛い思いをしまして、例えばわたしが「このやり方でやってください」と指定したことを、間に入った人が書いてあるのを無視して「そうでないやり方でやっていいです」と言ってしまう。その指定したやり方でないとまずいことが起きる、とわかっていたわけですが、見事にそのまずいことが起きました。

広野:それはADHDの入っている人かもしれませんね。その場合は、「こういう風にしてください」と言われたことを、「あ、めんどくさいな」「適当でいいや」と思ったらそうしてしまう。自分にとって興味のないことはスルーしてもいいと思ってるんです。
 そこは相当言わないとダメですね。怒るぐらいでいいんです。「これをちゃんとやってくれないと何の意味もないんだ!こんなにお金かけてやってるのに、何なんですか!」と。

正田:そこまではいかないけれど割ときっぱり言いました。するとその人は「正田さんが怒った、怖い」と周りじゅうにメールを書きまくったんです。

広野:それでいいと思います。私は当事者サロンで人の領域に踏み込むことをしたりとか、ちょっとナンパ的なことをしたりした人にはきつく言うんです。すると向こうは「ゆいさんが怖い」と周りに触れ回るんですけれど、私はそれでいいと思っているんです。「いけないことは、いけない」ときっぱり言わないといけない。でないとそれでいいと思われてしまいますから。
 
正田:ハードな体験をされますねえ(笑)

広野:言われたその人はショックを受けたから悪口を触れ回るようなことをしていると思うんですけど、やっぱり「してはいけないことは、いけない」とラインを守らないといけないですから。でないとADHDの人は適当でいいと思っちゃうんです、興味がないことに関しては。

正田:今のお話は、会社組織でもだれが言っていることが正しいのか、だれが間違ったことをしたのか、見極めることが非常にむずかしく、そして大事なところですねえ。
発達障害の人が入っている職場で、「何が正しいのか分からなくなった、オレが間違ったことを言ってるんだろうか」と頭を抱えているマネジャーもよく見るんです。仕事としての本筋が分からなくなっちゃう。それは何が起きているか正確にみる目を持たないといけないですね。
今日は大変勉強になりました。広野さん、お忙しい中、ありがとうございました。このあとの講演がんばってくださいね。



あとがき:

 いつものことながら、1つ1つかみしめるように丁寧に答えてくださった広野さんでした。
 急速な人口減少の中、発達障害を含む障害のある人も戦力化していかなければならない要請があります。
 ただ実際にやっていくには細かい人間理解が要り、またそれと網の目のような職場のルールとを継ぎ合せる作業が必要そうです。
 その作業の全貌は2回のインタビューを経てもまだ「見えた」とは言えませんが、読者のかたが今抱えておられる難題にすこしでもヒントになれば幸いです。
なお何度も書きますように「承認」習得後の管理職の方にとっては、こうした多様な人間理解に基づくマネジメントの作業というのは段違いに「らく」になります。
 最後に広野さん、インタビュー起こしが遅くなり申し訳ありませんでした!
 こころよく修正に応じてくださり、ありがとうございました。
 



広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp

 広野ゆい氏(NPO法人発達障害をもつ大人の会代表)インタビュー第2弾の2回目です。

 ここでは、ふだん正田が行わせていただいている管理職研修とは異なり、キャリアコンサルタントでもある広野氏のみた「今の若者観」があり、そこで必要と思われる再教育とは、というお話を中心にうかがいました。


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

ききて:正田佐与



広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答

2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か


正田:先日いただいた冊子(「発達障がいと発達凸凹はちがう?」NPO法人発達障害をもつ大人の会発行)のチェックリストを皆さんにやってもらった時、気づきますか?

広野:気づかない時もあります。

正田:自己愛傾向の人は気づかないということはないですか。

広野:時と場合によります。多分、タイプがあるんですよ。
 アスペルガーの傾向の人で、一方的な関わりしかできなくて、自分の枠の評価でしか世界を観れないタイプの人だと、自己認知が難しい。自分を客観視することが能力的に難しい。そういう場合は、チェックリストをやってもらっても周りからみたその人とご本人がみたその人が食い違うんです。自分が「できる」と思っていることが、「いやいや、できないでしょ」と周りは思っている(笑)

正田:うん、うん。それがあるんですね。
 アスペルガーの場合は、そうなんですか。ADHD系の愛想のいい人だとどうですか。

広野:あ、それだったらチェックリストできるかもしれません。自分が何となくしんどいと抱え込んでいることの正体はこれだったんだ、と気づくと、変わる可能性があるかな。
 ただ、あまり良くない状況にいる人だと、気づくことによってストレスがかかりますね。
 余裕のない人は気づくこと自体拒否しますね。チェックリストをやらせようとしただけで怒ってしまったり。やっている間にものすごく機嫌が悪くなってしまう人というのは、それを受け入れるような状態にないんです。
 ものすごく人の意見を受け入れない一方的な人に見えるけれども、本人は「いっぱいいっぱい」で、周りを考える気力もない人かもしれません。
 その人にもよりますが、一般にはチェックリストは性格チェックのようなもので楽しくできる。
 例えば「発達障害のことを理解したい」という支援者の方がチェックリストのワークに参加してくださったときは、最後に出た感想は「自分のことがわかってすごく良かった」と言われるんです、みなさん。発達障害のことを分かりたくて来たけれど、そうじゃなく自分の凸凹とか元々の特性をみることができて、これは多分みんながやったらいいもの。
 困った人に気づいてもらうということもあるんですけれども、それだけではない。
 例えば苦手なことを無理に頑張ると、普通の人でもすごいエネルギーを使いますよね。

正田:使いますよね。

広野:そうなんです。
 これは元々こっちの分野の人じゃなかったのかな、とわかって、そこまで無理しなくてもいいんだと思えて。「こういう(オールラウンドの)人にならなきゃいけない」と思っていたのが、「もともとそういうタイプの人じゃないんだ」と気づくことによって、本来の自分の在り方に気づくことによって、無理なくできることを仕事にする、と変えていくことができる。

正田:本来の自分の在り方。ここの捉え方が難しいですねえ。遺伝的に可塑性のある範囲の自分、可塑性の「ない」ところまでは無理しない自分、でしょうか。ちょっと間違えると、自分甘やかしワードになってしまいそうな気がします、「本来の自分」というのは。

広野:自己理解を深めて、無駄なエネルギーを使わないで自分の能力をしっかり発揮できる、ということですね。
 みんながそのように「自分の在り方」を捉え直すその中でなお困った人が浮かび上がったときに「あ、もしかして(発達障害)」となるといいのかな、と。
 チェックリストだけであれば2−3時間あればできます。それに、では日常の扱い方はどう、メンタルヘルスはどう、という話が入るともっと長くなります。

正田:「承認研修」を受けていただいた受講生さんの中で「うちの部下は、もしかして」というお話がチラホラ出ますので、そういう場合はその研修をぜひお願いします。


■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知


広野:会社を対象にした職場環境の改善をテーマにした研修で、若手の離職率改善を狙いにして、それでみんなにチェックリストをやってもらおうという企画があります。発達障害という言葉を出すと会社側が拒否されるので、その言葉を使わずにこれをやってもらうにはどうしたらいいか。
 当事者の間ではずっとこういうことをやってきました。
 管理職研修はやったことがないので緊張しますね。

正田:管理職研修は、長年やってきましたので「承認」から入ると一番いい効果が出ることはわかっています。いろんな場面がありますから注意したり叱責したりするにしても、すべてのコミュニケーションの基盤になりやすいです。発達障害の人を部下に持った場合でも、「承認」は基本の考え方や心の構えとして持っておいたほうがいいものです。また上司自身にとっても幸福感が高く、ものを考える枠が広がったりしていい効果があるようです。
逆に「承認」の話を若い人にしてしまうと、承認欲求の暴走が起きやすいので、経営者から管理職までが共有しているといいことだと思います。若い人の承認欲求はそんなに煽らないほうがいいのだと思います。上司から自然と貰えるのは別ですけれど。

広野:そうですよね。
 若い人のはどちらかというと「自分を受け入れる」自分の弱みを認めて受け入れることが自分のありのままを受け入れることの第1歩です。
 昔は集まったら飛び回って遊んでいましたけれど、今の若い子って集まってみんなでゲームしているじゃないですか。それでは集団で遊んでいることにならないですよね。

正田:去年の夏「妖怪ウォッチ」にしばらくはまりまして、子供が小さいころのポケモンなんかと一緒だなと思いながらやってたんですけど、草むらに入るのでも本物の草むらに入るのとゲームの草むらに入るのでは全然違いますよね。

広野:そう。それにずうっとお母さんの監視下に置かれてますよね。

正田:わたしも四半世紀前、子供を育てたときそう思いました、その当時からそうでした。

広野:ずうっとお母さんの顔色を窺っている。そこから解放されて「じゃあ僕はどうしたんだ」とか「ちょっと悪いことをしてみよう」「ばれなきゃいいよね」とか、ザリガニを叩きつけて殺してみたりとか、その段階があるわけですよね。小っちゃいときみんなやっていたと思うんですけど。
 今の子はそういうことができないですよね。ちょっとケンカするとお母さんが飛んできて。

正田:はいはい。口出しまくるというのは良くないですね、お母さん方がお茶しながら子供をみていて、ちょっとモメたら割って入って。確かにそういう雰囲気があります。
 広野さんは子供時代は自由にお育ちになったんですか。

広野:うちは共働きだったんです。静岡県のすごい田舎で、私も放置されてたんです。全然、親に監視されていたということがないんです。
 父が多動で、休みのたびに「キャンプだ!!」と連れて行かれて、私は家で大人しくしていたいタイプだったのですごく疲れました。
 朝も弱いのに朝の4時ごろから起こされて「マラソンだ!!」
 それをやらされたけれど、朝は今でもダメなんです(笑)これは訓練じゃないんです。

正田:へえ〜。広野さんぐらいの世代の人たちだと、早期教育育ちの人も多いじゃないですか。

広野:ええ、ええ。

正田:それとは全然違う育ち方でしたね。

広野:全然違いますね。うちの田舎には塾というものはなくて、高校受験で塾に行っているという人もあんまりいなかったです。大学受験もそう。塾に行かないで自分で勉強している人が多かった。
 今の子たちの、あんなにびっちりコマを作られて朝9時から夜10時11時まで塾に行っているというのは、人として育っていく時間がないですよね。そんなで大人になって、「はい、今から大人になりました、はい自分でやって」というのは可哀想ですよ。
 素直に作られたプログラムをこなす能力は高いかもしれないですけれど、社会に出て色んなことを自分で考えて決めていくとか選んでいくことがたくさんあるのに、しなきゃいけないことすら気づかないとか。
 まあ、就職活動ぐらいからわかりますけどね。そのあたりから差が出てきますね。

正田:知り合いの大学の先生がプロジェクト型の授業をやっていて、限界集落、過疎化した集落に行って農業をやって再生させるというプログラムを、地元のNPOと連携しながらやっています。そこは学生さんも伸びているし能力も高いそうです。
 ただ、その大学の先生は元は銀行の支店長さんで、バリバリのビジネスマンなんです。みていて、「これと同じ事ができる人は大学の先生にはいないだろうな」と(笑)

広野:そういうことは必要だと思いますね。
 いい大学を出ていてお仕事が上手くできるかというと中々難しいですし、今の若い人の離職率の高さにある程度関わっているだろうなと思います。

正田:若い方で、ある程度いいほうの大学を出た方とお話したときの反応が、「これはASDが入っているからこういう反応なんだろうか、それとも入ってないけどこうなんだろうか」と思うことがあります。感情の応答がないとか、機械的だとか。

広野:あります、あります。本来は持っていたはずのその人の能力を(育つ過程で)無くなった状態で今ここに来ている、みたいな。「次の指示はなんでしょうか」という感じの人。
 その人たち自身が「自分で考えてやってもいいんだ」と気づいてもらう。そういう人たちって、基本的に自分自身を認めることができていない。自分という人間を感覚的に分かっていない。世間的にみるとこういう人になるために生きている。親の理想のために生きている。「自分」じゃないんです。そうすると「自分」が基本なんだよ、というのをやらなきゃいけない。
 それが若手の社員さんに通用するか、というのはこれからではあるんですが。
 単純に面白いな、とは思ってもらえると思います。自分が本来どういう人間なのか、認める。

正田:ただ、そういったものは就職前のキャリアコンサルティングの中でやっているかもしれません、それでかえって頭でっかちになっているかもしれません。

広野:それとこれとは全然視点が違います。性格診断、刷り込まれたもの。
 刷り込まれたものというのは本来の自分ではないんです。「こうなりたい自分」が「そうでなければならないと思っている自分」。
 そこを分かってもらうためにもうちょっと掘り下げて、元々の特性というところから見てもらわないといけない。
 でないと全然自分の特性と合わない職業を選んでしまうんですよ。

正田:はあ、例えば?

広野:例えば、「金融機関に就職できるのがすごい」と一般的に思われていると、計算が苦手であったとか銀行と合わない特性があっても銀行ばかり受けてしまう。周りからも勧められる。そうすると入ってから失敗しますね。
 本人がその仕事をみて「面白そうだな」と思ったからといっても、本人がイメージしている内容と実際入ったときの内容が違うんです。ほぼ違うんです。
 まあ、イメージしていたのと実際にやってみたら違うというのは別の仕事でもよくある話です。


■適性のない仕事についていたら


正田:今いるお仕事が自分に合ってないと分かったら、どうしたらいいんですか?

広野:思っていたのはこうだけれど、実際はこんなものなんだな、というところからスタートしたほうがいいと思います。でも「こうに違いない」と思っていてそれと違うと失望するというのは、土台がないからなんです。こういう(思い込みの)枠があって、その枠に現実がはまらなかったら不安でしょうがないんです。

正田:ある程度大きい会社だとその中に色んな部署があって、営業かもしれないし総務かもしれないし製造かもしれない。どこに行くか自分で決められるわけではない、という場合は?

広野:研修期間は、まあまあ研修なのでお勉強としてできてしまうとして、そのあとどこかに配属されると、何か「違った」というのが出てきますね。
「会社の理念がすばらしいと思ったから入りました!」となっても、現場がみんな理念に基づいて動いているか。実際入ったら色んな話が出てくると、「思っていたのとは違う」と思ってやる気を失ってしまう。
 その状態を受け入れて対応していく力というのがないと、お仕事って難しいと思います。
 それを何とかしようと思ったら、本人にしっかり見通しをつけてもらうとか、見通しを説明してあげるとか。
 そこができないでいると、仕事ができるできないに関わらずどんどん本人さんのモチベーションが下がっていって、それにさらに場の空気が読めないということが加わったりすると、もうそこにいること自体に意味が感じられなくなって辞める、ということになると思います。
 完全にその業務ができないで辞めるのであれば、合わない仕事についちゃったかなと思うんですけど、そこで「でも頑張ってみよう」と思えるかどうかというのは、その人が本来持っているエネルギーとか本人自身の適応能力によりますね。
 そこで自分を客観視できて「自分はこういう風に頑張っていこう」という見通しがつけば、やっていけると思います。
 上の人に認めてもらって、フォローしてもらって、客観視と見通しの力をつけていかないと、なかなか今の若い人たちは難しいのかな、と思います。
 
正田:本当に今、大人世代は若い人の難しさがわかっていないところがありますね。本当に難しいです。
 今の若い人は(大学卒業の)22歳まで自分を鍛える経験をしてこなかったですよね。

広野:大学で本当にいい先生に出会って真剣に何かに取り組むという経験をしている人としてない人ではまったく違う。教育の問題だろうなと思います。
 教育がうまくいってないことの責任を会社がとらなあかんのか?と。

正田:そうですね。根源的なところだろうと思います。


■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ


正田:強みの概念を割と使うんですけれど、あれも程度問題ですね。
 先日もご相談いただいた話題で、すごくミスの多い人がいる。愛想はすごくいい、社交性がある。どうもADHD傾向があるのではないかと思うが、前の部署ではそのミスが多いということは全然言わないでこちらの部署に異動させてきた。恐らく、ミスが多いという事実を言ってしまったらどこも受け取ってくれないから、伏せていた。ずっと前の前の部署からそれを繰り返してきているだろうと。
 上司の方はその人の社交性の部分を何とか生かしたいので、今は事務仕事をしているけれど対お客様のサービス中心の仕事に回そうかと考えておられます。
 しかしそれも正解かどうか分からないんです。私から言ったのは、
「私は最近そういった、社交的だけれどミスが多い人に仕事で会ったんですが、対お客様の場面で『えっ、そんなことやっちゃうか』と開いた口がふさがらないようなことがあったんです。お客様に迷惑がかかる場面だったんです」
と。
「社交性が高いのを活かすといっても限界はあると思います。強みを活かすといいと言われてますが綺麗ごとの部分がありますよね。程度問題ですよね」と。

広野:私がやる強み弱みというのは、どちらかというと「凸凹」の「凹」のほうなんです。
 自分を受容するってどういうことか。強みを認識することではなくて、弱みを受け入れるということです。弱みを受け入れて初めて強みを発揮できる。
 弱みを隠したり弱みで迷惑をかけている状態で強みを発揮できるか、というと無理なんです。
 弱みを自分で認識して受け入れて、そこをカバーしてもらえるようなシステムがあったり問題にならないような仕事をさせてもらって、初めて能力というのは活かせるんです。
 弱みを隠したり必死で自分だけで克服しようと思ったりしているとダメなんです。
 私も数字に弱いのに秘書をやったりFPをやったりしましたが、ダメでしたもの(笑)やればやるほどドツボになる。最終的に鬱になって辞めました。
 そういうことではなくて、「これはできないんだ」ということを諦めて受け容れて、それをどうやってカバーしてもらえるか考えると、私ができないことをいとも簡単にできてしまう人がいるわけです。じゃあその人と一緒に仕事をして、お互いに出来ることをフォローしあってやっていけば、すごくいい成果が出る、とやっとわかってきたんです。

正田:それは実際に体験されておっしゃるとすごい重みがありますよね。綺麗ごとで言っていると入ってこないけれど。

広野:鬱で死ぬ思いをしてきたんで(笑)
 そこは、「強み」って言いますけれども、ですねえ。強みの殻でがっちり弱みの部分を隠している状態でも、それは能力を活かすことにはつながらない。総合的に会社に貢献するとか成果を出すということを考えると、そこは出来る出来ないを受け入れてほかの人と協力してやるということですね。

正田:友人にも「発達障害かな?」という人がいて当事者の会に一緒にいってみよう、と誘ったんですが来なかったですね。

広野:働いている人がちょっと会社で集まれるようなコミュニティというか場を作りたいなと。その方がそういう方は来やすいかもしれないですね。

正田:それはいいかもしれません。
 その人は「自分も発達障害なんじゃないか」と何度も言っているんです。私からみると多少考え方が硬くて、例えば「Iメッセージ」が言えない。「安心しました」「嬉しくなりました」とかを、言うべきときに言えない。



■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


広野:そうなんだ。Iメッセージは、訓練ですけどね。私もかなり頑張りました。

正田:あ、そうなんですか。以前は言えなかったんですか。

広野:言えなかったですね、昔。
 まず結婚後DVを受けているときに、DVを受けていると知らなかったんです。

正田:なんで知らなかったんですか。

広野:例えば言われることが、
「お前は専業主婦でなんで1日片付けすらできないんだ」
「何やってるんだ」
「こんな家に帰ってくるオレの気持ちになってみろ」
とずーっと言われるんです。確かにそうなんです、それは事実なんです。普通の人はできることなのに私はできない。発達障害とわかる前は、私の努力不足だと。
 ただ、ADHDだと分かったのにまだ言ってくる。「これはでも脳機能の障害で」と私が説明しても、
「それは言い訳だ」
「お前はそういう言い訳をして自分のやるべきことをしていない」
とまた、畳みかけるように。
 それは正論を言っているように聞こえるけれども暴力なんだ、と初めて気づいたんです。

正田:サディズムが入っているかもしれないですね。

広野:そうなんです。
 会社でも彼はすごく頑張っていたらしいので、多分はけ口なんです。ずっとはけ口でいてほしいじゃないですか。でも私はずっとはけ口ではいたくない。そこでずれが生じてきました。
「私には確かにできないけれども、こういう風にしてくれればこういう風にできます、だからお願いします」
と言ってもダメ。だんだんキレて、暴れるようになってきました。
 で、「ああもう無理だなあ」と。
 私は元に戻りたくなかった、元に戻って大人しくしていたらずっと結婚生活が続いたかもしれないですけど。それはイヤでしたね。
 (ADHDという)理由があると分かったときに自分が不当な目に遭っているとわかって、じゃあそうでない関わり方って何だろう、とそこで勉強しました。
 それでアサーションを勉強し始めました。

正田:ああ、そこでIメッセージに出会われたわけですね。

広野:はい。同じ言い方をするのでも、「あなたはこうだ、ああだ」と言うよりも「私はこういう風に感じました」「こういう風に思いました」と伝えたほうが全然印象が変わるんです。言いたい、けれど相手を傷つけたくない。そういう伝え方を相当頑張ってできるようになったんです。
 それって、言い換えじゃないですか。頭の中で「変換」するんです。変換して出す、という訓練。
 1回それが上手くいくと気持ちいいんです。「ああ、これが『自分もOKで相手もOK』のやりとりなんだ」と実感すると。

正田:それは大変興味深いです。広野さんにとって、感情を表す言葉を見つけるというのはどんなことだったんでしょう。苦痛ではなかったんですか。

広野:DVを受けたときに自助グループに入ったんですが、「自分もOKで相手もOK」という関わり方が「ある」ということすら知らなかったんですよ。それでアサーションを勉強しないといけないかな、と思ったんです。
ところが、最初アサーションが失敗していまして、最初私はそこにぽんと受けに行ったんですけど、ものすごいトラウマになるほどきつかったんです。

正田:ああ、アサーションのやり方によってはきついといいますね。

広野:それが何故かと考えたときに、「自分を表現する」「自分を主張する」のがアサーションですよね。でも私には「自分」がなかったんです。自分の感情とか、本当はどうしたいというところがないんです。「ない」状態でそれをトレーニングしちゃったから、もう疲れてしまって、DVのフラッシュバックが起きて。
そのあと「フォーカシング」という手法に出会いました。自分の気持ちに焦点を当てて表現するというものです。たまたまカルチャーセンターで「自分の心の声を聴く」みたいなタイトルでやっていました。
まずリラックスを学び、心理学の基本的な講義もあり、その中で自分が今感じていることを感じ、表現する練習をします。
例えば
「胸のあたりに硬い感じがある。石のような」
「背中にすごく重〜い物が載っている」
それが究極何なのかは、分かっても言わなくてもいいし、それに対して自分はどういう言葉をかけてあげたらいいか。それに対して名前をつけてそれに対して自分で語りかける、ということをやる。それをしていると、「自分がどうしたいのか」という「感覚」が出てくる。
そういう「感じる」トレーニングを始めたんです。
そうすると、「そういうことをされたら、イヤだ」ということが分かってきました。

正田:イヤだって感じなかったんですか。可哀想…!

広野:そうなんです。全部が。
まあ、ひどいこと言われても当然な人間だと思っていたし、そのことに対してNOと言ってはいけないんだ、という感覚でした。そこを変えていくことができました。

正田:ラッキーでしたねえ。

広野:すると今度は、発達障害の人がアサーションを学んでいくにはどうしたらいいかを考えて「発達障害のためのアサーショントレーニング」というのを自分で作ったんです。
 健康な人向けのプログラムでそのまま上手くいけばいいですけれど、アサーションの歴史を辿っていくと、精神疾患のある人が自分を表現してそれによって回復していくというのが一番最初にあったようなんです。だから「健康な人」というところから少し引いて、自分自身が何なのかわからないような状態の人から出発して心理教育をして、そこまで持っていけるようなプログラムじゃないと。発達障害の人はそうじゃないと私が最初そうだったようにバタバタ倒れるだろうな、と。

正田:それはとても正しいと思いますね。
 以前にフェイスブックのお友達がシェアされた記事によると、ASDの人に向けてスキルトレーニングを先にやってはいけない。ASDの人にとっては感情の発露、感情の表現がまず最初に必要なのだと。

広野:あとは、何かをできないからといって人格とか価値が否定されるものではない、「人権」というところから入る。そこを知らないと、「自分みたいな人間は生きていないほうがいいんだ」と思っていたりします。そこまでやらないと、アサーションが目指すような「お互いがOKな関係作り」というのは難しいと思います。
 根幹にある自己否定感から、自分の存在に対する不安感を認めてあげてそこから改善していかないと、その上にある「強み」と一見思われるプライドの鎧のほうが無くならないんです。
 そこは通常の普通の人に対するプログラムでは、対応が難しいと思います。

正田:今、広野さんとお話していてすごく風通しのいい人だなとかお話していて楽しい人だな、と感じるんですが。

広野:だからむしろガッチガチに固まって何にもできていない人の気持ちもすごくよくわかるんです。でもそれを変えることができると思える、自分が体験しているから。
自分のダメだった経験が活かされるわけじゃないですか。それがすごく有難い。本当に辛かったんですけど、「あれがあったから、今これができる」と思えるんです。
皆さんに楽しくお仕事してもらいたいですね。



広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp


 広野ゆい氏(NPO法人発達障害をもつ大人の会代表)に2回目のインタビューをさせていただきました。


 発達障害をもつ人とマネジメントの問題、実はだれにもひじょうに身近な問題でありながら、まだ答えはありません。発達障害者を支援する側の人の守備範囲は「就労」にとどまっている感じです。その先は、仕事の場を預かる(経営者を含む)マネジャーたちにゆだねられています。

 
 今回は、昨年10月に行ったインタビュー(同11月8日ブログ掲載)よりさらに細かいところの現実に起こっているちぐはぐさとそれに対するノウハウについて、少し突っ込んだことをお伺いしました。


 広野さんが当事者の会を運営しながら培ってこられたノウハウ、実際の企業の中に点在するノウハウを突き合わせて現場の方にいくらかでもヒントになれば、と願います。

 

広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら

ききて:正田佐与



広野ゆいさんプロフィール

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NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC) 代表
子供時代から、遅刻、片付けができない、周りに合わせられないなどの特性があり、忘れ物の女王、遅刻の帝王などと呼ばれながら学生時代を過す。専業主婦であった28歳でうつ病、31歳のときADHDと診断される。2002年に大人の発達障害のグループ関西ほっとサロン、2008年4月に「発達障害をもつ大人の会」を立上げる。現在は発達障害当事者の立場でキャリアカウンセリング、教師や専門職向けの講演、成人当事者向けの片付け・金銭管理セミナー等も行っている。
S47年生まれ。青山学院大学卒。ICDSキャリアコンサルタント。2級FP技能士。
NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)HP http://www.adhd-west.net/


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う

■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない


正田:引き続きよろしくお願いします。
 今年12月から施行される改正労働安全衛生法で従業員50人以上の企業でメンタルヘルスチェックが義務化されますが、まだ「発達障害」の視点はそこに盛り込まれていないですね。
 2013年の暮れぐらいの「問題社員さんセミナー」の時点では、個々の表面的な問題行動とそれへの対応法は話されたんですがその背景にあるであろう発達障害やスマホ依存といったところまでは触れなかったんです。

広野:そうなんですねえ。メンタルヘルス(への配慮)が義務化されていくと、こういう人たち(発達障害やスマホ依存)の扱いをどうするか、というところの責任を問われてくると思います。そこをどう上手く扱っていくか。そういう意味では、意識が進んできたかな、と思います。

正田:そうですね。

広野:その新しいメンタルヘルス法の中にも「発達障害」の要素はないようです。何かが起きないようにストレスのチェックをすることが必要だ、ということまでは言っているんですが、それがなんでそうなるのか、という原因のところまでは行けてないです。
 やっと、これまでは産業医さんや精神科の先生でも全然「発達障害」の人を診れない人がほとんどだったんですが、メンヘル法の成立でそのへんが変わってくるかもしれません。
 フォローできる人材が少なすぎるということもありますし、基準がしっかりできてない。原因はそのへんじゃないかな、という気がします。

正田:不思議ですね、例えば正社員を辞めないでも雇用できる仕組みの必要性を提言される弁護士の先生もいらっしゃるようですが、「発達障害」ということは言われなかったんですか。

広野:やっぱり精神障害という括りですね。一回鬱になってリワークしてきた社員について、前みたいに働けなかったり心理的な負担が大きくなってしまうタイプの方などを想定してお話をされていたみたいです。
障害者雇用促進法に精神障害の人は盛り込まれてますが、雇用が義務化されるのは2018年からです。
それに鬱の人が精神障碍者として手帳をとるかというと、鬱になったからといってみんなが手帳をとるわけではないので、また別の問題が出てくるんです。
 手帳をとらないけれども、普通の人のように働けない人たちがいます。一つの事情としては発達障害のような背景があるでしょうが、何らかの精神疾患というだけでそういう状態になる方もいらっしゃる。
 その中で発達障害はまだ(注目されていない)ですね。

正田:精神障害の方のリワークの問題全体の中で発達障害かどうかという背景情報はまだ重視されていないのですね。

広野:(精神疾患の方は)戻るのに何年もかかるんです。一回脳が破壊されているので、仕事自体には半年―1年で復帰できるかもしれないですけれど、元のパフォーマンスになるというのは4−5年かかる。そうなると皆さんのようにバリバリ働くということは難しくなる。そして無理したらまた鬱に戻ってしまう。結局はそれで上手くいかないというケースが多いんじゃないかと思います。
 ですから、回復する前に回復したかのように周りが扱うとまた発症してしまう。リワークするとき、戻ったときがゴールではなくてそこから後が新たなスタートになります。しかしそこが多分できてない。
 ベースに発達障害があると、またもう1つ難しくなります。やっぱり「仕事が出来ない(業務能力が低い)」というのがありますので。


■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか


正田:障碍者を多く雇用している企業で、意外に「軍隊式」という例があります。

広野:そうですね、結局は厳しくやれば何とかなるという発想ですね。

正田:ですね。

広野:東京のIT企業の特例子会社でも「軍隊式」をすすめている方がいて、予備自衛官をされているようでした。

正田:私、日本の製造業がなんであんなに「軍隊式」なんだろう、大声で命令するような指示の出し方をするんだろう、と考えるんです。ものづくりに就職する人に発達障害率が高くて、そういう人に適したコミュニケーションだ、と思ってやっているところがあるんじゃないか。

広野:そうですね。

正田:それが正しいというわけじゃないですよ。

広野:それよりはどちらかというと、沢山の人を一度に一律に動かして成果を上げるというのが多分軍隊式なんですよね。
 それがあてはまる人ばかりではなくて、発達障害の特性によってはそこ(軍隊式)からは外れてしまう。そうするとどうしてもそれに当てはまる人を選別されるし、枠にはまろうと無理をすれば不適応状態になってしまう人もいると思います。
 逆行している、と思いますね。これからもっと多様性を尊重したり、グローバルな会社を作っていかなきゃいけないときに。一律で、厳しく枠をつくってそこに当てはめていくというのは。軍隊式は一時的には成果が出るとしても、完全に逆行していると思います。

正田:私が想像したのは、「構造化」というのがありますね。自閉症やそのスペクトラムの人に対する手法で、明確なルールを提示してあげて混乱しないようにする。それが一部の発達障害の方にある程度有効だ、と思うと、どんどんそれが広まってしまったんじゃないか。

広野:そうですね…、確かにルールがあるということですごく安定するという側面はあるんです。あくまでも視覚的な認知の弱さを支援するためのもので、変化に対応できない部分はそれで対応できるんですけれども。
 でもそれをやればどんどん普通に近づくかというとそれはちょっと違う(笑)

正田:ストレスフルな環境に置いたら適応できなくなりますね。

広野:成果を上げられている工場が、ツールを決めて例えばカラーテープでしっかり囲ったりとか、みんなが使う道具は場所を決めてしっかり枠を決めて色分けしたりとか、そういうことをしているところが成果を出しているというのがあります。
 それは決して自閉症の人のためにやっているわけじゃないんです。みんながやりやすいように、と作ったルールなんです。誰にとってもその辺は、そうなんじゃないかと思います。

正田:その風景はよく見ます。きれいに色分けしたり、作業場と通路の床をテープで区切ったりしていますね。

広野:ああそうなんですか。やっぱりそこがきっちりしていると皆さんもやりやすいでしょうね。
 それはむしろ、「一律」というのが色んなレベルの人に対応できる。
 でも「軍隊式」というのは、そうではない。このレベルに到達させるための枠組み、みたいな。

正田:うん、うん。

広野:外れる人には優しくないですよね。

正田:ものづくりの場合、品質だけは譲れないというところがあるので、でないと「タカタのエアバッグ」のような問題が起きてしまいますから。そこをまずクリアしてくれる方をまず採用したうえで、おっしゃるような配慮をする、という感じになりますね。

広野:そうですね。
 基本、問われてくるのは作業スピードであったり、作業内容的なもの。そういう意味では「一律」でないと逆に製品にならないですから、必要なことかなとは思いますね。


■5Sに「発達障害」の視点を入れると

正田:「5S」は発達障害が関わりやすい場面で、「全員一律にこうしよう」とすると中にはその通りいかない人が出てきますね。
ある工場では、社員さんの中に、手に持った工具などをあちこちに置き忘れちゃう人がいるんだそうです。いくら言っても毎日のようにどこかに置き忘れる。
 そこで、「これは発達障害のケースかもしれない」と思って、
「ご本人さんの努力を求めるよりも、ほかの方が気付いたら元に戻してあげるという形でちょっとやってみていただけませんか?」
と、わたしから言ったんです。
 すると、
「それは違うと思う」
と言われました、社長さんが。
 えっと思ったんですが、その置忘れの人は結構職位が高い人なんです。課長さん。全体としては仕事ができる人だと周りに評価されているけれど、その工具を置き忘れることだけは無くせないと。
 前回のインタビューの中でお話いただいた、「その仕事の本筋の仕事ができている人」というケースだと思うんです。
 朝礼で置忘れの件数をみんなの前で指摘して、それでその人が自分で頭をかいて戻しに行く、毎日そんなことを繰り返しているんだそうです。
「あ、なるほどな、職位の高い人だったらそれでいいか」
と思いました。

広野:うん、うん。そうですね。

正田:その後また社長さんにおききしましたら、加工して作ったあとの製品がその置忘れの彼の現場では機械の周りに散らばるんだそうです。それを、自分で工夫して周りを壁で囲ったりして散らばらないようにしたので、散らばりが改善していると。ああ優秀な人なんだなあと。

広野:うんうん。
 そうですね、結構賢い人は自分で環境を整えたりシステム化したり、というのが出来るんです。それはその人自身が地位が高かったら許されるかもしれないですね。勝手にパーティションを作ったりするのは、下っ端の立場でやると怒られそうですが(笑)
 逆に、そういうことはその人に率先してやってもらったらいいですね。それをみて「ああ、そういうふうにしていいんだ」「許されるんだ」という空気ができます。

正田:そうですね。

広野:やっぱり本人さんがが気づいて改善してもらうためには、周りもそれを「責めない」という空気が大事です。責めないで「あ、これ出来てないね」と指摘だけすれば、「あ、直さなきゃ」と頑張って直すようになるんです。否定されたり叱責されたりすると、それが人格的な攻撃になっちゃう。するとエネルギーがどんどん無くなってしまう。対処ができなくなるんです。

正田:うん、うん。

広野:指摘はどんどんしてあげて欲しいんですけど、そこに人格否定的な要素を入れないというのは大事です。
 そういう人もいる、という理解ですね。基本的に、それがその人の「素」なんですよね。「素」を否定されるって非常につらい(笑) 「素」がそうなんだと認めたうえで、仕事上の支障が出るようだったら、何とか本人もカバーするということで補う、みんなも補う。それはその人だけじゃなく、ほかの人のそういう出来ないこともカバーしようという空気ですね。そういうものが出来るかどうか。
 だから、その人だけが許されちゃダメなんです。似たような別の人も許されないといけない。
 偏りが強い人でも弱い人でも適用できるような改善システムを職場全体で作る。「この人はできないからやらなくていい」「でもみんなはやらなきゃいけない」ということにすると、(自閉症)スペクトラムの中間の人がやりにくくなりますね。
 そうではなくて一番大変なこの人が出来るシステムをみんなに適用することで、みんながやりやすくなるように。
 そういう事例は実際にあるんです。
 例えば、情報伝達の仕方を口頭だけではなく、決まった事柄をメールにしてみんなに回すということを徹底した会社があるんです。そうすることでほかの人も抜けがなくなって全体が環境改善できた、という事例です。
 ですからその人だけを、ということではなくみんなが、ということが大事なのかな、と。

正田:なるほど。
 置忘れが時々ある、という方が、逆に自分の強いことを活かしてほかの方の苦手なことを補ってあげれればベストですね。意外に自然にそういう形になっているかもしれないですね。




■全体の質低下を防ぐには


正田:ただ、発達障害のある方の抱える困難が一様ではないですから、その困難に合わせてみんなのシステムを変える、ということができるかどうかはケースバイケースかもしれないと思います。
 もう1つ別のケースがあります。これは困っているケース。
 これもものづくりなんですけど、休憩時間を不規則にとってしまう人がいます。仕事の手は早いんですけれども、勝手に休憩をとってしまう。午前1回、午後1回の決められた休憩時間以外の時に、屋上にタバコを吸いに行ってしまう。集中力が長く続かないようです。
 その人が親分クラスなので、子分がゾロゾロついて行ってしまう。会社の半分くらいがタバコを吸いに行く。上司は「こんなところをお客さんに見られたら大変だ!」と人々をかき集めて職場に戻している。そこへ不満が出て「なんで彼だけが仕方ないんだ」「なんであの人だけが」という話になる。

広野:そうですよね。
 それは本人にちゃんと事情を説明してわかるかどうかですよね。
 そんなふうにみんなが(タバコを吸いに)行ってしまうと、お客さんが来たときに休憩時間でもないのに誰もいない、これは客観的にまずい、ということを一緒に考えてもらったら。
 
正田:おっしゃるようなトークを上司がしてみたら、本人は「会社には勤めてやっているんだ」という口のきき方なんだそうです。

広野:そしたら、ついて行っちゃうほかの人にも問題がありますね。「この人はこういう考えだけれどもほかの人も同じ考えなの?」と。
 その人が社長だったらしょうがないかもしれない。社長ではないんですから、勤務態度ということでいうと、マイナスですよね。勤務態度でマイナス評価になる、損をする、ということで考えてもらって「休み時間ではないから、行きません」って本当は言ってもらわないといけないですよね。
 結局は長い物に巻かれるとか、正しい正しくないよりもそっちについておいた方が楽だ、とか。そういう流れがあるわけですよね。
 そこは、特性の問題ではないですよね。意識の問題かもしれない。

正田:現実にあります。1人の「自覚してない発達障害」らしい人がその職場の空気を作って、周囲の人を巻き込んでしまい仕事全体の質が低下するという問題。
 そうすると、「その人は障害だからあなたがたとは違うんだ」というレッテル貼りが必要になってくるんでしょうか?

広野:その人だけが許されるより、許されないほうがいいんです。それは会社として認められないと。それでもやるんだったら勝手にやりなさい、だけど評価は下がりますよ、と。
 それが分かった上でそれを本人も選択するのであれば、それは別の問題で。

正田:それは巻き込まれて一緒に問題行動をとってしまう周囲の健常な人に対して、ということですね。

広野:そこはビッシリキッチリ、やったらいいと思います。

正田:その人にだけ認めるというのはやらないほうがいいということですか。

広野:やらないほうがいいと思います。
 それはダメなんだけれど、マイナスになると分かっていてそれでもやるのならどうぞ、という。給与が下がってもいいのなら、仕方ない。

正田:その本人は工場でもリーダー、係長級ですけど、リーダーから外した、というところまできいています。

広野:そうですよね。ついていく人も、そういうふうになるよ、という話じゃないですか。



(正田注:1つ前の項目とこの項目で二通りの考え方が出てきました。
「当事者が許されるならほかの人も許されるような当事者の困難を基準にしたシステムを作る」

「当事者にだけ許すべきではない」
と。
 これが、常日頃考える
「当事者の抱える困難と仕事のルールをどう整合するか?」
「仕事の質の低下をどう防止するか?」
という難題のひとつです。
 時折、「すべての指示をメールで視覚的にわかるように発信するようにした」といった、整合の成功例はありますが、そのやりかたが「つかえる」場合とそうでない場合があるのです。非常にケースバイケースの判断になり、だれがそれを判断するのか、という問題も出てきそうです。結局5-10名程度の中小企業なら社長さんが感度のいい人であればすべての人に大きな不満の出ないやり方が自然と編み出される、という感じでしょうか。
 そう言っているうちに平成28年4月には「障害者差別禁止指針」と「合理的配慮指針」が試行されます)


■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


正田:発達障害の人の昇進昇格についてのケースをご存知ですか。

広野:自分より下の人とか同じ立場の人にはものすごく嫌なヤツ、という人だと昇進はしますね。

正田:嫌な社会だなあ(笑)

広野:上の人に気に入られるという要素が大きいですね。同じタイプの上司の人に気に入られるとか。何かで爆発的な成果を出して評価されることによってとんとん拍子で行ってしまうとか。そういうことで昇進してしまうことは珍しくないですね。

正田:上司は何を思って昇進させるんでしょうか(笑)

広野:今の企業さんをみていると、「気に入る」とか「気に入らない」だと思うんです。成果を挙げていて、気に入るかどうか。のような気がします。
 そこで特性的なものをみてバランスをとったり、自分と似たタイプの人ばかり引き上げるのではなくて、会社にとってどんな人材が必要かまで考えて昇進させないといけないですね。
 結局、人の見方が分からない。数値化は色々とされているとは思うんですけれど。その状況で成果が上げられるとして、では別の状況では成果は上げられるか。「これができるから、こっちもできるだろう」という考え方で人事をしてしまうと、ちょっときついですね。

正田:昇進昇格に絡めた嫉妬、という問題についてお尋ねします。
特例子会社さんで、発達障害の非常勤の人を常勤に昇進させたいが、周りの人がどう思うかわからないというご相談がありました。
 同僚の中からある人を昇進させるとき、「なんであの人だけが?」という反応がすごく強く出る可能性がある。どうも、発達障害の方には定型発達者以上に「不公平感」という感情が強く働きやすいんじゃないか、と。

広野:昇進させることは、逆にいいと思うんです。その人が常勤になれば、ほかの人もなれる可能性がある。
 その人だけが特別で、あとの人はまずなれないだろうとなると困りますけれど。

正田:仕事の能力は今いちなんだけれど、「不公平感」の問題で主張する傾向は強い、という方が2.3いらっしゃるみたいなんです。

広野:なるほど。ではその方々は、「仕事はできない」ということは自覚されてないんですか。

正田:能力について監督者から正確なフィードバックはしているはずなんですけど、単純作業で入力の仕事をしてもらってミスを指摘して、という。

広野:なるほど。その優秀な人は常勤になると、周りの面倒をみるというお仕事自体は増えますよね。

正田:そうです。

広野:周りの面倒をみるという部分があるからこの人は昇進できたんだと。「それをやるためにはこういうことやこういうことが出来なきゃいけないから、やっぱりそれが出来る人じゃないと常勤の立場にはなれないんだよ」という説明があれば、納得するかもしれないですね。
まったく同じ仕事をしていて1人だけ昇進させたら、不満が出ると思います。
 でも、不満を言う人には言わせておいたらいい、という気もしますが。何をやっても不満は出ますから。

正田:そうですね。
 ほかの職場で、かなり自己愛の傾向がある発達障害、と思われる方が課長に昇進しているケースがありました。上司はご本人の能力が足りないことや現実ばなれして自己評価が高いことはよく分かっているけれど、昇進意欲はとても高い人なので、昇進させれば「地位が人を作る」で本人も満足して能力も向上するか、と昇進させたそうです。
 結果的には能力が足りないのは同じで、周囲から「なんであの人が」と不満の種になっているという。

広野:そうですね、その昇進は間違った解釈かもしれないですね。多分永遠に「もっと、もっと」と欲が湧くタイプだと思うので。
 それよりも、自分の目指すところと実際とズレがあるということを分かってもらえるような教育が必要ですね。気づいてもらう自己認知の力を高めてもらうことが必要。



(正田注:あとでも出ますが、やはり「あなたはこの仕事のこの部分ができていない」という正確なフィードバックがすべての基本のようです。そこができて初めて昇任昇格の話もできますね)


広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp

 ひょうご発達障害者支援センター・クローバーの和田康宏センター長をお訪ねした。

 職場での未自覚の当時者に対する告知の問題、医療機関の問題などをお話いただいた。


 「事業所からのご質問が集中するのは、大体その問題です」

と和田センター長。

 最近では、「中小企業家同友会」に招かれて講演し、社長さん方からの質問の集中砲火に遭われたとか。


 そういう時代に入ったのだな。

 だから、正田が研修中に「発達障害」という言葉を使うのも、そろそろエクストリームではなくなりつつあるのだ。


 中小企業で4〜5人ぐらいの規模のところだと、この問題がどんなに切実か想像がつく。切迫感を持って質問してくる社長さんの気持ちもわかるし、質問されて往生する和田氏の立場もわかる。

 ただ、なんだか意味のわからなかった問題に名前がつく、というのはそれだけでストレスの軽減になるだろうという気がする。あと「承認」にとっては少し応用編の問題ではあるが、やはり「承認」の大原則のもとでこの問題をみたほうがいいだろうとも。


 告知というかクローバーさんに連れてこられただけでひどく不機嫌になる当事者の方のケースがあるのだそうで、やはり職場での告知というのは難しい問題のようだ。

 「仕事ができていない現状を正確に伝える段階が大事」

と、和田センター長は強調されていた。


 正田の実感値「職場のほぼ1割は発達障害かそれに近い、指示を出すのに特別な配慮が要る人なのではないか」には、そんなに間違ってないようです。


****



 精神医学や心理学の分野の人でも、「発達障害」のことがわかるのはごく少数派です。ほとんどの人は知らない派です。

 しかし今精神医学や心理学の過去の疾患分類とか切り口がどんどん「発達障害」の登場によって塗り替わっているときで…、
 残念ながら専門家はそこについて来れてない人が大半なんです。

 そして例えば中小企業の社長さんとかのお悩みは深刻で、その専門家の方々の面子の問題にはひきかえにできないことなんです。

 クローバーさんでは来年度、診断できる県内の病院のリストアップをする、とのことでした。絶対数が少ないので診断を受けるのは平均3か月待ちだそうです。


****

 12月に行った発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆいさんのインタビュー第二弾の起こしをやっと終えてみていただけることになりました。


 3か月も経ってしまった。この間色々あったとはいえ…、広野さん、ごめんなさい。お心広く許してくださってありがとうございます。

 要約版はこちらです

 「パズルの解が出ると少し愉快 広野ゆいさんインタビュー第二弾をしました 予告編」

 http://c-c-a.blog.jp/archives/51904358.html

 
 この回のインタビューでは、発達障害当事者がからむケースで非常に「仕事として何が正しいのか」混乱してしまいそうなケースが出てきます。
 実際に混乱している職場も多々ありそうな気がします。
 
 だから、少なくとも管理職のところまでは、「発達障害」の概念を知ってもらわないといけないのだな。本人さんに告知するかどうかは別として。でないと筋読みを間違えてしまうと思います。



 今日はゆるく終わります。


100年後に誇れる教育事業をしよう。
一般財団法人承認マネジメント協会
http://abma.or.jp
 

○×会
Mラボ トップリーダーズセミナー
参加者のみなさま



こんにちは、企業内コーチ育成協会の正田です。
表題のセミナーに12月11日、1月22日の2日間にわたりご参加、ありがとうございました。
今日は一転して急に寒くなりましたが、
その後もお変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、みなさまから頂戴した“労作”の宿題のかずかずを
添付のように一覧にまとめさせていただきました。
22日のセミナーでも冒頭に「宿題紹介コーナー」を設けましたが
今回は「相互公開OK」としてくださった方の
すべての事例をまとめて一覧にさせていただきました。

みなさま、素晴らしい事例をご披露くださりありがとうございました!
また、ほかの方の事例からも是非学ばれてください。
わたくしはしみじみ、みなさまにお伝えさせていただいたことを
幸せに、また誇りに思っております。

そして、みなさまを見込んでご相談したいことがあります。
「承認」の一層の普及のため、みなさまの宿題を
外に公開させていただくことは可能でしょうか?
添付ファイルをご覧いただくとおわかりのように、
みなさまの個人名・所属先は特定されないようになっておりますし
部下の方が特定される可能性も低いかと思います。

2回目のセミナーでそれを実感していただいた方もおられるかと思いますが、
今、この考え方を普及させることは一刻の猶予もならない、
とわたくしは考えております。

もし、「公開不可」の方がおられましたら、
今週いっぱいまでにお返事ください。
また公開の場合の文面の変更も必要あれば
今週中に、おっしゃっていただければと思います。

何卒どうぞよろしくお願いいたします。


みなさまの一層のご活躍を心からお祈りいたします。
時節柄くれぐれもご自愛ください。


****

上記の文中で例によって「穏やかではない」言葉を使っている、と
お感じになったかもしれないが、
今の若い働き手の方々の「嘆かわしい現状」
―先週のセミナーではかなり「まとも」にその現状に触れた―
と、真正面から向き合い闘えるのは「この武器」ぐらいしかもうないのだ。
ネットがある以上、
日本全国津々浦々、状況は同じである。


****


上記とは別の団体で3回シリーズの形で実施したセミナーの「当日アンケート」記入内容を送っていただいた。

このブログで詳しく触れられないのだけれど、
おおむね、
3回やると1回目より2回目、3回目と、どんどん記述内容が温かくなっていくのがわかる。
1回目の「直後」というのは、まだ「他人事」の感じがあって、
「けしからん部下」という感情が支配的で、
そのあと現場での「実践」をするので、
部下との一体感がどんどん出てくる。

お見せできないのは残念。

このとき3回目で「発達障害」にもかるく触れていて、

(わたしはこのブログでもセミナーでも
「発達障害」という言葉をバンバン使ってしまう。
だって、言葉自体に差別感情があるわけではないからだ。
DDACの広野さんは「どんどんやってください」と言われた)

それを受けた3回目のアンケートでは、

「こういうこういう部下がいるが発達障害なのかもしれないと思った」

ということを、恐らく「けしからん」という感情をもたずに上司のかたが書かれている。

そう、事実を事実として淡々とみる態度ができるので、
はらを立てずに、
「ふざけているのではなく能力の欠陥かもしれない」
と思うことができる。

その後個別にメールのやりとりをしたリーダーの方もいらしたが、
それらしい部下について、その人なりの頑張りを認めて
温かい視線を注いでおられるようだった。


だから、「発達障害対応」という学びは
「承認」とセットにしたほうがいい、とわたしは思う。
広野さん、どうでしょう。


****


…ではあるけれど
「世間的に偉い人」に対しては、
わたしはやっぱり寛容になれない。
偉い人なんだからレベル高い人になるよう努力せえよ、と思う。

今日は、「議員先生」からの電話をはらを立てて切ってしまった。

もともと2日前に
「メンタルの状態が悪いので電話しないでください」
とメールしてあったのに、
「PCメールは受信できないんです」
とか言って、かけてきて
(じゃあ何のためのアドレスなんだ)
しかも当方は「かけてほしくなかったんです」
と言っているのにグズグズ以前の話を蒸し返して
最後はわたしを怒らせるのだった。

マッサンでもやってたよ、
男の子が女の子を傷つけることを言ったら
男の子が謝るもんだよ。
法律以前にそれが社会常識だよ。
なんで、女の子のほうがガマンしないといけないんだよ。
「申し訳ありませんでした」
っていう日本語、知ってる?

