正田佐与の 愛するこの世界

神戸の1位マネジャー育成の研修講師・正田佐与が、「承認と職場」、「よのなかカフェ」などの日常を通じて日本人と仕事の幸福な関係を語ります。現役リーダーたちが「このブログを読んでいればマネジメントがわかる」と絶賛。 現在、心ならずも「アドラー心理学批判」と「『「学力」の経済学』批判」でアクセス急増中。コメントは承認制です

タグ:ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学

※この読書日記はシリーズ化しました。

1.悩ましくも学び多き俯瞰図の第二弾―『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』読書日記編
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931354.html

2.『ビジネススクールでは学べない―』経営学は”残念な学問”か?考察編(1)「ダイバーシティー経営は損か?」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931381.html

3.『ビジネススクールでは学べない―』世界の経営学は周回遅れ?考察編(2)リーダーシップ、内発/外発、レトリック
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931424.html

4.痛みに満ちた進歩の歴史と「こころの退化」と―世界の経営学にNOを言う 考察編(3)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931465.html



『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』について、考察編の蛇足のような記事です。


※ここまでの流れをお知りになりたい方はこちらをご参照ください

悩ましくも学び多き俯瞰図の第二弾―『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』読書日記編

http://c-c-a.blog.jp/archives/51931354.html

『ビジネススクールでは学べないー』経営学は"残念な学問"か?考察編(1)「ダイバーシティー経営は損か?」

http://c-c-a.blog.jp/archives/51931381.html

『ビジネススクールでは学べない―』世界の経営学は周回遅れ?考察編(2)リーダーシップ、内発/外発、レトリック

http://c-c-a.blog.jp/archives/51931424.html



 「ダイバーシティー経営」の知見について、なぜあれほど生理的嫌悪感をもったのだろう。

 今日の記事では、全然論理的・客観的でなく、むしろバイアス満載の、感情的・主観的な自分になって語りたいと思います。

 自分個人の体験として。
 わたしはバリバリの均等法世代、同法施行2年目に入社した女子です。入社したとあるマスコミの会社は業界の中でも女性活用が遅く、女性総合職の記者2期目、そして配属された部署では初めての女性記者となりました。
 そして平凡な話だと思いますが、上司は女性の受け入れについてなんら研修など受けておらず、違和感マンマンの表情でわたしを受け入れました。口を開けば「女の子は叱ると泣くんじゃないか」と言われ、一方では「叱られて初めて本物だぞ」と言われ(じゃあ女の子は永遠に本物にならないのかよ)、腫れ物に触るような扱い。
 過去にこのブログにも書いたように、そんな中でも精一杯優等生の1年生社員をやっていたのですが、中にはわたしが周囲のおぼえめでたいのをやっかんで悪質な嫌がらせをしてくる先輩社員あり。また当初は上司がそうした先輩の嫌がらせに盾になってくれていたのですが、前門の虎後門の狼というやつで、今度はその上司が「対価型セクハラ」というやつをやり、わたしはそれを断ったのでいきなり不興を買い、仕事を干されました。哀れ可愛がられっこだった1年生女性社員は、以後毎日ひたすら出社しては何もやることがなく、新聞を読むようになりました。約4か月その状態が続き体重は7kg落ちました。そして問題の上司が他部署への転属を打診しに来たので、組合に駆け込み、組合もさすがに「それは不当人事だ」と会社に掛け合ってくれ、私は希望通り地方に出してもらえることになりました。
 その地方勤務の準備のため警視庁、環境庁(当時)に各2か月詰めたのでした。かなり異例のことでした。
 地方に行ってからはこれも受け入れ先が渋々受け入れたようで、当初「無任所」、決まった担当先がなく仕事が何もないに等しかったのですが、その地方では手つかずだった医療分野を自分で開拓して特ダネを書くようになりました。そしてある時期は社内報に毎回名指しでおほめの言葉が載り、表彰もされるように。東京から地方巡回してきた社長や編集局長には「次の香港特派員はお前だからな」と言われ。
 東京勤務時代に本社に女性の宿泊施設がなく、それでも宿直勤務を希望したので、宿直に入っても男性と違って寝に行くところがなく、勤務が終わってから資料室でつっぶして寝ていたこと、地方勤務もまたその地方では「初物」になり違和感に囲まれながらの仕事でした。そしてそこにも悪意の先輩というのがいました。最近膳場貴子氏がNEWS23の降板を希望したと偽情報をリークされていましたが、わたしも結婚ネタをリークされ退職に追い込まれたようなものでした。
 わたしの10代くらいあとの女性でしょうか、その会社で初めて海外特派員に出たとききました。先輩女性たちの死屍累々のあと、死体の山を踏み越えて、初めて1人の女性特派員が誕生するのです。

 そういう、男性だけだった会社や職場に初めて1人の女性が入ることがどれほど大変なことか。軋轢の多いことか。志を貫こうと思えば、人としてどれほどの苦痛を味わい続けることか。経営学者たちにはわからないでしょう。
 こんにち、それなりの規模の会社にはどこでも女性がそこそこの人数いるのは、その蔭に多数の痛みに満ちた女性たちの人生があるのです。女性が存在できるようになったのは、闘争のすえに勝ち取られた「進歩」なのです。

 で、後輩や自分の娘のような世代の人たちにはなるべくもっとスムーズに働き、経済的不利益も味わわないで済んでほしいと思っているのだけれど、昨今のミソジニー(女性嫌い)の風潮はそんな思いをあざ笑うかのようです。
 だから、わたしは女性たちに不利益をもたらす言説にはNOを言います。

****

 もう1つ、また「生理的嫌悪感」にまつわる話を。
 たとえば「白人、男性、同年代だけで固めた職場なら、ツーツ―で仕事がはかどって楽だなあ」こういうメンタリティに対して、わたしは不快感なのです。それは堕落したこころの状態だ、という気がするのです。
 読者の方は、いかがでしょうか。
 
 またひとつの実体験です。「女の園は苦手だ」と言いましたが、地元の商工会議所の人に頼まれて、「女性経営者の会」に2年ほど入っていた時期がありました。40歳前後のこと。
 その「女性経営者の会」は、主力は60歳代の女性社長たち。お父さんが亡くなったから、ご主人が亡くなったから、と受身なきっかけで経営者になった人が大半で、自力で起業した人は少数でした。そして、ホテルのレストランで毎月ランチをご一緒するのですが、まあ円卓に一緒に座っていても共通の話題がない。60代女性の共通の趣味で、踊り(日本舞踊)に行ったとかシャンソンに行ったとか歌舞伎に行ったとか、同年代同士ベチャクチャと話しておられる。こちらからは口を挟むとっかかりがない。
 そこで如才なくあれこれ話しかけられればいいのでしょうが、わたしと同様、「入っていけない…」と感じる若手女性経営者は少なくなかったようで、2年間のあいだにわたしと同年代の人が入っては辞めていきました。2年もったのは辛抱強かったほうでした。
 そのうち、その会の「外」で、やはりその会から脱落したという50歳前後の女性経営者と出会い、「もっと若い者同士の女性経営者の会をしましょうよ」と声をかけられましたが、行ってみるとそこもまた、今度は50代の人の集いの場でありまして。
 
 どうも、「女同士だから気安く話しやすい」場として設けられたところでは、メンバーは気安さを求め、女性同士というだけではなく、同年代同士というさらなる気安さを求めてしまうのです。こういうのは煩悩のようなもので、せっかく気安いのだからもっともっと気安く、と追い求めてしまうのです。
 たぶんそれはサークルのようなところだけでなく、カイシャでも同様で、女同士だからサクサク話が通じるかといえば、その中で年代ごとの壁をつくり、あるいは既婚者・未婚者の壁をつくり、いたちごっことなるでしょう。同質性を際限なく求めるでしょう。
 そういう、「べたっ」と同質な世界というのは、わたしは堕落だ、と感じてしまうのです。こころのどこかが麻痺しているように感じてしまうのです。
 たぶん仮にそういう中にいて居心地がよいと感じるとしたら、その場にはいない異質の人に対してはものすごく不寛容になりそうです。ヘイトスピーチなどもしてしまいそうです。男だったら、配偶者にDVなどもしてしまうかもしれません。また、女でも自分の子供が仕事の同僚のようにサクサク動いてくれないことに腹を立てるかもしれません。
 異質の人が周りにいるというのは、いいことなのです。こころの訓練になっているのです。同質の人だけと一緒に過ごしたいなどというのは、「退化」なのです。
 経営学が「こころの退化」を勧めるのなら、やはりNOを言いたい。


