正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

タグ:トラウマ


 精神科医で、家族機能研究所所長の斎藤学氏から、『嫌われる勇気』についてのコメントをいただいた。斎藤氏は日本のトラウマ治療者としては草分け的な存在で、NPO法人日本トラウマサバイバーズユニオン理事長を兼任するなど、トラウマをもつ人の支援も行ってきた。

 フロイディアンである同氏からは、「フロイトをよく知らないでフロイトを批判している」「アドラー1人が屹立して他はダメだというのはどうか」と厳しい言葉があった。


 斎藤氏はコメントを引き受けられたあと『嫌われる勇気』を取り寄せて読まれたうえで、非常にきっちりとしたコメントをくださった。
 他の多くの先生方もそうだが、斎藤氏のコメントを引き受ける姿勢、コメントする姿勢には、とりわけ「これぞ知識人」と感銘を受けるものがあった。

 ご了承をいただき、謹んでブログに掲載させていただきます。


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 いい本だと思います。読みやすいし。しかしアドラーの心理学ではないな。
 著者がプラトンを研究している人ということなのでそちら側に引き寄せているのかも。アドラーの中の著者たちにわかりやすいところを抜き出している印象。

 しきりにフロイト的因果論を否定しているが、そもそもフロイト的因果論などというものはない。フロイトと言っても、初期、中期、晩期で言ってることはまったく違うんですよ。例えばフロイトは1886年に『ヒステリーの源流』で大人の子どもに対する誘惑(性的児童虐待)が後年子どもの神経症を作ると言った。その後彼自身が、この仮説を引っくり返してしまう。「フロイトの撤退」と呼ばれている事態で、その代わりに登場したのが「子どもは親たちからの被害を空想するものだ」というファンタジー説。そのファンタジーの中身が「エディプス・コンプレックス」です。

 ところが今の精神医学では彼が引っくり返す以前の説のほうが正解ということになっていて、児童期のインセスト・アビューズ(近親姦虐待)の成人になってからの障害(例:境界性パーソナリティ障害)をどう治すかということが課題になっています。1970年代以降、フロイトの空想説によって消えかかったシャルコーからジャネを経てフロイトにつながる外傷体験説が復活して今のPTSD論の一部を構成しています。脳図像学の発達によって心的外傷による海馬体の萎縮などが明らかになっているので、単なる「論」や「仮説」を越えた実体として治療対象になっているのです。

 確かに「子どものころ親に虐待されました。」で終わっては治療にならない。例えば私は外傷性記憶の曝露療法というものをやっています。外傷体験を言語化するのは苦しい。しかし過去を明らかにすれば治るなんて誰も考えてないので、目の前に居る患者の人格障害や解離性フラッシュバックという、「今、ここ」の苦痛の解消が私たち治療者の仕事です。他者に向けて外傷体験を曝露するという作業はあまりに痛いので、過去の外傷そのものは大した痛みでなくなり、過去のとらわれから解放されるのです。 

 以上がひとつの例で、この本には誤解(あるいは省略)が多すぎる。とは言っても私はこの本全体を否定するつもりはないのです。正しいこと、常識的なことも多いのですが、その多くは既にフロイトやその後輩たちによって吸収されてしまっています。例えばサリヴァンなどを読むと、アドラーとの類似に驚くでしょう。アドラー1人が屹立していて他はダメだといい、フロイトを否定して敵を作って叩いて売っているというのは商法ですよね。フロイトをよく知らないでフロイトを否定している。読む方はそんなことどうでもいいでしょうけれど。

――教育心理学の分野などでも常識の逆張りを狙って明らかに間違いということがベストセラー本に書かれ、学識経験者はあまりにもバカバカしいからと黙殺しているとそれが一人歩きするということがよくあります。