またれいによって
「認めないなんて一言も言ってない」
っていう、二重否定。
承認教の流儀でさわやかに
「認める」
と言い切れよ。


というわけであしたは阿修羅にあいに行くのだ。


****

「発達障害」か「定型発達」かにかかわらず、”変な宗教”にかぶれた人は救えないとも思う。上司の手になど負えない。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表の広野ゆいさんに2回目のインタビューをさせていただきました。

 前回のインタビュー後に再度湧いてきたたくさんの疑問を広野さんにぶつけてみたところ、前回同様誠実に淡々とお答えいただきました。感謝。今回は2時間になりました。


 例によって録音起こしには当分時間がかかりそうなので私的にハイライトと思うところのみ簡単にご紹介します:


 ●ASDの人特有の固定観念の強さは、性差別にもつながりやすい。性的役割分担の思い込み。

―わたしも経験上このタイプの人はよほど自覚していない限り、差別感情全般が強いようにおもう。一人の人が性差別も中国人差別も、またある職種の人を極端に見上げて丁寧な敬語を使う傾向も同時にもっていたのをみたことがある。また一部の人は、「差別はいけないことだ」と学習すると、いかなる場合でも杓子定規に「公平」を守ろうとするそうだ―


 ●ADHD傾向があると仕事上勝手な判断で変なことをやってしまうことがある。自分の興味のないことは勝手に省略していい、と思う。そういう人は厳しく叱ってよい。叱ると恨んできて悪口を触れまわることがあるが仕方ない。(注:管理者にとっては嫌な話だけどこういうことを共有するだけで「らく」になる人はいっぱいいるだろうな)DDACさん発行の当事者向け小冊子(マニュアル)には、「仕事は基本、勝手な判断でやってはいけないものだと心得よ」的な記述がある。
 
―またそういう人はなまじ「コーチング」をかじっているせいで、「あなたはどうしたい?」が正解だと、つまり仕事は勝手な判断でやっていいものだと思い込んでいるケースがある。そして上の人は「権限移譲」という名のええかっこしいで見過ごしていたりする。どんどん仕事の現場から「プロ」が減っている―

 ●ミスの多い、やはりADHD傾向の人。コンサータやストラテラなどのADHD治療薬で多少は改善するが完全にはなくならない。

 ●発達障害の診断を受けたときの本人の感情は、「ほっとした」が大半。とりわけADHDの人は小さいころから失敗しているため、診断を勧められるとかえって喜ぶかもしれない。ただしASDの人は中には告げられて絶望してしまうことがある(本人の差別感情のためか?)

 ●Iメッセージは訓練次第で発達障害の人にもできる。広野さん自身は「フォーカシング」という手法で身体感覚を言語化することを訓練した。そして「発達障害の人のためのアサーション」を独自に開発した。


 ●広野さん自身は「全体の6割の人が発達障害」と思っている。みんなが自分の欠点を認め、補いあえる社会になるのが理想。


・・・

 
 考えたくない、できればふたをしたいような嫌なことが、「発達障害」というものさしを持っていると理解できることがある。また対策も見えてくることがある。

 「ミスが多い」「勝手なことをやってしまう」という理由で組織の中でたらい回しに異動させられている人。前の部署の上司は、その異動理由を申し送りしない。言ったら行く先の部署が受け取ってくれないから。

 ふたをしたままだと本人のメンタルヘルスの問題につながることもあるし、また周囲の定型発達の人が振り回されてメンタルヘルスの問題が出てしまうことがある。


 正田も信じられないような嫌なことを経験してきたのを、割としつこく1つ1つ覚えているのだが、ちゃんと覚えていると「発達障害」という物差しを得てつながってくることが多い。


 けっして悪意ではないかもしれない、しかし本人は「自覚していないから他人に迷惑をかける」という罪はあるのだ。


 そして、「なんだそんなこと、ハハッ」と(アンガーマネジメント式に?)流すことばかりが解なわけではない。ただある程度「本番」ではこらえて流すスキルも必要だ。そればかりやっていると心労で身体をこわしてしまうけれど。
 これは心の声。


 

100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

12月1日付メルマガをブログに転載するのが遅くなってしまいました!
このメルマガ末尾に登場する、奈良中央会様のセミナーの受講生さん(経営者、60代)から、「社員さん個々の5Sのスモール・プロミス」をメールで送っていただきました!!ありがとうございます。

皆様の会社が幸せな変化をこれからも続けていかれますことをお祈りいたします。


****


お世話になっている皆様


 おはようございます。
 企業内コーチ育成協会の正田です。

 あっという間に「師走」になってしまいました。ここからが早いんですよねー。。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。ご不要の方は、メール末尾にありますURLより解除ください。
(解除方法が変わりました!詳細はメール末尾をご覧ください)


 本日の話題は:

■『行動承認』の世界
 インパクト(2)―協力行動、チームワークの増加

■いよいよあす(2日)締切。改めて「女性活躍推進」考えてみませんか?
 第41回よのなかカフェ「女性が輝く社会には何が必要?」(12.4)


■新しい人間理解の地平を創る
 ―発達障害の当事者の会に参加して


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■『行動承認』の世界
 インパクト(2)―協力行動、チームワークの増加

 前号より、「承認マネジメント」の下で組織に起こる幸せな変化について、1つずつ解説しています。
 今回は「チームワーク」について―。

 「承認マネジメント」の世界では、組織の個々人の間の協力行動が増え、きわめて効率よく仕事をする状態になります。
 職場のだれかが難しい仕事を抱えて困っていると、周りの人がぱっと集まって手伝い、やり終えてしまう。
 また、だれかが提案したプロジェクトに、みんなが一丸となって動いてくれる。
 そうした、人と人が有機的に結びついているといえるような状態がよく出現します。
 別の側面としては、「いい意味でのライバル意識」と言われるようなもの。個人プレーの仕事であっても、だれかが頑張っていることを、他人事と思わず「あの人が頑張っているのだから、自分も頑張らなくては」と思える。その結果、営業パーソンの売上でもセル生産の品質でも、互いに切磋琢磨して高い業績を出してしまう。
 これは、「承認」のもとで組織の成員に出現する「善感情」の表れとして説明できます。
 上司が部下に「承認」を行うことによって、部下個々人の間に良い感情が芽生える。ひとつの仮説としての説明では、「承認」は上司にとっても部下にとっても幸福ホルモンの「オキシトシン」を産生するのに役立っているのではないか、というものです。
 こうしたことの集積が、非常に効率の良い、業績の高い組織を作っていき「12年、1位マネジャー輩出」の現象を作りだしています。

 なお『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』(パブラボ)は、その後もフェイスブックで何人もの良心的な現役マネジャーの方々が推薦の記事を投稿してくださいました。
 一過性の「ネタ」的なマネジメント手法ではなく、マネジャーの方々が本気を投入するに値する手法とみてくださっていることが本当に嬉しかったです。出版業界も決して綺麗ごとがまかり通るところではありませんが、このたびは納得の出版ができました。
 Amazonでの品切れ状態が長引きましたが、この週末の間にやっと解消されました。
 お友達のみなさま、どうもすみませんでした。そしてありがとうございました!

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■いよいよあす(2日)締切。改めて「女性活躍推進」考えてみませんか?
 第41回よのなかカフェ「女性が輝く社会には何が必要?」(12.4)

 アベノミクスの柱だった(これからも?)「女性活躍推進」。選挙の争点の1つにもなりそうですが、わたしたち自身の実感は???
 ぜひあなたのご意見をおきかせください。
 当日は自治体男女共同参画部署経験者の友人よりデータを紹介していただいたうえで、対話と意見交換をしたいと思います。
「女性」がテーマの回ですが男性マネジャーも何名か参加表明。さあどんなお話になりますやら。。
 あなたのご参加お待ちしています!

 詳細とお申し込みはこちらのページから
  ↓ ↓ ↓
第41回よのなかカフェ「女性が輝く社会には何が必要?」
 http://c-c-a.jp/cafe/index.html


※なお、お申し込みは本メールへのご返信でも結構です。
「4日よのなかカフェ希望」のタイトルで、
?お名前 ?お勤め先 ?ご連絡先メールアドレス を添えてお申込みください。

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■新しい人間理解の地平を創る
 ―発達障害の当事者の会に参加して


 29日(土)、NPO法人発達障害をもつ大人の会の会合「関西ほっとサロン」に正田も参加させていただきました。
 先日このメルマガでもご紹介した、同会代表・広野ゆいさんのご縁で。

 その模様はこちらの記事をご覧ください

 「人間理解を一段落成熟させるとしたら―発達障害当事者の会に伺いました」

 http://c-c-a.blog.jp/archives/51903167.html

 この記事もフェイスブックで3人の方にシェアしていただきました。

 なぜここまで「発達障害」に関心を注ぐのか?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
 あとの記事でお書きする経営者・管理者向けのセミナーの中でも、「5S」を話題にしながら、やはり発達の問題かと思われる個人の能力の凸凹の話が出てきました。およそマネジメントを語るのにいまや発達の問題は避けて通れない、とわたしは思います。

 この問題を抜きにして語っていたらとんでもなく間違ってしまう、とも。

 メルマガ読者の方も、いまだ「ぴん」と来ない方もおられるかもしれませんが、是非何かのきっかけにご自身の問題として考えていただければ幸いです。


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※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。

解除される場合は、下記の解除フォームから受信していただいたメールアドレス入力して下さい。
メールアドレスを入力していただいた後、解除専用の確認メールをお送りさせていただきますので
解除専用のURLをクリックして下さい。
いたずら防止のため解除の確認メールをお送りさせていただいておりますのでご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

http://mag1.hyper-mail.jp/md/publish/quit.asp?mid=848



※このメールは転送歓迎です。
もしこのメールを新たに購読ご希望のかたがいらっしゃいましたら、
info@c-c-a.jp まで、「メールニュース希望と書いて
お申込みください。


★奈良県中小企業団体中央会様での「若手従業員育成セミナー」、「承認」「傾聴」「質問」全3回が先日終了しました。
3回目は、「質問」のワークをみ〜っちりみなさまにやっていただきました。
「もうええ」というほど反復練習をして身につけていただくのが当協会方式の研修の特徴であります。
3回目の最終、わたしは20名の経営者・管理者の受講生さんに語りかけました。
「みなさまは若い頃から、マニュアルがあれば人一倍食い入るように読んだ、仕事のやり方だけでなくその背景まで読み込んだ、学習能力の高い方々です。
 みなさまの学習能力を信じて、この3回非常に高い負荷をかけさせていただきました。よく、ついてきてくださいました」
 本当に最後まで真摯に課題に食いついてきてくださったみなさんでした。
 このシンプルな行動の集積が、「よい現場」を創っていき、そして競争優位を創っていきます。
 ひと足先に奈良で優れた企業様が育っていきますように。

 そして今月は、兵庫県中小企業団体中央会様での研修がはじまります。
 また、真摯な受講生の方々に出会えることを楽しみにしております。

*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
100年後に誇れる人材育成をしよう。
特定非営利活動法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
代表理事 正田 佐与
----------------------------------------
Email:info@c-c-a.jp
TEL: 078-857-7055 FAX: 078-857-6875
Post:〒658-0032 神戸市東灘区向洋町中1-4-124-205

ツイッターアカウント: @sayoshoda

フェイスブックページ: http://www.facebook.com/sayo.shoda

ブログ「コーチ・正田の 愛するこの世界」
http://blog.livedoor.jp/officesherpa/

日本人の勇気と自信は、ここから生まれる
「第3回承認大賞」
http://shounintaishou.jp

「企業内コーチ育成のすすめ」
(株)帝国データバンク社『帝国ニュース兵庫県版』
2008年〜2012年 長期連載このほど完結
http://blog.livedoor.jp/officesherpa-column/

兵庫県中小企業団体中央会発行月刊「O!」連載コラム
「誌上コーチングセミナー」
http://c-c-a.blog.jp/archives/cat_50054961.html


*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 
 29日(土)、NPO法人発達障害をもつ大人の会の会合「関西ほっとサロン」に伺わせていただきました!

 
0636



 午後2時から5時まで、お座敷の会議室で40〜50人が集まり、全員の自己紹介のあと雑談。3時間はあっという間に過ぎました。


 感想は…、


 事前に抱いていたイメージはそんなに間違っていなかった、といいますのは、
 自己紹介の中で「診断名」に多くの人が触れていたのですが、
 一部の「知的が入っています」という人以外は、ほとんどはぱっと見てそうとわからない人ばかり、話しぶりをきいていても「この人どこが障害?」と感じる人ばかり。
 むしろ、もっと重症でそれでも自覚がないまま普通に会社で社会人やってる人が多いよね、という感想をもってしまったのでした。
 「この人のもってる雰囲気は、知り合いのあの人(未診断)にそっくりだなあ」
という人もいました。


 でもしばらくお話をきいていると、
「ミスが多い、忘れ物が多い」
「時間内に仕事が終わらない。残業が月30時間ぐらい」
(そんなに多いとは言えない程度だが、今どきの残業に厳しい風潮のもとでは問題になり、診断を受けざるを得なくなるらしい)
「子供が先に診断を受け、その病院で『家庭環境の問題もある。親御さんがADHDなのではないか』と言われて自分も診断を受けた」
といったお話が出てきます。

 また中には、

「診断を受けADHDの薬をのんでいるが、こうした自助グループに入れば薬を減らせるとお医者さんに言われた」

という人もいて、自助グループに入るということはQOLを上げるために非常に有効なようです。


 またもうひとつ事前イメージが割と当たっていた、というのは、
 わたしがこれまで漂流してきたコーチングや各種心理療法の勉強会とも、会合の空気が大いに重なる部分があり、人口的にも重なっているのではないかと思え、むしろ発達障害の会のほうが自分の問題に誠実に向き合っている分「おとな」だと言えるかもしれない、ということでした。
 コーチングでいう「個性」「自己実現」という言葉がなんとなく胡散臭く感じられてきたのは、それらが「生きづらさ」を抱える人たちの逃げ口上にきこえる場合もあったからです。その種のセミナーで出会う人の中に「傍迷惑な人」の匂いを感じることもあったからです。この人と一緒に仕事しててこのロジック振り回されるとイヤだよな〜、という。
 実際、認知行動療法や一般的なカウンセリング、コーチングを漂流してきた、という人もいます。

 「生きづらさ」にも色々あり、中には「共感しすぎる超女性脳」とよべる特性で悩んでるんじゃないだろうか?という人もいます。それは余談。

 
 カウンセラーさんの卵でこの会に参加しながら発達障害者支援の勉強をしている、という人にも会い、そこで一致したのが、
「今どきの流行りの『アンガー・マネジメント』という分野は、むしろ『発達障害』という切り口でみた方がいいのではないか」
ということでした。
 発達障害の当事者の一部の人のもつ「易怒性」や、発達障害の働き手の人との間で発生しやすい「言った、言わない」の問題、「説明したけど理解してもらえない」「わかったやりますと言ったけどやらない」の類の問題は、自分や相手の特性を理解することで初めて解決する。入り口が間違っているといつまでも解決しない。


 ・・・で、そういう正田自身は?という問題に必ずなるのですけれど、

 以前にも書いたように自閉症スペクトラムの度合いをはかるAQ値は20(30以上だと「疑いあり」になる)でした。忘れ物が多い、片付けられない、という問題は昔からありましたが最近忙しいせいかひどくなってると思います。初めて行く場所に行くのに迷い、遅刻するという問題も出てきています(えと、この問題に関しては言い訳になりますがHPのアクセスマップのところに「地番」を載せていただけるようせつに希望します。「地番」があれば普通はスマホのマップアプリでたどり着けるのです;;)

 診断を受けられる一部の病院でも2−3か月待ちという状況なのだそうで、ほんとわかってるお医者さんがまだ切実に少ない状況なようです。だから診断受けに行くべきなのかどうか悩むなあ。
 
 

0649



 障害を受容したさわやかな皆さん



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 

お世話になっている皆様


 おはようございます。
 企業内コーチ育成協会の正田です。

 W杯で試合前の練習で激突・転倒し、流血のケガを負いながら本番を滑りきった羽生結弦選手。彼の圧倒的な精神力に拍手を送りたいとともに、ケガのこともつい心配になります。しっかり休んで治療して、またあの華麗な舞いをみせてほしいですね。


※このメールは、NPO法人企業内コーチ育成協会のスタッフ及び代表理事・正田が、過去にお名刺を交換させていただいた方・当協会のイベントやセミナーにご来場いただいた方にお送りしています。ご不要の方は、メール末尾にありますURLより解除ください。
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 本日の話題は:

■嬉しかった反響
 「よい本を読みましたので、ご紹介します」

■職場マネジメントと発達障害
 ―空白を埋めるインタビュー 掲載と同時に大好評です!

■「あの登場人物」が神戸に結集しました!
 「承認マネジメント事例セミナー」白熱の開催。

■改めて「女性活躍推進」考えてみませんか?
 第41回よのなかカフェ「女性が輝く社会には何が必要?」(12.4)募集開始しました

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■嬉しかった反響
 「よい本を読みましたので、ご紹介します」

 きのう嬉しかったこと。
 フェイスブックで親しくさせていただいている、ある出版社の女性社長さんが、ご自分のタイムラインに「よい本を読みましたので、ご紹介します」と、わたくしの近著『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』のAmazonページのリンクをつけてご紹介くださいました。
 他社の出版物だというのに。
 社長さんが書かれた文章をこちらに引用させていただきます。
「職場の雰囲気をよくするために、毎日奮闘努力中のみなさんへ。
しばらく前に堀場製作所の社是が「おもしろ、おかしく」だと聞いて、さすがにイノベーション命の企業は違うなあ、と思いました。
厳しく辛い環境では、仕事のパフォーマンスは低下しますもんね。
それで、うちでもそういうスタンスで仕事するのもいいかなと思うようになっています。
『行動承認―組織の能力を最大化する「認める力」』(正田佐与、発行:パブラボ)
 いやー、私も色んなスタッフさんと働いてきました。全員のパフォーマンスを上げるために、さまざまな態度をとってきましたよ。権威主義的だったり、平等主義的だったり、友達的であったり。あれこれ試したものですが、この本で正田さんが論じられている「行動承認」は、いい効果を生むことが大いに期待できます。何よりも過剰な努力を強いないのがいいです。ほめるのもほめられるのも苦手という、日本人気質に合った方法ですね。よいスパイラルで物事がすすんでいきそうです。
 子育てにも応用できそうですし、自分を励ますにも使えそう。」

 いかがですか?嬉しかったですねえ…。色んな意味で。
 大企業と小さな企業では人の質も異なり、マネジメントの風景も異なるので「ここに書かれているようなことはできない!」と思われる向きもあるかもしれません。でもこの社長さんは、大企業中小企業の区別なく普遍的に通用する真理を、本書から読み取ってくださったのです。女性リーダーとして男性の場合にはないようなご苦労もされながら。
 そして、他社のもの自社のものと区別せず、良いものを「良い」と言ってくださることは、本来どれだけ偉大な無私の行為だろう、と思うのでした。
 ともあれ、『行動承認』まだ読まれていないあなた!是非手にとってみてください。
 なお、Amazonではこのところ品切れ⇒入荷⇒残り1点 とめまぐるしく「動いて」いるようです。できるだけお近くの書店でお買い求めください。

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■職場マネジメントと発達障害
 ―空白を埋めるインタビュー 掲載と同時に大好評です!

 去る10月6日、NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆいさんにインタビューさせていただきました!

 発達障害については今世紀に入り急速に研究がすすみ、それにつれて想像をはるかに上回る出現率があることがわかってきました。気をつけてみればあなたの職場のここにもあそこにも、発達障害/発達凸凹の人がいるのに気がつくことでしょう。しかし、「発達障害の人に対するマネジメント」はまだ手つかずのままです。

 広野さんは当事者側でADHDとアスペルガー両方の傾向をもち、診断を受けたあと自覚が進まれたので、お話していて一方的だとかかみ合わないとかの印象はまったくなく、むしろ非常に公正にオープンに語ってくださいました。詳細に現実をみられていて、沢山の共通認識を持てることに安堵の念をもちました。

 8日インタビューを公開させていただいたところ、フェイスブックのお友達が次々シェアしてくださり、また「今回も一気読みしました!」「診断のことや仕事のことなど、これまでわからなかった微妙なところがよくわかりました!」「正田さんのここ数年の地道な発達障害に関する取り組みが内容の濃いインタビューになりましたね!」と、嬉しいお褒めの言葉をくださいました。
 公開と同時に大きな反響を呼んだ、そのインタビューはこちらからお読みください:

広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
http://c-c-a.blog.jp/archives/51901745.html 
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)

2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
http://c-c-a.blog.jp/archives/51901747.html 
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
http://c-c-a.blog.jp/archives/51901749.html 
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


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■「あの登場人物」が神戸に結集しました!
 「承認マネジメント事例セミナー」白熱の開催。

 7日(金)、神戸・三宮の兵庫県経営者協会において、「夢物語みたいなこと、言うてもええんですか―承認マネジメント事例セミナー」を開催しました!

 近著『行動承認』の中で、「企業小説」のようにエピソードを紹介した登場人物たち。書き方は企業小説ふうですけれども、実在の人物、事実であり小説ではありません。

 今回は、35歳から56歳、中年期のマネジャーたちが挫折にみちたマネジメントの中からどうやって「承認」に出会い、華々しい成果を上げたかを語っていただきました。
 「ダブル1位」「2期連続表彰」「売上倍々ゲーム」「2年間不良ゼロ」「4年間離職ゼロ」と、当協会過去7回の事例発表でも、また国内のコンサルティング業界を見渡しても例のない強烈な成果ぞろいの発表になりました。
 
 こちらの記事にご紹介しましたので、ご覧ください:

「あの登場人物」が語りました。。ここにしかない奇跡 白熱した承認マネジメント事例セミナー
http://c-c-a.blog.jp/archives/51901726.html
 このメルマガを読んでくださっているあなたは、「歴史的な転換点にきているんだ」ということを、この記事から実感していただけますでしょうか…。

ご登壇くださったみなさま、またご来場くださったみなさま、改めて本当にありがとうございました。

 この事例セミナーの模様は、近日動画配信いたします。お楽しみに!!

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■改めて「女性活躍推進」考えてみませんか?
 第41回よのなかカフェ「女性が輝く社会には何が必要?」(12.4)募集開始しました

 よのなかカフェ今回のテーマは「女性活躍推進」。
 「うちは女性が少ないから―」なんて仰ってる企業様、人手不足の折「女性」をちゃんと使えなかったら経営の致命傷になってしまいます。
 ただやみくもに「女性を採用して、今いる女性を管理職に昇進させて」というのがいいわけでもなさそうですよね。
 この件について「語りたい!」「ほかの方のご意見を聴きたい!」という方、12月4日夜どうぞお集まりくださいませ。

 詳細とお申し込みはこちらのページから
  ↓ ↓ ↓
第41回よのなかカフェ「女性が輝く社会には何が必要?」
 http://c-c-a.jp/cafe/index.html

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◆ブログ「コーチ・正田の愛するこの世界」人気記事ランキング

1.発達障害者は注意するのが好き?『大人の発達障害ってそういうことだったのか』
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51884228.html

2.恐怖!イノシシに襲われましたの記
http://c-c-a.blog.jp/archives/51874063.html 

3.神戸は住みやすいのか住みにくいのか?よのなかカフェ「内から見た神戸、外から見た神戸」開催しました
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51833038.html

4.『行動承認』の本 まさかのタイトル決定。。
 http://c-c-a.blog.jp/archives/51899158.html

5.調光器とLED騒動「工事」に行き着くまで
http://c-c-a.blog.jp/archives/51742296.html 
 

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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
皆様にとって素晴らしい1週間でありますよう。


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2008年〜2012年 長期連載このほど完結
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兵庫県中小企業団体中央会発行月刊「O!」連載コラム
「誌上コーチングセミナー」
http://c-c-a.blog.jp/archives/cat_50054961.html


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 NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆい氏へのインタビュー 第3回(最終回)です。

 実際に「発達凸凹」の部下がいたらマネジャーはどうしたらいいの?マネジャー側が「凸凹」だった場合には?
 誰もが気になる疑問に広野さんが真摯に答えてくれました。


広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)



広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どう付き合う?」

3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら?

正田:これは是非お伺いしたいと思っていたんですが、あるマネジャーが自覚してない発達障害あるいは凸凹をお持ちの方を部下に持った。非常に仕事上支障が出ている。感情的にもこじれてしまっている。この場合マネジャーには何ができるんでしょう。

広野:まず、マネジャーの方がどうしたいか。その人に対して何ができると考えられるか。ですよね。「あいつ困るから自分のところから別のところに入れてくれ」という人もいると思うんです。

正田:多分よくあるんです。

広野:そうですよね。
 「何とか(自分のところで)したい」という場合には、やっぱり環境設定ですね。本人が自覚していなくてもできる対処というのは、ちょっとはあるんです。伝え方であったり、その人のミスを減らすようなシステムを全体で作っていくとか。そういう風に周りを少しずつ変えていくというのが、出来る範囲で出来ることの1つ。
 それで上手くいったときに本人がそれでちょっと「ゆるむ」とか、上手くいくことが多くなるということで、ちょっと上がってきたぐらいが本人に自分の特性について自覚をもってもらうタイミングなんです。一番最悪の時というのはほとんど何も受け入れないです。そこの時点でその人のメンターができる誰かを作るとか。マネジャーがそんなに信頼関係を結べるかというと、難しいことも多いと思うので、できればちょっと離れた人がメンターとしてその人と関わるということができれば、そこが突破口になります。

正田:家族で言えば親戚のおじさんおばさんみたいな存在ですね。

広野:そうです。隣の部署の仲のいい人とか、前の部署の自分のことをわかってくれた人とか、直で評価される関係ではなく、ちょっと離れたところの人に本人が何を困ってるのか、何にこだわってるのか、とかを拾い出せる人がいると、そこはアプローチがし易いかなと思います。本人がなんでそれにこだわってるのか、なんでそういう風になっちゃうのか、また本人が自分のことをどう思ってるのか、そういうことをどこかで情報が入ってくれば、対処の方法が見つかる可能性はあると思うんです。
ですから、直で何かできるというよりも、周りからやっていくという感じでしょうか。
直でやればやるほどお互いストレスが溜まると思います。

正田:そうでしょうねえ。

広野:「同じ部屋にその人がいるだけで全然何もできなくなる」っていう人が結構います。
余計こじれちゃう。

正田:はい、はい。

広野:そこは、(直属のマネジャーは)遠いところから見てやっていくと。
 あとは、抱え込まないことでしょうか。そこだけで困っているとすごくストレスが大きいですよね。その問題をみんなで共有して、「みんなで何とかしよう」という感じに持っていけるとまだいいのではないでしょうか。

正田:多分、何が起こっているかを正確に言える人はマネジャーでも少ないです。腹が立っちゃうと、やっぱり物事を歪曲して伝えたりしますよね。感情を交えて伝えたり。

広野:うんうん。


■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち

正田:人の個別性を感じる力のある人とそうでない人、マネジャーでもすごく差が激しくて、私の知っているマネジャーでも、みんなが発達障害と知ってる部下をひどく怒ってるとか。「怒ってもしょうがないんですよ、そういう人なんだから」と言ってあげても分からなくてキレちゃうみたい。またあるマネジャーは発達障害の部下に「君はもっと感情を素直に出したほうがいいよ」と説教するらしいんですけど、「どういう感情を感じていいかわからなくて戸惑ってるんじゃない?」っていう。

広野:そうですね、そうですね(笑)
私たちからみると、私たちをいじめる人たちっていうのもそういう傾向がある方なんですよ。人の立場とか人の気持ちとか若干分からないんだけれども出来る能力を活かして活躍されているから、そこは誤魔化されて見えなくなっているという。

正田:それすごくわかります(笑)

広野:まさか、「あなたもそうですよ」とは言えないんですけれど、ちょっとずつ知っていく事によって気づいてくれたら有難いですね。気づかなかったら、その方(上司)がそういう方だということでこちらも対処していかないといけない(笑)

正田:(笑)ああ良かった、今日広野さんとお話して「これだけ共通認識を持てるんだ」と思いました。すごくほっとしました。
 あまりこの問題は綺麗ごとで話せないので。

広野:そうですよね。当事者同士の話でもかなり厳しいですよ。
「その職場はあなたに合ってないから辞めたほうがいいよ」って当事者同士だと平気で言うので。
 お給料が下がっても自分に合った仕事をやった方が幸せだと思うんですよね。みんなでそういうことを共有することによって「あ、そうだね」となる人もいますし、それは会社に言われるよりは当事者の同じような目に遭っている人に言われたほうが、すっと入っていくと思うんです。

正田:うーん、だと思います。


■「発達障害上司」は承認が難しい?

広野:ややこしいのはやっぱり自己愛傾向が入ってるタイプですね。

正田:どんなケースがありますか。

広野:(上の人が自己愛入ってる場合)上の人も、下の人が何を考えてるかを特性上全然分からない上に、分かりたくない。怖いんですよね。

正田:怖い。

広野:上であっても、言うことをきいてもらえない、イコール「否定された」。否定されたくないんですよ、結局は。上も下も否定されたくない(笑)
 そういう場合は、その人の自尊心をくすぐるような言い方とかやり方で、「あなたのお蔭でこの人がこう良くなるから、それはあなたの成果だから、こうしたらどうか」という提案をしてみるとか。「これはダメだからこうしなさい」じゃなくて、「こうするとあなたの評価は上がりますよ」とか、そういう言い方だと聴いてくれるかもしれないです。

正田:なるほどー。
 実は「承認研修」のようなことをもう12年やってきまして、多分定型発達の上司の方だと特別難しいことをやっているわけではなくて、ほとんど誰でも習得できるようなことなんですが、やっぱり発達障害入ってる上司の方にとっては難しいことのようで、「あなたは何々をやりましたね、やってきましたね」と相手の文脈を認めることが難しいみたいなんですね。

広野:ああ。やっぱりそれは特性ですね。

正田:で、自分が習得できないって思うと怒りが湧いちゃうみたい。研修の中でも怒ってきたりとか、言いがかり的なクレームをつけたりとか、あるんです。私、長いことその問題で悩んできていて、「この簡単なことを出来るようになれば皆さんが幸せになるよ」ということを教えに来ただけなのになんで「自分が否定された」みたいに思っちゃう人が出るんだろうと不思議で不思議でしょうがなかったんです。割合最近になって「否定された怒りが湧くほうの人って発達障害的な人なのかしら」と。

広野:可能性はありますね。ちょっと分からないと「そんなのは要らん!」みたいな。

正田:そうそう。「こんなものはただの人情噺だ!」みたいな。

広野:ああ、はいはい。…なりますね(笑)
 先生などにも多くって、子供が潰れちゃうんです。

正田:ですよね。

広野:ですのでその人が理解できるようなやり方。…まあ、その人が本当にその部分が出来ないのであれば、「この部分はこの人に任す」とか、ほかの人に介入してもらう方法があるかなと思います。それを本人が「否定された」とか「出来ないから頼まなならん」という感覚にならないように上手に、「あなたは忙しいからここまで出来ないから、じゃあ部下のこの人のお仕事にしよう」という感じでやっていくのは「あり」かな。
 無理に(承認を)しようと思うと、「脳が疲れる」んですよね。

正田:ああ。はいはいはい。

広野:動かない部分を無理やり動かそうとするので、脳が疲労するんですよ。そうするとイライラしたり、抑鬱状態になったり、色んな支障が生じてくる。
 「この部分が難しいのであれば、こうしたらいいですよね」というのがいくつかあると、対処できる可能性はあります。それを「上手に投げる」ということも、その手法の中の1つですよ、みたいな感じでマニュアル化してしまう。そうすればその人は「じゃあ自分はこれを選ぶ」と、自分で納得して選んだことは特に騒がないので(笑)

正田:なるほど、なるほど。
 すごい貴重なヒントをいただきました。長年悩んでいたことなので。
 人事の人が「承認研修をこの人には受けてほしい」という人ほどそうなんですよ。


■「発達の問題」わかったら降格がベストか


広野:そうですよね。
 実績を上げるということができても、人と関わることが難しいという人がやっぱり一定数いますので、その人たちをどう使うかですよね。昇進させないならさせないで。


正田:難しいですねえ…。
 会社の昇任昇格試験の中に発達に関するちょっとしたテストを入れたほうがいいんじゃないかと、今思ってしまいました。

広野:それはありますね。
 ただ、それを克服できる方もいるんです。

正田:ははあ、それはテスト勉強で。

広野:テスト勉強というより、失敗から学ぶ能力。私もそうなんですけれど、実際の学んでいくときの失敗が必ずあるんですが、「なんで自分は失敗したのか」ということを客観的にみて改善していくことができるかどうか。失敗して学ぶということを経験したときに、それを認めないか、それとも認めて直せるか。

正田:私も仕事上で失敗を認めない人と色々もめています(苦笑)

広野:そうですよねえ。昇任試験…の前に(発達障害が)分かったほうがいいですね。
 アスペルガーの人で賢い人というのは、「こういうときはこうする」ということを学ぶことはできるんです。試験勉強はして、通るんです。表面的なやりとりも、決まってることであればそれはこなせるんです。だから、試験でしたらそれをクリアできる可能性は高いと思います。試験勉強しちゃうと。
 逆に試験勉強しなかったら、できないと思うんですけれど。
 実際の現場に入った時に(障害や凸凹が)発覚するケースがほとんどだろうと思います。その場合は、何かトラブルがあったときにそれでも分からなければ降格、というシステムを作るのが大事かなと。

正田:大事ですね。下の人を鬱にしてしまうと、本当に人生が破壊されてしまいますから。

広野:そうなんです、そうなんです。
 トラブルの当事者が色んな部署を経験してきている場合、問題が起きたら多分よその部署でも問題を起こしているはずなんです。問題を起こしてなかった部署でも、誰かがフォローして上手く行っていたケースがあると思うので。ちょっと深くみていくとそれも見えてくると思うんです。だから、どっちに問題があるかというのは今までの経験を丁寧にみていくと分かってくると思います。客観的な判断のラインがあるだろうと思います。
中には自分で気づいて修正していける人もいます。例えばビル・ゲイツさんもアスペルガーですよね。それがあるからダメ、と言ってしまうのは問題です。


正田:なるほど。発達の問題があるかどうかというより、失敗や問題から学ぶ力があるか、ということですね。



■診断を受けてもらうことは役に立つか

正田:どうなんでしょう、この方々がご自身の発達凸凹を認めるには、「凸凹がある」ということを分かるだけで十分なんでしょうか、この方(営業マン)などは(発達障害の)診断を受けたということですけれども。診断は役に立つんでしょうか。

広野:診断は、そうですね…。ADHDの場合は、薬もありますので診断を受けたほうがいいかもしれません。

正田:ああ、なるほど。

広野:その人の程度にもよるんですけれど。
 最初、私はすごく鬱だったんですね(笑)ですのでADHDの治療を受けに行くときは鬱の治療からやったんですけど、私自身は鬱の自覚はまったくなくて。

正田:朝起きられないとか。

広野:そうですね、それも子供のころから苦手でした。失敗も子供のころからしているし。ただ鬱がものすごくひどくなってご飯も碌に食べれてないし、ちょっと動くと疲れて寝ちゃったりしてたんです。自分のことを全然客観的に見れてないんです。だから「鬱です」って言われて「えっ!鬱じゃないです」とか(笑)ずーっと先生とそういうやりとりをしていて。
 ただ鬱の薬を飲んでいると薬が効いてきてご飯が食べられるようになって、「死にたい」とか「生きていたくない」という気持ちが無くなっていったんです。それは多分お薬が効いたせいだと思うんです。
 それで元気になって、自助グループをやっていけたんです。
 やはり診断がなかったら難しかったろうな、と。やっぱり二次障害ですね。私の場合は鬱ですし、強迫であったりパニックであったり不安神経症であったり、色んなものを皆さん持っています。それは診断してもらい、自分の特性を分かり、さらに二次障害の治療をしてもらうと大分よくなる。その点で診断はしてもらった方がいいと思います。
ただ、それができる先生があまりいないんです。発達障害が診れて、大人の発達障害の二次障害も診れる、という先生が。ほとんどいないですね(笑)

正田:そうなんだ…。

広野:そうなんです。当事者会の中でお話することによって「こういう症状にはこの薬が効くよ」といった情報を得たうえで先生ともやりとりする、っていう。

正田:なるほど、患者さんの方から「先生この薬がいいと思うんですけど」っていう(笑)

広野:そうです。それを聴いてくれる先生と付き合っていける、というような。

正田:ちなみにどこの先生がお勧めってありますか?

広野:実は大人の発達障害を診られる病院はまだほとんどありません。
 発達障害を診るためには発達障害児の臨床経験が必要ですが、精神科の先生のほとんどはそれがありません。また発達障害児を専門に見ていた先生は大人の精神疾患が分かりません。
 そして発達障害に効く薬というのがあるかというと、そんなに直で効くお薬というのは、ない。二次的な鬱とか不安とかが軽減されると、改善することはあります。それでとりあえず対処してもらうという感じでしょうか。
 (私の場合)お医者さんは、自分が良くなるためにサポートしてくれるその一部だったんです。二次的なもので何か(鬱などを)発症しているときには指摘してもらって薬をもらうというのはすごく必要なんですけれども、(社会適応を)上手くやっていくときというのは自分で色々やっていかなきゃいけない。
 でも一番最初の訳わかってないぐちゃぐちゃな時というのは、医療の手助けが必要かと思います。あまり大量にお薬を出さない先生だといいですね。

正田:よく、発達障害がベースにある鬱は治りにくいと言いますでしょう。で、お薬をどんどん増やしちゃうという。

広野:ベースの発達障害が診断されていない場合はそうだと思いますが、発達障害がわかっていれば、私は逆だと思います。というのは、私もそうだったんですけれど、今思えば高校生ぐらいからずーっと抑うつ状態できているんですけど、逆に今は深刻な状態にはならないです。仲間がいっぱいいるし。

正田:それは支えになっておられるという面があるんですか。

広野:すごくありますね。だから薬よりもまず仲間。医者の診断よりも仲間の診断のほうが確実やし(笑)そういうコミュニティとつながることができるとどんどん元気になっていくんですよ。お医者さんとか薬(のサポート効果)というのは一時的で、それが助けてくれるのは本当にわずかです。一部分です。
 生活全体にわたって、長期にわたってのサポートとなると、それ以上の何かが必要になります。病院は、だから私的には「上手に使う」という感じ。
 そういう風に、(当事者のコミュニティの支えがあると)鬱は治っていきますね。
 ただ、躁鬱を同時に持ってらっしゃる方は難しいですね。

正田:難しそう。

広野:それはでも、発達障害とは別の物なんです。発達障害がベースにあって、ストレスがほかの人よりも多いことによって、双極性障害を発症したということは言えるかもしれないと思うんですけれども。発達障害だから双極性になるわけではない。そこは診立ての間違いだと思います。なんか調子よくなってきたなーと思ったら、またがーっと落ちてきて、というのは大体躁鬱なんですね。
 ただね最近思うのが、なりやすいなというのはすごく感じてます。双極性に。発達の傾向がもともとある人が二次障害という形で双極性障害、気分の浮き沈みが定期的にやってくるというのを発症してしまって、ずっと繰り返しているというケースは非常に確かに多いなと。



■診断を受けてもらうトークとは

広野:特性のかなり強い方は、できれば手帳を取ってもらって地域の支援と繋がってもらうというのが必要かと思いますけれど。そこはやはりその方の困難のレベルですね。

正田:手帳をとってもらって、というそこの手続きは、どれぐらい大変なんだろう。
 例えば50人未満の会社ですと、産業医さんがいないんです。上司が自分で(診断を受け手帳をとるように)言えるかといったら…。

広野:言えないでしょうね。その部下の方はだいぶコミュニケーションとかが難しいタイプですか。

正田:ものづくりなので、決まったことはやれるけれど、やっぱり先ほど出た、今どきの問題で小回りが利かないと困った問題が出ている。
 また休憩時間を勝手な時間にとってしまうとか。

広野:ああ、なるほど。年齢を考えると難しいですよね。

正田:ほんとに難しいですね。

広野:ただね、手帳を取るということに関しても抵抗がすごくある方とそうでない方といる。「取ったほうが楽だよ」と言われたらポーンと取る方もいるんです。

正田:ほう。

広野:だから一概に「そんなこと言ったらどんなトラブルになるか」と思わなくても、「しんどいとか困ってるんやったらこういうやり方もあるよ」という投げかけの仕方で、(受診に)行ってもらうのは「あり」だと思うんです。

正田:なるほど。

広野:そこは、こちら側がじょうずに。
 特に、依存的で「楽になりたい」という人は飛びつくかもしれないです。そこは本当に相手の特性とか性格によりますね。「助けてもらいたい」「話を聴いてもらいたい」と思っていたら、「手帳を取ることによってこんなこともしてもらえるしあんなこともしてもらえるよ」と言うと結構すんなり行っちゃうこともありますね。

正田:「こんなこともしてもらえる、あんなこともしてもらえる」って例えばどんなことですか。

広野:例えば、障害者地域生活支援センターというのが地元に絶対あるはずなので、そこに行ったら支援員さんとかが話を聴いてくれますし、市の保健所とかでも保健相談の中で、そういう生活の中で困っていることや今後の不安を聴いてくれてそういうところ(センター)へ繋げてくれるということがあります。そういうところに行くのも1つの手です。
 必要があれば、会社から保健所に連絡してもらって、ということも「あり」かな、と思います。

正田:はあ。それは本人さんに診断を勧める前に、ですか?