正田佐与

※この読書日記はシリーズ化しました

1.悩ましくも学び多き俯瞰図の第二弾―『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』読書日記編
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2.『ビジネススクールでは学べない―』経営学は”残念な学問”か?考察編(1)「ダイバーシティー経営は損か?」
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3.『ビジネススクールでは学べない―』世界の経営学は周回遅れ?考察編(2)リーダーシップ、内発/外発、レトリック
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4.痛みに満ちた進歩の歴史と「こころの退化」と―世界の経営学にNOを言う 考察編(3)
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『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(入山章栄著、日経BP社、2015年11月、以下、「本書」と略)
 読書日記考察編(1)に続き、考察編の第二弾です。

 考察編(1)の「ダイバーシティー経営」の話題に比べると、”実害”はそれほどないかもしれない、したがって緊急性・重要性とも低いかもしれない部分。
 でも「神戸の承認屋」としては、「世界の経営学ってまだそんな(遅れた)ことやってるの!?」と言いたくなるところです。また、もう少し現実的なところを知っておいたほうが実務家には役立つのではないか、と思われるところです。

 こういうのも、あとで改めてまとめて考察すると時間のムダなので、今やっておきましょう。
 ほんとは、「承認教育はこんなに優れている」と主張することになりますから、わたしの性格的にあんまり気が乗らないんですけれど。

 ポイントは3点、
(1)内発/外発:もっとシンプルな捉え方ができるでしょう
(2)リーダーの「伝え方(レトリック)」:「ビジョン」「イメージ型の言葉」の陰に潜むものの大事な役割
(3)リーダーシップの概念:これも分け方が変
 
です。

****

(1)内発/外発:もっとシンプルな捉え方ができるでしょう


 「モチベーション」に関わるところです。
 おさらいで、2つ前の読書日記の記事でのこの項目に関する要約部分を再掲いたしましょう:

●モチベーションの「外発的な動機(Extrinsic motivation)」と「内発的な動機(Intrinsic motivation)」。内発的な動機を強く持つ人のほうが、創造的な成果を出しやすい。またどのようなリーダーが部下の内発的な動機を高めやすいかというと、「トランスフォーメーショナル型」のリーダーである可能性がある。
 「内発的な動機」を高めた日本組織の成功事例としては、JR東日本の子会社で、新幹線車内の清掃をするテッセイ。(『新幹線 お掃除の天使たち』参照)。(pp.224-226)

 めんどうでも言葉の定義を確認しながらすすめたいんですが、ここでいう「外発的な動機」とは、「給料・昇進・周囲からの評価など、当人の外から与えられるモチベーション」と本書は言います。また「内発的な動機」とは、「当人の心の中からわきあがってくるモチベーションです。仕事へのやりがい、楽しさなどを感じることがその典型」とのことです。
 そして、近年の研究成果では、特に後者の「内発的な動機」の重要性が主張されている、といいます。

 さて。以前からこのブログでは、この「内発、外発」の分け方には意味がない、ということを言っています。「区切り方が変」といいますか。
 本書の記述やその他のこれまでの研究で言っていることを要約すると、「外発」はすなわち、カイシャから与えられるモチベーション。「おカネによる報酬」も「昇進」も「上司からの褒め言葉」もそこに入ります。「内発」はそうではなくカイシャの外から与えられる、あるいは外向けの動機―すなわちお客様からの感謝の言葉とか仕事そのものの意義、例えば社会に与えるインパクト、社会的貢献度など―を指すようです。

 でもそれは、「承認屋」からみると、全部「承認欲求」でくくれてしまうものなんです。単に「承認」を与えてくれるひとが誰か、の違いだけです。 
 本書で例として出している「テッセイ」を例にとりましょう。

 そもそも掃除現場はいわゆる3K職場のようなところがあり、テッセイのスタッフの士気も、以前はとても低いものでした。それを、親会社であるJR東日本からやってきた矢部輝夫氏が、大胆に変革したのです。例えば矢部氏は掃除の仕事を「おもてなし」と再定義し、乗客から彼らの仕事がくっきりと見えるようにしました。そのために、制服もカラフルで素敵なものへと変え、乗客から注目を集めるようにしました。
 さらに矢部氏は現場に大胆に権限を与え、現場の総意工夫(ママ)でお客さんに対応するようにしました。すると次第に新幹線の乗客がスタッフに対し、「ありがとう」というようになり、それがテッセイのスタッフの仕事に対するプライドへとつながり、スタッフの士気が高まっていったのです。(pp.225-226)

 
 ここでは、
「乗客から彼らの仕事がくっきりと見えるようにした」
「制服もカラフルで素敵なものへと変え、乗客から注目を集めるようにした」
 これらは、言葉は悪いですが「自己顕示欲(承認欲求の一形態)から仕事に誇りを持たせる」ということをしています。また、
「現場に大胆に権限を与え、現場の総意工夫(ママ)でお客さんに対応するようにした」
 これも「任せる」という、「承認」の一形態をやっています。「任せる」とは、「あなたの判断力を信頼していますよ」という、信頼やリスペクトの表現です。
「乗客がスタッフに対し、『ありがとう』というようになった」
 これは、乗客が「承認」をしてくれた、ということですね。

 そして、本書には載ってないんですが、『新幹線お掃除の天使たち「世界一の現場力」はどう生まれたか?』(遠藤功著、あさ出版)によれば、矢部氏はテッセイに赴任後、マネジメント内部で「現場へのリスペクト」の精神を徹底した、とあります。
 カラフルで素敵な制服を与えるのも、「彼女らは誇りを持つべき人々だ」「だから、彼女らに誇りを与えよう」という、マネジメントから彼女らへのリスペクトの表現だ、とみることができます。
 ひょっとしたら、それ以前はホワイトカラーのマネジメントの人たち(たぶん男性)は、現場の彼女らを「お掃除のおばちゃん」と一段階低くみていたかもしれません。言動にも処遇にもそれが出ていたかもしれません。そしてそんなマネジメントへの反発心で、あるいは見下されることからくる自己評価の低さで、だらだら仕事をする人がいたかもしれません。そして案外、一連の改革プロセスの中でここが一番難しく、かつほかのすべての施策の土台になったところかもしれないのです。

 そういうふうに、テッセイの事例はわたしなどからみると、「マネジメントからの承認、そしてお客様から承認を得られるための仕組みづくり」を組み合わせた例、と考えることができるのです。
 現場の人にとっては、マネジメントからの承認「も」お客様からの承認「も」両方大事です。テッセイの場合は多分とりわけ、お掃除という一般には世間からの評価の低い仕事だからこそ、また人目に触れる仕事だからこそ、「世間/お客様からリスペクトされる」ことを重視しないといけなかったのでしょう。
 一方、看護や介護など専門性の高い仕事では、一般に思われているような、お客様(患者)からの「ありがとう」よりも専門性を熟知している上司・先輩からの(専門性を評価した)承認のほうが嬉しい、という調査結果もあり、どちらが有効かは一概には言えないのです。職種による、ということです。
 あるいは、テッセイの現場の内部でも、「上司・先輩からの個々の仕事に基づく承認」は行われているかもしれません。それがなかったり、攻撃的他罰的な人が混じってギスギスしていたりすると、いかにお客様からの承認があっても上手くいかないかもしれないのです。
 …カイシャの「外」からの評価が嬉しい、というのは、約30年前のわたしが会社員時代にはそうだった。というのは、上司のことがイヤでイヤでたまらなかったから。それは余談です。訓練不足の上司のもとでは、カイシャの「外」からの評価が嬉しい、それだけを励みに仕事している、という人が多くなるかもしれないですね。

 いずれにせよ、「内発的な動機づけ」「トランスフォーメーショナル型リーダーシップ」という概念を使うより、働く人々の「承認欲求」とそれを満たす行動である「承認」という、はるかにシンプルな概念を使った方が、一般のマネジャーにとっては学習のしやすさが全然異なります。「承認」のほうがはるかに学習しやすいです。

 この「テッセイ」の件は「内発的な動機が現場を強くする」事例として高く評価され、ハーバードMBAのケーススタディーとしても取り上げられているそうですが、わたしはハーバードのケーススタディーがいかに自分の理論に合わないものを捨象して出来ているかを知っている人なので、「またやってるな」という感じです。「内発って思いたい」んですよね、大学の先生は。シンプルに、脳のどの部分が活性化するかみればいいんじゃないですか。だめですか。
 