 変だよね、ということはいっぱいある。
 「承認欲求を否定せよ」などは、単なるレトリックですよね。あとの方で自己受容はいい、と言っているじゃないですか。受容は承認されることで生まれますから。何も根本的な違いはない。
 「トラウマは存在しない」という言い方は派手ですが、上に述べたように誤りです。アドラーは「トラウマは無い」と言っているのではなく、「トラウマを含む過去にとらわれてはいけない」と言っているのです。

 アドラーの代表的仮説である劣等コンプレックスや器官劣等性の概念は外傷体験というものを前提にした因果論そのものじゃないですか。これらはアドラーの代表的著作「Adler, A: Der Aggressionstrieb in Leben und in der Neurose.〔『日常生活と神経症における攻撃欲動』〕」(1908)に収められていますが、記述の仕方そのものが精神分析です。アドラーの著作は彼が望んだか否かは別として、精神分析を補完するものです。

 アドラーの評価を語るに当たっては、エレンベルガ―の書いた『無意識の発見』(第8章,邦訳,弘文堂)が参考になります。そこではアドラーに100頁ほどが当てられています。その前の第7章はフロイトに当てられていて、こちらは約200頁。公平な評価で、アドラーがフロイトに比肩される心理臨床家であることには間違いありません。その点、この本(『嫌われる勇気』)はアドラーを誤解させますね。

 アドラーは1902年から1911年まで精神医学会の4人の理事の1人でした。
 アドラーは、フロイトのエディプスコンプレックス仮説を受け入れられなかった。リビドーとは無関係に発生する攻撃性や権力意志が存在すると説いたのです。そしてそれは後期のフロイトによってもタナトス(エロスと対立して自己破壊に向う衝動)という言葉で説明されています。それと、アドラーはトロツキーの友人でもある社会主義者でした。フロイトは同じくユダヤ人の医者ですが、金持ちばかりを診ていたし、本来「大学の人」でウイーン大学の客員講師(後に客員教授)でした。アドラーにはこうしたことへの反発もあって、フロイトたちから離れたのではないでしょうか。

 1911年以降のアドラーは大衆への説教者になっていきます。説教をして、社会共同体の向上をはかる。これが何につながるかというと、自己啓発ですね。デル・カーネギーや『7つの習慣』などの。専門家でもなくて。扇動者とまで言わないが、大衆を集めて真理を説く人の元祖になりました。

 1920-30年のアドラーは社会状勢の読みがよかった。早々とアメリカに移ったので。フロイトのようにナチの迫害にも遭わなかった。恵まれない人たちの人間共同体にどう関心を向けるのかに力を注いだ。啓発者としてのアドラーですよね。その件に関してアドラーは偉大です。

 この本(『嫌われる勇気』)について憂慮するのは、この本を鵜呑みにする「無智な大衆」の中に大かたの精神科医も入ってしまうことです。実は医学生の訓練課程ではフロイトの「フ」の字も習いません。精神科医になってからも同じことです。未だに精神分析は学びたい者だけが時間とお金をかけて、苦労して身につけるものなのです。

 今や患者さんのほうが精神療法をよく知っています。自分が困っていますから真剣に勉強します。しかしその中には、ネットの解説だけでわかった気になってしまう人たちも出てくる。この本は150万部も売れているそうだから、わかった気になった患者がわかっているつもりの精神科医と出会うことも多々あるでしょう。

 そんな人の中で「トラウマはない」とか「過去は要らない」みたいなことが常識になれば、そういう親たちに育てられた子どもたちの問題が深刻なことになるでしょう。

 『嫌われる勇気』について調べるなかで、引き続き様々な関係者にご意見を伺っている。
 Facebookでご縁をいただいた、土井ホーム運営・土井高徳氏のコメントを、ご了解をいただいてブログにUPさせていただく。

 子どもたちの中でももっとも重い傷を負った、被虐待経験や少年犯罪、非行の経験をもつ少年たちを受け入れ、日々目の前にみて向き合い、励まし、時には真剣に叱りもする土井氏の目には、「トラウマは存在しない」が一人歩きする現状はどう映っているだろうか。