広野:そうですね、診断しなくても使えるサービスもありますし。そして「こういうサービスが受けられるメリットがあるから病院行ったら」と言ってあげると、多分本人も行きやすいと思います。
 ですから「病院ありき」というよりは、「これがこういう風に良くなる」「こういうメリットがある」から、手帳を取る、病院へ行く、と考えて勧めると、まだうまくいく。「病院へ行く」ということを目標にしてしまうと、「なんで?」となる(笑)
「なんでオレが病院行かなならんねん」となるとうまくないので、「このサービスを受けるためには医師の診断が必要だから診断書を書いてもらうために行ったらどうか」と、そういう目的やったら行くかもしれない。
 その人がその気になるポイントというのは、人によって色々なんですけど、ポイントを探していったら行けるかもしれない。

正田:ここに戻っちゃいけないのかもしれないけれどやはり「診断」ってネックで、診断を受けてもらうための上司のトークというのが難しいですよね。言い回しをどうしたらいいんでしょうか。

広野:その人のタイプを大まかにきいて、「こういう言い方をしたらどうですか」ということは、私も大体アドバイスできるんです。

正田:ほう。それは福音かもしれない(笑)

広野:詳しい情報、普段のその人との会話とか行動とか、こういう言葉でどう反応するとか、からある程度そこはできることもあります。
 思考回路がちょっと普通の人と違っていて、どういう育てられ方をしてきたか、どういう仕事をしてきたか、またはその人の価値観などでちょっとずつ思考回路が違ってくるんです。そしてこだわりの強い方だったら、どこにどういう風にこだわっているのかを分かることによって、その人の考え方をある程度変えていくことができる。

正田:これを公表したら広野さんに問い合わせ電話がバンバンかかってきちゃいそうです(笑)
 今日はどうもありがとうございました。


(終わり)



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは






※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




あとがき:
このインタビューを行ったのは10月6日。

これまでの人生、とりわけ仕事人生の中でのあんな場面、こんな場面は「発達障害」が関わっていたのだろうか、と思いをめぐらしながら録音を起こしていると、起こし作業がどんどん遅くなりました。

広野さんにも原稿に手を入れていただき、やっと1か月後の今、公開できました。


その間、新著『行動承認』が出版されましたが、その新著がマネジメント全般にまたがる手法をご紹介しているといいながら、「発達障害」に関しては紙幅の関係で中途半端にしか触れられなかった、その問題があるがゆえに本書の手法を実践してみても成功しない人がいるかもしれない、といささか後ろめたさを感じています。


この分野この問題に気づいている精神科医や心理学者、臨床心理士はまだわずかで、人材育成やマネジメントの分野の人で気づいている人は皆無に近い状況です。
いささか傲慢な言い方をするなら、わたしたちは「承認」というなまじよく切れる鋏をもってしまったがゆえに、それでも「切れない」人々の存在に敏感にならざるを得なかったかもしれません。


参考記事:
「1つのまとめ 1位マネージャー育成と発達障害はどう関連するのか」
http://c-c-a.blog.jp/archives/51884908.html


そして今回のインタビュー後も、以前ブログで取り上げた「依存」の問題など、積み残しの問題が出ました。
定型発達者の「可塑性」とどう折り合わせていくか、というのもクエスチョンのままです。
まだまだ、この分野で考えていかなければならないことができました。

広野さんには「第2ラウンドも是非お願いします」とお伝えしました。



ブログ読者の皆様も、是非ご一緒に考えていただければ幸いです。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)代表・広野ゆい氏へのインタビュー 第2回です。

 今回は、まだ新しい概念・発達障害/発達凸凹が、いかに多くの問題に関わっているか、問題解決のために欠かせない視点であるかについて。


広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)




広野ゆい氏インタビュー「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害


広野:(企業の理解がないことで)本人が病気になって辞めることもあるし、周りの人が何とかしようとしすぎて病気になってしまったり。

正田:それはありますよね。それは本当にお気の毒な話で。

広野:やっぱり理解が進まないことによって、企業にとってコストとしても負担だし、精神的にも職場環境がいい方向に行ってないと思うんです。まずこれを分かるということで、全部じゃないけど何割かは解決できるんじゃないか。

正田:やっぱりそうですか。今メンタルヘルスと言われている問題は今「何割か」とおっしゃいましたがかなりの部分、発達障害かその周囲の人か、どちらかの問題ではないかと思っていました。

広野:ええ、ええ、そうですよね。ただ、今のメンタルヘルス対策の中に発達障害のことってあまり考慮されてない気がするんです。

正田:そうですよね。

広野:(職場で)直で関わっている方は気づいていると思うんです。ただメンタルヘルスと発達障害、発達凸凹の関係というのがしっかりとリンクしていて、なんでメンタルヘルスの問題が発生してしまうのかということでこういった特性のことも考えられる、という流れにはなっていないような。
 そこは今、大きな課題なのではないかと思いますね。

正田:今のお話、私なりの言葉でまとめさせていただくと、まず発達障害、発達凸凹の方は元々ストレス耐性の割合低い方々なんでしょうね。かつ仕事上の問題で無理解な上司の方から叱責にあう機会も多い。非常にメンタルヘルス(疾患)になりやすいリスクを持っていらっしゃる。そういうその方々ご自身の問題が1つと、その方々が無自覚にある部分のお仕事の能力が欠落しているために、周りの方々がフォローに追われる。なのにご本人さんはそのフォローする大変さがわからないし、本人さんからあまり感謝の言葉がないと、そういうことで周りの方を心の病気にしてしまう。

広野:そうですね。教育が画一的なものを目指して「普通になれ」ということを目指して教育がなされてますよね。点数さえ取れば許されるんですよね。それで人の気持ちがわからなくても、みんなと上手に色んなことが協力してできなくても、点数さえ取っていたら見逃されてきてしまう。そういうことがあって、ところが実際お仕事を始めるときというのは、ほとんどが人とのやりとりで結果を出す、ということですので、そこでものすごく支障が出てくる。ストレス耐性が低いというよりは、いろいろなことに過敏すぎてストレス過多になりやすく、余裕もないし成果も出ない。だけどそれは、認めたくないんですよね。成績がいいということにしがみついてずっと生きてきているので(笑)


■「できる部分」にしがみつく当事者

正田:ははあー。やっぱりそこ(しがみつく)はご覧になっていますか。問題の当事者の方に自覚がないということがこの問題をすごく難しくしているように思いますが。

広野:そう、自覚がないというより自覚したくないんですよ。認めちゃうと、皆さん感じてるのはものすごい恐怖感なんですね。ダメな人間と思われたくない。やっぱり「認めてもらいたい」んです。
 本当は、「ここはできないけど、ここはできるんだね」という認められ方を人間はしてもらいたいと思うんです。「あなたはこういう人なんだね」と、丸ごとみてくれて、その中で「じゃああなたができる仕事はこれだね」という認められ方をしたい。特にその凸凹の大きい人は必要としていると思います。
 だけどできる部分だけにしがみついて、できない部分を隠して隠して生きてきた人にとっては、ここは絶対に見せてはいけないというか、認めてはいけないところなんです。ここが崩れると全部が崩れちゃう(と思いこんでいる)からなんです。

正田:はい、はい。

広野:薄々、何かみんなよりはできないとわかっていて、迷惑かけているかもしれないとわかっていたとしても、ここ(できること)を守るために、ここ(できないこと)は認めないということがどうしても起こってしまうんです。
 そして仕事になると「辞めさせられるんじゃないか」、また「ここを辞めたら就職ができないんじゃないか」とそういう恐怖感はものすごくあります。そのへんは発達障害の問題というよりは、発達障害の人が障害があることによって生じる二次的な「認知の歪み」とみることができると思うんです。
 というのは、すごく凸凹が大きくても「ここは自分はできないからやめとこう」「ここは自分はすごくできるからどんどん頑張ろう」と頑張って、ものすごい能力を発揮されている方も中にはいらっしゃいますので、そのあたりはどういう風に育ってきたか、どういう風に周りがその人と関わってきたのか、ということがすごく大きいと思います。
 でも、会社員になってから子供の頃のことまでどうにかするというのは難しいですよね。

正田:その「全人的に認めてあげる」というのは、仕事の中では難しい…。私も教育として「認めるって大事だよ」とお伝えしてはいますけれど、いざその場面に立ち会ったときに、「でもこの場面でこうしてくれないと困るよ!」と心の叫びみたいのが出てきちゃったりして。


■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」

広野:そうなんです、ええ。
 結局、会社だけでそれをやるのは難しい。私たちのやってる活動は、やはり当事者活動なんですよね。当事者だけで集まって、「実は自分はこういうことができないんだよね」と言ったときに、「あ、実は自分もできないんだよね」と共有しあって、「あ、自分だけじゃないんだな」ということを感じてもらって、ほっとしてもらう。そういうことがないと、何というか「(警戒が)ゆるんでこない」と言いますか。

正田:「ゆるむ」というのはそのすごい恐怖感ですね。ははあ。

広野:その段階があって初めて、じゃあできなかったらどうすればいいの?という次の段階ですね。そこに行くときにそこで集まっている人たちのリソースと言いますか、「自分はこうしてるよ」とか「こうしたらいいんじゃない?」ということをみんなで考えることがすごく役に立つんです。そういう当事者活動というのが、その人が色んなことを受け容れて、さらに外の人にどう説明したらわかってもらうのか、とそういうことを自分で学んでいくための学習の機会でもあるんですね。
 そういう場があることで、会社でももう少しうまくやっていける、というケースも結構あります。
 だから会社で全部やるんじゃなくて(笑)、そこは会社以外のところでそういったところを作っていく、というのも必要だろうと思います。

正田:それでそういう当事者活動を続けていらっしゃるんですねえ。尊いこと。
 やっぱりその経路じゃないと難しいんだろうな、と思います。マネジャー教育の側からやってきて。

広野:そうです。私たちが今やりたいと思っているのは、継続して当事者同士が学び合う場をつくるということと、もう一つは会社の方に理解を進める働きかけをすること。こちらで当事者の自己理解が進んで「自分はこういうタイプだからこういう風にしてほしいんです」ということが言えるようになったときに会社側が「いやいや、うちのやり方はこうだからこういう風にしてくれなきゃ困るよ」と言われると、もうそこでストップなんです。
 
正田:会社が、みんなが一律にじゃないとダメだ、と。

広野:そうです。その人がどうだということを無視して「こうでなければならない」という会社だと、やっぱり私たちとしては難しい。自分のことがわかって、工夫したいと思っていてもできないんです。

正田:例えばの話、5S活動にすごく力を入れている会社だったら机の上がみんなきれいに物ひとつない状態でないといけない、それも自分でできないといけない、とか。

広野:ええ、ええ、そうです。
 企業さんにも「こういう人がいるんだよ」ということを理解していただかないといけないですし、場合によっては「この人はこういうタイプなんですよ」と間に入ってやっていかないといけないこともあります。そういうコンサルティング的なことが今後できたらいいと思っています。やりたいなと思っている段階ですね。

正田:そうですか、そうですか。
 その「間に立つ」というのは例えばジョブコーチとか、今まである既存の資格というか職種ではなくて、ですか。

広野:ジョブコーチの制度というのがあんまり私も詳しくないんですけれど、基本的には対象が障害枠の方ですよね。一般枠でそういう問題が起こったときにジョブコーチさんが行くっていうのが、実際どのぐらいあるんでしょうか。

正田:いや、きいたことないです(笑)


■新型鬱と発達障害

広野:あとは、今言われている新型鬱ですね。

正田:はいはい。それもおききしようと思っていました。

広野:あれは、苦手なことをお仕事だとどうしてもしなきゃいけないですよね。ちょっとでも苦手なことをさせられるということ自体が、ものすごい恐怖とストレスに結びついているんです。だからお仕事がそれに直結しているというよりは、お仕事の中で自分の苦手な部分というのを、まあ分かっていないんです、本人も。何でか知らないけれど責められる、怒られる、と思っているから、だからお仕事イコール自分に何かダメージを与える脅威的なもの、という風に受け取っちゃってるので。一種の防衛反応かもしれません。
 自分がどういうタイプで、できる部分がこういう仕事だったら活かされるよ、ということが分かってくると、まだましにはなるかなと思います。
 でも例えば、間違って正社員になっちゃって色々やらされて、そして「正社員という立場をどうしても守りたい」となっちゃうと、厳しいですね(笑)お仕事はしたくないけれど、正社員は辞めたくない。「それはおかしいよ」ってみんなに言ってもらって「そうやね」となる人はいいんですけれど。そこの部分にこだわっちゃってる人はちょっと難しいですね。しかも結構多いですね(苦笑)特にASDのこだわりの強いタイプの方は。ゼロ100で、「これがあかんかったらもう自分は生きていけない」と思いこんじゃってると、そこを変えていくというのはちょっと力技と言いますか。
 そこで当事者のグループにポンと行ける人はまだいいんです。問題は行けない人です。
 どのぐらいの人がそう(新型鬱に)なるのか、というのは見えてはいないんですけれども。というのは来てくれる人としか関われないので。

正田:そうですよねえ。

広野:でもまあ、会社の方からの相談というのもちょこちょこある中で、その問題が非常に多いなあという実感はあります。

正田:(発達障害を)自覚してない新型鬱ということですね。

広野:そうです、本人が認めないとか。未熟なパーソナリティや認知の歪みも関連しています。

正田:私らの世界でも「エステに行くのは美人」っていう言い方をするんですけど(笑)マネジャー教育の門戸を叩いてくれるのも比較的ましな方のマネジャーなんです。

広野:そうですよね(笑)
 ただ、その課題よりもまだまだ簡単に解決する課題があるはずや、と思っています。まずそこを何とかしていきながら、最終的にその部分を(取り扱う)、っていう。
 自己愛の問題とかは根っこが深いんです。多様性を認められる社会であったり、本当にその人の特性とか個性が尊重される教育、そういうことが整備されないとそういう人はいなくならないと思うんです。
 今困っている会社の人がそれに対してどうできるか、というのは、本当にひどい場合は本人よりも周りの人のメンテナンスにエネルギーを使ってくださいと言うしかないこともあります。



■自己愛は発達障害なのか?


広野:でもね、本当にややこしい人はこういう会に来ないんですよ。ほんとに(笑) この人に来てほしい!という人に限って、行ったら向き合わなきゃいけないから。だから来れる人というのは、変わる可能性がある方だと思っていいと思います。問題は来れない人ですね。

正田:そうですねえ…。自分は絶対そんなものじゃない!っていう。

広野:そうです、そこは大きな課題なんです。そこは認知の歪みに関わる部分です。発達障害よりもパーソナリティー障害の域に入ってますね。みてると。

正田:あのね、パーソナリティー障害との関係でとてもお伺いしたかったことがあるんですけど、「自己愛性人格障害」ってありますね。最初は「自己愛だろう」と思ってみていった人が、なんか能力の欠落的なものを持っていて発達障害的なものを抱えた人なんじゃないだろうか、ということがあるんですけれど。

広野:ありますよ。

正田:あ、そうですか。

広野:かなりありますね。でね、発達障害だと気づいた時にどう対処するかで、本物のパーソナリティー障害なのか、ただの発達のむずかしいタイプなのか、が分かれてくるように思います。

正田:ははあ…

広野:小さいころどうだったかをおききしたり、普段の生活がどうなってるのか、その方の思考回路がどうなってるのかを聴いていくと、その辺は大体わかるんですけど。

正田:これって、まだどこの教科書にも書いてないですよね。発達障害の本にも自己愛の本にも書いてないですよね。

広野:ああそうですね、当事者はみんなわかってますけどね(笑)というのは、やっぱりこれ(発達)を知ることによって「自分は変わった」という人がいっぱいいるんですよ。



■「指摘されると切れる」敏感さから当事者コミュニティで「出来ない」と認められるように

正田:広野さんすごいドラマチックだったんだなあと思いますけど、最初ADHDとアスペルガーの傾向があって「仕事出来ない」って言われて、でもあるとき気がついたことで今がおありになって。広野さんの中でそれはどんな変容だったんですか。

広野:そうですね。私の中でつねに「存在不安」というんですか、「自分は何の役にも立たないし居てもしょうがない」という感覚が根っこのところにあるんです。自己否定ですよね。じゃあそれで全部だめになっていくかというとある部分では出来る部分もあるので、それで出来ない自分のことを「守る」。
 大嫌いなんですよ、自分のことが。生きてるのもしんどいくらい。それを認めたくない、認めてしまうと生きていけない。そのために堅い殻のようなものを作って、「自分はこういうことをやってるんだから、あとのことはやらなくてもいい」とか、自分のことを評価してくれる人の話しか聞かないとか。そういうことをしてると何とか生きていける。
 薄々「みんなに嫌われてる」って思っても、認めてしまうと生きていけない。なのでそれはもう見ない(笑)そういうのが私の20代ぐらいの状況ですね。

正田:なんだか信じられない…。

広野:ADHDって分かったときに、「原因があるなら何とかできるかもしれない」と思ったんです。

正田:はあ。それもまた前向きな(笑)

広野:本当に(笑)生きててもいけないし、死んでもいけないんですよ、私的には。どうしたらいいか分からない。
 でも「何か原因があってそうなってしまってるんだったら、何とかできるかもしれない」という思いで色々調べたり仲間に会いに行ったりし始めたんです。
 それをし始めたら、同じようなことで困ってる人がいっぱい集まってきていて、話が合うんです(笑)「自分はこう思ってるんだけどそれは分かってもらえない」とか、「自分だけじゃないんだな」というのでまずほっとしていて、まずそこが出発点なんです。
 そして自分でこういうグループを作ったことによって、そこに来た人たちを否定できなくなっちゃったんです(笑)ここに来てくれた人には元気になってもらいたいし、みんなで仲良くなって一緒にいい方向に行きたい、と思うじゃないですか。そうするとその特性を否定するわけにはいかない。
 するとその仲間に対して、「ここは出来なくてもこういうやり方したらいいんじゃないかな」とか、「そこは生まれつきやし諦めも必要だよね」などと言っているうちに、だんだん自分でもそれを受け容れられるようになっていった。

正田:へえ〜。人に言う側になって自分の言うことを受け容れられるようになった。

広野:そうです。だからこれも訓練なのかもしれないと思います。

正田:訓練なんでしょうねえ…。
 よく発達の特性のある人にあるのは、「あなたこれができないよね」って言われるだけでギャーッと、心の傷がばくっと開いちゃうみたいな。いっぱいいらっしゃるでしょう?

広野:そうなんです、そうそう。
 それがそこのグループだと、「これが出来なくって」というと「私も私も」って言うんです、みんなが。そうすると、「あ、なんだみんな出来ないんだね」(笑)それで一気に「責められないんだ」という感覚になるんです。
 普段は「責められる」という感覚がものすごく強くって。否定される、責められる、のが基本なんです。そして「否定されたくない」「責められたくない」というのだけで生きてる。それに関わるようなことは一切しない、認めない、と。
 それが「あ、みんな出来ないんだったら出来なくていいか」という風に思える場所が出来たことで、「この場所では(出来ないことが)許されないけれどここでは許されるんだ」と、客観的にみられるようになってきたんです。そこで「これが出来ないんだったら、こういうやり方でやったらいいんじゃないか」という風に視野もだんだん広がってきたりして。それがすごく良かったなと思うんです。
 そうすると、当事者以外のほかの人にも「私ちょっとここ苦手でねえ」と言えるようになってきたんです。最初はそういうことを本当に言えなかったんですけれども。それが上手に伝えられるようになればなるほど、分かってくれて手伝ってくれる人が出て来たんです。それでうまく行ったらものすごく自信がつくというか。
「自分はここが出来なくてもこういう風に助けてもらってやって行くことが出来るんだ」
と思えるようになりました。
「私はこれが出来ないんです」と言うとか、自分が出来ないことによってすごく迷惑を掛けてしまうことに対する恐怖感というのがそんなにひどくなくなってきたんです。

正田:ふーん。ほかの当事者さんに関わることによってそうなってきた。

広野:そうです。私にとって難しいことを相手に頼むということ、昔はそんなこと到底できないし、「そんなことが出来ない人は辞めさせられる」と思っていたんです。そうではなくて、出来ないことを手伝ってもらえることもあるし、自分が出来ることをしっかり自分で分かってそれをやって行くということが大事なんだな、ということが、やっとそれで分かってきたんです。
 そうなったのはすごく遅いんです。30代半ばくらい。
 それが分かり始めたら、仕事も上手くいくようになってきて。
 ここ(冊子)に載っているのは大体それが分かってきた人たちです。やっぱり30代半ばくらいなんです、みんな。
 だから上手くいってそういうことが分かってくると、こういう風に職場と上手く折り合いをつけてやっていくことができるようになる。



■虐待、過干渉と発達障害

正田:お話を伺って、「こういうやり方(発達障害・凸凹)での人間理解って大事だなあ」とすごく思います。というのはさっきの「自己愛」の話、一時期「自己愛」にもすごく凝ったんですけれども、「自己愛」ていう考え方をすると、憎しみが湧いちゃうんですよね。

広野:あ、そうなんです。

正田:「倫理的な悪」って思っちゃうんです(笑)

広野:ええ、ええ。

正田:でも(能力の一部の)欠落から来てるんだな、と。

広野:そうなんです。まあ、本当に愛されなくて自己愛になってる方も結構いらっしゃるんですけれども、「発達凸凹」を理解してもらえないことによって「自己愛的」になってる方は、そこを理解してもらうことによってそこのこだわりがすーっと消えていくことがあるんです。ですのでそこは何とかできるんじゃないかと思います。
幼少期から虐待を受けながら育った、とかいう生育状況だと、ちょっと。
あと虐待もそうなんですけれど、「過干渉」もそうなんですよね。虐待と過干渉と同じなんですよ、実は。

正田:ああ。あのね、最近よくネットで話題になるんですけど、「電車の中でわが子を足蹴にした母親の動画」とか、電車で子供にものすごく口うるさくずーっと言い続けてる母親とか、ひょっとしたら早期教育で塾の帰りかもしれないんですけど、夜遅い時間に。その話をきくたびに「発達障害じゃないかなー」と。

広野:そうですね。あり得ますね。
発達障害の母親の場合、子供時代に本当にその子に対して与えなきゃいけない教育とか愛情とかを与えられずに育てられたケースが多いと思うので不安も劣等感も強い。それでわが子がたまたま成績が良かったりするとそこにしがみついちゃうんですよね。

正田:有名小学校に入れそうだと思うと「その方向に頑張れ」とか。

広野:そう。大学も、「このレベルの大学に入れば一般企業に就職できるだろう」みたいな感覚で多分親御さんも言うし、だけどそこ(勉強)以外のことは全然出来ない。

正田:うん、うん。解決になってないわけですよね。

広野:そこはやっぱり大変ですよね。

正田:広野さんもっとメジャーになっていただかないと(笑)
 本当にむだな不幸を作り出してるように思うんです、この考え方が広まらないと。

広野:ええ、本当にそうですね。
 小さい時からすべての人にあっていい、「発達障害かどうか」のすべてかゼロかより、凸凹ってすべての人にあるし、コミュニケーションの違いも多少は皆さんありますので。

正田:はい、はい。

広野:でも一般でお仕事されてる方が分かってくだされば、それは「お父さん」なわけなので、お父さんが分かったらきっとお母さんも分かると思うんですよ。
 子供を何とかしなきゃいけないとき、やっぱり大人を変えなきゃいけないし、社会を変えなきゃいけないと思うんです。

正田:おっしゃる通りです。

広野:そこはまずは分かってもらって、分かることによって楽になれる人たちにまず、楽になって欲しいなと。ややこしいほうの人はそんなに簡単にいかないですけど(笑)



■DVと発達障害

広野:私、DVで離婚してるんですけど、だんなさんがすごいアスペルガー的な人で、相手の気持ちとか考えかたとか分からないんですよ、全然。でも営業をやっていて実績はすごく上げていたんです。どんどん営業所から支社に行って支社から本社に行って、だけど営業企画までは良かったんですけれども、そこから上に行くには色んなほかの部署を経験したり、深く人と関わるというのが出てくるじゃないですか。そこでものすごいストレスになっちゃって、何をやりだしたかというと私に暴力を振るいだしたんです。

正田:ほう…。

広野:それだけじゃなくてあっという間に部署が合わなくて鬱状態になっちゃって、もう相当分からなかったんじゃないかと思います。違う考え方に合せることができない。会社の中のそれぞれの部署の複雑な立ち位置が理解ができない。彼が分かるように説明してもらうこともできなかったんじゃないかと思います。
 ああいう人のことは、いいところだけを会社で活かしてもらって評価してもらうということができたら良かったのかな、というのはありますね。
 結局、彼も離婚したあとで仕事も辞めちゃってたんですけど。

正田:ふーん…。

広野:営業は自分の裁量でできることも多いですし、実績を上げれば予算もくれますよね。ですからそれは結構得意分野だったんですね。だからちょっと可哀想だな、という部分もあります。ただ上に行けば行くほど無理な面は出てきただろう、と。

正田:そうでしたか…。
 今ごめんなさい、不謹慎なんですけど、綾屋紗月さんっていらっしゃいますね、アスペルガーの当事者の本を書かれてる方。その方のお話を思い出してしまって。あの方も確かだんなさんのDVで離婚されてますね。

広野:ええ、ええ。
 DVで離婚は結構多いんですよ(笑)私もそのアスペルガーが入ったタイプで、そして当事者同士で共感できるところもあるので、くっついちゃうんです。
 そして2人でいる間はいいんです。勝手に自分の好きなことをやっているだけでいいから。だけど社会生活、子供を育てなきゃいけないだとか、役割をしっかりお互いが果たさなきゃいけないとなってくると、ぐちゃぐちゃになるんです。お互いが相手を思い通りにできないし、もちろん子供も思い通りにならないんですけど。
その辺で「私はこういう特性がある」と自覚して自分を直していったんですけど、彼はある意味会社で認められてる部分もあったので、もう私のことは「頭のおかしいヤツ」呼ばわりでしたね。ほんとに。
言ってることが、「特性があるから分かったほうがいいよ」と、本も渡したんですけど、「お前らと一緒にするな」。
 なまじ出来ることがあるとそこにしがみついて、あとのことは認めたくなくなる。


■引きこもりと発達障害


広野:今は大阪府のおおさか仕事フィールドというところがあるんですけれど、キャリアコンサルタントの資格を取って、そこでニートの発達凸凹の個別の就労支援をしています。あとは一般、企業向けの講演。

正田:大事ですね、キャリアコンサルの方の発達障害の方についての知識、理解というのは。

広野:そうなんです。でも私も資格試験を受けましたけれど、発達の勉強なんか一切ないですから。ほとんど。発達障害というのがあります、とテキストに数行書いてあっただけ。試験にも出ませんし。だから厳しいなーと思いながら。


■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


正田:私はやっぱり未診断の部下をもったマネジャーの側から話をきくことが多いのですが、本人は悩んでますね。マネジャーの悩みのほとんど9割はそこ、という感じです。もう寝ても覚めても「その人」のことを考えている、わるい意味で(笑)やっぱり何かあった時、自分の責任問題になりますから。
 最近きいたのがもう50代の未診断の方で、親が死んで天涯孤独になって、という部下に対しては何ができるんだろう、と。未診断で自覚がない、結婚もしてない人で。

広野:うんうん。まあ、本人さんが何か好きなことがあって、趣味のコミュニティに出入りできていれば、それはそれで上手くやっている人はいますけれど。

正田:なるほどね。その人は釣りの仲間はいるって言ってました。

広野:あ、そうですか。それがあれば大丈夫ですよ。釣りがあれば。そこを大事にしてもらえれば。
 逆に親がいると邪魔になる(笑)、介護できないのに親が歳取っていくとどうしようもなくなることがあるので。

正田:要介護の親を見捨てるケースなんかもひょっとしてそれでしょうか。

広野:そうでしょうね。だって、多分自分のこともできないのに、親の介護まで無理だと思うんです。「あ、無理かな」と思ったときに助けが外から入ってこれるような地域のシステムが必要なのではと思います。
 景気が良かった時代に見過ごされてきている凸凹の方というのは、今50代60代で非常に多いと思うんです。だからうちの会にも50代、60代の方が増えてきてるんです。
 まあそれはそれで、ここで楽しくやってくださる方は、文句言いながらでも生きていけると思います。
 自覚がなくても、野球の応援が好きだとか釣りが好きだとか、そういう何かがあるとやっていけると思います。まあその人の程度にもよりますけど。
 本人が孤立しても全然平気なタイプの方もいらっしゃるので、好きなことで誰かとつながっていて、自分はそれ以上の関わりを特に求めていないという方であれば、それで安定すると思うんです。
ご本人がそれについて問題意識があるかどうかですね。その方の特性の強さによって「もっと自分はああしたい、こうしたい」と思う方もいれば、「自分は友達もいなくても平気だ、たまに困った時に行ける先がいくつかあればそれで構わない」という方もいる。


3.「凸凹部下と凸凹上司、どうつきあう?」に続く)



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは





※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら





100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 去る10月6日、大阪・NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)事務所にて、同会代表・広野ゆいさんにインタビューさせていただきました。


 近著『行動承認』ではカバーしきれなかった、「発達障害をもつ人に対するマネジメント、職場運営」という問題を中心にうかがいました。

 発達障害は今世紀に入り飛躍的に研究がすすんだ分野で、それまで思われていたよりはるかに出現率が高く、気をつけてみると職場のあちこちにこの問題を抱えた人がいることがわかります。こうした問題を視野に入れたマネジメント、というテーマもいわば新分野であり、フロンティアです。


 広野さんは大変オープンにお答えくださり、たくさんの共通認識を持てることがわかった今回のインタビュー。発達障害の部下をもつマネジャーにも、発達障害らしい上司をもつ部下にも、目からウロコのお答えが満載です。
 非常にたくさんのポイントを含んだインタビュー記事で話題もあっちこっちにまたがりますが、全3回でお伝えいたします。


広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは


 
(ききて:正田佐与)


広野ゆいさんプロフィール 
0072-3

NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC) 代表
子供時代から、遅刻、片付けができない、周りに合わせられないなどの特性があり、忘れ物の女王、遅刻の帝王などと呼ばれながら学生時代を過す。専業主婦であった28歳でうつ病、31歳のときADHDと診断される。2002年に大人の発達障害のグループ関西ほっとサロン、2008年4月に「発達障害をもつ大人の会」を立上げる。現在は発達障害当事者の立場でキャリアカウンセリング、教師や専門職向けの講演、成人当事者向けの片付け・金銭管理セミナー等も行っている。
S47年生まれ。青山学院大学卒。ICDSキャリアコンサルタント。2級FP技能士。
NPO法人発達障害をもつ大人の会(DDAC)HP http://www.adhd-west.net/

関西ほっとサロン http://kansai-hotsalon.main.jp/
関西ほっとサロンは、大人のADHDの会のセルフヘルプグループでとして2002年に活動を開始しました。現在2008年4月より『発達障害をもつ大人の会』が設立され、月に一度のサロン(ピアサポートミーティング)を中心に活動しています。



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」



1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する




正田:私どもは「承認」を中心としたマネジャー教育をしているNPOです。発達障害をもつ大人の会(DDAC)さんのホームページも拝見して「認める」という言葉が入っていたので嬉しくなってしまいました。

広野:確かに、なかなか「認めてもらえない」というのが発達障害の人の悩みというか。

正田:そうなんですね。
今日はいっぱいお伺いしたいことがあるんですけれども、マネジャー教育の団体なので、「職場運営」というところを中心にお話を伺わせてください。

広野:わたしたちは去年から、こういうパンフを作っています。これは企業向けにつくったパンフなんですけれども、チェックリストでみんなにやってもらうように。

正田:みんなにやってもらう。大事ですね。「自分は正常だ」と思っている人たちにも。

広野:そうです。発達障害って、「障害」と言っているので皆さん「自分とは違う」という目で見がちなんですけれども、本当はディスオーダー。ディスオーダーっていうのは、厳密に言うと混乱状態にあるということ、みんなと一緒にできないということであって、能力的にできないとか欠けているというのと少し違うものなんですよね。そして環境によって適応障害を起こしたり起こさなかったりする。その人の特性を知らずに会社が関わったり仕事を振ったりすることで障害になってしまう。

正田:ああ、そういう捉え方をするんですね。なるほど。

広野:ほめればいいとか言うよりは、その前の段階としてこの人はどういう特性を持っていて、何ができて何ができないのか、それが生まれつきだった場合には、この部分を「みんなと一緒にやれ」って言われることでその人自身を潰してしまうことがあるんですね。生まれつきの能力の場合はほかの人と違うやり方で対処するということになってきますので。それができればその人は障碍にならずに出来ることを活かしてお仕事が出来る可能性がある、ということで。
 そういうことを知ってもらいたいというのがこの事業なんです。

正田:なるほどねえ…。私、発達障害の方に関する本を去年からかなり読んできました。多分もう50冊ぐらいになってると思います(笑)はい、凝り性で(笑)
 それでいうと広野さんのおっしゃるのは今までなかった切り口でいらっしゃいますね。

広野:そうですね。今までは、「こういう風にすればみんなこうなるはずだ」と、やっぱりそれは、みんなを「こうであればこうである」と枠にはめている。もちろんそれで大多数の人は上手くいくかもしれないんですけれども、上手くいかない方は何割か何%か、絶対いらっしゃると思うんですね。じゃなんでだろう、というときに、この「凸凹」という概念を使うと「あ、なるほど」っていうことが結構あると思うんです。

正田:はい、はい。

広野:そこは多分、まだどこもそういう視点で人材というものを扱ってないんじゃないかなと。

正田:少数者の存在を「ない」ものという前提で語っているということですね。



■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか


正田:去年から大人の発達障害の方の本を読んできたときに、「診断を受けさせるか受けさせないか」というのが結構焦点になりまして、それはもうあるところで区切っちゃうということですよね。区別しちゃうということですよね。

広野:そうなんです、そうなんです。
 ただ、診断を受けてもずっとその会社で働いてらっしゃる方も結構いらっしゃるんですね。診断があっても、その人が例えばすごい優秀なプログラミングができる方だったとすれば、その周辺の例えば片付けできないとか(笑)、ちょっとやりとりが一方的だというところを周りの人が理解してフォローすることによって、その人のプログラマーとしてのお仕事ができるようになれば、別に辞めさせたり障碍者枠に行かせたりさせないで済むわけなんです。そういった形でお仕事ができている方というのも現実にはおられますから。。
 この1冊目の冊子、『発達凸凹活用マニュアル』(2013年3月刊)に載せている5名の方というのは、障碍者枠でお仕事しているというのではなくて、診断は受けているんですけれども一般の人と同じお仕事をされている、という方々です。
 この冊子に出てくる彼なんかは普通に建設会社の営業マンです。営業自体はできるんですけれども書類が滅茶苦茶になっちゃったり、アポイントを忘れてしまったり。

正田:え〜(笑)

広野:あと取引先にカバンを置いたまま帰っちゃうとか、そういう方なんですね。

正田:なんか人ごととは思えない…(笑)いやいやいや、それは営業マンとして致命的にはならないんですか。アポ忘れると怒られるでしょ?

広野:そうなんです。それは彼自身がやっぱり自覚をして、例えば「誰々のところでこういうアポをとりました」と周りにもお伝えしておいて、「明日アポやろ」とか「あ、もうすぐ○社に行く時間やろ」という声かけを周りにしていただくとか、「この人忘れるから」と会社全体でわかっていて、フォローするということができているんですよね。そうしてあげさえすれば仕事自体はすごく出来る方。
そうでなければ、「なんでこんなに基本的なことができないんだ」と、本人の意識とかやる気ということにされてしまう。すると評価もだんだん落とされてしまって、最後は些細な失敗がすごく大きく扱われ、会社に居られなくなる。そういうことを何回も彼は経験してきているんです。

正田:うーん、わからない上司だとそうなるだろうなあと思います。
 でもほかの面では営業の適性がきっとあるんですね。明るいとか社交的とか。

広野:そうなんです、彼は人と関わること自体は大好きなんです。
 だから、メインのお仕事が出来るかどうかなんですよね。例えばプログラミングが出来るとか営業が出来るとか。その本人がプログラマーになりたいと言ってもプログラミングをする能力が足りなかったらそれは出来ないですよね、発達障害であってもなくても(笑)。
能力的に中心の仕事ができて、周辺の仕事が(発達障害の)特性のせいでできない、という場合に会社が配慮してくれるかどうか、というのがとても重要なポイントなんです。

正田:うん、うん。

広野:環境次第で障害になったりならなかったり、ということがあります。

正田:はい、はい。

広野:だから診断されたら「障害」っていうんじゃなくて「凸凹」というのがふさわしいのかな、という感覚です。それで「発達凸凹」という言葉に。

正田:それはこちら(NPO法人発達障害をもつ大人の会)のオリジナルの言葉ですか。

広野:それはですね、杉山登志郎先生が『発達障害のいま』(講談社現代新書、2011年)という本の中で公に使ってくださったお蔭で私たちも使えるようになったんです。昔から「私たち『凸凹』だよね」っていう認識は当事者の中ではあったものですけれど。

正田:ほうー。

広野:表に出すと「人権に引っかかる」とかで、使えなかったんです。

正田:人権…。「障害」というほうがもっと人権問題みたいな気がしますが(笑)

広野:そうなんですよ(笑)まあ色々あってこの「凸凹」という言葉が使えなかった。今は使えるようになりました。



■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象


広野:今のような時代ですと、昔は「ちょっと変わってるけどまあまあええかな」と思われてた人も今はお仕事させてもらえなかったり、適応障害を起こすというような世の中になってきていますね。

正田:今は要求スペックが高くなっていますよね。

広野:そうですよね。
 昔は作業的なお仕事でも、景気がいい時代ならそれでも正社員になることはできたし、安定した生活ができた。それが工場のお仕事が日本からなくなることでお仕事自体もなくなっています。第二次産業がなくなっていくことで、じゃあ第三次(産業)で対人サービスができるかというと、やっぱり出来ない。

正田:そうですね。製造業で言うと日本から無くなっているというのが1つと、もう1つ日本に残っている製造業も「小ロット短納期」というかなり機転のきく人じゃないと出来ない仕事になってきている。

広野:ああ、昔の何倍も出来る人じゃないと。スピードも求められますし。

正田:そうなんです。定型的なお仕事だけではダメ、となってきている。
 そうすると介護などは求人がすごくあって、人がノドから手が出るほど欲しいんですけど、製造業が出来なかった人が介護に行けるかというと。

広野:ムリですよね。
 やっぱり相手の状況をみて柔軟な対処をするとか、関わり方もあれもこれも一度にこなさないといけないとか、全部苦手なことなんですよね。そういうことがあって生きづらい。
 そういう人たちが生きていくときに、今はそれが「障害」にならざるを得ないような世の中になってしまっている。

正田:そうですね、そうですね。
 介護のお話でいうと、介護マネジャーにきくとやっぱり人手不足は深刻なので、実際採用した方が発達障害らしいということがわかっても、使っていかざるを得ない。その分周囲の方にも負担がくる、という。

広野:そうですよね。手際よくできないことで、余計周りの仕事を増やしてしまうこともありますし、重度の要介護の方だと本当に命に関わることがありますよね。
 そのあたりそのお仕事ができるかできないか、というのは本当に難しいところなんですけれども。
 ただ、実際やっている方もいます。ですから「そういう人でも出来るような介護の現場というのはないのか」というのはすごく私たちの中でもテーマになっています。

正田:そうですか。重要なテーマかもしれないですね。

広野:例えば冊子に載っている広汎性発達障碍でADHDも結構入っている看護師の彼女が働いているところは重度の知的障害者施設なんです。いくつも同時に仕事をするので患者さんに言われたことをすぐ忘れちゃうというようなミスがありましたし、急性期の病棟だとミスが命に関わることもあるかもしれない。

 そういうわけで病棟勤務はもうやめようということで、次に健康診断の会社に入ったんですが、それでも何というか、人間関係ですかね。そこで彼女カミングアウトしたんですけれども、「いや障害者を雇っているなんで、周りに知られたくないから言わないで」って言われたりして、上司の理解が得られずそこも続けられなくて。
 今のところはどうかというと、「人間は誰でも忘れるんや」と言ってくれる上司の方で。

正田:いい方ですねえ(笑)

広野:忘れないようにメモにして貼ってくれたりとか、声かけしてくれたりとかがあるので、仕事をちゃんと出来る。彼女自身も利用者の方のお漏らしのお世話なんかも特に負担に思わずむしろ喜んでできる。そんなふうに配慮してもらいながら出来ることは頑張って、続けていられる、っていう。
 会社の方針と、その人の能力とがマッチすることがすごく大事なのだと思いますね。

正田:そうですねえ…。
 今、どちらの企業さんでもこの発達障害や凸凹の問題は避けて通れないと思うんです。ただ気がついてない企業さんも本当に多いんです。


■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく

正田:今日お話を伺って、新しい疑問がどんどん湧いてきてしまいました。
 発達凸凹の概念を使って特性を理解して仕事をすることによって障害にならずに済む、すごくすばらしいお考えだと思うんですけど、逆に障害者支援法の「2%枠」、あれで障害のある人は守られるんではないのか、診断を受けたほうが守られるという面はないのだろうか、とか。

広野:ああー。実際には、守られるのは「雇用」なんですよ。でも普通に、結構いい大学を出てはる人がいっぱいいるので、普通に通っちゃうことがあるんですね、正社員で。ホワイトカラーで。それのお給料と、守られた障害枠のお給料と、全然違うんですよね。

正田:なるほど。

広野:それを考えると、守られるとは言うけれども、まだ発達障害の人ってまだ企業さんもわかってないので、(障害枠での)待遇は低賃金、単純作業のパートと同じぐらいなんですよね。そうすると月10万ぐらいですか。ちょっと多くても、正社員で雇ってもらってだと15万、20万、いくかどうか。そして昇給とかほとんどないんです。
 だからそれを考えると、そこの枠にすすんで行きたいっていう人はやっぱりなかなかいなくって。正社員で入ってそれなりの年数経ってる方は、どんなに仕事ができなくても障害枠の何倍ものお金をもらってるんですよね。そういう現実があったときに、これを諦めてこっちへ行くか、という問題というのはすごくあります。
 そのへんは今後一つの大きな課題ではあると思います。
 今、正社員とそうでない人ってものすごくかけ離れてますよね。(非正規より)もうちょっと安定しているけれどもお給料は少しでいいような、そういう層のお仕事をつくっていただいたらいいんじゃないかなと。

正田:本当ですね。

広野:以前企業向けの講演でご一緒させて頂いた弁護士の先生が、そういったことをおっしゃってたんですよね。障害枠でもなく、正社員のすごく稼いでる枠でもなく、もう少し柔軟に対応できる中間の枠をつくって、正社員でほかの人のようにできない人でも正社員で雇用できるような規定のようなもの。そういうお仕事をつくれば、そこでトラブルになるようなことが減っていくんじゃないかと。そういうお話をされていました。
 そんなにめちゃくちゃ給料をもらえなくていいけれども、障害枠はイヤや、という人たち。多分発達障害の人のほとんどそうだと思うんです。
 本当に仕事がなかったり非正規だったり、不安定で来月お仕事があるのかどうか、というような感じで生きてらっしゃるので。でもそういう層の人、結構な数いらっしゃると思うんですよね。
 そういう人でも生きていけるような社会のシステムを作っていただけたら、この問題は少し解決するんじゃないかと。メンタルヘルスも含めてですね。

正田:今、相当数いるんじゃないかというお話がありましたけれども、ざくっと見積もって何%ぐらいの方がそう(発達障害)なんでしょう。
 
広野:パーセンテージはちょっと書いてなかったかな…

正田:実は去年マネジャー側から聞き取りをしまして、診断を受けているいないに関わらずマネジャーからみて特殊な配慮の要る、能力のアンバランスのある人が1割ぐらいいる、300人の中の1割ぐらいという感じだったんです。

広野:ええ、ええ、そうですよね。
これ(資料)は、「社内にそういう特性のある人がいますか?」と会社の方にアンケートをとらせていただいたんですが、色がついているのはADHDだったりASDだったり混ざっていたり。「こういう人たちが社内でトラブルを起こしたか」とか「対応は上手くいっているか」とか「誰がその人の対処をしているのか」などを調べてみました。
こういう人がいるかどうか、ということで言うと9割以上の会社が「社内に何人かはいるよ」という答えだったんです。まあ、それは当たり前の話やと思うんですけれど(笑)、
こういう人がいない会社というのは基本的にないだろうと。5人とかでやっている会社だとわからないですけれど。何人か集まったら絶対1人2人はいますし、配慮が要る人達はおっしゃったように1割以上はいると思います。
 でもその人たちをみんな障害枠にしてしまえ、と言ったら、2%では全然足りないですよね(笑)

正田:そうですよねー。


■会社でうまくやっていくには自覚がポイント


広野:その中で私たちがやっているのは、「凸凹があっても会社で上手くやっている人たち」を拡げる、という。

正田:会社で上手くやるのに、ご本人に能力の凸凹の自覚がないと難しくないですか。

広野:そうなんです。私たちの会に来る人たちは、基本的に自覚のある人なので。来たばっかりの人はまだ訳がわかってないかもしれませんけれど(笑)
 うちの団体自体は10年以上やっていますので、結構ご自分のことを分かってそれなりに上手くやってらっしゃる方もいますので、取りあえず仕事をしていて凸凹がある人を100人ぐらい集めて会をやったんです。「発達凸凹100人会」というのをやったんですけれど、そこで「私たちの困っている問題とはこういう問題だ」、「こういうことで私たちは会社でトラブルを起こしている」と自覚があるわけなんです(笑)

正田:(笑)