 
****

(2)リーダーの「伝え方(レトリック)」:「ビジョン」「イメージ型の言葉」の陰に潜むものの大事な役割


 本書では、手っ取り早くいうと「優れたリーダーはイメージ型の言葉を使う」と言っています。ただし補足で、「イメージ型の言葉を使うから優れたリーダーになるわけではない、因果関係というより相関関係を示している」ということも言っていたのは、評価できます。

 さて、では、一般のマネジャーがこれを学んで、「伝わる話をするためにイメージ型の言葉を使おう」と思うことは、正しいでしょうか?読者の皆さんはどう思いますか。
 たぶん、いきなりそれをやったら空回りするでしょうね。
 それは何が足りないのか。

 まず、本書で例に挙げたような、アメリカの歴代大統領、こうした「雲の上の人」については、わたしたちはその人との個人的関係がまったくありません。日頃の関係性を「抜き」にして純粋にレトリックだけで左右されると考えられます。ところが、一般の部下と日々接しているマネジャーはそうではないですよね。そこでは、日頃の関係性が、言葉の伝わりやすさに大きく影響します。
 このブログの読者の方はマネジャー以上の立場の方が多いかと思いますが、だからちょっと記憶が遠いものになっているかもしれませんが、皆さんが若くて末端の働き手だったころ、自分の嫌いな上司の言うことを理解できましたか?3分の1とか4分の1ぐらい、「ひゅーひゅー」だったということはないですか?
 とりわけ、その「嫌いな上司」が「組織の理想」のようなことを語った場合、綺麗ごとにきこえてしまって実感がわかなかった、ということはないですか?
 では何が「好き、嫌い」に影響するかというと、とりわけ「上司部下関係」の場合は、「承認」がほとんどすべてを決めてしまうと言っていいと思います。
 このブログでは何度目かの繰り返しになりますが、人は、脳の「内側前頭前皮質」という部位から、他者の自分に対する評価を取り込み、自己評価を作っていきます。そして「内側前頭前皮質」は同時に、外部の規範を取り込み自分の規範意識を形づくる、という役割を担っています。
 だから、「承認してくれる上司の言うことは自分の規範として取り入れやすい」。

 もう1つの説明としては、普通のはたらく人というのはポジティブ心理学でいう「ポジティビティ(ポジティブ感情)」が低いのです。ポジティブ感情の有無は、人が中長期的視野でものを考えられるか、あるいは目先のことしか見えないか、に影響を与えます。ポジティブ感情のある人は少し長い視野でものを考えられ、未来へ目を向けることができるのです。このポジティブ感情の土台がないところに、「ビジョン」を語りかけたり「未来の姿をイメージさせる言葉」をレトリックとして使ったりしても、ぴんと来ないであろうと予測できます。そこまで気持ちがあがってこないのです。

 では、どうしたらいいでしょうか。1つの例を挙げましょう。
 拙著『行動承認』に出てくる事例です。中国工場の総経理である脇谷泰之さんという人が、中国人スタッフに向けて語りかけます。工場が不良を出し、連日深夜までやり直しの仕事に追われていたさなかのこと。

「あなたがたには、十分いいものを作る能力がある。
どこにも負けない技術がある。
ただ、小さな問題が続き、自信がなくなっているだけだ。
僕は、あなたたちの能力を信じている。
だから、自信をもってお客様にいいものを届けよう。
そうすれば、必ず今の苦しみを乗り越え、みんなで笑える日がすぐに来るから」

 いかがでしょうか。
 この「ミニ・スピーチ」の最後の一行が「ビジョン」であり「イメージ型の言葉」になっています。しかし、冒頭の4行は「承認」になっています。いわばビジョンに行き着くための「助走部分」に「承認」を使っているのです。
 ここで、「承認」はマネジャーに対する「求心力」―信頼感とも、愛着心とも言いかえられます―を高める働きと、「ポジティブ感情」を高める働きの両方をしています。いわば、従業員たちとマネジャーの間の心のつながりを太くし、そして従業員の心を浮き上がらせ、少し遠くを見られる状態に持って行ってあげる、そういう役割を果たしているのです。
 こういう「下地づくり」を手順として行うと、「必ず今の苦しみを乗り越え、みんなで笑える日がすぐに来るから」という、ビジョンの言葉がリアルな言葉として響くようになるのです。

 こうして「技術解説」をすると、操作的にきこえてしまいますし単なるレトリックのようにもみえてしまいそうですが、脇谷さんはこの事例の少し前に「承認」の概念に出会い、個人個人へのスタッフへの「承認」を行うようになっていました。
 承認を理論レベルでなく、実践レベルで行うということは、その人自身にとっては、「他者の視点を取得する」体験にもつながります。とにかく相手は「承認」を欲しているのだということ、適切に与えれば嬉しいものなのだということ。その体験を繰り返すことが、他人視点の取得につながり、そしていざという時に、部下が欲するものに応える行動として、「ビジョンの言葉を発する」能力を形成することにもつながるかもしれません。
 「ビジョンを発したリーダーが成功した」「イメージ型の言葉を発したリーダーが成功した」
 それは、実は「ビジョン」や「イメージ」に付帯していたものが大きかったのかもしれないのです。

 脇谷さんは2011年の初めに「承認」の概念に出会って実践者となり、総経理を務める上海工場はその年から2年連続で「業績倍々ゲーム」の快進撃になります。「2年間、お客様のもとに不良を1件も出さなかった」という快挙、そして2014年にはお客様の「優良協力工場」として表彰されます。

 まとめると、「ビジョンの前に承認」これを、日常行動としてもその場のスピーチの構造としても、意識しておいたほうがよいでしょう。わたしからの実務家へのアドバイスは、そうです。

****

(3)リーダーシップの概念:これも分け方が変

 本書では、「トランザクティブ・リーダーシップ」と「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」という2つの概念を紹介し、これらが経営学でコンセンサスとなっているものだ、といいます。
 「トランザクティブ・リーダーシップ」とは、
1)報酬を与え(ほめ)、
2)部下の失敗に事前介入、
3)部下の失敗に事後介入 
ということだそうです。なんか現実の人格ではない、要素だけを抜き出した感じの概念ですが。これだけしかやってない人っているのかしら。
 そして「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」とは、これもおさらいですが、
(1)組織のミッションを明確に掲げ、部下の組織に対するロイヤルティーを高める
(2)事業の将来性や魅力を前向きに表現し、部下のモチベーションを高める
(3)常に新しい視点を持ち込み、部下のやる気を刺激する
(4)部下一人ひとりと個別に向き合いその成長を重視する
ということだそうです。

 で、優れたリーダーはトランスフォーメーショナル・リーダーシップの4項目プラス、トランザクティブ・リーダーシップの1)を持っているのだそうです。
 これもうーん、なんでそういう分け方になるかなあ。とわたしは思います。
 「内発、外発」のときもそうでしたが、いちどある分け方を決めると、経営学者はみんなそれに沿って追試して、ほかの分け方の可能性をみなくなるのではないかしらん。また、なんでこんな舌をかみそうな用語をがまんして使わなくちゃいけないのかしら。

そして今回の記事の3項目に共通して言えるのは、カイシャやリーダー/マネジャーに対する愛着心(attachment)という要素には全然フォーカスしてないですね。わたしは承認研修の統計の質問紙に「職場アタッチメント」という言葉を入れましたけどね。この項目は研修後に如実に上がりました。
 
 
 ・・・でもわたしもちょっと疲れてきたので、また特に実害のありそうなところでもないので、ここは「違和感の表明」だけにとどめたいと思います。

 「批判記事」書かなきゃなあ、と思うと歳のせいで肩や腰が痛むんです。今回の記事はそんなに「批判」でもないですけどね。お友達の助言に従い、少し休もう…。


正田佐与

※この読書日記はシリーズ化しました

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3.『ビジネススクールでは学べない―』世界の経営学は周回遅れ?考察編(2)リーダーシップ、内発/外発、レトリック
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4.痛みに満ちた進歩の歴史と「こころの退化」と―世界の経営学にNOを言う 考察編(3)
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『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(入山章栄、日経BP社、2015年11月。以下、「本書」と略)
 昨日、読書日記「悩ましくも学び多き俯瞰図の第二弾」をUPしましたところフェイスブックのお友達からさっそくコメント頂きまして、「次回のブログ(考察編)楽しみにしています。」と。このお友達は分析に頼る経営学では全体像がみえない、実際の経営はできない、ということを危惧されていました。

 昨今の「本」というものの読まれ方―例えば去年のベストセラーの某「トンデモ心理学本」を、「なんか心理学の本でも読まなきゃなあ」と、ふだん心理学の勉強なんかしていない人が手にとって盲信してしまったように、この本も、ふだん碌に経営学の勉強なんかしてない人が「この1冊で」と思って手にとり、そして盲信してしまう可能性があるのです。それが経営者である可能性もあるのです。
 そういう時代なのだ、ということを考慮すると、やはり反論すべきポイントは即、反論を公開する必要があるでしょう。あとで悔いのないように。