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 こうした、「トラウマは存在しない」が一人歩きしている現状について、「トラウマ」を抱える当事者と現在形で向き合っている支援者はどうみているだろうか。
 福岡県北九州市で、深刻な発達上の課題を持つ少年を多く受け入れている里親型ホームを運営する土井高徳氏にお話を伺った。

 土井氏は1970年代から不登校や引きこもり、ネグレクトの少年たちの支援を行ってきた。今世紀に入ってからの支援は、親から虐待された過去を持つ少年を多数受け入れるようになり、治療的専門里親として少年の生活全般を建て直す方針になっている。
 土井ホームで受け入れた少年たちは、家庭や児童養護施設で激しい虐待を受け、虐待の影響によって解離症状などの深刻な精神医学的症状を見せる少年、深刻な少年犯罪や非行、逸脱行動を表出する少年、不眠や抑うつ症状、自傷行為を見せる少年など、深刻な状態の少年ばかり。このような虐待と発達障害の重複という子どもも多い。少年同士の激しい対立が起こり、警察を呼ぶことすらあった。

「トラウマは存在しない」というフレーズが独り歩きしていることについて、土井氏はこう語る。

「トラウマ概念は紀元前8世紀のホメロスのイリアス、紀元前5世紀のヘロドトスの著作物にトラウマ類似の事例が記載され、戦争神経症、鉄道脊椎症候群などと時代時代で報告されてきました。こうした驚愕反応や侵入症状などの中核症状は、フロイト、フィレンツ、ジャネによって次第に明確化され、戦争体験者、大規模災害やユダヤ人収容所の生存者、性被害者などに広く認められる症状として、1980年にアメリカ精神医学会によって提唱され、引き続き1992年にWHOの診断基準に掲載されたという歴史があります。トラウマの存在を前提とした診断と適切な治療や援助は、臨床医学や臨床心理学、保健学や看護学などの分野ですでに確立されたものであることは論を待ちません。」

 児童養護施設で同室の子どもの体の50か所以上にやけどを負わせ、年下の男の子に性的いたずらをするなどして土井ホームに入所してきたA少年のケース。
 入所後も、少年の暴力と規則に従わない行動、それに解離症状は折に触れ噴出した。A少年も大事だがホームの他の少年も守らなければならない。このため土井氏はA少年に対して4点の指導方針を決めた。
1.「再演」としての逸脱行動に対する「強い枠付け(禁止)」
2.自分自身の行った行為に対する事実とそれに対する感情の徹底的な言語化
3.逸脱行動の背後にあるこれまでの心的外傷の語り
4.加害少年と被害少年との修復的司法の取り組み

 土井氏はA少年の被害にあった少年2人から聞き取りを行い、A少年による暴力行為の内容を確認。続いてA少年と面接を行った。
 A少年は身体的暴力だけでなくペットボトルの小便を飲ませるなど、性的暴力も行っていた。土井氏はA少年に、
「ひとが苦痛を覚えることを力で強要するのは最大の暴力だ。やってきたことはおまえ自身が施設でされてきたことではないか」
と施設での体験を話すように促した。するとA少年は激しい葛藤の表情を見せ、話すことへの強い躊躇を示した。
 土井氏がさらに
「つらく傷つくような体験をいっぱいしてきたと思う」「そうした体験をじっと心に隠しているといつまでもそのことに囚われてこころが晴れない」「言葉にすることで自由になれる」と促すと、A少年はようやく以下のような体験を語り始めた。