広野:そこで、じゃあどんなトラブルを起こしたのか、それをどんなふうに工夫したり変えているのか、ということをみんなで話し合ったんです。それをまとめてこのマニュアルを作りました。これが少しでも理解につながったらいいなーと。
 こういうことを会社の方が知っていただけるかということが大きいと思います。これを見ていただくと、「自分もこういうことがあるな」とか「こういうトラブルをこうやって乗り越えているな」ということに気づくというか、「自分にもそういう特性がある」ということを自覚してくださる方が結構いらっしゃるんです。
 そうすると、あとは程度問題ですね。すごい(凸凹が)強い人か、ましな人、みたいな感じになるんで、すごい強い人に合わせてみんながミスしないシステムとか情報伝達をしやすいシステムを作れば、みんながやりやすい職場になるはずなんです。
 そういう観点で「発達凸凹」というものを理解してほしい、というのが私たちの思いです。「ややこしいヤツやから排除してやれ」とか「困ってるから、じゃあほかと隔離しよう」とかそういう特別扱いする問題ではなくて、この人が上手くできるようなシステムを作ることによってみんなが上手くできる。という観点で業務改善をしていただきたいな、と。
 そういうことが出来ているケースもこのマニュアルの中にちょこちょこありますし、企業向けの講演を最近ご依頼いただいてしていると、

正田:なんだかすべての企業さんで知っていただきたいです。講演されたらいいと思う(笑)

広野:ええ(笑)。そういうとき、「うちではこういうことをしています」ということを教えてくれる企業さんが増えているんです。それをまた集めて「こういうことをしている会社さんがいます」ということを言っていったら、みんながやりやすい職場ができていくんじゃないかと思うんです。

正田:いいですね、いいですね。全員の方がこのチェックリストをやっていただければ。

広野:そうですよね。
 「発達障害をもつ大人の会」という会の名前が、「発達障害」と書いてしまっているので企業さんとしては「あ、障碍者の問題ですね」と捉えられてしまうのが今の悩みです。

正田:なるほど。


■「私も仕事できない人だった」(広野)


広野:私自身も昔はまったく仕事できない人間で、何を求められてるのか全然分からないんですよね。私もアスペルガーの傾向が強いので。

正田:お話していて全然そういう感じは受けないですね。一方的に話したりされないし。

広野:今はそうですね、今は多分そんなにないと思うんですけれど。
 大学卒業して配属されたのが秘書の仕事だったんです。なんかね、空気が読めないんです。そこでどんなお仕事をすることが認められることなのか、というのもまったくわからない。ただそれを教えてくれないんです。

正田:うーん、秘書って空気を読む達人がなるものだとばっかり(笑)

広野:そうなんですよね。多分、見かけが「出来る」と見えるみたいで、きちっとしてるように見えるらしいんです。見かけだけだと。

正田:そういえば確かに…(笑)

広野:けど実際は遅刻もひどいですし、スケジュールもめちゃめちゃ忘れますし(笑)

正田:え、そうすると今日なんかは。

広野:今日はですね、ちゃんとスケジュール帳を朝、確認できたので。
 でもね本当に忘れちゃうときもあって、人に言ってもらったりしないと本当に完全に飛んでてすっぽかすことが結構あるんです(笑)
 そんなわけで向いてない仕事に就いてしまったものですから、「使えない」と言われているということが周りから(情報として)入ってくるんです。

正田:つらいですね。

広野:つらいです。でも何でかわからないんです、まったく。で学歴はそこそこなので(笑)
秘書というのは病院の秘書さんなので、医療事務の専門学校を出ている方が多かったんです。すると専門学校を出ていても学歴的には高卒なんです。だけど私は四年制大学で、あまり考えないで紹介してもらって入ってきちゃったんですが、大卒だから「出来るだろう」と思われていたんです。だけど全然気が利かないし出来ないんです。とにかく何を求められているかが分からない。
上司とはまあまあ上手くやっていけたんです。上司は「これやっといて」と言う。で、やったら「ありがとう」と言ってくれる。それはすごく分かりやすいんです。それ以外の周辺の雑用的なものというのは全然分からなくて、でやらなかったら、「何であの子やらないの、下っ端なのに」的な感じになるんです。「下っ端というのはこういうことをこういう風にやるものだよ」ということを言ってくれたら言った通りやったと思うんですけれども、それはしてもらえなくて(笑)
で、私が「お仕事かな」と思ってやったことは、全然お仕事じゃなかったみたいなんです。

正田:私も時々あります、それ(笑)

広野:周りからみて「何あの子」って思われていて、多分どう扱っていいか周りも分からなかったと思います。私自身も「出来ない」と思われてる、自分自身「出来ない」と自覚していることもあったんですけれど、「私は出来ないから」と言えないんです。

正田:はあ…。

広野:なんかこう、よけい「出来ない」と思われるじゃないですか(笑)出来ないと思われたくないし、傷つきたくないんです。あと排除されたくないし。表面的には「私出来ます」みたいな顔してるんですよ。だけど中味めちゃくちゃなんです。

正田:かえって損しそうな気が。

広野:ええ(笑)。そうすると向こうには、「こんな仕事私やらないわよ」という態度に見えたかもしれないんです。ただ私は気づいてないだけなんですけど(笑)実際はどうだったか分からないんですけど。
 もう私、1年経たないぐらいでかなり鬱状態になってしまって、そのまま(会社へ)行けなくなってしまって。たまたまその時付き合ってる方がいて結婚して辞めたんです。
あのままいたらかなり色んな精神疾患になってたと思うんです。最後、電車にも乗れなくて。各駅で毎回降りながら行ったり、朝も起きれなくて起きたら午後くらいになっていたりして。「わあ、こんな時間だどうしよう」と思っていると電話がかかってきて、「信じられない」「無断欠勤なんてあり得ない」ってワーッと一方的に言われて。何も言えない、どうしようもない。本当に辛くって。

正田:辛かったですねえ。

広野:そうですね。その後で「発達障害」というのを知ったんです。知ってからは「ああ、そういうことだったのか」というのがいっぱいあって。自分が生まれつきそういうことが分からないんだ、ということもだんだん分かってきて。
 それでも最初は普通の人のふりをしようかなと(笑)普通のふりをする努力をしてたんですけれども、それだと上手くいかないんです。例えば人との関わり方を克服しなきゃいけない。それから私、数字が弱いんですね。単純計算とかも間違いがすごく多くて、それを克服しなきゃいけないと思って金融機関の営業になったんです。

正田:それはすごいですねえ〜(笑)

広野:ところが、なったはいいんですけど、表面的に仲良くおしゃべりはできるんですけど、「契約を取る」ということが感覚的によくわからなくて。仲良くなっても契約には結びつかないんですよね。

正田:ははあ。

広野:そして書類の不備とかもめちゃくちゃ多いですし、あと「段取りを組む」というのが難しい。営業って段取り組んでスケジュール組んで動かないといけないんですけど、それができないんです。「あ、今日はここに行かなきゃいけないな」というところには行って仲良くしてしゃべって帰ってくる、みたいな(笑)全然、導入して説明して、という風にいかないんです。
 だから今考えると全然仕事になってなかったと思うんです。周りも扱いに困ってたと思うんです。だけど勉強はするので、勉強してFPの資格とかは取るんです(笑)だけど全然お仕事はできない。
 でも最終的にはノルマ制のお仕事なので、だんだんお給料が無くなっていって辞めざるを得なくなったんです。
 そういう経験を私もいっぱいしてきてるので、なんでその人が「使えない」か、が分かるんです(笑)

正田:それはすごい貴重な経験(笑)

広野:30代半ばごろになって、自分の特性もわかってこういう活動をずっと続けているので、色んな同じような方と話をするようになって、「あ、この人はこういうタイプだからこういう風に周りに思われてるだろうな」「こういう風に『出来ない』んだろうな」と。
 本人は「これが出来ないんです」と言ってるけど「実はこっちも出来ないだろうな」「こっちも多分出来ないだろうな」ということが分かるようになった(笑)
 そういうことを分かったうえで、「その人に何をやって欲しいのか」を明確にして、じゃあそれをやってもらうために周りはどうしたらいいか、本人は何を自分で分かってやっていったらいいか、をお互いに「歩み寄る」というか「調整する」ということをやっていけたらいい。


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり に続く



広野ゆい氏にきく「凸凹の部下と凸凹の上司、どうつきあう?」

1.発達凸凹があっても職場でうまくやっていくには
■凸凹の概念で発達を説明する
■アポを忘れる営業マン―カギはメインの仕事ができるかどうか
■製造から介護へ、凸凹社会人の流入現象
■新しい枠が必要、正社員でも障碍者枠でも非正規雇用でもなく
■会社でうまくやっていくには自覚がポイント
■「私も仕事できない人だった」(広野)


2.見過ごされる発達障害―メンタルヘルス、自己愛、虐待・過干渉、DV、引きこもり
■メンタルヘルス問題のかなりの部分が発達障害
■「できる部分」にしがみつく当事者
■当事者の集まりで初めて「ゆるむ」
■新型鬱と発達障害
■自己愛は発達障害なのか?
■「指摘されると切れる」敏感さから「出来ない」と認められる当事者コミュニティへ
■虐待、過干渉と発達障害
■DVと発達障害
■引きこもりと発達障害
■当事者の人生―趣味、コミュニティ、介護


3.凸凹部下と凸凹上司、どう付き合う?
■もし発達障害の部下をもってしまったら
■部下の発達障害に気づけないマネジャーたち
■「発達障害上司」は承認が難しい?
■「発達の問題」わかったら降格がベストか
■診断を受けてもらうことは役に立つか
■診断を受けてもらうトークとは




※2015年春、インタビュー第二弾
b>広野ゆい氏にきく(2)発達障害者マネジメントの「困った!」問答


1.「一律」になじまない現実と付き合う
■メンタルヘルス問題に「発達障害」の視点がない
■「軍隊式マネジメント」はなぜ存在するか
■5Sに「発達障害」の視点を入れると
■全体の質低下を防ぐには
■「発達障害」と昇進昇格と嫉妬


2.「弱みの自覚」のむずかしさと大切さ

■自己診断にチェックリストは有効か
■若い人の成長過程のむずかしさと自己認知
■適性のない仕事についていたら?
■「強みを活かす」の限界 弱みの自覚の大切さ
■感情表現(Iメッセージ)の壁を訓練で乗り越える


3.発達障害者マネジメントの「困った!」問答

■管理職研修と発達障害
■ASDの人の固定観念と性バイアス
■ADHDは薬で改善されるか
■告知はどんな言い方が有効?
■ADHDの人が自己判断で仕事をしたら




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 このところまた「発達障害」関連の本を読み漁りはじめています。

 アホやな、と自分でも思いますが、どの本も丁寧に読むと従来になかった新しい知見がちょろっ、ちょろっと書いてあって「目からウロコ」だったり「ああこれこれ」と思ったりするのです。


 『あの人はなぜ相手の気持ちがわからないのか―もしかしてアスペルガー症候群!?』(加藤進昌、PHP文庫、2011年1月)

 この本には、
 
「アスペルガー症候群は、動画が苦手、相手の動きをなぞって学習できない、相手の刻々と変わる表情や動作についていけないといった特性があります」

という記述があります。相手の動きを見て、それを自分でも頭の中でなぞって自分のものにするというミラーニューロンシステムの機能が弱いというのがASの特性なのです。脳の部位でいうと下前頭回、上側頭溝それに頭頂葉下部だそうです。


 うーん、やっぱり「ASの人は(行動)承認の習得が悪い」という正田の実感を裏付けるようなお話です。要は、よくいう「自動車教習」のたとえを使うと、「視力が決定的に悪くて免許交付できない」みたいな話です。それは差別でもなんでもないです。


 たぶん、いろいろな企業・組織で事務仕事ができる、という人が、「正確にできる」というだけで「有能」と評価され出世すると、「承認研修」を受けても習得できない管理職、になり研修や講師のカゲ口を言ったりひどいときは妨害したりするんだろうな、と思います。そういう人は、「承認」以外でも判断能力とか人の気持ちを傷つける発言とか、いろいろなところでつまずいてるだろうと思うんですけどね。


****

 
 またひきつづき「依存」という現象について考えます。

 子供をもつ親であれば、「依存」という現象は毎日目にするところですが、子供の反抗期をさんざん経験したわたしの実感で言うと、「依存」にはいくつか段階があります。

 3つ前の記事にあるように「依存」とは第一段階で「してもらって当然」という感覚になります。いや、本人はとにかく何かしてもらった、という自覚すらないわけですから感覚というのがないにひとしい。症状としては「感謝の気持ちがない、感謝の言葉が出ない」ということになります。


 これが反抗期とか鬱入った子供とかのこじれたケースになると、「依存」はこうなります。

「相手(親など)に対して怒り、憎しみ、嫌悪などのネガティブ感情が際限なく湧く。でもいてくれないとイヤ、愛してくれないとイヤ」

 なんとも複雑なアンビバレント感情ですよね。


 こうなると、もう距離を置くしかないですね。(鬱の子供の場合は、それでも病気なんだからとひたすら承認共感で尽くしてその結果どうなったかというと…)


昔の人は男の子を14歳ぐらいで元服させちゃったけど、いわば反抗期盛りの「魔の14歳」ですから、今からは自己責任で生きろよ、と突き放すという昔の人の知恵だったかもしれないと思います。


 わたしは、最近新しい原則をもつことにしました。「承認屋」でも際限なく人を承認するのがいいわけではないように思います。

 まず、

1.「承認」を見下す人を「承認」することはしない。

 入れ子みたいな変な文ですが、よくいる「自分は本当は認められたいけど、でも『認める』は大事なことだ、というのは認めたくない」という駄々っ子のような心理の人です。「承認」なんか価値のないものであるかのように言ったり振る舞ったりしますが、その人自身が「認められたい」のはビンビン感じる、という人。まあ、やっぱり発達障害やその傾向のある人には多いです。「できない」ですからね、承認が。

 いや、それはその人がほしいものを与えないことで「負の強化」をするのが正しいでしょう。


2.正田に「依存」する人を愛することはしない。

 正田に何かしてもらったことを「してもらって当然」と受け取ってしまう人は、「愛さない」。また、これも適当に距離を置く。要は、正田に「感謝しない」「承認すべきことを承認しない」という人です。ありがとうを言えない人、とも言えます。
 正田は基本、だれに対しても配慮を人一倍する人なので、依存しやすい人は依存が起こってしまいます。でも依存は、進行すると上記のように反抗期の子供のような態度とか、下手したらDVやサディズム、にまで行ってしまう病です。
 だから正田といい関係を続けたい人は自分が「依存」しないように気をつけたほうがいいです。
 承認リーダーでも、自分の会社・組織は「承認」で非常にいい状態にしている人でも正田に対しては「依存」がわりあい起こりやすいと思います。過去12年で何度もありました。女の人には甘えが出やすいですからね。
 このブログも、例えば重要文献の読書日記を克明につけるなど、一部読者の方には重宝なブログと思いますが、その手間を想像せず「利用可能性」としてだけみる人も中にはいらっしゃいます。少し話していると「この人はそうだな」とわかります。
正田に対して悪感情を持っちゃった人は「承認力」も結局落ちて行き業績もさがります。それを防ぐには「依存」しないことが一番です。具体的にはこまめに「ありがとう」を言うのが一番と思います。



・・・

 今日は、福祉関係のお客様に「依存お断り」ときっぱり言ってしまいました。


「職場のお悩みの程度が大きければ大きいほど、治すには強い薬を使ったり、難しい手術をする、ということになります。
 それは時間数もそうですし講師謝金の問題もそうです。
 『承認』はとても効果の高い研修ですが、短い時間ではお引き受けできません。
 また、福祉施設様ですからこの時間当たり謝金でやらせていただきますけれど、ご自分の都合で15分短縮するから謝金も少なくしてほしい、というのはお受けできません。
 『この先生安くしてくれるから』というと、逆に依存が出て研修に変な言いがかりクレームをしたりするものです。それはもう仕事ではなく犠牲です。
 福祉の世界にも『クライエントを依存させない』という原則がありますよね。
 わたしどももそうです。依存しないでください。
 わたしが今申し上げていることは、わたしどものNPOの理念に基づき、お客様によい成果を挙げていただくために申し上げてるんです。
 『この先生厳しいよ。これ以上は絶対妥協してくれないよ』と思っていただくぐらいでちょうどいいです」



 本当に、口頭でこんなこと言っちゃいました。
 たぶんどうせ「女の先生だから甘えさせてくれるよ」と思ってるんです。その甘え、性差別です。


 ・・・これも、こんなことをブログに書くなんて、と思われるかもしれませんが、今年に関してはとりわけ福祉関係のお客様の「図々しいよ、あなた」が目に余るように思う。

 もともと非常に良心的な謝金でやらせていただいているのに、なんかそれ以上の優しさを求めようとする。
 すみません、そこまで優しくありません。

 「大学の先生謝金」を適用したいのなら、大学の先生をお招きになったらいいじゃないですか。

甘えの問題でもあるし、「問題解決の自己責任」(予算上の判断として)という問題でもあると思う。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 発達障害をもつ大人の会代表・広野ゆいさんのインタビューの録音起こしを少しずつしています。


 非常におもしろい内容でした。

 個々には、

「自分のできることがあると、それにすがってしまう」

 例えば高学歴のアスペルガー症候群の人だったら、色々職業上の能力に問題があっても「学歴」にすがる、とか。いますよね。

 ひょっとしたら容姿端麗な人だったら「容姿」にすがって、以前哲学者の河野哲也氏の話に出てきた女優さんみたいな人ができるのかもしれない。


奇妙に攻撃的で威丈高な人をみたとき、その人が何に「すがって」いるのか、すけて見えることがあります。


 あるいは近日出版の本『行動承認』の「はじめに」に出てくるとある攻撃的な女性リーダーなんかも、そうかもしれない。


 いや、こういうこと書いてるとかならず「正田自分はどうなん?」っていうのも出てきますけれどね。


 また、「絶対に自分の非を認めたがらない」「自分の能力の欠陥を人に知られることを死ぬほど怖れる」というくだり。たぶん人に知られないで済ますためには他人を陥れることもいとわないでしょう。

 「自覚」することが一番大事、というのは広野さん自身がADHDとAS混じっているそうですが「自覚」ができたことにより非常に話しやすい人であることからもうなずけます。

 
 早く録音起こしの段階を終えたいけれど遅遅として進まない、少し聴いたら手を止めて考え込んでしまう内容です。

 みなさまにご覧いただけるよう早くUPしたいのはやまやまです。ごめんなさい。


 私は、よくわからないけれど20世紀の精神医学・心理学のうち一部は淘汰され、行動理論と発達障害に関する知見は残るだろう、またマネジメント理論に組み込まれるだろう、と思っています。発達障害の研究は既存の精神医学のカテゴリをひっくり返すインパクトがあります。



****



 それと並行して最近よく覗いているブログ

「意味不明な人々―発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む

http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/

 沖縄県で発達障害治療に取り組む精神科医のブログです。


 この中のこちらの記事

「理解と配慮」

http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/20131124/1

に、最近妙にうんうんとうなずいてしまっている私です。


 広野さんのインタビューの中で出てきましたが、「環境調整」をしてやれば上手くやれる人がいる、という話。

 しかし、そういう「配慮」をした結果「依存」を招くのではないか。「してもらって当然」という気持ち(依存)が発達障害当事者の側に生まれ、「配慮」をしてくれる周囲の人にとってそれがどれだけ大変なことか、わからなくなってしまうのではないか。

 それは、「環境調整」という「配慮」をした場合の次の段階の話です。

 でも現実に、既に相当の「配慮」をしてもらっていて、そのことに感謝もなくふてぶてしく生きている当事者の方は多いだろうと思います。当事者の方、「感謝」の学習を忘れないように。


 このブログのコメント欄も豊富なのですが随所に当事者の方から

「発達障害当事者もなるべく子供のころから痛い目をして苦労して学んだほうがいい」

的なコメントがあり、発達障害だからといって決して甘やかして育てていいわけではないことがわかります。
(現実には根負けして甘やかしてしまう親は多いだろうと思う)


 あ、ちなみに承認屋の実感として発達障害の当事者の方は「承認」の習得が困難です。定型発達の人にとっては大してむずかしいことではないんですが。ワーキングメモリの不足からか、相手が何々をやった、とか何々をやってきた、とかの「相手の文脈」を理解することができません。見た目のきれいさをほめることはできます。

 そして、自分が「習得できない人」なのを知られるのを怖れるあまり、「研修妨害」もこの人たちはよくやります。


 「ジャイアン」と「受動型AS」はいいコンビとなり、「受動型AS」は結構社会適応がいい、という話(たぶん権力者にとって都合のいい「長い物に巻かれろ」主義なのだろう)とか、

 ジャイアン親は学歴にこだわる、とか、その他の記事の中の話も「あるある」という感じです。

 やっぱり「知る」ことで痛みが癒されることはあります。

 「ADHDの養育」に関する記事を読むと、「質問型コーチング」はADHDの人の養育にもっとも適切なのではないだろうか?と思えてきます。
 日本の普通の職場では、「人に教えられたことから学ばない」人だとかなり効率がわるいです。


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 映画「蜩ノ記」と「イフ・アイ・ステイ」を続けてみました。

 後者は、「もし家族を一度に失ったら人生は生きるに値するか?」というテーマに惹かれて観ましたが、残念それよりは青春恋愛映画だった。若い…。

 でも多分、思い切り泣くことが必要なのだ、わたしは。



 明日から関西も本格的に大雨とか。
 読者のみなさまもくれぐれもお気をつけください。



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NPO法人企業内コーチ育成協会
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一度、なぜ「発達障害」「ナルシシズム」にこの1年ほどこだわり続けているのか、まとめてみたいと思います。今日は1日かけておりをみてこの記事を手直しし続けると思います。


当協会の歴史からいえば、「発達障害」へのこだわりはまだ日が浅いのです。
基本は健常者が対象の教育でした。受講生のマネージャーはおおむね定型発達の人々、彼ら彼女らが、おおむね定型発達の一般職の人々をどうまとめるか?が主眼でした。

(で、しつこいようですが「12年、1位マネージャーを作ってきました」というようにお蔭様で大きな成果と人々の幸福を作ってきました。それは、今考えると上記の図式が成立している場合において、であったと思います)


ただその図式が必ずしもそうではないことにも気づきました。

一番のきっかけは、一昨年の秋医療機関で研修したときに、少なくない発達障害の人が混じっていたこと。当初ご相談いただいた施設のトップは、その問題を全く把握していませんでした。彼はただ「職場の雰囲気が暗い」「信頼関係が低い」ということを言いました。

実際にそこで研修をしてみると、何人かの発達障害のナースが「話を聴けない」(聴覚過敏?)障害のため指示を正しく聞き取れないで違うことをやってしまう、「わかりました」と言うのにわかっていない、「以前のコーチングの先生と進め方が違う」と食ってかかり険悪なムードに。なんじゃこりゃ、と思いましたが発達障害と考えるとよくわかる。最初のご相談のトップは「彼女は確かにああ言う言動で他部署から苦情がでていました」という。そういうのをたった3時間のコーチング研修で治してくれっていうのも無理な話です。


その次はとある高学歴、大企業出身の男性と仕事してこの人の「はいやります」「はいできます」に手こずらされた。実際にはできない、それをするのにどれくらいの時間や手間がかかるか全然見積もらないで言っている。50代なのに。それでまたなんじゃこりゃ、この人の頭の中どうなってるのやろ、という興味がムクムクと湧きました。今はお蔭様で一緒に仕事してません、わたしも散々この人のことを怒ったのですっかり恨まれてますから。あ、1年ほど前の話です。まあ障害の認識のない発達障害者さんは困った存在です。


そんなんで発達障害について調べだすと、これまで研修をやってどうもうまくいかないなあ、と思ったことの原因がかなりここにあることに気がつきました。

そこで、「承認研修と発達障害」をめぐる実務上の問題をまとめておきたいと思います。

まず大きく分けて受講生(マネージャー)が発達障害の場合とその下の部下が発達障害の場合の問題に分かれます。


ここでは、あとの方から。すなわち、受講生のマネージャーが定型発達で部下に発達障害者(とりわけ障害の自覚のない)がいる場合を考えます。問題のメインはこちらです。

この場合、マネージャーは、苦悩の極みにあるはずです。かつてわたしが研修で経験したように、指示が通らない。普通に問題なく指示したはずなのに違うことをやられてしまう。あるいは「きいてませんでした」などと食ってかかられる。普通の研修講師の先生に相談すると、「自分と未来は変えられる、他人と過去は変えられない」なんて、お経みたいなこと言うはずです(ちなみに正田は、この手の予定調和の常套句は大嫌いであります)。じゃあオレが悪いんか、オレがどう変わればええっちゅうんや。多分そんなこと思っているはずです。

こうして被害者意識で一杯になった状態でマネージャーは承認研修にやってきます。そこで「承認」なんて言ったってたぶん通らない。

そこで去年から極力承認研修に個別面談をくっつけるようになりました。承認研修では宿題を出しますが、そのときには「なるべく皆さんと関係の良い、日頃よく仕事してくれる人を承認してください」ということを言います。それを言わないと、多くのマネージャーは職場の一番の問題人物を「治そう」と思って発達障害者に承認してしまい、そして墓穴を掘るからです。「承認したけれどまったく無表情で行動も変わりませんでした」となるからです。長い目でみると発達障害者も承認でだんだん信頼関係を築けるのですがそれは遅々とした歩みで、手応えが感じられにくい。定型発達の人を選んで承認して、笑ってくれたとかすすんで仕事してくれたとか、わかりやすい手応えを得たほうがよいと思います。

それから個別面談をします。承認学習後のマネージャーは職場の働き手たちの行動を分解して見る力が育つので、職場の問題人物の行動特性もかなり具体的に話してくれます。そこでおおむね「それらしい」とわかるので、そう言ってあげて「あなたのせいではない」ということも言ってあげます。すると一様にホッとした顔をされます。部下に発達障害の人が一人いるだけでマネージャーは夜眠れなかったかもしれないのです。わたしは診断ができる立場ではないのですがいずれ診断を勧めるうえでもアタリをつけるということは必要でしょう。現実にその人に合った指示の出し方、指導の仕方をしなければなりません、それは診断を待たなくてもやらなければなりません。

去年は、そんな個別面談込みのプログラムの組み方をして、複数の事業所で300人弱の従業員についてマネージャー側から聞き取りをし、そして「おおむね10人に一人、仕事に支障があり特別な配慮を要するような発達の遅れや偏りがある」という結論になっているわけです。


そんな自慢話はさておき、
自分の情報収集のためだけでなく教育そのもののために、「発達障害個別面談」は、やって良かった。マネージャーたちは多くの場合部下の発達障害者に怒り、いらだちの感情を持っており、そうしたネガティブ感情に心が占められたままでは、「相手の良い行動を事実そのままに認めましょう」という、常識的な教えにすら耳を傾けられないのです。発達障害者と定型発達者の切り分けをし、部下10人のうち9人の定型発達者はちゃんと普通に承認すれば反応してくれるんやで、伸びてくれるんやで、ということがわかってきます。そうすると承認を自信を持って使えるようになりどんどんいい循環になります。
伸びれる人はどんどん伸ばしたほうがいい。伸びれる人を伸ばすということも、生命尊重のマネジメントと言えるでしょう。かつまた、部分的な思考能力しかない発達障害の人がこれだけ出現率が高いと、そうでない定型発達の人は貴重な戦力、貴重な資源、ということになります。われわれが「生きる」ためには切実に定型発達者の知性が必要です。
そうやって個別の人の見極めを徹底し発達障害についてもどんどん話題にしていった結果、 例えばある工場で、これは上層部からのパワハラもあり悪条件下だったのですが、受講したリーダー16人中6人のもとでは顕著にモチベーションが伸びた。全員やないやんけ、なんて言わないでください。「16人中6人」というのは従来のこうした研修ではかなりの高率です。承認は、スーパーマンしか身につけられないものではなくなったのです。

また、別の会社でモチベーション指数0.2ポイント上昇と、社内の小集団改善活動優秀賞獲得をしたリーダーのもとには、鬱休職明けの社員、癌の告知を受け検診を受けながら出社している社員、発達障害の社員、といました。それを全部個別面談の場で整理してもらい、前二者の社員には丁寧に承認してあげればいいこと、最後の発達障害の社員にはまた別の配慮がいるが基本スタンスは承認でいいこと、などを言ってあげたわけです。そんなフォローをしたうえでの「優秀賞」でした。

というように「発達障害個別面談」は、教育の歩留まりを上げたり、質を高め定着を良くしたり、という役に立ったのでした。
出現率としては10人に1人、ただし10人のうちの1人がマネージャーの頭の9割を占めている、という現象なんです。



部下側の問題としてはこんなところでしょうか…


あ、補足すると個別面談は決して発達障害の話題のためだけしたんではなくて、マネージャー自身の強み弱み、「あなたの場合この強みが暴走しないように気をつけて」といった話もしましたし、中年期のマネージャーさんだとプライベートの悩みを抱えている方もいらっしゃるし、そういうのをたとえ解決はできなくても聴いてあげるだけで楽になります。でも7割ぐらい発達障害の話をしていたと思います。


あ、大事なお話まだありました。
発達障害の人とと定型発達の人、切り分けるのがなぜ必要かと言いますと、下手に境界を曖昧なままにして、社会人としては困った振る舞いをする発達障害の人に心優しい理解を示し、かばってあげたりすると、それをだんだん定型発達の人たちまで真似して、組織全体の行動規範が「ナアナア」になってくるからです。発達障害の人が「数十人に1人」ぐらいだと、少数派で孤立してて済むんです。2人以上になると、だんだんマジョリティになります。無視できない勢力になります。そしてその人たちの行動パターンが全体に影響しはじめます。わたしのみたところ既にそうなっている組織はようさんあります。だから、オープンに話したほうがいい、発達障害について。




続いて、上司(受講生)が発達障害だったらどうなるか、というお話です。


研修のテクニカルな問題ですが、発達障害やその傾向の強い人は、受講生に含めないほうがよいと思います。本来そもそもマネージャーにならない方が良い。


最初の方で述べた医療機関での研修のように、ちなみにこの施設ではその決定的なコミュニケーションの障害のある、感情面でも悪感情の多いナースを改善させてマネージャーにしようとしていたので驚いたんですが、発達障害によるコミュニケーション障害は、定型発達者のための短時間のコーチング研修などではまず治りません。かつ、その医療機関でのように、研修自体に反発し悪感情をばらまき、一緒にいる定型発達の人まで習得する機会を逸してしまいます。


これは、一つ前の記事に出てきた「覚悟」という言葉が当てはまります。苦手科目であるコミュニケーションを発達障害者が習得するには、自分が決定的にその能力を欠いている、かつそれによって社会適応の妨げになっている、という「自覚」が要ります。自覚したうえで、苦手なコミュ力をトレーニングして高めるんだ、少々できなくても先生を恨んだりしないんだ、という、いわば「学ぶ覚悟」が要ります。そうした人たちには、ソーシャルスキルトレーニング(SST)といったコミュ力の学びの場が別途あります。そうした人同士で、時間も長めにとって、辛抱強くトレーニングするのが良いと思います。


悪感情をばらまくまでいかなくても、わたしのみてきた範囲では軽い発達障害の人も「承認」は習得が難しいようです。定型発達の人なら楽に習得できることなのに。
こうした人たちは、よく「承認って難しいですよね?」と、一般真理として難しいような言い方をされます。いえ、あなたに難しいだけなんです。一点に興味が限局されて他人の多様性や美点を見ることができない、ワーキングメモリが小さいので他人の良い行動を覚えておけない、人一倍不安感が強くて悪感情が多い、などの問題です。また自分自身が上司に叱られることが多かったので他人を承認することが上司として正しい行動パターンだ、ということがなかなかわかりにくいようです。
あるところで6人の管理職が研修を受け、その中で軽い発達障害の人とナルシシストの人、この二人が最後まで「承認って難しいですよね」と言い続けました。


それでも、みていると発達障害とナルシシストの人は、管理職の中に少なからず存在しています。幾つか前の記事にも書きましたが、「ナルシシストか我儘な順に昇進する」という現象は、どうもあるようです、小保方さんの例を引くまでもなく。
それはやめた方がいいでしょう、と正田は思います。発達障害はともかくナルシシストは上司に取り入り上手、ってあるんですよね。しっかり見極めましょう。

発達障害の人がマネージャーになった場合、よくみるのは、彼ら彼女らの「イメージの障害」が、例えば「部下への過大な期待」と「それが裏切られたときの激しい怒り」という形で出るのです。そうしたとき、地位が高くなっているともう以前のようにビシッと怒ってくれる上の人がいない。このほか以前にも書いたように認知上の問題のため、男尊女卑など差別の担い手になる場合もありますし、時間管理の問題が出る場合もある。説明不足でやたら朝令暮改をして振り回す場合もある。リーダーの振る舞いが部下のこころにどんな影響を与えるかなんてイメージすることができませんから。だから、不幸をつくるだけだから、この人たちはマネージャーにしないほうがいい。


マネージャーへの昇進を決めるツールとしては、正田は以前高得点をとりましたがイ_______研修なども良いのかもしれません。「くっつきやすくはがれにくい」認知上の特性を持っていると高得点が取れない仕組みになっているので、「足切り」のツールとしては悪くないと思います。非人間的なことを言っているようですがそういう人がマネージャーになった場合の不幸を考えると必要だろうと思います。

えーと、わたしが「くっつきやすく、はがれにくい」のほうの人だと思ってませんでした?わたしまんべんなく得点して、かつ「最優先事項」についても3つ中2つ当てました。一緒に受講してた人たちがなぜわたしと同じように考えないのか、不思議でした。そういう人が長年「承認」って言い続け、かつ近年は「発達障害」って言ったり、「ナルシシズム」「スマホ依存」って言ってるってことです。

今回の記事ではあまりナルシシストに触れられなかったですよね。。
なっがい文で最後までお読みになる根性のある人はそんなにいらっしゃらないんじゃないかと思います。ものごとを真剣に考えるのが苦にならないタイプの人はここまでたどり着けたカナー。


さて本日は西国三十三か所のバスツアーの1日です。朝の集合場所でこの記事を書き始めました。

親を続けて亡くしたので去年は四国八十八か所巡礼の旅を志しましたが挫折、今年は「西国」にトライ中です。これは私にとって「祈り」と「癒し」の効果があるように思います。
会員さんの中のクリスチャンのかた、怒らないでください。

慣れないiPadで記事を書いているのでちゃんとした文章になっていますかどうか。




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NPO法人企業内コーチ育成協会

 このところ延々と取り上げている「発達障害」の話に 大きな進展がありました。


 19日、神戸で開かれた障害者雇用促進セミナー(主催:兵庫労働局、神戸市)は、2つの講演とも発達障害のお話でした。

 その1つ、東京海上ビジネスサポート株式会社(特例子会社、TMBSと略)の採用能力開発部部長・内藤哲氏のお話。


 障害者の法定雇用率は昨年4月から民間企業で2.0%へ引き上げ。そしてTMBS社では身体の障害者が高齢化しているのに鑑み、今から障害者雇用の中心は発達障害者だ、との認識にたち、2010年の設立時より発達障害者を雇用しました。東京海上グループ全体の障害者雇用率は2.06%。
 障害のある社員の従事する業務は、アンケート入力等のデータ入力・加工、保険事故受付通知の発送、DMの封入・発送 等です。


 発達障害の社員を採用するうえでのチェックポイントは

・働く意欲はあるか(やらされ感はないか)
・体力があるか(毎日、定時に通勤できるか)
・上司(指導員)の指示を素直に聞くことが出来るか
・向上する意欲があるか
・周囲との関係が穏やかに保てるか
・最小限必要な「チームワーク」、協力体制が形作れるか
・楽しみ、趣味があるか(気分転換ができるか)
・休日を有効に過ごせているか
 (休日に翌日に備えて働く準備が出来ているか)

 
 続いて、株式会社ニチイ学館神戸ポートアイランドセンター センター長の岡順子氏からのお話。

 ここではユニバーサルオフィスとして、特例子会社ではなく普通雇用で障害者・高齢者を雇用しています。13年2月現在、障害者12名を雇用。12名のうち5名が発達障害、ただ身体の障害の人も発達障害をあわせもっている人がいます。
 
 障害者の業務はユニフォームセンターで、ピッキング・サイズ確認・ネームラベル熱着・たたみ・袋詰め・結束・梱包 など。また事務センターでアンケート入力、ファイリング、シュレッダー・スキャナー操作など。

 障害者の面接ポイントは5つあり、1つ欠けても採用はしない。

・自覚:自分の障害について伝えることができる
・素直さ:自分のできないことを伝えることができる
・コミュニケーション:フォローは何が必要か伝えることができる
・連携:支援機関をもっているか
・姿勢:会社のことを調べてきているか

 
 仕事の「ミス」についての対処。

 ミスの認識のある人に対しては、・目標入力件数を大幅削減。・ミス削減件数を中心に目標設定、・1件でも減れば努力を認める、誉める・件数よりも正確に入力することの認識 というアプローチをします。

 ミスの認識がない、もしくは指導を受け入れない人に対しては。
 ・入力ミスフィードバックの根気良い継続、・個人面談実施、・ミスの内容=現物=具体的に示す ・第三者機関との連携(相談)・・・とここまでくると「業務との相性の見極め」という話になります。

 指導者の側は、

「福祉雇用ではない、通常雇用なので」という言葉が印象的。会社の状況などはすべて伝える。伝える側がいかにスキルを上げられるかが課題。また(問題が)障害か、性格によるものか判断し、「注意していいものかどうか迷うが、性格によるものは厳しく叱るべき」とのことでした。

 というふうに、非常に具体的な職場での指導方法の話が出ました。イメージの障害のある人相手には、指導者は「グッ」と軸をもって構えなければなりません。


 さて、要約すると、発達障害の人は非常に構造化した環境で特性に配慮して働いてもらうと力を発揮してくれる。構造化しているというのが、「ガチッとルールで固めた」とでもいおうか。学校とは違い、障害ゆえの甘えは許されません。そこが「自由」「生命尊重」の精神とだいぶ違う。いや生命は尊重してもらいたいですけど。自由ってもともとわたしクエスチョンなんですよね。上記両社とも、もちろん障害者手帳保有が前提になっています。


 質疑の時間、正田は図々しくも、きょうのお話になかったことについてのご質問をしました。

「一般企業には、障害の自覚のない、障害識のない発達障害者の方が多数おられ、現場で苦慮しておられます。そういう人には何がしてあげられるのでしょうか」

 先日の河野哲也氏インタビューでも繰り返し出た、終始ぐるぐる回って結論の出なかった話題。このセミナーの趣旨にはそぐわないようでもありましたが、しかし現実に普遍的に「ある」問題について。

 これには内藤氏が回答され、「非常に難しい質問です。われわれの世代でも発達障害らしき子はクラスに1人や2人はいた。しかし問題になっていなかった。何か強みがあればサラリーマンとしてやっていけるのだろう。われわれでは手帳を持ち、いわば障害者として就労する覚悟のある人を採用します

 切実感を感じ取っていただけたのか、慰めにはなっていませんでしたが非常に真摯に回答していただきました。


 上記両社とも、「見学歓迎」とのことでしたのでまたお邪魔してみよう、とおもいました。


 
 素晴らしい内容のセミナーを企画してくださいました神戸市保健福祉局障害福祉課さんに感謝。おふたりのスピーカーさんのプレゼンも素晴らしかったです。


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 15−16日、NPO初の合宿研修をしました!兵庫県神河町のグリーンエコー笠形にて。


 男性4名、女性5名(うち1名ゲストの太田はるよ氏、1名は初日のみ)と、おそらく初めて男女数逆転した会合になりました。


 初日は午後から夕方までひたすら「対話」。1人10分の自己紹介と現状紹介、それについてのコメント。

 
 いずれも「承認」導入で非常に会社、組織が上手く回っている、一方で問題にも人一倍気づいているリーダーの方々です。

 
 今回は「PTA」についての話題が多出、メンバーの中に現・元会長もおり、話す中で「ぼくPTAやります!」と某30代会員さん…。

 マネージャー教育の団体ですが、大人の社員の問題も子ども、学校の問題も実は全部つながっています。それに気づいている聡明な会員さん方です。


 夜は宿名物の「ぼたん鍋」。

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 イノシシ料理の本場・猪名川町から来られた太田はるよ氏は「鍋師匠」と名づけられました

 食事の席で出る話題はやはり「今の若い子」ですが・・・、
 「親が悪い」「管理しすぎる親の存在と地雷原のようなスマホの世界はつながっている」等、議論百出。


 
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 リーダーたちは何を話していたんでしょうか



 翌16日は、朝から真剣モードでびっしり「お勉強」。


 「承認応用編・難しい部下への対応」として、1限目「発達障害」、2限目「ナルシシズム」、3限目「若者のスマホ使用」。


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 知的障害者施設所長の村山俊宇さんから、「発達障害」について。

 資料の「こんな社員いませんか?」からは、かつてなら「問題社員」として片づけられていたタイプの人が、実は多くの場合発達障害だと考えられることがわかります。
 そして、障害である以上受容するものであることも。

 現場で自閉症の人を日々みておられる村山さん、山本さんのお話は大変説得力がありました。

 続いて正田から、発達障害の補足の形で「ナルシシズム」について・・・。「こういう人格類型」としてお話しすると、会場から「いるいる」と声があがりました。治るのか?との問いには、「若い頃尊敬できる指導者からガツンと怒られれば治ることもある」と、はなはだ心細い答えです。


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 最後の太田はるよ氏からの「スマホ使用」のお話は、猪名川町の自家製アンケートで出た数字のインパクトや、女の子のスマホ由来の性被害の痛ましさ、そして太田氏の人々を組織し動かす力の凄さが胸を打ちました。

 太田氏の存在はほとんど「奇跡」です。ピアノ講師という立場だからこそ沢山の子どもさんに何年も一貫してマンツーマンで関わることができ、だからこそ若者を組織することも本気で怒ることもでき、かつPTAを長年やったお蔭で教委、校長ともツーツーで話ができる。地域から信頼されている。
 こういう人だからこそ先日のスマホサミットのように、地域を動かすことができたのでした。

こういう業界にありがちなボスタイプの人でもなく、しみじみ心に届く言葉で話をされました。


 そして結論は「PTAをやろう!」ということになるのでした。


 正田からは「発達障害、ナルシシズム、スマホ・ネット依存、この3つはいずれもつながっている。そして大人のありかたについての解はやはり『承認』、これしかない」


 お世話役のまあるいお人柄の生駒眞一郎さん、このかたのお蔭でこの合宿は実現しました!

 また司会進行役の柏原直樹さん、スピーカーの村山さん、太田さん、ご参加の皆様も本当にありがとうございました!


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 それぞれの持ち場で「フロネシス」を発揮される皆様でした。



 ・・・正田は今回、電車事故による遅刻からはじまって色々と足を引っ張ってしまい一番しっかりしてない参加者で大変申し訳ございませんでした。皆さんがしっかりしていらしたので助かりました。・・・



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp
 

帰りのマイクロバスの中で太田さんと「この社会はどうなっちゃうんでしょうかねえ。『グダグダ』になるんじゃないですかねえ」という話になりました。
実力を勘違いするナルシシストと、それを注意できない上司。スマホ依存で指示をちゃんと聞いてない若手社員。クルマの部品屋さんは、正確に部品を作ってくれるでしょうか。飛行機の整備屋さんはちゃんと整備をしてくれるでしょうか。発電所は事故なく発電をしてくれるでしょうか。…
受講生様のところでだけは、奇跡的にうまく行っています。

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 8回目です。

 
 組織のトップが末端の細かい問題までに及ぼす影響がいかに大きいか、優れたリーダーをいかに作っていくか。リーダー育成がなぜ急務なのか、という根源的なお話になりました。

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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


****

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス
■オーナー企業の閉塞感

正田:
私はその発達障害の人たちに直接かかわっているわけではなくてマネージャーを介して関わっているわけですが、これはもう身びいきなんですけれども私どものところで学んでくれるマネージャーというのは、恐らくもともと「心の理論」の部分の才能があって、伸ばせば限りなく伸びる、伸びしろの高い人たちなんです。なので努力は非常にする、それこそソチオリンピック並みにする。でこっち側の人がこれだけ努力しているのに、こっち側の人たち何やねん、と私などからみるとそういう風にみえてしまうんです。

河野:そうすると、そこまでやって難しいのであれば、職場のルールを変えるしかないのかもしれませんね。

正田:まあ個別のケースにあまり踏み込んでお話しするとあれなんで、その会社の場合はかなりオーナー、トップの方に問題があって、原因はそこから来ているのかもなあという気もするんですけど。

河野:それはどういう原因ですか。

正田:オーナー企業の3代目か4代目かで、お坊ちゃんで、人を人とも見ないような使い方をするわけですね。

河野:じゃあそれが影響していますね、明らかに。結局そういうふうに扱われてきたので、自分が会社に貢献してもあまり何というか実入りがないんだという思いがどこかにあるんじゃないですかね。

正田:実入りって、例えば人間的に感謝されたり、そういう精神的報酬が与えられてないということですね。

河野:はい。そのオーナー社長さんも問題を抱えているわけだから。お父さんとかにもそうやって扱われたはずですよね。お前は4代目なんだからこうでなきゃダメだ、という育てられ方をして、それがずっとトップから下に流れ込んで、という感じじゃないですか。

正田:日本中そういうケースは多いです。やっぱり戦後すぐに会社ができて、それが3代目4代目になってますから、オーナー企業ってみんなそういう感じのところがあります。閉塞感のもとですね。

河野:地方の経済界ってそういうのが多くて、それが保守化を生んでますよね。多分女性の進出が難しいのはそこがあるのかもしれないと思ってるんですよね。

正田:ありますね。

河野:多分なかなかそういうのが変わらないのは、男が継ぐみたいな流れがあるので、地方だとそれがなかなか難しいですよね。
 大変ですよね、それ。

正田:(苦笑)


■組織は良くも悪くもトップ次第

河野:
だからビジネスの場合、その場での内側の人間関係が外枠を反映してると思うんですよね。そういう拒否的なことをやっている発達障害系の人がいるとするならば、大枠として拒否的な雰囲気というのがあるのじゃないかなと思います。
 でもそれは、オーナーの首をすげ替えるわけにはいかないだろうし、雰囲気を変えろというのは難しいですよね。ずうっとそれで扱われてきちゃったんだろうから。

正田:やっぱりそこがあるんですねえ。

河野:だと思いますよ。トップのムードというのはそのまま如実に反映するような気がしますね。

正田:ははあ。どんなケースをご経験になりました?