 今回の記事でのポイントは「ダイバーシティー経営」。
 1つ前の記事のおさらいになりますが、本書では、「ダイバーシティーには2種類あり、その峻別が必要」といいます。その2つとは「タスク型の人材多様性」と「デモグラフィー型の人材多様性」です。
 「タスク型の人材多様性」とは、実際の業務に必要な「能力・経験」の多様性。一方「デモグラフィー型の人材多様性」とは、性別、国籍、年齢など、その人の「目に見える属性」についての多様性です。
 そして「デモグラフィー型の人材多様性」は・組織パフォーマンスには影響を及ぼさない・むしろ組織にマイナスの効果をもたらす という結果。
 この知見を、著者・入山氏は、「事実法則」として紹介します。
 
 数十の研究を再集計してメタ・アナリシスをした結果ということなので、「なるほどそうか」と思ってしまいそうです。わたしも一瞬思いましたが、「いや、しかし」と踏みとどまりました。その結果は本当に信頼できるのか。またその結果をもとにさまざまな意思決定をした場合、どうなるか。
 わたし自身が「女性」という、この知見に対してそもそもバイアスをもった人間であることを前提としつつ、(そのバイアスから言えば、この知見は「不愉快なもの、嫌悪の感情を呼び起こすもの」でした)考えられる反論を挙げてみたいと思います。

●実験デザインが不明確
(1)「デモグラフィー型の人材多様性」の内容にも性別・国籍・年齢などがあるがそれらの要素のうちの個々のインパクトがまだわからない。例えば「年齢」もデモグラフィーのうちであれば、40代のベテラン揃いの会社に20代の未熟練の人が入社したら、パフォーマンスが一時的に下がる可能性はある。ただし40代ばかりであると持続可能性はない。
(2)「デモグラフィー型の人材多様性」の効果を検証するための比較対象としたのはどんな企業か。「デモグラフィー型の人材多様性」の一切ない企業というのを考えると、例えば「白人、男性、同年齢層のみ」といった極めて均質性の高い企業である。
 わたしはアメリカ滞在経験がないのでよく分からないのだが、そのような均質性の高い企業とはどんなものか想像すると、
・ベンチャーのスタートアップ。大学の同級生同士で起業した、など。
 ⇒きわめてモチベーションが高く、コミュニケーションも「ツーツー」であろうと考えられる。
・富裕層向けの高度なサービス。SPとかエリート法律事務所とか。
・いずれにせよ規模があまり大きくなく、属性以外にも能力を非常に高いレベルで揃えた、「少数精鋭」の企業である可能性がある。こうした企業がすべてではなくても比較対象グループの中に一定割合で混じっていれば、比較対象グループの業績を押し上げる可能性がある。
(3)いずれにしても、特に「男性だけ」の企業というのは、長時間労働をさせることが比較的たやすいかもしれない。そして1人当たり売上高(生産性ではなく)は多くなるかもしれない。もちろんその人たちの人生がどうなるか、ご家庭がどうなるか、子育てがどうなるか、配偶者の人生はどうなるか、などは関係なく。
(4)あるいは、それまで白人男性ばかり均質だった企業に女性や有色人種が初めて入社した場合に業績がどう変動するかを見たのだろうか。その場合は「不慣れなので」、当初数年は軋轢が強く出る可能性がある。それは当然でしょう。

●よのなかカフェでは以前、「優秀な女子とそうでない男子、どちらを昇進させますか?」というお題を出したことがある(「男のプライド」)。昇進でなくて採用でもいい、現実に大いにあり得る問い。それには、この「ダイバーシティー経営は損か得か」の研究はまったく答えていない。しかしなまじ「ダイバーシティー経営は損だ」という結論部分を盲信した経営者が、優秀な女性を不採用としたり今いる少数者を解雇したり、ということが起こり得るかもしれないのだ。

●一般には、男女に関わらず優秀な人を採用・登用するわかりやすい実力主義のほうが、組織のパフォーマンスは高いとされる。優秀でも女性だから昇進させない、あるいは採用しないという組織はいびつなのだ。男性もそこでは能力を発揮できなくなるものなのだ。それにはこの研究は答えられていない。

●この知見からわが国で既に現実に起きた負の影響。あるお調子者の大学の先生が、本知見を引用して、自分の関与した研修の参加者の男女比が大きくバランスを欠いていることへの言い訳に使っていた。そうやって教育訓練を受ける機会を与えないことが日本の高学歴女性の離職につながっていることに気づかないのだろうか。
またBCGのコンサルの先生、これも多分お調子者なのだろうが、「男だけの会社、女だけの会社を作ればいい」と発言した。これも結局は女性の職域を狭めるだろう。女性だけの会社というのはよほど大企業の子会社で安定した取引関係をもつのでなければ取引面で脆弱な存在である。なぜなら大企業側の購買担当者は多くの場合男性で、内集団びいきをするのだから。あるいは、ホネットがいみじくも言ったように、女性が向いているとされる職種は低く評価され報酬を低く抑えられる傾向にある。女性が経済的不利益を蒙らないためには、なるべく男女を混ぜたほうがいいのである。

●ここでわたし自身のバイアスを言うと、お兄ちゃん子で共学出身なので、「女の園」は苦手である。そんなわたしにとって女ばかりの会社しか受け皿がない、他に選択肢がない、というのは息苦しい社会だなあ。歌舞伎とかタカラヅカとか、日本にはモノセックスで富裕層向けの高度なサービスを提供し評価の高いものもあるが…。タカラヅカなんか倍率も高いが、好きずきだと思う。

●時代背景の違いを考慮し補正する必要があるかもしれない。2つのメタアナリシスが対象とした研究はジョシらが1992年〜2009年、ホーウィッツらが1985年〜2006年。屁理屈を言いたいわけではなく、近年の現実の人手不足を考えると、「猫の手も借りたい」状況がある。男性だけで優秀な人材を採れるか、というと、もう無理でしょう。アメリカではベビーブーマーの子供世代、ジェネレーションYが概ね1975年から89年生まれ。わが国でも、今40歳の団塊ジュニアが四大新卒で入社したのが18年前の1997年。つまり、研究対象にした期間というのは「人手余り」の時代だったのだ。その気になれば「白人男性のみ」で優秀な会社を作れた時代だったということだ。


●結論部分の著者の考察。
「このように、世界の経営学で分かってきているのは、組織に重要なのはあくまで「タスク型の人材多様性」であって、「デモグラフィー型の人材多様性」ではない、ということです。
 この結果を踏まえて敢えて乱暴な言い方をすれば、「男性社員ばかりの日本企業にとって望ましいダイバーシティーは、多様な職歴・教育歴の『男性』を増やすことである」ということになります。逆にこのような組織が、盲目的に「女性だから」という理由だけで女性や外国人を登用することはリスクが大きい、ということになります。」
 うーんうーん。そう言っちゃうか。ちょっとこの考察部分の記述は入山先生、ドヤ顔ですね。
 2012年10月、NHK「クローズアップ日本」に登場したIMFのラガルド専務理事は、「私は男女の能力が同じだったら女性を昇進させます」と言っていたが…。
(この番組の詳細はこちら「女性は日本を救う?」(クローズアップ現代)にみる前途多難
 現実には、能力が高くても日本企業で差別される屈辱を味わい離職する女性はいっぱいいる。そういうたくさんの女性の人生がこれからも繰り返されるということだろうか。そこに対する配慮は一切ないですね。

●業績の差分の問題。組織パフォーマンスに負の影響などというとき、その負の影響はどのぐらいのパーセンテージなのだろう。本知見についてその数字は出ていないが、ほかの知見(婿養子企業)では、例えば「婿養子企業は血のつながった同族企業よりROAが0.56%ポイント高い」「サラリーマン経営者企業よりROAが0.90%ポイント高い」といった数字が出てくる。
 なーんだ「高い」「低い」ってその程度なのか。「微差」ですね。
 秘書さんや、「承認研修」をやったときの3か月のポイント上昇はどれぐらいだったっけ。あのパワハラ工場長の200人の工場で猛暑の中とった統計ね。7点満点で0.2とかだったっけ。(秘書なんかいないくせに。ちょっと見栄はってしまいました)
 つまり、経営学で言う少々「高い」とか「低い」とかいう数字は、案外、いい研修を1本ちゃんとやれば吹き飛んでしまうようなものかもしれないのです。「承認研修」は内集団びいきやコミュニケーションギャップの問題もきれいに解決できる。入山先生が「婿養子はこのトレードオフをきれいに解決する」と自慢しているのよりはるかに大きくパフォーマンスを上げる。婿養子なんか社長の娘が愛のない政略結婚を我慢すりゃいいだけの話だから大した害はないですが。