A少年:「養護施設では、小学生の間はまだ良かったが、中学生になったころからいじめが酷くなり、態度が悪い、言葉遣いが悪いと殴られたり蹴られたりした。子どもたちが囲んだ中で年長児とのたいまんを強要され、ボコボコにされた」「首を絞められ喉から血が出た」
土井氏:「施設の卒業生によれば、風呂場が一番苦痛だったとT教授から聞いたが」
A少年:「熱湯や洗面器に入れた小便をかけられた」「気を失うまでお湯に体を沈められ、浴槽のお湯を飲め、飲まないと殴るぞと強要された」
 その後A少年は施設で年長児3人から性的暴行を受けていたこと、自分も下級生に性的暴行をする側になったことなども語った。
 土井氏は「そうか、辛かったな。施設での出来事をよく勇気をもって話してくれたな」
とA少年を評価した。そして、ホームの多くの少年が家族愛に恵まれない中でA少年には母親や姉がいること、また土井氏の夫人がA少年を受容的に処遇したいと言っていることなどを語ってきかせた。A少年は号泣した。

 「明日からがんばるな」と土井氏とA少年は握手。「ただし再発した場合は即座に断固とした処置をとる」と告げた。面接終了は夜中の11時15分だった。
 「トラウマ記憶の言語化」については、90年代アメリカで「記憶の捏造」が訴訟問題にまで発展し、そのために今でもトラウマの存在に懐疑的な精神科医もいる。土井氏は大学の先生や出身施設など少年の周囲から情報を得ることでその問題をクリアしている。

 翌日、A少年は被害を受けた少年2人に謝罪。被害少年たちも謝罪を受け入れた。
 A少年はこの後、トラブルを起こすことはなかった。暴力の再発はなく、周囲からも「A少年は変わった」「以前は暴力で解決しようとしていたが、今は言葉で解決しようとするようになった」という評価の声が上がった。やがてコンビニエンスストアで高校の放課後アルバイトをするようになり、地場の企業に合格し、会社の社員寮に入ってホームから巣立っていった。

 土井ホームでのこのエピソードを紹介したのは、ほかでもない。
 「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」に代表される、まったくの「頭でつくった言葉」がベストセラーに載り、一人歩きしている状況にNOを言いたかったのだ。
 切実にトラウマに苦しみ、自分が苦しむのみならず周囲にまで苦しみをもたらしてしまう当事者がいる。そしてその当事者と「本気」で向き合う支援者がこの地続きの世界に、いる。

 土井氏に、「目的論か、原因論か」について問いかけるのもいささか「野暮」のような気がする。氏の手法は、発達障害児への支援技法(構造化など)を加味しているが、基本的にオーソドックスな行動療法。そして上記のA少年に対しては、「トラウマを言語化する」という、認知行動療法の手法も使っている。大いに「原因論的」といえる。
(実は、筆者も自分の子がいじめによって不登校になり、鬱が治り元気になりはじめた頃家族にたいして荒れた。このときに「いじめっ子にされたことを言語化する」ことを勧めたことがある)

 あえて土井氏に伺ってみた。
Q.土井ホームで受け入れているような深刻なトラウマを抱えた少年について、この例のように原因にさかのぼって言語化してもらうことは多いですか?全体の何割ぐらいのお子さんにこういうアプローチをしますか?

A.子ども支援はマラソンです。まず安全感のある環境を保障し、内面で言語化の用意が十分に整ったことを見極めてから取り組みます。準備のできないうちに言語化を急ぐと回復の基礎が崩壊するからです。
 基本、虐待などの被害体験がどの子にもあり、その被害が加害へと転化した深刻なケースを長期にわたって取り組むことも少なくありません。「安全」、「相互性」、「回復・自立」という段階をゆっくりと穏やかに円環的に進めていきます。このようなアプローチはどの子に対しても同様です。子どもの傷の深さによって、「安全」の段階で回復する子も「相互性」の取り組みによって回復する子などそれぞれです。現場と子どもは実に個別的で、ケースバイケースす。
それと同時に、最近ではこうした「リスク管理モデル」から「長所基盤モデル」へとスライドし、子どものストレングスやレジリエンシー重視という方向へと向かっています。その際に、私たちと子どもにとどまらず、子ども同士の相互性を生かした言語化という取り組みを行っています。」