河野:大学でのことですけれど、最初に防衛大というところにいたんです。あれは大学と言えど大学じゃないんです。小さな、学生と言えど小さな部隊に分かれるんですけど、トップの雰囲気、影響力でもうそこが決まってしまいますよね。いい人がいていい雰囲気になってきたなあと思ったときトップが替わるとそこでコロッと変わる。いじめは増えるし、問題行動も増えるし、大体トップの持っている問題が下に流れ込んできてそれが出てくるという感じですよね。それはそのまま授業にも響くので、やっぱりそれが悪いと勉強ができなくなるし、できないのでひたすら厳しくするしかない。教育方法もいじめとか暴力みたいな形に行っちゃう。悪循環になっちゃう。
それはもう、見ているとトップによってここはいい、ここは悪いとクルクル変わっちゃう。
 ですから組織も同じじゃないかなあと思います。大学組織であって大学組織でない、学生組織であって学生組織でない、小さな職場のようなもので。聴くことができなくて、トップが。任せることもできない。そのオーナー社長さんも不安を抱えているのかもしれませんね。
 まあやはり発達障害の人にとっても、受容的な雰囲気であるならば、むしろ形として出ないようなものが、雰囲気が悪いと出る、というのが若干あると思いますね。だから個々の問題だけじゃなくて、グループとしてのムードはすごく大きいと思いますね。

正田:やっぱりそうなんでしょうね。

河野:学校のクラスでもそうです。そうそう、学校でいうと校長先生次第で学校の雰囲気がガラッと変わってしまいますね。個々の担任の先生の力ではどうにもならないところがあります。


■フロネシスをもつリーダーと承認教育

正田:
先生は以前ご著書にも「フロネシス」ということを書かれていましたね。

河野:フロネシス。賢慮。

正田:アリストテレスの実践知だったかな、経営学の野中郁次郎氏がフロネシスは企業のトップリーダーがもつべき倫理ということを書かれていましたが。

河野:そうですか。フロネシスというのは、テオリアというのが理論知だとすると、理論的に一般化された知識のことをテオリアというんですが、フロネシスは「その場で何とかすること」です。

正田:その場で何とかすること。

河野:徳のある人物、すなわち勇気があったり賢かったり、頭が良かったりする徳のある人物が、その場の状況に応じて、何かその場を切り抜けていくようなものを賢慮、フロネシスというんです。理論的な一般化された知識、科学的な知識というのとは違ってその場でうまく対応していく能力のことで、これはリーダーに必要な資格。

正田:なるほど。それはじゃあ、徳というのがもうちょっと高次のものがあってその下にフロネシスがあるんですか。

河野:ギリシャの思想の細かい部分はわからないですけど、多分フロネシス、賢慮というのは徳全体をまとめるような、高次の徳じゃないでしょうか。勇気とか親切さとかね、そんな個別の徳が色々あってそれらをまとめるようなのがフロネシスじゃないかと思います。それを養うのはなかなか難しいです。それこそが必要なものなのですが、養うのは難しい。
 アリストテレスは、フロネシスを養うにはそういうものを体現した良いモデルになる人物を見せることだ、と言っていますね。

正田:そうですね。そういうものを持ったリーダーが増えてほしいというのは本当に切実に願います。
 思い上がっているのかもしれませんが、私どもの承認リーダー教育というのは、結果としてみるとフロネシス的な振る舞いをするリーダーを作ってきたように思います。人々を隔てなく見、丁寧に対話し、その場その場で正しく状況判断をし、不確かな中でも勇気をもって決断をし、という。そこでは男性女性、国籍、といった従来の日本人リーダーが超えられなかった壁も自然とクリアーしていきます。また決断力も高いです。
 承認とフロネシスはイコールではないんですが、フロネシスに至る道のりの多くの部分をカバーするレールを承認教育は引いてあげることになるのではないかと。それくらい、他者を認め、他者の文脈を取り込むということは、正しい判断能力を形成するために役立つのではないかと。教科書には載っていないことですが、この12年間やってきまして私どもの感触というのはそうなんです。
 ただとりわけ今出ている発達障害の働き手の問題は、そうした判断能力の高いリーダーたちでもキャパを超える事態なんです。これは世界的にも同時に起こっていることなので、だからこそ新しい知恵を紡ぎだしていかなければならないのだと思います。

 今日はお忙しい中、貴重なお話を本当にありがとうございました。(了)




哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 7回目です。

 
 ここでは、12年にわたりマネージャー教育を行ってきた正田が、発達障害やさまざまな精神疾患をもつ人と接する際のマネージャーの「疲れ」について言及しました。
 

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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」について
■職場は「共通善」を追求する場

正田:
お時間がちょっと押してきたんですけれども、一番おききしたかったご質問をおききしてよろしいですか

河野:どうぞ。

正田:私自身のルーツを言いますと、亡くなった父は確実にアスペルガーだったと思いますし、母もアスペルガーとADHD混在したような、非常に共感能力の低い女性でした。そういう親のもとで育って非常に不全感をもって育って、その反動で今、こういう「他人を理解しましょう」みたいな仕事をしてるんだと思うんですけど。
そういうルーツがあるからか、今でも「心の理論」のない人としばらく話すと、すごく「疲れる」んですね。ただ仮にそういうルーツがなくても、一般に共感能力の高い人と話すと癒し効果があって疲れがとれる、逆に低い人と話すと疲れる、というのはあるのだろうと思うんですけど。
 「心の理論」がない方というと、発達障害だけではなくて鬱の人、統合失調症の人などもないのだそうですが、 「心の理論」がないということは、互酬性がない。
 そこで多分職場のマネージャーも毎日疲れてるんじゃないかと思うんです。こういう(発達障害や精神障害の)人を理解しなさいよ、ということはできます。その人に合った仕事をさせてあげましょうよ、条件を整えて働きやすくさせてあげましょうよ、ということはできます。でもここで感じる「疲れ」というのを何ともしがたいんです。

河野:なるほど、自分の方が向こうに認められてない感があるわけでしょうか。

正田:それはあると思いますね。例えば「承認」を学習して実行している人というのは、決して「相手から認められたい」ということを最初から目的にしているわけではありません。しかし多くの場合相手から信頼とか感謝とか、指示に従ってくれるとかの報酬が返ってくる。すると無意識にそういうものを期待するところがあると思います。その期待が裏切られ続けると、疲れが蓄積してくる…。
 いわば、対人支援の技術を自分が持つことが、自分の心を傷つきやすい無防備な状態に置くことにもつながりかねない。だから「自分の心を守る技術」というものも教えないといけないかな、と思っています。
 例えば、アイコンタクトがない。自閉症の人だと「視線が合わない」「通り抜けるような視線」ということがよく言われますが、そうしたことでも接しているうちに疲れが蓄積する可能性がある、ということ。

河野:なるほど。例えば、一方的に相手が話してくる、みたいなこともありますよね。どうしたらいいですかね。僕だったら言っちゃいますけどね、「私もしゃべりたいので、しゃべらせていただけますか?」と。

正田:ははあ…。まあ一方的に話す以外にも、例えば職場でしてほしいことをしてくれない、先ほど休憩の問題が出ましたけれども、それ以外にも、ちょっとした配慮、ほかの人に協力してくれない、とかですね。
 職場って「共通善を追求したい」ところが学校よりも強くって、その「共通善」の中に結構共感すること、しあうこと、が含まれていると思うんですよ。

河野:なるほど。相手の仕事を共感して「大変だったら手伝おうか」とか、これは今度一緒にやろうか、とか協調行動が必要なわけですよね。
 まあ学校って「個人を伸ばす」みたいなところがあるので、そういうのはずっと職場のほうが強いですよね。そういう時にそういう人が出てきちゃったらどうするか、っていうことですよね。
 逆に言うと、相互に仕事を期待しない形にはできないですかね。

正田:結局今そういう方向にはなっていますね、そのケースに関しては。職人仕事のような、その人だけで完結する仕事を与える、そしてやっぱりリーダーは??という判断になっているんですけれども。

河野:確かに発達障害である程度重い人たちというのはそういう作業をやってもらいますね。ただ、かなり重い人がまったく他人のことを気にしないかというとそうじゃないので、引き出せると思うんですけどね。なんで引き出せないんだろう、ただ気がついてないからだけじゃないんですよね、多分。こういう風にしてほしいけどどう思いますか?って話してもいいんじゃないですかね。

正田:当事者のマネージャーというのは、ここで考えられる大抵のことはもう既に試みていますから―、
 一度問題を整理したいのですが、ここでは特定企業で起きていることというより少し一般化させてください。
 先ほど発達障害の人も決して共感能力がないわけではない、ただ認知能力の問題があるので隠れているんだ、というお話で、そうするとその認知能力の特性をよく理解した人が周囲に指導者としていて、適切な療育とか働きかけをすると、共感能力はないわけではないので伸びてくる、ということでしょうか。
 ただ現実には現代はまだ過渡期で、児童期〜青年期に診断され療育を受けなかった、自分の問題を自覚していない発達障害の人が職場にいっぱいいます。それまでに沢山の否定された経験をもち、挫折感をもち、自覚していないがゆえに、その人たちの振る舞いは、私たちの考える「人格の悪い人」「能力の低い人」とか、「倫理的な悪」に近いことになってきてしまう。
 ではその人たちにどうすれば、というと、身近な指導者、マネージャーがその人たちの特性を理解してあげてうまく仕事を振ったり指導してあげて、というのが取りあえずの解になるんですけれども、じゃあその指導者はじめ周囲の人の感じる「疲れ」をどうしてあげたら、というのが今の問いです。その障害の人が問題を自覚しないまま今まで来て、二次障害などもいっぱい出てこじれてますます難しい人になっている、というのは今そばにいる人の責任ではない。難しい人のそばにいて指導することを義務付けられているだけで疲れるだけでなく心の病気になってしまう恐れもあります。実際、聴き取りをしたほとんどのマネージャーは部下の発達障害らしき人に対して、いらだちや怒りを感じたり、夜も眠れないほどその1人の部下のことばかり考えてしまう。
 「疲れ」の問題がある、ということを認めてあげないと、例えば発達障害のお子さんを毎日お世話しているお母さんに「たまには1人で遊びに出かけておいで」と言ってあげることも必要でしょうし、マネージャーであれば自分の疲れに気づいていないあまりパワハラをしてしまう恐れもあるわけですね。

河野:なるほど、「疲れ」がある、ということを認めてやる必要があるわけですね。


>(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終) に続く




哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)




100年後に誇れる人材育成をしよう。
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 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 6回目です。

 
 「鎌倉哲学カフェ」など今、あちこちで見事なファシリテーションを披露される「対話する哲学者」河野氏。ファシリテーターの心得や、公共の場のありかたについて語られました。


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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(6)ファシリテーターの心得と公共の場

■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
 「僕は『自分は間違ってるかもしれない』と思って臨みます」(河野)


正田:
そうですねえ…。
 先日、組織内ワールドカフェをしまして、同じところでワールドカフェを2回やりました。1回目には問題を出すだけ、という回をやったんです。

河野:いいですね。

正田:上司がコーチングを学んでいるから、ファシリテーター役をやりますね、4人1組の中で。そうするとやっぱり、部下が問題点を言ってきたときに「ちゃうやろー」と言ってしまった、という上司がいて、私は「まあ人間だからしょうがないかなー」と思いながら、そのメールへのお返事に、
「普通の人というのは問題を一通り言ったあとで『いや、これは別の考え方ができるかもしれない』と思える。自己治癒能力というのがあるから、それを信じられたら、『ちゃうやろー』ってあなたから言わないで黙ってられるねんで。そこは場数やで」
と、そんなことを言いましたね。ただ、その自己治癒能力があるのはメタ認知能力のある定型発達の人の場合ですけど。
 職場でやると上司がみてどうしても「正しい」「正しくない」は普通以上にわかってしまう。また多くの場合上司は、部下以上に仕事にパッション(情熱)を持っていますから、「怒り」がわいてしまうのも無理からぬことなんです。そこを何とかコントロールできるようになるといいですね。
 別の上司の人には、「やっぱりこんな失敗をしてしまった」と書いてきたので、「私もコーチングを習って半年目ぐらいにロールプレイの中で何かをすごくできてない自分を自覚した、それからできるようになった、だから失敗して自覚することが一番学ぶきっかけになるんですよ」とお返事しましたね。
 その時はたまたま2回あったので1回目は失敗していいと思うぐらいの余裕があったんです。やっぱりマネージャー自身が職場のファシリテーターであることは大事なので。

河野:僕自身が哲学カフェをやるときの心構えは、「僕は間違ってるかもしれない」。いつもそのつもりで。今までの哲学の理論で言われてきたことが全部間違ってるかもしれない。「マイト・ビー・ロング(”might be wrong”、間違ってるかもしれない)」とそういう感じですね。それを正せるきっかけがあるといいなあと探る感じ。まあ、要するに「学ぶ」という感じですね。そのつもりでファシリテーションをやると、僕はずっとこの人と付き合ってきたけれども、全然知らないかもしれないし、僕の今まで考えてきたことは間違ってるかもしれない。多分間違ってるんです。それぐらいの気持ちで。

正田:ほう…!

河野:それぐらいの気持ちで臨むと「え、どうして?」となる。ちょっと違うところからの問いになる。感性が働くんですよね。
 自分と違う感覚に出会ったときに、「自分が違うのかもしれない」。「それは違うだろう」と自分に言う必要があるかもしれない。でも「なんでそう思うの?」と、理由は聞かないと納得はしないので、それは訊くんです。

正田:その感じを体得出来たらいいですね…。先生の場合何かきっかけはおありになりました?

河野:いやいやでも、間違ってるかもしれないというだけの話ですよね(笑)正しいことを知りたいのであって、そうすると自分は間違ってるかもしれないですよね、やっぱりね(笑)


■“おじさま参加者”をどう扱うか

正田:
変な質問ですけど、先生がそういうスタンスでファシリテーションされたときに、年齢層の高いほうの方が、「オレは人生経験あるんだあ」という感じで来られて、「そんなのあんた若いから知らないだけだよ、こうだよ」って言ったときに「でもあなたはこの件についてちゃんと考えてなくてオレのほうが正しい」って思うことはありません?

河野:そういう風には思わないようにしてます。絶対、そういうふうに言ったからには動機と道筋があるはずなんです。必ずそういう発言には文脈があって、「なぜあなたは自信があるのを人に言わなきゃいけないのか」の理由があるはずだ、と思うわけです。
どうしてわざわざここに出てきてそんなこと言わなきゃいけないのか知りたいな。そしてなぜそれを人に強く言いたくなるのかなあと、それに理由があるはずなんですよ。

正田:ああ、なるほどねえ。

河野:ファシリテーションのやり方って結構色々あって、私は結構心理学的な気がするんです。サイコロジーな感じがしますね。うまい人でももう少し硬い感じの人とか、議論が社会的なことに関心がいく人とか、でも僕はサイコロジカルなので、言うからにはそこに文脈があるんです。なぜそういう風に言うのか。探偵みたいな感じなんだけど、そう感じますね。
 言ってることって必ず何か文脈があって、その文脈は何だろうか、と考えることは大事だと思うんです。
 先ほどご質問を受けた女性の地位に関しても、なるほど神戸市ってそんなに専業主婦が多くて(笑)ときくと「ああそうなのか」。大阪って結構商人のまちだから、まちを歩いてもおばさんたちというと悪いけれど商店で女の人が前に立って、「いらっしゃいいらっしゃい」って、こういうのがあると女の人が働くって別に当たり前じゃないのかな、というイメージがあったんですけど、神戸と大阪って大きく違った。そう思ったりもするし、もしかして海のまちだからそういうのがあるのかな、とかね。そういうふうに、情報をいただいたらどんどん膨らんでくるんですけど、何か言うからには必ず背景がある。映画の断片をもらってるみたいな感じですよね。

正田:ははあ。その人の文脈。

河野:その人の考え方は映画の予告編のようなもので、「ここだ」というところだけ言っているけれど、流れがあるはず。

正田:それで言えば、2回目のワールドカフェでは1つ新しいチャレンジをして、「大事な質問はこれです。『それどういうこと?』という質問を使ってあと一歩深く聴いてください」ということを言ったんですけど、無意識にそういうことをやっていたかもしれないですね。
 でもまた次のご質問で、その人のライフストーリーまで全部きいてしまったら、哲学カフェとしてほかの参加者のかたの機会を奪ってしまったりしません?

河野:それはそうですよね。ですからそこは全部全部話してもらうことはできないです。
 そういった人が多かった場合はやはり制限してもらっていますね。
 確かに、大体中高年の男性ですよね。奥さんに聴いてもらってないのかなと(一同爆笑)まずその想定を。それで「なんでこんな自分と違う人生を生きている人に言いたいのかな」と。そうするとライフストーリーというより「どうしてそうなんですか?」理由は何なんですか?」という感じで訊いたほうがいいかもしれない。そして、振ってみるんですね。「こういう風な意見をいただきましたけど、どう思いますか?」若い女性とか男性に振ってみると、大体発言できることがあるんですね、ぱっと言われるんです。そこで「それに対してどう思いますか?」と戻す。今まで反撃食らったことがないので、そういう人って。反撃というか質問を受けたことがない。もっというと自分の人生に関心を持ってもらったことがない。きっと。それで言ってるんですよ。

正田:ははあ(笑)
 ちょっとお客さんあしらいみたいなお話になってしまいまして。私は女性のせいか、「ものを知らない女に教えてやるとか説教してやる」っていうモードで年上の方から言われることが多いので、参考になります。

河野:確かにそういう方はいらっしゃいますね。そうした場合にいくつかやり方があって、僕は場合によっては「発言人形」を使うんです。縫いぐるみ、なるべくフカフカした可愛い縫いぐるみにします。ちょっとバカっぽいので、そうすると(笑)真剣な話もこれ持ってると真剣にできなくなる。これを持った人が発言する。持った人が発言するので、キャッチしますよね、これ投げていいわけです、離れた人に。鎌倉(哲学カフェ)ではそれはやりませんけれども。持った人が次に渡す権利もあるんです。「この人に話して欲しいな」と。そうすると、話す量が多いのが制限されますよね。
 まああの、小学校でもハイハイハイって手を挙げる男の子いますけれど、大体それと同じメンタリティ。先に言って認められたいっていう。

正田:ハハハ(笑)

河野:そうですね、今言ったように障害を持った人にとっての良い環境をつくるというのはまず大切なんですけれども、障害をもった人たちが気づきを自分で見つけるということが大切で、その気づきというのが色んな要因で本人が拒否したり、難しいのかもしれませんけれど。多分そのときに「自分の弱みを見せても大丈夫なんだ」という場面をどこかで作らなければいけませんよね。

正田:あー、なるほど。


■評価されることのない、ものを言える場を

河野:
弱みを見せると攻撃されるという絶対的なプライド…。プライドって、要するに負ける恐怖から来ていると思うんです。プライドって恐怖の産物だと思うんですよ。やられたり、負けちゃったり。恐怖というのは、自分が何かを失ってしまう、やられてしまうという恐怖心なので、それがない状態の中で、何か気がついて貰えるような研修なり、話し合いなりになるといいですよね。

正田:ははあ。

河野:だから、職場の評価とは別の、自分が安心して自分のことを話したりできる場ができないんだろうか。
 ただそれを作り出すのは会社全体のムードなので、そこを作っていくのがより上司の役目というか、経営トップの役目なんじゃないかと思うんですよね。
大学でも学校とかでも、ほかの職場でも同じだと思うんですけど、やっぱりいいムードがあった中でそういうことができるんじゃないか。
 病院とか伺ってみると、いい院長先生がいると公平な感じ、あんまり院長先生が良くないと個々のお医者さんや個々の看護師さんが自分を守ってるんですよね。自分の決められた仕事しかしなくって、公共性の部分が弱くなってくる。お互い助けないし、手を抜きやすくなるというのはききますよね。看護師さんとかの話し合いで。
そうすると、どうしたら問題点を地位とか立場とか限定せずフラットにしゃべれる場を作れるのかということですよね。
 それを作るのは、大きいと公平感があったりしますが小っちゃいと難しいですよね。
 何かやってれば上から「何やってるんだ」と言われちゃう。そこは僕なんかが語れるようなあれじゃないですけど。
 この間の企業内研修でやったことですけど、まったく企業の経営内容と関係ないようなことを話し合ってみる場があっていいんじゃないか、と思います。そういう場を仕事の場につくれないんでしょうか。
 仕事が上手くいってるとか上手くいってないとかの評価とは別に自分のことを話せる場ってあっていいんじゃないか。評価とは関係なく、自分のことを自由に言えたり、人の話を聴けたり、それについて語り合ったりする自由な空間。そういうのがなきゃいけないんじゃないか。
 そういうのが会社の中にできないものですかね。仕事の上で、例えば障害をどうしようかとかのテーマにしてしまうと、なかなか言えないように思います。そうじゃなくてこう、単純に自分の生活について語るようなことはないのかなあと。そうすると違うのかなあと思うんですよ。

正田:自分の生活について。なるほど。
 それでいうと私どもの受講生さんでは、姫路市立楽寿園というところで従業員同士、朝礼と仕事中にも茶話会のようなことをやって、プライベートのこと仕事のこと隔てなくなんでも語る場をつくったところ、従業員満足度も顧客満足度も向上したところがあります。そこでは「なんでもいいからしゃべって」といって、高齢の従業員さんが多いんですが、「きのう孫とどこそこへ行った」といったプライベートの話をする。受講生さんからすると、そういうのも「承認」の一環なんです。ホールシステムとしてのその人を認めるという。
 私どもはマネジメントはマネージャーがするものだと考え、マネージャー教育を充実させることによって高業績と職場の幸福感を両立させてきましたが、マネージャー教育の次の段階で対話を仕掛けることは大事と考えています。うまくすると適切なマネージャー教育のもとでは、それは自然発生的に起きます。先日のワールドカフェのように外から仕掛ける場合もあります。

河野:それはいいですね。
 僕のゼミでも、学問でこの本を読みましただけじゃなくて、なるべく自分の生活と結びついて、ちょっと恥ずかしいことでも言えるようなムードを作ることをしています。そうすると結束力がついてくる。本当の人の結びつきって、真実を追求するというか、真実を語り合うことなしにはできない気がするんですよね。真実が人を結びつけるというか。
 だから評価の中で自分を大きく見せたり、人を小っちゃくさせたりするようなことでは、問題が明らかにならない。なかなか難しいことだと思うんですけどね。そういった場を作れないかなーとは思います。

正田:真実が人を結びつける、だから対話を。ということですね。



■最もガードが固いのは「お母さん」

河野:
今、お母さんたちを集めた母親カフェみたいなことをやるんですけど、これは子育てについてはガード固いですね。

正田:それは面白いですね。そうなんですか。

河野:なんかね、すごく心配だし、子育ての仕方が人と違ったり批判されたりするようなことをみんなすごく避けますね。それで極端に言っちゃうと悩んで、どうにもならなくなっている。親子関係がこじれちゃって。
だったらどうするかというと、標準的に子育てをするって一体どういうこと?という問いがあっていいと思うんですよね。
 昔は多分、1人の子供におばあちゃんとかおじいちゃんとか関わっていて、沢山の人がみているということで相対化できていたんですけれども、今核家族が中心だと、かつ出てくるのは本で結構抽象的な育児論ばっかりだと、本当に使っていいか解らなくなっていて、心配を抱えている。その辺を話し合わせて。結構今までやった中でも最もガードが固い人たちです。子育てってこれだけ個人個人の中で固くて言いたくない部分なのかと。そこを何とかしようと。

正田:それは有意義なことですね。

河野:明日(3月2日)やるんですけどね。楽しみです。寄居ってご存知ですか。埼玉県の、東武東上線で上に上がっていったところでやるんで、ファシリテーター何人かで行って、片方で子どもたちは子どもたちでカフェやってるんです。絵本をみて語り合うというやつです。発達障害の子もいますけれども、大分落ち着いてきましたよ。2年間やっていると。大分落ち着いてきて、すごく元々頭がいいんです。でも暴れまわっちゃうんです。だんだん落ち着いてきて、きいてもらえます。学校ではすごくこらえているらしいんですけど、カフェに来るとまあちゃんと話せるし聴いてもらえるんで、だいぶ落ち着いてきました。今度はお母さんとでやってくれと言われていて、僕の知り合いたちは子どもとカフェをやって、私はお母さん方とカフェ。
 福島でやったときも良かったですねえ。震災のあとにしましたが、バーッとみんな吐露しますね。不安と怒りと。でもそれを吐いたあと、前に進んでく感じがあるんです。
 それは政治とか対立のない、ただ自由に話す場。それはなんていうのかな、「なんでもない公共の場」。
 何の評価もない、対立もない。公共の場というのは、必要なのかなと思うんですよね。

正田:まとめると安心というキーワードを実現するために、公共の空間を、組織内にも対話を、ということでしょうか。



(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」に続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビュー 5回目です。

 
 数年来の正田の問題意識、「ナルシシズム」が今回の話題です。折りしも偽作曲家、論文捏造疑惑事件…とナルシシストたちがマスコミを賑わします。身近にいるナルシシストたちの困った行動とは、またそれに対する河野氏の答えとは。


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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(5)ナルシシズムは悪なのか
■ナルシシズムは氏か育ちか


正田:実はそこで、ナルシシズムに関するご質問になるんです。
 E・フロムは『悪について』の中でナルシシズムについて語っています。世の中には自己愛性人格障害という障害があります。またそれの強度なものと思われる、反社会性人格障害という障害があります。自己愛性人格障害は、最近のエポックメーキング的な著作『自己愛過剰社会』によればアメリカで16人に1人、20代で10人に1人の割合でみられ、急速に増加しているそうです。
 最近のわが国での偽作曲家事件、人気漫画家への脅迫状事件、尼崎の家族乗っ取り事件などは強烈なナルシシズムの人格を思わせます。マルハニチロの農薬混入事件もその気配があります。
 先生の『善悪は実在するか』では共感性、互酬性を倫理の基盤としていますが、一方で個別性個体性への理解、配慮もまたその倫理のための方法だというお考えもみられます。もしナルシシズムが遺伝形質としてあるものなら、生まれつきの個別性だから倫理的悪ではないということになってしまわないでしょうか。

河野:僕は基本的に、遺伝的に最初から悪である人はいないと思うんです。発達障害も、別に最初から対人関係が弱い、共感がないというよりも、認知上の問題で共感ができにくくなっているだけであって、それを上手くすれば。自閉症で人間に関心がない人はいないし。

正田:関心があるといっても自分にとってプラスの働きかけをするかどうかというそこにだけ関心が行ったりするのでは?

河野:多分、限られてきちゃったんだと思うんです。

正田:限られてきちゃった。

河野:はい、はい。ずっとそういう扱いを受けてきているので、そういう形の対人関係になってきちゃったんじゃないか。ずっと気がついてもらえなくて多分ずっと一方的に、拒否されることが多いとそうなっちゃう。だから二次障害だと思っているんです。障害が出てくることによって相手の反応が変わって、それによって二次的に障害が起きてくるんじゃないかと思ってるんです。
ナルシシズムも同じだと思うんです。ナルシシズムは誰にもあって、例えば偽作曲家の件でいうと、彼がああなったのはやはり理由があると思うんですよね。最初からそうではなくて、何らかの形で一歩足を踏み込んじゃうと自分では取り返しがつかず行ってしまう場合があると思うんですよね。だから本質的な悪とかがあるわけじゃなくて、そういう風になってしまう、送り込まれてしまう、そっちへ。という風に思います。

正田:どうなんでしょう、私ももとはそう考えていたんですけれども、やっぱり生まれつきのそういう傾向というのはあるようなんです。たとえば、ある人の息子さんは2歳か3歳のころ保育園の先生から「この子は私たちのキャパを超えてすごくいつもいつも褒めてもらわないと気が済まない子ですね」と言われた、という。その息子さんはもう大きくなって20歳ぐらいになって、結局ニートなんです。仕事に就いても続かないで辞めてしまって、を繰り返す。そういう例をみると、やっぱり生まれつき承認欲求が極端に強い人、永遠に満たされなくて定職にも就けない人というのは中にはいるのかな、と。また最近きいた話では親子2代でナルシシストの傾向の強い人というのがいて、近所から煙たがられているらしい。

河野:ああ、なるほど。確かにそういう傾向性の強い人というのはいるかもしれなくて、そういう人は周りの人が知らなかったんじゃないのかなと。やっぱり人に合わせてどうこうするというのをそこで作っていかなきゃいけない。人をどう扱うかというのは。
今までのやり方だと満たされないような承認欲求なのかもしれない、それは生まれつきなのかもしれない。

正田:人の生まれつきの個性と周囲の働きかけは相互作用すると思うんです。一般には生まれつきの個性を強化する方向に働きかけることが多い。承認欲求の極端に強い子に対しては、周囲はそれに負けて承認を与えることの方が多い、だけれどもそれは本人の「勘違い」を強化することになるかもしれないですよね。

河野:だけれども、それがすべて悪くいくかというとそうでもないんじゃないか。


■女優さんと政治家はナルシシストの職業

正田:
この問題については、人材育成業界の先輩で人の個性に詳しい方とこのところよく議論するんですけれども、ナルシシズムに関わる資質がある。ひょっとしたら承認欲求に関わる視床下部の線条体という部位が生まれつき大きい人というのがいるのかもしれません。そのナルシシズムが高い人でさらに他の資質との組み合わせによっては、常にほめられていないと気が済まない。自己顕示欲がすごく強くて、注目されていないと気が済まない。厳しいことを言われたときに反発して物凄い形で仕返しをしたりする。内省はしない。そういう人格の人は残念ながらいるようだと。
 コーチングでも一般に「強みは伸ばしましょう」という建前になっているんだけれども、ナルシシズムの資質だけは非常に伸ばしにくいのだそうです。例外的に、例えば芸術的才能に恵まれていて、なおかついい師匠に会ったらそこで開花する可能性がある。

河野:かもしれません。芸能人でそういうタイプの人はいるかもしれません。
ある女優さんが私の家の近くに住んでいますけど、かなりそれに近いですよ。

正田:あ、そうですか。ほう。どうですか。

河野:やっぱりナルシスティックだし、常に女優なんです。常に見て欲しいし、そのオーラがあるわけですよ。「見て欲しいオーラ」というのがあって(笑)普通の人と違うんですよ。

正田:はいはい。見て欲しいオーラですか…。私にはないものですねえ(苦笑)

河野:その女優さんの場合はまさにナルシスティックな人で、常にほめてほしいし常に見て欲しいし。ほめるに値することをやるし。それがまさに、「女優」という感じ。そういう人は、自分の本来持っているものと天職が合ったんでしょうね。ただそれは演技のほうの才能もないといけない(笑)ただそういう人はもしかしたら演技のほうの才能があるかもしれませんよね。

正田:そうですよね。

河野:まあずべての人がそういう風にするというのは難しいかもしれない。そういう人たちってプライドが高いので他人の影響で自分を変えないので、確かに教育には乗りにくいかもしれませんよね。
それでも、必ずしもそれが悪くなっちゃうかというとそうでもない気がする。
ぼくの親戚でもそういう人はいるけれども、押し出しが強いですよね。よくありますよ。場を圧する力。もしかして政治家に向いているかもしれない。

正田:おっしゃる通り、政治家って多分ナルシシズムがすごく高い人ばっかりなんだろうなって(笑)あれだけポスターに向かってニカッと笑って、その顔をずっと維持したまま有権者と握手して回る、そして「私はこんなすばらしいことをします」と言い続ける…。

河野:そうそう。いかに政策が良くて頭が良くて人の役に立ったとしても、自己顕示欲がなければ政治家になれないと思うんですよね。

正田:そうですねえ…。

河野:なったとしても、目立たない(笑)いい人ではあるけれど、目立たない。
だからとてつもない自己顕示欲と自己愛というのが、やっぱり政治家には必要なのかもしれません。
ただ政治家ってそれだけでもやっぱりダメで、自分はそういう人間なんだけど人の役に立つぐらいに思わないと。それはそれで居場所があると思うんですけど。
リーダーってある程度そういうところがないといけないのかもしれませんね。ただあまり極端だと、人のことを考えないようではいけませんけれど、バランスの問題でしょうけれど。


■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき

正田:
その極端なほうの例で言いますと、私の知っている中小企業の経営者で、ナルシシズムのものすごく高い、そして仕事面でもすごく有能なんですけど、女性に汚くてですね(笑)、会社の女性に軒並み手をつけちゃって奥さんにもばれて、その女性たちを退職させるような羽目になってしまう。

河野:あー。それはよろしくないですね(笑)

正田:承認欲求の最たるものは恋愛、(異性愛者ならば)異性からの愛だという、それは「承認論」の提唱者の同志社の太田肇先生(教授)も言ってるんです。その経営者自身、「自分の性的魅力をいつも確かめてないと気が済まない」ということを言ってるんですけど(笑)、際限なくそれを満たそうとしてしまうんですね。

河野:どうなんでしょうね、そういうのって脳の問題というか心の問題なのかもしれないんですけれど、どうしたらそういうのって満足するんでしょうかね、永遠に満足しないんですかね。

正田:あとはですね、あまり芸術的才能と縁のないところ、日常的なところでのナルシシストの症状でいうと、「職場で変な噂を流す」っていうのはよくやるみたいなんです。リーダーからよくそういう相談を受けます。

河野:変な噂っていうのはそれで注目されるし人をコントロールできるんで、権力欲が強い、権力欲の表れだと思うんですよね。

正田:権力欲というか、自己顕示欲というか。

河野:でもそれは良くないことなんで、倫理的な問題ですからね、それはわかってもらうしかないですね。

正田:そうですね…。それで結局リストラのリストの1番上に載っちゃうんです。

河野:なりますよね。それはどう考えても悪いことをしてるんでリストラのリストに上がるのは当然のことなんだけど、本人がそれを解ってないのが不幸ですよね。
どうして自覚させるかですよね。

正田:どうやって自覚するんでしょうね…。現実にナルシシストについて職場で扱いが難しいのは、注意されるとキレる、逆恨みする、だけでなくひどい形で仕返しする、それこそ注意した相手について変な噂を流すとか、それが怖いので周囲が注意しなくなっちゃう、問題行動を大目にみるようになっちゃう。それでその職場の善悪の基準全体がおかしくなってしまう。それが目に余るのでそれもあってリストラのリスト最上位になってしまうのだろうと思うんです。

河野:自覚させるというところが非常にむずかしいわけですね。


■自分の弱点に気づく知性

河野:
ただ、先ほどのその女優さんというのは、自分がそう(ナルシシスト)であることは解ってますよね。

正田:あ、そうなんですか。

河野:当然そう。そういう職業なんですよね。
ただ、謙虚なところもあって、僕の知り合いのブティックでいつも服を買うんですよね。「私服装のセンスがすごく悪いから、女優のくせに。だから服は全部あなたが選んでね」。こういう傲慢な感じでくるんだそうです(笑)

正田:そうなんですか(笑)

河野:それって面白い話ですよね。まさに女優としての張りはあるんだけど、自分は美的なセンスは、服装のセンスは全然ないんだということはよく解ってて、だから信頼できるお店に全部任せるスタンスで、「いい服選んでよね!」とこう強気な感じでくる。「はい」って売るんだ、というんですけれども(笑)
まあそれは、自分の強みと弱みが解ってらっしゃるからいいんだろうと思うんですよね。自分のナルシスティックなところというのは逆に女優としては張りであるし、カリスマ性というかオーラになっているんだけれども、「服はダメなんで」っていう。ちゃんとそういうのが解っていて。
だからこそ、ああなるほどこういう人たちはちゃんと生き残っていけるんだなと。結構言えばだれでも知ってる女優さんですよ。

正田:え!知りたい知りたい(笑)

河野:年配の方ですよ。まあナルシシストの人はそうなるといいですよね。

正田:そうですね。

河野:だから自分の弱点というのは消せないかもしれないんだけれど、でも強みでもあるんで、それをちゃんと活かせるように自己認識ができるといいですよね。
どうしたらそういうのを解るんですかね。

正田:どうですかね、ナルシスティックな部分と、クレバー…知性の部分と両立していればいいんでしょうけど。
その女優さんの場合だと恐らく、スターシステムの高みを目指すとか、常にトップステージを維持していないといけないという目標、かつ自分の強みとリンクした目標が確固としてあるんだと思います。それだとその目標に向かうために障害になる弱みを認識して潰す、という発想ができるかもしれないですね。だから目標達成に必要な表現力とかの能力があって、知性もあって、という。

河野:知性が低くてナルシスティックだとダメなんでしょうかね、やっぱり(笑)

正田:やっぱり結構そういう人の話はききますねえ。

河野:そうですか。どうしたら聴いてくれるんでしょうかねえ。発達障害の場合と違って似た人同士で集めて学ぶというのは難しいかもしれないですね。プライドが高くて学習能力がないようでは(笑)

正田: そうなんです、ナルシシズムというのは決定的な学習能力の弱さにつながってしまうかもしれないんです。自分の不足を認識してくそっと思って、周りのレベルに届かないのは何故?というプロセスが働かないですよね。

河野:ええ。そうですよね、そのプライドの高さが「くそっ」ていうのにつながっていい回転になるといいですけどね。そうじゃなくて、守っちゃったり排除したりするようだとダメですよね。

正田:ですね。
 先ほどの先輩によると、ナルシシズムをもっていてかつほかの能力があまり高くない人ですと、例えば学校で「この問題わかる人!」というと、本当は「ハーイ」と手を挙げたいのに、でも手を挙げて答えが間違っていたらと思うといつまでも手を挙げれない。みんなの前で間違うという屈辱を味わうのは耐えられない。そのうちにほかの人がハーイと手を挙げて正しい答えをして拍手をもらったりすると、くやしくてその手を挙げた人を憎んじゃったりする。そういうネガティブ感情の塊になってしまう。ナルシシストの方って。

河野:それだけやっぱり肯定感がないんでしょうね。なんで人ができることが自分ができないことを比較するのかなあと僕なんかは思うけど。やっぱりいつも比較されているんでしょうか。


■承認欲求に関わる環境要因

河野:
承認欲求が強いということは、人から優れていると認めてほしいんでしょうかそれともただ単に人に受け入れられたいんでしょうか。仲間になりたいんでしょうか。

正田:TA(交流分析)のストロークという考え方を使うと、悪いストロークを出すのも承認欲求の表れだ、と言いますよね。他人からのストロークが欲しい一心で悪いこともしちゃう。

河野:認められたいってどういう気分なのかなあと思うんですよね。優れていると認められたいというのはどういう気持ちなのか、って。そうすると丁寧に扱ってくれるわけですか。

正田:うーん。

河野:いや、優れていると言われて何が嬉しいのかなと最近思って。

正田:そうですか。先生ファシリテーションお上手ですねって言われて嬉しくないですか(笑)

河野:そんなに上手いと思ってないし。今は上手くいったけど次上手くいくかどうかは解らないし。

正田:あ、そうですか(笑)

河野:さっきの「クールな能力評価」みたいなもので、喜んでもあまり役に立たないじゃないですか。

正田:それは、先生やっぱり健全な方だと思います。承認欲求が極端に強くないということは。
技量が優れているかどうかは別に、例えば大学教授であられたり著書を出版されたり、あるいはファシリテーターとして人前に出るということでも、普通以上に承認欲求が満たされていらっしゃると思いますよ。

河野:認められたいというのは何かに帰属したいということなのか仲間として認められたいということなのか。あとは優位に立ちたいということなのか。

正田:仲間と認められたいというのは健全な承認欲求の範囲だと思うんです。むしろそれくらいはみんなに持っていてほしい。ただ近年はスマホの普及もあって若い人に「空気を読む」というのが蔓延して、「仲間と認められたい」が高じて「仲間から排除されるのが怖い」という、後ろ向きの承認欲求が目立つようになっていますが。

河野:そうですね。
 多分、上位にいなければ仲間でいられない、と思っているのかなあ。

正田:スクールカーストの問題とかはまさにそうですね。
 自己顕示欲に関しては、ナルシシストにとっては他人が注目されたら自分は注目されない、幸せがトレードオフなんですよ。

河野:ああなるほど。ゼロサムなんですね。なぜそうなんですかね。

正田:わかりません。

河野:そこの発想おもしろいじゃないですか。誰かが注目されたら誰かが注目されなくなるというのは。こう、奪うものなんですね、きっとね。愛の総量みたいなものがあって、奪うものなんですよ。そういう経験をどこかでしているかもわからない。
 先天的なものって「変わらない」という意味だけであって、どういう行動パターンなのかというのはまた考えなきゃいけないですよね。脳がこうだからというのは後付けの話にすぎないので、それはそうなんだではなくて、それを変える手段というのはきっとあると思うんですよ。

正田:そうですね。
 あ、考えてみたら団塊の世代にはナルシシズムの強い人が多いですね。ベビーブームで一学級が50人も60人もいて教室からあふれ出すようにして授業していた、学校時代も就職してからもひときわ数が多かった中で注目されるために血道を上げてきた、その闘いの勝者として勝ち残った人たちはナルシシズムの匂いをぷんぷんさせ、少し下の世代を威嚇して委縮させ思考能力を奪ってきましたし定年後も現役世代に影響力を持ちたがる人たちが多い。介護職の人たちは、団塊の世代が要介護者になることに戦々恐々としていますけれども。
ということは世代的な特徴があるということは、ある環境の下で育つとそうなりやすいということですよね。

河野:そうですね。承認欲求は誰にでもあって、かつそれの強い気質をもった人というのはいるかもしれないけれど、度を超えるというのは多分、社会的な要因じゃないかなと。
統合失調症みたいに、器質性の病と言われていたものが最近環境要因が大きいことがわかってきたので、やっぱり環境要因が大きいんじゃないかなと思うんです。

正田:ああ、そうですか。統合失調症が。

河野:統合失調症ってしかも、社会的な病のような気がしています。ある社会では出ないんじゃないか。今の統合失調症は昔と違ってきてそれほど重症ではない。50年代にヨーロッパで撮った統合失調症の映像をみると一発で「これは統合失調症ですね」とわかるくらいはっきりしている。今はあまりそんなにわかりやすく出てこないんです。軽くなってる。軽くなってるけれども、それほど重症じゃない。
だから、統合失調症になる気質というのはどこかにあり続けてるんですけれども、表出の仕方は随分社会によって変わってくるだろうと思うんです。

正田:一昨年インタビューした遺伝子学者の方によると、統合失調症になりやすい遺伝子はあるんだそうですけれどもそれがオンになるか、それとも一生スイッチが入らないで生きられるかは食べ物が関係するんだという研究が最近まとまったということでしたね。ただそれだけではないだろうと思います。やはり食べ物以外に社会関係、人間関係が影響するのだろうと思います。

河野:同じようにナルシシズムも誰もが持っているし強い人もいるかもしれないけれども、それがどんな形で出てくるかというのはやっぱり社会的な要因で、こじれてしまったらなかなか人間って歳を取ると変わりにくくなるかもしれない。
さっきの女優さんみたいにうまくそれを自分で統御して、自分の職業にプラスにしている人もいます。
まあこちらの『当事者研究』にあるように、今の状態からどうするかが問題なんであって、原因を問うても仕方がない気がしますね。

正田:はい。

河野:まあそういうのは、自分で問題を認識することがないと、不幸ですよね。周りの対処の仕方があると思うんだけれども、自分はこうこうで、と思っちゃってるんだということを知る必要がありますよね。

正田:そうですよね。
 ナルシシズム形成に教育の影響も結構大きくて、わたしどもが猛省しないといけないところです。
コーチングも心理学の端くれをやっていますけれども、世間一般にある心理学セミナーの類に好んで通う人にもナルシシストの人はよくみられます。「ありのままの自分を受け入れましょう」「強みを活かしましょう」「自分の本質を感じましょう」といった言辞が、ナルシシストの人には甘美に響いてしまうので、わたしどもそこには非常に注意を払っています。心理学セミナーに行った人がナルシシストの顔になって帰ってくることは多いです。当協会から他流派に流れてしまう人にはそのパターンが多いです(苦笑)
 だからわが社、厳しいですよ。「承認」のトレーニングはある意味、他人の美点に目を留めよ、外界の素朴な観察者であれ、ということを強く言っているので、リーダーがナルシシズム、自分の美点にばかり関心がいくということにはなりにくいプログラムではありますね。



■「問題に気づく場」について


河野:
ナルシシズムにしても発達障害にしても、問題のある人は見ているとある程度わかるので。対処の仕方をある程度人によって変えられますよね。
 だからやっぱり周りも認識しているかどうかが大きい気がしますね。ぴんとくるかという。
 大学にいるとそういう子を沢山みるので、ぴんときますけれどね。

正田:ああそうですか。沢山ご覧になっているから。

河野:センサーを働かせる機会が多かったので段々わかってきた感じですね。
 大学だと学生相談があって、そこでは勉強の相談ももちろんあります。「授業が難しくてついていけません」とか「どういう風に履修したらいいでしょうか」というのも。あとは生活上の相談ですが、大体二分されていて、経済的な問題か、障害あるいは精神疾患なんです。まあ本当の体の病気の場合もありますけれどね。大体病気か、金銭問題かの2パターンです。金銭問題のほうはお金のことを考えるという対処になります。
 病気の場合は来ただけでOKなんです。自分で何か問題があると思ってきているので。で対処のしようもあるんですけど。そうじゃない場合は大変ですよね。

正田:そうですよね。先生、例えば研究室に来られる学生さんで、本人は自覚してないけどこういう問題がありそうだと思われたときってどうなさってますか。

河野:特別なことはしませんね。ただ、こういうの(当事者研究など)を扱うことが多いので、本人たちが段々気がついてきますけれどね。

正田:ああそうかそうか、先生の研究室の場合は研究対象がこうでいらっしゃるから。

河野:ある場合は、ですね。軽ければ、僕も自閉症の当事者研究などをみて、ああわかる、ということが結構あるわけで、逆に「全然これわからない」という人は何らかのセンサーが鈍いんじゃないかと思います。人間の何かの普遍的な傾向というのが強く出たのが自閉症という病気だと思うので、これ(当事者研究など)読んでも全然自分と関係ないという人はちょっと鈍い。もしかして色んなことに気がついてないんじゃないかと。