●「ダイバーシティー経営は損か得か」こういうテーマを設定すること自体の意義を少し考えていただきたいと思う。なぜなら、そこでは「女性」だけではなく「インクルージョン」の問題も入ってくるからだ。「障害者を雇用することは損か得か?」ということでもあるからだ。「そんなのは損か得かじゃない、義務の問題だ」と、今の法整備はそういう流れでしょう。女性の雇用も、(能力差の問題はそれほどないと思うし中にはオリンピック選手並みに能力の高い人もいるが)同じことだと思う。あとは、負のインパクトを少しでも減らすためにどういう努力をするのがよいか、関心をそこに向けるのが正しい。それこそが学問の意義でしょう。なぜ、経営学者はそちらをこそ重要テーマだと思わないのか。差別を助長するような結論を導き出してそこにあぐらをかくことがそんなに楽しいか。

(入山氏は「多次元のデモグラフィーを同時に導入するタイプの多様性を」と提言するが、それは多様性を導入して久しく、成熟した段階の企業がパフォーマンスが高いことをみてそう言っているので、現実味が薄い。そうした企業も恐らくは一歩一歩多様性の幅を広げてきたのであり、要は異質と共存することに訓練して慣れていくしかないのである)


●いろんなことを言ってますが、ちょっとここは太字で言いたい。
「入山先生、あなたの紹介した知見のために女性の貧困ひいては子供の貧困が加速するかもしれませんが、この社会が先細りするかもしれませんが、それはいいんですか?」
 先日広井先生とメールをやりとりした中の前半のお話ですね。女性の貧困が子供の貧困となり、最終的に社会にツケが回ってくる。アメリカでも「貧困の女性化」というのが起こっていて、人口に占める貧困層の割合が女性のほうが高いそうですね。
 こういうのはもう経営学の領分ではない、社会の持続可能性とか種の保存とかの話になります。「経営学って要は人類を滅ぼす学問なんじゃないの?」とちゃぶ台ひっくり返す話になるかもしれません。経営者にとっても、貧困の連鎖が起き購買層が痩せ細ることは長期的にみていいことではないはずです。子供の貧困のために優秀な働き手が確保できなくなる、ということにもなるでしょう。でも経営学者は、そんなのは自分たちの守備範囲でないから知らん、というかもしれない。
 要は、「ダイバーシティー経営は損だ」という経営学の言説は、「ブラック企業は儲かる」と言っているのと、問題の性質は同じなのです。短期的にその企業だけが儲かれば、従業員の人生がどうなろうと社会がどうなろうと関係ない。
 大体、業績のことだけ考えたら、従業員は妊娠なんか一切しないほうがいいんだから。わかります?
「経営学的に正しいかもしれないが社会にとって有害」 
 こうなると、やはり経営学よりも哲学、社会思想のほうを学問として優位に置きたくなってくるのです。経営学はリスペクトすべき学問ではないかもしれない。
 いや、本当はこんなこと言いたくなかったのにね。多くを学べた本なのに。


正田佐与

『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(入山章栄著、日経BP社、2015年11月)を読みました。
 悩ましい…。
 
※この読書日記はシリーズ化しました

1.悩ましくも学び多き俯瞰図の第二弾―『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』読書日記編 (本記事)

2.『ビジネススクールでは学べない―』経営学は”残念な学問”か?考察編(1)「ダイバーシティー経営は損か?」
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931381.html

3.『ビジネススクールでは学べない―』世界の経営学は周回遅れ?考察編(2)リーダーシップ、内発/外発、レトリック
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931424.html

4.痛みに満ちた進歩の歴史と「こころの退化」と―世界の経営学にNOを言う 考察編(3)
>>http://c-c-a.blog.jp/archives/51931465.html


 2つ前の記事(「科学の限界性、認識の限界性―アカデミズムも盲信してはいけない?千葉大学・広井良典教授との対話」)でわたしが言っていた「経営学の本」というのがこれであります。広井先生は一般論として話をされただけで個別の本については言及されておりません。間違えないように。
 この著者の前著『世界の経営学者はいま何を考えているのか―知られざるビジネスの知のフロンティア』(英治出版、2012年11月)は、当ブログでも2012年12月22日
「あると有難い経営学の俯瞰図―『世界の経営学者はいま何を考えているのか』」でご紹介しました。そこでは、“批判色”を入れず、純粋に学びとしてとりあげました。
 本書はその続編のようなものですが、経営戦略中心だった前著とちがい、今回は「ダイバーシティー経営」「リーダーシップ」など、わたしの守備範囲の話題も入ってきたときに、「???」と首を傾げる内容があったわけです。そのあたりを「違和感」として2つ前の記事では言っております。
 ただし本書にはそれ以外にやはり素直に学びとして受け取りたい点も多々ありましたので、2部仕立てとして、第一部読書日記編、第二部考察編、という構成にしたいと思います。違和感とか批判の部分は第二部で。
 それでは、読書日記編。いつもの伝で抜き書きをしたいと思います。

****
●現在の経営学では、「経営学者(=ビジネススクールの教員)が授業で教えていることと、彼らがいま最前線の研究で得ている知見の間に、きわめて大きなギャップが存在する(p.14)

●入山氏(著者)流・現代の経営学を把握するポイント。
(1)国際標準化。米国以外の学者の比率が大きくなっている。
(2)科学化。データ分析を重視。
(pp.15-19)

●あとで問題になるかもしれないので第一章で出た本書の問題意識。本の「理念」に当たるかもしれないところです。
「国際標準化が進む経営学で、世界中の学者達が科学的な手法を使いながら日々切磋琢磨して発展させている「ビジネスの最先端の知」「真理法則に近いかもしれないビジネスの法則」が、果たしてみなさんに全く示唆をもたらさないものなのでしょうか。
 私は、そうは思いません。もちろん全てではありませんが、その中には、みなさんがビジネスを考える上でのヒントになったり、ご自身の思考を整理できる助けになったりするものもたくさんあるはずです。本書を通じて、いわゆるMBA本を呼んでも(ママ)、ビジネス誌を読んでも、そしてビジネススクールの授業を通じても知り得ない、世界最先端の経営学の知見に触れていただきたいのです。」(
p.23)

●経営学者の多くは、「経営学は『役に立つ』ことを目的にした学問である」と考えていない。学者にとって経営学を探求する推進力となっているのは、「経営の真理を知りたい」「組織行動の本質を知りたい」という彼らの「知的好奇心」である。(p.26)

●「優れた研究」として評価されるには2つの軸がある。(1)厳密性(Rigorous)(2)知的に新しい(Novel) この2つと「実務に役に立つ(Practically useful)」を同時に追求することはトリレンマである。(pp.27-28)

●どうすればこのトリレンマを解消できるか。著者は、「RigorousとPractically usefulの線を充実させることだと考える。(pp.29-30)

●もう1つ著者の言い訳?
「経営学は、それぞれの企業の戦略・方針に「それは正解です」「それは間違っています」と安直に答えを出せる学問ではありません。企業は一社ごとに、直面する事業環境も社内事情も異なるからです。(略)
 では経営学は何を提供できるかというと、それは(1)理論研究から導かれた「真理に近いかもしれない経営法則」と、(2)実証分析などを通じて、その法則が一般に多くの企業・組織・人に当てはまりやすい法則かどうかの検証結果、の2つだけです。」(pp.34-35)

●バーニーの「3つの競争の型」。1986年、AMRで発表した論文。
(1)IO(Industrial Organization,産業組織)型
 業界構造が比較的安定した状態で、その構造要因が企業の収益性に大きく影響する業界。寡占業界。この業界で有益な戦略は、ポーターのSCP戦略。
(2)チェンバレン型
 IO型よりも参入障壁が低く、複数の企業がある程度差別化しながら、それなりに激しく競争する型。「差別化する力」を磨いていくことが重視すべき戦略になる。したがってこの業界では、技術・人材などの経営資源に注目するRBVに基づく戦略が有用。著者によれば日本で国際競争力のある企業を生み出してきた業界の多くはチェンバレン型だった。
(3)シュンペーター型
 競争環境の不確実性が高い業界。例えば「技術進歩のスピードが極端に速い」「新しい市場で顧客ニーズがとても変化しやすい」。ネットビジネスなどIT(情報技術)業界は典型的なシュンペーター型。(pp.45-48)