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 ちょうど奥様がインフルエンザで発熱、ホームレスの少女が来訪するなど大変な取り込み中のさなか、いただいたコメントだった。
 重い。でもこちらが確実に真実だ。

 ウソや軽い言葉より真実を尊ぶ私たちでありたい。

 この場を借りて土井高徳氏に深く感謝します。

 
「トラウマは存在しない」についての進展。

 結論から先に言いましょう、「トラウマはありまーす!」

 精神科医の先生により表現方法が違い、興味深かった。

 そのなかで日本トラウマティックストレス学会会長の岩井圭司氏(兵庫教育大学教授)からのメール。

 引用について正式のお許しがまだ出ていないので、要旨部分だけ抜き出すと、

※※※※

結論を先取りするならば、
> 1.動物でもトラウマに似た現象はあるのではないか
> 2.被災地にトラウマ、PTSDという現象はみられるのではないか
> 3.とくにASDの人ですと扁桃体が大きく、トラウマが残りやすいので、他人からみると些細なことでもトラウマになって動けないということが起きるの
> ではないか
>
すべてイエス、です。

で、敢えてわたくし流の独善的な言い方をするならば、
  PTSDはたしかに存在する。
  一方、トラウマは実在物ではない。ただ、構成概念ないし仮想実体としてのみ存在する。
ということになります。
・・・われながら、禅問答めいてきましたね(笑)

※※※※

と、いうことだった。

 ご自身は「隠れアドレリアン」とのこと。
 

 
 また今朝(2月6日)のNHK「あさイチ!」では、「いじめ後遺症」の特集をやり、そのなかで「トラウマ」に触れた。

>>http://www1.nhk.or.jp/asaichi/archive/170206/1.html


※※※※

いじめの認知件数は、22万4,540件と過去最高(文科省調査・2015年度)。そんな中、子どもの頃にいじめを受けた人が大人になってもその後遺症に苦しむ“いじめ後遺症”の実態が、最近明らかになってきました。容姿のいじめをきっかけに何十年も「摂食障害」に苦しむ女性や、いじめから20年後に突然思い出して「対人恐怖症」に陥った女性もいて、多くの精神科医がその深刻さを訴えています。
いじめ被害者のその後を追ったイギリスの調査では、40年たってもうつ病のなりやすさや自殺傾向がいじめられていない人と比べてかなり高くなることが疫学的に明らかになっています。いじめはその人の健康リスクや人生までも脅かすのです。さらに、最新の研究では、いじめなどの幼い頃のストレスが、脳の形や機能に影響を及ぼす可能性も指摘されています。
番組では、知られざる“いじめ後遺症”の実態を明らかにするとともに、いじめの過去を精算する克服法もお伝えし、“いじめ後遺症”について考えました。

※※※※

という問題提起で、実際に”いじめ後遺症”に苦しむ人や精神科医が登場した。

 またこのブログで以前にも登場した、福井大学医学部の友田明美教授の研究により、

 幼少期の虐待で脳の一部の変形や萎縮が起こることが脳画像で示された。




 というわけで、トラウマは「あります」。この番組ではあまりにも「トラウマ」が人口に膾炙しすぎて否定的感情を生むことに配慮したためかあまり使わなかったが、ところどころではやはり「トラウマ」と言っていた。


 番組に登場した「いじめ後遺症」に40代になっても苦しむ女性は、摂食障害を患い、ずっとマスクを着けていた。
「誰かに認めてもらいたいと思うほうが高望みだし自分が我慢したほうが…」
という言葉が印象的だった。

 以前の「アドラー心理学特集」で「トラウマは存在しない」「承認欲求を否定せよ」と大きなテロップで流したうっかりさんのNHK、軌道修正してきたか。


 一方で元アドラー心理学会会長の野田俊作氏(精神科医)とのメールのやりとりは昨5日まで続き、最後は野田氏の「コメント拒否」で完結したのだが、そこへ至るまでのメール公開はお許しいただいた。


 そこは「続き」部分で。続きを読む

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