正田:そうですね。
 以前、職場で「発達障碍者いじめ」というケースに遭って、あわてて綾屋紗月さんの本を紹介したり色んなことをやったんですが、みているとやっぱりそれをやるいじめ主のほうも、「いじめっ子傾向」というんですか、ある意味他人の痛みに気がつかないとか他人の問題に腹がたつことを抑えられないとかいう、障害と言えるかもしれないものを持っているわけですね。

河野:結構同種だったりするし、本人が問題を抱えている場合もある。多いですね。
自分のそれに気がつきたくないんですよね。

正田:ああ、おっしゃる通りですね。

河野:それを、本人にも気がつかせるといい。「なぜこの人のこれを問題だと思うんですか?」って、哲学対話で洗い出すことができると思うんです。
「どうしてこうなんですか」「どうしてこうだと思ったんですか」訊いていくと自分の問題にも気がつくと思うんです。

正田:去年河野先生主催の哲学対話のシンポジウムに行かしていただいて、まだ全部消化しきれてないんですけれども、何とかコーチングの中にも取り入れられないかなあと思いながら。

河野:はい。1人1人のことをよく聴く、よく理解するためにはすごく役に立つと思います。心理学のカウンセリングではないので、今与えられた状態をそのまま受け入れたうえでどうするか。
「あなたこういう病気です」ではなくて、まさに自己診断の病名をつけるのが一番大切なんです。この「べてるの家」に先々週も行ってきたんですけれども、そこで一番大切なのは、自分で自己診断をつけること。「統合失調症です」じゃなくて、自分で「何とか何とかタイプの病気です」と、自分で問題を自己診断することが大切。それが第一歩なんですよね。
 だからそこを何とか、対話で見つけるということができるんじゃないですかね…。
 何のいい悪いの価値判断もない、腹を割った話し合いができるといいんじゃないですかね。職場での問題というのを単に話し合うと。そんなことをやってみてもいいかなあと思うんですよね。沢山出てくると思うんですよね。

正田:出ると思います。

河野:それをフラットに上下なくちゃんと話し合える場。
 うちの学生で就職が最初難しくて4年やって今度編入で入ってきた、編入は3年へ編入する。そうすると3年から入るともう、哲学対話しかやらない。すると今度の就職のときすごく楽になった。

正田:ほう、ほう。

河野:なぜかというと、自分が何を求めているかが解りやすくなったし、相手のことも解りやすくなったし、表現、自己開示もしやすくなったので、すごく就職も簡単だったと。昔就職活動やって苦しんだのと比べてずっと楽になったと。やっぱり効果はあるなと思うんです。

正田:そうですか、それはすごいです。


(6)ファシリテーターの心得と公共の場 に続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏へのインタビューの4回目です。


 お話は再度「発達障害」に戻り、自覚のむずかしさ、リーダーの適格性など突っ込んだやりとりになりました。


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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメント―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


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(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

■リーダーは教育者でなければならない



河野:ちょっと発達障害の話に戻りますが。

正田:先ほどのリーダーの適格性の問題で、もう1つそこにはあって、リーダーの機能であるケアっていう、メンバーをケアするという、そこを彼はあまり果たしていないわけですね。それもあって降格というのを言ったんですけれども。

河野:なるほどね。確かに教育者であることがリーダーということですよね。何でもかんでも自分でやるのがリーダーじゃなくて、それは一匹狼なので、リーダーというのは、色んな人の能力を上げてあげて、上げることによって仕事を上手くいかせるのがリーダーだとすると、まあご専門であるコーチングだと思うんですよね、リーダーとは。コーチして教育するのがリーダーの役割だと。
 それが上手くないということであれば、降格されても仕方ないなーと思うんですけれども、ただその人は、今までそれでずっとやってきてしまったんです。で多分その人のことを心開かせてあれすると、能力が高いにもかかわらず、自分のその部分というのはなかなか上手く向き合ったり社会化することができなくて、そこでこう、バンバンやることを中心にしちゃったんじゃないですかね。

正田:うん、大量生産の時代ってそれで良かったみたいなんですよね。

河野:そうですよね。今は大量生産の時代じゃなくて、人と人とのお付き合いが大切ですし、ま、ちょっと変わってきてるので、そういう発達障害系のリーダーの方以外にもそういう人は沢山いるんだと思うんです。工場でうまくバンバン作ってればよかった時代と、それは開発途上国時代ですよね。今は大分違うと思うんですよね。 

正田:河野先生のおっしゃる通り、「リーダー、マネージャーとはこういう要件を満たすものであること」という基準を設ければ、それを満たさない人は障害の有無にかかわらず降格、あるいは昇進させない、ということは可能ではないかと思います。それは決して差別ではない。
 発達障害の人の多い研究機関などはかなりこの問題に気がついていて、明らかにマネージャーに向いていない人はマネージャー職でなく専門職の別のコースにする、そういう判断は今、普通に行われていると思います。
 私がみてきた中では、発達障害を見いだされないまま、その人自身がリーダー、マネージャーになっているケースも現在はまだまだいっぱいあって、その場合はその下の人が非常に苦しむ。発達障害の方は、判断能力、ケアの能力いずれにも問題を抱えているので、下の人がどんどん心を病んで退職する、ということが起きてしまいます。判断能力の問題でいえば、全体を視野に入れて適切な判断をする、というのはこの人たちには無理難題で、努力しても恐らく身に着けられないことなんです。例えばわかりやすい記号に目が向きやすいので、みていると男尊女卑を自然と選択していることも多いです。また時間管理能力が低いので平気で遅くまで残業してしまう、それで部署全体が残業が多くなってしまう。突然怒り出してパワハラの加害者になってしまうこともある。障害があるのであればこうした人たち自身の責任ではないのかもしれませんが、こうした人をリーダー、マネージャーに登用すること自体がその人自身も部下も不幸にしてしまうとすら思います。


■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
    「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)


河野:
発達障害の人って、自閉症だからと言って、まあこっちの本にも書きましたけれど、対人関係が最初から、これ本当に間違いなんじゃないかと思うんですけれど、社会性の障害というか、社会的な関係を作ることの障害だといいますよね。それは私は間違いだと思うんです。

正田:えー、私社会性ってこと自体よくわからない…。

河野:やっぱり基本的に、綾屋紗月さんが書いているように認知上の問題点なんですよね。全体をバランス良く見ることができなくて、ちょっと細かい部分に集中しちゃう。それであるがゆえに言葉の意味も1こ1こ、コンピュータみたいに確かめないと気が済まなかったり。

正田:へへへ(笑)

河野:部分でもあんまり細かいことに気をとられすぎていて、そこにこう入れ込んでしまって、全体として大きく見なければいけないものをそっちに行ってしまう。
綾屋さんは自分の旦那である熊谷さんの顔すらも、誰だろうと思うそうですからね(笑)それぐらい細かい部分、例えば眉毛をクローズアップしちゃって、この眉毛は大島優子と似てるとか(笑)この人だれだっけ?と思うらしいです。

正田:ハハハ(笑)

河野:で、やっとそこから離れて、ああ、なんだ旦那だった、と思うらしいです。確かにそういう問題があると、対人関係の難しさは出てきますよね。だから、どっちかというと認知上の問題が対人関係の問題を引き起こしてるんじゃないかなと思うんですよね。

正田:認知上の問題、細部に注意がくっつきやすく、一度くっつくとはがれにくい、という問題ですね。
付き合いやすさでいうとアスペルガーの中にも「他者配慮型アスペルガー」と言われる区分の人たちがいて、そういう人たちだとアスペルガーでも非常に付き合いやすい。綾屋さんなどはそうなんだろうと思います。ただそういう人たちだけでもないな、という気がします。

河野:ともかくそれは、何か医療的な処置で治るようなものではない。自分の問題というのは自分でどういうふうに改良していったらいいのか、と考えるしかないと思うんですよね。
ただ職場でそういうふうにするというのは必ずしも同じような人が集まっているわけじゃないので、どうしたらいいのかということですよね。

正田:そこがですね、生身の上位の人、リーダーの人が定型発達者だとして、やっぱりそこまでの知識を持てない。まあ今企業の中の教育も非常に貧弱なんですけれども、対人理解のノウハウとか心構えとかそういったものをまったく教われないんですよ。


■学校が排除してきたから職場で戸惑う


河野:
学校がそれまで発達障害の人って排除してきちゃったので、結局特別支援学級に入れちゃってた。そうすると色んな人が教室の中にいなかったので、いわば先生が授業をやりやすいような子どもを作ってきたわけですよね。

正田:先生、そこは例えば40人学級とか学級の定員の問題まで踏み込まないと。

河野:大きいですよね、大きい。40人というのは大きすぎますよね。

正田:はい。

河野:やっぱり先進国は20人なので、比較にならないですよね。40人だと面倒を見きれないし、先生がパンクしちゃうと思うんですよね。
そこがあるのと、ドイツと日本ってそのへん考え方が似てるんですけど、障害の子を別にしてやると上手くいくと思ってるんですよね。でも上手くいかないし、子どもたち自体何も学ばないし、先生も何も学ばないんですよ。

正田:ああ、そうですか。

河野:そうすると同じようなものを同じようにやってスムーズに流れるものだけを経験してしまうと、ちょっと違ったタイプの人とかちょっと困ったタイプの人とかどうしていいかわからなくて、すごくストレスになってしまう。だからそういう人入ってくるな、ってなお排除的になるサイクルになっちゃうと思うんですよね。
 職場での対応では、私自身ではなく私の学生で今度博士課程に入った若手の研究者がいますけれど、彼女は特別支援学校にいてそこからNPOを作って障害をもったお子さんの就労支援をやってるんですよね。今までは人から愛される障碍者、みたいなのを作って(笑)定められた作業所にどういうふうに入れるか、というスタンスだったんですけど、彼女が今取材していて研究している職場というのはまったく普通の企業で、どんどん受け入れるんです。

正田:ほう。特例子会社でもないんですか。

河野:はい。パン屋さんなんです。特別なことをしているわけではなくて、普通に回して普通に儲かってるんです。大きく儲かってるんです。これは使えるというんで、ザクザク優秀な人が就職できないでいるんで、こっち来てくれとどんどん雇っているという状態なんです。その社長さんは僕直接お会いしたことない、今度お会いするんですけど、やっぱりこの人がどういう特性なのかと見て、適材適所に合わせたり、教育ももちろんしなきゃいけないし、職場の学びであるとかも配分の仕方が非常に適切であると。まあそれで上手く活かせてるというところはあるようなんですよね。
 発達障害に関してはどこでも沢山いるし、僕は増えているんだと思うんです。

正田:やっぱり増えてますか。

河野:生理的な何かの損傷だといわれていますけど、結構怪しくて何か原因ははっきりしない。

正田:愛着障害説というのもありますよね。

河野:はい。ただ、1つの原因によるものじゃないと思うんですよね。そして何らかの因子を持っているものが、社会の中でそれが進んじゃうという風に僕はとらえています。社会の在り方によって、誰でも癌にはなるし癌になりやすい人とあんまりなりにくい人はいるけれども、がんがん酒ばっかり飲んでれば肝硬変になっちゃうとかね、そういう話と似たようなもんじゃないかと思うんですよね。社会のその人に対する扱いが悪ければ、その問題が顕在化してくるということがあると思います。
 逆に、もしかしてこの人は軽く問題があったのかもしれないけれど上手く解消されているな、という場合も沢山あると思います。
 学者ってかなりの割合が発達障害ですよね(笑)。教授会とか行ったら9割ぐらい発達障害。

一同:(笑)

河野:いやいや、それでも何とか生きてますけど(笑)立派に社会人を務めてますけれどね、そこをどういうふうにしていくかというのは、今までは障碍者・健常者を分けて専門家が教える。しかし自分たちで問題を見つけていって話し合いとかでオープンに話し合って問題を自分たちで解決していくというカルチャーを作ったほうがいいのじゃないか。


■自分の問題にどう向き合うか

正田:
先生すみません、そのパン屋さんのような世界が広がるといいなと思うんですけど、現実世界の方に目を戻すと、私がよくみるパターンとしては、大企業から中小企業にどんどん発達障害系の方、その傾向をもった方を出向させたり、リストラしてしまって転職させたり、そういう人材の流入が中小企業にすごく起こっていて、なのに中小企業では教育が貧弱なので、そういう人たちにどう対応するかというのはまったくわからない。その人たち自身も自覚がないのでプライドだけは高くて、非常に職場でいやな人になっている。

河野:そうですね、わかります。それは大きな問題ですよね。例えば障碍者割り当て制度みたいなものがありますけれど、あれは例えば視覚障害だとか、杖ついてるとかはっきりしてるし、大企業のほうも断りきれない。とにかく連続体で、だれが発達障害ってはっきりわからないので、とにかく扱いづらい人をリストラして中小企業にくるという形になってるんでしょ?どういう風にしたらいいんですかね。大きな問題ですよね。
 それは何か、1つの会社だけで取り組めることではなくて、大きく社会で取り組むべきことじゃないかと。つまり成人教育の分野で、大人のための発達障害の本で今、たくさん増えてますよね。これを気がついてどうすればいいかというのを考えていかないといけないんですけど、中小企業だと時間もないし、人手もないし、そんな悠長なことやってられないのかもしれないですね。それはどうしたらいいですかね。本当にそこのところは一体どうしたらいいのかなと思いますね。
 理想的な状況でこうするんだ、とは言えるんですけど、現場の状況の中でどんな形で作っていったらいいんだ、と。どうしたらいいんですかねえ。

正田:どうしたらいいんですかねえ。
 最近もフェイスブックにお友達がコメントしてくれたのが、2人職場で、本当に小規模事業所で、でも相方が恐らく発達障害であると。いつもストレスを私にぶつけてきて非常に苦痛だと。相方は診断を受けている人ではないので自分の問題には気がついていないと。

河野:ということはまず自分の問題に気付かせる過程って一番大切ですよね。そう思いますね。それができれば、自分の問題どうしたらいいかと見つめることによって、やり方を考えるということができますよね。その意味で障害識というか、問題識、問題の意識をちゃんと持てるかですよね。そこがポイントですよね。

正田:それが本当に悩ましいところで。

河野:私も大学でやっぱり相談を受けるんですけれどもそこが一番のポイントですよね。重い場合だと統合失調症でもなかなか認めないし、発達障害の中でも。
 うちの学生の中でもああ私そうだったんだ、と気がついた、向き合うことができました、とリアクションペーパーを書いてきてくれたのはどういう授業だったかというと、障害をもった人たちが自分で「こういう問題があります」と語ったときなんですよ。
 私がやっている授業の中でこの中の綾屋さんも熊谷(晋一郎)さんもスポット的に授業内講師として来てくれたんです。話を1時間とか、してもらうわけです。そのときのリアクションペーパーで、「あ、私も多分綾屋さんと同じだ、私も多分発達障害だということがわかった」とか、「色々自分で本を読めるようになりました」とか、自分の今までの問題で人からとにかく責められていて自分はダメな人間だ、ルーザーだと思ってました、だけどもしかして、軽い綾屋さんなんじゃないかなーと思うようになりました、と。300人教室なんで、10何名かいたんですよ。

正田:ほお〜。綾屋さんの文章は価値ありますね。私もあれを読んだとき、「お友達がこういう風に言ってくれたら私この人と付き合えるのに」と思っちゃいました。

河野:そうですよね。ああいった例を、身近で話してもらうというのは結構大切かなと思いました。授業の中でそれができるかどうかわかりませんけど、自分が苦労して、同じような傾向をもった人が、実を言うと自分はこういう問題があって、こういった形で苦労してきてこんな形で問題と向き合ってるんだ、という。「ピア」(水平、仲間)っていいますよね、その人たちに話してもらうことで変わるんじゃないかなと。それが1つきっかけになるんじゃないかと思うんです。
 その何人かが僕のゼミに来てくれて、今修士まで行って勉強しようということになってるんですよね。でまたその学生たちがやりたいと思っているのが、学校の中でこういった問題を持っている先生たちに気付いてほしいと。それをどういう風に気付いてもらえるかというのともう1つは職場のこと。
そういうのを、自己開示する中で気付いていく。それこそ定型発達の人から頭ごなしに「おかしいです」って言われたら反発する。多分同じような人が言ったときに全然違う反応になるんじゃないかなと思います。そういう機会がつくれないかなと思うんです。

正田:はい。それはいいですね。

河野:1つはもちろん、社会的にはTVでやるべきなんですよね。TVで何か訴えることによって、マスコミがやることによって「ああ自分こうかもしれない」。
 もう1つは大学とかで、小中高の教育を受ける中で「自分はこういう経験をしてきていて」というと、ああ自分もそうかもしれない、と思いますよね。
 何度も言うように治療は何の役にも立たない。診断されてもそれで何かできるわけではないので、診断は必要ないんじゃないかと思います。ただ今この状態になったらこういう興奮状態になってこうするとか、自分で引きこもりたいときになったらこうするとか、そんなような対処法をすると随分違うと思うんです。
「自分はそうなんだ」と認めさせるのは、やっぱり似た者、似た人が言ってもらうのがいいんじゃないかと思います。どうですかね。
 その機会が、小さい事業所だとないんじゃないかと思います。大企業ならきっと可能です。研修で。

正田:そうですね。

河野:小さければ小さいほど、時間も作れないでしょうしお忙しいでしょうし、少ない人数で沢山の仕事をこなさなきゃいけない。人間関係も狭いとすると、苦労してしまいますよね。

正田:そうですね。むしろ発達障害やその傾向のある人たちは大企業のほうが生きやすかったんじゃないかと見ていて思います。

河野:ただ大企業の方も苦しいでしょうから、下から数えて働きが上手くない人とか付き合いづらい人とかをカットしていくと(発達障害が)入っちゃうんですよね。
「自分はこうしてきた」ということを誰かに語ってもらうのが一番いいのではないかと思います。あんまり近いと良くない、ある程度距離を置いた人に語ってもらって「ああそうなんだ」「自分もそうかもな」というところがあるといいですよね。
 ただそれに関してはあまり研究がありません。どういう風に就労するかというのはあるんだけれど、本人にどう自覚させて本人に何とかというのは、今までの研究ではっきり言ってあまりないですね。
当事者がどうするかと、医者がどうするか先生がどうするかの話ばかりで、本人がどうするかについてはないと思いますね。
 ようやく今社会人向けにいくつかの本が出てきたので、今後はそういうのをやっていかなきゃいけないところだと思うんです。
 一つの手立てとしては、当事者研究みたいに、似た人から言われると随分違うんじゃないかと。そういう機会を中小企業でどう作るのかというのは、中小企業のことは全然わからないので、ちょっと見当もつきません。どうしたらいいですかね。

正田:中小企業を対象とした公的支援機関というのは一応複数コンタクトはありますが…、できることとしてはわたしどもの手法で「業績向上策はこれですよ」という中で、これの1つのカテゴリーとして障碍者への対応があってまた発達障害者への対応がある、そんな形でしか言えないですね。
  診断されていない自分の問題に気がついていない発達障害の人にどう気づいてもらうか、ということですが、私は以前、「第三者機関」が判定するモデルをつくれないか、夢想したことはあります。就労して間もない人、1年生か2年生社員の人たちに集まってもらって仕事能力検定のようなことをして、そこで発達障害の疑いありとされた人は、改めて職場を通じて医療機関の受診を勧めてもらう。あるいはその会社に来ている産業医の先生から勧めてもらうのでもいいんですが、診断を勧めるうえで責任を分散するような仕組みがいるのかな、という気がします。でないとすぐパワハラ、メンタルヘルスの問題に発展する可能性があります。

河野:そうですね…、本人自身に自覚を持たせてというのは、今まで拒否されてきた経験があるからかえってプライドがあって、「自分は平均なんだ標準なんだ」という気持ちがすごく強くあると思うんですよ。

正田:学歴の高い人などはまったくそうですね。

河野:はい。自分は優れてるんだとそっちに頼ってしまう。他のところで問題があるからなおそちらに頼ってしまうということがあるかもしれません。そこをどうしたら向かい合ってもらえるかですよね。
周りもやるんだけど本人にもやってほしいですよね。


■「できない」ことを自覚できないのが悩みの種

河野:
先ほどのケース以外にはどんなケースがありますか?これは困った、というのはあります?

正田:沢山あります。例えば、やはり製造現場のリーダーが「女性は難しいですねー」というので「どう難しいの?」と訊いたら、やっぱりそのケースは発達障害だった。「女性発達障害」の方もよくみるとびっくりするぐらい多いんですけれども、現場の女性作業者のかたが、仕事メニューの中のごく一部の得意なやつしかこなせない。それは作業場の掃除であったり物の運搬であったり。そういうことは進んでやってくれるしよくやってくれる。ところがほかの、製造のほうの本当の作業は、本人はやりたがるけれどやらすとミスが多くてやらせられない。ただ「君ミスが多いよね」と言っても本人はそれを認めないので、自分の要求を通してもらえないと不満だけが残る、と。

河野:なるほどねえ、どうしたらいいですかねえ。「こういう風なミスしてるじゃないですか?」と言ってもなかなかわかってくれないわけですか。

正田:そこは言ってるみたいなんです。

河野:どういう状態なのかな、本人がミスと思ってないのか、ミスだとわかっているけど突っぱねちゃってるのか、どっちなんでしょう。

正田:ひょっとしたら私にも罪があるのかなあと思ってしまって、つまり「承認」をリーダーに教えるので、物を運搬したり作業場を掃除してくれたりしたらねぎらってあげて、「ありがとう」と言ったり「きれいにできたね」と言ったりします。そこで高揚感のようなものを(作業者が)持ってしまうとほかのこともできると思っちゃうのかなあ、と。

河野:うーん…そうすると、自己肯定感がそれまで十分になかったのかもしれませんねえ。「成長する」ということは、出来ることと出来ないことを分ける。「クールな自信」を持つことですよね。

正田:クールな自信ですか。むずかしいですねえ(笑)

河野:これは出来て、これは出来ないと。出来ることが増えると逆に出来ないことも増える。それを客観的に見れる自信。自信というか能力に対する予測みたいな感じですかね。それが形成されづらかった。
スポーツ選手って正確にそれを測るものじゃないですか。このジャンプは跳べるけれどここは難しいからちょっと無理しないとか、このジャンプは今日の天候だとあまり無理しないほうがいいとか、クールに測るのがソチオリンピックの人たちかなと思ったんですけれども、だからその人などは上手くいくいかないということについての経験が足りないんじゃないかな。だから何でも上手くいくと思っちゃう。ある部分で褒められるんだけど、ここは上手くいってないというのはなかなか受け入れられないのかなあ。ちょっとわからないですね。

正田:現実には「自分の能力不足に気づいていない発達障害の人」は沢山いらっしゃるみたいなんです。そこでマネジメントに対する不満も起こり、関係がこじれるようで、現場にとっては非常に頭の痛い問題です。


(5)ナルシシズムは悪なのか に続く


哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 立教大学教授・河野哲也氏インタビューの2回目です。

 ここでは、雇用促進の法整備がすすむ障害、とりわけ「発達障害」についての議論になりました。

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哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」

(1)人はなぜ平等でなければならないのか


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

 ■発達障害は全人口の9%
 ■休憩時間問題―ADHDの子は20分しか持たない


(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

 ■日本のルールは「男の甘え」
 ■政治は女性進出で「命」と向き合う政治に
 ■海外の学会は「子連れOK」


(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

 ■リーダーは教育者でなければならない
 ■「対人関係の問題は認知上の問題」(河野)
  「くっつきやすくはがれにくい問題ですね」(正田)
 ■学校が排除してきたから職場で戸惑う
 ■大企業から中小企業への流入
 ■自分の問題にどう向き合うか
 ■「できない」ことの自覚ができない壁


(5)ナルシシズムは悪なのか

 ■ナルシシズムは氏か育ちか
 ■女優さんと政治家はナルシシストの職業
 ■性欲、権力欲、自己顕示欲、嘘つき
 ■自分の弱点に気づく知性
 ■承認欲求に関わる環境要因
 ■「問題に気づく場」について


(6)ファシリテーターの心得と公共の場
 ■「マネージャーがファシリテーターであることが大事」(正田)
  「僕は『自分は間違っているかもしれない』と思って臨みます」(河野)
 ■”おじさま参加者”をどう扱うか
 ■評価されることのない、ものを言える場を
 ■最もガードが固いのは「お母さん」


(7)心の理論不在の場合の「心の疲れ」
 ■職場は「共通善」を追求する場


(8)背後にあるトップの問題とフロネシス

 ■オーナー企業の閉塞感
 ■組織は良くも悪くもトップ次第
 ■フロネシスをもつリーダーと承認教育


(ききて:正田佐与、撮影:山口裕史)


****


(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)


■発達障害者は全人口の9%

河野:
事前にいただいた質問リストには色んなテーマがありますが発達障害に関する質問が多いですよね。

正田:そうですね、今非常にホットなテーマで、沢山のマネージャーさんが悩んでいるところです。発達障害は世界的にも予想を上回る出現率になっていて、現実に職場にも沢山いらっしゃいますし、通常の障害より理解しにくいところもあります。わたしたちの支援のありかたもバージョンアップしなければならないように思います。
 先ほどのお話の「平等」はこうした方々に対してはどのような形で実現できるのか、どう適用したらいいのか、是非お伺いしたいと思います。

河野:発達障害の人は全人口の9%ぐらいと考えたほうがいいと思います。

正田:9%、ああやっぱりそうですか。私も去年ぐらいから兵庫県で意識して聴き取りをして大体10人に1人ぐらいはいてるな、という感じです。いくつかの事業所で従業員300人弱をカバーした聴き取りでそんな感じです。

河野:そうです、そうです。10人に1人って大変な数ですよね。

正田:そうですよね…、9%というのは自閉症スペクトラムというカテゴリーですか。

河野:いや、発達障害全体という括りで、ADHDも入ります。ADHDは作られた病気だという説もありますけれども、いずれにしてもいわゆる体の障害、目が見えないとか足が動かないとかそういう末梢系の障害ではない障害で、しかし知的障害といっても純粋な知的障害というのは少なくて発達障害だという場合が多いのです。

正田:そうすると障害の中で一番ポピュラーな障害で、かつ職場で女性に次いで最大のマイノリティですよね。

河野:逆に言うと末梢系の障害って医学の進歩によって何とかなるようになってしまって、また脳性麻痺についても理解が進んで、見えやすいですからね。差別はあるかもしれないけれども人は比較的理解してくれやすい。車椅子に乗っていて何が不便かと言っても一目でわかるとまでは言わないまでも大体見当がつくし、しゃべってくれればああそうなんですね、という感じになりますよね。できることできないことも想像がつく。
それに比べると発達障害って色んなタイプがあって、どう扱っていいか本人も周りもわからない。それをどうしたらいいか。
お土産を持って来たんです。この場で読んでいただくのは大変だと思うんで、お帰りになって読んでいただけますか。

正田:ありがとうございます!あ、この『当事者研究の研究』はうちにあります。

河野:あ、そうですか。
それからこちらの『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』(草思社、2013年)は私が書いたものではないんですけど中村尚樹さんという方から取材を受けたものなんですけれど、ご存知ですか。

正田:これは知らなかったです。

河野:これは発達障害のお子さんたちのそれまで全然しゃべれなかったと思われる子たちが、手話とかタイプで話し始めるということなんですけれども、私も登場人物として出ているんです。もしお読みになっていただくとすごく面白いと思います。
 ここに書いたことなんですけれども、確かに現場で発達障害の方はいらっしゃると思うんですね。ところが、ご存知のように発達障害ってどこまで発達障害でどこまで発達障害じゃないかって、明確に線が引けないし、実際知的程度の高い、例えば東大で教えていたりしますけれども、この子ちょっとどうなのかなーという子が結構いますよね。

正田:ああ、やっぱり。

河野:それでも何とかやっていってる形なので、自分の問題点に自覚的に向き合うということが大切だと思うんですけれども、レッテルを貼ってもいい薬があるわけではないので、これで全部治りましたというものは発達障害には多分ないんです。したがって問題を自分たちで解決していくということが大切なんじゃないかなと思うんですよね。
 この『当事者研究』であったのは、すごく大切なのはお医者さんではなくて、近い問題点をもった人たち同士で話し合ってみる機会があるということだと思うんです。
例えば発達障害の人と脳性まひの人というのは、全然違うタイプの障害なわけですよね。ところがそこでもお互いに学べることがあるんです。
 例えば仮に「上手く話ができない」という問題があるとき、障害が種類が何であろうと共通な課題で、それをどうしたらいいかというのが、原因を突き止めて原因を無くすというのが医学だと思うんですよね。つまりペスト菌が入ったからペスト菌を殺せば、ペスト菌の症状が無くなるとかそういう話ですね。でも、病原菌が入ってきたならいいんですけれども、そうじゃない場合というのは原因を消しても消すことはできない、原因を消去することはできないと思うんですよね。そうすると今ある自分のこの状態からどうやっていくのかということを考えなきゃいけない。病気か病気じゃないか、障害があるかないか、はあんまり関係ない。
 ですから本当に重い場合は薬で治療することもありますが、ここでは今職場にいる発達障害の方ということですからそんなに重くないと思うんです。

正田:そうですね、はい。

河野:そうすると、大きな職場で同じような問題をもつ人がいたら社内でできるでしょうし、小さかったら似たような人たちで集まったところで「今自分はこんな問題があるんだ。どうしたらいいだろうか」と、似た者同士で考えてみる。それが当事者研究の発想による解決策になりますね。

正田:なるほど。ただそこに行くのは実は非常に大変で、まずご本人たちは問題があるということをほとんど自覚していないし、それが何らかのカテゴリに入るようだ、だから似た人がここにいるから行けばいいという情報提供をするプロセスも非常に難しいのではないでしょうか。

河野:そうですね。

正田:受け付けない、心を閉ざしてしまう。普通は周りの人が怖くて言えてない。

河野:そこはもし問題解決するとするならば、それをかなりオープンに話し合う以外ないんじゃないでしょうか。


■ADHDの子は20分しか持たない


 ここでケーススタディー。
 現在リーダーをしている人が、1時間に20分勝手に休憩をとってしまう。仕事が忙しく、周囲の部署から応援の人が入っているが、リーダーがそのような行動をとることが全体の士気に影響する。勝手に休憩をとらないよう話しても受けつけない。そこで「障害があるからそういう仕事の仕方になるのであれば、リーダーを降格したほうがいい」と正田は進言した…。これは障害者差別にあたるだろうか?



河野:例えばリーダーを降格させるということを考えた場合、結局最終手段としてそうなってしまうので、その前の段階で何か話し合う必要があったんじゃないでしょうか。

正田:話し合いは何回もしてるんです。この場合ですと休憩を1時間に20分とってしまうのは、就業規則で決められている休憩時間ではないですから、そういう行動をリーダーがとってしまうと周りの人に対してしめしがつかないということになります。それで上級の人が何度も話して、「困るんだ」と。「仕事が忙しくて周りの部署から応援に来てもらってるのにリーダーの君自身がこういう行動をとってしまっては困るんだ」ということを何度も話すんですが「自分は仕事の手が早いからこれくらい休んでいいんだ」とマイルールを作ってしまう。

河野:そうすると、難しいかもしれないですけれどルールの作り方を含めて職場で話し合ってはどうでしょうか。就業ルールがあって何分と最初から決めてしまって、ルールに合わないからそのリーダーの人はマイルールになっちゃってるわけですよね。もしかしたらそのルールを変えるべきなのかもしれないです。

正田:それはしかしどうなんでしょう、そういう特性のある方なので、20分以外の40分には非常に集中してできるのかもしれない。でもそれはその人の特性だからそうなのであって、普通の人の就労―休憩のメカニズムとは違うのかもしれない。

河野:はい。でもそれは学校で起きていることと同じなんですよ。学校でも60分の授業で何かの形で居なきゃいけないということがありますよね。でも例えばADHDとか自閉症とかの人は集中力はあるけれども逆にクールダウンしなきゃいけないんで、出て行っちゃう。それは、それで認める。その代りそれは職場で認める。みんなに「この人はこういう行動なので、成果としては取れているので、この人はこういう仕事のパターンにしましょう」ということをみんなで認める。この過程があっていいんじゃないでしょうか。
今私たちが生きている社会というのは多くの場合、ある一定の割と狭い範囲の人たちを基準に作られている。平均値と言っても平均値のど真ん中って少ないわけですから。

正田:私も大学の1時間半の一コマというのはかなり苦痛だったんですが(笑)

河野:ずっと座ってるのは大変だったと思いますね。それというのは実を言うとその人に向いてないかもしれないし、その1時間半という授業時間というのは、間違った設定なのかもしれないですよね。
この間大学の試験をやったんですけれど、その試験は普通は60分の試験をある人についてだけは80分かけた。それはどうしてかというと、その人は特殊な乱視で、字を読むのがすごく遅いんですよね。それなので普通の1.3倍ぐらいかかります。その事情を汲んでじゃあ私たち認めますと、60分の3割増しの時間でやるように、と。それは特別視ではなくて、その人に合わせた形の試験の仕方なんだと思うんです。
就労も同じことが言えて、バリアフリーデザインというものがあるのはご存知だと思います。ユニバーサルデザインとか。今ここのラウンジの入り口のところも階段ですよね。ここに階段があると、車椅子の人は1人では決して入れない。1人では。持ち上げないといけないです。ここは、そういう車椅子の人用、ご老人の人用にできてない、ということですよね。それはいわばある一定の人たちを排除してつくられている。
そういったことってたくさんあって、まあ女性だからお分かりのように、女性として使いづらい建物の設計とかドアの設計とか、あると思うんです。
 例えばお手洗いの数が男女同じで、男性は小はまあ立ってやるわけですけどね、女性の場合全部個室になってしまう、そうするとスペースとして女性のほうが広くあるべきなんです。しかも体のことを考えると、女性のほうが排泄が遅いかもしれない、そうするとスペースが1:2でも構わない。ところが訳のわからない平等意識で同じスペースになっている。これなどはむしろ女性に対して平等になっていない。というふうに考えられると思います。
 そうすると職場の環境というのも、難しいかもしれませんけれど、一人一人の特性に合わせて、まあ仕事はちゃんとしなきゃいけない、成果を出さなきゃいけないということはあったとしても、その人に合わせた働き方というのがあっていいんじゃないかと思うんです。
 社会の枠のほうを、バリアフリーデザインだと、バリアがないように建物の設計を変えていくわけですよね。それと同じように会社のルールとかも、障害の特性とかその人の特性に合わせて、柔軟に変更していっていいんじゃないかと思います。ただ、それを勝手にするんじゃなくて、みんなで「この人はこうだからこうしようね」と認めていけばいいんだと思います。
 私がみている小学校だと、やはりADHDのお子さんがいて、出て行っちゃうんですよ。40分持たないんです。で20分するとクールダウンして、その時にみんなの前で「○○君は20分しか持たない特徴を持っているので、20分経ったら一旦部屋を出て、「クールダウン部屋」というのがあるんですね。そこに行って静かにしていて、落ち着いたら戻ってくる、そういうことにしようね、と、そうやって「認める」という形で勉強してもらう。
 多分、今まで20分休憩とっていてそれでも上の方にいらっしゃるというのは、その人優秀だと思うんですよ。きっと。

正田:おっしゃる通り多分仕事自体はできていると思うんです。

河野:ということは、それに合わせてやっていいんじゃないかと思うんです。


 (3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画 へ続く



哲学者・河野哲也氏インタビュー「生命尊重のマネジメントとは―男女、発達障害、対話、フロネシス」




(1)人はなぜ平等でなければならないのか

(2)もっともポピュラーな障害―発達障害との共生(1)

(3)「男の甘え」から「生命尊重の社会」へ―男女共同参画

(4)できないことの自覚から始まる―発達障害との共生(2)

(5)ナルシシズムは悪なのか

(6)ファシリテーターの心得と公共の場

(7)「心の理論」不在の場合の「心の疲れ」

(8)背後にあるトップの問題とフロネシス(終)



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
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 穏やかな日曜の午前です。

 静寂を破ったのはわがやの「永遠の3歳児」リンちゃんの断末魔の声。いつもお世話になっているペットシッターアビーの土井紀子さんに耳薬をさしていただいたからです。

 土井さんの一連の動作はカメラに収めフェイスブックに【土井紀子さんの犬の耳薬さし講座】として、アップさせていただきました。基本プロのお仕事というのは好きなのであります。そして私はいまだにできるようになっておりません・・・^^



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 こどものころどんな人間だったのかというと、
 
 非常に共感能力の低い両親のもとで非常に自己肯定感低く育ったわたしは、それでも学校の先生には基本、「しっかり者」として可愛がられておりました。いじめられて泣いていた学年のときもあったし(そのときは、やっぱり先生が「えこひいき」とかで評判悪い人だった)問題の少ない学級のときには、学級委員とかになって「しっかり者」としてふるまっていた感じです。そして仕上げに中嶋嶺雄教授に出会い自己肯定感を高めていただいたので、社会人になってからのきついトラブルに耐えられたのは中嶋教授が与えてくれた自己肯定感のお蔭だろうと思います。

 
 長野県の父方の親戚からの評判はというと、

 どこの親戚の家に行ってもそうなのですが、「とにかく本ばかり読んでいた」。長野の家では従兄のお兄ちゃんの愛読書「松本清張」を1Mぐらい積み上げてもらって、延々とそればかり読んでいた。

 なんで読書にばかり走るのかというと、口頭の会話であまり座持ちのしない性格だというのを自分なりにわかっていたようです。こどものくせに「きく」ことはできるが「話す」ことはできない。こどもらしく身の回りのことを相手が興味あろうとなかろうとしゃべりまくる、というのができない。人の顔色をうかがって、ちょっとでも「興味なさそうだな」と思ったらそこでしゃべるのをやめてしまう、可愛げのない子どもでした。今でも美容院に行って話が続かないので苦労しています。

 そうかと思うと農作業のおてつだいをするのは好きで、喜んで連れていってもらっていた。あるときそのうちの伯母ちゃんが、栽培しているリンドウ(花)を囲う鉄条網で目を怪我した、と眼帯をしているのをみると大泣きして、翌朝早く起きて畑に行き、「おばちゃんが目を突かないように」と鉄条網の針金が出っぱっているところを全部折っていた。基本ひとが痛い思いをするのをみるのはいや、なんです。

 そんなふうなので長野の親戚からの「さよちゃん」の評判は、

「本ばかり読んであまり話さない変わった子、ぶあいそうな子」

というのと「すごく優しい子」というのが両方あります。おおむね正しいんじゃないかと思います。


 
 さて、そういう性格なので「しゃべり」の仕事は今も苦痛は苦痛なのですが、まあ駆け出しのころと比べるとその仕事の結果どんな幸せなことが起こるか、という予測がたちますから随分楽になったと思います。

(あ、駆け出しのころは「しゃべり」の仕事の前に急性腸炎を起こして倒れて絶食状態のまま行ったりしてたんですよ。もちろん結果は惨憺たるものでした。それくらい極度の緊張状態だったんです)

 1人カラオケに行く習慣は、武田建氏に師事して著書も読み漁っていたころ、「リラクゼーション」の技法も習ったわけですが同時に

「緊張を解くやりかたは他にも色々ある。大声を出す、歌を歌うなどもよい」

というので始めました。やっぱり「しゃべり」が苦痛な自分の性格を改善したかったからです。


 やってみると、「歌を歌う」とりわけカラオケで伴奏つきで歌う、というのは、緊張を解く以外に自分のナルシシズムを高めるのにいい装置なのかもしれないな、と思います。こういうのも教科書に載っているわけではないんですけどね・・・、

 前にも書いたようにしゃべりの仕事というのはナルシシズムを必要とします。それが本来なかったナルシシズムを喚起する場合もある、リーダーの仕事の害になってしまう場合がある、ということも書きました。「研修」もそうですがこちらが一方的にしゃべる「講演」の場合は特にそうだろうと思います。

 基本設定自己肯定感の低いわたしが「しゃべり」の仕事をするのに、ナルシシズムのスイッチを「オン」にして程よく高めるとそれでしゃべれるようになると・・・、

 で、ふだんの生活ではちゃんともとに戻す、というのが理想ですね。


先日某所で「ファシリテーションをするときや教壇に立つときには『自分は間違ってるんじゃないか』と思うことが大事」というお話がでましたが、どういう心得を持つことが正しいかはその人のこころの基本設定によるかもしれない、と思います。

ナルシシスト度合いの高い人は自分を疑う習慣を持つことが大事。大体それでまちがっていない。
一方、基本自己肯定感のすごく低いところから出発している人は、疑うと同時に信じることにも重きをおかないといけない。疑いすぎると仕事自体できなくなってしまいます。当協会方式では、「自分は人にものを教える資格があるか」と厳しく内省したうえで、「相手に役立つために結晶化した言葉を伝えよ」ということを日頃から言います。「他者承認」をつねに課し、ナルシシズムを抑制した状態の人は、次の段階で「信じる」ことをしてもいいと思います。


 ヒトカラでのわたしの選曲はいつもマライア・キャリーとかホイットニー・ヒューストンなんですが、このへんの人たちってやっぱり自己肯定感すごく低いんじゃないかと思う。だからここまで修練して上手く歌わないと気が済まないんじゃないかと思う。同病相哀れむですね。マライアは肌露出しすぎな人だったが体型くずれてきてちょっと悲しい。こら、それはどうでもいいです。

 逆に、歌の下手なアイドルって何のためにいるんだろ?って考えると、それは一般大衆のナルシシズムを投影するためなんじゃないかと思う。「あれぐらい歌が下手でも注目されチヤホヤされるならオレもあたしも」って思える、そそる、ところがいいんじゃないかと思う。なんというのかな、有名になるために「すぐれた歌唱」という道具が要らない。本人の「有名になりたい!」という「押し」があればいい、と感じさせる。


 これはまた余談ですが、過日あるところで、「人事評価は能力ではなく、ナルシシズムに押されて行われることが多いんじゃないか」という話になりました。

 本来は当然、能力や人柄を評価して昇進などさせたほうがいい。一方ナルシシストは、能力がそれほど高くなくても、例えば「同期がオレより先に昇進した」とかするといきなりやる気をなくして手を抜いたような仕事ぶりになります。それが職場全体の士気に影響しちゃったりもすると思います。

 それをみていた上司が、「えーいめんどくさい。コイツのやる気が上がらないのは昇進できなかったせいだから、じゃあ多少ゲタ履かせてでも昇進させよう。それでやる気をもって仕事してくれたらしめたものだ」と思う。

 そうして「ナルシシストに対するゲタ履かせ昇進」が起こります。結構あちこちで起きてるんじゃないかと思います。そんなことやってると「実直な実力ある人よりナルシシストの方が昇進が速い」という不合理なことになります。

 ピーターの法則だったかな、人はあるところまで昇進するとその職責に耐えられないことを証明する、みたいな話は。それはこういうナルシシストの場合当てはまるんじゃないかと思います。


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 まああれですね、ナルシシストはあまり有能でない人が多いのですがまれに「有能なナルシシスト」もいます。わたしのみてきた中には、「自分の才能を証明するためには手段をいとわない」タイプのサラリーマン経営者もいました。高卒で大企業の子会社の社長にまで昇進した人です。

 そのひとの場合の”症状”というのは、「とにかく、早く結果が出るやり方をこのんだ」。教育みたいなまだるっこしいものより、命令一下何かを強制する、制度で強制する、というのをこのんだ。「強制する」というのは共感能力の乏しい人だけでなく、ナルシシストもやりたがるのです。
 「〇×をゼロにしろ!」というと、まあ半期ぐらいやるとゼロになる。「ゼロにしろ!」という表現がすきでした。


 あと組織再編もすき、例えば技術部門を別会社にして独立採算にしてしまって「わが社流のアメーバ経営だ」と誇るのですが

(付記すると、ナルシシスト経営者は「ベンチマーク経営」と称して色々な経営手法を切り貼りするのもすきなんです。その手法の根底の精神のところをみず、小手先で「本で読んだだけ」で器用にとりいれて、その手法の創設者を鼻で笑おうとする。基本誰のこともリスペクトしたくない人たちですから)、

そうやって策に溺れた結果、その製造子会社は技術部門を失って誇りの源泉を失い、やらされ感で仕事するのをどうすることもできない、そのモチベーションの部分に対する手当はない、また技術が別会社になれば当然コミュ不足による品質問題が出る、それについての手当ても遅れる、てなことになります。


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 またべつの話題で、「発達障害本」を前にウーンと考えてしまうのが、

 自閉症のひとは、「心の理論」がうまくはたらかない。

 「サリーとアンの課題」というのがあり、サリーだかアンだかがお菓子を戸棚だか箱に入れて部屋を出た、するとその子がいないあいだにもう1人の女の子がお菓子を移動してべつの戸棚だか箱に入れる、それをみている私たちは知っている。さて最初のサリーだかアンだかが戻ってきました、お菓子をとるためにどこを探すでしょう?(こら、ちゃんと文献みて書きなさい)

 
 定型発達のひとだと、最初にサリーだかアンだかがお菓子を入れた戸棚だか箱を探すでしょう、だって移動したことを知らないんだから、と答える。
 ところが自閉症の人だと、もうひとりの子が移動した先の戸棚だか箱の方を探すでしょう、と答える率が高いそうです。その子がお菓子を移動したことを、最初のサリーだかアンは知らないはずの設定なんだけど、自閉症の人だとそこがわからない。


 さて。

 仕事柄、マネジメントの中の「説明不足」が起こるメカニズムを色々考えてきましたが、

「自分が説明する対象の事物について相手は知らない」

ということをちゃんと知っていれば、一から親切に説明しようと思うだろうと思います。

 ところが、自閉症スコアの高い人だと、それがわからないがゆえに、「おざなり」な説明で済ましてしまうことがあるだろう、と上記の「サリーとアンの課題」をみながら思います。



(なお「説明不足」に陥る理由は他にも色々あります。

例:

・「管二病」と言われる傲慢さ、部下に対する見下し、ナルシシズム

・「ポジティブ」なので「説明しなくてもわかるだろう」と思う

・「最上思考」なので「説明しないとわからないとはけしからん!」と思う

・「内向的」なのでとにかく人とコミュニケーションをとることが苦手

…)




 また、繰り返される不毛な議論ともいえない議論―、

「正田さんはご立派な実績を挙げていらっしゃるんだからわれわれが報道しなくたっていいじゃないですかあ。正田さんからのメルマガはわれわれ受け取って知っていますよ」

―あなたがたがどれだけ知っていようと、私のメルマガの発行数などたかだか2000なのだ。「あなたがたが知っている」ことがイコール「兵庫県民が知っている」なわけではないのだ。あなたがたは「もう手垢のついた話題だ」と思っているらしいけどそれは「心の理論」がないだけだ。
 私の実績を信じない人が多いがゆえに、去年1年間だけでどれだけひどい迫害を受けたことか。これだけの実績を持ちながらメディア的に有名でない、実績と知名度がアンバランスな人というのは大ぼらふき呼ばわりをされ、ひどい迫害を受けるものだ。早くこのアンバランスをあなたがたが改善しろよ。うちの受講生さんたちだってカルト呼ばわりされて浮かばれないよ。(あ、カルトって言ってるのは私だったか)



 
 
 ヒトカラ行こうっと。




100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

 また発達障害の本を読んでしまいました。

1.季刊『発達』2014年冬号 【特集】”発達障害”を問い直す
2.月刊『こころの科学』2014年3月号 【特別企画】自閉症スペクトラム
3.『発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ』
4.『アスペルガー症候群のある子どものための新キャリア教育』
5.コミックエッセイ『ボクの彼女は発達障害―障害者カップルのドタバタ日記』


 決して、ほめてもらいたいから読んでるわけではございません。お友達の皆様いいねしないでください(うそ)


 なんて、もともとこのブログの読書日記は自分のための備忘録のような目的で始めたのですが、近年はここに書かないとお勉強した気がしなくなってしまってるのです。書かないと読んだことを統合できないのです。ますます怪しいなあ。

 
 昨年初め以来もう何十冊発達障害の本を読んでるんだろう。今日も何冊か届く予定です。もちろん、雑誌の特集をみてもわかるように、専門家の間でもホットトピックで、出版のペースも早いです。


 それぞれの本にもちろん学べるところは多々あるのですが、わたしの興味である「職場」「マネジメント」の中の発達障碍者の位置づけをどうすれば、という点では、どうしても不満が残ります。いずれもこどもの療育か、よくいって「就労支援」にとどまっています。「就労支援」のゴールは「就職」で終わり、その先がありません。

 そのなかで1.季刊『発達』2014年冬号【特集】”発達障害”を問い直す の記事「発達障害を楽しむ―保護者であり支援者である立場から」(株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太)では、

「支援者がどう変わっていけるかが、発達障害の人が生活を楽しめることにおいて、今、鍵になっていると思っています」としたうえで、支援者に伝えることとして、
1.健康であること
2.病理としてみない
3.舞台背景を見る
ということを挙げています。

「まずもって支援者の方は健康であってほしいと思います。…人を助ける前に自分のメンタル状態が保てない人が非常に高い率でいます」

「発達障害であることの前に1人の人間ですので、その受け止めをしっかりしていただきたい」
「ただしこの点で難しいのは、ご本人もご家族も、障害者として受け入れてほしい、というニーズも一定程度あることです。」

―本当に難しい二律背反。

「発達障害の定義は、社会的に依存しています。・・・このため、実は発達障害の本を読んだり、当事者に囲まれたところで会ったりするだけでは、支援が難しく感じられてしまうと思います」
「この社会依存による発達障害の特性を本気で考えるとかなり大きな世界観や個人観をもつ必要があり、支援者として様々な分野に高いアンテナを立てることが必要です。」

―ここなのだな、わたしの興味である「マネジメントの中の発達障害」を考えるとき、たとえ療育の側から発達障害をみてきた人であっても、同じことをマネジメントの中に持ち込めるか、というとクエスチョンです。現状とにかく療育の世界にしか専門的知見はないので、なんとかそこからの視点を取り込みたいと努力中なわけですが―、

 以前から言うように(言ってたかな?)マネージャー支援は子育て中のお母さん支援に限りなく似ています。発達科学の立場、児童精神医学の立場、小児科医の立場、色んな側から専門的知見を言うことはできます。「こうすることが理想」ということができます。でもそれらを全部足し算したら生身のお母さんのできるキャパをはるかに超えてしまうのであり、賢いお母さんは専門家の言うことを適当に割り引いてきかないといけません。
 あるいは、「現実にお母さんができること」を最初から思いやって発言する専門家の言うことなら、できるだけ全部きこうかな、ということになるかもしれません。
 
 あんまり無理難題を言うとじゃあめんどくさいからリストラしちゃおう、という結論にもなりかねないので、もし発達障害の人たちのクオリティオブライフを本気でたいせつに考えるなら、その人たちが生きる現場のロジックにも思いをはせてあげなさいよ、基本お給料をもらえて生きられるのは幸せなことですよ、と言いたい。


 鈴木慶太氏は記事のまとめ部分において、

「社会レベルで発達障害について求めることになると、まだ私の考えもよくまとまっていないというのが正直なところです。・・・ふと言葉としてまとまったのが、『秋葉原のような空間をもっと作っていきたい』ということです」

と述べています。

 今回読んだ他の本でも繰り返し出てくる、「発達障害者にとっての娯楽の場」というコンセプト。これはマネジメントというより起業アイデアの方になるかもしれません。見回してみると、今やどこのまちにもコスプレイベントというものがあり、わが六甲アイランドでも毎週のように開催されていますが、それも多少そういう性格はないかしら?