●国内でチェンバレン型競争をしてきた日本企業がグローバル進出したとき、中国・インド・東南アジアなど新興国市場は競争がIO型に近いので、ポーター的なSCP戦略を選ばないといけない。しかし日本企業は割り切ったポジショニングが得意ではないので、競争の型と戦略がマッチしていない。(pp.50-51)

●パナソニックは2012年津賀一宏社長の就任以来、シュンペーター型競争への深入りを避け、チェンバレン型に軸足を戻していると解釈できる。対照的にソニーは、シュンペーター型に近いスマホやゲームを主要事業に位置づけ、一方で国内ではチェンバレン型、海外ではIO型のテレビなどの家電事業があり、さらに恐らくチェンバレン型に近い保険などの金融事業も手がけている。異なる競争の型を持つ業種を内包しており、経営のチャレンジといえる。(p.54)

●ビジネスモデルとは、事業機会を活かすことを通じて、価値を創造するためにデザインされた諸処の取引群についての内容・構造・ガバナンスの総体である(アミット=ゾット 2001年論文)(p.57)

●価値を創造するビジネスモデルデザインの4条件(同上)
(1)効率性(Efficiency)
(2)補完性(Complementarity)
(3)囲い込み(Lock-in)
(4)新奇性(Novelty)
(pp.58-60)

●リアル・オプション理論。リアル・オプションを端的に言うと、「不確実性が非常に高い事業環境下では、何らかの手段で投資の『柔軟性』を高めれば、事業環境の下ぶれリスクを抑えつつ、上ぶれのチャンスを逃さない」という発想。
例えば新興国市場に進出するに当たりその市場が成長可能性が高いかどうか不確実であるとき、小出しに投資してリスクを低く抑える。リアル・オプション型の柔軟性ある投資をしなければ、もし高い成長をしたときそのチャンスをみすみす逃してしまう。不確実性が高いほどリアル・オプション型の投資をしたほうが潜在的なリターン(オプション価値)が増える。(pp.68-70)

●「両利きの経営」。知の深化と探索。詳細は前著の読書日記参照。

●「両利きのリーダーシップ」。(タッシュマンら、2011年)
(1)自社の定義する「ビジネスの範囲」を狭めず、多様な可能性を探求できる広い企業アイデンティティーを持つこと
(2)「知の探索」部門と「知の深化」部門の予算対立のバランスは経営者自身がとること
(3)そして「知の探索」部門と「知の深化」部門の間で異なるルール・評価基準をとることをいとわないこと
(p.84)

●イノベーションに対して企業が後手に回る背景。製品やサービスのドミナント・デザインが確立するにつれ、企業の組織構造やルールもそれに順応していく。それだけでなく企業内でのふだんのインフォーマルな情報交換の緊密さなども、ドミナント・デザインに影響される。(p.87)

●そこで「アーキテクチュラルな知」すなわち組み合わせをつくり出す知が促される組織作りが求められる。
 医薬品産業における「アーキテクチュラルな知を高める組織特性」(レベッカ・ヘンダーソン=イアン・コックバーンの論文、1996年)
(1) 研究者が会社の枠を超えた広範な「研究コミュニティー」で知識交換することが評価される組織であること
(2) 社内でも分野の垣根を幅広く越えて情報を交換すること
(pp.90-91)

●「アーキテクチュラルな知」を高めるためにもう1つのポイントは「デザイン力」すなわち、「最適な『組み合わせ』を見出し、まとめあげる力」。製品・サービスデザインにとどまらず、「組織のデザイン」までを意味する。著者によれば、「製品デザイン力を高めるための組織デザイン」についての研究は、世界の先端の経営学でも研究蓄積が十分ではなく、まだ体系だった理論はない。(pp.91-92)

●ビジネススクール教育ではむしろ、デザインスクールと連携するなど、デザイン分野との共同が進んでいる(pp.92-93)

●弱いつながりを多く持つ人は、創造性を高められる。前著に同じ(p.99)

●アイデアは実現(Implement)されて初めてイノベーションになる。クリエイティビティ―の高い人(発案者)が、さらにそのアイデアを「実現化」するために何が必要か。発案者に必要な2つの条件(マーカス・バエアー論文、2010年)
(1)発案者の実現へのモチベーション 
(2)発案者の社内での人脈
(pp.101-102)

―この項目には頷きました。以前から、旧NPOで総会とか理事会をして、色々アイデアを出す人はいるんだけどわたしは「却下」してきた、だって発案者自身が汗をかくつもりがなく、自分のアイデアを全部正田さんにやらせようとしているから。心理学やコミュニケーションの研修でブレストの研修を受けた人なんかは、「アイデアはそれ自身がすばらしい!」って刷り込まれているから困る。自分に行動するつもりのない人のアイデアはどんなによさげでも受け付けません。そういうときは「アイデアは責任を伴わない、行動は責任を伴う」という畑村洋太郎氏の言葉を引いて却下していました。まあ行動承認の応用形ともいえます

●イノベーションについての日本企業に向けての3つの示唆。
1.「創造性」と「イノベーション」は別ものであることを理解した上で、自社の問題が「創造性の欠如」なのか「創造性⇒実現の橋渡しの欠如」なのかを把握すること。どちらが欠如しているかで打ち手は全く逆になる。
2.もし自社の問題が「クリエイティブな人が足りないことにある」と判断したら、社員が「弱いつながり」を社内外にのばせるサポートをしてやること。
3.「チャラ男と根回し上手な目利き上司のコンビ」。弱いつながりを持った創造性の高い人を「アイデアの実現化」まで橋渡しするには、社内で強いつながりを持った人と「ペアリング」をする。強いつながりを持った根回し上手人は、弱いつながりをもった「チャラ男」の創造性を理解できること。
(pp.104-106)

●知の探索を促す組織の学習量とメンバーシップの関係(ジェームズ・マーチ1991年論文、コンピュータ・シミュレーションによる分析)。
発見1.メンバーが組織の考えを学ぶスピードが遅いほうが、最終的な組織全体の学習量は増加する。
発見2.組織の考えを学ぶのが速いメンバーと、遅いメンバーが混在しているほうが、最終的な組織全体の学習量は増加する。
発見3.組織のメンバーは一定の比率で入れ替えがあったほうが、組織の最終的な学習量は増加する。
発見4.発見3で得られた効果は、特に組織を取り巻く環境の不確実性が高い時に強くなる。
(pp.107-110)

●トランザクティブ・メモリー(前著に既出)の知見。トランザクティブ・メモリーとは組織内で誰が何を知っているかを知っていること。トランザクティブ・メモリーを高めているチームは、直接対話によるコミュニケーションの頻度が多い。逆にメール・電話によるコミュニケーションが多いことは、むしろ事後的なトランザクティブ・メモリーの発達を妨げる可能性もある。カイル・ルイス2004年の論文。(pp.115-116)

●同様に「アイコンタクト」や顔の表情を通じてのコミュニケーションがトランザクティブ・メモリーを高める効果。アンドレア・ホリングスヘッド1998年の論文。(pp.117-118)

●トランザクティブ・メモリーを高める仕掛けとしては、平場のオフィス、タバコ部屋、社内カフェテリア、コーヒー飲み場、独身寮(pp.118-121、143-145)。

●ブレストはアイデア出しとしては効率が悪い。しかし(1)組織全体の記憶力を高める(2)参加メンバーが組織の「価値基準・行動規範」を共有しやすい。
(pp.122-129)
―それは「ブレスト」でなく「対話」と言ったほうがいいかもですね…

●成功体験と失敗体験、どちらが組織の学習に役立つか。マドセン=デサイ論文(2010年)
発見1:一般に成功体験そのものは、「その後の成功」確率を上げる
発見2:とはいえ、大事なのは成功体験よりも失敗体験。組織は失敗からも学習してその後のパフォーマンスを高められる。成功体験と失敗体験、どちらのパフォーマンス向上効果が大きいかというと、失敗体験のほうである。成功すると「サーチ行動」をしなくなる。(pp.135-139)

●ここから示唆されるのは、「成功体験と失敗体験には、望ましい順序がある」ということ。長い目で成功確率を上げられるのは、「最初は失敗経験を積み重ねて、それから成功体験を重ねていくパターン」。「若いうちは失敗経験を積め」は真実。(pp.140-142)

●グローバル企業とはそもそも何か。
 海外で成功する企業の強みのことを経営学では「企業固有の優位性(Firm Specific Advantage, FSA)」と呼ぶ。
 世界中からまんべんなく売り上げを得ている企業を真にグローバル企業とすると、どのくらいあるか。アラン・ラグマンの2004年の論文(データは2001年のもの)によると、世界市場を「北米地域」「欧州地域」「アジア太平洋地域」の三極に分け、(各多国籍企業の本社が置かれている)ホーム地域からの売上が5割以下で、他の2地域からの売上がそれぞれ2割以上なら、「真のグローバル企業」と呼べる、と定義づけた。
 この分析の結果、
発見1.ホーム地域への強い依存。分析からは365社のうち320社が、売上の半分以上をホーム地域から上げていることが分かった。ホーム地域外からの売上が半分を超える企業はわずか45社。
発見2.真のグローバル企業は9社だけ。上記の45社のうち、ホーム外の2地域の両方からそれぞれ2割以上の売上シェアを実現できている企業は9社のみ(IBM,インテル、フィリップス、ノキア、コカ・コーラ、フレクストロニクス、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン、そしてソニーとキヤノン。トヨタやホンダは欧州では売り上げが伸びていない。(pp.149-152)

●ラグマンはその後2008年に日本企業に特化した論文を発表(データは2003年)。ここではフォーチュン誌ランキング世界主要500社のうち日本企業は64社、うち「真のグローバル企業」はソニー、キヤノンに加えマツダ。また著者入山氏が2014年データで計算したところ、フォーチュン500社の中の日本企業は54社で、「真のグローバル企業」はキヤノンとマツダだけだった。(pp.154-155)

●大部分の多国籍企業は売り上げの半分以上を本社のある地域から上げている。ラグマンたちはこれを企業の「地域特有の強み(Regional Specific Advantage, RSA)」と呼ぶ。日本企業はやはりアジアで強みを発揮しやすいが、「自社のアジアで通用する強み(RSA)がそのまま世界中で通用するFSAとはならない」という認識を持つことが肝要。(p.156)

●世界はグローバル化していない。完全なグローバル化状態(一国化)か鎖国状態か。パンガジュ・ゲマワットの2003年の論文では、現在はこの両極端の間のスペクトラム上の鎖国側に極めて近い状態にあることを示した。貿易、資本流出入、海外直接投資などのデータの傍証により、ゲマワットは「世界はグローバル化しておらず、あくまでセミ・グローバル化(中途半端なグローバル化)の状態にある」ことを明らかにした。(pp.159-162)

●世界は狭くなっていない。経済学者は貿易データの統計分析をし、やはり二国間の距離が遠いほど、国同士の貿易量にはマイナスの影響を及ぼすことを示した(グラビティー・モデルという)。これを時系列的な変化でみても、輸送コストが低下しているにもかかわらず国同士の距離のマイナス効果は年々強くなっている。
 キース・ヘッドらの2008年の論文では、103の実証研究から得られた1467の推計値を集計してメタ・アナリシス分析をしたところ、1970年代のデータを使った研究では「距離の違いによる貿易量の変化の弾性値」は平均0.9だった。この弾性値は、90年代以降は0.95に上昇している。(pp.162-164)

●インターネット取引も距離の影響を受けやすい。ブラム=ゴールドファーブの2006年の論文では、インターネット上で取引されたデジタル製品・サービスの量と各国との距離の関係を統計分析したところ、その弾性値は1.1となり、上記のヘッドの研究の弾性値よりむしろ大きな値となった。(pp.164-165)

●世界はフラットではなくスパイキー(ギザギザ)。「世界中の経済活動、特に知的活動や起業活動などは、特定の都市など狭い地域への集中が進んでいる。すなわち世界はむしろスパイキー化しつつある」(リチャード・フロリダ)。(p.166)

●VC投資にはローカル化する傾向がある。ベンチャー・キャピタリストは、距離が近いスタートアップに投資しがち。近接性を好む傾向により、シリコンバレー、ボストン、シアトルなどの特定の地域にVC投資が集中する「スパイキー化」が起こる。(p.167)

●VC投資のような、情報集約型で人と人の交流を必要とするビジネスの国際化は、国と国の間で起きるのではなく、ある国の特定の地域と別の国(の特定の地域)で集中して起きるのではないか。いわばスパイキーなグローバル化。シリコンバレーと新竹(台湾)、台湾とカリフォルニア州、イスラエルとニュージャージー州など。(pp.168-169)

●ゲマワットの「AAA(トリプルエー)」というフレームワーク。(1)集積(Agglomeration)、(2)適応(Adaptation)、(3)裁定(Arbitrage)
 「中途半端なグローバル化」だからAAAは重要。日本メーカーは少なくともどれか1つのAを放棄してメリハリをつけることを検討すべき。(pp.171-174)

●ダイバーシティー経営は有益か否か。ダイバーシティーには「タスク型の人材多様性(Task Diversity,能力・経験の多様性)」と「デモグラフィー型の人材多様性(Demographic Diversity、属性の多様性)」がある。
 この2つの多様性の効果をメタアナリシスで検証した結果、ジョシらが2009年に発表した論文、ホーウィッツらが2007年に発表した論文では2つの事実法則が導かれた。
法則1:ジョシたちの分析、ホーウィッツたちの分析のどちらとも、「タスク型の人材多様性は、組織パフォーマンスにプラスの効果をもたらす」という結果となった。
法則2:「デモグラフィー型の人材多様性」については、ホーウィッツたちの分析では「組織パフォーマンスには影響を及ぼさない」という結果となった。さらにジョシたちの研究では、「むしろ組織にマイナスの効果をもたらす」という結果になった。(pp.177-180)

―本書でも一番論議を呼びそうな箇所ですね。これは、考察を書いていると長くなるので、本記事とは別建てで「考察編」の記事で取り上げようと思います。要は、ツッコミないしは批判をしようとしてるんですけれども。

●「デモグラフィー型の人材多様性」が組織に何の影響も及ぼさないか、場合によってはマイナスの影響を及ぼすこともあるということを説明する代表的な理論は、社会心理学の社会分類理論(Social Categorization Theory)。異なるデモグラフィーの人がいると「男性対女性」「日本人対外国人」のような「組織内グループ」ができ軋轢が生まれ、組織全体のコミュニケーションが滞りパフォーマンスの停滞を生む。(p.181)

●どうすれば、女性・外国人を登用しながら「デモグラフィー型の人材多様性」のマイナス効果を減らすことができるか。
(1)「デモグラフィー型の人材多様性」のマイナス効果は時間の経過とともに薄れていく可能性がある。一方で「このような軋轢は時が経過しても消えない」という研究結果もある。
(2)「フォルトライン(=組織の断層)理論」。デモグラフィーが男性・女性だけでなく年齢・国籍等多次元にわたって多様であれば、組織内の軋轢はむしろ減り、組織パフォーマンスは高まることが実証されている。
(pp.183-185)

●著者曰く、フォルトライン理論は日本企業のダイバーシティー経営に重要な示唆を与える。女性や外国人の登用など「デモグラフィー型の人材多様性」を進めるならば、中途半端にやるのではなく、徹底的に複数次元でダイバーシティーを進めるべきだ、ということ。
(p.185)

●働く女性の働きにくさを説明する「ホモフィリー」の概念。人は、同じような属性を持った人とつながりやすい。さらにそのつながった相手から影響を受けやすい。不健康な人はますます不健康になりやすい。(pp.188-189)

●企業では、日本企業は男性社員が大半なので、「男性のホモフィリー人脈」が厚くなる。ホモフィリーは女性に2種類のハンディキャップを与える。
(1)女性は「男性のホモフィリー人脈」に入りにくいため、そこで流れる情報・知識にアクセスしにくくなる。
(2)女性同士のホモフィリー人脈が薄い。
(pp.190-191)

●男とも女とも上手に付き合える女性が、男性中心の職場では成功しやすい。しかし「ホモフィリーの二重のハンディキャップ」により、この実現がたいへん難しい。ハンディーキャップの解消のためには、企業が多次元で組織のダイバーシティーを高めることと、研修などで女性だけが孤立しないような意識づけを徹底すること。(p.193)