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 やっと2冊目の本にまいります。

2.月刊『こころの科学』2014年3月号 【特別企画】自閉症スペクトラム


鈴木國文「自閉症スペクトラム障害と思春期―成人の精神科医療の立場から」では、思春期に自閉症スペクトラムの患者さんが抱える問題を「外的な問題」と「内的な問題」のふたつに分けます。

「外的な問題」−たとえば周囲からのいじめとか、指導的立場の人に自分のやり方を否定されるといった出来事、いわば彼らの「独我論的」世界を打ち砕く人との遭遇―を、鈴木氏は「世界にあいた穴」とよびます。

「おそらく、自閉症スペクトラム障害の人たちは、どの年齢においても、彼らの『独我論的』世界を打ち砕く他者とさまざまな場面で出会っているのであろう。そうした他者について、彼らは通常『無視する』という対処によって大きな影響を受けることなく日を過ごしている。」

「また、『世界にあいた穴』を前に、被害的色彩の妄想様観念を発展させる場合もある」―統合失調症との違いは、自閉症スペクトラム障害の場合、妄想発展の前提として「世界が謎化する」という契機が明確に認められることだ、といいます。統合失調症のばあいは妄想に先行する「問い」がないのだそうです。

―こういう心理まで言及することが「差別」にあたるのだろうかといえば―、

 このブログは専門家の書いたものを引用しているだけです、ということもできるだろうし、何か悲劇的なことが起きるのを予防するためには知っておかなければならない知識だ、ということもできるし。

 昨年から繰り返し「発達障害」に言及する記事を書くことに躊躇がなかったわけではありません。とりわけ、「あけすけ」なトーンで書かれた大人の発達障害に関する本を紹介したときには、本当にいいのか、という思いもありました。
 しかし、手がかりを得て、1歩1歩深めていって最後に「差別」ではないところにたどりつくしかないのだと思います。

 後のほうで紹介する文献には、「カテゴリー分けすることが結局本当のインクルージョン」という記述もみえます。

 本稿では、定型発達者は生まれてすぐ「視線触発」(他者の視線に気づく経験をする)があり、むしろそもそも「穴のあいた世界」へと生れ落ちてくると考えることもできる、といいます。わたしたちが他者の期待を感じとりある程度くみとって行動するのはそういうことです。そして言葉ができ、普通の知能を発達させるアスペルガー症候群の子どもは、幼児期〜学童期になんらかの仕方で「視線触発」へ開かれるようです。

 最後のほうの一文は、悩ましいというか考えさせられるというか、です。一応書いておこう。


 「「視線触発」を世界にあいた穴ととらえるならば、アスペルガー症候群の子どもたちは、いったん世界に穴があきながら、それをなんらかの仕方で閉じてしまった子どもたちといえるのかもしれない。あるいは、不安という『心にあいた穴』が『世界にあいた穴』と連動することなく、世界を築き上げた子どもたち、という言い方ができるのかもしれない。そのような仕方で生きてきた彼らに、思春期においてもう一度、ふたつの穴が現れるのである。

 おそらく、そのふたつの穴が連動してくれないこと、このことこそが自閉症スペクトラム障害の人たちの一部にとって、特有の困難を生むことになっているのであろう」


 同じ号の「青年期の自閉症スペクトラムの人たちへの発達支援―心理面接のあり方を中心に―」(日戸 由刈)では、

 「人に相談することが苦手なAS(自閉症スペクトラム)」の特性をとりあげています。

 
ASの人たちは人間関係にストレスを抱えていても、「困っていることはない」と無関心にみえる態度を示すことや、「自分のせいだ」と必要以上に落ちこむこと、相手の行動を誤解して一方的に非難することなどが、しばしばみられる。
 こうしたASの人たちには共通して、周囲の人間関係に漠然とした不安や不満を感じても、その感情がなぜ生じたかという理由がわからず、漫然とストレスを溜めこむメカニズムが考えられる。これは、AS特有の認知特性といわれる”同時総合機能(全体的統合ともいう)の不全”と関係するかもしれない。
 同時総合機能がうまく働かないと、注意の向け方や物事の理解の仕方が断片化しやすくなり、自分に対するモニタリングが働きにくくなる。また、社会的文脈や人間関係などの複雑な因果関係の理解が難しくなる。このため、自分のストレスを自覚すること、ストレスの理由を理解することが上手にできない。



―子どものころ家の中で家族が半ばうなるような喉をこすれる空気の音を立てていることに、小さい頃は怯え、より大きくなってからは嫌悪感をもって受け止めていた。あの人もいつも何らかの説明不能のストレスを抱えていたのでしょう。あの人にとって世界は不快刺激にみちみちていたのかもしれないです―


 こうしたASの人に対する心理面接は独特の「型」があるようです。

 本人のおかれた状況やそこでの感情状態が解明されたら、それを本人に向けてわかりやすく解説する。本人の話に登場した人物の行動や言動をシンプルに書き出し、それぞれ「自分(本人)」がどう感じたか、どうふるまったか」も具体的に書いて示す。「コミック会話」や「五段階表」など、信念や感情を視覚化する技法を用いると効果的である。

 ・・・ASの人たちは、先に因果関係を理解することで、後から自分の感情を適切に理解できることが多い。心理面接で「自分についての解説」を聞くことで、初めて「理解してもらえた」という安心感を抱くケースも少なくない。ASの人たちにとって共感的理解とは、相手からの”正確な理解”にほかならない。

 ・・・心理面接では、本人のニーズに沿って、ストレス事態での発想の転換法、トラブル回避のための対処法などを、視覚的かつ具体的に助言する。その際は、ASの人たちの、物事の応用が難しい特性に配慮し、どの場面でも通用する”社会常識”を伝授するとよい。



 上記には全然反対ではありません。

 これを書き写しながら今思っているのは、これまでみてきたケースでおそらく本人にはASの診断が出ているのに、差別をおそれ上司には言っていない、職場で心を許している同僚にしか言っていない、というケースです。外部からの支援者の助言が、上司をスルーして本人に届いてしまっている。「部下が上司に断りなくパーソナルコーチングを受けている」というケースも結構むずかしいのですが、わたしなどは「そんな部下、やだ」となるところですが、発達障害の人への助言も、真に受けやすいだけに専門家のかたは気をつけていただきたいものだなあ、と思います。ひょっとしたら職場のロジックになじまない助言になっているかもしれない。それをリジッドに信じこんで上司に断りなく職場にもちこむASの人がいるかもしれない。いえ、上記のケースはいいんですよ。


 さて、ASの人の就労支援の場面では、やはりASの人のセルフモニタリング下手の特性が壁になることがあるようです。

 
 しかし、彼らは最初から現実的な自己理解を形成できるわけではない。・・・ASの症状が強く一般就労が難しい状態であっても、一般就労に固執し続けるケースや、能力に見合った職業訓練の内容を「意味がない」と感じるケースも、実は少なくない。このことは、AS特有の認知特性といわれる”自己体験的意識の希薄さ”と関係するかもしれない。

 ASの人たちは、自分自身の体験を「わがこと」として内在化することが難しく、自分の体験と外部情報との区別がつきにくいこともある。職業訓練や職場実習を体験しても、その仕事の意義や難しさを、実感をともなって認識しづらい。(正田注:なるほどー。いるなあ、「実感をともなって認識しづらい」人って。)逆に、自分が体験したことのない仕事でも、メディアから情報を得ると「自分にもできる」と容易に思い込んでしまうことがある。青年期のASの人たちにしばしばみられる、非現実的で歪んだ自己理解は、こうして形成されると考えられる。

(正田注:もちろん人のふり見てわがふり直せなんだけど、こういう記述をみたとき、あたしもこういう人つまり非現実的で歪んだ自己理解の人のようにみえてるんじゃないかって、特にあたしの話をきいてもそれがどれほどすごいことが「ぴん」ときにくい人びとからは、と思うと、すっごくいやな気分になるんだよねー)

 この傾向は、年齢や学歴が高くなるほど顕著になる。とくに大学生は、就職情報に触れる機会が増え、周囲のプレッシャーと実際の就職活動の難しさから、注意・関心の断片化や固執傾向が顕著になりやすい。公務員、専門職、大手企業など、特定情報に本人が固執すると、その書き換えは容易ではない。


 いるなあ、高学歴の人で意味もなく「自分はえらい」って思ってる人…。

 そういう例を下手に沢山みてしまうと、ASの人に好意とか共感をもつのがなかなか難しい。ほんとうは適切な療育を受ければ、バランスのとれたつきあいやすい人格になれたのかもしれないけれど。ただ、こういう傾向が思春期以降、青年期に現れるとすると、その年代のときに適切な修正を受けられることはほんとうに難しいだろうと思う。


 で、このところわたしが凝っているもうひとつのキーワード「ナルシシズム」との切り分けがやはりむずかしいです。正しい自己理解を持てないという問題。ひょっとしたらうまれつき線条体が大きい系のナルシシズムと、ASのセルフモニタリング下手由来のナルシシズムというのがあるのかもしれませんが―、
 さらに健常者、定型発達者でも地位が上がったりチヤホヤされることが続いたりするとナルシシストになるし、某バレンティン選手なんかそっち系かな?と思ったりしますけど。あ、アルコール依存というか酩酊状態というのは脳の中で快楽物質の「ドーパミン」が出っぱなしになるのだそうですね。まあチヤホヤされると大概お酒ものみますよねー


 現実的な自己理解の形成には、どんな関わりが求められるのでしょうか。

 
 
自己理解の形成には、他者視点が大きく影響する。自分の体験をもとに他者とやりとりすることで、より客観的かつ現実的な自己理解の形成が促されるのである。

 ASの人たちは、・・・定型発達の人たちよりもはるかに多く、自分が体験して感じたこと、考えたことを人と一緒にふりかえり、視覚化して整理する手順を踏む必要がある。言い換えれば、この手順を十分に踏むことで、彼らはたとえ部分的であっても、自分の得意・不得意や行動・考え方の傾向などを、実感をともなわせて蓄積し、内在化できるかもしれない。・・・

 ただ、現実的な自己理解は、配慮された環境での成功体験や、他者からの一方的な助言・提案だけでは深まりにくい。ASの人たちにも、私たちと同様、自分で考え行動した結果、「うまくいかなかった、失敗した」という感情体験が必要である。順調に青年期に至った彼らにとって、多少の失敗や試行錯誤はむしろ、等身大の自己理解を深める契機となりうる。

 本人が「こうしたい」と強く希望した時、それが難しいと予想されても頭ごなしに反対せず、「うまくいかなければ、このように援助しよう」という見通しと計画性をもって見守る姿勢が、家族や支援者には求められる。


 上記は、職場のマネージャーにもできそうなことが一部ありますが、しかし「それは療育場面だからだよねえ」という事柄もあります。基本、仕事は失敗しそうな人にはやらせられないものです。

 先日も、セルフモニタリングができなくてできない仕事をやりたがってリーダーを逆恨みする作業者、なんて話題が出ましたが、じゃあどうしたらいいんだろう。

 以前に某所でわたしが言った、「家庭訪問」が本当に解になるばあいがあります。そういう価値あるコンサルティングを受けた、と思うためにも「正田先生」って呼んだほうがよいように思います。どうせ聞き流したんだろうなー。

 あっ会員さんがたは今のままでいいんですってば。


 同じ号の「当事者からみたASD診断―生きやすさの道標とするために」(片岡聡[東京都自閉症協会])

 ここでも多くの重要な事柄が当事者の語りとして述べられます。

 
 真に私たちにできないのは、私たちを利用しようとして悪意で近づいてくる人たちの作為を読むことなのである。したがって、年齢や知的障害の有無を問わず、自閉症の人をだまし利用することはたやすい。この生涯にわたる「純粋という名の無知」こそが、自分で決めたことについてはその責任をとることを前提に成立している社会においての最大の障害性であり、ASD支援が必要な最も大きな理由である。


― 「アスペルガーの人の騙されやすさ」については、あとで取り上げる『ボクの彼女は発達障害』でも、「彼女」の「あお」が振り込め詐欺に危うく引っかかりそうになるくだりがあります。

 ―そういえばわたしも以前身近なアスペルガーの人が「パーティー商法」でしょうか、何かの懸賞に当たりました!という甲高い女の声の電話に見事に騙されて指定場所に行こうとしてしまい、慌てて引き留めたことがあります。

「新聞に載ってるでしょ!そういうの詐欺なんだよ」

「なんで?だっておめでとうございますって言ってたよ」

 なんでええとこの大学出て・・・と思うが、本当にそういうものなんです。



 閑話休題、「グループ分け」と「インクルージョン」をめぐる話題です。
 
 
私は、ASDのグループワークをする場合に支援者がまずするべきことは、すべての参加者にとって安全な場所をつくることだと悟った。ASD診断のたしかな人だけを集めるという意味ではない。誰が診断してもASDである方であっても、二次障害や育ちの困難の深刻さによっては、ASD者のグループワークに加われず、まず支援者の個別対応が必要なことはよくある。またASDでなくても、悪意をもって人を操作して傷つけることをしない健常者の方、あるいは内科や神経内科領域の難病の方とは、何の問題もなくインクルージョンが可能なことが多い。実は支援者のすべきことは、インクルージョンという理念を実現させることではなくて、「グループ分け」というある意味「汚れ仕事」を引き受け、作為を読めない人たちに安全な環境を提供することなのである。


―この記述の前には、同じアスペルガーの人同士のピア活動でも、傷つけあいが起きうまくいかなかったケースも紹介されており、どうもピア活動に参加できるかどうかにはやはり資格があって、人を傷つける傾向のあるASDの人は参加させないほうがよい、という風にもとれるのです。もちろん人を傷つけるのはその人の背景に「二次障害や育ちの困難さ」が考えられるので、そういう人は個別支援の中で問題解決してね、ということのようです。よのなかカフェでも、これはアスペルガーではなくナルシシストですが、どうみても正田のリーダーシップに異を唱えたい、人前で正田を侮辱したい、という意図をもった人がしきりに来ていたのでご遠慮願ったことがありましたね…。私は人様のつくった場に出かけていって「荒らし」なんてしたことないのにね。

 インクルージョンの話の続きです。

 
私はこの病院の初期からのASD向けデイケアの利用者であるが、診断と個々の利用者の困難度のアセスメントが安定するにつれ、グループ分けが利用者それぞれにとってプラスに機能する場面が多くなったと感じる。また逆説的ではあるが、これがより高度のインクルージョンにつながった面がある。



 なのだそうです。だから、レッテル貼りに意味がないとはいえないと思います。

 非常にジレンマなのですが、障害者である前に人である、そのように扱われたい。しかし、障害ゆえにまったく特有の快不快、可能不可能の世界をもっており、それを理解し踏まえたうえでないと、その人にとっての最低限の「人として扱われる」が担保されない。
 そしてその独特の世界は、障害を前提としないと理解できない。

 これが「インクルージョン」のむずかしいところ。ここでいう「インクルージョン」は、職場での受容とは意味が違いまだ「療育」の領域を出ていませんが、職場での問題を考えるうえでも踏まえておきたいと思います。


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3.『発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ』(講談社)は、ABA(応用行動分析)を利用した「言葉かけ」の本です。

 基本的には、ほめることで強化する。「承認」の1時間めでお話しする行動理論の延長です。多少それに

「できない課題には手助け(プロンプト)を」
「コンプライアンスを築こう―子どもの抵抗に負けて、言いなりになってばかりいませんか?親が主導権をもち、時には厳しい態度で指示に従わせることも必要です」
 
といった、プラスアルファがついてきます。

 定型発達の子どもを育てるうえでも役に立つ知識だと思います。


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4.『アスペルガー症候群のある子どものための新キャリア教育』(本田秀夫+日戸由刈、金子書房)は、5つ前の記事でご紹介した『自閉症という謎に迫る』で推薦していた療育の本です。

 これなどは、当事者のかたは是非買って読まれるといい本だと思いますが、たとえば問題解決のときに図示して見せること、アスペルガーの子どもは挫折感を持つとあきらめて心を閉ざしてしまう、そうさせずに希望を持って暮らさせることが療育の目標であることなどが述べられています。

 「少し変わっているけれど、にくめないキャラクター」に育てたい、というくだりは傾聴に値します。


「この子たちを、将来どんな大人に育てるか?」といった議論がありました。最終的には、”ちょっと変わっているけれど、なぜかにくめないキャラクター”に育てたいという、まるで盛親僧都(じょうしんそうず、徒然草の登場人物)のくだりのような結論になったことがあります。『しょうもないこともたくさんするし、とにかく手はかかるんだけど、なぜかにくめない性格で、周りは『しょうがねえなあ』と言いながら、ついつい面倒を見てしまう。人から可愛がられやすいというか、助けられ上手というか、そういうふうになれたら最高だよね』というような話になりました」

(中略)

 「なんだかんだあるけど、アイツ、意外とわかってるし、結構可愛いところもあるじゃないか」と周囲の人に思わせる何か、すなわち、杓子定規な常識よりも、心の通った良識を身につけることが大切なのです。

 学校という枠組みに保護されているうちは、”可愛い不思議ちゃん”でよいと思います。しかし、就労して社会に出るにあたっては、それに加えてある程度の分別と何らかの分野における実力を持っていることが、自立への鍵となるでしょう。先の盛親僧都のエピソードを通して兼好法師が後世に伝えた、人としての”徳”の在り方を、現ぢを生きるBさんたちといっしょに、じっくりと考えていきたいものです。



―いいこと言うなあ。

 ちなみに著者の本田秀夫氏の別の著書『自閉症スペクトラム―10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(ソフトバンク新書、2013年)は、去年知人から自閉症のお勧め本を尋ねられたときに私が推薦した本です。

 なんというか、「療育」の世界と「社会」の世界、両方の視点をバランス良く持っていて納得できたような気が、わたし的にはしたのです。


****

 
 やっと最後まできました、

5.コミックエッセイ『ボクの彼女は発達障害―障害者カップルのドタバタ日記』は、可愛い外見の彼女「あお」がチャーミングなので楽しく読めてしまう本です。やっぱり「視覚化」だいじですね。

 「あお」のキャラが可愛いので、色々変なところもゆるせてしまう。いや、やっぱり本当は大変なんだと思うんですけど。

 ここで学べたのは、
例えば先述の「振り込め詐欺への騙されやすさ」であったり、
また「怒った声、怒鳴り声を異常に怖がる特性」であったり、(だからわたしの苦手なストレングスファインダーの資質、○○○はひょっとしたらアスペルガーの人の特性かもしれないのだ) 
「聴覚過敏なので子どもの甲高い声が苦手」ということであったり。
 
 もちろん個人差があることでしょう。


 また発達障害の人にとっての日常を、「寝不足で頭が働かない時に攻略本も説明書もないゲームを渡されて異常に明るいネオンがついてワーワーうるさい中でさあやれって感じ?」といった言葉で、イラストつきで説明してくれると、たとえば綾屋紗月氏の一連の著作に「文学?」って引いちゃう人でも解りやすいのではないかと思います。

 ひょっとしたらこの本は、診断されてない自覚がない発達障害の人に「気づいてもらう」小道具にするにはいいかも?なんて思ったりもしますが、難しいかな?




 非常に長い記事になりましたがあとで見直す手間を考えると1つの記事にまとめた方がいいのだろうと思ったのですよね。

 これで何ができるんでしょうね。まだわたしにもわかりません。



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 『自閉症という謎に迫る―研究最前線報告』(金沢大学子どものこころの発達研究センター監修、小学館新書、2013年12月)を読みました。


 なぜこのところこんなに「自閉症」「発達障害」にこだわっているのかというと、その予想をはるかに超える出現率ともあわせ、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の「敵」あるいは「己」に、その自閉症の性質が深く関わっているのではないかと思うからです。


 そんなことを言っているうちに、本日は面白い”事件”がありました。

 神戸で開催した女性活躍推進のシンポジウムのコーディネーターをされたダイバーシティーの専門家・渥美由喜氏が、冒頭あいさつの中で

「カミングアウトします。私、アスペルガーです。」

と言われたのです。数年前の来神のとき(2010年だったカナ)には言ってなかった。

 あとでお名刺交換して質すと、「ああ、最近言うようにしてるんですよ。大事でしょ?」とのことでした。

 私は承認という、ダイバーシティーに関連の深い手法の普及をしていること、最近「発達障害」にとりわけ関心をもっていること、などをご紹介しました。どうもやっぱりタイムリーな話題のようでした。


 いつもの伝で本書『自閉症の謎に迫る』の印象的だったところをご紹介します。


●自閉症スペクトラムあるいは自閉症スペクトラム障害について。自閉症の症状はスペクトラム状に現れて、自閉症の人とそうでない人を絶対的に区別することは非常に難しい。

●スペクトラムという考えを前提とすると、自閉的な傾向というものはすべての人にあるということになり、そのような傾向が濃いのか薄いのか、濃淡の違いにすぎないとも言える。ただし、誰でも自閉的な傾向があるからといって、すべての人に同じように問題が生じるかというとそうではなく、やはり自閉的な傾向が強いことによって、「生きにくい」状況を招くことは多々あるように思われる。


●青年期以降の自閉症をスクリーニングする自記式テストAQ(自閉症スペクトラム指数)。ネット上で無料で受検できる。たとえばhttp://www.the-fortuneteller.com/asperger/aq-j.htmlなど。質問項目50で50点満点。33点以上だと自閉症と診断される割合が一気に高くなる。健常大学生で33点を超える人は3%しかおらず、一方自閉症の診断を受けている人の9割弱が33点を超える。
 ひきこもり女でこだわり症の正田が上記のAQを試してみると、どれも真ん中へん(つまり「すごくそう思う」とか「全然そう思わない」ではないもの)の回答になり20点でした。ほんとか正田。本章の著者(大学教授)はいつも40点代後半だというが、正田は自分に甘いのかもしれません。
 えと、読者の方で「自分も怪しいかも?」と思われる方は、是非上記のサイトでお試しください…。


●自閉症の人の親やきょうだいに自閉症の徴候が部分的に見られる様態をBAP(Broader Autism Phenotype)という。自閉症とは診断されないきょうだいに、微妙な感情表出の苦手さがあったり、コミュニケーションの不得意があったりする。親は、人柄がよそよそしいとか、硬いとか、言語を対人的に使うのが不得手だとかいう報告がある。自閉症児の父親の他者の視線の動きに対する反応速度が、定型発達児の父親に比べて微妙に(0.04秒!)遅れるとする報告もある。

●一般大学生の専攻やパーソナリティとAQとの関連をみた研究では、英国でAQが高いと神経症傾向が強く、外向性と同調性が低かった。男子は女子よりも、また、物理や化学専攻の学生はそうでない学生よりもAQが高かった。興味深いことに、親が科学に関する仕事をしている学生は、そうでない学生よりもAQが高かった。日本では高知大学が一般学生にAQを実施したところ、文系学部よりも理系学部の学生のAQが高かった。

●自閉症はカテゴリでなく、程度問題に、すなわち量的に測定されるものに概念を変えることが今後検討されるだろう。(太字正田)


―ここなのです。私がこのところ「自閉症」について延々と考える理由は。わたしたち定型発達者の中にもある自閉傾向(ほんとは正田にも「おおあり」のはず)を考えることで、従来の人材育成の壁を突破できないか、と考えています。
 あっすいません突拍子もなくみえるでしょうが一応「12年、1位マネージャーを生んできました」の人が考えることだ、と思ってくださいね。当協会の会員さんぐらいは、ご理解くださるでしょうか・・・。


●自閉症はバイオマーカーではなく、行動特徴の定義に基づいて診断される。AQで勝手に自己診断しちゃいけません、あれはあくまで参考指標。観察や家族への聞き取り手続きが厳密に工夫される。が、所詮は観察し、聞き取りを行う専門家の直観に依存している。

―以前、「採用面接で発達障害を見抜けるか」と問われたことがあり、「セルフモニタリングが下手でできないことをできると答えてしまうことがある言行不一致の特徴を考えると、面接では見抜けない可能性がある。職場で日々行動をみているマネージャーが一番よくわかる」と答えました。


●発達障害の診断概念が広がり、それが一因となって診断が急増した。2012年にDSM-5が定められ、自閉症の診断名がそれまでの広汎性発達障害から、自閉症スペクトラム障害(ASD)に一本化された。ASD三基準の第一基準は、文脈の違いを超えた対人コミュニケーションの永続的な欠陥、第二が限局された行動、興味、あるいは活動の反復様式。三番目がこれらの徴候の小児期早期の発現だ。


●本書では落語「池田の猪買い」と「宿替え」を紹介する。古典落語に登場するおかしな人、粗忽な人はやっぱり発達障害だったっぽいのだ。正田は以前きいた落語で「これは絶対発達障害」と思ったやつをいまだに思い出せない…。


●「心の理論」の欠如は自閉症の専売特許ではない。

●自閉症状説明能力の高い理論構築が進んでいる。
1つめは、ローソンによる心の深部アクセス困難モデル(DAD)は、自閉症者が世界を、互いに結びつきのない原子論的現実に還元してしまっているとする。自閉症者の体験する世界は、膨大な、しかしばらばらな現実のモザイク、それの再現が興味や行動の反復性として現れ、対人コミュニケーションでは字義拘泥や文脈情報利用の失敗となる。

●2つめは、意識の進化論についての社会脳モデルだ。エーデルマンは低い水準の意識が、体から脳に遡上する価値感情と脳が外界から得てきた表象イメージの結合から成ると考える。この考えを自閉症に当てはめると、自己意識不全、ばらばらなモザイク的な体験世界、それらからもたらされる字義的な言語、他者理解の困難、反復的行動など、自閉症の謎が一挙に説明できるモデルが導かれる。感覚異常は、視床下部や扁桃体が担っている体内からの価値感情と表象イメージの結合の不全とみなせる。


―先日ご紹介した綾屋皐月氏の当事者研究に表れる独特の感覚は、上記2つのどちらにも当てはまりそうです。


●自閉症の地域差、民族差。英語圏に比べやや日本の方が高い。1万人あたりでみると、2006年に報告された名古屋市西部地域の調査では210人、2008年の豊田市地域についての報告では181人だ。これに対し、2011年のイギリスは全国的には98人、2006年の大ロンドンに属する大都市圏サウステムズ地域の報告では116人だった。アメリカでは、2008年連邦全体14か所調査では113人だった。


●世界最高の発現率を報告したのは韓国(246人)。大半が気づかれず、診断もされていないし、特別な教育も受けていなかった。これは勉強重視の韓国社会では社会性の問題は重視されないからだと調査者たちは考えている。一方台湾では34人と少ない。

―診断しないのは「障害者への差別、偏見」の問題もあるんでしょうか。わたしは、社会全体の嫌悪等のネガティブな感情の出現に発達障害は大いに関わっているのではないかと、韓国のこのデータに出会う以前から思っていましたが・・・。適切な療育を施せば、それは減らすことができるのではないでしょうか


●BRICSでは、ブラジルが2012年に27人、2004年から2005年の中国の天津市で10・9―13・9人と先進国よりはるかに少ない。しかも重症例がほとんどだ。先進国では知的な遅れのない事例が多数派であるのと大きく違っている。自閉症は行動観察で診断されるので、同じ生物的状態が社会文化の影響を受けて、異なる臨床的な判定になる可能性がある。


―ここからは発達障害の出現率増加の原因を追った章です。

―次の項は仮説とことわっていますが中々ショッキングなことを言っています。

●荒唐無稽に聞こえることを承知で次の仮説を書く。自閉症発現の急増は冷戦崩壊による資本のグローバル化にともなって生じた歴史的現象の可能性がある。経済活動のグローバル化が生み出す過剰な社会的ストレスが、母体もしくは養育初期の母親に影響を与える。それが、社交が苦手で論理優勢型の素質をもつ子どもの脳のあり方を変えてしまっている(例えば脳内オキシトシン放出の低下)。

―岡田尊司『発達障害と呼ばないで』も、母親との愛着関係の弱さを愛着障害―発達障害急増の原因としていましたね。うーむ男女共同参画に暗雲か?でも日本と韓国、女性は大して働いてないのに何で。

●2011年、カリフォルニアの研究チームが明らかにしたところでは、出産の時期または妊娠第三期に母親が、カリフォルニアのフリーウェイから309メートル以内に居住していることが自閉症発現を倍にしていた。この結果が衝撃的なのは、大気汚染がからんでいそうなことだ。

●大気汚染が引き起こすのは免疫疾患、つまりアレルギーの悪化だ。アレルギーは自閉症と関係している。幼児の鼻アレルギーとASQの得点に有意な関連が見つかった。アレルギーのみならず自己免疫疾患(多発性硬化症や強直性脊椎炎)が自閉症に関連しているとする研究報告もある。

●多剤耐性菌(MRSA)の感染も神経毒をもたらすことで自閉症になるリスクがある。


●都市生活は、農村や自然豊かな郊外に比べて、母体と胎児あるいは乳幼児の脳に好ましくない影響を与えることがわかっている。都市生活は、妊娠後期の母体のストレスに反応して放出されるコルチゾールを増やし、子どもが7歳になった時点で追跡すると、感情と記憶をつかさどる扁桃体および海馬の体積に影響している。また幼少期の都市生活は大脳辺縁系とネガティブな感情の調整をつかさどる前帯状回に影響を与えることもわかっている。

―一時期正田が傾倒していたデンマーク式教育のフリースクールの主宰者、これは某有名ビジネススクールの講師でしたがこの人が曰く、「事を成した人は子ども時代自然豊かな環境で育っている」。まあそれに当てはまらない人もようさんいると思いますけどね、その当時何の根拠もなかったけれど私は結構真実だと思っていました。


●自閉症の発現原因を調べるためアメリカでは自閉症の双生児研究やきょうだい研究が大規模に行われている。研究者たちの予測は、遺伝と環境の累積効果がある閾値に達した場合に自閉症が発現するというものだ。ホットトピックの一つは、アレルギー・炎症反応・自己免疫疾患など過剰免疫問題と自閉症の関連だ。脱工業化社会でのヒトの生物的環境(土壌菌・人体菌・寄生虫)の枯渇、ビタミンD不足、運動不足やストレス過剰が自閉症を含む一連の問題の根底にあるのではという仮説も立てられている。



―ここからは自閉症の療育のさまざまな技法について。


●自閉症に関する療育技術にほとんど効果は実証されていない。TEEACHは総体として効果を上げているが、TEACCHの技法の一つ視覚的構造化自体には本家ですら効果が検証されていない。

―あらそうですか。でも今度の合宿でTEACCHについてレクチャーしてもらうもんねー。

●ロバースに始まる応用行動分析(ABA)はアメリカ厚生省が唯一効果を公認している技法だが、長期予後は確認されていない。

●アメリカで効果が実証されつつあるのは、親子の相互作用を自然に充実する技法、社交を中心とする小集団活動だ。

―相互作用を自然に充実、って要するに「承認」でいいんじゃないのかな。それは早計か。


―このあとは自閉症治療にたいするオキシトシンの有用性の話題。鼻に噴霧するのですが、はっきりわかる程度に行動が変わるらしい。ただ噴霧している期間しか効果が持続しないようです。
またオキシトシン投与による人格変容が完全に望ましいものかどうかは慎重に見極めないといけないともいいます。自部署の人にはそれまでより打ち解けたが初対面の人に冷淡になった、いわばセクショナリズムがきつくなった、的な報告もあるのです。


●「自閉的文化」なる言い回し。英国よりも日本のほうが自閉症傾向が強そうだ、あるいはそう自己評価しているようだ。

―お叱りを受けそうだけれどわたしは以前から「日本は自閉症社会なのではないか」―つまり、英米より高い率で自閉症者を有していることで、その特徴をより大きく反映した文化社会のありかたになっており、「男尊女卑」や「飲酒文化」もその延長上にあるのではないか、と考えているのですね。
 2つ前の記事の『日本軍と日本兵』に関する記事も、登場する軍の上官とか自閉症っぽいじゃないですか。
 だんだん「自閉症」「発達障害」という言葉が人口に膾炙して、「私、AQいくついくつです」っていう自己紹介が普通になって、「そうですかそれじゃ承認研修の受講はムリっぽいですね〜」とか言って、自閉症が差別語でなく普通に語られる、ようになるとこの国は少しはましになりそうな気がします。
 で、マネージャーにはなるべく「心の理論」ができてる人がなってもらって、その人たちは「心の理論」をこれまでよりはるかに修練して高めてもらい、発達障害者も女性もその他マイノリティや「制約社員」も全部包含してマネジメントできるようになってもらい、優れた組織をつくってもらうといいと思うのです。日本人の強みは「勤勉性」による「修練」ですからね。



 本当はこの記事でもう一冊触れたかったのですが既に長くなってしまったので、次にゆずります・・・



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『大人の発達障害ってそういうことだったのか』(宮岡等×内山登紀夫、医学書院、2013年6月)を読みました。


 去年から今年にかけて発達障害関連の本が多数出版されています。従来の本と比べてそれらの方が、日常的に出会う実感に近づき、微妙な疑問が「そういうことだったのか」と氷解することも多いです。

 本書は臨床医2人による対談本で、とくに診断に関して専門用語が多出しそれらをあえて一般用語に直さないまま掲載しています。全体には平易で一般人にも読みやすい本です。


 臨床現場からみた非常に多数のポイントが出てきますのでご紹介させていただきましょう。(従来本と比べてやや「あけすけ」な口調でもあります)当事者の方にはあまり断片的にご紹介すると気になられるかもしれません。その場合はぜひ本書をお買い求めください。


●子どもの発達障害は確かに患者数が増えている可能性がある。出生時低体重や父親の高齢化が原因の1つ。虐待と関係しているとの説もある(内山)


●自治体の発達障害の施設で親の相談を担当しているが、発達障害の子どもを叩いている親はけっこういる。面接のときに「叩いている」という話が出たら、「どのくらいの強さで叩いてるんですか。机を叩いてみてください」ときくと、かなり強く叩いているお母さんもいる。母親の側にも不器用で力加減がうまくできないなどの発達障害にみられるような問題があるのかもしれない。(内山)

(正田注:女子柔道の暴力指導が問題になった時、知人で発達障害に詳しいある先生は「あの指導者は発達障害の目をしている。力の加減がわからず、相手の痛みがわからないのではないか」と言われた)

●疫学的には、患者数は非常に多い。発達障害全体については2012年12月に文部科学省が公立中学校通常学級で発達障害の可能性がある子どもの割合が6.5%と公表し、話題になった。
 自閉症スペクトラム障害(ASD)に関しては、最近の複数の疫学調査で1-2%の数字が出ている。ADHDは5-10%。学習障害(LD)も5%。(内山)


●病因には環境要因のほか、遺伝的要因が大きな役割を果たすのは確か。一卵性双生児の一致率は50-80%なので躁うつ病や統合失調症よりもはるかに遺伝性は高い。(内山)

●臨床で一番困るのは高機能ASD(アスペルガー障害)。高機能の意味は「知的障害ではない」ということ。IQ70やIQ85など定義には研究者、自治体によってもばらつきがある。(内山)

●「アヴェロンの野生児」(1797年頃フランスで保護された野生の少年)は明らかに自閉症の特徴をもっている。森の中で捨てられたが、実際にはおそらく自閉症で育てにくいので、親が殺そうとしたのではないか。(内山)


●自閉症の用語の定義。自閉症スペクトラム障害(ASD)という概念がいちばんシンプルだと思う。この言葉は、ウィングの1979年の疫学研究から生まれた。「社会性とコミュニケーションとイマジネーションの障害」を「ウィングの三つ組」といい、ASD診断の有効な根拠。(内山)


●ASDの人のスクリーニングツール。
 異性との付き合いは下手な人が多い。互いに満足のいく性的パートナーがいないというのがスクリーニングの1つ。
 エキセントリックな独特の感じがする。
 実行機能や社会性の問題があるため、着脱や身だしなみに問題があることも多い。流行遅れの服やサイズの合わない服を着る。
 特定のことに強い関心があり、いわゆるオタク。特定の領域のオタク的な知識があったりする。
 言葉づかいがペダンティックというか、奇妙で文語的な話し方をする。
 非言語性のコミュニケーションが明らかに異常で、視線の使い方が奇妙だとか、表情が硬い。あるいは逆に、非常に演技的な過度なジェスチャーをしたりする。
 ある意味で非常識な行動を悪気なくしてしまうことが多く、結果的に他人を巻き込んで迷惑をかける。
 能力のデコボコがけっこう多い。
 話している最中に話題とはまったく関係ないことを言ったりする。それが思考障害に見えたり、社会性がないので自分の考えにパタッと浸ってしまうこともあって、それが思考途絶に見えることもある。それで統合失調的にみられやすい。(内山)


●「自閉症スペクトラム障害の症状は健常な状態から連続性があり、程度の問題と考えてもいいですよね。では、どこからを病気と考えればよいのでしょうか」(宮岡)
 「それが、線がないんですよ。ASDは線がないのが特徴です」(内山)
 「そうすると普通に生活している人のなかにも、軽い人はいくらでもいるということになりますか」(宮岡)
 「いっぱいいます」(内山)

●子どもの社会性の障害でわかりやすいのは、人よりも物に関心がある。お母さんと遊ぶよりも、物を並べるほうが好きだとか。
 なかでもこだわり行動はいちばんわかりやすく、物を並べる、特定の物を集める。
 変化を嫌ってたとえばお母さんの髪型が違うと嫌がるという変化抵抗性。
 「注意共有の指さし(ジョイントアテンションの指さし)」がASDではかなり遅れる(内山)

●コミュニケーションの障害では、皮肉がわからない、言葉の裏の意味が読み取れないとか(内山)

(正田注:この特徴はひょっとしたら、「オレはすごい」と思い込む「ナルシシズム」にもつながるかもしれない。他人がほめてくれた言葉を全部言葉どおりに信じ込むとしたら。またASDの人には内省力が弱い、という特徴もある)


●イマジネーションの障害は大人では、「こうしたらこうなる」という結果が読めているかどうかがポイント。「こんなことを言ったら相手が傷つくんじゃないか」「相手が怒るんじゃないか」を想像できるかどうか。相手の立場に立って想像して行動できるかどうか。(内山)

●社会性の問題は聞き取りが一番難しい。普通の人が本能でやっていることも、発達障害の患者さんはラーニング、学習が必要。典型的なシチュエーションへの対処のしかたは教えることができるが、シチュエーションはそのときどきで違う。そのすべてを教えるのは不可能。


●「三つ組の障害」+「感覚過敏」の4つで大体診断がつく。感覚過敏は、聴覚がいちばん多く、ほかに視覚過敏、味覚過敏。母親の作ったおにぎりは食べられない、コンビニのおにぎりは塩分が一定だから食べられる。


●「薬は絶対に飲まない」と言い張る患者さんがいて、統合失調症の妄想でもなく副作用でひどく苦しんだのでもない。しかし発達障害にはそういうこだわりや非常に強い執着が出る人がいると知りしっくりきた(内山)

●アスペルガーは常識の欠如が診断基準の一つ。「これくらいはわかるだろう」ということが、相当知能レベルの高い子でもわかっていない。IQが100以上ある大学生でもゴミ出しができないこともある。歯ブラシを箪笥の中のタオルや下着の上にポンと置く。ものごとの優先順位をつけられず、大学の試験もこちらがびっくりするような理由で休む。(内山)


●統合失調症と発達障害の診断の見分け。「幻聴がありました」と紹介されてくる患者さんのなかには、よく聞くと幻聴ではなく、錯聴か聴覚過敏のような人がけっこういる。精神科医の問診が雑になっている、下手になっていると感じる(宮岡)

●発達障害の人はどんな場面で他人や家族に暴力をふるうか。多いのはやはりこだわり関係。ある青年が母親を殴ったときは、自分はこの順番にご飯を食べたかったのに、お母さんが別の順番で持ってきたから殴ったとか、7時に食べたかったの7時5分だったのが許せなかったとか。
 いわゆるイマジネーションの障害が関係しているのだと思うが、彼らはそういう状況で手加減ができない。だから高齢の母親を本気で殴って骨折させて、警察沙汰になってしまう(内山)


(正田注:「加減ができない人」という設定の落語の登場人物がいたな〜。思い出せない…あれを寄席できいたときすぐ障害を思い浮かべました)


●高機能の人に自殺企図はけっこうある。うつ病がからんでいるし、社会的にうまくいっていない。しかも考え方がわりとオール・オア・ナッシングなのである瞬間に絶望してしまう。(内山)

(正田注:なんかひとごとと思えない・・・)


●精神医学では内因性があって、その次が心因性(性格環境因性)とこれまで教えてきたが、性格環境因性の前に発達障害関連性が入ったほうがいいのかもしれないですね。(宮岡)


●「自閉症でも一見躁に見える人がいますね」(宮岡)
 「反応性にはしゃぐということはありますね。異様にはしゃいでしまうのは、情報処理がうまくできないからなのです。要求水準が高まって自分の能力以上のことをさせられると、急にはしゃぐ。それが躁に見えることがあるのです」(内山)

●強迫性障害の一部の症例はASDなのだと思う。ASD寄りの強迫の基本は構造化、つまり環境調整。本人にとってすっきりした環境をつくってあげること、環境をわかりやすくすること。本人の不安レベルを下げる。見通しをつける。CBT(認知行動療法)はASDの人にはうまくいったことがない。言語能力も要るし注意力も要るし内省力も要る。アスペルガーは基本的に内省は不得手ですから(内山)