●リーダーシップでは2種類のリーダーシップがコンセンサスとなりつつある
1.「トランザクティブ・リーダーシップ」(アメとムチ)
(1)「コンティンジェント・リワード(状況に応じた報酬)」
(2)(3)「マネジメント・バイ・イクセプション(部下が犯す失敗にどう対処するか)」
  能動型:部下が問題を起こす前に「そのままだと失敗するぞ」と介入する
  受動型:部下が実際に失敗してから問題に対処する
2.トランスフォーメーショナル型(啓蒙)
 1980〜90年代にバーナード・バスが分析。
(1)組織のミッションを明確に掲げ、部下の組織に対するロイヤルティーを高める
(2)事業の将来性や魅力を前向きに表現し、部下のモチベーションを高める
(3)常に新しい視点を持ち込み、部下のやる気を刺激する
(4)部下一人ひとりと個別に向き合いその成長を重視する
 入山氏曰く、「カリスマ型リーダー」「変革リーダー」はこれに近いかもしれない。
(pp.203-205)
―承認リーダーシップというのは上記の2種類の間を行ったり来たりしている感じだ。この区分って何なんだろう、こういう区分にする意味が分からない…

●複数のメタアナリシス研究によれば、全般的な傾向として「相対的に『トランザクティブ型』よりも『トランスフォーメーショナル型の4資質』を持ったリーダーのほうが、高い組織成果につながりやすい。また、トランザクショナル型の資質の中では、コンティンジェント・リワードが高い組織成果につながる。他方、一般に組織成果につながりにくいのは「マネジメント・バイ・イクセプションの受動型(事後介入する型)」。(pp.205-206)

●パニッシュ・プラナムらの2001年の研究によれば、トランスフォーメーショナル型のリーダーシップは、「不確実性の高い事業環境」下にある企業においてはその業績を高めるが、事業環境が安定している(不確実性が低い)ときには、むしろ企業業績を押し下げる。(p.207)

●女性のほうがトランスフォーメーショナル型のリーダーの資質を身に付けやすいという研究。アリス・イーガリーが2003年に発表したメタアナリシス研究によれば、「トランスフォーメーショナル型の4資質」と「トランザクショナル型のコンティンジェント・リワード資質」で、女性が男性を上回った。
 この説明としては、リーダーになった女性は「力強いリーダー像」と「優しく協調的な女性像」という2つの正反対の期待にさらされる(ロール・インコングリティーRole Incongruity、期待されている役割の不一致)。彼女たちはこの2つのイメージのギャップを克服するための手段として、男性よりもトランスフォーメーショナル型のリーダーシップをとろうとする。(pp.208-211)

●リーダーの優れたビジョンがあると、企業の成長率は高くなる。優れたビジョンの基準として、「ビジョンの中身(Vision Content)」と「ビジョンの特性(Vision Attribute)」がある。
 優れたビジョンの6つの特性。(1)簡潔であること(2)明快であること(3)ある程度抽象的であること(4)チャレンジングなこと(5)未来志向であること(6)ぶれないこと。(pp.215-216)

●バウム論文(1998年)では、優れたビジョンに加えて、CEOと従業員のコミュニケーションが高まるほど企業の成長性が高まるという結果も得られた。(p.217)
―この知見は(入山氏はあまり重視しているようではないが)大事だと思う。ふだん全然コミュニケーションをとらない、雲の上とか象牙の塔の中にいるトップがビジョンだけを語っても「ぴん」と来ないだろう。

●レトリックの問題。イメージ型の言葉とコンセプト型の言葉では、イメージ型の言葉を使う比率が高い大統領ほど「カリスマ性が高く」、そして「後世の歴史家から『偉大な大統領』と評価されている」。したがってイメージ型の言葉は相手にビジョンを浸透させやすい可能性がある。(pp.218-220)

●「カリスマ」「偉大なリーダー」と評価される人は、自身のビジョンを伝えるためにイメージ型の言葉やメタファーを使い「相手の五感に訴える」言葉を使う。しかし因果関係を示しているわけではなく、相関関係を示していると捉えたほうが無難。(pp.221-222)

―リーダーの「伝える力」について、新たな神話ができそうですが、ここも「要考察」なんですよねー。「承認リーダーシップ」ではちょっと違うことを言います。

●モチベーションの「外発的な動機(Extrinsic motivation)」と「内発的な動機(Intrinsic motivation)」。内発的な動機を強く持つ人のほうが、創造的な成果を出しやすい。またどのようなリーダーが部下の内発的な動機を高めやすいかというと、「トランスフォーメーショナル型」のリーダーである可能性がある。
 「内発的な動機」を高めた日本組織の成功事例としては、JR東日本の子会社で、新幹線車内の清掃をするテッセイ。(『新幹線 お掃除の天使たち』参照)。(pp.224-226)

―ここも「要考察」かな〜。もともと「外発」「内発」という分け方の有効性をわたしはあまり認めていない。いつも言うように上司から褒められるのもお客様から褒められるのも同じ「承認欲求」であり、脳の同じ部位が反応する。なんでそれを無理に分けてるんだろう。テッセイの事例も、わたしがみると要は「承認欲求」を満たしているのだ。あたし結局こんなことばかり言い続けて死ぬのかな〜。

●同族企業の業績は、非同族企業よりも優れている。理論的にプラスとマイナスがある。
説明(1)創業家が大口株主であることのメリット。彼らが「もの言う株主」となって経営者の暴走を抑えることができる。
説明(2)創業家出身の経営者は「企業と一族を一体として見なす」ので企業の長期的な繁栄を目指す、結果としてブレのないビジョン・戦略をとりやすい。
説明(3)同族企業のマイナス面は、資質に劣る経営者が創業家から選ばれてしまうリスク。(pp.230-233)

●同族企業のプラスマイナスのトレードオフを解消するのは「婿養子」。婿養子が経営者をしている日本の同族企業は、(1)血のつながった創業家一族出身者が経営をする企業よりもROAが0.56%ポイント高くなり、(2)創業家でも婿養子でもない外部者が経営をする企業よりも、ROAが0.90ポイント、成長率が0.50ポイント高くなった。(pp.233-235)

●CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)は業績を高めるか。セルバエスたちの2013年の論文では、広告費を多く使うタイプのB to C系の企業でCSRは業績にプラスになることを確認した。逆に広告費をあまり使わないB to B企業では、「CSR指数が高いほど、業績はむしろマイナス」という結果になった。(pp.241-244)

●CSRの情報開示効果。CSR報告書を作ることにより企業の透明性が増し、投資家の信頼を増し、資金調達をしやすくなる。(p.244)

●CSRの保険効果。CSR指数の高い企業のほうが、ネガティブ事件による株価の落ち込みが「軽度で済む」。(pp.245-246)

●成功する起業家精神とは。
 「アントレプレナーシップ・オリエンテーション(EO)」。コーヴィンとスリーヴァンの1989年論文。小規模企業が成功するために経営幹部に必要な「姿勢(Posture)」とは革新性(Innovative)、積極性(Proactive)、リスク志向性(Risk-taking)の3つ。事業環境が不安定なときには、経営幹部がこの3つの条件を満たしている企業ほど業績が良くなる。「EOの高い経営者の率いる企業は、業績が良くなる」という傾向は、研究者の間ではコンセンサスとなりつつある。(pp.275-276)

●経営者のパッションについての研究。バウムとロックの研究(2004年)では、経営者のパッションは、ベンチャーの成長率に直接は影響を与えない。しかし他方、強いパッションのある経営者ほど、従業員とのコミュニケーションを重視する傾向が強く、そしてコミュニケーションが盛んな企業ほど、その成長率は高まる(パッションの間接的な効果)。
 起業家のパッションが資金調達に有利に働く可能性を示した研究もある。
(pp.277-278)

●クリステンセンの「イノベーティブ・アントレプレナー」に関する研究。22人の著名な起業家にインタビューした結果、彼らに共通する思考パターンを以下にまとめられると主張した。
(1)クエスチョニング(Questioning):現状に常に疑問を投げかける態度。
(2)オブザーヴィング(Observing):興味を持ったことを徹底的にしつこく観察する思考パターン。
(3)エクスペリメンティング(Experienting):それらの疑問・観察から、「仮説を立てて実験する」思考パターン。
(4)アイデア・ネットワーキング(Idea Networking):「他者の知恵」を活用する思考パターン。「自分がどう考えるか」ではなく、「まずこの問いを誰と話すべきか」。
 著者入山氏は、この「イノベーティブ・アントレプレナー」の知見は、本書のイノベーションや組織学習の知見と一致すると主張する。(pp.279-283)


22-26章は、略。

 以上が大まかな本書の内容です。何とかワード15pに収まりました。
 で、最初にも言いましたように学ぶ点も多くあったのですが、「要考察」の点もわたし的には3点ほどあります。経営学のスタンダードなテキストとして扱われるであろう本だけに、影響力からみて、その欠点も看過できにくいのです。とりわけ、「ダイバーシティー経営」に関しては大きいかなー。
 考察点はまた次以降の記事で…。


正田佐与


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