●拒食症との合併の話。昔「ボーダー(境界性人格障害)+拒食」という診断をつけた子の中には「ASD+拒食」の子もいたかなと思う。非常にリジッドで、対人関係も乏しくて、ひたすら体重を減らすことやカロリーを制限することだけにこだわる(内山)


●身体表現性障害の心気的な症状は非常に多い。子どもの場合では頭痛や腹痛など不登校の子がよく口にするような普通の身体症状。成人でも頭痛、腹痛は多い。なかには特に所見がないのにずっと筋肉が痛いとか肩が痛いとか、いわゆる不定愁訴もある。
 アスペルガーは言語表現が下手ですから的確な訴えができない。自分の体内感覚もたぶん偏っているから回答も適切ではない。そのまま聞くと不適切な薬を処方してしまう(内山)

●典型的なうつ病の場合は一定期間経ったら治療しなくても症状がよくなってくることが多い。本当の典型的なうつ病なら自然寛解するはずなのに3-4年もうつが続く。こういう人が多剤大量処方になる(宮岡)


●高齢者の発達障害。70歳代ですごくこだわりが強くていろいろなトラブルの原因になっている患者さんがいた。治療法は特にないのでこだわりを認めるのがいちばん。アダルトボーダーと言われた患者さんの中に明らかなアスペルガーだという人がたくさんいる。難治という視点でみると難治だけど、治そうとするから難治になってしまうので、認めてしまえばいい。患者さんが困らないように環境設定を変えればいい(内山)


●発達障害では現在の問題は必ず過去の問題とつながっている。(内山)
 成育歴の聞き取りができない場合はどうしたらいいか。横断面の症状をできるだけきちんと聞くことか(宮岡)
 そうです、横断面の症状をしっかり聞く。いろいろなテストをやってみるのもよい。たとえば公園でいろいろな人がいろいろな状況にあるという絵を見せてみる。絵のある一部分にしか反応しない人は自閉症の確率が高い。映画を見せてどこを見ているかをアイトラックを使って調べる方法もおもしろい。普通の人が見るところとぜんぜん違うところを見ている。(内山)


●女性の発達障害はクリニックの受診者が増えている。診断基準を男女で同じにしてしまうと男性が多くなってしまうと思う。女性は行動がそれほど衝動的ではないので気づかれにくい。でも実際には、たとえば授業中にイマジネーション、白昼夢に浸っている子が多い。
 子どもを自閉症と診断したときに、母親が「私もそうじゃないかしら」と言い始めるというケースが最近、増えてきた。特に抑うつを合併している人が多い。女性の多くは潜在例で、そんなにペダンティックでもなく普通に話す。でもよく診るとノンバーバル・コミュニケーションに乏しいとか、打てば響く感じがないといった自閉症の特性はもちあわせている。男性のようにガチッとしたコレクションではないけれどもいつも同じ色の服を着ている。家を同じ色でコーディネートしているといった抽象的なこだわりはけっこうある。(内山)

(正田注:やっぱりひとごとではない・・・)


●職場で見つかった例としては、やはり場をわきまえない行動がいちばん多い。上司にタメ口で話しかけたり、スーツを着用すべきときにジーパンをはいて出社したり、お客さんをどなりつけたり。思ったことを何でも言っちゃう。「お待たせしました」とあいさつしたら、「本当に待たされました」と言った患者さんがいた。周囲に対して非常に怒る人も多い。彼らは被害妄想的になることが多いので、上司が親切心から丁寧に注意したことも「自分を否定された」と解釈してしまいがち。それで上司に食ってかかったり、極端な例では労働基準局に訴えたという人もいた。無理に治そうとせず、その人を上手に使う方法を考えればよいと思う。社交性を期待しなければ、仕事そのものはできる人がけっこう多い。何か注意して食ってかかってきたら、「ああ、これがこの人のクセなんだな」程度に受けとめてやり過ごす。あるいは仕事以外のことは要求しない。社員旅行や飲み会に無理に誘わない
 IT企業には多いですよ。逆に、営業が得意な人もいます。ある意味では非常に一方的なので、押しは強いし、本当に上手に説得します。お客さんから体よく断られたりクレームが来てもぜんぜんこたえないし、ある意味、しつこいですから(笑)。営業成績が抜群の人もいます。(内山)

(正田注:注目の職場関連のこと。だからね河合薫さんその人はこれを疑ったほうがいいって、今どきの「人間関係が希薄」っていう話にするより。叱られて逆ギレする人の中にも結構まざっていそうだ。「今どきの非常識な若いヤツ」として話題になるのは実は圧倒的にこれなのではないか。一方でこの人たちの行動パターンが職場のスタンダードになってしまうことは厳に避けたい。やはり、診断を受けてもらったうえで「別枠扱い」するのが理想だとおもう。個人的な経験としては、この人達には「偉い人ずき」「一番上の上司の方を向いて仕事する」「見下しや嫌悪の感情が多い」「男尊女卑」など、不愉快な行動・意識のパターンも大いにあるのだ。そんなものを許容して「清濁あわせのむ」とか「大人の態度」などと言わないほうがいいと思う。一番怖いのは、この人たちの「想像力のなさ」「ワーキングメモリの小ささ=忘れっぽさ」「時間管理能力の低さ」からくる仕事のレベルの低さにあわせて、職場全体にプロ意識がなくなってしまうことである)


(もうひとつ正田注:私はよく企業の人事の人と仲良くできないとお叱りを受けるが、私がみたところ人事とか研修に関わる業務をしている人にこの傾向をもった人は多い。そして彼らの特有の思考法、「全体目線がない=恐ろしく偏った議論のほうに共感する」とか「見下し」「男尊女卑」とかの被害を私はもろに受けるのだ。だから、リーダー研修のような大事なことは正直言ってトップと話したい。「司、司に任せる」「責任と権限」などと恰好をつけるトップは、自社の人事がいかなる資質の人びとで構成されているかよく知らないで言っているのだ)


●スクールカウンセラーは発達障害者に対して、普通の内省を求める精神療法はしないこと。やるべきことを具体的に指示する。その子のアセスメントをして、できることを指示する。そして、同じ内容を担任の先生や学科の先生方にも伝える。(内山)


●ASDに対して「少しゆっくりしなさい」といった曖昧な表現を用いるのはよくない。かなり知的に高い人でも「少しゆっくり」というのが「どの程度ゆっくり」なのかわからないようだ。うつ状態になって少し休ませたほうがいいというとき、「一日に休憩時間を何時間とりましょう」など、具体的に話す。
 「視覚で提示」のほうがよい。僕は字も絵も下手だが、それでも書いたほうがいいという患者さんはいっぱいいる。(内山)


●会社でうまくいかない場面を具体的に想像させるという手法はASDには難しい。想像はできるが、偏っている。発達障害の患者さんはメタ認知が悪いので、現場で起きていることとは違う方向に想像がいってしまう。同僚や上司から聞いた話と本人の話がすごくずれている。


●お客さんが喫煙不可のところで喫煙しているからと怒鳴りつけたASDの人がいる。もともと自閉症者は注意するのが好きな人が多い。「注意は上司がするので、君は注意しないように」というルールにしていっさい注意をさせないようにするのがよい(内山)

(正田注:ここの「自閉症者は注意するのが好き」のフレーズにはがんとなった。色々と身近な人も連想し…、マネジメントでいえば、私の直接の知り合いにはいないが「マイクロマネジメント」的に異様に注意したり報告を上げさせたりするマネジャーがいるが、それにも発達障害はかかわっているのかもしれない。賢い上司は何か起きてからではなく、起きる前に注意喚起する。この後に「視覚駆動」という話も出るが、想像力が不足で事前予防ができず、かつ視覚駆動で何か起きたときにカッとなる、というメカニズムなのかもしれない)


●物事の善し悪しの判断がなかなかできない人には、損得勘定で説明することがある。太っている人に「デブですね」と言って傷つけてしまうアスペルガーの人には、「そんなこと言うとあなたにとって損ですよ」「あなたが生活しづらくなりますよ」と説明すると、「じゃあ、やめようか」となる患者さんもいる。「何が悪いのかはわからないけど、損するのは嫌だからやめよう」となる人はいる。すべての人ではないが。(内山)

●反省しているのにちっとも反省しているように見えないところもある。裁判員制度が採用されてからどんどん重罰、重罪化するようになってきたように感じる。素人裁判官は「反省していない」言動にものすごく反応する(内山)

●ASDの強迫性障害には曝露反応妨害法はたいてい悪くなる。わざと汚すと、その段階でパニックになる。曝露反応妨害法は一定水準以上の内省能力や動機づけ、情動をコントロールする能力を想定した治療法。ASDはそういう能力が基本的に乏しい。そういう意味では精神分析療法も同じで、傾聴療法の場合はただずっと傾聴しているだけで終わってしまうことも多いので、あまり意味がない。(内山)

(正田注:私見ではパーソナルコーチングのお客さんにも、ASDやADHDの人は多いと思う。特有の「生きづらさ」を解決するために、半ばカウンセリングの代用物として使う。ただとくにASDの人は内省能力の弱さのため、「オートクライン」という、コーチングが効果発現する重要なメカニズムが起こりにくく、ただただ一方的にしゃべり散らかし、何の気づきも起きないことも多いようだ。正田はもちろんその手のお客さんは敬遠している。でもこの人たちは一方的にしゃべることは好きなので正田が普通に生活していても寄ってきて4時間でも5時間でも、都合のよい無報酬の聴き手にしようとするのは、このブログの少し長い読者の方はご存知のとおりだ)




 
●ASDはこだわりが強いが、こだわりというのは結局「切れない」障害で、時間を区切ることがdけいないから、注意の移行が難しい。注意の移行がしやすいようにするには、やはり視覚的スケジュールが必要。
 終わりの概念はすごく抽象的なのでシフトできない。それで、終わりの概念をこちらでつくってあげる。タイマーかもしれない、スケジュールかもしれない。あるいは誰か大人の声かけかもしえない。(内山)


●俗に言う「新型うつ」みたいな患者さんのなかにも発達障害合併うつ状態の人がいるはず。(宮岡)


●抗うつ薬のリフレックス、レメロン以降はプラセボとの比較がされている。どの試験でもプラセボでハミルトン得点が10点ぐらい下がっている。実薬のほうは12~13点。抗うつ薬は臨床的にどれくらいの意味があるんだろうか、もっと精神科医は検討すべきだと思う(宮岡)


●発達障害者が親を殴るなどの問題行動が出たら、叱ってもだいたいうまくいかないし、本人がますます混乱する。僕は、患者の混乱が激しい場合には家族に逃げるように言っている。視覚駆動なので、その場にいると刺激になる。お母さんがいるとイライラして叩いちゃう。だから母親が本人の視界に入らないようにする。それしかないです。(内山)

●アスペルガーの患者は内省が苦手だから告知が難しい。内省が乏しいだけに、診断に納得しないこともある。なかには「自分はアスペルガーじゃない」と診断してもらいたくて受診している人もいる。(内山)


●うまく使えば会社の役に立つ人たちが多い。能力にデコボコがあるから平均したら低いのかもしれないけれど、ピークをうまく使ってあげれば会社にとってもメリットがある(内山)

●告知の問題もからんできますよね。合理的配慮を得るためには、本人が診断を知っている必要があるし、診断をカミングアウトする必要がある。たとえば現在検討されている差別禁止法にしても、何か障害があれば配慮しなさいと言っていますが、障害を知らされていなければいっさい配慮しなくてもよいことになる。(内山)



引用は以上です。
ふーふー。

考えてみると「従来本」は発達障害の当事者に向けて書かれたものが多く、そのため当事者が受け取りやすいように手加減して書かれていたかもしれない。本書は「当事者」を読者としてあまり想定していないのか、結構シビアな内容が書かれています。ただ職場などで「当事者」の傍にいる人には非常に有用とおもいます。

マネジメント上の問題の気づきもありますがそれ以上に
色々と身につまされるところの多い本でございます・・・



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 11日、兵庫県伊丹市にある県内でも先進的な知的障害者作業所、社会福祉法人いたみ杉の子ゆうゆうさんにお邪魔しました。

 対応してくださった村山俊宇所長(39)と山本晴美主任(40)。

ゆうゆう1


 去る2月、兵庫県社協・青年協主催のセミナーに村山さん、山本さんが来場され、お2人とも素晴らしい宿題を提出されました。そこへ私が「発達障害について勉強したいので施設見学させてください」とお願いしたもの。


 通所施設ゆうゆうさんは、利用者約60名、スタッフ29名。訓練や創作よりは作業に重点を置き、クッキーやハーブ石鹸、紙箱の組立、段ボール作業を施設内で班に分かれて行ったり、企業に出向して草取りなどの作業をしています。障害の内容はダウン症、自閉症、単純遅滞など。


 
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 クッキー班(利用者9名、スタッフ2名)のスケジュール表。今日は午前中に「計量」「丸め」の作業があり、午後は焼くことになっています。半日に1ペアで生地3kgを「丸め」、クッキー30個分程度を焼くことができます。


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 完成品のクッキー。紅茶クッキー、チョコチップクッキー、クルミクッキー、ココアアーモンドクッキー、コーンロッシュ、シナモンロッシュとありました。正田はこの写真のあと早速いただいてしまいました。シナモンロッシュは信じられないくらいさくさく軽くお口の中でとけます。あっという間にひと袋が空に(こら)


 次は、作業だけでなく創作活動を組み入れた班のお部屋にきました。


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 紙に色を塗っている女性。施設の掲示板に壁板のように貼るためのものだそうです。手前の男性は鋏を使うのが上手なので、紙コップを細く切っています


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 お掃除上手な利用者さん。特別製の柄の短い箒で床を掃いています。「ここを掃くんですよ」と目印に床に紙くずをまいておき、それを掃いてちりとりに集めゴミ箱に入れます


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 こちらの班では近所の洋菓子店の紙箱を組み立てていました。組立は両手をバランス良く使える必要がありやや難度の高い作業です。



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 ゆうゆうさん製のハーブ石鹸。ローズマリー、竹炭、ラベンダー、豆乳、ミント、ローズ、カモミールの6種類があります。どれもケーキのように綺麗。

 村山さんによると、昔ハーブを栽培していたので酒やハーブティー等色々加工を試した結果、商業ベースに乗るのはハーブ石鹸だとわかった。販路は物産業界、ばら公園、東急ハンズ(過去)など。

「販路開拓は私たちスタッフの課題です。どう利用者さんの仕事を増やしてあげられるか」と村山さん。


 知的・発達障害の方々はある部分ではすごく高い能力を持っているが、例えば手先が器用だが、「何を、どこで、やる」と考えるとか、段取りよく計画的に物事をすすめるのが苦手な人が多い。

 そのため工程、道順、を交通標識のような形で「次何やるのか」を明確につくってあげるとうまく進められる。
 こういう手法をTEACCH(ティーチ)といい、ゆうゆうさんは約10年前、兵庫県内ではいち早く取り入れて、自立度を高められるなどの成果を上げているそうです。


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 自閉症の利用者さん。石鹸を画面奥の器具を使って成形するのがとても上手。面取りまで綺麗にやって、あのケーキのような形になるそうです。

 この人が毎日のスケジュール管理に使っている道具が、これ↓↓↓

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 この人は文字を比較的認識するので文字でスケジュールを表示していますが、その人によって受け取りやすいものが違うので、ある人には絵、別な人にはカラーブロック、と表示を工夫します。


9390

(すみませんこの写真は本来は「たてなが」です。この画面では右側が本来上です。なんでかなー)

 ある女性は、ドラえもんのシールを壁からはがして、踏み台を3段上った先の壁の上のほうに貼るということを作業の合間にします。これは体をほぐすためのちょっとした体操を義務づけるためのもの。



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 利用者さんの中には、「先の予定のことばかり考えて不安になる」タイプの人もいる。この人に「今やる作業」だけを考えてもらうために使っているのが、1枚ものの写真。(この写真も左90度回転させてみてください)

 
 みればみるほど、障害者の方ばかりではない健常者の中にもある時間認識のずれとか、受け取りやすい信号の違いなどにも思いを馳せました。
 そう、みんなが一様なんてことは絶対ないのです。ほんとは健常者にもこれくらいそれぞれの違いに気を配ったほうがいいのです。なんか普通のマネジメントの中にも活かせそうだなー。マネジャーの対応能力を上げることが必須だけど、それはちゃんと鍛えれば上がります。


 各班の部屋にはパーティション(衝立)が沢山あり、これは真っ平な大部屋でぽつんと仕事をすると不安に感じてしまうとか、集中力が長く続かずいろんなものに興味をもってしまうため、衝立で集中しやすい環境を作るとかの意味合いがあります。



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 廊下の足型マーク。これは緑の足型から赤の足型までをお掃除して掃くんだよ、というサインのようです。


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 利用者さんの字


 そして紙工班では、段ボールの組立や、段ボールを切れ目のところから外す作業をしています。


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 段ボールを型から外す作業は比較的障害の程度の重い人にもできるので、施設にとって助かるそう。

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 この人は、デジタルタイマーを読めるのでタイマーを掲示しています。


 急に紙工班の中で大声。気分が急に盛り上がったりまた静かになったり。


 このほか伊丹空港近くに家具工場があり、そこへ利用者6名スタッフ2名が出向してねじをしめたり金具をとりつけたり、といった作業を行います。それらの家具はニトリさんなど身近なところへ納入されます。

 住友電工株式会社の特例子会社、住電フレンズでは社員として草取り、清掃作業など。「卒業できる方、外へ出られる方(利用者さん)は出たらいい。うち(ゆうゆう)は1つの場だよ、出てもいいしずっといてもいいよ、というスタンスです」と村山さん。

 「もっともっとメニューを増やすのは僕らの責任です。人目に触れるところで皆さん活動してほしい。施設の中にいると閉鎖的になる。利用者さんはやれる力もやりたい気持ちもある。それを社会、地域にアピールしたい」。


 作業のほか法人挙げて夏祭り、運動会や、養護学校と連携したフェスティバルにも力を入れます。そうしたとき地域の団地、自治会の方などと一緒にものごとを進めることを村山さんはとても大事にしているそうです。



「障害者の仕事を10数年やっていますがまだわからないことだらけです。下手に経験を踏んでしまっているから、こんな一面があったのかとか、はっと気づくときがある。『オレこういうとこみてへんかったなー』とか。
 それは山本(主任)とか利用者のお母さん方から指摘されて気づくことがある。」


「正田さんの研修で学んだ『承認』、相手の気持ち、考え方、やっていることを認めてあげて理解してあげて時には補足してあげて助けてあげて、ということ。
 やってみると、声かけ1つで変わるんですね。
 ぼくも悪いことに目が行きがちだったけど、頑張ってきたこと、考えてきたことを認めてあげると、相手が自然とその延長の行動をとる。こちらから『しろ』『して』という必要がなくなる。
 研修50日後の今は、若手が相談してきてくれるようになりました。以前はそんなのなかった。中には、職場で気づいたことを色々と意見として言ってきてくれるようになった子もいます。相談しあう、共有しあう関係づくりができつつあります」

9396


 村山さんは、iPadのカバーの中に縮小コピーした「例の表」を入れてらっしゃいました。当協会の「介護福祉バージョン」をそのまま手を入れずに使っているそうですよ林さん。こういうの見せていただくと幸せになっちゃうな、正田。


 この人間力の高い人たち。知的エリートという言葉があるが福祉の世界でよくみかけるのは「EQエリート」とでも呼べるような人たち。正田は2月のある日の午後に社協さんで半日研修をさせていただき、そのあと懇親会にも村山さん山本さんをはじめ多数の人が出席されましたが、研修をはなれてお話ししてみて皆さんのそのコミュ力理解力共感力…の高さに驚き、
「こんな凄い人たちに私はおこがましくも研修をしていたのか」
と思ったのでした。
 しかし村山さんと山本さんは、「いや、あの研修は良かった」ときっぱり言われるのでした。
 山本さんは主任の立場からスタッフたちを実験台に「承認」をし、相手が延長上の行動を自分からとってくれるので面白くどんどんやっている、ということでした。一方村山さんの実験台は山本さんですが、そのときは山本さんはちと「構えて」しまう、とのことでした。

 このお2人を含めスタッフのうち7名がフルマラソンにエントリーしていました。先日の城ヶ崎先生もそうでしたが、やはり1日中イレギュラーなコミュニケーションをとる多様な人々に関わるのは、体力が必要そう。他の施設でも、上司部下ともフルマラソンだかトライアスロンをやっている例がありました。

 ・・・体力が大事なのは普通の会社組織のマネジャーさんも一緒ですね。ちゃんとやろうと思ったらそうだと思います。

 
 通所施設「ゆうゆう」から始まり入所施設の「ライフゆう」、日中活動の「フォーゆう」、グループホームの「ウォークゆう」と7か所のケアホーム、それに学齢期の障害のあるお子さんのための日中一時支援「ヘルプゆう」相談支援・就労支援事業「ウィズゆう」と、地域の要請に応える形で矢継ぎ早にメニューや組織を拡充している社会福祉法人いたみ杉の子。
 急速に大きくしている分、スタッフの人材育成やマネジメントが追いついていない。設立当初の理念が薄まってしまいそうな不安がある。「私たちは、どうやってこの人を支援するかは考えてきましたが、確かにマネジメントなどは苦手な分野でした」と村山さん。



 そのあと正田のマニアック関心に応えて村山さんから発達障害についての資料をご紹介・ご提供くださいました。

「僕もこれまで高次機能障害を含む比較的軽度の発達障害のことは、目をそむけていたんです。でも正田さんから投げかけていただいて、かつ近所の特別支援学校―発達障害の生徒さんがほとんどのところ―から実習の依頼もされているので、そうかこの方面の勉強をしなくちゃなあと、目ざめたところなんです」(村山さん)。


 色々お話しして、やはり「子どもの頃からの障害の受容がご本人の発達のためにとても大事」という結論になりました。
 なんかお互い今後ご一緒に勉強あるいは勉強したことを持ち寄るような機会がありそうです。


 村山さん、山本さん、貴重なお時間をいただきどうもありがとうございました!


ゆうゆう2



 クッキーや石鹸についてのお問い合わせは:
 
 社会福祉法人いたみ杉の子
  障害者通所支援施設 ゆうゆう
 〒664-0006 伊丹市鴻池1丁目10−7
 TEL (072)777-7486
FAX (072)777-7446



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 久しぶりに「発達障害」に関する話題です。


 最近の東京行でお知り合いになった方「Mさん」と、この問題についてフェイスブックメッセージの中で突っ込んだやりとりをさせていただきました。

 正田は2〜3月にかけて、この問題について何度かブログで話題にしましたが、その都度

「関係者のかたがご覧になったらどんなに気分を害されるだろうか・・・」

と、薄氷を踏むおもいでした。フェイスブックの当時のお友達は比較的好意的に読んでくださったようですが、決してそれで調子に乗ってはならないとも自戒していました。


 今回登場されるMさんはアスペルガーのお子様をお持ちですが、やはり好意的に読んでくださったことに正直驚きをおぼえています。

 ご了解をいただいて、Mさんとのやりとりを一部改変の上公開させていただきます:


****


おはようございます!早速のリクエスト承認ありがとうございました。

昨日のお話の中での「インタラクティブな関係性」、とてもよくわかるような気がします。私の子は、アスペルガー症候群です。知能は高いですが、根っこは自閉症なので、コミュニケーションのやりとりが、最近までなかなか大変でした。

一見、まともにお話し出来るのですが、問に対する答えが的外れなので、私もこの子の特性を理解して受け入れられるまでは、お互いにとても苦労しました。正田さんのおっしゃっていらした、介護は一番愛を試される、(注1)ということ、胸に迫りました。それでは、どうぞ旅疲れを癒やす、良い日曜日をお過ごし下さいませ。




おはようございます。Mさんにおつらいことを思い起こさせてしまいましたね…、ブログも拝見してひょっとしたら身近に障害のある方がいらっしゃるのかなと思っていました。

私の近親者が軽度のアスペルガーだったと思います。このところそのことの意味を考えることが多かったので、Mさんとお出会いしたこともきっと神様のお引き合わせなのでしょう。それにしても、身近に障害のある方のいる方のコミュニケーション力は独特ですね。お子様は今おいくつですか。良い人生を歩まれますように。



ありがとうございます。我が子は_歳です。言語能力が高かったので、小4まで気がつきませんでした。幸いなことに、試行錯誤は辛い経験にはなっていなくて、これからも課題をこなしていくだけなのですよ〜、何が起こるかわかりませんが(^0^;)

アスペルガーに関して云えば、自分自身を含めて、きっと我が家の家系にも主人の家系にも、発達に偏りのある人がいるはずなので、生物多様性の観点からも(笑)、発達のグラデーションという視点を自分に導入出来たことは、とても有益でした。昨日参加した、_さんも、教育学専攻で発達障害のことを学び、他者との付き合いをするうえで発達障害の概念がとても役に立つとお話してくれましたよ。ではでは(*^o^*)正田さんもお忙しいでしょうから、お返事はどうぞ気になさらず…この出会いに心からの感謝を申し上げますm(_ _)m

---

たびたび失礼します。正田さんのブログ(注2)やタイムライン(注3)を読ませて頂き、その明晰さに感動して「いいね!」をたくさん押してしまいました。発達障害は、実はものすごく恐ろしい事態を引き起こす因子にもなりうるという警戒心をもっております。触れるには勇気が要ると思われますが、よくぞ難しい話題に踏み込んで下さいましたね(^_^)/これからの正田さんのフィードバックが、とても楽しみです。




Mさん、拙いブログに目を通していただき、ありがとうございます。Mさんにとっても冗談ごとでない話題でいらっしゃるのに「勇気」として評価していただいたことは大変に光栄です。

前のメッセージで「発達の濃淡」と仰っていましたか、私もそれは人間社会にとっての大きなキーワードのような気がしています。

昨年は、実は「ナルシシズム」というキーワードを得てそちらに凝っていました。しかし発達障害の中にはセルフモニタリングが出来ないタイプがある、ということを考えるとナルシシズムと見えたものが実は発達障害だったと解釈できるのではないか、と今の時点では考えています。

一昨日解散後、_さんともお食事しながらひとしきりこの話題になりました。「発達障害者込みの経済活動とはどんな形か、社会全体で考えなければならない」ということで意見が一致しました。誰にとっても他人事ではないように思います。また色々意見交換いただければ嬉しいです。ありがとうございます。


こんにちは!わたしとのやりとりが、正田さんのブログの材料になるとは光栄です。どうぞ、お使いください。

私自身は、一保護者として、我が子の自閉症につき合いはじめたのが、物事を考えるうえでのひとつの地点でもあります。ダークサイドな話題にもこと欠かない、発達障害の社会的発露については、目を逸らしてはならない分野でもあり、また、悲観論で終わりたくないという気持ちも強いです。

障害者雇用に携わる中小企業の社長さんたちのコメント(注3)も、とても切実で悩みが深くなるのもわかります。一方で、私の身近でも、大変な障害者雇用にわざわざ脚を踏み入れて下さろうとする、企業の社長さんもいらっしゃるので、そういう方の腰が引けないように、実践的な応援をしたいです。(社会的な)障害者を云々するよりも、いわゆるマジョリティをボトムアップしていくことが、巡り巡って弱い者への助けになる社会になるんだろうな、と、感じております。長々と失礼しました。



Mさん、ありがとうございます!大事に使わせていただきます。ハンドルネームを頂けますか?


東京都のMさん、でお願いします。わたし、普段は__の名前で出ておりますが、このやりとりは、本当にごく私的な、一保護者の危機感から生じたもののように思えるので…(^0^;)

モノをかく、発信するって、責任重大で本当に勇気がいりますね。正田さんは、きちんとその恐ろしさを引き受けていらっしゃるので、敬服しております。



ありがとうございます…Mさんの「承認」の力に包まれているような気がします。お子様のご支援に日頃どれほどご努力をされていることか、しのばれるようです。

マジョリティのボトムアップが重要というのは、まったくその通りと感じます。どこまで周囲の理解を得られるかわかりませんが、微力ながら努力いたします。

(引用以上)

****


(注1)正田はMさんと同席したある会合で「脳科学的には母の愛は報酬系だとされている。働きかけ、それに赤ちゃんから反応があることでお母さんの幸福感が湧く。一方介護で反応の無くなった親をみることは一番こちらの愛を試される」という意味のことを発言したが、これは障害などで反応のない赤ちゃんを授かった親御さんの悲嘆まで考慮していないし、そもそも正田は親の介護について全然大したことをしていないのである。兄夫婦、施設、病院に負うところが大きい幸せな立場である。こんな不遜な発言につきあわせてしまったご同席の方々、ごめんなさい。

(注2)ここでMさんが言及されているのはこちらの記事
「『受けとめる』についてのまとまっていない考え」
http://blog.livedoor.jp/officesherpa/archives/51851137.html

他にも3月には「発達障害」に関して何本かの記事を書いているが全部に目を通されたらMさん、何て言われるのだろう・・・。

(注3)上記の記事は、ブログ更新をフェイスブックの正田のタイムラインに転送したところ、思いがけぬ反響を呼び長いスレッドができた。中小企業の社長さんや企業支援業の方から、生産現場や経営者側の発達障害がどんな職場の混乱を招いているかについて怒り、嘆きの混じった真摯なコメントを頂いた。Mさんはこのやり取りにも目を通したうえでこのメッセージを書かれている。


****


 「マジョリティをボトムアップ」。

 このやりとりの中で出てきたこのフレーズだが、どれほどのある意味ニッチな立場から共通項として上がってくる、多くの怒り、悲嘆、無力感、哀惜、の中から絞り出されてくる言葉か、このブログの読者の方々にはおわかりいただけますでしょうか。


 だから、私はやめない。どんなに見下されても。理解されなくても。



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 また、あまりまとまっていないことを書きます。

 でも時代の過渡期であり、恐らく稚拙な思考であっても投げ出すことで何かが前に進むということを信じて。


 「受けとめてほしい」

という言葉にわたしが違和感をもつのは、何故なのか。


 とりわけある種の発達障害の人がこの言葉を発するとき、反射的におもうのは、

「受けとめる」

というのは、ある種繊細な共感のこころの働きであり、それを動かすことには危険な匂いがする、ということであります。


 きわめて繊細な心のひだを動かすことは、健常者であっても、自分の心を脆弱な無防備な状態に置くことになります。


 だからでしょう、わたしの心に防衛反応が出てしまうのは。


 非常に申し訳ないのだがある種の発達障害の人は、健常者がたいせつにしている価値を踏みにじるような行為をすることもあります。丁寧な緻密な努力をあざわらったり、自分に共感してくれる人のこころを傷つけるようなことも、時にはします。

 (だからでしょう、ピア・サポートがもっとも有効だというのも。)
 

 そうしますと健常者が「受けとめる」という繊細なこころをもつことは、危険行為になってしまうのです。

−企業活動によっては、組織の価値をメンバーが高いレベルで共有していないとなし得ない仕事というのも沢山あって、あるメンバーにとって「価値を共有する」ことが不可能なとき本当に受けとめられるのか、という問題もありますが−


 残念ながらこころに障害をもつ人には、相互に受けとめあう、という相互関係は期待できません。しかし健常者であっても相互関係のない一方通行の「受けとめる」関係は、こころを病んでしまうこともあります。


 というわけでわたしの結論としては、「受けとめる」というエモーショナルな言葉ではなく、「理解する」「学習する」といった、知的なレベルの言葉で言っていただきたいと思います。共倒れになることはやはり避けたいので。たとえ、障害をもつ当事者にとってもっとも望ましいのは「受けとめてもらう」という状態であっても。



 アカデミー作品賞の「アルゴ」が再上映されていたので、遅まきながら行ってきました。

 映画に関しては、権威主義者かもしれない私^^


 1979年イラン米大使館占拠事件のとき、大使館を逃れてカナダ大使私邸に逃げ込んだ6人の米人大使館員がいました。逃亡していた彼らが発見されれば公開処刑は必至。この6人を救出するためのCIA諜報部員の活躍を描きます。

 というと地味な映画のようですがその救出作戦が実話なのにハチャメチャ。イランでロケする予定の実在しないSF映画「アルゴ」制作計画というのをぶちあげ、そのロケハンに来た監督や脚本家などクルーに6人が扮して脱出するというものです。

 話をリアルにするために派手な制作発表や脚本やコンテ画やパンフをつくり、そのパンフやコンテ画がラストの出国の時に役立ちます。ハリウッド映画にはあり得ないようなダサいストーリーもイラン人の出国管理官を喜ばせるには十分で・・・。

 どこが見せどころだった、というとやっぱり「実話」だったのがすごいなあ、という感想になってしまうのですが面白かったのは、途中計画段階で出てくる実在の特殊メイク担当や監督のハリウッドでの立ち居振る舞いというか、要するに「ハッタリ」ぶり。なるほどー、向こうの人のセルフプレゼンテーションってこうなのねー。

 ・・・心理学とかビジネス書の世界もハッタリだよなー。こらこら。


****


 兵庫労働局・神戸市主催の「発達障害者の就労セミナー」に行ってきました。

 兵庫県看護会館の500人収容のホールがほぼ満杯。

 ASとADHDをもっている当事者の方の講演や、知的・精神障害者就労No.1の富士ソフト企画株式会社(富士ソフトの特例子会社)の方の講演などを聴きました。

 そして、家に帰るとNHK「クローズアップ現代」で、やはり「発達障害者の就労」をやっていました。

 民間企業の障害者の法定雇用比率が平成25年度から2%に引き上げられます。なのでどんどんこの問題に無関心でいられなくなっています。

 ・・・ところで、ひねくれ者の私はまた引っかかりを感じてしまいました。

 「受けとめてほしい」

 この言葉が当事者から頻繁に出るので、うーん、と。

 
 というのはれいによって、「受けとめてもらってない」という不全感を抱えているのは今の時代、健常者も同じだし、もともと共感能力のない人は他人のことを受けとめたりもしないし。あなたはほかの人のことを受けとめてるか?という思いがつい湧いてしまうのですが、これはわがままなのでしょうか。


 それはともかく、セミナーとTVから得た知識によれば、こうした発達障害の方の就労を受け入れる場は広がりつつありますが、やはり就労支援作業所を経由したり、上記の特例子会社などで定期的に行っている就労訓練を受けて段階的に就労したほうがいいとのこと。そういう場で、発達障害の方にありがちな仕事の場での特殊な行動を修正してくれるそうです。

 特例子会社の人からは「障害に甘えない」という言葉も出、少しほっとします。


 職場でのこうした人びとへの支援の仕方は、ほぼ行動理論、行動療法に準じます。行動理論は障害者にも健常者にも優しい「ユニバーサルデザイン」のようなものかもしれません。


 
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 2日、大阪で行われた「認知症サポーターキャラバン報告会」に行ってきました。


 今年2月現在、全国で約400万人の「認知症サポーター」が存在。認知症について理解をもち、手助けができる人です。そのうち約45万人は10代。小学校高学年〜の子どももサポーターになれます。


 自治体や地域の包括福祉センターが主体になって、学校や企業で講座を開き、サポーターを養成します。


 今時の子どもは小学校で「おとしよりとは何ぞや」「認知症とは何ぞや」「どう接してあげればいいのか」を学ぶのです。そんな授業受けたことがなかった今年50歳の正田にも目からウロコの世界。


 その他認知症の人を見分けケアに役立てる客観式アセスメント「AOS」を紹介する講演もありました。

 
 ご一緒した認知症ケアの専門家の先生がおっしゃるには、

「公務員や大学の先生が突然、盗撮なんかして捕まることがあるでしょう。ああいうのは私たち、若年性認知症だろうと話してるんですよ」

 実際にこの先生の扱った事例にもあったそうだ。


 50代などで発症する若年性認知症は進行が早く、急速に衰弱して死に至ることが多いという。


 先日のよのなかカフェでも話題が出たが、認知症について知っておかなければならないことは多い。


 企業における講座の実際例では、銀行やスーパーなどおとしよりとの接点の多い業種の人にビデオで対応例を見せながら考えさせる研修をしていた。

 そういう時代になっているのである。


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 認知症と今はもう1つ、「発達障害」についても本を集めたりネットで調べたりしている。

 
 以前私にひどいことをしたあの人この人も発達障害かも思うと納得がいったりする。ナルシシズムだと思ったものも、障害を本人が受容していない発達障害だと考えたほうがいいのかもしれない。受容していないと、自分のある部分での決定的な能力不足に気づかず、文句を言ってくる他人のほうが悪いんだと考えがちである。


 だとしたらあの人たちは邪悪なのではない。向上心がないわけでもない。単に障害なのだ。ただ障害に気づかずその職種に就いていたことが問題なのだ。


 人の世の不条理や無用な傷つけあいに、どれほど「障害の不受容」がかかわっていることだろう。

 ネット情報によると、発達障害の中には「自己正当化型」というものがあり、きわめて他責的で、自分の障害も意地でも認めないタイプがあるようだ。

 日本人に発達障害は多いはずである。共感や信頼のホルモン、オキシトシンの発現がもっとも少ない遺伝子スニップをもっている人の割合が高く、このスニップの持ち主は自閉症リスクが高いことも報告されている。診断名としての自閉症が多いのであれば、それを含む自閉症スペクトラムの人々の割合もさらに高くなるだろう。


****


 急逝された中嶋嶺雄・国際教養大学(AIU)学長を語るゼミのOB会が3日都内で開かれ、参加してきた。

 OBたちの語る中嶋教授像は時に優しく、時にアグレッシブで、時にユーモラスで、時に子どものように無邪気に笑い、時に子どものように勝気になり、そして学生だれにも大きな愛情を注いでいた。

 大学教授になっているあるOBはいみじくも、「中嶋先生は学生の僕たちにもリスペクトの姿勢で対してくれた。今の社会学の言葉で言うと『社会的承認』をくださっていたと思う」。

 べつの人は「中嶋先生がわれわれに授業で残してくださったことはそんなに多くない。先生はその生き方でわれわれに示してくださった」


 ―恐らく、その場のだれの胸にもその思いがあっただろう。



 そしてとてつもなく大きな構想力をもった人物だった。

 東京外大の今の調布キャンパス移転も中嶋氏の学長時代の功績。中嶋氏は一面の林だった調布キャンパス予定地を学生とともに訪ね、現地で立っている木を1本1本、「これをこっちにやって、あれはあっちにやって」とシミュレーションしていたそうだ。ご自分の板橋区の自宅も長野の古民家の再生材で建てた中嶋氏は、建築家的な脳の持ち主でもあったようだ。AIUの図書館建築にもその才能がみえる。



 出席されたご家族の話によると、直前まで執務していた中嶋氏は容態の急変、急変の連続で本当に急死と言ってよかったようだ。ご家族にもどれほどの打撃であったことか。

 しかし、奥様とともにOBの会合に出席されたお嬢さんは、「父の死があと10年遅かったらこんなに多くの皆様が集まってくださらなかったでしょう。また母もこんなにご対応できなかったでしょう」と語られたのだった。


 中嶋氏なきあとの世界を生きていかなければならない。いまだにあまり実感が湧かないのだが。


 (やたらと色々な分野の資料を集めているのは、単に不安感からの反応かもしれない)



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NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」に、この人発達障害?という人が出てくる。


 主人公の梅ちゃんの元同僚で、梅ちゃんと過去には結婚寸前まで行った、「松岡先生」。


 イケメンなんだけど研究熱心なあまり言動が頓珍漢で微妙に可笑しい。このタイプの人が重要人物として出てくるのは珍しく、発達障害かそのボーダーラインの人が今の時代増えていて、付き合い方を模索せざるを得ないからだろう、と思ってみている。


 一部の発達障害、あまり差別的な言い方をしたくないのでここでは「超男性脳」とよぼうと思う。(これも差別的だろうか)


 このタイプの人は、松岡先生のように中には非常に仕事で有能な人もいる。一方で「感情」を感じるのが苦手。

 自分の感情のはたらきがわからない。「見合いに失敗して、ショックだから仕事のほうを頑張りすぎて暴走したのではないか」と周囲が推測しても、「いえ、そんなことはありません」とかぶりを振る。そして他人の感情のはたらきもわからない。「○×先生は、信頼する部下に裏切られてショックだったと思うわよ」と梅ちゃんに解説してもらって初めて「そうだったのか」とわかる。


 松岡先生のように、他人に説明されて「そうですか」「そうだったのか」と納得したり、少なくとも怒り出さないのはまだ非常に筋のよいほうである。多くの自覚のない「超男性脳」の人は、「感情」というものを小馬鹿にする。それは、自分の苦手科目だからである。本人に感情が「ない」わけではなく、客観的には非常に感情的に振る舞うことも多々あるのだが、そこに自分の感情が介在していることを認めたがらない。手前勝手な論理を振り回し論理の問題にすり替える。(「言ってること、めちゃくちゃ」っていうのもよくある)また「他人が悪い」と他責になる。


 多くのパワハラリーダーにはこの問題がある。超男性脳ゆえにフォロワー時代は有能なのだが、リーダーになって他人の感情に配慮しながらチームを引っ張ることができない。こういう人をコーチングで治せるかというと、非常に困難。もしどうしても治したい場合には、発達障害の治療法というか援助法のようなやり方での介入が必要になるだろう。つまり、診断を受けてもらい周囲にどんな問題が起きているか詳細な現状認識をしてもらい、そのうえで援助を受けてもらいTPOに応じた適切な行動を学んでもらう、というような。
 パワハラリーダーには酒や鬱の問題、高血圧、若年性認知症、ご家庭の問題なども複合していることが多いが、その根っこをたどるとご本人のこうした先天的な能力の偏りがからんでいる。


 かつ、恐らくIT時代には、中年期以降にITにはまり込んで後天的に「超男性脳」的になった人も少なくないだろう。
とこれはわたしのくらい予感。


 
 先日は医療機関で研修をさせていただいたが、医療機関というより悪い意味での公務員さんの集団に近かった。女性でも「超男性脳」的な人が相当数混在し、コミュニケーションについて障害に近い能力の低さがある。共感能力が低いので人の話を聴いて理解することが決定的に苦手。しかし自分のその方面の能力の低さを自覚しておらず、他責にすり替える。そうして組織全体に疲弊と悪感情が蔓延する。一部の優秀な人に負荷がかかる。


 そしてリーダーはよくあるように「ポジティブ」で、職員のそうしたソーシャルスキルの低さを障害と関連づけて考えることができておらず、コーチング研修で治ると単純に考えていた。
「いや、彼女は能力と責任感の高い人ですよ」と、ある「聴く能力」の決定的に弱い人について言った。恐らく数字の計算や書類仕事はコンピュータ並みによくできるのだろうが、何ができて何ができないのか、こうした人々には細分化した理解が要るのだ。
 (そうした他人の能力に関する細分化した理解、というのをコーチングや「承認」の応用形と考えることもできる。ただそれにはかなりの訓練期間が要り、遊び半分の2時間や3時間の研修でできることではない)


 そしてポジティブなリーダーは、よくあるように、研修の事前説明をろくにしておらず、

「組織の現状がこういうふうだからそれを直すために研修をする。このことの成否は皆さんの学習に依存する。しっかり学んでほしい」

という説明をしていなかった。そしてポジティブな人がよくやるように、冒頭あいさつで私を「先生」ではなく「さん」と呼び、「皆さん、まあ軽い気持ちで学んでください」と言ったのであった・・・


 見事に「だらっ」とした、椅子の背もたれによっかかって、よだれを垂らしかねない弛緩した表情の受講生が出来上がったのは言うまでもない。

 ―人が人を見下す表情というのは、観察していると見っともない、美しくないものなのだ―


 つい2か月ほど前にもブログに書いたが、ダメな主催者あいさつ、ダメな講師紹介をしてくれるぐらいだったら、一切その手のものなしで、私自身から話しはじめ、自己紹介もしたほうがよいのだ、オープンセミナーのように。


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 『光圀伝』(冲方丁、角川書店)。大部でしたが一晩で読めました。

 ちょうど姫路師友会でも、「大日本史」の編纂について話題になったところ。


 非常にさわやかな読後感。


 このなかには心からの賞賛がある。認める言葉がある。感謝がある。試すための問いかけがあり、認める表現としての相談がある。

 これまでの歴史小説のように、言葉をけちったりはしょったりはしない。


 そして多くの「師」や「コーチ」が出てくる。


 そして聡明な女性たちが出てくる。女性も学問をし、高度な詩や歌をつくる。男性の相談相手になり、対等に議論する。詩会は男女同席で行う。


 司馬遼らの世代の歴史小説にはなかったことなのではないか。作者は1977年生まれ。


 
 多くの中高年男性は歴史小説をモデリングする。維新の英雄や戦国武将たちの立ち居振る舞いを無意識に真似る。

 (ある、「決断依存的」で「変化が大好き」で「説明不足」のポジティブリーダーは、『竜馬がゆく』が愛読書だった)


 こうした歴史小説の登場を契機に日本の中高年男性の行動様式が変わってほしい、と願わずにはいられない。
 
 
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 ものづくり現場のかたがたから宿題が返ってきている。微笑ましい事例のかずかず。

 出来る限りすぐにコメントをしてお返事する。

 研修後1週間の今の段階では、まだ1つ1つ「微笑ましいエピソード」にとどまる。でもその集積が大ホームランになっていく。


 ある受講生さんは、宿題以外に会社に提出した「研修報告書」を参考に送ってくださった。

「今回の研修を通してコーチングの重要性、コーチングにより人材を上手活用し、企業の業績向上へとなる
よう進めて行きたいと思います。」

 という嬉しい言葉があった。


 振り返って、受講生さんたちのコミットメントの高さは、もちろんご本人様たちが元から持ち合わせていたものでもあるが、それ以外に主催者の冒頭あいさつのインパクトも大いに作用しただろうと改めて思う。

 世の中には受講生や講師をガクッとさせる冒頭あいさつもあるし、反対に奮い立たせる、追い風になる冒頭あいさつがあるのだ。
 変に「自分は賢い」と思っている人が、人をガクッとさせる冒頭あいさつをすることがある、それは言葉の中にどうしても「講師より賢い自分を見せたい」という裏の感情が入り込むからである。
 一方でそれ以上に賢い人は、自分が講師より優位かどうかなどは脇に置いて、講師に良い仕事をさせるよう場全体の空気づくりに努め、「場の目的は何か」ということから外れない。それができる人は、私がみてきた中にそうたくさんはいない。



100年後に誇れる人材育成をしよう。
NPO法人企業内コーチ育成協会
http://c-c-a.jp

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